ゴブリン、そして魔法。
まあ、魔法に関しては艤装を好き勝手やってるアズレン世界の人間が他人のことをとやかく言えた筋合いではないのだが、ゴブリンという時点で異世界転生は確定している。
そして、冒険者。
艦船とは違う、人間のようなもの。
断言できないのは、姿かたちが人間に見えても、あんな超常の力を持つ人間など知らないからだ。
けれど、その超常ですらも戦略の前にあっさりとやられた。
そう、戦略だ。
たとえゴブリンの王に人間のような高次元の考えも、紡いできた知恵さえもなくとも形としてそうなっている。
必要な戦力を配置するのが王の仕事だ、それがたとえ余りが出ようとも。
余らせるのは考えなしの証など言われてしまうかもしれない。
しかし、敵として相対するならば、必要以上の戦力があることは脅威でしかないだろう。無理をして削ったところで補充されてしまうのだ。
一撃当てて離脱が困難になるし、穴をあけても補充されるから一発逆転も難しい。
結果、冒険者たちは順当に、弱者として擦り潰される運命となった。
「お兄ちゃん……!」
その光景がユニコーンには刺激が強すぎたというわけでもない。
目を背けるといった様子がない。そして、それは彼女の偵察機を介して現場を見ている他の子も同様。
そして、指揮官となってしまったあなたもまた、ショックなど受けていない。感覚としてならばテレビを見る感覚だ。
まあ、実際に偵察機のカメラを通して見ているのだが、数km先で起きていることなのは知っている。
ゆえに、それは目の前で殺されようと、同じなのだろう。
所詮、艦船と人間ーー種族が違うのだから、人間愛に目覚めるはずもない。
守るべき自国の民ではなく、慈しむべき同種でもない。
とはいえ、ゴブリンよりは愛着を持ちやすい姿なのは間違いなく、少し話してみれば人間と認めるにも否やはない。
「まずは、コミュニケーションを試みよう」
だから、ここはゴブリンたちにも話をする機会を与えなければならないだろう。
言語の問題化といえばそうなのだが、まかり間違えばゴブリンの方が人間だという可能性すら考えられるのだから。
なんにせよ、戦闘力と姿かたちしか分かっていることがないのだから慎重に行くべきだだろう。
「先手を許す……危険……ある、けど」
ラフィーが言う。眠そうにしているが、戦闘に関しては本気だ。
なにせ、戦闘と睡眠しか興味がないような娘だ。
そして、戦闘という意味に限ってはそれが最善手だ。ゴブリンに隠し玉の一つや二つあっても不思議ではなく、それが艦船を害することができる武装とも考えられる。
「じゃがな、ラフィー。敵の情報を収集する必要があるのではないか? 確かに戦局的な有利を与えることになるだろうが、敵を知る機会を逃すべきではないと思うがの」
長門が発言した。敵の技術さえも利用するレッドアクシズの首魁らしい言葉だ。
そして、これはどちらが間違っているかというよりも、何を取るかという問題だ。
基本的に現実では、これさえすれば解決などという簡単な話はなく、策というのは一長一短でしかない。
そうなれば、後は派閥の問題でしかない。
もしくは好き嫌いか。
だからこそ、彼はレッドアクシズの意見を取る。単純に、そっちのほうが好きだからだ。
……もっとも、その判断は日和見とも取れてしまうが。
「ありがとう、ラフィー。でも、今回は戦局的な有利より情報を取ろう。別に、本気であのモンスターが話し合いに応じるとは思っていないけど――しかし、その情報には意味がある」
「ん。了解、警戒しておく」
あっさりと引いた。
本気ではないからとは違う。ラフィーなりに真剣に考えて話している、適当を言ったから前言をひっこめたわけじゃない。
しかし、指揮官が却下するならと思考を切り替えた。
こっちのほうが正しいからと一々上官に噛みついていたら、作戦も何もあったものではないのだ。
思考停止といわれようが、それが艦船……もしくは軍人としての一側面。
命令に忠実で、命を奪うことにもためらいがない。
「長門も、いつでも使えるように準備を。あの大群相手では君の大火力が役に立つ。……まあ、必要になるかは怪しいところだがね」
「よかろう。提案した手前、責任は取ろうではないか」
キューブ状の光が現れ、展開……装着される。
現れるのは威厳溢れる極大艤装、彼女の姿が3倍ほどに大きくなったかのように見える。
大きさというのは最も原初的な”偉大さ”の発露である。
と、いうならば長門の艤装は神秘的に過ぎて、畏怖を振りまく神具の域にまで達してしまっている。
ゴブリンなど、見るだけで戦意を喪失し逃げ惑うだろう。
「さあ、ユニコーン。偵察機を下ろしてくれるかな。話してみよう」
「うん、お兄ちゃん」
とはいえ、ゴブリンにこの場を監視できるはずもない。
圧倒的に上の立場から見下ろすように睥睨する7対の目。人類守護を掲げるアズールレーンの使者がいるからこそ、ここに冒険者達の救いは確定した。
--視点変更・冒険者サイドーー
戦車、そしてマジックアローの爆撃。
冒険者たちの守りはたやすく粉砕され、魔法の矢が着弾した。
結果は焼け焦げた地面が広がる戦場跡だった。
「ーーぐぅ……っ!」
リーダー、グリゴリーが呻く。
視界にノイズが混ざる。耳はイカれて音鳴りがしっぱなしで、外界の音は何も聞こえない。
しかも体が鉛のように重く、熱い。
体の至る所に裂傷が走り、流れ出た血液を熱く感じているのだ。その傷を自覚する前に、急激に寒気を感じ始めた。
内側は寒くて震えそうなのに、外側は火傷しそうなほど熱い。
このまま目を閉じて意識を失いたいとさえ思う。
けれど。
「真っ先に俺がくたばるわけにゃいかねえだろうが……!」
動かない体に気合を入れる。
……けれど、心とは裏腹に身体は指一本すら動かない。
そもそもが、生きていることが奇跡なのだ。
魔法による防御、そして普通に優れた防御力。鎧に金を惜しんでいないから、当然としてこのレベル帯としては防御力は十二分。
だから、生き残れた。五体のどこも失っていない。
どこまでもまっとうで、堅実に強い冒険者たち。それが彼らだったから生き残った。
--だが、それがどうした。
「ちくしょ……が」
こうして指の一本も動かせない現実を前に、生きていることなどなんの救いにもならない。
仲間は気を失っている。わずかに上がる呻き声が生きていることを伝えてくるが、このままなら順当になぶり殺しだ。
むしろ、残虐性に歪むゴブリンどもの目を見れば、死んだほうが救いだったのかもしれない。
「「「ゲゲゲゲ」」」
笑い声が近づいてくる。
何百といったゴブリンの群れ。しかし、それですら氷山の一角でしかないという事実。
この動かない体で、もしなんとかできたとしても……他の何千といったゴブリンが残っている。
「だれか……助けてくれ……ッ!」
だから、そう願った。
助けを求めるくらいしかできることがなかった。
それは、本来ならば無意味だ。助けを求めて、救いが与えられることなど普通は考えられない。
子供でさえ、そんな安直で安易な夢は抱いていない。
現実とはなべて冷たいものであるのだから。
--しかし。
「双方、槍を収めよ」
しかしだ、声が降ってきた。
動揺するゴブリンたちの声。ざわめく音。
そして、声の方向を向く。
「……とんぼ?」
豆粒のように見えるシルエットはそんな形をしていた。
だが、あんなに大きなトンボなどいるものか。
地獄の中で垂らされた蜘蛛の糸は、そんな”わけの分からない”ものだった。
「私はアズールレーン所属、第一艦隊
それが下りてくる。
風切り音が近づいてくる。それは巨大で、威圧的で……なによりも恐ろしい。
空を、我が物顔で飛ぶ”それ”。
ーー戦闘機だった。
「……ッ!」
喧騒が聞こえてくる。
そして、魔法の詠唱……ゴブリンどもが空の王者に敵意を向けた。
「なるほど、敵対するか。……それに、言葉も通じないようだな」
声からは感情を読み取れない。
ゴブリンと意思疎通なんてできないことは子供でも知っている。
なのに、なぜかーー否。まるで義務のように宣告を下す平坦な声。
怜悧な声に、もしや自分たちまで巻き込まれるのではないかと心配になる。
「待て。……っごほ! 待ってくれ! っぐ。俺たちに、あんたと戦う気はない。だから……ッ!」
声を出そうとするたびに激痛が走る。
もしかしたらろっ骨が折れて肺に突き刺さっているのかもしれない。煉獄のような痛みで寒気に震える身体が、焼かれたように痙攣して悲鳴を上げる。
だが、それでもーーここでゴブリンと一緒くたに殺されるのはごめんだった。
音が近づく。そいつの機首が下がる。
何かが投下される。
人間大の何か。
「ギギ。ギーー」
弓矢で撃ち落とそうとするが、はっきり言って無駄だ。
当たらないし、刺さったところで落下地点が逸れるだけだ。
そして、ここまで数が多ければ、どこに落ちても”当たる”。
爆発。そして衝撃。
直撃すれば消し炭に、そして運よく離れていても今度は火と衝撃がゴブリンどもを焼き払う。
バラバラに吹き込んだ破片と、運よく丸々残った焼け焦げた死体をさらしている。それはまるで一国の滅亡のような地獄絵図。
多少強い変わり種のゴブリンも、火に巻かれて苦しそうだ。その中で、人間のいる場所だけ救いのように凪いでいた。
これこそが、レベル120。最高の域にまで高めた練度は、たとえ目標を選定せずとも力を発揮する。
セイレーンを撃滅してきたそれは通常兵器とは次元の違う、”セイレーンと同種”の超兵器であるのだから。
「ーーッ! --」
哀れなゴブリンどもは蜘蛛の糸を掴もうとする亡者のように、冒険者たちのもとへ集い。そして機銃掃射で一掃された。
魔法の詠唱が響くが、空の王者にはかすりもしない。
面制圧なら聞いたことがあっても空間制圧など聞いたことがないだろう。2次元から3次元に移行すると、それだけ当てにくくなるのだ。
ゆえに、空を飛ぶ敵に地を這う虫けらが叶う道理などどこにもない。
「ーー」
けれど、冒険者の彼らに奇跡が起きたのなら、ゴブリンにも奇跡が起こっても何も不思議はないだろう。
戦闘機に魔法がかすった。
軌道がぶれる。その隙に何度も何度も魔法を放つ。
希望のように。
そして、墜落する。
生き残ったゴブリンたちが喝采する。
これからが逆襲の始まりだと意気揚々と雄たけびを上げた。
――その敵にとっては痛痒すら与えられない蟷螂之斧だとも知らずに。