--視点変更・指揮官サイドーー
「あ、おとされちゃった」
ユニコーンが残念そうに呟いた。それに、少し気まずそうにしている。
本領発揮には程遠いとはいえ、それでもあの程度の敵に墜とされたのはわずかなりともショックだったらしい。
恐る恐る伺うように、指揮官の顔を上目づかいで見上げた。
「大丈夫? ユニコーン」
怒りはしない。油断はあったかもしれないが、別に問題ない範囲だろう。油断大敵、とも言うが本陣は他の子たちが守っている。
悪いところを突くのが義務などと思うような人間は実は多いかもしれないが。、自分はそんなことはしない。
それはおおらかと取るか、呑気ととるかは人次第だろうが。なんにせよ――
(別に、俺に取ってはこの子達に嫌われさえしなければ、後はどうでもいいことだしな)
頭をなでてやると、彼女は安心したように笑みを浮かべる。
とてもかわいらしい。ずっと見ていたい。
「全然平気だよ、お兄ちゃん。饅頭さんもちゃんと帰ってきたし」
饅頭ーーひよこの形をした謎生命体を見せてくる。帰還方法が完全に謎なうえ、そもそもひよこの手で何をどう操縦すると言うのか。
まったくもって意味が分からないが。
それこそ、艦これの妖精と似たようなものだろうと納得するしかない。
「そう、ならいいよ」
ならば戦況に変化はない。奇跡の一つや二つで戦場というものは左右されたりはしない。ただの鉄火と物量のぶつかり合いの前に、ロマンなど存在しない。
「でも、おとされちゃった。今度こそ……!」
ユニコーンがぬいぐるみ……ユーちゃんを離す。ぬいぐるみはそのまま羽ばたいて、宙に浮く。彼女は勢い良く左手を掲げる。
同時、背後に艤装が現れる。
重厚な飛行看板が二つ。すでに機体はセットされている。編隊が飛び立とうとして。
「待ってくれるかな、ユニコーン。他の子の力も試したい。……エレバス、砲撃開始。制圧射撃」
「承知した、指揮官」
エレバスがす、と目を細めると同時。身長の3分の1はある巨大な砲塔が姿を現す。
重々しい音を立てて砲が敵の方角を向く。
「哀れな小鬼の魂よ、この私が刈り取ってやろう」
――腹の奥底に響くような砲撃音が木霊する。
山を揺るがす衝撃と鼓膜を突き破る爆音が鼓膜を揺らす。
しかし、小さな6人と指揮官はこゆるぎもしない。
「狙いがずれたわね」
「重力係数の違いか? それとも、空気抵抗でも違ったか。まあ、いい……修正するだけだ。照準修正、もう一度」
指揮官と艦船はデータをリンクさせることができる。
元々が艦船なのだから、パソコン的なコミュニケーションができたところで不思議はない。
ゆえに言葉など使わなくても、地点や数式は完全に共有できる。
「……ふふ。ふふふふ」
大分興が乗ってきたようだ。
撃つ。撃つ。撃つ。本来ならば再装填までに20秒はかかる主砲だが、現実になった今は融通が聞く。
敵の攻撃ごとセイレーンを打ち砕く鉄槌はゴブリンどもには贅沢すぎる。弱く、そして代わりに連射を。
2秒ごとに放たれるそれは、無慈悲に振り下ろされる死神の鎌だ。
「ーー敵、接近してきます……!」
「ラフィー、出る。自己リミッター、解除……」
二人が反応したのは、見るからに王の風格を纏ったゴブリンだ。
地獄のような戦場の中を一人突っ切って向かってくる。
すさまじく速い。自動車のような速度、とは言っても爆撃された山の中だ。たとえ戦車であろうとも走行できない。しかし、そいつの進軍は止まらない。
もがれた腕は血肉が盛り上がって二秒で再生。わき目も降らずに、部下の死骸すらも踏み砕きながら突っ込む有様は、愚かであっても力強い。
通り道を轢殺し、目標を殺すまで止まらない暴走特急、その圧力は神魔の域にまで達するだろう。
「キングか。この暴威を前に、正面から立ち向かう気概は見事という他ない」
指揮官は二人を手で止めつつ前へ出た。
顔には好戦的な笑み。
「来るがいい。王の自負を持って戦うならば、こちらも応えるのが筋というもの。……いいや、否。こちらから征くぞ」
指揮官が足を踏み出した。
この身はすでに艦船―KAN-SEN―。ゆえにこそ、戦うことに疑問は持たない。
そして、この6人を率いると言うのなら、無力で居るわけにもいかないだろう。なにより、力はある。
使えないでは、意気地なしとのそしりは免れないと思うからこそ。
「この一歩、刻み込め世界……!」
その一歩でもって距離を踏破する。
アズレンというゲームでは指揮官の能力は設定されていない。ステータスが”ない”のだ。ゆえに主砲も副砲も艦載機すらも、ありはしない。
姿かたちすら決定されていない以上、刀の一本すらも持ち合わせない。
だからこそ、指揮官に与えられるのは泊地としての能力。一言で言ってしまえば母港、基地の類の化身。そして、筋力も当然ーーそれに倣う。
「……グギャ!?」
そして、ゴブリンキングは当然それに対応できない。
基本的なステータスそのものが違うのだ。
全てに渡って高水準、ただそれだけでしかないが十二分。速く、強い……特殊なものなど不要。
何の衒いもなく、ただ強い。
「……ふ!」
拳を繰り出した。
地すら砕く一撃。あらゆる道に言える「究極に通じてしまえば、真理は陳腐に他ならない」との言葉が示しているように、”シンプル”が一番強い。
ステータス頼りの一撃とは、裏を返せば性能を十全に発揮した純粋で隙の無い一撃に他ならない。
結局、策など強力な兵器を用意すればこと足りてしまうのだ。殴れば砕けるのだから、合気だの型だのは余計なこと。
その強大無比の一撃はゴブリンキングの腹を爆砕した。
それこそ、雷すらも耐えうる頑強な筋肉がまるで綿あめのように柔く、脆い。その成果を確認した指揮官は、血を浴びながら獣のような笑みを浮かべている。
「ーーグルオオオオ!」
腹の5割を消し飛ばされればさすがに痛むのか、しゃにむに棍棒を叩きつける。
手は敵の腹に埋まっている。引き抜けなくもないが、慌てるのも”しゃく”だ……ゆえに反対の腕を盾にする。
(さて、俺は兵器だ。スペックは把握しているが、まあ……ものは試しを言うしな)
特にこれといった理由もなく受け止めた。
だが、彼自身は耐えられても凶悪なまでの威力に地面”そのもの”が耐えられない。バターのように地面を抉りつつ、浮いた身体を木に叩きつけられる。
2本、3本、4本と木をぶち破りつつ、甘い目論見のつけは5本目にめり込んで終わった。
よくもボールみたいにとんだものだが、指揮官の身体は泊地そのものとは言え、重量までは再現していないから仕方ない。
めり込んだ木を内側から破壊して脱出する。
「ーーなるほど。地面は柔らかいな、海の方が信じられる……とは、まるで艦船のような感想だな、俺も」
地を踏みしめるよりも海の上に居たほうが安心するだろうだなんて感想が自然と出てきた。
すでに身も心も艦船だ、というよりも艦船に○○といった異物が混入したように、人間らしい怯えも戸惑いもありはしない。
立ち上がってほこりを払う。
「オオオ!」
一方、ゴブリンの猛攻は止まらない。
理解しているのだ、攻撃を止めたらその瞬間に五体を打ち砕かれると。ゆえの連撃、体力が続く限り止まりはしないし、止められない。
鉄を、鋼を、あらゆる魔法金属さえも打ち砕く極大の暴威が何度も何度も何度も襲い掛かる。
その連撃、1秒に9回の攻撃が放たれる。武ではない。ただステータス任せの一撃の威力は1秒に9回の攻撃が放てると言うでたらめな身体能力をそのままに反映する。
あらゆるものを打ち砕く攻撃は、しかし泊地そのものの防御を崩すには至らない。人を壊すには過ぎた代物だが、土地そのものを砕くにまでは足らない。
指揮官の唇に笑みが刻み込まれる。
敵の攻撃はもう”分かった”。防ぎ方を理解し、ついでしのぎ方も理解した。要するに練習だ。
天災じみた暴威にそれ以上の暴力で打ち返しつつ、地面に力を流す。
ーー海に浮かぶのと同じように。
艦船は初めから完成しているがゆえに、己が能力の使い方に戸惑うことなどありえない。
地面なんて柔らかいものの上に立つのなら、強化しないことには立つことだってできやしないのだから。
「なるほど。実戦とはやはり、予想外の連続だな。だが、そろそろ見飽きた」
”迎撃した”。
掌で撃ち返すのではなく、拳でこん棒を殴り返した。
それだけで、ゴブリンキングの持つ棍棒を打ち砕いた。
彼の強大さの前には小賢しい能力など必要ない。ひたすら硬く、強くーーどれほど強く打ち込もうとも欠片も割れない強い武器をキングは欲した。
それをあっさりとーーこともなげに破壊してしまった。
武もへったくれもない、ただ相手の攻撃に真正面から拳を合わせただけだが、そんなものが通じてしまう。
強力なだけのステータスはあまりにも強すぎるがために、ただ振り回すだけでことが足りるのだ。
堅実な方法とは、つまるところ一番つまらない方法に他ならないのだから。
武だの気だのは、ルールのある対人戦という高等な駆け引きであるがゆえに、ただの殺し合いに高尚に過ぎて無意味だ。戦艦に柔道をしかけても仕様がないように。
「さて、次は再生について試させてもらおうか」
ゆえにこそ、指揮官の一撃は迅く……強い。
いや、うまさなどは欠片もない。拳を握り締めて打ち込むーーただそれだけがゴブリンキングの肉体を削り取る。
だが、身体の動かし方はすでに知っている。ただの最短を、必要なだけの力を込めて、まっすぐに打ち放つ。
それだけでキングの血しぶきが飛び、肉が木々に絡みつく。
キングもさるものも、体積以上の血と肉が飛び散ってもなお再生する。もうわずかな勝機すらも見出すことができないのに、痛みに耐えかねて拳をめちゃくちゃに振るう。
「これ以上は無為な拷問か」
もう、試し終えた。
サンドバック相手に得られるものはもはやない。
そして、指揮官に無意味な拷問を楽しむ趣味はない。
「死ぬがいい」
心臓を砕いた。
全身が黒く染まり、そして灰になって消えていく。
どうやら、この異世界では死体は灰になって消えていく仕様らしい。どうも、異世界というのを強く感じる。
さて、アズールレーンの世界では倒した敵はどう消えていたか。……爆散して消滅していた気もするが。
「ーーお兄ちゃん!」
ユニコーンがユニコーンに乗ってやってきた。
なんのことはない、巨大化したぬいぐるみに乗ってやってきただけだ。いや、空飛ぶ巨大化するぬいぐるみの時点で十分変か? とは、思いつつもしかしゲームの話だしなと苦笑する。
小さな彼女はそのまま飛び降りて、胸にダイブしてくる。
「ユニコーン…お兄ちゃんの役に立ててる?」
胸に飛び込んできた彼女はそんなことを言ってきた。
「ああ、立っているさ。ありがとう」
頭を撫でてやる。
「えへへ。ありがとう、お兄ちゃん。うれしい」
ぎゅうぎゅうと身体を押し付けてくるものだから困ってしまう。
だが、それだけではなく……まだ5人いる。
飛びつこうと走ってきているのだから、これはもう――なんて言っていいのやら。
「やれやれ。困ったな」
その顔には笑みが浮かんでいた。
誰も救い出したはずの冒険者たちが気絶して地面に倒れているのは気にしていない。たった7人だけの世界で、7人にはそれだけで十分だった。