そして、二か月後。
指揮官たちは別行動などしない。離れたとして数十mだ、それでは各個撃破など狙えない。そして、今後も”それ”はない。
デートの時は、他のメンバーは隠れてゲームしていた。助けに行けるように待機していた。
そして、その他の時。理由がなくても一緒にいる。いつでも襲撃できるように、などとすればそれは十二神将の方の忍耐を削る。
だからこそ。
「――初めまして、アズールレーンの皆さん。私の名は
真正面からだ。警戒されてるところを奇襲などすれば、余計なダメージを貰うのは奇襲する側となる。
ゆえに、自身の実力に自信を持つならば真正面からがもっとも堅実だ。そうなるように指揮官が誘導した。
現れたのは黒いローブを纏った男。顔すら見えないが、圧倒的な自信に裏打ちされた余裕の笑みが目に浮かぶようだ。
……隙だらけ、などとは人間の見方だ。例え空間を渡る攻撃だろうと、この男の前では成功する気すら起きない。
そして、破滅的なまでの魔力を持つ十二神将はここに全員そろっている。
「
黄金の鎧を纏う剣士が言う。
「
漆黒の竪琴を抱えた美女が言う。
「
オルフェウスの肩に乗る妖精が言う。
「
後ろに控える獅子が言う。
「
二体の竜、その片方が言う。
「
影法師のような男が言う。
これで8柱。現存する十二神将、全てがそろった。正々堂々だの決闘だのと言って相手に各個撃破を許すなど馬鹿馬鹿しい。
1対5はヒーローもののお約束だが、敵の方にそれに乗る理由はない。普通に考えれば、連携を組む相手に一人で立ち向かうなど馬鹿げている。
全戦力をもって叩き潰す、それ以上の戦略はないのだから。
「ならば、こちらも名乗るぞ」
指揮官が一歩を踏み出す。
それは宣戦布告、全てを叩き伏せるための一動作。指揮官の殺意は全てを許さない。愛しい彼女たちと一緒にいるために、障害は全て破壊する。
圧倒的なまでの魔力の奔流を恐れることもなく、ひたすらに破壊を邁進する。
「――不要」
影法師がつぶやいた。
そして起こる異変。艦船が消える。彼らも消えた。
けれど、指揮官は躊躇しない。すでに放たれた矢は何も一顧だにしない。
「……死ね」
瞬間、決壊する圧力。
指揮官の殺意が発露した。能力を使用すれば発散する魔力は減少する。それも、使用した能力が強力であれば強力であるほどに。
そんな論理を考える暇もなく、殺意が弱者を捉える。指揮官が弾かれたように動き出した。それは
地面どころか空気ですら”蹴り砕き”、高速で移動する人外の使う走法。
「っち!」
影法師が舌打ちする。腕一本を犠牲にして防御しなければ、頭を粉砕されると理解した。
明らかな異常事態において、まず殺しにかかってくるなど想像していなかった。まずは警戒して周囲を確認するのがセオリーだろう。
そのはずなのに、この男はリスクを考えすらしないように向かってくる。今の、多大な魔力を消費した状態では対処できない。
「させない!」
雪が降る。指揮官の目の前で産まれた雪、それは超高濃度の魔力の発露だ。侮る理由など何一つない。
十二神将がゆえに、触れれば終わりとしておかしなことは何もない。かゆくもない人間の攻撃とは”もの”が違う。
ゆえに。
「――」
指揮官と言えど、その一欠片の雪は殴れない。
軌道変化、影法師の肩口を抉るが引き裂くまでは至らない。掴んで潰そうにも、転移して10m後ろに下がった。
相手の判断が早い。掴めたら、そのまま肘打ちで脳髄をぶちまけられたのに。
「……なるほど。そちらの男の異能は『転移』。そして、その妖精は……『崩壊』とでも呼ぶべきかな」
腕をひらひらと振る。
袖が、まるで鉄がひび割れるように消えていた。服と言えど、それは艦船を守護する神衣の領域にまで至っている。
これが砕けるなら、本体も砕ける。やはり、十二神将……脅威に違いない。油断すれば即座に死、その緊張感に指揮官は凶悪な笑みを漏らす。
「転移も強力だな。さすがに俺を、母港を……御神島そのものを飛ばせずとも、少なくともトン単位の重量があり、魔力も潤沢な戦艦を飛ばすだけの力はある。そして、妖精……この雪は厄介だ。……だが殺す」
やっと指揮官が周囲を確認する。
愛する艦船たちが居なくなってしまった。まあ、強制移動は予想の内だ。十二神将側はあれだけ強力な異能を持っていては協力もやりにくいだろう。
艦船は一斉砲撃ができるが、彼らで同じことをやれば威力が干渉して明後日の方向に飛ぶ。協力するにも一苦労なら、する意味がない。
「……貴様は、仲間が心配ではないのか?」
「やっぱり化け物。しかも弱ってる
二人が指揮官を怪訝な目で見つめる。
理解しがたいのだ。あれだけ大切に想っていながら、この男から感じるのは殺意のみだ。それこそ彼女たちが死のうと関係なく、殺せさえすればいいと思っているようにしか考えられない。
……だが、それは勘違い。数千km程度の距離では指揮官たちの絆は引き裂けない。具体的には、そこはまだ通信可能範囲だ。
「まさか。だが、これくらいは織り込み済みだ。……貴様らをすぐに殺して他の子を助けに行くさ」
とはいえ、根拠を教える義理もない。指揮官が拳を握る。
状況を知っていることなどおくびにも出さない。ただ殺すことだけが生きがいと思ってもらった方がハッタリも効くというもの。
そして、指揮官の拳は武術ですらないキリングレシピだ。最速で、そして最大威力で”ただ”殺す。急所があるならそこに、ないならないで殺すまで。
そう、殺す。全てが必殺、それが指揮官の一撃。その一撃一撃が遠慮も呵責もなく、弱った
「させない。もう、私たちの仲間は殺させない!」
妖精が子供のような高い声で叫んだ。
吹きすさぶ破滅の嵐。それは大地すらも砕きながら指揮官に迫る。それだけなら特に脅威ではない。
触れれば死ぬなら、触れなければいいだけの話だ。かわせばいいものは、今更脅威ですらない。
例え大地が砕かれようと、その程度で窮地に陥ったりしない。
「そう、貴様を殺し、あの忌々しき艦船どもも殺し尽くす。我々は、我々の未来を掴むのだ! 清浄なる世界のために!」
だが、その破滅の雪は転移する。
どこから来るかわからず、更に言えば腕を動かすだけで動いてしまう。ふわふわと勝手に動くから、軌道の予測もできない。簡単に抜け出すこともできやしない。
一つ二つなら扇いでどっかにやればいいが、”それ”は数百数千は楽に超えている。
「魔力も見えないなどと、あまり舐めてくれるなよ」
けれど、指揮官にとっては関係ない。
視界が意味をなさないなら、魔力を見てかわすまで。空間転移の起こりが一瞬早くわかるだけだが、それだけで十分だ。
――密度の薄い場所をかき分けつつ、殴り殺せばいい。蹴りは使わない、拳より2,3倍威力が高くなるが、それをすると隙ができる。そもそも最初から拳でガードの上から急所をぶち抜くつもりだ、威力不足はない。
「……っぐ! ……すぅ。……は。……おのれ、悪魔め! どこまでも……ッ!」
影法師が荒い呼吸をする。大きく息を吸おうとするが、指揮官の執拗な追撃で、満足に息も付けない。
個別に撃破するため戦場を分けた異能の行使が響いている。それこそ大地を転移させるようなものだった。
大陸一つを切り離して地上に叩きつける。そのくらいのことができなければ艦船6名を飛ばすことなどできはしない。し、そのくらいの消費があった。
「このォ! さっさと壊れちゃえ!」
妖精が雪を降らす。当たれば必殺、けれどふわふわとしてノロい。
そもそもが体長が30cmに満たなければ、殴る蹴るは意味をなさない遠距離特化だ。指揮官の拳が当たれば、胴体ごと抉れてしまうだろう。
「……敵の攻撃を見て、予測し、避ける。そして拳を打ち込む。言うまでもない基本原理だが、基礎が大事なのは何も変わらんな?」
だが、指揮官が狙うのは徹底して影法師だ。
徹底したキリングレシピが、脇見もせず弱者を殺せと冷たい論理を弾き出す。雪の隙間を見つけ、身体をねじ込み、近づいて殴り殺す。
「ゆえに王道を行かせてもらおうか。勝つべくして勝つことこそ指揮者ならば。強い方が正義であることなど、今更議論するような話ですらないのだから」
積極的に盾になろうとしないことから、妖精は防御能力に関しては大したものを持っていないだろうと予想を付けておいてなお、全ての攻撃は影法師の急所へ。
殺すためならあらゆる卑怯を容認するのが指揮官だ。全ては殺すため、拳を振るう。
「厄介な……! アズールレーン、指揮官……これほどの力を……!」
要するに正論だ。強い方が当たり前に勝つために努力をする。――ゆえに、最初の内は防げていてもじきに崩壊する。
それが体力の低下によるミスか、判断力の低下によるミスかはともかく。なにか一つでもミスをした瞬間に天秤は傾く。
もちろん、ミスをせずともわずかづつ天秤は傾いてくのだから影法師の死は決まっている。
「……させない」
そこに来て妖精が覚悟を決める。彼女はあの優しい
結局、その優しさが死因となった彼女。
似た者同士だから仲良くなった。だから、
例え、それが痛みを伴おうとも。
「……潰れろ」
一瞬で狙いを切り替えた指揮官の攻撃を受けた。しかし、それは予想の範疇。大技の隙を狙われないとは思っていない。
隙ができたら弱ってない方でも潰す。そこに抜け目などない。
それでも”使う”。痛みに耐えて、繰り出す。
「――ッギ! でも、それも覚悟の上。……終焉世界『
指揮官の十分の一もない小さな腕で受け止めた。
ぐしゃりと潰れて、もげるよりも酷い肉片がかろうじて繋がっているだけの状態になろうとも、”それ”を完成させる。
「……ぐ」
指揮官から漏れた苦悶の声。
小さな妖精の腕を肉塊へ変えた腕がひび割れ、砕けていく。さすがの指揮官も苦悶の声を漏らさずにはいられなかった。
腕を失えば攻撃手段が減る。何より妖精に付けた傷を致死に変えられない。そして。
「潰れちゃえ!」
見渡す限りに降りしきる雪。逃げ場はなく、そして足が二本あっても腕は一本になってしまった。さらには刺し違えたとしても影法師が残っている。
いったん退くしかないと理解したが、その判断はあまりにも遅すぎた。
「注意が逸れたぞ、悪魔」
大質量の鉄塊が横殴りに叩きつけられた。
それは空間転移を応用した隕石並みの速さの鉄くず。ろくな神秘も宿っていないが、銃弾よりも早い1tに迫る鉄塊は指揮官の身体を弾き飛ばした。
「……っが! は! ぐぅ――」
”まずい”ととっさに思う。
それはあくまで鉄塊だ。骨も折れてないし、艦船なら脳震盪など0.1秒で復帰できる。だが、状況が悪すぎる。
基本的に指揮官は殴る蹴るしかできない。それで、距離を離されてしまった。
妖精の同士討ち覚悟の大技は遠距離で破れるほど甘くない。その証拠に。
「反撃の一つや二つは……!
周辺から木を根こそぎ引っこ抜いて投げつけたが、こともなく消滅する。しかも、裏に隠して投げた鉄球までも。
死角を狙って撃ち出した鉄球はバレバレだった。
「……無駄、よ!」
息も絶え絶えに妖精が叫ぶ。
終焉世界の維持は妖精の命すらも削る。けれど、待っていれば助かるなんて楽観的な思考は指揮官はしない。
「……ちィ」
だが、諦めなくてできることは逃げることくらいだ。
投げるような木はすぐに破壊されて無くなった。次の攻撃対象は地面、ひび割れ、削れ、崩壊する。
大地が5秒ごとに1mは削られていくのだ。
その気はなくとも、地下に沈みゆく。地面そのものが消滅して、踏みしめる大地が下がっている。指揮官は下から彼らを睨みつける。
「このまま潰れちゃえばいいのよ」
「何もできず、朽ち果てろ。貴様も、そして貴様の仲間も全て黄泉へと打ち捨ててくれる。世界を汚す生命体よ、もの皆すべて消え果てよ。清浄なる世界が」
地下へ、地下へ。
1秒毎に勝利の道は削られ、傷もまた増えていく。
この状況では、もはや指揮官に勝ち目はない。