そして、いつものように飯を食べて風呂に入って就寝する。
メアなどは露骨に不機嫌だったが、ユニコーンも考え事をしていてかまってやれなかった。代わりに長門が何かと世話を焼いていたが。
――戦争だ。善だ悪だなど、当事者にしか判断できないし、立場が入れ替わればそのまま入れ替わる儚いモノ。”悪い奴はやられてしまえ”なんて、人外の立場で見てしまえばどっちもどっちだ。というより、敵を指さして悪い奴と言う悪い奴だ。どこにも”良い奴”はいないと結論してしまえば矛盾はない。
「……」
――夜、ユニコーンは岩場に来て月を見上げていた。
アズールレーンとして、そして指揮官率いる第一艦隊『ピュアホワイト』としての戦略。魔物と人類との戦争に介入しない……半ば見捨てるような行為を間違っているとは思わない。
そもそも、彼らは友軍ですらないのだから。
だけど、何か心がざわざわする。何かできるのに、しない――それが心に澱となって降り積もる。
もちろん、それで状況が悪化するかもしれないことは十分にわかっているから、こうして月を見上げるなんて似合わないことをやっている。
「……ねえ、ユーちゃん。……ううん、なんでもない」
腕の中のぬいぐるみに向かって語りかける。
生きているぬいぐるみはあわあわと慌てているが、声は出せない。もっとも、何かしらの答えを求めていたわけでもないだろうが。
「撃てば良かったのかな。……そんなことしちゃダメだよね」
腕の中でちょいちょいとユーちゃんをいじっている。
人類と魔物との戦争、その中でユニコーンは艦載機を飛ばして声を拾っていた。あのまま介入できたのだ。
彼女だけは容易に介入できる位置にいた。遠く離れた他の仲間とは違って。
だが、それはしなかった。指揮官に命令されていなかったから。
勝手なことはできない、指揮官がどうの以前に艦船としての最低限の良識だ。それを違えることはできない。
なぜなら、命令に従うのが軍人だから。人間ではなく、艦船だ。人間と同じ倫理を持っている方がおかしい。
「……はあ。ざわざわする」
岩に体を預ける。
冷たい岩がじわじわと体温を奪っていく。凍えるほどではないけれど、少し不快なその感触が今は逆に丁度いい。
……その岩は指揮官に襲われたところだった。その日から、ユニコーンはちょくちょくここに来る。
「落ち着かないか?」
降ってきた声、それと首筋にひやりとした感触。
「……ひゃん!」
飛び起きた。
近くに居るのは求めていた相手。その人さえいれば、他はどうでもいいとさえ思えてしまう。
「ユニコーンは助けたかった?」
指揮官が近くに腰を降ろす。ユニコーンの小さな体を抱き寄せる。
一瞬だけ身体を固くして、けれど諦めたように身体を預けてくる。
「はい。きっと、そういうことだと思います」
不安を解消するかのように、すりすりと身体をすりつける。
ため込んでしまう性質だ。しかも、ただただ自分の感情だけで、間違っていると分かっているのだから黙り込んでしまうしかない。
大前提として、艦船は軍人としての形質を備えている。上官の命令には従うものだ。
「だろうな。まあ、分かっていたが」
そして、そんなユニコーンの考えを指揮官は十二分に把握している。
彼女だって隠す気はないし、むしろ知ってほしいと思っている。指揮官だって、ヤるだけじゃなくてちゃんと話もしている。
なにが好きか、どんな考えをしているか、好きな人の考えなら知りたいと思うのが当然だから。
「でも、お兄ちゃんの考えが正しいんだよね? その方が悪いことになるなら、ユニコーンちゃんと我慢できるよ。いい子にしてるよ?」
あのまま助けに行っていれば、と考えるのは誰もがやることだ。襲われている人をさっそうと助けてヒーローになる、というのは誰もが通った道だろう。
状況から許されなかった行動を、じゃあやっていたらどうなったかと夢想するのはありふれた話だ。
普通は、そんな行動をとらない。
取ったとして、うまく行くのは漫画の中だけだ。そして、軍人がそれをやれば待っているのは軍事法廷と営巣だ。更に言えば、例えば上司の栄達も閉ざされる。自分一人が牢屋にはいればいいと言う話でもない。
「――ユニコーンはいい子だね」
頭をなでてやる。
「お兄ちゃん……」
気持ちよさそうに目を細める。不安が溶けていく。もっとも、それは誤魔化しに過ぎないが。
それでも、きっとそういうもので世界は回っていく。それは、もしかしたら大好きな人の掌でなくてアルコールかもしれないが。
悲劇にも、諦めにも、時計の針は平等だ。
「少し、付き合ってくれる? 大人はそういう時、これで流すものさ」
秘伝冷却水を置いた。
もちろん、日本酒だ。ちゃぽりと水面が揺れて映った月が砕ける。
「……月見酒? お兄ちゃん、悪い大人? ユニコーン、それ、飲んでもいいのかなあ」
くすくすと笑っている。悪ノリにしか見えないが、そんなものだろう。
胸の大きさもあって、がんばれば中学生にも見えるがそれでもダメだろう。もっとも、艦船に人間の法律を当てはめるのが間違っているのだが。
彼女たちの外見に、年齢など関係ないのだから。
「この世はいいことだけで回っているわけでないのさ。だから、こういうものが必要とされる」
指揮官が二つの杯に酒を注ぐ。
母港機能で出るのはたいていが和風だ。升に零れんばかりに注いだ。いまどき、こんなもので飲むのもないだろうと、指揮官は苦笑してしまう。
「これ……コップ? 変なカタチ、おもしろい」
つんつん突つく。
はしゃいで、匂いを嗅いでみる。
「……あうっ! これ、すごい匂い。こんなの飲んだら、ユニコーンだめになっちゃう……かも」
顔を真っ赤にした。
まだ早い……という感想が思い浮かぶが、まあいいだろう。毒にはならない。人間ほど弱くはない、外も、内側も。
「少しづつ、舐めるように飲んでみろ」
ユニコーンの頭を撫でる手は止まらない。
彼女は興味津々に酒を見ている。
「……んぐっ!」
一息にそれなりの量を呑んでしまった。
「けほっ! こほっ!」
吐き出しはしなかったけど、むせた。
まあ、顔を真っ赤にして涙目になっているユニコーンも可愛いのだけど。
「うう……お兄ちゃん。こんなの、本当に好きで飲んでるの? 長門ちゃんも」
「ラフィーもだな」
「すごい味。あたまが殴られたみたい」
「日本酒は慣れないとキツいからな、つまみがないと飲めんな。まあ、魚雷天ぷらでいいか」
「あは。お兄ちゃん、変なの出すね? 寮舎で食べたけど、ロイヤルネイビーでもなかったよ、これ」
「はっはっは! まあ、ないだろうな! そもそも日本のものですらないしな」
「……? ユニコーン、おもしろいこと、言った?」
「酔うとはこういうことだよ、ユニコーン。何でも面白くなるのさ」
「そっか、ユニコーンも酔ってみたい。……うくっ」
とはいえ、彼女は苦手な様だ。
それでも、指揮官と二人きりで月見酒というシチュエーションは手放し難いのか、頑張ってチャレンジを続けている。
「まあ、焦るな。時間はたっぷりとある」
ユニコーンは指揮官の腕の中で酒と魚雷を律儀に交互に口にしながら、彼の様子を見る。機嫌はと言うと、とてもよさそうだ。
「……お兄ちゃん、ありがとう」
油断している指揮官にキスをした。
アルコールの匂いは気にならなかった。
「不意打ちされてしまったな」
指揮官は苦笑する。
「えへへー。お兄ちゃん、ユニコーンかわいい? 抱きしめたい?」
ぶりっこのような仕草をする。
ユニコーンはけっこう悪女で、自分の可愛らしさを分かっているようなところがある。
それこそ、指揮官のような輩にはストレートに効く。
「……ああ」
酔っているな、と分かる。
普段は恥ずかしがってあまりあざとい仕草もしないが、今は酔っている。完全に甘えんぼモードになっていて、指揮官にまた飲ませようと決意させるのに十分な威力を持っている。
ぎゅっと抱きしめてあげた。
子供を膝の上に乗せるお父さんみたいな体勢だが、いちゃつきぶりはそこらのカップルなどお呼びもつかない。
「えへ。きもちいいー。お兄ちゃん、これだと飲めないでしょ? ユニコーンが飲ませてあげる」
升を近づけてくる。
ユニコーンが持っている升から直接飲む。
「うん、じゃあユニコーンには俺が飲ませてやろう」
そう言いながら、自分の升から日本酒を口に含む。
ニヤニヤと笑っている。
「……お兄ちゃん、ユニコーンはこっちだよ?」
こくりと首を傾げたユニコーンに、いきなり口づける。
「……ンッ!」
口から直接流し込んだ。
「……なぁに、これ? あまいね」
「ああ、甘い」
指揮官はユニコーンの服に手をかける。
「……あ、お兄ちゃん。するの?」
「ああ」
「ん。優しくしてね?」
手をひろげて、受け入れた。