我が物顔で天に居座る偉容。その翼は鋼より硬く、放たれる冷気は一つの街すら永久に凍土に閉ざす。
その脅威は6対1で戦った時によく知っている。
人類に対する絶望……竜。
「……今こそ、名乗ろう。我が名は
威厳に満ちた声。
人の心を打ち砕く恐ろしげな声だ。それに相対する幼女は。
「ならば、余も名乗ってくれよう。長門……重桜の長門じゃ。それで、しゃべれるのじゃな貴様は」
小さな体ながら、その体に怯えはない。
人の心を震わせる威厳のある声。竜と巫女、方向性の違いこそあれ畏怖という点では申し分のない。
「学んだのだ、貴様に傷をつけられたあの時から」
「なるほどな。その傷、消せなかったのではなく」
「消さなかったのだ。貴様らを侮り、傷を受けた。その屈辱を忘れはしない。……貴様を殺したその時こそ、我が王として君臨する!」
「ーー良いぞ。だが、一つ訂正しておこう。余はヒトではなく艦船である」
「そうか。我は竜だ」
戦端が開かれる。
そこはあの時の場所、海を渡った前に竜と戦ったあの山だ。
氷の槍が宙を舞い、弾丸が空を舞う。
「フハハハハハ! やはり、一人であれば容易いなどありはしないと思っていたがな! 嬉しいぞ、それでこそ雪辱のはらしがいがあると言うものだ!」
「舐めないでもらおうか! 主とは一度戦った。ならば、対策の一つも習得しておるぞ!」
長門が使っているのはあのときに指揮官が使っていた歩法、というか飛び跳ねて移動するアレだ。
相手の攻撃が触れられるものなら、利用して移動できる。
指揮官が実際にやれたのだから、練習の一つや二つもすればできるようになる。その点で努力を惜しむことはない。
「だが、我もあの時とは違う! 油断も隙も、ありはしないぞ!」
「ならば、突破するまで!」
スキル発動。氷塊を一気に破壊して前に躍り出る。
竜は防御よりも攻撃を優先している。小手先の一撃など当てたところで意味はない。ゆえに密度を高め、槍のようにして突き込む。
当たれば痛いが、しかし防御については足りない隙を突いた。
「そんなもので!」
ブレス。
道を作って突貫するなら、敵である氷竜にもその道はバレバレだ。
突撃にカウンターをかました。
「……っむぅ!」
地面に向かってジャンプ。
急降下して難を逃れたが……足を擦りむいた。まあ、その程度で済むことが異常なのだが。
それはまぎれもなく大地を殺す一撃だ。余波ですらあらゆる生命を停止させる。
「い、いたた……でも、がんばる」
それでも長門は艦船だ。
人間のように簡単にくたばったりはしない。一呼吸で肺まで凍る冷気も、足を地面の上に下ろすだけで凍り付いてはがせなくなる凍気も一顧だにすることはない。
「隙ができたぞ! 愚かなるヒトめが」
だが、地面に降りたことですら、それも隙だ。
槍が降り注ぐ。
それは浸食し、根こそぎ殺し尽くす氷の華。一度打ち込ままれれば、そこから冷気を広げ更なる槍の起点となる。
「飽和攻撃にはほど遠い! 余を殺すのなら、100倍は持ってくるがいい!」
飛ぶ。跳ぶ。
そこはすでに氷竜の領域だ。逃れようと思うなら、3㎞を踏破する必要がある。
そして、長門は離脱などしない。そこまで離れたら攻撃を通せない。
「ーー馬鹿め! 我が領域が空を覆いつくせば、その程度は軽いこと。そして、貴様は苑麻に死ぬのだ!」
「馬鹿は貴様の方だ。重桜の誇りを甘く見てくれるなよ!」
周辺を埋め尽くす砲弾と氷槍。
そこは余人が入り込めば1秒で粉微塵に砕かれ赤いスープと化す絶死領域。殺戮の輪舞はまだ続く。
ここまでやってもなお、両者は血の一筋も流していない。
「甘くなど見ないとも。何としてでも殺してくれる! 竜たる自負にかけ、二度の敗北など認めるものか!」
「重桜の誇りは決して折れぬ! 曲がらぬ! そして、何よりも指揮官のため……貴様はここで殺してくれよう!」
終わらない終わらない終わらない。
想像を絶する殺し合いは密度と領域を広げながら踊り狂う。世界を終わらせることのできるだけの冷気と火力が高々数十m四方を蹂躙する。
「ーー」
「ーー」
決着がつかない。
膠着状態だ。氷竜に到達する前に攻撃は減衰する、そして長門は全てを回避する。両者ともに慎重だ。
死線に踏み込めば勝てるなんてものは弱者の考えだ。世界を破壊できるレベルに至っては、蛮勇などただの欠点。
「いい加減に沈めェ!」
しびれを切らしたのは氷竜だった。
防御すら捨て、氷槍にて全て壊す。かわされるというのなら、かわしようもない攻撃をすればいいのだから。
「愚かな!」
氷の槍を駆け上がる。
遥か空へ。氷竜すらも超えて。
「……あの時と同じだな! 今度こそ勝つの我だ」
氷竜は失敗などしていない。
もう一度、真っ向勝負に誘いこむための策略。そして、長門もそれを受けた。
降下の勢いを利用した急降下爆撃、だが今回はユニコーンの艦載機には乗れない。勢いは落ちる。
「いいや、勝利するのは余である!」
このままであれば敗北するのは長門。だが
「我が誇りをその目に焼き付けるがいい!」
艦船展開ーー指揮官が母港を出したように、彼女たちは戦艦を出せる。
戦艦長門、竣工時には世界最大にして最速、41センチ砲を備える排水量39トン超えの偉容がそのままに宙に浮かぶ。
そして堕ちる。
「……それは! だが、関係などない! それが貴様の本性ならば、諸共に破壊するまでのことよ!」
「応とも! これこそ重桜の誇る戦艦長門である。たかだか氷の一つや二つで沈むなどと思うてくれるなよ。余を沈めたければ太陽でも持ってくるがいい!」
衝突する。
「……ぐ。ぬおおおおおおお!」
「……お。ゆけええええええ!」
長門は我が身を巨大なハンマー代わりに叩きつける。
氷竜は全霊をもって迎え撃つ。
「リミッター解除! 仰角修正、角度マイナス。0距離射撃。撃てェェェ!」
41センチ砲が火を噴いた。
「小癪なあ!」
爆発音。無理に撃つせいで艦体はひしゃげ、砲身は曲がる。
満身創痍になっても、長門は自らの誇りを喝破する。
「竜なにするものぞ! 重桜の誇りの前に沈むがいい!」
「負ける……ものか!」
氷の槍が艦体を引き裂く。
竜も満身創痍なら、長門とて満身創痍。血を吐いて、今にも倒れそうなのに気力で踏みとどまる。
「重桜の誇りは折れぬと、見せなければならぬのだ」
揺れる艦体にしがみ付き、曲がった砲身を突きつける。
何も躊躇なく撃った。
「馬鹿な。竜である我が。……ヒトなどにィ!」
弾け飛ぶ。
曲がったピストルを撃っていけないのは子供でも知っている。それをすればどうなるか、つまりは手榴弾だ。
砲身が爆裂して引き裂ける。
竜も、艦も、地に堕ちた。
「これでは、指揮官の援護にも行けぬな」
長門は起き上がれない。
艦隊は真っ二つに引き裂ける寸前で、そうでなくとも元の形がかろうじてわかる程度にはボロボロだ。
もしかしたら、今なら人間にも負けるかもしれない。
「っぐぅ」
もはや指の一本も動かせない。
「いたいなぁ。指揮官のぬくもりが欲しいよ……」
目を閉じた。