「……長門。それ、フラグ」
ラフィーがぼそりと呟いた。
眠そうな眼は、しかし絶翔の居た場所を捉えて離さない。
「なぬ!? ふ……ふらぐ、とはなんじゃ……?」
「長門、前を見ろ。来るぞ」
虚空が広がる。
空間すら食いつぶす絶死の一撃。これの前には防御力など何も関係がない。ただ喰らいつくされて終わるだけ。
だが、防御が不可能なだけの攻撃なら。
「……必殺の一撃を相手にするのなら、全てかわせばいいだけの話。範囲がいくら大きかろうと、鈍いならやりようはあるな」
反転。数歩下がるだけでかわしてしまった。
皆もそう、音速すら超えない一撃で牽制もなしでは、当てることなどできやしない。だが、これは……どう考えても絶翔の攻撃ではないだろう。
「とはいえ。……なるほど、二人目か」
チェックメイトをかわされた理由は想定外の介入。
相手は十二神将、ならば仲間も居るのは当然だろう。仲間を守るため、もう一人の十二神将が戦場に参戦した。
「てめえ、俺についてやがったな」
「ええ、私の能力は自分に使えば極小の特異点にかわる。あなたの服の端っこに引っ付いて見させてもらったわ。……だって、あなたったらそわそわしてるのが丸わかりなんだもの。これは、スノウホワイトを殴りに行くのも時間の問題だってね」
つまり、最初から仕込んでいた。
言ってしまえばモンスターボールだ。この絶好のタイミングで助けることができたのは、自分をモンスターボールに入れて彼のポケットに忍ばせていたからに他ならない。
当然、出るタイミングも自分の自由だ。
「……俺はガキじゃなくて指揮官を殴りに来たんだがな」
まあ、それが分かるからこそ彼は憮然とする。
保護者同伴の喧嘩ほど冷めることもないだろう。いや、立場としては同格だがこの状況はそういうものだろう。
「それで子供たちにやられそうになってちゃ世話ないわね。7対1になるのは分かりきっていたことでしょう? それで泣き言を言ってちゃ男が廃るわよ」
嫣然と笑う。
母のような安心感、つまりはサポートもできるタイプだ。こういう強力な異能を持つと我が強くなるのは自然だが、彼女には強い我ゆえの衝突は期待できない。
つまり、二人で戦えばまっとうに強くなるタイプ。指揮官にとっては最悪なことに。
「泣き言は漏らしてねえ。俺はただ喧嘩ができればそれでいい」
「あ、そ。まあ、私も私でやらせてもらうけど。……異論はないでしょう? ねえ、アズールレーンのスノウホワイト」
この仲の良さげな会話は――そう、どうやら本当に仲間割れは期待できないらしい。
「いやいや。1対7でやらせてくれよ。……そちらの方が殺しやすい」
指揮官が身もふたもないことを言う。
ブラックジョークと言うやつだ。
「あは。歯に衣着せぬもの言いね? もちろん、嫌よ」
彼女はけらけら笑う。
「そうか、なら二人まとめて消すだけだ」
「ならば良し。倒せるものなら見せてもらいましょう。我々は世界を滅ぼす十二神将、そしてあなたたちは我々を相手するにも1対7がやっとのことだったでしょう?」
殺気と殺気が交錯する。
仲間との親し気な会話はどこへやら。後ろ手でナイフを隠し持った笑顔だ。いつ暴発するかも分からない。
「……は。傲慢だな、十二神将。その傲慢が冥府への門の入口と知るがいい」
否、指揮官の方が先に暴発する。
殺気が渦巻いて、槍と化す。隙があれば、いやなかろうと関係なくただ殺す。
「あら、それは我らが冥府門番とかけてのことかしら? ならば、あの子の仇を取らせていただきましょう。レクイエムを奏でるわ。生者の悲鳴よ、冥府の門を超え奈落まで響きなさい……あの子の無聊を慰めんがため」
殺気が満ちる。
現世に冥府の瘴気が湧く。もう一人の十二神将、その力が隣の彼に劣るはずもない。彼の絶翔によって60度ほどまで上がっていた気温が一気に氷点下にまで下がる。
「……我こそは十二神将
必ず殺すと宣言した。
「ならば、もう一度名乗るぜ。十二神将
そして、故にこそケンカ屋も足を踏み出す。
悪役のお約束……仲が悪い敵組織、そんな甘い現実は存在しない。それはお決まりの設定だが、しかしなぜわざわざ仲を悪くして弱くなるような真似をするのか。
普通の神経だったら仲良くするだろう、仲間なんだから。
なぜそうなっていないかは作者の都合だ。主人公が弱いから、敵がなにか失敗しないと勝てやしない。仲が悪くて勝手に足を引っ張り合っているのはそれこそシナリオに都合がいいだろう。
そうすれば、敵が弱くなる。
繰り返そう、敵の仲が悪いなんて甘い現実はない。仲間の敵を討つため、結束を力に変えて向かってくる。
「……それがどうした? 強力な異能が二つ。合わせると厄介なら、分断するだけだろう」
そして、指揮官は迷わない。
敵の仲が良かったら倒すのに罪悪感が湧くなどと、お優しい主人公ならそう感じることもあるだろうがこの男は違う。
愛する艦船のためならば、何を曳き潰そうが何も痛痒を感じない。敵が絆を力に変えると言うのなら、引き離して個別に殺す。
そして、既に役割は分けてある。ネット顔負けの情報伝達、現代に比べて更に先を行く脳内に埋め込んだデバイスでの通信だ。
「さあ、冥府門番の心臓を貫いたのはこの俺だぞ。仇を取ると言うのなら、我が心臓に牙を突き立ててみるがいい……!」
指揮官が高速で移動する。
そして、仇が戦場から離れると言うのなら追う以外にないだろう。
本来なら母港である指揮官は浮かぶことしかできないが、水を蹴って自らの身体を撃ち出すことはできる。
できないなら、できるやり方で補えばいい。
実際に描写はしていないが、基本的に指揮官たちの日常は遊ぶか、訓練か、食事と睡眠だ。異世界に来た当初はできなかったことでも、練習してできるようになっている。
「待て、逃すかよ……ッチイ!」
指揮官が
「いいえ、あなたのお相手は綾波がするのです。気落ちすることはないのですよ。冥府門番の首を斬り落としたのは綾波なのですから……その爪で首でも刈ってみますか? 刻みつけなさい、戦争なのです。殺すのだから、殺されもするのですよ」
紅炎も追いかけようとするが、魚雷の影を見てはそちらに対処するほかない。
そして、戦場は二つに別れる。
指揮官が率いるはラフィー、エルドリッジ、エレバスの三名。
「そう、あなたが……! ならば、その心臓を喰らいつくす。冥界の牙は何者をも逃さぬと知るがいい!」
虚空が伸びる。弾丸が吐き出された。
彼女の能力は食べること、別作品なら
展開した虚空に触れたものを仕舞い、そして吐き出すだけの単純な異能。けれど、生体・非生物問わずに出し入れできる万能の力だ。
それを悪用すれば”こう”なる。
「……は! この程度の攻撃で止まるかよ! 貴様の絆は分断したが、こちらは仲間と協力できるんでね」
指揮官の後ろでエレバスが放った制圧射撃が、虚空からの弾丸を叩き落した。
元が自陣の攻撃なら、同じ攻撃で相殺できる。長門の砲撃も混ざっていたが、そっちは普通に回避した。
「目標確認、攻撃開始……!」
そして、ラフィーが虚空の隙間を縫って砲撃を敢行する。
2重3重どころか、十重二十重に展開された虚空は視線すらも通さない。単純に狙えば当てられるほど、敵の能力は甘くない。
全て喰いつくす虚空は音も、電磁波すらも反射しない。艦船お得意のソナーが全くもって通じない。
ゆえに縦横無尽に動く移動する虚空の動きを計算に入れ、全体を把握しつつ動くのは純粋にラフィーの戦闘経験値によるものだ。
「残念ですね。あの子と違って、私は能力などなくとも強い! 冥狼を甘く見ないでもらいましょうか!」
砲弾を殴って破壊した。
アイテムボックスなどと言われたように、この能力は他の三名に比べれば明らかに見劣りする。
いや、展開する虚空は消滅する様子も見せず刻一刻と増大する一方で、もちろん、現代兵器は最新の戦闘機も核すらも通じない強力な異能ではある。
それでも足りない部分は素のステータスで補っている。虚空の展開前に潰すと言う王道は、本人の格闘能力が高いために通じない。
これが冥府門番であればステータスが低すぎて先制攻撃に対処どころか、二の矢三の矢を目で追うことすらできなかった。
「……ならば、俺と踊ってもらおうか? お美しいお嬢さん」
砲撃を殴り飛ばしたために虚空の制御が甘くなった。
その一瞬に指揮官は敵に肉薄する。言葉とは裏腹に、その目は殺意しか宿していない、小手調べとばかりに10連撃を叩き込む。
そして、それは吸い込まれるように急所に向かう。
指揮官の武は理想をなぞるだけの片手落ち、けれど、
「ええ。血に咽ながら踊りましょう? 殺意と狂気を交錯させ、踊り狂って遊びましょう? そしてその心臓、もらい受けるは
ボクシング。可憐な令嬢の姿をした怪物は拳を握る。
それも顔の前に腕を持っていくピーカーブースタイル、明らかな防御型の構えは絶死の十連撃をすべてさばく。
殴って、軌道をそらした。
それは神業と呼べるほどで、そして指揮官の腕が折れなかったのは頑丈だからに過ぎない。つまり、それは技術的には圧倒的な敗北である。
「……っフ!」
もっとも、指揮官は武術などに重きを置いていない。訓練こそしているが、極論殺せるならば毒を盛ってでも構わない。
殴る蹴るに拘泥する必要性を感じていない。
だからこそ、次の矢は暗器。口中に含んだ針を目に飛ばした。
「ッチ! この男、意外と
虚空を眼前に展開、針を消し飛ばした。
そして、隙ができたのならば今度こそとばかりに十三の連撃を叩き込む。
指揮官の殺戮技法に狂いはない。理論値が導く通りに最高効率の殺害を実行する。
「っは! 冥狼を捉えるには優美さが足りなくてよ。人を殴るには、こうするのです」
あろうことか喰らって耐える。令嬢の外見に反した凄まじい戦法だ。
ケンカ屋と仲が良いのは、性根が似通っているからか。
急所も少し動けばそこはただの肉だ、耐えられない道理はない。が……この詰将棋のような戦略は指揮官にはない。
「がは! ぐぅ――」
そこは急所ではない。
だが、肉を打ち抜かれたことで明らかに一瞬指揮官の動きが止まった。牽制を織り交ぜ、急所を抜くために敵を城と見立てて一つづつ切り崩す。
「武とは芸術。機能美だけでは頂には登れない」
狙い澄ました一撃が、奇麗に指揮官の心臓を貫いた。
ハートブレイクショット、人間なら死んでいた。だが、艦船ならば心臓が止まったならば再起動すればいいだけの話。
「ならば、努力の足らない俺としては泥臭く行こう」
そして彼女の腕を捕まえた。
それは骨を切らせて肉を絶つ愚行……だが、仲間が居ればそれで構わない。
やはり根性は素晴らしい。敵も味方もそこを起点に戦場をひっくり返しにかかる。
「指揮官の作った好機、無駄にしない」
「ぐ……この小娘ェ!」
虚空を展開、だが……能力に頼らないと言うことが、逆に能力の方の錬度を下げている。
0.1秒後には飲まれて消える隙間でも、人一人分のスペースはそこらにある。ならば、潜り抜けられないことはない。
指揮官とラフィーは再展開された虚空をものともせずに接近戦を刊行する。
その連続する砲撃をかろうじて虚空に飲み込んだとして。
「さあ、ワルツを踊りましょう。月夜の月光に可憐な紅を咲かせましょう。果てなき暗黒より、輝く月に魂を導いてあげるわ」
エレバスの砲撃が容赦なく降り注ぐ。
「そんな……ものでェ!
虚空の隙間から砲撃を喰らい血がしぶこうと。
……そして骨が砕けようと。
深窓の令嬢じみた姿が、ボロをまとった傷だらけの野生児の姿に変わろうと。
「貴様だけは必ず殺す! 指揮官」
冥狼の目の光は決して消えず。
死力は防御ではなく、殺すために。傷つこうと構わない、誓いの前に自分の身体など二の次だ。
「……させない。指揮官のこと、ころさせない。……きずつけさせない」
そして伏兵。伏せておいたエルドリッジと言う札がチェックメイトを刻む。
魚雷が迫った。
「っち――このッ!」
虚空を展開。海など関係ない、虚空はそんなものを歯牙にかけない。
だが、それは予測済。
綾波の魚雷の威力を見ているのだ。耐える選択肢など取れるはずもない。綾波に劣るエルドリッジの魚雷でも、見ていなければわからない。
「……おわり、だよ」
憎き指揮官の姿を捉えるために虚空を横にずらした……その隙間にエルドリッジは砲塔を差し込む。
「ぜんりょく」
スキル発動。
彼女はスキル攻撃に特化した艦船だ。その威力は折り紙付き、至近距離で喰らったなら消滅必死の一撃。
「……十二神将を舐めるな!」
それをただの気合いと根性で踏破する。
殴って砲撃の威力を削れば耐えられるなど、淑女の戦法ではありえない。そもそも人間の発想でもないだろう。
そして得た傷と痛みに耐えたからの好機が今。
「死ねェ! 冥狼の牙に噛み砕かれろ!」
削れて枯れ木のようになった血と肉が貼り付いた骨を、タクトのように振り上げる。
絶死の一撃が避けようもない速さでエルドリッジに迫る。
「させるか!」
指揮官が割って入る。
小さな身体を投げ飛ばして救いながら、触れれば文字通りに削られる暴虐の嵐へと己が身を投じる。
「……指揮官!」
「ダメェ!」
援護砲撃が来るが、そんなものは敵も承知の上。
指揮官が傷つき、動揺した彼女たちに虚空は突破できない。
「ぐ――だが、不屈を力と変えるならこの俺も!」
気合いと根性、そんなものが力となるなら指揮官も。
痛みに耐える? そんなものは不要、痛覚はカットした。断裂した筋肉も、痛みがなければ削れ残ったわずかなそれで無理やりに駆動する。
結果、虚空が重なる領域を脱出した。だが、しかし……
「冥狼の最期の叫びを聞くがいい。我が命に代えて、貴様を討つ」
そこはまだ絶死の領域。
生者が生きて出られぬ冥府の門は指揮官を飲み込んだ。要するに攻撃範囲からの離脱が不可能だと言うことだ。
ゆえ、その攻撃から逃れることなどできない。
「……ッ!」
そう、残った脚で全力で後ろに飛びのこうとも、そんなものはただの誤差。
己が命と引き換えに放つ最期の咆哮が必ず殺すと誓いを上げる。