機動戦士ガンダム LostCentury   作:Gust/81

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ワンアーム隊、前へ(前編)

下手に目立たず、静かな空気を保ってきたアジト。これまで襲撃も無く、喧騒と無関係だった家。僅か数時間前まで、イブサの拠点はそんな場所だったのだが。

 

 

「オラッ、戻るぞ!」

 

「いーやーだー!」

 

 

 抵抗する少女とその手を引っ張る少年の叫びが響く。一歩引いた位置でその様子を見ていたイブサがどれ程のストレスを溜めているかなど全く気にも留めない。

 

 

「お前の部屋はあっちだろうが!」

 

 

 カイルが指差し乗機た先には、軒外に駐機されたメガライダーがある。彼の乗機エグゼスキャノンもそれに跨って待機していた。中にある程度の居住施設があるらしく、彼らはそこで生活していたらしい。

 そもそもアジトが入ってすぐ格納庫なのだからそこに駐機するべきなのだろうが、信用ならないまま他人のMSを格納するのは正直後が怖い。

 だからと言って軒先で存在感を放出されては目立って仕方が無いのが面倒で、すると今度はメガライダーの面積が大きな問題になってくる。格納庫の一部は生活空間として使っており、襲撃直前に食事していたのもその一角だ。その領域を堂々と侵すに飽き足らず景観――と言うよりも敵の接近を目視できるだけの視界――と機体と車両の出入の邪魔になるのは明確だった。

 

 ここまでの説明をしてカイルを納得させるまでの時間に比例して蓄積していたイブサのストレスは進行中である目先の喧嘩によって継続して膨れ上がっていたのである。

 

 

「あっちで寝る!」

 

 

 アリアが指差した先は、アジトの奥にあるドアだった。

 

 そのドアの先には彼女が既に四日間は就寝に利用していた部屋がある。確かに使って良いと言ったのはイブサ本人だったが、旅客が自宅を目の前にして帰宅拒否しているこの状況は解せない。

 

 

 

「イブサからも何とか言ってよ!」

 

 

 突然の飛び火が仲裁に動く為のエンジンを稼働させた。このまま喧嘩が夜中まで続こうものなら眠れたものでは無い。イブサは両者の間に割って入る。

 

 

「……手を放せ」

 

「うるせぇっ!お前に何の権利が―――」

 

「ここは俺らのアジトだ」

 

「……ッ!」

 

 

 カイルは眉間にシワを寄せ、イブサを強く睨んだ。彼の言いたいことは理解できていた。厄介を持ち込んだのはこちら側で、一瞬でも殺し合った相手と生活することに対する心痛は一度想像さえすれば理解できるつもりだった。

 

 ただ、カイルは短気だった。自分でも制御が難しいレベルで。高圧的な態度を取る権利が相手にあっても、性格がそれを嫌悪し、拒絶し、排除したくなる。

 

 それが原因でアリアすら殺しかけた事実をふと思い返したカイルの頭は通常より素早く冷却され、睨み返すイブサにそれ以上は言い返さずに舌打ちした。

 

 

「……勝手にしろよ」

 

 

 アリアは手を放されるやいなや、即座にイブサの背に隠れた。そんな彼女を睨む目を俯かせてその場を離れるカイルに、メガライダーから出てきた長髪の少年が合流した。

 

 

「兄貴!どうなったんすか?」

 

「……あっちのが良いとさ」

 

 

 もう一人の少年に突き放す様に言うと、カイルはメガライダーへと入っていく。

 

 呆気にとられてカイルを目で追っていた少年はイブサたちの視線に気付くと、慌てて姿勢を正し自己紹介した。

 

 

「あっ、俺、ロイ・ハーディっす!えっと、よろしく、お休み!」

 

 

 名前と遠回しに会話下手を晒しながら、ロイは逃げる様にメガライダーへと引き返した。カイルの様子を見て今の上下関係を把握したようだ。

 

 彼らの姿が見えなくなってから、アリアはホッと溜息をつく。

 

 

「止めてくれてありがとう、イブサ」

 

「うるさいのが嫌だっただけだ」

 

 

 何より彼らに対して下手に出たくなかったというのもある。イブサはまだカイルの一割程しか知れないが、あの高圧的な態度にまともな分別は期待できないという結論だけは確立していた。

 

 無理に引き剝がそうとして、またあのキャノン砲が無差別に火を吹くのも良くは無い。同伴は認めつつ、余計な勝手は認めない程度に抑えておこうと考えていた。

 

 そんな思慮疲れからか、眠気が強くなる。この疲れも全ては背後で大欠伸を漏らす小娘が帰れば決着するのだがと不服に思いつつ、イブサはアジトの奥へと歩き出した。

 

 

「俺も寝るわ。アリアも早く寝とけよ」

 

「うん」

 

 

 後に続くランディに返事をして途中まで付いて行くと、前の二人がドアを開け入っていく間に彼女はある物に気付いた。

 

 格納庫の隅に置かれたテーブルの上に未開封の缶詰めが一つ残されていたのだ。

 

 

「これって……」

 

 

 テーブルに近寄り缶詰めを持ち上げて観察する。

 

 語学力に乏しいアリアには、M・E・A・Tという大きい文字が並んでいることと、微かに砂埃を被っていること以外は読み解けない。

 

 もう一つ確かに分かるのは、これを放置していたのはイブサだということだ。

 

 食べようとした直前にカイルが襲撃を掛けたことで一目散にオーガスに飛び乗った彼は、状況が落ち着いたにも関わらずまだ食事を摂っていなかったらしい。

 

 砂埃を小さい手でトントンと叩き落とすと、イブサに届けようと彼の部屋の前まで向かった。

 

 

「―――ねぇイブサ、起きてる?」

 

 

 ―――返事がない。

 

 もう寝てしまったのだろうか。

 

 様子が気になって仕方が無かった彼女は、こっそりとドアを開け、部屋を覗き込む。簡素な机の上に置かれたランプの微かな光に、椅子と傷んだベッドが照らされている。

 

 しかし部屋には彼の影も形も存在していなかった。

 

 

「……イブサ?」

 

 

 

 


 

 

 

 

 ふと、イブサは自身の脚が自室を無視して歩いていたことに気付いた。後ろを振り返ると、丁度ランディが自分の部屋に入室したようで、姿が見えないアリアも恐らく部屋に入ったのだろうと考えた。

 

 爪先の方に向き直り、あの場所へと歩く。無意識に足が向いた時だけ向かう場所へ。

 

 寝室が三部屋並ぶ廊下の突き当り、そこから右、更に左へと行った奥の部屋。そのドアをくぐった先へ。

 

 電灯が切れた廊下の暗さがその部屋のランプの光を引き立て、部屋の真ん中に安置された物体を照らしている。あちこち歪んだ長さの違う金属板をロープで縛って作られた十字架が、光を鈍く反射していた。

 

 十字架は大箱に立てかけられて括り付けられており、箱は一人用の机程の大きさだ。

 

 

「最近、周りが騒がしくなってきたんだ」

 

 

 イブサの口から、普段よりも微かに明るい声が絞り出された。

 

 

「ランディだけで充分うるさいのに、三人も増えたんだ。それと――」

 

 

 口角を震わせながら、物言わぬ十字架に語り掛け続ける。乾いた笑いを吐き出しながら、語り掛け続ける。

 

 言葉の整理なんてしていなかった。最近起こった出来事を、ただ伝えたかった。

 

 

「――だから、何だ……って。……それは、そうか」

 

 

 声を発してから三分が過ぎて、ちらついた現実の影にようやく目が冴えた。

 

 十字架には思考する脳も、返す言葉も無いことは分かっている。それでも今は、明るく振る舞ってでも話したかった。

 

 それでも、箱にこびりついた赤黒い錆が冴えた目を引き付ける。

 

 

「―――分かってる、ごめん」

 

 

 全ての表情筋から、力が抜けていく。

 

 十字架に描かれた歪な文字列、"トウドウ・ダイゴ"の文字から目を逸らすと、イブサは部屋から離れていった。

 

 寝室に戻ると、机の上に缶詰めが一つ置かれているのが見えた。

 

 

「これは……」

 

 

 そういえば昼間、食べようとして食べれなかったことを思い出す。今の今まで忘れていた。

 

 

「ランディ……の仕業じゃなさそうだな」

 

 

 多分、アリアだろうと察した。同時に懐かしい感覚にも襲われた。

 思い返そうにも記憶は曖昧で、何かに締め付けられたかのように胸が傷む。ただ、聞きたかった声は少しだけ聞こえた気がする。嬉しくは無かった。

 

 押さえられ、握りしめられたコートが左胸を中心に(しわ)を広げた。

 

 縛りを無理矢理裂くように机上に放されていたナイフを缶に突き刺す。同時に声は聞こえなくなった。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 翌朝、イブサ達はランディのトレーラーに揺られてノアルへと向かっていた。荷台にはオーガスが鎮座している、既に見慣れた光景と言っていいだろう。

 

 ただ一つ、違った部分といえば―――。

 

 

「アイツらも着いてくるのか……」

 

「しかも俺のトレーラーより速いとはな……。まぁ機種が違うから当然っちゃ当然だが……」

 

 

 トレーラーの前を駆けるメガライダーを見やる。傍から見ればメガライダーがトレーラーを先導している様だ。MS運搬用トレーラーの馬力でも戦闘機動を目的とした兵器のバーニアの推進には敵わない。

 

 そんな時、ランディの表情にイブサは少し違和感を感じた。ニヤついてはいるがいつもより眉間にシワが寄っている気がする。

 

 

「……先を越されるのは気に食わないのか?」

 

「あぁ、いや……」

 

 

 ハンドルを握る力を強め、ランディが答える。

 

 

「だってよ……あんな速ぇマシン乗りてぇに決まってるじゃんよ……!」

 

「あぁ……」

 

 

 血が疼いていただけらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一番乗りにノアルへと到着して検問を受けそうになったカイルを(一応)仲間であると説明し、イブサらは町へと入った。

 

 

「何で自警団相手に強気で反攻してるんだよ……」

 

「『止まれ!』とか言うからだ!口の利き方ってもんがあるだろうが!」

 

 

「お前が言うな」と返したくなるものの、更に怒りを買って面倒なことになりそうだったので黙ることにする。

 

 

「とにかく、部品の売却を―――」

 

 

話を改めようとしたイブサに声をかける者がいた。

 

 

「トウドウ・イブサ様」

 

 

丁寧な口調で呼びかける中年の男の服装には見覚えがある。

 

整った灰色の制服を着こなせる人物なら、MI社の社員であろう。

 

後ろにも二人側近が着いている。

 

 

「……はい」

 

「遅くなって申し訳ありません。以前お任せした依頼の報酬のお話に参りました」

 

 

男が軽く一礼しながら告げた。

 

 

「分かりました。じゃあ早速―――」

 

 

そそくさと報酬の話をしようとすると、男が口を挟む。

 

 

「あぁいえ、お手数ですが本社までご同行願えますか?」

 

「……は?」

 

 

思わぬ発言に素が出かけるが、気を取り直して質問する。

 

 

「わざわざ本社に?」

 

「社長が直々に、貴方にお話があると」

 

 

―――あの社長が俺に?

 

あの作戦で何かやらかしたのだろうか……?

 

あの狭い基地で、しかも機体が暴走していたとあらば、戦闘の余波で目的の物資が傷ついた可能性もある。

 

 

そういった非があったのかと考え従うことにした。

 

 

「……分かりました」

 

「待ってくれ!」

 

 

カイルが突然声を上げる。

 

 

「俺らも着いてく!」

 

「あ、兄貴!?」

 

 

ロイは驚愕し、カイルの肩を掴んで反論する。

 

 

「何考えてんだ!?悪い話だったら俺らも巻き添え食らうかも―――」

 

 

「うるせぇ!何でもそうかもこうかもとか言ってたら進めねぇだろうが!良い話と信じて俺は行く!」

 

 

剣幕と怒号に怯んだロイを乱暴に突き飛ばした。

 

 

「仕事の話だったら俺らも仲間として金を貰えるかもしれねぇんだ!なぁ、いいだろ!?」

 

 

そう言って男たちに向き直る。

 

 

何とも身勝手かつ向こう見ずな考え方だ。

 

イブサの中で既に彼への好感度は最低レベルと化していた。

 

 

社員の三人は顔を見合わせると、その中の一人が通信端末を耳へと添えた。

 

部下の二人はその前に遮る様に立ちはだかり、

 

 

「しばらく」

 

 

と、待機を促した。

 

 

2分後、通話を終えた男が前に出た。

 

 

「お待たせしました。同行を許可します」

 

「よっしゃ、行くぞ!」

 

 

軽くガッツポーズするカイルの後ろで不機嫌そうにブツブツと独り言を零すロイ。

 

カイルへの面倒臭いという感情を溜息に込めて吐き出すイブサ。

 

明らかに嫌そうな顔をするアリア。

 

そもそもの事情も知らぬままトレーラーの座席で爆睡中のランディ。

 

 

良いムードであるとは決して言えない空気に、不安感を募らせる社員たちであった。

 

 

 

社員との通話を終えて受話器を置く。

 

アレスは壁一面のガラス越しに空を見上げた。

 

曇っている空の色とは裏腹に、彼の心は実に晴れやかだった。

 

 

「面白くなりそうだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

MI社のトラックと護衛のワンアームに、ランディのトレーラーとカイルらのメガライダーが追従する。

 

イブサは荷台のオーガスの中で、タイヤが石を蹴る振動に黙って揺られていた。

 

通信越しにアリアとランディの会話が聞こえる。

 

 

「会社ってどんな場所なの?」

 

「俺も見た事ねぇから分からんけど、なんと言ってもデカいらしい」

 

「でかいって、これぐらい?」

 

「いや、こんぐらいかも―――」

 

 

そんな他愛の無い会話にカイルたちが介入する。

 

 

「確か、四方に町があるんすよね、兄貴」

 

「あぁ、本社周りは被害が少なかったらしいから―――」

 

 

カイルの話をアリアの大声が遮った。

 

 

「町!?ノアルみたいな!?」

 

「うぁっ、声デカっ!……あんな貧乏人の溜まり場とは比較にならねぇ規模だとか……」

 

 

イブサは参加せずにこれまでの会話を聞き流していた。

 

町への興味は毛頭無く、ただ我が身の行方を考えていた。

 

もし以前の任務で何かミスをしていたという話だったら、報酬の減額や信用の損失による任務への参加禁止等が有り得る。

 

赤いグレイズを退けた身として首を賭けられている以上、弾薬や修理の費用もかさむ筈だ。

 

金が更に必要になってくる時に、一番高額な報酬が見込めるMI社との繋がりが絶たれてしまうのは良い話ではない。

 

 

「このまま首を狩られて金と引き換えられるのは、面白く……ない……な」

 

 

呟く途中で眠気に襲われる。

 

到着まで時間が掛かるという話もあったため、躊躇いなく瞳を閉じて身を任せた。

 

ここで幾ら考えていたところで、結論も出そうにない……。

 

 

 

 

 

―――まただ。

 

身一つで砂漠に立ち尽くす少年は、辺りを見渡した。

 

 

―――居た。

 

 

腹部の装甲が裂けた105ダガー。

 

少年は駆け寄り、機体をよじ登り、裂け目へと近付き、覗き込む。

 

 

「父さ―――っ」

 

 

瞬発的に声が途切れる。

 

そこに居た人物は、いつもとは違っていた。

 

共通点は、血みどろであることだけ。

 

裂け目の中に居たのは、自分と瓜二つの人間だった。

 

鏡像でも映像でも無い、現実と思えないその光景に言葉を失う。

 

 

血みどろの自分が傷をものともしない様に口を開いた。

 

 

「思い出せよ」

 

―――!?

 

 

血を被った瞳が真っ直ぐ見つめてくる。

 

 

「お前にはそんな価値なんて無いんだよ」

 

―――何だ、何が言いたい?

 

「お前は―――」

 

 

 

 

 

 

「―――!?」

 

 

自分が驚く声で目が覚めた。

 

イブサの視界は見慣れていた操縦席に覆われている。

 

 

「―――違う、夢……」

 

 

荒い息を整えながら、瞳に涙が滲んでいることに気付いた。

 

初めての夢だったが、恐怖した訳でも感動した訳でも無い。

 

幾ら考えても涙の理由は分からなかった。

 

 

「起きてるかイブサ?」

 

 

ランディから通信が入る

 

手で涙を削ぎ取りながら、平常を装った。

 

 

「起きてる」

 

「お眠の間にMI社前まで到着だぜ」

 

「あぁ……」

 

 

一同の前に、かつてない程の巨大な建造物が現れた。

 

200メートルは超えているであろう高さの三角柱状のビルが堂々と立っている。

 

その足元を高さ50メートルの長大な壁が覆い、その壁は上から見て八角形を形成している。

 

壁の外は比較的原型を保った都市に囲まれていた。

 

被害自体は見受けられるが、それらは戦後に荒らされた結果のようで、まだ人も住んでいるらしい。

 

八角形の内の四面はMSが出入りできる程の大型の門が備えられており、イブサ達はその一つの前まで辿り着いては、スケールの違いに圧倒されていた。

 

 

「こりゃ驚いたな……」

 

「ええぇ……うそでしょ……?」

 

 

ランディとアリアが思わず口を開けた。

 

オーガスの首元に立ちビルを見上げていたイブサも、二人程では無いが驚きはしていた。

 

 

「これがMIの本拠地……」

 

 

そびえ立つビルを睨みながら呟くと、イブサは改めて腹を括った。

 

文字通り巨大なこの会社が、小さな存在であろう自分達を何の為に呼んだのかがまだ分からない為だ。

 

下手をして怒りを買えば一生がこの八角形の檻の中で終わるかもしれない。

 

ここからは、この先の一生が決まる大事な瞬間なのだろう。

 

イブサは直感でそう感じていた。

 

 

暫く立ち尽くしていたワンアームの前で、門が大きく開いた。

 

そこから本社ビルまでの長く広い道路が現れる。

 

MSが横に7体整列できる程の広さの道を、ワンアームに追従してゆっくりと進んだ。

 

ビルの眼前まで来ると、ワンアームが振り返る。

 

 

「ここで降りろ。何、機体を傷付ける様な真似はしない」

 

 

それぞれ機体や車体から降り、五人は集った。

 

変わらぬ様子でビルを見上げて呆然とするアリアとロイ。

 

一方カイルがイブサに寄って耳打ちする。

 

 

「直接MSで乗り込む馬鹿だと思われてたのか?」

 

「知らない。それ中で堂々と叫ぶなよ……?」

 

 

あの一つの発言でそんな疑いを持つほどの沸点の持ち主であることに呆れつつ、イブサは同じ声量で注意喚起した。

 

そして前を見据えると、ビルの下層である正方形の建物の前に制服を纏った男女二名が立っていた。

 

イブサは真っ先にそこへと歩き出し、残り三名が付いて行き、大欠伸をしていたランディが遅れた。

 

五人が集まると、社員であろう男女二人が緊張した様子で話しかける。

 

 

「よ、ようこそ、マトリクスインダストリーへ」

 

「えー……っと、君が――」

 

「イブサです」

 

 

イブサが食い気味に答えると、社員の二人が少しのけぞった。

 

 

「そ、そっか。何というか、その、今日は遠路はるばる――」

 

「何が言いてぇのよ。とっとと案内しろよ」

 

「カイル……!」

 

 

前にずかずか出ようとするカイルをイブサが制した。

 

その様子を見た社員の二人は冷や汗を増やしながら笑顔を取り繕う。

 

 

「ご、ごめんね。では、案内します……」

 

 

一同は二人の案内を追って社内へと入っていった。

 

その中で働く社員たちは、イブサたちを見るなり聞こえない程度に何か話している様子だ。

色々と噂にされているらしい。

 

廊下ですれ違った社員たちが、気味の悪いものでも見たような目を一瞬向けた。

 

あまり良い噂ではないようだ。

 

イブサがカイルに小声で話す。

 

 

「馬鹿にされていると言うより、気味が悪いらしい」

 

「何が悪いんだ?」

 

「暮らしの違いだろ。この中で殺して生きてるのは俺たちだけだ」

 

 

通された部屋は五席が一対に並べられた応接間。

 

全員が座って待機していると、入ってきたドアと同じドアが開く。

 

 

「失礼いたします」

 

 

そう言いながら入室したメイド服の女性は、イブサも以前目にしたエルザだった。

 

イブサ以外の四人はその美形な容姿に見とれており、特にロイは惚れ具合を微塵も隠せていなかった。

 

彼女がドアを押さえて固定する間に、その前をもう一人の人物が遮る。

 

目立つ金髪と銀色のスーツを纏った社長のアレスだ。

 

 

「すまないね。わざわざ呼び出してしまって」

 

「あれは客への態度じゃねぇよな?」

 

 

机を挟んで反対側に立つアレスに容赦なくカイルが文句を飛ばした。

 

流石に全員が冷や汗をかいたが、アレスは大人の余裕を見せる。

 

 

「案内役については申し訳ないと思っている。君たちの様な者を招くのには慣れていなくてね」

 

「……そうかよ、気を付けろって言っといてくれ」

 

「あぁ、注意しておこう」

 

 

無礼極まりない物言いにもアレスは顔色一つ変えず返答する。

 

エルザは後方にそのまま控え、アレスは真ん中の座席に腰を下ろした。

 

 

「要件を伝えなかったのは、他言無用にして欲しかった為だ」

 

 

アレスは微笑した顔を崩さず本題に入る。対して状況は変化していない筈が、空気が幾分か重くなったのを感じる。

 

声色が先程と微かに変化しているように感じたからだろうか?

 

 

「君たちには、ビジネス的な会話では通じにくいと思う。なので単刀直入に聴こう」

 

 

遂に微笑すらも真剣な表情に塗り替えられる。

 

動じないように努力していたイブサも、机の下で握り拳を作る。

 

他の面々の顔にも冷や汗が見えた。

 

間を置いてアレスが口を開く。

 

 

「君と君のガンダムの力をもっと貸してほしい」

 

「……どういう意味です?」

 

 

張っていた力が少し抜けるのを感じながらイブサは聞き返す。

 

 

「我々が迷惑しているのはあの赤いグレイズだけではない。まだまだ手を焼く不法者が多いのさ」

 

「それらを潰して欲しいと?」

 

「そう言うことだ」

 

「……こちらへのメリットは?」

 

 

ランディが口を挟んだ。そう言いたいのももっともだ。

 

ここまでの話は、MI社に仇なす反乱分子をひたすら叩いて欲しいとだけ言っているのだ。

 

当然タダで請け負う訳にはいかない。

 

 

「……勿論、無償で命を削れとは言わない。君たちにも給料は与えるし、他の望みも可能な限り叶えよう」

 

「他の……。具体的には?」

 

「武器弾薬の補給、機体の整備……、そうだ、我が社にはビーム兵器の技術も残っている」

 

 

その一言にイブサが反応した。

 

 

「ビーム兵器……!」

 

「そう、ビームライフルのエネルギー補給でも任せて構わない。悪くないと思うが?」

 

 

資金は安泰、武器弾薬も補給が効くようになる。

全く悪い話には聞こえなかった。

 

ロイが弱々しく手を挙げながら質問する。

 

 

「あ、あの。それって俺たち……社員になるってこと、ですか?」

 

「その自由は尊重するよ。なりたいと言うのなら今から面接を――」

 

「い、い、いえいえいえ、聞きたかっただけで、その、すいません……!」

 

 

大慌てで手を振りながら拒否し、そのまま萎縮する。

アレスは笑いながらロイに語りかける。

 

 

「いや、いいさ。私の言い方が悪かった。所謂下請けのようなものさ」

 

 

そして次にイブサへと向き直り、問い掛ける。

 

 

「――それで、返事がまだだったか。どうする?」

 

 

アレスの瞳が真っ直ぐ向けられる。

寸分も動く気配の無いまま、イブサを瞳の中心に捉えている。

 

感情がまるで読めなかったが、イブサはその目から微かに圧を感じ取っていた。

 

それは会社と世界の未来の為か、それとも――。

 

 

「分かりました。協力します」

 

 

その一声を聞くと、アレスの肩から力が抜けた。

 

 

「ありがとう。断られるかと思って力を張ってしまった」

 

「……俺も、ここに来た時からそんな調子でしたよ」

 

「改めて、契約成立だ」

 

「よっしゃあ!」

 

 

カイルが無理矢理ロイと肩を組みながらはしゃぎだす。

 

ロイも痛がりながらも喜びを隠せずにいた。

 

すると、黙って立っていたエルザが突然声を放った。

 

 

「社内ではお静かにお願い致します」

 

「あっ、と……えーと、さーせんした……」

 

 

怒られた筈が、カイルにしては素直に従っていた。

 

何故鼻の下が伸び口角が微かに上がっているのか、イブサには理解できなかった。

 

ランディも緊張を解いて一安心していたが、一方アリアはイブサの顔を心配そうに見つめていた。

 

その視線に気付きつつも、イブサは意に介さない。

 

 

「さて、手続きに資料に、色々と進めなければな」

 

 

そう言いつつ立ち上がったアレスは、エルザの方を向き指示する。

 

 

「エルザ、彼らを我が社の誇る騎兵隊に合わせてやってほしい」

 

「ワンアーム隊ですね」

 

「そうとも言う」

 

 

エルザの訂正をいつものように流すと、アレスはドアへと向かう。

 

 

「では、一旦失礼する」

 

 

そう言うと、アレスは部屋から去って行った。

 

 

「それでは、ここからは私がご案内致します」

 

 

エルザに従って、五人も部屋を後にした。

 

相変わらず周囲の社員からの目は冷たかった。

 

イブサやランディは気にしていなかったが、アリアとロイは俯きがちになり、カイルはガンを飛ばし返す始末。

 

その様子に気付いてか、先導役のエルザが歩いたまま突然話し出す。

 

 

「不快な想いをさせて申し訳ございません」

 

 

声色は変わっていないのに、謝罪の意は不思議と感じられる。

 

すぐ後ろを歩いていたイブサが言葉を返す。

 

 

「いえ、気にしてないので」

 

「後ろの方々はお気に障っているようでしたので。それに貴方も」

 

「俺が……?」

 

「読心術は得意ではないのですが、何となく表情筋に力が入っているように見えましたので」

 

「そんなこと……は……」

 

 

イブサは答えることが出来なかった。

 

本当に、自分が視線を気にしているのか分からなかったからだ。

 

 

「そのように思案してしまう時点で、お気に障られたのでしょう?」

 

 

――そうなのだろうか。

 

だとしたら、何が気に障ったのだろう。

 

 

俯いたイブサを一瞥したエルザは歩いたまま、会話を継続する。

 

 

「……確かに、自分の心こそ自身の一番未知なる部分であるものですから」

 

「……」

 

「……少々踏み込みすぎましたか。失礼致しました」

 

 

気を遣ったエルザは会話を中断した。

 

イブサも他の四人も、黙ったまま先導に従って歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本社を一度出て、先程MSで進んだ道路を囲む壁。

 

MSとその搭乗員はその壁内の格納庫に居るようだ。

 

やたらと広かった道路は、格納庫からの出撃のためでもあった。

 

脇に備えられたドアがスライドし、エルザを先頭に入場する。

 

 

「こちらが我が社が保有するMS部隊、ワンアーム隊の第一格納庫でございます」

 

 

イブサたちは内部の光景に目を見張った。

 

 

「こりゃあ凄いな……」

 

 

ランディが思わず声を漏らす。

 

 

片腕をそのまま武装としたMS、ワンアームが三角状の格納庫の中に数十体並べられている。

丁度目の前で整備が行われており、クレーンに提げられた銃型の左腕が本体に接続されている。

 

 

「整備はこの場で、換装用の装備は地下に収納されています」

 

 

イブサはそこに並ぶ一体一体を観察してみた。

 

ワンアームは、左腕を武装した機体もあれば右腕を武装した機体もあり、本体の風貌こそ同じだが多少は個性を感じさせた。

 

しかし、最前列の一番奥に異彩を放つ機体を見つけた。

 

 

「あれは……!」

 

「あぁ、あちらの機体は――」

 

「私の機体か?」

 

 

紹介しようとしたエルザに割り込んで、一人の男が声を飛ばしながら向かって来た。

 

社員と同じ制服こそ着用しているが、左腕に見覚えのない赤い腕章を携えている。

 

 

「あれは私の専用機、ワンアームコマンドだ!」

 

 

男は自信たっぷりに機体を指差す。

 

 

その機体は、首から下こそ量産型と変わらない様子だったが、問題はその首から上だった。

 

その頭部はのっぺらぼうの様な量産機と違い、鋭い目と顎に、天井に向かって尖った一対のアンテナを備えている。

 

それはアンテナの様式こそ違えど、オーガスと同じガンダムタイプに見えるのだ。

 

 

「まぁ、あんな顔をしているから、私専用のガンダムと呼んでも過言ではないな!」

 

「ガンダム……」

 

 

男はあの機体を授かったことが誇らしいようだ。

 

 

「愛機の前に、まずご自分のお名前を名乗ってはいかがでしょうか?」

 

「あ……っと、これは失礼」

 

 

エルザの指摘に一瞬硬直した男は、イブサたちに向き直る。

 

 

「私はこのワンアーム隊の総隊長を務めている、名はクロム・アスだ」

 

 

そう名乗ると、エルザに質問する。

 

 

「社長はこの子供たちに目を付けたのですか?」

 

「はい、社長の人選で間違いございません」

 

「なるほど……」

 

 

腰に手を当て、イブサたちを見やる。

 

 

「君たちのMSは観察させて貰った。あのガンダムは誰が?」

 

「はい」

 

 

挙手したイブサを、クロムは暫く見つめた。

 

 

「ほう……」

 

 

お互いに目を見たまま動く気配が無い。

クロムはイブサを深く観察している様子だ。

 

 

「何の時間……?」

 

「さぁな、俺ならこの間に眠っちまうよ」

 

 

アリアとランディが静かに話した頃、クロムはエルザに向き直る。

 

 

「社長秘書、一つ提案です」

 

「何でしょうか?」

 

「彼と、シュミレータでの対戦を希望したいのです」

 

 

エルザは微かに目を見開くが、すぐに表情を戻して返答する。

 

 

「社長から許可が下りれば可能ですが、何故ですか?」

 

「共に作戦を行う可能性がある以上、実力は見定めねばと思います。何より……」

 

「……何でしょう?」

 

「何より、彼の感情が読めない」

 

 

会ってから表情を殆ど変えないイブサを、クロムは少々不気味に思っていた。

何を思い、何を感じながら戦ってきたのか。クロムはそれを知りたかった。

 

 

「君、名前は?」

 

「……イブサ。トウドウ・イブサ……です」

 

「分かった、イブサ君。君とシュミレータでの勝負がしたい」

 

 

名前を知ったクロムは単刀直入に申し出る。

 

聞きなれない単語を聞いたアリアがイブサに質問した。

 

 

「しゅみれーたーって……?」

 

「MSの戦闘を映像だけで行うんだ。練習用だな」

 

 

あまりピンと来なかったが、アリアは分かったことにした。

 

 

「まぁ、いいですけど」

 

「よし、利害は一致した。社長への許可を!」

 

「かしこまりました」

 

 

エルザは速やかに携帯端末を取り出し、アレスへと繋いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前のドアをくぐると、MSの操縦席が狭い屋内に設置されている。

 

 

「シュミレータ、か」

 

 

――懐かしいな。

 

 

心の片隅で呟いた。

 

座り心地の違うシートに座りこみ、シートベルトを締める。

イブサの"搭乗"に反応してか、スイッチの一つが点滅を始める。

 

スイッチを入れると、モニターが点灯し、起動したことが示唆される。

 

直後、クロムからの通信が入った。

 

 

「聞こえるな、イブサ君」

 

「はい」

 

「対等の条件としてお互い機体はワンアームのN1型。左腕にビームライフルを備えた仕様だ」

 

 

慣れ始めたオーガスとは違う機体。扱えるだろうか……。

 

 

その時、イブサは操縦席のレイアウトを見てあることに気付く。

 

 

「次に操縦だが――」

 

「――いえ、大丈夫です。大体分かりました」

 

「そ、そうか?分かった……」

 

 

クロムは呆気にとられながらも、気を取り直して操縦桿を握りこむ。

 

彼の背後には隊の部下が所狭しと観戦に来ていた。

 

 

「やっちまってください総隊長!」「総隊長なら勝てますぜ!」

 

「何、失望はさせんよ」

 

 

口々に応援する部下に一言答えると、モニターを見据えた。

 

イブサ側の部屋にも、ランディたちの他にも興味を持った隊員の何人かが観戦に来ている。

 

 

「お手並み拝見だな」「どうなることやら」

 

「……」

 

 

全く意に介さないまま、モニターを見据える。

 

お互い、正面に相手を捉える。

 

 

「いざ、勝負だ!」

 

「……!」

 

 

クロムの一声を合図に、双方が正面へと走る。

 

先攻はクロムのワンアーム。

左腕を突き出し、先端のライフルからビームが飛ぶ。

 

対するイブサは、機体を右正面へと跳ねさせ、ビームを回避しつつ右腕で受身を取る。

 

受身を終えて体勢を整えると同時に、左腕のライフルを向け、発射。

 

驚愕しつつ、クロムは何とかその一撃を回避した。

 

 

「直撃コース!?あの動きから……!?」

 

「っ……外した」

 

 

舌打ちしながら、イブサは次の一手に備えようと機体を立ち上がらせる。

 

クロム機がバーニアを吹かしてジャンプすると、上空から数発ビームを浴びせる。

 

 

(こいつは片腕そのものが武装……面倒臭いな)

 

 

慣れない機体の仕様に不満を抱きつつ、イブサは左腕を庇いながら後退する。

この機体の左腕の損失は戦闘力の半減に繋がる。

 

着弾し、巻き上がる爆煙。

 

 

「遅い遅い!」

 

 

尚も連射されるビームによって起こる爆煙に、イブサの機体が飲み込まれる。

 

煙の中に着陸したクロム機は、相手を探す。

 

 

「どこだ……?」

 

 

撃墜判定はまだ出ていない以上、油断は出来ない。

 

突如、クロム側にアラートが鳴り響く。

 

 

反応は――――後ろだ。

 

 

時は既に遅く、クロム機の後頭部はイブサ機の右ストレートを食らっていた。

 

 

「なんと!?」

 

 

受身をどうにか間に合わせ、素早く寝返ると同時にライフルを撃つ。

しかし、その一撃は掠りもせずに空を切った。

 

イブサは無情に、クロム機の胸部にライフルを向け、トリガーを引く。

 

ビームが装甲を溶かし、内部を溶かし、中心から機体が爆ぜる。

 

 

クロムも観戦していた隊員たちも啞然としたままその光景を見ていた。

 

5分にも満たない、刹那の戦いであった。

 

 

(間違いない、操縦はオーガスと同じだ)

 

 

このシュミレータのレイアウトは、オーガスの操縦席とほぼ同じものだった。

機体の違いこそあったが、操作感は殆ど変わりない。

 

そこに違和感を感じたのは、今まで使っていたMSは操縦席にもそれなりに差異があったためだ。

 

不思議に思うイブサにクロムからの通信が入る。

 

 

「見事だ、イブサ君。だが……」

 

 

彼はプライドを傷付けられ、完全に意地になっていた。

 

 

「次はこうはいかん!もう一戦だ!」

 

「……分かりました」

 

 

気怠そうなイブサの応答に、クロムは業を煮やした。

 

 

「絶対に負けんぞ……!」

 

「……長くなりそうだな……」

 

 

イブサはそう呟きつつ、迫る二戦目に向けて気持ちを入れ替えた。




ワンアームN/01型
片腕をライフルアームに換装した機体。
ビームライフルでの中距離攻撃を得意とする。

(後日画像を公開予定)

メガライダー(機動戦士ガンダムZZ)
MSの運搬を可能とする移動砲台。
内部スペースを簡易的な居住区とし、長期的な作戦にも対応可能。

ロイ・ハーディ
カイルと行動を共にする弱弱しい少年。
操縦よりもMSの整備やプログラム面に長けている。

クロム・アス
ワンアーム隊の総隊長を務める青年。
真面目な性格であり、ひたすらに操縦の腕を磨き上げて今の地位に上り詰めた。
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