冒険者たちを放置して先に街に突入する。
彼らは巻き込まれない程度には離れた場所に居たから、合流には時間がかかる。
指揮官たちにしてみれば艦載機に乗って飛んでいけばいいだけだが、この世界の人間にそれを求めるのは酷だろう。
というか、艦船でも普通ならキツいはずだ。単に最高レベルの恩恵によるステータス高さに任せて無茶を通しているに過ぎない。
「ーーだが、どうしたものか」
指揮官は氷に閉ざされた街を睨みつける。
普通に考えれば、生存者など誰一人残っていないような光景だ。
氷はまるで生い茂る樹の枝のように版図を広げ、全てを閉じ込めている。死と孤独、そして停滞が全てを覆いつくしている。
……まるで地獄だ。
「……あそこ」
ラフィーが指をさす。
仄かな光が建物を覆い、慈しむように守っていた。
氷に閉ざされた町の外れに唯一、生命の息吹を感じる場所。
誇るように聳え立つ尖塔、鮮やかなステンドグラス……街で一番とは言えずとも5本の指に入っているような豪華なその建物は、一言で言えば教会だった。
指揮官は元人間のくせに艦船の体に慣れ切って、逆に見ることを怠っていた。
とはいえ、そこも氷に覆われている。長くはもたない。
「あの光、生命反応も隠すのか。魔力もサーチできるが、そっちはあの竜の残滓が強くて追えんからな」
鼻を鳴らした。自分の手落ちが気に喰わないと言った顔だ。
一方で、当たり前のようにお手柄のラフィーの頭を撫でてやる。
「違う。……逆」
「逆? なるほど、魔力が弱い場所がそうか」
とはいえーーどうするか。
艦船は基本的に破壊するだけだ。災害救助は仕事でないし、街全体を覆う氷などどうしようもない。
ぶん殴れば中身ごと砕けるだけだ。
外側だけ砕くなどマジカルなことなど、できはしない。
生存者を確認できても、助け出すこともできやしない。
だから、こうやってその建物の前まで歩いて来ても、7人そろって頭を悩ませる羽目になる。
「おーい。入ってますかー?」
結界をこんこんノックし始めた。
「こ、これ。ラフィー、話しかけるにしても……その……手順をだな……」
「でも、長門。頭抱えてるばかりじゃ意味ないし」
「いや、まあ。そうなのじゃろうが」
微妙な空気になった。
「あ……あの。外に誰かいらっしゃるのですか?」
か細い声が届いた。女性の声だ。
震えているーーこの程度では余波すらも満足に防げはしない。事変の直後で緊張感が残っていても、すぐに持たなくなって体調が悪くなる。
やはりと言うか、死にかけている。あと1時間もすれば穏やかな死が訪れるだろう。
「そうだ。あの竜は我々が撃退した。救助したいが、氷を溶かす手段は持っていない。そちらからできることはあるか?」
「……いいえ。扉も窓も凍り付いてしまって開かないんです。空気も悪くなってーー」
必死な声だ。
「了解した。ならば扉を壊す」
そして、指揮官はためらわない。
自分の頭が良いとは思わないからこそ、逆に拙い策を押し通す。もっといい策を、なんてのは誰かの提案なら聞けばいい。
他の案がないなら実行するまで。
「ええ……お願いします」
「離れてろ」
結界の光が消える。
扉から気配が遠ざかる。
「ーー」
殴りつけて氷を破壊する。扉ごと砕いた。
術者がいなくなったからか随分と脆い……に、しても氷だけを砕くことなどできなかった。
「あ、ありがとうございます……ッ!」
駆け寄ってきた少女、聖職者なのか白いローブをまとっている。震えて顔が青くなっているが、それでも町一番の人気者になれそうなほど顔が整っているのは一目でわかる。
涙を溜めて駆け寄ってきた彼女を……
「大丈夫だった?」
ラフィーが前に出て受け止めた。
さりげない顔をしているが、少し満足げな表情を隠しきれていない。
つまり、指揮官にこの女が抱き着くのを邪魔をした。
「……やはり室内は気温が下がっているな。とりあえず屋外に運び出そう。万全とは言いがたいが、冷凍庫より多少はましだ」
美少女を抱き留めるチャンスだったが、指揮官は特に何かを思った様子もなく淡々とやるべきことを進めていく。
扉の残骸を蹴り砕いて出入口を作る。
どのみち、この教会は……いや、この街は使い物にならない。
「それで、他の生存者の心当たりは?」
「……い、いえ。でも領主様の屋敷には防御結界が張られてますので、もしかしたら」
「なるほど。……そうだ、眠ることは推奨しない。人間は睡眠状態に入ると深部体温が低下する。いや、これくらいは普通に知っているか……?」
「あの……えと?」
少女は怪訝な顔をしている。
「眠ったら死ぬよ、ってこと。人間、寒いところで寝ると死んじゃうからね」
「あ……はい。知ってます」
「じゃ、頑張って起きててね。他の人も、寝かさないように」
ラフィーが慰めるようにぽんぽんと少女の頭をたたいた。
背伸びしているのが何とも可愛らしい。
「さて、……こちらはチームを分けるか。ここの生存者も放置すれば死にかねんからな、誰か残しておく必要がある」
「了解、ラフィーはついてく」
指揮官の言葉にラフィーが最速で反応した。
「え……えと、ユニコーンもお兄ちゃんと一緒がいいな」
「エルドリッジも」
「ああ、では負傷者の搬出は頼んだぞ、長門、綾波、エレバス」
「む……うむ」
「了解なのです」
「……ええ」
三人は不承不承うなづいた。
乗り遅れた不満が顔に書いてある。
そして、街で一番に豪奢な屋敷へ向かう。
古今東西、支配者の居城こそが最もきらびやかで大きいものと相場が決まっている。
清貧を旨とするはずの宗教建築物が最も金がかかっていることも往々にしてあるが、それは支配者として政府よりも宗教の方が力を持っているケースだ。
元一般市民の指揮官としては思うところもあるわけだが、しかし人命救助が先決だろう。何より、この子たちがそうしたがっているのだから、指揮官としては道筋を整えてやるだけだ。
「全滅しているようだな」
だから、完全に氷漬けになった屋敷を見ても特に思うことはありはしない。
しかし、ショックを受けている三人を見て心を痛めた。
「……何も変わらない」
何度も何度もサーチしているのだろう。
けれど、何も変哲がない。生きているなら、何かがある――それがない。
”そこ”はすでに死に絶えた土地だ。
教会に生存者がいたのは運がよかった。
まず、結界を張っていた術者が寒さへの耐性としては火の次に高い光に適性があったこと。
そして、権威のために街の外側に陣取っていたこと。爆心地にあった領主の屋敷など強大な魔力のせいで物質そのものが変質している。触れば砕けるほどに凍り付いているのだ。
以上二点、加えて教会の少女の努力も要素の一つとなったろう。弱ければ、余波にすら耐えることはできなかった。
「さて、戻るか」
できることはもう終わってしまった。
もう生存者はいない。
竜の残した傷跡は深すぎた……傷跡というものは、死んでしまってはただの残骸に他ならない。ならば、すでにここは残骸。
――少なくとも、1年程度待ったところで、この氷は溶けやしないのだから。
残骸を大事に持っているならば、死者の仲間入りをする以外にないだろう。
「……あの娘から話を聞くか」
街に見切りをつけ、戻ろうとして。
「……指揮官」
ラフィーが袖を引いた。
「指揮官はあの女のこと、興味ある?」
「ラフィー? どうした」
「あっちの女のほうが、いい?」
怪訝な顔に、指揮官は少し笑ってしまう。
「まさか。たった7人しか居ない仲間なんだ、大切に決まっている」
ラフィーの頭を撫でた。
「……ん」
彼女は頬を赤く染めて、笑みを作った。
そして、指揮官は口の中で呟く。
「人間など、信用できるものか」
それが元人間の吐く言葉だった。
そして、娘のもとへ。
「まだ死んではいないな」
直截に過ぎる指揮官の言葉は冷徹でしかない。本人としては事実を言っているだけだが、同情の感情も殆どない。
それこそ要救助者を助けるより先にやるべきこと……”泣きわめく”という大事で、なんの役にも立たない仕事を、まったく何も完全に放棄しているのだから。
「はい。でも、皆もう限界で……」
嘆き悲しむ彼女には怒るだけの気力もない。
ただ、他の生き残った仲間のために、言われたことをやるだけだ。
「では、街を出よう。いつまでもここに居れば全員が低体温症で死に至るぞ」
生存者は全員で16人。
運よく教会に居たのがそれだけだった。
それぞれ肩を貸してやって歩き出す。
担架でも作ってやれれば良かったのだが、布などというものは残っていない。全て凍り付いている。
力技で揉み解せば砕けるだけだから調達できない。
そんなほうぼうの体で、逃げ出すように街を後にする。
そして、後から来る冒険者たちと合流した。
基本的に人間の女が近づくと、6人が嫌がる。逆に男の場合は指揮官が嫌がるので、人間と個人的にかかわることはあまりありません。
ヒロインはアズレンの子のみです。