少年エルフが前衛で戦いながら支援をするのは間違っているだろうか   作:さすらいの旅人

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今回は珍しく長めに書きました。

それではどうぞ!


少年エルフ、豊穣の女主人でキレる

「ほう、ベルが【剣姫】に一目惚れしたのか」

 

「その子がそうするのは自由だけど、はっきり言って無理だね……。相手は他派閥で、ましてや【ロキ・ファミリア】の幹部だし」

 

 ギルドで報告した後、ベルと別れた俺は本拠地(ホーム)に戻り、ミアハ様とナァーザさんに事のあらましを話した。

 

 ミアハ様はベルの恋を応援するも、ナァーザさんは無理だときっぱり言い放つ。

 

「まぁ、確かにナァーザさんの言う通りですね」

 

 正直言って、俺もナァーザさんと同じ考えだった。

 

 ベルの恋路にとやかく言うつもりはないが、それが成就する確率は限りなくゼロに近い。零細【ファミリア】の新米冒険者(ベル)が、大手【ファミリア】の大物冒険者(アイズ・ヴァレンシュタイン)となんて普通に考えてあり得ない。

 

 そう考えると、俺も無理だろうな。俺の初恋の人であるレフィ姉さんも【ロキ・ファミリア】に所属して、【千の妖精(サウザンド・エルフ)】と言う二つ名を持った将来有望な魔導士と噂されている。

 

 レフィ姉さん本人から聞いた話だと、同【ファミリア】でオラリオ最強の魔導士――リヴェリア・リヨス・アールヴ様に直接指導されているとか。俺はうろ覚えだが、その方は王族出身のハイエルフで、多くの同胞(エルフ)達から尊敬以上に崇拝されている。

 

 エルフの俺も当然尊敬すべきなんだろうが、オラクル船団で何年も過ごした事もあって、レフィ姉さん達みたいな考えは持てない。万が一会う事になっても、それ相応の態度を示さなければいけないだろうが。

 

 って、俺の初恋やエルフについては如何でもいい。今はベルの今後についてだ。

 

 知っての通り、俺とベルは(一応)【剣姫】に助けてもらった。なのにベルだけは礼を言わずに逃走と言う恩知らずな行動を取ってしまったので、けじめを付けさせなければならない。

 

 とは言え、彼女に会いに行くとしても【ロキ・ファミリア】は簡単に取次いでくれないだろう。俺とベルは零細【ファミリア】の冒険者だから、理由があっても『【剣姫】に会いたいだけのこじつけを付けた新米冒険者』と片付けられるのがオチだ。

 

 俺がレフィ姉さんに頼んで仲介してもらえば会わせてくれるかもしれないが、あの人がいると何か面倒な事になりそうなので却下だ。この前は惚気と言えるほど【剣姫】について熱く語ってたから、恋してるんじゃないかと思うほど慕ってる感じだ。そんなレフィ姉さんにベルが失礼な事を仕出かしたと分かった途端、ああだこうだと説教するのが容易に想像出来る。

 

 なのでここは、彼女と再び出会う機会が訪れるのを願うしかない。その確率は凄く低いが、少なくともオラリオにいる以上、どこかで会えるチャンスは必ずある筈だ。

 

 ミアハ様達にベルの事を一通り話した後、ナァーザさんが別の話題に切り替えようとする。

 

「ところでリヴァン。稼ぎはどうだったの?」

 

「えっと、今日はちょっとしたトラブルが起きたので……」

 

 そう言いながら持っているバックパックを渡すも、稼ぎが少ない事が分かったのか、ナァーザさんは顔を顰める。

 

「あの子と組んでから、稼ぎが凄く少なくなってる……」

 

「そりゃまぁ、稼ぎはベルと半分に分け合ってるんで」

 

「……リヴァンの実力を考えれば、分け前は8:2で貴方が多く得られる筈……。なのにどうして半々なの……?」

 

「いくら何でも、それは流石に不公平でしょう」

 

 ジロリと睨むナァーザさんに俺は臆することなく言い返す。

 

 今日稼いだ額は約一万ヴァリスであり、それをベルと半分ずつ分け合って五千ヴァリスだ。

 

 まぁアイツも毎回――

 

『こんなに受け取れないよ! 僕は半分以下で良いから!』

 

 ――と言ってた。しかし、俺としてはそんな事をする気はない。オラリオで初めて出来た同性の友達で、公平にしたかったので。

 

 因みにレフィ姉さんと一緒に探索した時の稼ぎは、自分の物となっていた。ただ黙って見ていただけの自分が受け取る訳にはいかない、と言う理由で。

 

「リヴァン、あの子には悪いけど、今後は暫く一人でダンジョンに行って」

 

「ちょっとちょっと、いきなり何言ってるんですか」

 

「そうだぞ、ナァーザ。稼ぎが少なくなったからと言って、それはいくら何でも横暴であろう」

 

 いきなりの団長命令に、俺が眉を顰めながら文句を言うと、ミアハ様も同調して苦言を呈した。

 

 ベルと楽しくダンジョン探索しているのに、それを止めろと言われたら文句の一つも出したくなる。

 

 すると、ナァーザさんは先ずミアハ様に向かって言い放つ。

 

「ミアハ様、ここ最近ポーションを無料で配ってる数が多くなってますね」

 

「う……」

 

 思いっきり心当たりがあるのか、ミアハ様は途端に何も言い返さなくなった。

 

 と言うかミアハ様、ナァーザさんからポーションの無料配布は止めて欲しいと言ってもまだやってたんだ。

 

 まぁ、この方は困ってる人を見過ごす事が出来ない善良な神様だから、それはある意味仕方ないかもしれない。ミアハ様のお陰で助かった人がいるのは事実だし。

 

「し、しかし、それらのポーションは全て私の範囲内で作った物の筈だ。我が【ファミリア】の財政に影響は無い筈だが……?」

 

 確かにその通りだった。俺が稼いだ何割かはミアハ様のお小遣い(ポケットマネー)となっている。ミアハ様が購入した材料はそのお小遣い(ポケットマネー)で済ませているから、店には何の問題も無い筈だ。

 

 ナァーザさんもそれを了承している筈なのに、何故今になってソレを咎めているんだろうか。

 

「最近、材料費も高くなってきてます。それに加えて、リヴァンが稼ぎ頭になってる事を知ったディアンケヒトの爺が、返済金の増額もしてきました」

 

「何だと? 材料費はともかく、返済金の増額など初耳だぞ」

 

 うん、俺もミアハ様と同じく増額については初耳だ。

 

「この前リヴァンとミアハ様が出払ってる時に、あの陰険女がやって来て、そう伝えてきましたので」

 

 陰険女って……恐らく【ディアンケヒト・ファミリア】のアミッドさんの事を指しているんだろう。まだ一度しか会ってないけど、ナァーザさんが言うような人じゃないと思うんだけどなぁ。それをこの場で言ったら、確実に面倒な事になるので口にしないが。

 

 こちらが何を言っても、【ミアハ・ファミリア】が現在火の車と言う事で、結局はナァーザさんの言う通りにするしかなかった。俺は暫くソロでダンジョン探索、ミアハ様はお小遣い(ポケットマネー)減額と言う事で。

 

 だけどその代わり、怪物祭(モンスター・フィリア)が終わるまではベルと一緒に行動させてもらう約束を取り付けた。それを聞いたナァーザさんは了承してくれたので、俺は明日に備えて早めに寝る事にした。

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 俺が事情を説明すると、こちらの事情を察してくれたベルが、『それじゃあ仕方ないね』と笑いながら許してくれた。

 

 なので俺がソロ活動するまでは、出来る限りのサポートをしようとダンジョン探索に励んだ。

 

 それが終わった後、また明日と別れるつもりだったが、突然ベルから食事の誘いをされた。自分とパーティを組んでくれたお礼をしたいと。

 

 気にせず割り勘で払うと言うも、頑なに拒否して自分に奢らせて欲しいと言われたので、その熱意に負けた俺は相伴に預かる事とした。

 

 ベルと一旦別れた後、ミアハ様とナァーザさんに夕飯はいらない事を話した。ミアハ様は『うむ、楽しんでくるといい』と笑顔で言い、ナァーザさんは『……行ってらっしゃい』と稼いだ額を確認しながら少し素っ気ない感じで見送られた。

 

 相変わらず対照的な反応だと思いながらも、本拠地(ホーム)を後にした俺は合流場所の広場へと向かう。

 

 

 

「なぁベル、本当に奢りで良いのか? 俺は割り勘で良いんだぞ?」

 

「大丈夫だよ。リヴァンのお陰で懐に余裕があるからさ」

 

 ベルと合流した後、俺はこれから行く予定の店へと案内される。

 

 案内先は『豊穣の女主人』と言う店だ。ベルがダンジョン探索前の今朝頃、その店にいるシルと言う女性店員から来て欲しいと勧誘されたそうだ。

 

 一瞬、相手を上手く煽てて客引きする悪い店なんじゃないかと不安をよぎった。俺がそう危惧しながら確認してみたが、ベルはそんな店じゃないと否定する。

 

 安心してくれと言われるも、俺にはいまいち信じられなかった。ベルと組んで分かった事なんだが、コイツは凄く優し過ぎる上に、かなりのお人好しだ。騙されている事に気付いていないじゃないかと思うほどの。

 

 もしも悪い店だと判明した際は、俺が力付くでも帰るようにする決意だけはしておこう。

 

 そう思っていると、いつの間にか『豊穣の女主人』と看板が掛けられている建物に辿り着く。

 

 出入り口の扉は開いたままで、店内が見える状態だった。

 

 見るからに繁盛して良そうな感じだ。料理やお酒を振舞う女将さんらしきドワーフの女性に、猫人(キャットピープル)同胞(エルフ)などのウェイトレス達がてんてこ舞いに動き回っている。

 

「ベル、何か緊張してるように見えるけど大丈夫か?」

 

「う、うん。大丈夫、大丈夫だよ!」

 

 声が上擦っている事に気付きながらも、取り敢えずベルと一緒に店に入ろうとする。

 

 すると、ヒューマンのウェイトレスが此方にやって来る。

 

 彼女がベルを誘った薄鈍色の髪をしたウェイトレス――シル・フローヴァさんのようだ。見た目から分かる通りヒューマンで、他のウェイトレスと同様に可愛い女の子だ。

 

「ところでベルさん、そちらの方は?」

 

「あ、紹介しますね。この人はリヴァン・ウィリディス。僕と同じ冒険者です。【ファミリア】は違いますが、一緒にダンジョン探索しているんです」

 

「どうも。見ての通り俺はエルフですが、どうか気兼ねなく話しかけて下さい」

 

 風習を気にしてないようにアピールすると、ウェイトレス――シルさんは満面の笑みを見せる。

 

「分かりました。ではリヴァンさんと呼ばせて頂きますね。それにしても、『ウィリディス』って確か【ロキ・ファミリア】にもいたような気が……」

 

「ああ、それは『レフィーヤ・ウィリディス』の事ですね。その人は俺の従姉です」

 

「ええっ! リヴァン、【ロキ・ファミリア】に従姉がいたの!?」

 

 ベルが全く予想外と言わんばかりに驚いた様子を見せる。

 

「あれ? 言ってなかったか?」

 

「言っていないよ!」

 

 確認するように問うも、ベルが即座に言い返した。

 

 ……言われてみれば教えてなかったな。

 

 すると、ベルが騒いだことに周囲の客やウェイトレス達が一斉にこちらを見ている。

 

「取り敢えず、お席に移動しましょうか」

 

 少し居た堪れない気分になってると、シルさんが此方の心情を察してくれたように席を案内してくれた。

 

 その気遣いに感謝しながら、俺とベルはカウンター席へと座る。

 

 

『ニャ!? シルが人間(ヒューマン)とエルフの少年を連れてるニャ! どっちもミャー好みの美少年ニャ! おのれシル、ミャーを差し置いて逆ハーレムとは良い度胸してるニャ……!』

 

 

 黒髪の猫人(キャットピープル)が俺達を見て何やら不穏な事を言ってるような気がするが……一先ずは無視させてもらおう。

 

 その後、まだ頼んでいない筈なのに、いきなり料理が運び出された。

 

「アンタ達がシルのお客さんかい? ははっ、冒険者のくせにどっちも可愛い顔してるねぇ!」

 

 ほっといてくれ。

 

 俺とベルは口に出さずとも、同じ事を思った。

 

 カウンターから乗り出して料理を運んで来たドワーフの女将さんは、こちらの様子を気にする事なく新たな料理を出してくる。

 

「何でもアタシ達に悲鳴を上げさせるほど大食漢なんだそうじゃないか! じゃんじゃん料理を出すから、じゃんじゃん金を使ってってくれよぉ!」

 

「!?」

 

「はあ!?」

 

 告げられた言葉に度肝を抜かれるベルと俺。

 

 俺達は思わず背後を振り返ると、シルが舌を出しながらえへへと笑いながら誤魔化している。

 

 犯人はコイツだと確信した。

 

「ちょっとシルさん、僕はいつから大食漢になったんですか!? 僕、絶対大食いなんてしませんからね!?」

 

「ああっ、朝ご飯を食べられなかったせいで力が出ない……」

 

「汚いですよ!?」

 

 ああ、成程。大体読めてきた。

 

 シルさんはベルを必ず店に来るように、自身が食べる予定の朝ご飯を差し出したな。そして見事に釣ったベルからお金を使わせようと、女将さんにある事無い事を言い触らしたんだ。

 

 良い性格してるな、この人。さっきまで気遣ってくれた感謝の念が一気に消え失せたよ。

 

 とは言え、今更店から出る訳にもいかない。女将さんが料理を運んだ時点で、俺達はもう引き返す事が出来ないので。

 

 取り敢えず、ここは今後の為の社会勉強という事として学んでおくか。

 

 だがしか~し、俺としてはここで簡単に引き下がる訳にはいかない。少しばかりシルさんには警告をしておこう。

 

「シルさん、ちょっといいですか?」

 

「はい?」

 

 来てくれとジェスチャーをする俺に、シルは何の疑いもなく近付いてくる。

 

「今回は初対面と言う事で見逃しますが、もしまたベルを騙すような行為をしたその時には………どうなるか分かってますよね?」

 

「…………………は、はい」

 

 殺気を放った睨みで警告した。勿論ベルには見えないようにしている。

 

 本気だと言う事を理解してくれたようで、シルさんは俺に笑みを浮かべながらも大量の汗を掻きながらも返事をした。

 

 俺がちょっと恐いのか、彼女はベルに会釈した後、そのまま何処かへと行ってしまう。

 

「? ねぇリヴァン、シルさんどうしたのかな? 急に汗を掻いて行っちゃったけど……」

 

「さぁ? 急に暑くなったんじゃないのか?」 

 

 シルさんの行動に疑問を抱くベルだが、俺は適当な事を言って誤魔化した。

 

 一先ず食事を始めようと、俺とベルは目の前にある料理に手を付けようとする。

 

 料理を食べながら値段を確認してみたら、どれも他の店と比べて何倍以上も高かった。それでも凄く美味しいから文句は言えないが。

 

 やっぱり割り勘にするかと確認して訊いてみるも、当のベルは大丈夫だと冷や汗を掻きながらも丁寧に断ってくる。まぁ、もし足りなかった場合は俺が出しておくとしよう。

 

 

「ニャ~。御予約のお客様、ご来店ニャ~」

 

 

 食事を楽しんでいる中、茶髪の猫人(キャットピープル)が出入り口の前で叫んだ。

 

 俺とベルが思わず視線を向けると、見知らぬ集団が店に入ってくる。

 

(あ、レフィ姉さんだ。他には……)

 

 集団の中に見覚えのある人がいた。レフィ姉さんだけでなく、昨日ダンジョンで遭遇した【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインと狼人(ウェアウルフ)の男性もいる。

 

 あの集団は都市最大派閥【ロキ・ファミリア】か。武器は持ってないけど、それでも聞いていた通りの貫録がある。エトワールクラスの俺が、あの【ファミリア】相手に果たしてどこまで戦えるかな? 負けるのは目に見えてるが。

 

 有名【ファミリア】の登場に、先程まで騒いでいた客達が急に静かになり、今度はザワつき始めようとする。

 

 そんな中、ベルが何故か石のように固まっていた。顔を赤らめた状態で【剣姫】を見ながら。

 

「ベル~、大丈夫か~?」

 

 俺が手を振ってみるも、当のベルは未だに何の反応も示さない。

 

 そんな中、【ロキ・ファミリア】は宴会を始めようと、主神らしき方が乾杯の音頭を取った。

 

 あ、そうだ。この店で【剣姫】と偶然会えたんだから、今此処で昨日の件について話すチャンスじゃないか。

 

「おいベル、今の内に声を掛けてみよう」

 

「ええっ! な、何で!?」

 

「何でって……お前、昨日の事をもう忘れたのか? 【剣姫】に助けてもらったお礼を言わないと」

 

 やっと正気に戻ったベルだが、俺の提案をすぐに受け入れようとしなかった。まだ心の準備がと言って頑なに拒否してくる。

 

 普段はモンスター相手に勇猛果敢に挑んでいるのに、こう言う事に関しては凄く臆病なんだな。まぁ、その気持ちは分からなくもないが。

 

「ほら、いっそ玉砕覚悟で行くぞ」

 

「それって失敗前提だよね!? ってかリヴァン、エルフってこうも強引なの!?」

 

 俺がベルの腕を引っ張って何とか行こうとするが、必死の抵抗をするベルに四苦八苦する。

 

 たかが礼を言いに行くだけなのに、コイツはどんだけ恥ずかしがり屋なんだよ。ってか、エルフとか何も関係ないからな。

 

 すると、向こうから狼人(ウェアウルフ)の男性が大声を出した。

 

 

「よっしゃあ! アイズ、そろそろ例のあの話、皆に披露してやろうぜ!?」

 

 

 何やら気になる台詞だったので、俺は思わずベルの腕を引っ張る手を止めて視線を移した。

 

「アレだって。帰る途中で何匹か逃したミノタウロス。最後の一匹にお前が5階層で始末したろ? そんでホラ、その時にいたトマト野郎二人の。如何にも駆け出しのヒョロくせえ冒険者(ガキ)共が、逃げたミノタウロスに追い詰められてよぉ!」

 

 ……おい、それって間違いなく俺とベルの事じゃないか。ってか、その話を此処で言う事じゃないと思うんだが。

 

 顔を顰める俺とは別に、ベルが顔を俯かせた。しかも身体を震わせているから、昨日の事を思い出しているんだろう。

 

「その内の一人が、何か叫びながら逃げて行っちまってよぉ! 情けねぇったらねぇぜ!」

 

 狼人(ウェアウルフ)の男性が一通り話を終えると、周囲はまるで俺たちを笑うように声をあげていた。【剣姫】は笑ってはいないどころか、どんどん無表情になっている。

 

 ………何なんだ、アイツ等は。人の失敗話を酒の肴にして笑うなんて……アレが都市最大派閥の連中がやる事か? しかもレフィ姉さんも一緒になって笑ってるし。

 

「ああいうヤツ等がいるから俺達の品位が下がるっていうのかよ、勘弁して欲しいぜ」

 

「いい加減その五月蠅い口を閉じろ、ベート。そもそも十七階層でミノタウロスを逃がしたのは、我々の不手際だ。巻き込んでしまったその少年たちに謝罪する事はあれ、酒の肴にする権利はない。恥を知れ」

 

 俺が段々不機嫌になっていく中、集団の中で【剣姫】と同じく笑っていないエルフの女性が窘めた。彼女の言葉に笑っていた一同がビクッと震えて縮こまっている。

 

 あのエルフの女性は他と違って良識があるようだ。それに気のせいか、あの人……と言うよりあの方は他のエルフと違う気がするな。

 

 しかし、狼人(ウェアウルフ)の男性は意に介さないどころか更に反論しようとする。

 

「おーおー、流石はエルフ様。誇り高いこって。でもよ、そんな救えねぇヤツ等を擁護して、何になるってんだ? ゴミをゴミと言って何が悪い」

 

 ……あの下品な狼人(ウェアウルフ)を今すぐにぶっ飛ばしてやろうか。俺だけじゃなく、友達のベルをあそこまでこき下ろす事に殺意が湧いてくる。

 

 しかし、今は必死に耐えているベルを――

 

「雑魚共じゃ釣り合わねぇんだよ、アイズ・ヴァレンシュタインにはな!」

 

 落ち着かせようとしたが、その言葉が引き金になったようにベルが店から飛び出してしまった。

 

「ベルさん!?」

 

 店から出て行ったベルをシルさんが声をあげながら追いかけた。【剣姫】も気付いたのか、シルさんの後を追いかけようとする。

 

 本当なら俺も行くべきなんだろうが、やっておかなければならない事がある。

 

「すいません、女将さん。食事代は俺の方で立て替えておきますので。それと迷惑料も出します」

 

「止めておきな。いくら坊主でも相手が悪過ぎるよ」

 

 俺が狼人(ウェアウルフ)相手に荒事をやろうと思ったのか、女将さんは止めるように言ってくる。

 

 確かに『Lv.1』の俺が高レベル冒険者相手に挑むのは自殺行為も同然だ。

 

「別に、暴力で解決しようだなんて思ってません。向こうが言う雑魚なりのやり方で筋を通すだけですので。万が一に荒事になった場合、女将さん達に迷惑が掛からないよう外でやりますので」

 

「………はぁっ。あたしは暫く目を瞑っておくから、それまでに済ませとくんだよ」

 

「ありがとうございます」

 

 俺の言い分に少しばかり納得したのか、料金を受け取った女将さんは奥へと引っ込んだ。

 

 さて、許可を貰った事だし、早速行きますか。

 

 そう決めた俺は席を立って――

 

「【ロキ・ファミリア】は随分と好き勝手言ってくれるもんだ。そこの犬っころみたいに、自分より弱い相手を平然と貶す下郎な集団だったとは」

 

「ああん!?」

 

 早速挑発を仕掛ける事にした。

 

 それに反応したのは犬っころと罵倒された狼人(ウェアウルフ)が振り向いた後、【ロキ・ファミリア】と思われる集団も一斉に振り向く。

 

「え? リ、リヴァン!?」

 

 レフィ姉さんが振り向いて俺を見た瞬間、驚愕の表情を露わにする。俺がこの店にいるとは予想してなかったんだろう。

 

 だけど、今はそんな事どうでもいい。

 

「このクソガキぃ! 誰が犬だごらぁ!」

 

 酒が入ってる所為なのか、狼人(ウェアウルフ)は俺の事を憶えてないようだ。

 

 まぁそれを抜きにしても、この男は雑魚の俺なんか気にも留めてないだろうが。

 

「! 君、昨日の……!」

 

 店に戻って来た【剣姫】は憶えていたのか、俺を見て思い出すように言ってきた。

 

「キャンキャン五月蠅い。下品な犬っころの分際で」

 

「テメェ!」

 

 二度も犬呼ばわりされた事で頭に来たのか、狼人(ウェアウルフ)は完全に怒りを露わにする。

 

 獣人にとって、動物呼ばわりされるのは最大の侮辱だ。特に狼人(ウェアウルフ)は犬扱いされる事を誰よりも嫌う。俺はそれを分かった上で挑発している。

 

「ブッ殺す!」

 

「止すんじゃベート!」

 

 俺に襲い掛かろうとする狼人(ウェアウルフ)だが、咄嗟にドワーフの男性が彼を羽交い絞めして止める。

 

「クソがッ! 放しやがれジジイ!」

 

「少しは頭を冷やさぬか! ここで喧嘩などしおったら、ここの店主が黙ってない事を分かっておる筈じゃ!」

 

 ドワーフの男性は女将さんの事をよく知ってるのか、必死に狼人(ウェアウルフ)を宥めようとしていた。

 

 もし止めなくても、俺は甘んじて攻撃を受けるつもりでいた。エトワールスキルのダメージバランサーと、密かに武器を展開していた防御系の特殊能力を発動してるから、殆どのダメージを軽減(カット)出来るので。

 

「おうおう。ベートを挑発するだけでなく、【ロキ・ファミリア(うちら)】にまで喧嘩売るとは自分、随分ええ度胸しとるやないか」

 

 すると、妙な喋り方をした人が笑みを浮かべながら俺の方へ近づいてくる。

 

 この人は……いや、違う。雰囲気から察して神だな。って事は、この神物が【ロキ・ファミリア】の主神ロキと見るべきか。

 

 にしてもこの神の喋り方、惑星ウォパルにいる原住民とそっくりだな。以前に会ったカブラカンも、神ロキみたいな喋り方をしていた。

 

 まぁそれは良いとして。この神は人懐こそうな笑みを浮かべるも、少しばかり怒気が感じられる。自分だけでなく、自身の眷族を侮辱された事も怒っているんだろう。

 

「これは失礼しました、神ロキ。其方が大変不愉快な会話をしてましたので、思わず口汚く言い返してしまいました」

 

「なんやて?」

 

 俺の台詞に神ロキは途端に不可解な表情になる。

 

「それはどういう事や? うちらが自分を不愉快にさせたっちゅうのは」

 

「先程まで面白可笑しく話していたではありませんか。そこの犬っころが言ってたトマト野郎だの、ミノタウロスだのと」

 

「? それと自分に一体何の関係が……っ! ま、まさか自分、もしかして……」

 

 どうやら神ロキは気付いたようだ。俺の言いたい事を。

 

 ま、分かっててもハッキリと言わせてもらうが。

 

「ええ、お察しの通りです。昨日にダンジョン5階層で出現したミノタウロスから逃げ、そのトマト野郎二人は俺達の事ですよ。ついさっきその一人は、耐え切れずに逃げてしまいましたが」

 

「ま、マジかぁ!?」

 

『!』

 

 吃驚する神ロキだけでなく、【ロキ・ファミリア】の冒険者達も一斉に驚く。その直後に物凄く気まずい雰囲気になり、レフィ姉さんだけは俺を見ながら顔を青褪めている。

 

 しかし俺は気にすることなく、緑髪のエルフの女性の方へと視線を向ける。

 

「何でも、そちらの不手際で17階層にいたミノタウロスを逃がしてしまったそうですね。その所為で、本来上層にいない筈のミノタウロスが出現した。可笑しいじゃないですか。本来であれば、貴方達【ロキ・ファミリア】の失態でしょう。なのに反省しないどころか、それを欠片も気にせず酒の肴にするなんてあり得ません」

 

『………………』

 

「もごもご……!」

 

 返す言葉も無いのか、【ロキ・ファミリア】一同はずっと黙っている。これで何か言い返したら、完全な恥知らずとなってしまう事を分かっているからな。

 

 因みに狼人(ウェアウルフ)が口を開こうとするも、ドワーフの男性が喋らせないように黙らせている。

 

「……あ、あ~、すまんかったなぁ、坊主。自分らの事を笑い者扱いにしてしもうて……」

 

「俺に指摘され、事の重大性に今更気付いて謝ったところで、そう簡単に許すと思いますか? 俺が新人冒険者だからって、バカにしないで下さい」

 

「う……」

 

 神ロキも分かっているのか、俺の言い分に口ごもってしまう。

 

 まぁ俺としては代表が謝ってくれればそれで構わなかった。しかし、今回ばかりは事情が違う。

 

 相手が都市最大派閥の【ロキ・ファミリア】だからって簡単に許してしまうと、何事も無かったかのように揉み消されてしまう恐れがある。

 

 組織が巨大過ぎる程、面子と言うものを重点的に見てしまう。それを払拭する為の根回しをするのがお決まりだと、後見人のカスラが言ってたし。

 

 とは言え、零細【ファミリア】の俺が【ロキ・ファミリア】に多大な要求をする訳にもいかない。もしそうしたら、この先色々と面倒な事になってしまう。

 

 さて、どうするかと頭の中で必死に考えている最中――

 

「待ってリヴァン!」

 

 すると、さっきまで黙っていたレフィ姉さんが席から立ち上がって俺に近付いてくる。

 

 その直後、彼女は俺に向かって思いっきり頭を下げる。

 

「何のつもりですか、レフィ姉さん」

 

『姉さん!?』

 

 俺がレフィ姉さんと身内だと知って【ロキ・ファミリア】が驚いているが無視だ。

 

「し、知らなかったとは言え、リヴァン達を笑い者にして本当にごめんなさい! 非常に図々しいお願いなのは分かってるけど、どうかここは私に免じて許してくれませんか!?」

 

「…………」

 

 これは思いがけない事態だ。まさかレフィ姉さんがこんな事をするとは……。

 

 しかし、これは却って好都合だった。俺が身内を理由に許せば、【ロキ・ファミリア】はレフィ姉さんに多大な感謝をするだろう。まぁその代わり、俺がまた何か言い出した時に向こうはまた彼女に助けを求めるかもしれないが。

 

 身内のレフィ姉さんを出汁にして悪いが、ここで手を打たせてもらおう。

 

「………良いでしょう。俺としてもレフィ姉さんや【ロキ・ファミリア】とは事を荒立てたくありませんから、ここまでにしておきます。運が良かったですね、神ロキ。後でレフィ姉さんにお礼を言っておいてください」

 

「お、おう、せやな……」

 

 頬を引き攣らせながらも何とか笑顔を作っている神ロキ。

 

 どうせこの神の事だから――

 

『このガキ、随分上から目線やないか……!』

 

 ――とでも思ってるに違いない。

 

 ま、人を笑い者にしたんだから、これ位は甘んじて欲しい。

 

 内心そう思いながら、今度は狼人(ウェアウルフ)の方へ視線を向ける。

 

狼人(ウェアウルフ)、レフィ姉さんをどう言う風に見てるか知らないが、これからはずっと感謝する事だ。そっちの面子を潰そうとしてた雑魚の俺が、レフィ姉さんによって救われたんだからな」

 

「テメェ……!」

 

 未だドワーフの男性に羽交い絞めされながらも、俺に殺気をぶつけながら睨む狼人(ウェアウルフ)

 

「それじゃあレフィ姉さん、俺はこれで」

 

「ちょっと良いかな?」

 

 用件を済んだ俺はレフィ姉さんに別れを告げて店を去ろうとするが、誰かが俺に声を掛けてきた。

 

 振り向くと、その先には俺より背の小さい金髪の男性がいた。背丈からして小人族(パルゥム)だろう。

 

「どなたですか?」

 

「ちょ、リヴァン! この人は私達の団長で――」

 

「構わないよ、レフィーヤ」

 

 俺が無礼な態度である事にレフィ姉さんが咎めようとするも、小人族(パルゥム)の男性は気にしてないと言った。

 

「では自己紹介をしよう。僕の名はフィン・ディムナで、【ロキ・ファミリア】の団長を務めさせてもらっている」

 

 へぇ。この人があの有名なフィン・ディムナさんか。

 

「……貴方が噂の【勇者(ブレイバー)】でしたか。これは失礼しました。俺はオラリオに来たばかりの新参者でして」

 

「その新参者の君が、僕達【ロキ・ファミリア】を相手に一歩も引かないどころか、論破した事が凄いんだけどね」

 

「で、俺に何か御用ですか?」

 

 相手が誰なのかを分かった俺は、すぐに用件を聞き出す。俺としては、さっさと店を出たいので。

 

「今回の事は、本当に申し訳なかった。もし君が良ければ後日、僕達の本拠地(ホーム)へ来て頂き、償いをしたいと思っているんだが……どうかな?」

 

「償い、ですか?」

 

 どういうつもりだ? レフィ姉さんからの謝罪で済ませた筈なのに、何故この団長さんは改めて償いをするつもりでいる?

 

 やっと矛を収めたこの展開に、団長が改めて償いをしたいって……何か理由があると見ていいだろうな。カスラも、『組織を纏める責任者が何か提案するのには必ず裏がある』と教えられた事があるので。

 

 なので此処は、無理に入り込もうとはせずに引いておいた方がいいな。

 

「折角のお誘いですが、遠慮しておきます。俺としては、レフィ姉さんの謝罪だけで充分なので」

 

「……そうか、分かった。すまなかったね、急に引き止めるような事をして」

 

「お気になさらず。それじゃ俺はこれにて失礼します」

 

 団長さんにペコリと頭を下げた後、俺は漸く店を出ようとする。

 

 

 

 

 

 

 

「………はぁ~~~。まさかこの店にベートが話題にしとった冒険者(こども)がおったとはなぁ……。ほんまに感謝するで、レフィーヤ」

 

「い、いえ。私はただ、従姉として謝っただけですので……」

 

「あとベート! 自分もレフィーヤに礼を言っておくんやで!」

 

「ざけんな! 何で俺がそんなノロマなんかに――」

 

「ティオナとティオネ、この恩知らずを縛っとけい!」

 

「「オッケー!」」

 

「おわっ! な、何しやがるバカゾネス共!!」

 

 

 

「やれやれ、ワシもやっとベートから解放されたわい。それにしてもフィン、さっきはどう言うつもりだったんじゃ?」

 

「どう、とは?」

 

「あのエルフの小僧に改めて償いをしようとした事じゃ。レフィーヤのお陰で穏便に済ませたと言うのに、何故あんな蒸し返すような事をしたのじゃ?」

 

「……ちょっと気になる事があってね。と言っても、これはあくまで僕の勘だけど」

 

「珍しいな。お前があの少年をそこまで気に掛けるとは」

 

「それを言うならリヴェリアも同じじゃないかな? あのエルフの少年はハイエルフの君を見て、何の興味も示さなかった事に」

 

「……確かにそうだな。以前レフィーヤから、行方不明だった従弟がオラリオで再会したと聞いてはいた。私も一度会ってみたいと思っていた矢先、今回の件で悪印象を抱かれてしまったが」

 

「そこだ。僕の知る限り、もし彼が普通のエルフであれば理由はどうあれ、リヴェリアを見た途端に恭しい態度を見せる筈だ。なのにあの少年は、そんな素振りを微塵も見せなかった」

 

「言われてみれば確かにのう。ワシもこれまで数多くのエルフを見てきたが、あのような態度を取ったのは誰一人おらんかった。あの小僧を除いてな」

 

「……たったそれだけの理由で、お前が気になるとは思えないな。他にも何かあるんだろう?」

 

「ああ。昨日にアイズから報告があったんだけど、彼と思わしきエルフの少年が、奇妙な武器を出した後に見知らぬ魔法も使ったと聞いてね」

 

「それは一体どんな魔法なんだ?」

 

「何でもエルフの少年が、魔法名を告げた瞬間、浴びた筈の返り血を一瞬で消して元の状態に戻したそうだ。しかも血の臭いまでも消えていたと」

 

「返り血や臭いも消す魔法じゃと? リヴェリア、お主は何か知っておるか?」

 

「………いいや、聞いた事もない。寧ろ私も初めて知った。もしそんな便利な魔法があれば、私はもうとっくに使っている」

 

「ンー……魔導士のリヴェリアすら知らない魔法ときたか。これは益々興味深い。特に体臭を気にしてる女性冒険者からすれば、ダンジョン探索に必須とも言える魔法だからね」

 

「まさかフィン、あのエルフの少年を本拠地(ホーム)に招いて償いをしたいと言ったのは……」

 

「ご明察。勿論ちゃんと償いはするつもりでいたよ。ついでにレフィーヤを通じて、あわよくば魔法について聞いてみようと思っていたのさ。彼がそれに気付いたかどうかは分からないが、こちらの誘いに乗らず振られてしまったけどね」

 

「さり気無く魔法についての情報まで得ようとするとは、相変わらず食えぬ奴じゃのう」

 

「まぁ、向こうが今回の件で警戒している以上、もうこちらから手を出す訳にはいかないね。暫くは様子見だ。後でレフィーヤに、彼のフルネームと所属してる【ファミリア】も確認しておかないと」

 

「ふむ………未知の魔法、か」




ダラダラした長話ですが、読んで頂きありがとうございます。

あと、感想お待ちしています。

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