長門と指揮官は人間の街に降りてきていた。
実は魔族の土地には街というものがない。魔導人形を働かせることで人手の問題を解消し、快適に過ごせるようになった。
だが、それができてしまったがゆえに人口を増やすこともなく存続できてしまった。後に残ったのはもはや街を維持することもできず、土地ごとに点在するぽつぽつとした家だ。
逆に、人間の街はごみごみしている。計画などなく、適当に建て増しを繰り返すものだから慣れている人間でも迷うことがある。
目の前の地震が来たらまとめて倒壊しそうなここのように。
「……本当に、良かったのじゃろうか」
逆に人間の街はにぎわっている。デートとしては申し分のないロケーション。皆で来るのはもったいないけれど、それで指揮官を独占していいものかと言う板挟み。
人間の街を視察するという目的を考えればこちらの方が都合がいいし、なによりもデートができるのは魅力的なのだけど。
「皆が譲ってくれたんだ。楽しむべきだと思うね。それに、デートする相手に面白くない顔をされると俺が辛い」
指揮官は苦笑する。
どうせなら楽しめばいいものを、というのが本音だ。それに、視察を一回だけで済ます理由はないから、他の子とは他の街でやればいい。
まあ、真面目なのが長門の性格だ。
「……む。それは済まぬことをした。そうさな、主にとってもこれはデートか。ならば我が伴侶に恥をかかせぬにせんとな」
苦笑に近いが、確かに笑った。
一つ、ため息をついて……その小さな手を差し出した。
「では、エスコートしてくれるかな? 余はでぇとなるものは初めてでな。重桜ではお役目がある故、簡単には誰かに触ることもできんかった」
ふわりと笑う。
小さな身体とは不釣り合いな大人びた笑み。
「だが、今は違う。スノウホワイトの長門。……俺の長門」
手をつないだ。
彼女は嬉しそうに笑う。
「……どのように見られておるのだろうな」
少し、気鬱気だ。
まあ、普通に考えて”そう”見える訳がないのだけど、指揮官は言う。
「恋人だろう」
さらりと言った。
長門は少し、驚いて……やはり苦笑する。
「主は、恥ずかしくないのか? まあ、それで嬉しいと思ってしまう余も余であるが……」
顔を赤くしている。
「さて、と。長門に合うアクセサリーでも探しに行こうか」
「……う、うむ。任せる。よきにはからえ」
手をつないで、少し歩く。
街では観光客向けの店は一画に固まっているものだ。住宅は住宅、よそ者の行くところはよそ者の行くところだ。
一度そこに出てしまえば小道に入らない限り迷わない。
「――あれは、リンゴか」
露店で売られている赤く瑞々しい果実。見ていると食べたくなってしまう。
まあ、人間の技術で作る果物は魔族の作るそれよりも甘くないし、冷えてもいないから勝る要素なんてどこにもないのだが。
「ああ見るとうまそうに見えるのはなんでだろうな」
手をつないだままそれを買う。
妹か何かかい? かわいいね。と言われたが恋人だと返しておいた。長門はまた顔を真っ赤にしていた。
「一つは多いだろう? 半分にしよう」
片手で器用に半分に割ってしまう。
それを差し出した。
ちなみに、単なる力技だ。力の入れ加減を間違えると握りつぶしてしまっていた。
「う、うむ。礼を言おう」
長門も手を離さない。
小さな口で、しゃり、と小さくかじり取った。ほとんど皮しか食べていないが、ぱあっと顔が明るくなる。
甘くておいしい、と囁いた。
「……ふむ」
感想は差し控えた。甘くもなければ冷たくもない。
実を言えばそんなにおいしくなかった。がりがりと種ごと喰ってしまう。
「……指揮官、はやい」
長門はまだ指揮官の一口分も食べ終わっていない。
「向こうで座ろうか」
長門を連れて公園のベンチに座る。
リスのように食べ続ける長門を見て和んでいた。
「あう……指揮官、そんなに見つめられると食べにくいのじゃ」
「ああ、ごめんね。かわいかったから」
「かわ……ッ! もう、指揮官は」
しゃりしゃり、しゃくしゃくと食べるスピードが上がった。
「……ゴミ箱は」
きょろきょろと見渡してもそんなものはない。というか、見ればゴミが地面に散乱しているのが見て取れる。
まあ、排せつ物が打ち捨てられていないだけマシなのかもしれない。
魔導由来技術は魔族のそれよりも数段劣っていても、あることにはある。下水道は現代レベルで整備されているのだ。中世のような世界観でも、技術レベルまでが中世であるわけではない。
「……ほら」
「……? 指揮官」
芯を受け取ると、全部食べてしまった。
「長門の食べ残しを誰かに拾われても嫌だしね?」
くすくすとからかうように笑った。
「……もう」
ぷい、とそっぽを向いた。それでも手を離さないのだから。
「さて、小腹も満たしたことだし。本来の目的に移ろうか」
「……本来の目的は人類の街の様子を確かめることであろう?」
少し、とがめるような視線。
「長門こそ、俺はアクセサリーを見に行こうなんて言っていないぞ?」
「あ! もう……」
「別にいいだろう? 密偵でも何でもない。観光していれば目的も果たせるさ。御大層な目的でもない。何か買い物をして、ランチを食べて来ればいいだけの簡単な任務だよ」
「人気間違いなしの任務であろうな、それは」
「政治にも明るい長門だから最初に選んだだけだからな。他の子も誘ってあげないと、きっと拗ねてしまうのだろうから」
「当たり前じゃな。余も仲間外れにされたらと思うと悲しいぞ」
「なら、問題ないな?」
誰にも見られていない隙を狙って、おでこにキスを落とす。
「……やっぱり、指揮官はずるい」
顔を真っ赤にしても、ニヤニヤ笑いが隠せていない。
「……長門には、これが似合うかな?」
露店で売っている髪飾りだ。
売り物の中では多少は高価だが、それでも露店のクオリティだ。長門の纏う装束に対してつり合いが取れていない。
けれど、指揮官はかまわない。楽しそうに選ぶ。選んだそれをつまみ上げた。
「少し、付けてみて」
「うむ」
長門は捧げるように自らの頭を差し出す。
その髪にそっと花飾りのついたそれを差す。
「……どうじゃ?」
長門の服、それはそもそもの由来が神器だ。宝石の中に石ころが混ざりこんだような違和感がある。
そもそもが国宝級の代物だ、職人が命を賭けたと言ってもいい出来を凡百のそれと合わせれば調和を崩すだけだ。
とはいえ、外見が子供である以上なんともチグハグなかわいらしさがある。にあわない化粧のような愛らしさだ。
「うん。似合ってる、とは言い難いけど。でも、そんな長門もいいね」
指揮官は苦笑している。
とはいえ、上機嫌だ。からかっているわけでもない、ただ長門の色んな姿が見たいだけ。それこそ泥だらけの姿だって抱きしめたくなる。
似合わなくても、きっと楽しい思い出にはなるから。
「……もう。似合わぬなら、外してしまうぞ」
長門は怒ったふりをする。
とても嬉しそうで、ちょっとくらい眉を上げてみても全く怒っているように見えない。
「わるいわるい。じゃあ、もう少し似合うものがありそうなところに行こうか」
立ち上がる。
冷やかされた店主は苦い顔だ。長門がもう少し年を取っていれば見惚れていたかもしれないが、今は胸も平坦で背も指揮官の胸辺りまでしかない。しかも、目立つ狐耳を入れてそれだ。
魔族、というのもありえないからコスプレかなにかなのだろうと。
「……貴様、何者だ!?」
そこにかかる誰何の声。
手をつないで上機嫌だった二人の機嫌は地の底まで堕ちる。殺気まで感じさせるような極寒の視線がそいつを貫く。
「……」
指揮官は今にも舌打ちしそうだ。
「お主は、何じゃ? 余たちに用件があるのなら、疾く話して消え失せよ」
あふれ出る威厳。
魔力を感じる素養すらなくとも心胆寒からしめる冷厳なる声。
後ろの店主などは、命を張っても守る大事な商品を置き去りにして逃げ出した。
「そんな年端も行かない娘に、そんな視線を向けておいてよくも言う。この下種め……何をと企んでいる!?」
それは、聞きようによっては当然の非難だ。
長門は10にも届いていないように見える。そんな子に手を出そうとしているのだから、指揮官はそれこそ極悪人に他ならないだろう。
しかも、実際に手を出しているのだから言い訳も聞かない。
「……これは、痛いところを突かれた」
指揮官はそんなことを言って気配を消す。
長門の手は離さないが、会話からフェードアウトしようとしていた。
「貴様には関係のないことじゃ」
一方、長門はすでにキレていた。
良識があるから艤装を使わないが、神気が世界をゆがませている。それでも立てると言うのだから、目の前のこの男だって一角の男だ。
弱小なモンスターなら潰れて死んでいた。
「関係がないことなんてあるか! そんな変態にいいように使われて! なにも言えないなら、俺が助ける!」
気持ちのいい青年……なのだろう。そして、強い。
年端も行かない娘が手籠めにされているのを見て体が勝手に動いてしまうくらいには正義感に溢れているのだ。
だが、状況がなんとも言えないことになって来ている。
「……助ける? いいように? 黙って聞いておれば好き勝手を。余たちの関係を、ただの人間がよくも好き勝手に語ってくれような」
ここは逆切れした男を青年が倒して幼女を助けるシーンだろう。
実際、社会的信用だって青年にはある。実力のある冒険者なのだ。力も、そして積み上げて来た信頼だってある。
なのに、今のこの状況はどうだろう。
まるで幼女の方が殴りかかってきそうなこの状況は。
「……事情は後で聞かせてもらう。今は!」
剣を抜いた。
魔法の剣、切れ味のみを追い求めた魔剣は魔族ですら両断する。
「お前を拘束する」
指揮官に剣を向ける。
だが、当の彼は明後日の方向を見ている。
「不理解。そして、善意こそが悲しい戦争の引き金となる。ああ、それは知っておるよ。だからとて、許せん」
だが、牙を剥き出しにしているのは長門だ。
艤装は出さない。殺しもしない。
だが、容赦はしない。手加減とそれは別の次元のものだ。油断も拷問もなく、心を折る気だ。
「必ず助ける。子供を己が欲望の犠牲にする輩は俺が全員斬る!」
青年の神速の踏み込み。さらに足を踏み鳴らしての幻惑の歩法。左から来ると思えば右から剣がやってくる。
余人には理解できない魔技の領域。魔法の一種と言ってさえ良い。
しかも、その剣は秘境にいる鋼よりなお強靭な体毛を持つ獅子すらも斬りおおせた。
一直線でなく、直角を描く軌道は長門ではなく指揮官を狙ったものだ。
幼女を盾にする暇など与えない、神速で終わらせる。
「……で?」
その歩法にひっかかりはした。
が、それだけだ。すぐに右を見る。そして、動きが一泊遅れたにもかかわらず長門は先制を取った。
人間の努力など、艦船には通じないと示すように。
「その程度か」
剣を掴み、握りつぶした。
小さな繊手が、鉄塊を綿あめのようにこともなく破壊する。
「それで、その潰れた剣で、何を救うつもりじゃ? まぬけめ」
物理法則がどうにかなってしまったのではないか疑いたくなる光景。
絶望より先に、訳が分からな過ぎて頭がおかしくなってしまいそう。
「あ――」
青年の膝が崩れ落ちる。
目の前の彼女と自分の間に広がる圧倒的な差。反射的に出した拳は、しかし頭を掴まれて停止した。
微妙な力加減で粉砕せずにとどめている。
「……ふん。これしきにも耐えられぬか。魂が弱いこと」
長門の感想も当然だ。
そもそも人間と艦船は産まれからして違う。そして、常軌を逸した高レベルの恩恵があれば……文字通りに次元が違う。
「そもそもが俺たちは魂からしてデザインされた人工物だ。強靭に作られ、そしてセイレーンとの抗争の中で磨かれた。人間は人間、艦船は艦船だ。あまり、人間と関わりすぎるな」
そして、指揮官はそれが当然だと言う。
人間に紛れる必要などない、艦船は艦船で、人間は人間なのだから当然と。ゆえに彼女たちも人間に遠慮しない。
艦船が艦船であるままに力を振るう。このように。
「指揮官……」
「少し、騒がしいな。離れよう」
そして、彼女をどこかのホテルに連れ込んだ。
幼女をどうこうすることを誰何されたことなど、微塵も堪えてなさそうだ。受付の、何だコイツは? という目を完全に受け流した。
「指揮官、こんな場所に連れてきて。余をどうするつもりじゃ?」
先ほどまでとは打って違って、ニヤニヤと笑っている。
機嫌も直ったようだ。
魔族の作る建築物とは違って酷い出来だが、まあ事は足りる。
「今日は少し静かにしよう? 長門の声を聞かれたくないから」
「それは……難しいな。では、余の口を塞いでくれぬか」
キスをして、彼女の身体をむさぼりながら服に手をかける。