そして、一週間を待たずに、魔王が指揮官の家の扉を叩いた。
急いで来たのだろう、息が荒れている。もしかしたら羽で飛んできたのかもしれない。
膨らみかけの胸に落ちる汗が何とも色っぽい。そう考えていると、隣にいたラフィーに足を踏んづけられた。
「す、すまぬ。同族が迷惑をかけた」
魔王本人が頭を下げた。
動かぬ物証があったとはいえ……王という存在が詫びるのは珍しい。
なぜなら、詫びるとは間違いを認めることであり、間違いとは歴史書に刻まれる王家の汚点であるからだ。
ゆえに、頭を下げることは通常ではありえない。あるいは、そもそも国家そのものが国民に見限られている場合ならば気にすることもないが。
まあ――この場でなら、私人としての言い訳も通るかもしれない。
「いいや。頭を上げてくれ。こちらも手荒く歓迎しすぎたきらいはあるのでね。生きているのならよかった。お互い、水に流すこととしないか?」
そして指揮官は、頭を下げられる王様は私人としては誠実な人だ、などとは間違っても思わない。
奴らは汚点を残してさえ、惜しい人材だったというだけの話だろう。要はメリットデメリットの話だ。
しかし基本的には勝手に戦端を開きかねない過激派はそれだけで大きなマイナスポイントだろう。
それでも消してほしくないと言うのは、人材が全く足りていない証左に他ならない。
「ありがたい。そうしてくれるのか?」
魔王はほっとしてため息をつく。
幼い顔に似合わない苦労人の顔だ。
そして、王様がそんな顔をするからには国民の統制ができていない。実際、できていないからこその暗殺紛いだろう。
裏で手を動かした? 馬鹿げている、嘘をつくリスクが高すぎる。
「ああ、個人的に魔族とは末永く良い関係を築きたいと考えている。……頂いた家の雰囲気もいい、できるだけ捨てるような真似はしたくはない」
「うむ。感謝するぞ」
それで、この話は終わった。
魔王側としては内部統制が取れていないことが知られたことは大きなマイナスだが、指揮官側に"思惑”はない。
政治思想を持っていないことはないが、時代遅れの現地人に教育してやろうなんて傲慢な考えを持っていない。
結論、最初に言ったとおりの水に流す。
力を示すも何も、最初から指揮官は魔族を滅ぼせるだけの武力を備えているのだから。
「しかし、まあ――人里の老獪な狸共は化かし合いが好みだが、私と君でそれを真似る必要もないだろう。ぶっちゃけ、腹を割って話さないか? 虚飾と回り道で話すのは苦手でね」
「うむ。そのようなものは脆弱な人間どもがやればよい。我ら魔族、力こそが全てとは言わぬが、
「まあ、人間もそればかりではないと思うがね。では、納得してもらったところで率直に尋ねようか。……君らは我々に何を望んでいる?」
「……率直に言おう。その刃を我らに向けないことを望んでいる。――そのためならば全面降伏ですら厭わない」
そう、敵わない。
そもそも敵として見れるレベルにすらなっていない。人間であれば、尊厳だの何だのと徹底抗戦を貫いたのかもしれないが、魔族にそれはない。
「本国と連絡が取れていないから、国を墜としても正直に言うと邪魔でしかないがな。俺も、国王などと言う性分ではない」
そして、一方で指揮官も滅ぼすの何だのはごめんだった。
ただ愛する少女たちと一緒に居たいだけ。死ぬの生きるのは勝手にやってほしいと、指揮官は思っている。
「ならば、破壊して終わると言うことだろう? 歯向かうものを皆殺しにして、それで去る。人間ならば、そこからでも立ち上がって栄えるかもしれんがな。我ら魔族に取っては不可能だ。……分かっているだろう」
「君たちは人口が少なすぎる。これは完全に予想だが、出生率も低いのではないかね? 技術があり、好き勝手に開発しても……それを必要とする人口がないから未来には繋がらないな」
「まったくもってその通り。賢しげな者などは成長限界などと言うよ。魔族は魔導工学を極めたがゆえに、種としての寿命を迎えてしまったと」
それが、魔族としての問題点だった。
要は日本の少子高齢化によって起こる社会的な問題を技術、もしくは種族性質で克服したがゆえの八方ふさがりだ。
日本では老人が増え子供が経ることで労働力のバランスが崩れ始めているが、魔族は魔導工学によっていつまでも現役でいられる上に寿命も増えたし、そもそも労働は魔導人形に任せればいい。
だからこそと言っていいのか、さらに少子化が拡大した。
人口が少なくなっても問題点を技術で解決していったから……今更子供を増やせない。誰も産まないし、産んだとしてそもそも母数が足りない。
結果は穴あきだらけのチーズのように人口が分散する国だ。
「……人間を遥かに上回る力を持ちながら、未来は増え続ける人間に圧殺されるだけか。一発逆転でもするつもりかな?」
「知らん。数が少なくても、魔族は個人主義じゃ。全体としての方向性はあっても、魔王が全てを決めているわけではない。……研究しているものも居る、そのために戦い続ける者も居る」
「やはり、そうなるな。……だからこその全面降伏か?」
「どう考えても魔族に益する未来が見えんからな。人間のように嵐に馬鹿正直に拳を振り上げて、意味もなくくたばることに高尚さを見出す趣味趣向はない」
二人とも苦笑した。
本来なら、話は終わりだ。
――つまり、見て見ぬふりをしようと言うことだ。
魔族は魔族、艦船は艦船で別の生き物として生きていく。
それは自然な形かもしれなくて、知らない何者かを敵視せずには居られない人間では不可能なことだった。
だが、指揮官の思い付きで事態は動く。動いてしまう。
「……そうだ、人間と和平する気はないかな?」
繰り返す。指揮官に思惑等はない、政治的思考の強制も考えていない。
単純にこれは”かっこいいから”と言う理由しかない。
そういうの、艦船は好きだろうと言う適当な――思い付き。
「……なに」
だが、言われた側としてはたまったものではないのだ。
馬鹿げているとしか言いようのない話だが、戦争で親を失った子供が戦争根絶を叫ぶより、核ミサイルの発射スイッチを弄びながら言う世界平和の方が”言葉が重い”。
まるであべこべだ。
悲しみも、苦痛も、何より真剣さがまるで違うのに、その子供は同情こそされても、世界に影響力を持ちはしない。
けれど、人の命を屑同然と思うような、戦争の権化と言えるような強大な兵器の所有者が平和を叫んだならば、権力者たちは聞かざるをえない。
……なぜなら、野垂れ死ぬ子供は鼻で笑ってやればよいが、兵器の方は向けられたら本当に死んでしまうのだ。
「まあ、考えてくれるだけで良いさ。君たちも、十二神将の脅威を前に無駄な出血を強いられたくはないだろうと思ってね。なにせ、俺たちは話の通じる第三者だ。中立とは敵対でしかないが、両者の敵がいるならば、できることもあるだろう」
「さすがに、それは……考えさせてほしい。じゃが、魔族全体をコントロールするのは難しいと言わざるを得ない……な」
「当たり前だな。……人間とてそうだろう。そして、それは金で解決すればいいことだ」
つまり、その世界平和の条約ができたとして、破った者には罰金刑を化してしまえばいいだろうと言う滅茶苦茶だ。
実現すれば間違いなく素晴らしいことであるはずなのに、敬意も熱意も一切がない。
「……お主は。なるほど……人でも、魔族でもないな」
「俺は艦船だからな」
「よかろう、前向きに考えよう」
魔王は深々とため息をついた。