機動戦士ガンダム LostCentury   作:Gust/81

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子守りの砲手

「これは……」

 

 

 赤黒いパイロットスーツを着込み、MSの操縦席に収まった男は、目の前の情景に驚いていた。

 

 爆炎をもろに受けた相手のMSがその場に無傷で佇んでおり、緑だった筈のツインアイを赤に変色させこちらを睨んでいる。

 

 男の操縦する赤いグレイズは、相手であるそのガンダムを先程まで圧倒していた。

 

 後一歩の所を横槍によって仕留め損ねたその機体の風貌は、防戦一方だった先程とは打って変わって戦意に満ち溢れている様に見える。

 

 

 それを見た男の口から笑みと言葉が零れる。

 

 

「……お前が?」

 

 

 ペダルを踏み込み、操縦桿を押し、愛機のグレイズを前へと飛ばす。

 

 肩部ブースターの装甲が展開、隠れていたスラスターが更に機体をガンダムへと真っ直ぐ押し込む。

 

 

「さぁ、本物かどうか見せてもらおう、ガンダム!」

 

 

 男のテンションは最高潮に達した。彼の人生で最大規模の波だった。空いた穴を塞いでくれる、そんな期待を感じる白い悪魔へと突撃した。

 

 

 


 

 

 

 

 一方で、オーガスの操縦席に収まるイブサは焦っていた。敵を前に機体が操縦を受け付けないのが原因だ。操縦桿を押し引きしても、ペダルを幾ら踏み込んでも、ガチャガチャと音が鳴り響く以上の事象が起きない。

 

 

「くそっ、動け……!」

 

 

 赤く光るコンソールパネルもノイズを走らせるばかりで操作を受け付けない。その隙にグレイズが此方へと距離を詰める光景だけが見える。

 

 

 ―――このままでは死ぬ。

 

 

 イブサは普段は冷静だと自己評価をしていたが、死への恐怖への耐性は持っていなかった。それが焦りを頂点へと引っ張り、操縦桿やペダルに込める力が強くなる。

 

 ガチャガチャと音が鳴り響くだけでも、それでも動かそうとするのを止めない。

 

 

「こんなところで、何で……!」

 

 

 ―――動け、動け、動け、動け―――

 

 

 僅かな距離まで迫ったグレイズが、冷徹な刃を振り下ろす。

 

 

 ―――同時に、獣の唸り声の様な駆動音と共にオーガスが動く。

 

 斧に対して盾を斜めに構え、それが衝突すると同時に盾を握る左腕を跳ね上げ、斧を弾いた。

 

 

「!?」

 

 

 その驚愕は、イブサとグレイズの操縦者が共通して抱いたものだった。

 

 

 斧ごと左腕を跳ね上げられたグレイズは隙だらけだ。無意識にここがチャンスと頭が理解し、オーガスはその思考を汲み取る様に胴体へビームライフルを射る。

 

 しかし対ビーム塗装は健在、無傷のままグレイズはオーガスから距離をとった。

 

 

「二回殺されたか……!?」

 

 

 グレイズの操縦者は今日ほど対ビームコーティングに感謝したことは無かった。ビーム兵器とそれを当てる技量の二つを有する相手を知らなかったからだ。

 

 

 イブサの方は、操縦を試すのも忘れて愕然としていた。自動操縦で今のような動作が現れるとは。

 

 しかもあのライフルでの一撃、頭であのタイミングとは分かっていたが、仮に自身の操縦では秒単位で遅れが生じていたかもしれない。

 

 

「あの加速を防ぐのか……?」

 

 

 操縦権は回ってこないまま戦闘が継続される。

 

 斜面を蹴って変則的に加速する戦法をひたすらに繰り返すグレイズの攻撃を、オーガスは全て回避するか盾で受け流し続ける。全ての行動が先程より数段速い。

 

 

「ちょこまか逃げ続けるのが本物のやり方か!」

 

「これをいつまで続けるんだ……!?」

 

 

 双方の操縦者がオーガスの戦法に愚痴を浴びせ始めた頃、オーガスの動きが変わる。

 

 回避行動をした前方をグレイズが横切る。既に一手先が読めている様な動きだった。再び丘の斜面を蹴って反転しようとする赤い機体にライフルが素早く向けられる。

 

 

 (狙いがグレイズと違う!?)

 

 

 ライフルから放たれた閃光が突き進んだ先は、グレイズが蹴ろうとした丘の斜面。着地と同時に着弾したビームによって足場が崩壊、グレイズがバランスを崩す。

 

 

「何……!?」

 

 

 グレイズの操縦者の驚愕と同時に、既にオーガスはライフルを地へ落とし、シールド裏にマウントされた実体剣を構える。

 

 

「もう、倒せるならやってみろ……!」

 

 

 身を任せたイブサの自棄に応えるように、バーニアノズルからの火炎がオーガスを押し出す。

 

 

「やらせるか!」

 

 

 グレイズの操縦者も諦めてはいない。

 

 肩部のブースターを地面へと吹かして体勢を立て直そうとする。

 

 適切な姿勢制御で即座に脚を地面に垂直にしたグレイズの眼前に、既に剣を振りかぶる白い悪魔が控えていた。剣が振り下ろされると同時にグレイズはジャンプ、背を向けて加速する。

 

 機体が後を追って斜面の頂点へ立つと、グレイズの姿はすぐに点になりつつあった。

 

 

「……逃げた?いや……逃げてくれた、のか……」

 

 

 遠ざかる赤い機影を見つめたままイブサが呟く。

 

 彼は自身の体の震えに気付かなかった。

 

 グレイズが視界から消えるとオーガスは目を赤から緑へと変え、力なく斜面に背中を打ち下へと滑り落ちる。

 

 

「がっ……止まった……?」

 

 

 衝撃で軽く痛めた身体で確認すると、システムが通常通りに回復していた。

 

 正常に戻ったモニターが、こちらへと走ってくるアリアとそれを追うランディを逆さに映す。

 

 アリアの心底心配そうな表情が拡大表示される。

 

 

「……何で君が心配してるんだよ……」

 

 

 そう言いつつ、緊張からの解放と彼女への呆れによって、微かに微笑む余裕が生まれた。

 

 操作によってコックピットハッチが展開し、操縦席が曇り空特有の薄い光に晒される。自然の光を浴びて、イブサはようやく生きた心地を取り戻した。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 通りすがった町を出て十数分、バイクに乗った男は大地を駆けていた。

 

 

(間に合えよ……!)

 

 

 気持ちは焦っていたが、その焦りを運転に表す訳にはいかない。転倒でもしてしまえば目標との距離は益々遠ざかってしまう。

 

 直進を続けた先に高い丘が見えた。その奥から煙が幾つも上がっている。

 

 スピードを上げ、丘を駆け上がる。頂上でブレーキを掛けると、先の麓に中規模の基地が見えた。

 

 既に戦闘は終わったらしく、静まった空間の中に力尽きたMSの残骸が残っている。

 

 

 ―――今回も間に合わなかった。

 

 

 そう思いヘルメットを外す直後、今までにない光景が目に入る。

 

 

「……!?」

 

 

 少年は驚愕した。

 

 トリコロールカラーを纏ったガンダムも残骸かと見違ったが、操縦席から人が降りているのが見える。

 

 今までと違って生き残りがいる。

 

 

「あの野郎を退けたのか……?」

 

 

 残骸が無いため、目標である赤いMSは逃げたのだろう。しかし、退けただけでも大したものだと彼は思った。

 

 バイクのサイドスタンドを下ろして降車、地に足を付けて改めてその光景を見る。

 

 銀髪のなびく面長で高身長な少年は信じられないといった形相が解けなかった。

 

 

「いつもだったら全滅しているのに……」

 

 

 それだけでも驚愕だったのだが、更に想定外の出来事が起きる。

 

 

「イブサー!」

 

 

 少女のやたら大きい叫び声が聞こえる。

 

 声の主である少女は、ガンダムの足元まで降りたイブサと呼ばれる少年に抱き着いた。

 

 

「よかったー!!」

 

「つあっ……、痛いな、離せっ、て……!」

 

 

 銀髪の少年は、彼女の顔を知っていた。

 

 

「あっ、アリアじゃねぇか!」

 

 

 彼の同居人とはアリアのことだったのだ。彼は赤いグレイズを追いつつ逃げたアリアを探す羽目になっていたのである。

 

 

「こんなとこで見つかるとはな……」

 

 

 放っておく訳にはいかないが、相手にMSがある以上この場で手出しはできない。バイクに跨って発車準備をしつつ、再び少女らの方を一瞥する。

 

 

「イブサ、か……」

 

 

 確認するように呟いた少年はヘルメットを被り、その存在に気づかれないままその場から走り去って行った。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「よろしかったのですか?」

 

 

 退却中のグレイズコメットの操縦席に、女性からの通信が発せられた。操縦者の男は機体を自動操縦に設定し、腕を組みながら応答する。

 

 

「あぁ、選定は終わった。後は品定めさ」

 

「品定め、ですか」

 

「この一回で品質を見抜ける程、私は万能ではないよ。だが―――」

 

 

 コンソールをタッチし、機体のダメージ状況を表示する。ダメージを受けたという報告は一切表示されていない。

 

 無傷だと言っている。

 

 それとは裏腹に、グレイズのコックピットハッチの装甲には薄い切断跡が出来ていた。その傷を受けたことを悟っていた男の口角が上がる。

 

 

「だが、何でしょう?」

 

「今の私を動かしているのは、実に短絡的な確信だ」

 

 

 冷静な女性は間をおいてから答えた。

 

 

「直感である、と?」

 

「そうとも言える」

 

 

 地平線へと飛び去る愛機に揺られながら、男は小さく笑った。

 

 

 


 

 

 

 

 オーガスを立ち直らせたイブサは、MI社との通信待ちにコックピットで待機していた。

 

 通信妨害の原因も分からないまま、土産である基地に無暗に手を入れる訳にもいかない。

 

 

「――――ちらエルザ――――えますか?」

 

 

 ジャミングが治まってきたのか、スピーカーの向こうから女性の声が聞こえる。

 

 

「こちらトウドウ・イブサ。聞こえます。敵は撤退しました」

 

「了解致しました。そちらの損害状況の報告をお願い致します。」

 

 

 エルザは特にリアクションもせずに淡々と話を続けた。

 

 

「……俺以外は全滅です」

 

「承知致しました。物資の回収は我々で行わせていただきます」

 

 

 感情の起伏を一切感じないエルザの声に、イブサは心底気味が悪いという感想を抱いた。

 

 

「報酬については後日改めてご報告いたします。お疲れ様でした」

 

「……はい」

 

 

 余りにもあっけない解散報告に、その一言以上の返事が出来なかった。

 

 

―――これだけ人を切り捨ててでも、確保したい資源だったのか?

 

 

 そんな疑念を抱いた直後、先程自分を庇って散った男のことをふと思い出した。突然会話を求められ、怪しさから疑いの眼差しを向けていた相手だ。

 

 そんな彼に命を助けられたことで、イブサは彼を疑ったことを後悔し始めていた。

 

 

「一々疑り深いのも、良くないのか……」

 

 

 思案を断つ様に、複数のMSの歩行音にローターの回転音が響く。MI社が有する左右一対の回転翼を備えた輸送機だ。その護衛にワンアームが数機と、輸送機の後部にも左腕をマニュピレータへ換装した同機が載っている。

 

 

 アリアの場合と言い、考え過ぎで怪訝な目を余計に向けて疲れてしまった。

 

 

「ランディ、行こう」

 

 

 トレーラーで待機していたランディにそう言うと、オーガスをノアルの方角へと向かわせた。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 数日後、イブサの生活は少しだけ変わっていた。

 

 

 一つは、襲撃を受ける頻度が増えたこと。

 

 無敗を誇った赤いグレイズを退けたことで名が知られ、情報屋の目玉商品にでもされているらしい。四日が過ぎたが、その内で三回は攻撃を受けては退けてきた。

 

 

 二つは、それらの戦闘によって損壊したシールドを、ジャックにより改造されたシールドに換装したこと。

 

 正確には、ボロボロになったシールドを見かねたジャックが余ったシールドと装甲板を組み合わせて作ったもので、以前の盾と刀剣と引き換える形で押し付けられた。

 

 白枠に赤い装甲という特徴は以前と同様だが、やや鋭角の増えた形状の中に三箇所に黄色いアクセントを纏う装甲が埋め込まれている。

 

 ここ最近ジャックから入手した装備に対して一切賃金を払えていないことを申し訳なく思っていたのだが、その話をすると彼はいつもこの様に返す。

 

 ―――客がお前一人って訳じゃない。常連なのだから遠慮するな―――と。

 

 その様な優しさを向けられるのが辛くて、その時は俯きながら礼を返した。

 

 優しくされる資格は俺には――。

 

 実体剣も無理矢理譲ったのはこの時だった。これでもライフルと盾の分を払えていないだろうが、それしか出来なかった。

 

 

「……」

 

 

 これまでを思い返しながら、アジトの軒先に立って曇り空を見上げていた。

 

 昔の空は青かったらしいが、そんな空を見たことは一度も無い。少なくともこの地域では雲が晴れた事はない。

 

 

「ねぇ。……イブサ!」

 

 

 呆けていたイブサの意識が、アリアの呼びかけに引き戻される。彼女は彼の前にしゃがんでいた。

 

 彼女の手にはドライバーが逆手で握られていて、その足元には砂に掘られた英語のA~Zまでが歪に羅列されている。

 

 

「早く!次の読み方教えてよ!」

 

 

 イブサの足を揺すりながら急かす彼女の右手のドライバーから砂がサラサラとこぼれ落ちる。

 

 

 ―――三つ目は、彼女が読み書きを教えて欲しいと頼んできたことだ。

 

 以前の保護者は大した教育をしていなかった様で、アリアの強い押しに断り切れずに結局教えることになった。

 

 

「これは、G」

 

「ジー?」

 

「あぁ。ガンダムの頭文字もこれだ」

 

「ジーなのに?ガ?何で?」

 

 

 小首を傾げながら質問してくる。

 

 

「……続きはまず他を覚えてからだな」

 

「えー気になる!」

 

「知りたかったら続きに戻ろう」

 

 

 ある程度教えて、詳細は後に回す。この教え方が彼女に有効だということはここ数日で学んだ。

 

 ふくれっ面をしながら文字へと向き直る彼女を見ながら、溜息をついた。

 

 ここ最近、自分の立場が変わっている様な感覚に疲れていた。

 

 退けるべき障壁と戦闘する数が比例して増えたことによる肉体的疲労、自分の知識を他人に教えるという慣れない行為から発生する精神的疲労。

 

 以前にも増して疲れを感じる日々だ。

 

 

「そう言えば、保護者の人は字は教えてくれなかったのか?」

 

「……全然。字だけじゃない。何も教えてくれない……」

 

 

 アリアの声が徐々に小さくなる。寂しげな彼女を目にするのは初めてだった。

 

 何となく気まずくなりながら、話を続ける。

 

 

「……その保護者の手掛かり、まだ見つからないんだ」

 

「もういいよ。探してくれてありがとう」

 

 

 声のトーンが元通りになった。いや待て、元通りの声で言う台詞ではなかった気が。

 

 

 

「何でさ、帰りたくないのか?」

 

「だって―――」

 

「おい、そこのお二人」

 

 

 アジトの方から聞こえる声に二人が振り向いた。缶詰を両手に一個ずつ握ったランディだった。

 

 

「そろそろ食っとけよ」

 

「あ、あぁ」

 

「はーい!」

 

 

 反射的に返事をしていた。続いて少女の元気な返事が聞こえたかと思うと元気に走り出す。

 

 余り話したくないとでも言いたげな風体だ。深く詮索しても拒否されるだけかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 缶詰の上から縁へとナイフを差し込み切り開いて、蓋を捲りあげる。

 

 その中に詰められた合成肉が姿を表すと、それを見つめるアリアの目が輝き出した。

 

 イブサ、ランディ、アリアの三人は折り畳み式の簡素なテーブルと椅子で構成された食卓に座っていた。

 

 場所は格納庫の隅である上に隔壁を閉鎖していない為に吹きさらしだ。

 

 

「ほらよ」

 

「ありがとう、ランディ!」

 

 

 ランディが開封した缶詰を隣で受け取ると、アリアは一目散にフォークを肉に突っ込み口に運び出した。

 

 ランディも同じ方法で開封したもう一つの缶詰から汁に浸された肉を食べ始める。実際には植物の遺伝子を組み換えて作られたものであるらしく、本物の肉ではない。

 

 一方イブサは、缶詰に一切手を触れずに頬杖をついて俯いていた。開封すらしておらず、食欲を感じられないその姿にアリアが疑問府を浮かべる。

 

 

「食べないの?美味しいよ?」

 

「ん、あぁ」

 

「考え事か?」

 

 

 パッとしない返事にランディが割り込んだ。

 

 

「あぁ、オーガスの事で」

 

「アレの事?」

 

 

 彼らの背後に佇んでいる機体を見上げた。カメラアイは影に包まれており、静かで動き出す気配は無い。

 

 

「あれから三度戦って、勝手に動き出すことは無かった……」

 

 

 気に掛けていたのは、勝手に動き出す条件だった。

 

 MI社からの任務を終えた後日に行われた戦闘では、オーガスが暴走を起こす事は無かった。

 

 

「俺たちが来た時にはもう暴走してたから、俺には分からないな」

 

 

 そう言うランディは当然、その隣で話を聞いたつもりのまま肉を貪っているアリアにも分からないのは確実だろう。

 

 

「アレが起きた時の共通点……」

 

 

 暴走した二回の戦闘を思い出す。

 

 

「……そうだ、ある程度ダメージを受けていた」

 

「確かに会社からのアレ以降は無傷だったな」

 

 

 ランディの証言もあり、イブサの中で説が確信に変わる。

 

 

「だとしたら、これからの戦闘ではなるべくダメージを負わずに戦った方が良さそうだな」

 

「好き勝手やられてぶっ壊れたらたまらないからなぁ」

 

 

 暴走時のオーガスは自身が操縦するよりも戦闘力が高いことをイブサは理解していた。

 

 しかし戦闘スタイルが違う以上、理想と真反対の動きをする可能性も大いにある。

二回とも案外賢い戦法ではあったが、今後どう動いて何をやらかすやら気が気でない。今この瞬間、突然動き出さないものなのかと内心怯えることもある。

 

 アリアが会話に割り込んできた。

 

 

「ていうか、戦わなければいいんじゃないの?」

 

「自分からは戦ってない。なるべくはだけど」

 

 

 イブサの言うことは事実である。彼は正当防衛以上の不要な戦闘は今までほぼ行っていない。

 

 

「じゃあ、こないだのMIさんのお仕事は何でやったの?」

 

「金が無かった。あの仕事をやってなかったらこの飯は無かったさ」

 

 

 アリアはぎょっとした顔で空の缶詰めを見る。既に中身は完食済みだったようだ。

 

 食事ができることへのありがたみを覚えたアリアは手を合わせて覚えたての礼をし出した。

 

 

「ご、ご馳走様でした……」

 

「礼をされる程じゃない。戦わなきゃ、生きられないから」

 

 

 そう呟くイブサの眼前に置かれた缶は、未だに手付かずだった。心ここにあらずと言った面持ちで、缶を見つめると言うよりも偶然その方向に視線が置かれただけ。それを見たランディが、イブサの胸を軽く叩く。

 

 

「―――っ、何だよ……」

 

「食っとけ、生きるんだろ」

 

 

 いつも通りの笑顔のランディ。コイツの気楽さは何処から来るのかと言う疑問は晴れたことがない。

 

 あぁ、と返事をし、缶に手を伸ばそうとする。

 

 

 やっと取り戻しつつあった食欲、それを遮る様に外から爆発音が響く。

 

 アジトより数メートル先の前方から粉塵が舞い、僅かにアジト内へと舞い込む。

 

 

「……!?」

 

 

 イブサは舞い込む粉塵から腕で顔を守りつつ、食事に手を付けないままオーガスの下へと駆け込んだ。

 

 

「イ、イブサ!?」

 

 

 アリアの声にも振り向かずオーガスに乗り込む。ランディは彼女の手を引いて廊下へと続くドアへ走る。残った缶の中身に砂が入ったことを嘆いている状況ではない。

 

 

「奥に隠れるぞ!直撃したらたまったもんじゃない!」

 

 

 二人がドアの奥へと隠れるとほぼ同時にオーガスが起動し立ち上がる。

 

 

「ここまで嗅ぎ付けられたか……っ!」

 

 

 舌打ちをしつつ操縦桿を倒し、歩を進める。アジトを出て、粉塵を振り払う。

 

 煙の隙間から正面数キロメートル先に、一体のMSが立っていた。

 

 

「アイツの仕業か……」

 

 

 機体はGエグゼスの改修機。

 

 カメラアイはゴーグル型に、補修の跡らしき装甲が各部に左右非対称に貼り付けられ、紅白色に塗り分けられていた。四肢はグレイズの手足で補われているが、一番の特徴は背部に背負った一対のキャノン砲だろう。

 

 

 その砲口から立ち込める硝煙が、先程の攻撃の正体を告げる。

 

 しかし、次弾が放たれる気配は無い。既にお互い最低限致命傷を与えられる距離に違いないのだが、相手は一切の戦闘行動を行おうとしない。

 

 

「どういうつもりだ……?」

 

 

 罠や搦め手を危惧したイブサも、迂闊に手を出せないまま佇む。ビームライフルの銃口を向け、反応を伺う。

 

 回避行動、反撃、またはその予備動作、防御、考え得る次の動作をキャノン装備のMSは行わず、代わりに機体から突然男性の声が響く。

 

 

「イブサって奴はお前だな?」

 

「奴の声……?そいつがどうだって言うんだ?」

 

「惚けても無駄だ!赤いグレイズを退けんのは有名人ってことだ!」

 

 

 名前まで知っているとは意外だった。こんな様に声を掛けてくる奴は初めてだ。

 

 

「機体が目的なら、俺はアンタを殺す」

 

「ガンダムか、そいつはどうだっていい。俺の目的は女だ」

 

「女……?」

 

「そうだ。お前の所にいる奴だ」

 

 

 アリアのことであろうとイブサは直感する。そもそもそれ以外の心当たりは無い。

 

 

「知らなくは無い、だがどういう関係だ?」

 

「お前に言う必要は無い!いいから渡せ!」

 

 

 わざわざアリアを狙うのなら関係性はありそうだが、そんな言い草で渡す気は起きない。声は若いが人売りだったとしても可笑しくは無いし、仮にそうだったとしても譲るのは癪に障る。その生き方の存在もそれを行う理由にも納得はできるが、人として関わってきた彼女を売り物として返却するのは良心が傷む。

 

 

「上から目線は気に入らないな」

 

「んだと……!?」

 

 

 短気らしい相手は頭に血が上った様で、手にしたライフルから実弾を発砲する。アジトに危害が及ばないように、あえてシールドで弾丸を受ける。

 

 その瞬間、Gエグゼスは至近距離まで接近し殴り掛かる。拳もシールドで受け、そのままパワー勝負が始まる。

 

 

「このエグゼスキャノンでぶっ飛ばす!」

 

「コイツっ……!」

 

 

 

 パワーは互角の様だが、バーニアを吹かしたエグゼスキャノンにオーガスが若干押されかけていた。

 

 強く踏ん張った反動で地が沈む。怒り任せの割に背中のキャノンを使う様子が無い辺り、オーガスも持ち帰るつもりなのだろうか。

 

 

「負けるか……!」

 

 

 イブサはフットペダルを強く踏み込み、背中のバーニアと脚部のスラスターが青い火を放つ。

 

 推進力は段違いだったようで、エグゼスキャノンがパワー負けし始めた。

 

 

「何だってっ、押されてんだ!?」

 

 

 エグゼスキャノンの操縦者は突然のパワー負けに驚愕する。

 

 遂にはオーガスはホバーする形でエグゼスキャノンを押し出し、弾き飛ばした。だが間一髪転倒を回避し着地したエグゼスは、勢いを付けて再び殴り掛かる。

 

 再びガードし、先程の押し合いと同じ状態になった。

 

 

「渡せっつってるだろ、この野蛮人!」

 

「誰が……っ!」

 

 

 此方が言いたい台詞を奪っていく怒号に、イブサは集中力を削られていた。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 アジトの奥の扉が僅かに開く。その隙間から、ランディが外の様子を確認する。

 

 アジトの軒先で格闘戦を繰り広げる二機のMSが見えた。 オーガスが相手を押し始めている。

 

 

「あのキャノン付き、何でキャノンを使わないんだ?」

 

 

 疑問に思ったランディが発した呟きに、アリアがぴくりと反応する。

 

 

「きゃのん……?」

 

 

 その単語には聞き覚えがあった。ドアの隙間から戦闘を覗いた途端、面喰ってしまう。

 

 

「あれって……!」

 

「お、おいアリア!?」

 

 

 背後から声を掛けるランディに構わず、ドアを開け放ち二体のMSの戦場へと向かって行った。

 

 

 あの赤と白のMSは―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘の方はオーガスが優勢になり、アジトからも徐々に遠ざかりつつある。

 

 機体スペックの差に加え、相手が最大の武器であるキャノンを使わないのが要因であろう。直情的な攻撃はワンパターンで、イブサ自身も負け筋は考えられなくなった。

 

 

「クソぉ……っ!」

 

 

 エグゼスキャノンも必死に抵抗するが、それも虚しく殴り倒される。起き上がろうとするエグゼスの胴体に、オーガスがライフルを突き付けた。

 

 

「帰るか、死ぬか、どっちだ……!」

 

 

 イブサが相手を冷ややかな目で見下ろし告げた。アリアの知り合いかを考慮しての容赦だった。

 

 

「……どちらも、有り得ねぇ!」

 

 

 存外速い回答と共にエグゼスのカメラアイが発光する。

 

 刹那、二門のキャノン砲が射角を合わせ、砲口の底から光が漏れ出す。

 

 

「!?」

 

 

 焦ったイブサがホバーで機体をバックさせ始めたと同時に、放たれた砲弾が眼前を掠めた。

 

 回避の為に彼我の距離が空いたことで、起き上がって戦闘態勢に戻る時間を与えてしまった。

 

 

「今のを避けたか、やるじゃねぇか」

 

「っ……!」

 

 

 反応が遅れていたらと思うとゾッとする。イブサは覚悟を決めた。

 

 

(あれが直撃したら致命傷は間違いない。だったらやる事は一つ……!殺られる前に――)

 

 

 ビームライフルを相手へと構え、照準を合わせる。足元へと近付く少女に気付かないまま、殺気を込めた閃光を敵へと放った。

 

 アリアは、オーガスより数十メートル前まで近付いていた。エグゼスと銃撃戦を開始した機体を操る少年へと、アリアは声を張り上げる。

 

 

「イブサ!待って、そのMSは!」

 

 

 あらん限りの力を振り絞って声を飛ばすが、厚い装甲と機械に覆われ、敵から発せられる銃声に集中していたイブサには届かない。

 

 弾丸を防御していたオーガスに、攻撃を潜り抜けたエグゼスがタックルを仕掛ける。二体の巨人が大地に倒れ込む衝撃に煽られ、アリアも転倒してしまう。

 

 目を開けると、オーガスの横顔が彼女の真正面に位置していた。見上げた先には、オーガスにのしかかって左腕にナイフを握ったエグゼスキャノンが見えた。

 

 

「!」

 

 

 ナイフを突き立てる巨人の迫力と眼光は、その場から動けなくなるだけの恐怖を刺し込んできた。

 

 今すぐ立ち上がりたい気持ちに反比例して、身体の震えが止まらない。涙腺の制御が効かなくなっていたことに気付かないまま、手足の末端から視界までが動かない。

 

 

 エグゼスの操縦者は完全にオーガスしか眼中に入っていない様子で叫ぶ。

 

 

「この野郎!」

 

 

 逆手で握ったナイフがオーガスの頭部へと振り下ろされる。

 

 ライフルを腰にマウントしていたオーガスは、右手でナイフを握る拳を掴み、刺突を何とか阻止する。あと少しでも遅かったら、頭部を貫かれていただろう。

 

 

「くっ……!」

 

 

 イブサはトリガーを押し込み、頭部バルカンを作動させる。

 

 強い音波とマズルフラッシュがアリアを苦しめ、大半の弾が装甲に弾かれる内数発がエグゼスのゴーグルを欠いた。

 

 ゴーグルの破片がアリアの周囲に零れ落ち、彼女は続けて悲鳴を上げる。

 

 間近から放たれたその悲鳴は、オーガスの集音器を伝いイブサへとようやく届けられる。

 

 

「……アリア!?」

 

 

 左側のモニターが、座り込む彼女をズームアップする。何故ここに?

 

 少女へと思考を向けてすぐさま強い熱源反応がアラートになり、視線を正面へ誘導する。エグゼスは構わずキャノン砲を再びオーガスの頭部へと向けていた。

 

 このまま発射すれば確実にアリアは塵も残らない筈だ。この瞬間、自身の覚悟によって忘却していた目前の相手の目的を思い出す。

 

 

「正気か、コイツ……!」

 

 

 イブサは怒りを覚え、操縦桿を押し込む。

 

 ナイフが握られたエグゼスの左腕を引っ張り込み、強制的にナイフを地面に突き刺させる。

 

 

「何!?」

 

 

 バランスを崩したエグゼスの脇腹に左腕でラリアットを叩き込み、右側に退かした。衝撃でナイフは刺さったまま放られ、これで近接攻撃の手段も一つ剥いだ。

 

 今度は起き上がったオーガスがエグゼスを見下ろして、ビームライフルを突き付ける。即座にキャノン砲が向けられるが、すぐさま砲口にシールドを押し付けて対応。盾一枚と引き換えにこの大砲一対を無力化できるのは悪い結果ではない。残りのライフルもオーガスには大したダメージを与えられない。隠し玉でも無い限り、今度こそチェックメイト。

 

 

「これ以上抵抗するなら俺は撃つ」

 

 

 最終警告。ライフルを向けようがナイフに手を伸ばそうが、それは抵抗と見なす。

 

 何度か風の音が過った頃、エグゼスはライフルを手放し、キャノンの砲口を逸らす。参りました、と言った様子だ。

 

 

「……形勢逆転ってやつか」

 

 

 操縦者が諦めた様子で呟く。随分と時間を掛けて頭を冷やしたようだ。

 

 イブサは呆れた様子で語りかけた。

 

 

「もっと早く諦めて欲しかった。お前の自慢らしいキャノン砲で彼女が吹き飛ぶ所だったぞ」

 

「彼女?」

 

 

 オーガスが見下ろす方向へとエグゼスも顔を向ける。目を腫らしたアリアが座り込んだままエグゼスを見つめ返しているのが見えた。

 

 

「あっ、アリア!」

 

 

 操縦者が叫んだ直後にエグゼスのコックピットハッチが開き、バイク用のヘルメットを被った少年が飛び出した。高身長の少年はヘルメットを脱ぎ捨て、アリアの元へと駆け寄る。

 

 呆気に取られて連れ戻すまでに幾ばくか至らなかったランディも追い付き、アリアとそれに駆け寄る見覚えのある少年を目にする。

 

 

「あのヘルメットと体格……あの時のバイクの奴か」

 

 

 以前町に来た途端に、委託任務の行き先を尋ねていた少年だ。

 

 

「何が目的なんだ……?」

 

 

 

 

 

「おいアリア!今まで何処ほっつき歩いてた!?」

 

「それはこっちの台詞で――」

 

「いいや!こっちのだ!出てったのはお前!だろ!」

 

 

 出任せな言葉で対抗しようとした少女を少年は上から食い気味に責め立てる。

 

 イブサはオーガスから降りて唖然とその様子を見ていたが、我に返って質問する。

 

 

「アリア、説明してくれ」

 

「えーっと、ね……」

 

 

 イブサに支えられながらよたよたと立ち上がるアリアは少年を指差しながら、彼の素性を明かした。

 

 

「保護者、です……」

 

「―――は?」

 

 

 イブサは驚愕した。保護者と言うのだから青年から中年程の人物を想像していたからだ。見た目だけだと身長差のある兄妹にしか見えない。いや、前例を見たことがない故の偏見かもしれないが。

 

 そんなイブサの困惑も余所に、保護者が自己紹介を始めた。

 

 

「俺はカイル・グレース。まぁ、コイツの保護者だ」

 

 

 名前なり、バイクなり、何ならMSだって所持しているのに、特徴を一切教えなかった"保護され者"を睨み、何故かと問い質す。

 

 

「だって、『俺は親でも兄妹でも無いんだ。他人に紹介する時は保護者って呼べ』ってやたら言うから……」

 

 

 はぁ、としか言えなかった。この薄い内容を広げられる語彙は無いまま、本命の真偽に迫る。何故はぐれたのか。

 

 

「だって、ずっとお部屋に閉じ込めて外の様子なんて全然見せてくれないんだもん」

 

「外を見たくて自分から脱走、帰りたくないから保護者探しに消極的だった、と……」

 

 

 この空気でそれでも深刻な内容を予想しようとしていた俺が馬鹿だった。呆れに呆れ、深く吸った空気も溜息にすらならないまま肺に補給される。

 

 こんな無関係の家庭事情に振り回されていたと思うと、この一週間は何だったのかと自問してしまう。確か彼女が飲み込んでいった分の食事は俺が命を張った結果から成り立っていた筈なのだが、事の重さがこうも不平等だと不満の意が絶えない。

 

 そんな意が堂々巡っている内に次第に顔に出ていたのだろう。こちらの表情を伺ったカイルから同情の眼差しが向けられる。

 

 

「なんか、色々悪かったな……。」

 

「あ、あぁ」

 

「すまなかった。オラッ、帰るぞ!」

 

 

 最初の短気な印象からは想像し難い謝罪からは「申し訳ない」と心から思っていることを感じさせる。

 一方のアリアは無理矢理手を引っ張られるが、強く抵抗。

 

 

「いーやーだー!」

 

「何でだよ!何が不満だ!」

 

「イブサもランディも、私を色んな所に連れてってくれる!カイルは閉じ込めるから嫌!」

 

 

 彼女の意思は揺るがないが、その足は次第に引き摺られていた。

 

 

「アイツの何が好きで……―――!」

 

 

 言葉の途中でイブサに目を向けたカイルがハッとなって硬直する。握力が緩まったことでアリアは脱出し、イブサの背中へと隠れた。

 

 カイルはそれにも構わず、手を口元に添えて何か考えている様子だった。ブツブツと小声が漏れている。

 

 

 待って欲しい。おい、待てよ。

 

 

 嫌な沈黙の後、カイルがアリアに向き直って告げる。

 

 

「分かった!ソイツの所に居てもいい!」

 

「本当に!?やった!」

 

 

 その次にカイルは、飛び跳ねるアリアと正反対に顔をしかめたイブサに宣言した。

 

 

「但し!俺らもここに残る!」

 

「へ……?」

 

 

 アリアもキョトンとしていたが、誰よりも驚愕していたのは―――

 

 

「―――は?」

 

 

 アリアよりも二秒以上反応が遅れたイブサだった。

 

 正直身構えていたよりも更に酷い事態になってしまった。最悪彼女がここに残るかもと。飽き足らずに目の前の短気男が付いて来るとまで考えていなかったイブサは戸惑いながら詰問する。

 

 

「どういう事だ?何でそうなる?というか―――」

 

「話は後で!それより―――」

 

 

 掌を突き出し、話を遮ったカイルが後方へと振り向く。

 

 

「そろそろ俺の仲間が来る」

 

(そう言えば"俺ら"って……)

 

 

 先程の台詞を読み直し、悪寒。

 

 地平線から何かメカらしきものが迫る。接近するに連れて徐々に姿が見えてきた。

 

 人型では無く、先端に砲口を備えたバイクの様な見た目で、装甲は橙色。中央のMSが一体搭乗出来そうなスペースを挟み、後方にはブースター。

 

 

「あれは……」

 

「メガライダー。俺らの拠点だ!」

 

 

 保護者が見つかったのに面倒事が減るどころか更に増えていく。イブサは頭を抱えながら顔を真上へと向けて呟いた。

 

 

「放っておいてくれ……」

 

 

 疲れを纏った小声が曇った空に弱々しく放たれ、メガライダーのエンジン音に搔き消されていった。

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