そして、二週間がたった。
十二神将の襲撃はなく、魔王は3度ほど訪れて世間話をしていった。監視は継続中とはいえど、為政者としてスノウホワイトの意思は都度確認する必要がある。
そもそもが本来なら艦船を自国に放置することがあり得ない。出所の良くわからない水爆を出身不明、所属不明の謎勢力が持っているようなものだ。
とはいえ、指揮官は本当に何もしていない。
時折湧く魔物たちも知らぬ存ぜぬと、愛する艦船達と堕落の日々を送っている。いや、2週間ですでに3週はしているのだから堕落には違いないのだが、対十二神将を意識した訓練も怠ってはいない。
だからこそ、魔族は好き勝手にさせている。魔族は魔族、彼らは人間の論理とは外れたコトワリで動いている。
「……ふうん。で、あれが十二神将の仕業だというのが君たちの見解というわけか?」
魔王に呼びつけられ、とある基地に招待された。
おきまりの魔道人形たちが、茶とお菓子を用意する。
いかにも殺風景なパイプ椅子とスチール製の机。机上には電源の刺さっていないプロジェクターが置いてある。
否、それは役割を同じくするだけで別物だ。魔力を動力とするため、バッテリーに類するもので動いている。魔力は電気と違って溜めやすい。
電池は、あれで非効率な上に10年も持たない消耗品だ。
「……そうとしか考えられない。よしんば意図しないものであっても、奴らの影響であることは確実だろう」
魔王は幼い顔に似合わないしかめっ面をしている。
基地の管理者、戦時研究者と言った薄汚れた白衣を来た小太りの魔族も苦笑するような表情だ。
対象に、メアはちょっと嬉しそうな顔をしていた。
「魔物と人類の戦争ね」
指揮官はくすくす笑っている。
そう、プロジェクターによって磨き上げられた壁面に移っているのは魔物の軍勢だ。つまりは衛星によるリアルタイム監視……米軍と同等の軍事ドクトリンを持っている。
前のゴブリン王国……それ以上。もしかしたら帝国とでも呼べばいいのかもしれない。
あれは下位兵がゴブリンだった。今度は少なくともグラップラータイプが最弱だ。個としての力は数倍以上、軍勢として見るなら脅威は十倍では効かないだろう。
これほどの数ならユニコーン一人では滅ぼせないだろう。しかし、それでもその魔物たちを恐るべきとは思えないし、実際に艦船にとっては大した敵ではない。
けれど、魔族にとっては無視できないし、人間にとっては言わずもがなだろう。
「君たちとしては喜ぶところじゃないかな? まあ、スノウホワイトとしては助ける選択肢もないではないけれど」
指揮官の言い分は血の通った人間とも思えない。
助けるつもりなどないのだ、指揮官の興味は艦船たちにしかない。かっこいいムーブができそうなら助けに行くことも考えるが、どう考えても政治的に面倒くさいことになる。
だって、そうだろう?
正しく生きる者の考えはいつも同じ。
――みんながやるべきことをやればいい。その論理に従い、指揮官たちがあの脅威を打ち崩すのは当然と主張するのだ。
例えば部下を過労死させる上司は悪意でなく、仕事をさせてあげようと言う善意でやっているのだから。その上司は悪い奴か? その通りだが、悪意によってもたらされる災禍など取るに足らない。死も、取り返しのつかない傷も、善意が発端なのは歴史が証明している。
指揮官では人ではない艦船として、事態を俯瞰する。
人の死は数字だ、上空から見るならばそうなる。一人一人を見るならば、人の数と同じだけの目の数が必要になるだろう。
「……現象だけ切り取れば。ええ、ごもっともな話ね。ちょうどメアも喜んでるし。……人間側の将軍、その二股の大剣を二対持ってる奴はこの子の親戚を殺したやつよ」
そして、魔族にとっては一人の死は一つの益。
敵兵が死ぬことは喜ばしいことだ。自国の益を喜ばない王は、治める刺客など持たないだろう。
だが、喜ぶだけで思考停止すれば、それはただの愚か者だ。
「人に歴史あり、という言葉を強く感じるね。いや、悪かったね、この場合は魔族か」
「ええ、私たちには家族もいれば歴史もある。ああやって、命を無駄になんてしないのよ」
彼女の瞳に映るものは憎悪か。
人間と魔族の確執はとても深そうだ。
指揮官にしても軍の必要性はあまり感じない。強力な能力者が居ればそれで事が足りる。凡百の雑魚など必要ない。
……などとは言えない。一人なら、後ろの民は誰が守るのか。
要するに立場の違いで状況の違い。それを魔王は、はたから見て愚かと切り捨てる。理由はもちろん、憎いから。要するに感情の問題だ。
「まあ、そこらへんの認識を合わせる必要性は感じないね。魔族は魔族、艦船は艦船で……そして、人類は人類だろう。……で、なぜ苦い顔をしているのかな?」
「……わざとらしい。もう気付いているでしょうに、あなたなら」
「さてね。どう思う? ユニコーン」
「え、私? えと……魔物が勝ったら海を渡るから……とか?」
軍隊として、一番気にするところだ。
別の国の兵がやられている。なら、その敵が自分に矛を向けてこないとも限らない。敵を警戒するのが軍の仕事だ。
「それはないわね。いくら人類が弱かろうと、そもそも戦力があれだけしかないわけじゃない。ゴブリン帝国が一時の勝利を手に入れたとして、すぐに潰される」
だが、それはなかった。
人類、弱し。とはいえ、あの程度に殲滅されるほど弱くもない。
「え。ええ……じゃあ、えっと。……メアちゃん」
「にゃ!? え、えっと……私にも分からないよ。……あ、綾波ちゃん?」
「そうですね。これで終わりとは思えないことでしょう。私たちが潰したゴブリン王国。そして、今回発生したゴブリン帝国。ならば、次があると考えるのも当然で。そして、帝国が生まれた場所は地形を見るに王国とは別の場所。で、あるならば……」
「あ、もしかして
やっと分かったメアが慌て始める。
あれが自国内に沸いたとなれば、犠牲が出ないとも限らない。
「はい、大正解です。次は大帝国とか、もしかしたら竜の国とか、スライムの王国かもしれませんね? そんなものが国内に発生したら大変でしょう」
そして、次はもっと手ごわい相手が出てくると考えるのは当然だ。
「そ、そうだよね!? どうするの、魔王様!」
「その時はその時じゃ。全力で撃破する以外にない。その時には協力してもらうぞ、メア」
だからこそ、魔王は最初から苦い顔をしていた。
そんなものは最初から分かりきっていたことだから驚きはしないけど。
「おや、俺たちの力はいいのかな?」
「貴様らに借りを作るなど、ぞっとせんな。……は。まあ、身体の一つで返せればそれでも良いのだがな」
「その冗談は本気でやめておけ」
艦船たちが本気で殺意を向けたのを指揮下が止める。
古来、ハニートラップは有効なものだが指揮官にだけは逆効果だろう。
「ああ。冗談だから殺気はやめてくれ」
魔王はひらひらと手を上げて降参する。
これだからハニートラップも仕掛けられない。指揮官は指揮官で、いざとなれば黙認しかねない危うさがある。
もっとも、本当にそうなったら指揮官は黙認するに決まっているのだけど。
「まあ、いい具合に場も凍ったところだ。人間たちの力、見せてもらおうか」
視線を向ける。
画面の向こうでは、人間の軍隊とゴブリンたちがまさにぶつかるところであった。
本人たちにとっては真剣なのだろうが、例えば戦争映画と比べても迫力は劣る。そういうふうに演出したものだ、現実では勝てない。
人類側は指揮官が出会った騎士団『星』に加え、『塔』、『戦車』に後方では『愚者』が控えている。
戦力を出し惜しみはしていない。総数22を誇る部隊のうち4つしか出ていないのは領土の広大さゆえだ。
守るものが多い分、全ての戦力を集中することができないという欠陥。
先陣を切るのはやはり指揮官と出会った男だった。
敗北という汚点を払拭するべく、雄たけびとともに地を駆ける。気迫は十分、後に引けないだけあって後ろを振り向かずに果敢に攻め立てる。
――星の瞬きは再び輝くのだ。
その一撃はゴブリングラップラーの首を切り裂き、追撃の輝く星がそいつをいくつもの肉塊へと変えていく。
さらにさらにと、その星の輝きは朽ちはしない。剣の軌跡が飛翔して、後ろにいるゴブリンすらも切り裂くのだから魔物にとってはたまらない。
だが……その程度ではどうしようもない現実がここにある。万を超える軍勢を前には無意味、星の輝きは一瞬だけ強くきらめいて消えていく。
そう、彼が地獄に踏み込んで1分足らずで100を超える骸を量産しようとも、それ以上の数がいる。
ゆえに、”軍”がいる。信頼し、背中を預ける仲間がいる。
一足先に踏み込んだ隊長を追い軍勢とぶつかった『星』の騎士団。強力な武装こそ持たなものの、精鋭には違いない。
押しとどめる。
「ふむ、人間もやるものだな。だが、まあーー」
「魔族の域には届かん。精々頑張って目の前の敵を倒すがいい。魔物にせよ、我々にせよいずれ討ち滅ぼすことには違いない」
魔王が言う。
魔族に劣る人間たち。その反攻を安全な会議室から見ている指揮官と魔王は、まさしく人外だった。