そして、夜が更ける。
「みんな、寝てしまったな」
指揮官は縁側で風に当たっている。
酔ってしまったというわけでもない。艦船の解毒機能はアルコールくらいは完全に分解できる。
「うむ。皆、眠った。疲れていたのであろうな」
そっと指揮官の横に座ったのは長門だ。
行儀よく正座している。一本背に芯が通った奇麗な姿勢だ。……見ていて飽きない。
「長門は疲れてない? エレバスと一緒に皆を風呂に入れてたのに」
「いや、あれは……エレバスがエルドリッジを連れて行ってくれたから、の。他は半分起きておったよ」
二人して月を見上げる。
十分飲んだ。まだ飲めるが……酒に人生を捧げたわけでもない。
それに指揮官はあまり酒をたしなむタイプではない。多くを飲んでも気持ち悪くなるだけで、あまり気持ちよくはなれない。
「……」
「……」
空白の時間が流れる。それでも、嫌な気分ではない。
「指揮官は、よくやっていると思うておる」
長門が居住まいを正して正面から語りかける。
真面目な話のようだ。
「長門?」
「本来は、余がやるべきことかもしれぬ。桜重を束ねる者、その一人として……この世界と関わるべきと感じていた。けれど、指揮官の後ろにいることが心地よかった」
長門は桜重の重鎮として、最終兵器であるほかに意思決定を行う機関としても働いていた。
要するにこのメンバーでただ一人の”お偉いさん”なのだ。
彼女に比べれば、指揮官でさえ現場リーダーといった側面の方が強い。
「別にいいさ。第一艦隊を束ねるのは俺だ。職責ではないかもしれんが」
一方で指揮官はあくまで指揮官だ。
政治にかかわるべきでないし、その判断もするべきではない。けれど、この異世界にあってはするしかない。
なにせ、その判断をするべき大本営がどこにもない。
「じゃがな、指揮官はその教育を受けてはおらぬじゃろう? 知識はある。本か? それとも”ねっと”とやら。小説なんかも参考になるかもしれぬな。……けれど、それだけ。あなたは政治をする人間じゃない」
長門は指揮官のことを看破している。もとより、そう複雑な人間であるとも自分自身が思っていない。
ボロが出ないように丁寧に、ではなくボロが出ないレベルで大雑把にやってきた。適当すぎるから、指揮官に是非を問う以前の問題だ。現場がどうにかするしかない。
それもこれも、指揮官に政治をするだけの能力がないからに他ならない。
「なら、長門は?」
「余は、
言葉を切る。目を泳がせる。
「うん、それで?」
指揮官は焦らない。
ゆっくりと長門の言葉を待つ。
「まさか、”しない”とはな。まったく、恐れ入ったものじゃ指揮官よ。我々の力は世界に影響を与える。それでも、国を治めるはこの場所の人間と定め置き……我らをただの傭兵と扱う。十二神将と戦うだけにするために。我らという異物をどう受け止めるかを彼らに選ばせるために」
「――その通り。俺はそう望み、そう仕組んだ。魔族の者は頭がいいね、こっちにはこっちの目的があることを分かってくれた」
指揮官は重々しいため息をついて続ける。
「まったく、他人を意のままにしたい人間が多すぎる。自分が正しいから? 自分に従え? 我も人、彼も人ならば勝手に動くのが当たり前なのに。他人を支配するなんてできないのに、どうして誰も人のことを放っておいてくれないのか」
「……指揮官」
長門は目線を下げる。
言えることはなかった。あの魔族も、味方ではない。
敵の敵は味方なんて嘘を誰がついたのか。自分に従わないならすべてが敵だ、自分が偉いと勘違いするとそうなる。
「全ては無駄なのかもしれないな。ああ、別にいいさ。人が、他人にたったの一言を言われたくらいで変わるものか。どれだけ薄っぺらい人生だ、それは。ゆえに何も変わらない。きっと、世界はどこまでも窮屈になっていくだけで未来などない」
「……」
ぽす、と長門が指揮官の頭に手を乗せた。
……撫でる。
「――長門?」
その手をどけようとはしない。
なでなで、と心地よい感覚があるが……どうにも気恥ずかしい。それでもなぜか、指揮官はその手をどける気にはなれない。
「指揮官はよくやっておる。指揮官が、私たちのためにやってくれてることは知ってるよ。言葉を尽くして何も変えられなくても……一緒に居てくれるから」
「……」
指揮官は目線を横にやる。
あまりにも気恥ずかしすぎてまともに長門の顔を見れない。
「ありがとう」
「どういたしまして」
指揮官は、やはり頭を撫でるその手を止めようとしないのだった。そして、おそらくアルコールが残っていたのだろう。こんなことを言ってしまう。
「月が、きれいですね」
「……ッ」
長門が、顔を赤くした。
「なんだ、ネットでは有名な言葉だけどね。長門も知っていたのか。……もしかして、原文ーーというのもおかしいかな? 読んだこと、ある?」
「うむ……あるぞ。じゃが……えっと……」
攻守が逆転した。
今度は長門が顔を赤くして横を向く番だ。
「ふふ。これだと冗談みたいだから、ちゃんと言ってほしい? ああ、長門はかわいいね」
「あう……それは……言ってくれるなら、嬉しい……けど」
「じゃあ、こっちにおいで?」
「………………うむ」
たっぷりと考えて、ちょっと自分の匂いをかいで臭くないことを確認したりもして。
少し前に風呂に入ったのを思い出したのか、少しだけ頷いて。
しずしずと近寄ってきた。もとから隣に座っていたのに、今はもう抱き合うような距離の近さだ。
「さ、こっち」
指揮官はにやにやと笑っている。
「あう……うう……」
長門は顔を真っ赤にして袖で口元を隠している。
けれど、隠しきれないほど嬉しそうにしている。
「捕まえた」
近づいてきた長門の手を取る。
姿形を見れば、まるで子供。手も、こんなにも小さい。
震える胸を見れば、膨らんですらもいない。威厳、それと巨大な艤装があるから大きく見えがちだが、長門は一人きりなら誰より幼げな少女だ。
大人を前にして、何も抵抗できそうにないほど。
「……あ、指揮官。……近い」
「離さない。こっちを見て?」
手を軽く引いてやると顔がすぐそこにある。
まったく力を入れてないのだから、7割方長門のほうが動いている。指揮官が引っ張っているという言い訳はあるにしても。
「目、閉じて?」
「うむ」
ぎゅっと、目をつむった。
普通なら変な顔になってしまうが、長門は違う。
とても可愛らしくて美しい。美人は得と、良くわかる光景だ。
「……」
その唇に口づけた。
「……んー」
長門は完全に息を止めている。
真っ赤な顔が更に真っ赤になって、青白く変わる前に指揮官は口を離す。
「どうだった?」
「……すごかった」
ぽー、として夢見心地。
「もう一回する?」
「……うん」
キスをして、そのまま押し倒した。
「し……指揮官?」
いやいやをするように頭を振る。
とはいえ、本当に嫌なら実力行使するだけだ。長門は顔を真っ赤にしてそむけようとしているけど、すこし笑っている。
期待しているし、ましてや拒否する木など微塵もない。
「何をされるかわかってるんだ?」
服を少しまくり上げるだけでかわいらしいおへそまで見えてしまう、
おなかをそっとなぞる。
「……ッ!」
びくりと身体をふるわせて、嬌声を上げる。
「ねえ、長門。……いい?」
「……」
小さな体を震わせて、顔を背けて……小さく頷いた。