この世界は十二神将の襲撃があり、その一撃で人類国家は混乱状態に堕ち、更に悪いことには内乱に疑いに端を発した戦争の勃発など、地獄絵図が起きているのだが。
活発化した魔物の襲撃、この絶望的な状況で生き残るための国家規模での略奪と、弱者の淘汰。人類史上かつてない程の速度で貴重な命が失われていく。
そして、その中で大切な人を守るため、魔族を殺すために立ち上がる勇者たち。人は誰でも他人のため、人外をぶっ殺して宝物を略奪する”勇者”になれるのだから。
しかし、それは人類の領土での話。
……逆に、魔族の領土では人類へ総攻撃をかけるために散った同志を集結させている。数が少なすぎて分裂できるほど複雑な組織を作れないのだ。
不確定要素=指揮官をはじめとする艦船は監視できている。
ならば、後はそいつらがおとなしくしているうちに人類を撃滅すればいい。
魔王は最強の存在で、ゆえにこそ尊重される。殴られたら殴り返す、の単純な理屈で歴史として刻まれた恨みと憎しみが大爆走する。
……もはや、どちらが先に殴ったかなど忘却の彼方にあったとしても。
だが、一方で指揮官と艦船たりはと言うと……
今日も、のどかな一日を享受していた。
満ち足りた生活だ。家があって、皆がいる。それ以上に望むことなど何もない。指揮官の殺意もそれを守るためだ。
セイレーンが作り上げた十二神将と艦船の蟲毒と信じて疑わないからこそ、なんとしても十二神将は殺す。
「今日はどうする?」
朝食後、思い思いに過ごしている。
とはいえ、指揮官は人気だから山になっている。まるでおしくらまんじゅうだ。もちろん、指揮官はこの現状に深く満足していることは言うまでもない。
メアはユニコーンと手遊びをしている。ユーちゃんを頭の上にのせて。指揮官の膝の上に座りながら。
もちろん、逆側にはラフィーが乗って綾波と一緒に指揮官に身体を預けながら、ゲームをしている。
「今日も今日とてゲームをするのです。指揮官もしましょう」
「おすすめ」
二人は相変わらずである。
「砂遊び!」
ユニコーンは無邪気だ。
「おひるね」
エルドリッジはまだ寝ぼけている。
「むにゃむにゃ……」
長門は指揮官の脚に頭を載せて寝ている。
「……ふふ。みんな、おねぼうさんね?」
エレバスは微笑を浮かべているが、ひざが笑っている。
昨日の夜は大分こたえたらしい。
まあ、次も指揮官は手加減する気などないが。いや、言えば甘い指揮官は嫌とは言わないが、それで回数が減るのを嫌がるのは彼女たちだ。
だから、逆にもっともっととしか言わないだろう。
「動けないし、ゲームでもしようか」
そういうことになった。
そして、二時間もたてば外に出る。
お子様組がうるさくなるからだ。まあ、指揮官としてもゲームをするより遊ぶ子を見ているほうが目の保養になる。
けれど。
「お、やっと出てきたな。ちょっと待たせてもらってたぜ」
金髪、革ジャン……とてもチャラい男が家の前に居た。
気配はずっとあった。普通に歩いてきただけの人間としか思えない。魔族ならば誰もが持つ魔力の波動を持っていない。
そして、十二神将はと言うと、これまでに会った二体は常人ならば心が砕けるほどのプレッシャーを常に纏っていた。高レベルというのはそういうものだ。
艦船たちがそうでないのは、人を守るために生まれ、さらには元々気配も何もない鉄の塊であったからの種族特性に過ぎない。
「……チャイム鳴らせば?」
指揮官としては、呆れてそう言うほかない。
今は夏真っ盛りだ。そいつはうっすらと汗をかいていた。
浅黒い日焼けした肌……は、普通にそういう人間で、特に裏も何もないだろうが。
「ん? ああ、あれか。あいにくと人間の風習にゃ、あんなもんないんでね」
けらけらと笑う。
勝手に何かすごく楽しそうだ。生きているだけで楽しいなら、なんともうらやましいことである。
嫌味のない笑顔というのはこういうものを言うのだろう。
「ああ、そう。でーー何の用?」
指揮官の目は冷たい。
男だから、ということは否定できないが、そもそもそういう陽気な雰囲気は大嫌いだった。
嫌いだからといって叩きのめすようなことはしないが、殊更にしゃべろうという気も起きない。
「は! 知れたこと。男と男が向かい合えば、やることは一つと決まってるだろうがよ!」
そいつは拳を握って構えをとる。
隙だらけのそれは見るからに自己流で、つまりケンカ殺法だ。けれど、人を殴るのに慣れている。
生半可な武術など無用、度胸と腕っぷしだけで十分と主張するかのように楽しそうに笑っている。
「そんなものは知らんが」
指揮官は艦船たちを後ろに下がらせる。
嗜虐的な笑みが浮かぶ。そんなスポーツ的なものに興味などないが、しかし嫌いな相手を叩きのめすのが嫌いなやつはいないだろう。
「さあーー楽しく喧嘩しようぜえ!」
大きく拳を振りかぶって、一直線に向かってくる。
まったくためらいのない動き、度胸だけは一人前だ。そして殴られることに不慣れではない。
後の先を取り、拳を入れたとしても止まりはしないと確信できる。
「そうか。まあ、お前みたいなやつを殴ってやるのも楽しそうだな?」
迎え撃つ。
相手など関係ないとばかりに最速で最大威力の拳を叩き込んだ。もちろん、艦船としての力は使っていない人間の範囲だ。
彼が使うのがケンカ殺法だとしたら、指揮官が使うのは人形じみた理想値をなぞるだけのロボット拳法だ。
いつでも理想の動きができるとなればあらゆる格闘家にとっては垂涎だろう。
ケンカ殺法などとは完成度が違う。
「はっはァ! やる気になったようだな! いいぜ、どんどん行こうぜ!」
そいつは踏みとどまり、お返しとばかりに指揮官の腹に拳を叩きこんだ。
理想的な動きは格闘家にとっては珠玉だが、しかし武術が”奇麗な動きを出来れば完成”だなんて底の浅いものであるはずがないだろう。
つまり指揮官の拳は読みやすいのだ。
手練れであればあるほど、今度は理想的な動きから外れていくのだ。型を守り、既存の型を破り、ついには師の教えを離れ行く。
武道の守破離において、理想的な動きなど初めの一歩にすぎないが、指揮官はその一歩目が全て。武を習えばそれくらいは身につくのが普通だ。
今回も完璧に決まったのに相手の意識が落ちていないのは、打たれる前に覚悟を決めたからというただそれだけのことだった。
「ーーはん」
打つ。打つ。打つ。
しかし、理想的な動きだからこそ最高の効率で最速だ。動きの止まった相手に三連撃を叩きこむなど造作ももない。
それこそ老練の域に達するならともかく、ケンカ殺法では捉えきれない。それでも血肉の細切れになって飛び散らないのは、人間相手だからと手加減しているからに他ならない。
「はは! 面白くなってやがったぜえ!」
しかし、10も打ち込むころには……
「……ち」
指揮官の拳が当たらなくなってきた。
苦い顔をするほかない。指揮官の弱点が浮かび上がってきた形だ。こういうケンカの場では補う方法がない。
指揮官は元一般人で、その一般人はどうしようもない人間だったから……
「おいおい、どうしたよ! 止まって見えるぜえ!」
返す拳が指揮官に当たり始める。
なぜなら、指揮官の動きは理想値をなぞるだけだから。
読みやすいというのは、対応も容易ということだ。ケンカ屋の獣じみた嗅覚が敵の隙を教えてくれる。
そして、理想的な動きだからこそ予想の範疇を超えることもなく、限界という殻は破れない。できないことはできないと、当たり前の事実が指揮官を追い詰めていく。
「む」
砂……指揮官は目を閉じる。
そして、ケンカ屋は狡い手も使ってくるからたまらない。
適当に腕を振って、しかし当たらない。今は人間の様に戦っているからレーダーは使っていなかった。
「……らあ!」
下から掌低、突き上げるように放たれたそれは指揮官の顎をしたたかに打ち付けた。
舌をかむようなヘマはしない。
けれど、体が浮いた。
「シイ!」
疾風の三連撃、人体の急所……正中線に叩きこんだ。
そして、それで終わりではない。
人を殺しかねない攻撃をしておいて、まったく罪の意識もない。それどころか。
「まだだ!」
喉、これも急所に手刀を刺す。
「……かふっ!」
さすがの指揮官も声を漏らす。
「シイヤッ!」
指揮官が最期に見たのはかかとだった。
その場で跳び、そして一瞬で三回転……浮いた体を狙い、勢いを存分に乗せた全力のかかと落しをーー無防備な喉めがけて。格闘技ではありえない完全な殺しの技だった。
これはむしろ手品の技、手刀で岩は割れずとも、手刀を叩きつけた勢いで岩を地面に高速で落せば割れる。
「……」
ゆえに、指揮官といえども完全に沈黙する。
艦船の性質上、彼女たちには死んでいないことは分かっているがピクリとも
動かない。
「おい、寝たふりすんじゃねえよ」
今まで楽しそうだったのがどこへやら。
やたらと不機嫌になっている。
そして、何も動かない指揮官に対して不可思議なことを言い出す。
「起きろ、テメエ。気付いてんぞ」
言葉も言えるはずのない指揮官に言い放った。