戦闘終了、10km四方ほどは命なき死海と化したが――それでも人類の未来が閉ざされなかったことを喜ぶべきだろう。奇跡的とさえ言っていい。
海洋資源が全滅し、魚の死体が海辺を埋め尽くして何日もしないうちに腐って耐えがたい異臭を発そうとも……人が生きていけないことはない。
海水温度は上がってない。海底山脈の地形は変形して潮流そのものが変わってしまったのだが、元々海上輸送などしていない。
とりあえず、指揮官としては十二神将を三人落した代償がこれだけなのだから上出来だと思っている。うまくいったから責められないと思うほど子供ではないが、彼にとって批判は聞き流すものだ。……忠告でもないのなら。
「――さて、これから人間たちはどうするんでしょうね。まあ、指揮官にもどうしようもないと思いますが……魔族の技術ならあるいは、というところですか」
「しかし、奴らも人類のために技術を使うのは嫌がるだろうな。それに、どうせ10年もすれば回復するさ。元通りでなくとも、なにかしらの命に満ち溢れるだろう。地球が生きているのかは知らんが、回復能力は持ち合わせているのだから」
ちなみに綾波は指揮官にくっついている。
危険な役割をやってもらったから好きにさせているのだ。ご褒美といってもいい。このときばかりは他の子も綾波に譲っている。
実際、危険ではあったのだ。
予想外の事態が起これば綾波は死んでいた。
指揮官がいくら甘いと言っても、それで好機を逃すほどお花畑な思考をしていない。あの奇襲はそれこそ死と隣り合わせで、敵に空間転移の使い手が居たら返り討ちにされてもおかしくなかった。
ただ、どうしても指揮官が代わりをやれなかった。殺気に満ち溢れすぎていて隠れるも何もないのだ。
そのお返しとして、これ以外にも夜のデートを約束している。相手が6人もいれば、そういうものにかこつけてもなければ中々機会もないのが目下の悩みである。
もちろん、それは指揮官にとってもご褒美には違いないから。
「死の海、ね。光と相容れない私でも、好きな響きではないわね」
「うむ。命溢れるのが海の正しき姿だと余も思う。とはいえ、敵を撃退するためだ。仕方なかろう」
「長門ちゃん、こう……巫女パワーっぽいので何とかできない?」
「ユニコーン、ぬし……以外と好き勝手を言うものよのう。まあ、これも仲良くなれた証か。じゃが、できることなぞないよ。お祓いくらいならやれんでもないが」
「なら、それをお願いしようかな。見てみたい」
「……なッ// し、指揮官……う、うむ。うけたまわった。久しぶりなれど、腕が衰えていないところを見せてやろう」
「でも、魚が増えたりしない」
「ラフィー、そういうことを言うものではないですよ。長門様の舞を見れるのは、とても光栄なことなのですよ?」
「エルドリッジは……ねむい……」
雑談している。
とても和やかで、あれほどの殺戮劇を繰り広げていたとは思えない。
「あ……おかえりなさい」
そしてメアが出迎える。
彼女も、こんなんでも魔族では10本の指に入る実力者だ。あの戦いの傍とは言えずとも10㎞圏内に居たのだから、人間だったら消し飛んでいただろう。
無軌道にエネルギーを発散させるほど戦いは低次元ではなかったとはいえ、余波を発生させないと言う手間もかけられるような甘いものでもなかった。
それでも無事だったのはメアの実力だ。ワープゲートで衝撃波を飛ばせば、現実世界の理では傷が付けられない。
それこそ、十二神将や艦船が直接攻撃する必要がある。
ゆえに、家もまた無事だ。彼女が守っていてくれた。
「ただいまです、メアちゃん」
ユーちゃんを頭の上に乗せたユニコーンが抱き着きに行った。こういうところが艦船たちに気に入られる由縁だろう。
彼女は今も指揮官が怖くて直視できていない。今も、仲の良いユニコーンに向けて言っていた。
実際、彼女は指揮官と一言も会話をかわしていない。全てユニコーンを介している。
指揮官を狙っていない、というのは彼女たちと意思をかわすための最低ラインだ。
「ただいま。……ねる」
「え、エルドリッジちゃん……? お、おもいよ……?」
メアにのしかかった。
そのままうつらうつらとし始める。まるで子供みたいだが、まあ実際その通り。情緒という面では子供でしかないだろう。
そんな彼女が大事そうに薬指に嵌めている指輪はアンバランスなことこの上ない。
「ああ。食事の用意はしてくれたようだ。ありがたいことだね」
そして、いつものごとくの空間転移デリバリーだ。
基本的に魔族の技術水準は全てが高レベルだ。しかも趣味に生きる奴が多いだけに、空間転移さえあれば何でも持ってこれる。
料理に生きる魔族もいるから、お手軽に超高級料理店の味をご自宅で、という奴だ。
「うむ。褒めて遣わすぞメア」
鷹揚にうなづく長門。これでも同盟相手くらいには彼女のことを信用している。彼女がそうだと言うことは、他の艦船も似たようなものだろう。
実は、地味に人類にとっては窮地かもしれない。
この様子では人類と魔族との生存競争に、魔族の方に肩入れしかねない。もっとも、指揮官としては艦船たちが望むのならばやぶさかではない。
人類が存亡などに指揮官は興味を持っていないのだから。
「えらいえらい」
ポンポンとメアの頭を撫でるラフィー。
こう見ていると本当に溶け込んでいる。
まあ、一人だけ指輪を付けていない本当の子供だが。しかし、こんなんでも大陸を軽々と超えていく空間転移能力者だ。
「エルドリッジ」
「……うん? 指揮官、なに……?」
「食べられる? それとも、寝る?」
「たべる。はらへった」
ぐぅぅ、とお腹の音が鳴った。
悲しそうにお腹を抑える。レディとはいえないが、とても愛らしいしぐさだ。
化け物のような力を持ち、しかし行動はどこまでも少女のそれだ。我も人、彼も人……人でなかろうと、他人は他人で自分のために動いていて、そして己も自らの望みのために行動する。ただ、生きていく。
それは、化け物でも人間でも魔族でも変わらない日常だ。
「では、皆で食事にしよう」
そして、皆で食事をとる。綾波はずっとくっついたままだった。
食事が終わって、お風呂に入って。
そして指揮官は綾波と二人で夜の砂浜を歩いている。
「……こうしていると、昼の戦いが嘘のような静けさだな」
「はい、穏やかな時間。綾波はきっと、戦いよりもこっちの方が好きなのです」
二人は手を繋いでいる。
彼女はヒールのついている靴を履いているが、それでも指揮官との身長差は大きい。恋人つなぎをするために綾波は背伸びしている。
足がつってしまいそうだが、艦船としてのチートをここぞとばかりに使用する。無理な格好を1時間や2時間したところで疲労しない。
「ああ、俺もこういう時間は好きだよ。もっとも、戦いも嫌いではないがね」
「知っています。でも、あなたが付き合ってくれて嬉しいですよ」
今の綾波の姿は胸を強調するようなドレスだ。
白い上着に黒いドレス。暗然礼装と呼ばれるもの、彼女たちの衣装はコンプしてあったためが、これは買えていなかった。
これで新しい衣装が入ってくることも、実際に使えることも確認できた。まあ、追加効果なんてあるわけもないのだが。
「それなら、今後はいくらでも時間を作れるだろう。4人殺した、十二神将共も慎重になるはずだ。馬鹿でなければ魔物をけしかけて様子を見るだろうな」
「……ふふ。あなたが興味あるのは奴らですか?」
「いいや。アレらは君たちと共に居るためのチケットだよ。あと8つ破る必要があるのは苦労するところだがね。まあ、アレだ。構ってあげられなかったのは引越しのせいだよ。世界移動をそう言うと間違ったことを言っているような気さえしてくるが、まあようやく腰を落ち着けることができた。今後は時間を取れるさ」
「なら、もっともっと構ってください。綾波も、皆も欲張りさんですよ? ちょっと構ってくれたら、もっともっととおねだりしてしまうのです。絶対、満足なんてできないのですからね?」
「可愛い子におねだらりされるのも悪い気はしないな」
「そう言われてしまうと、もっともっと甘えてしまいますよ? 実を言うと、綾波はとっても期待しているのです。だって、こんな甘いシチュエーション」
手を離す。
ととと、と少し走る。
「夢にまで見た夜のデート。とてもとても、素敵な一夜の夢。たくさんたくさん、あなたと触れ合いたいのです」
くるり、とスカートを回した。
裾が夢のように広がって、大胆な紐の黒レースがちらりと見える。
「……ふふ。指揮官だけですよ?」
いたずらげに舌を出した。
小悪魔のようなしぐさ、どこで学んだのか……それはとても魅力的だった。
「ねえ、お子様のデートではないのです。ゴールインまでしてくれるのでしょう?」
ちらりと覗いた舌はとても赤く、煽情的だった。
彼女は手を差し出す。さあ、取ってと言わんばかりに。
「もちろん」
手を取って、引っ張り寄せてこっちを向かせる。
赤く染まった顔、あごに指をかけて上を向かせる。
「好きだよ、綾波。君と一緒にいるためなら、幾億の苦難であろうと乗り越えて見せよう」
「……はい」
キスをした。
「ふふ。身体は正直だね? なにをされたいか、言ってごらん」
抱き合う二人。
指揮官の手はドレスの中を縦横無尽に動き回る。
「……いじわる、です」
そして、目をとろんとさせた綾波は力を抜いて指揮官に身を預ける。
ぺたりとくっついて、離れようとしない。
ひたすら身体を押し付けてくる。
「そう。じゃあ――俺がしたいようにするよ。いい?」
「はい。指揮官のお好きなように。……ンッ!」
びくりと身体が震える。
顔を真っ赤にして、そして瞳は情欲に濡れていた。
「愛してる。ああ、他など目に入らないくらいに君たちを愛しているんだ。だから……」
「はい。愛してください、指揮官。それだけが私たちの望みです……」
夜の砂浜。睦み合う恋人同士の嬌声がいつまでも木霊した。