醜女の林檎   作:紫 李鳥

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 由紀恵は週に一、二度、和弥と会っていた。

 

 ――そんなある休日。和弥は由紀恵から教えてもらったアパートに出向いた。

 

 木造モルタルの一階のドアをノックすると、化粧した顔とさほど変わらない素っぴんの由紀恵が満面の笑みを浮かべた。

 

 六畳一間には、テレビと中古品のような洋ダンス、ギシギシ言いそうな組立式のパイプベッドがあるだけで、花一つ飾ってなかった。部屋の真ん中には折り畳み式の卓袱台(ちゃぶだい)を挟んで、真っ白いカバーの座布団が二枚置かれていた。レースのカーテンを引いた窓からは、一戸建ての隣家の庭が見えた。

 

 和弥は窓際で脚を伸ばすと、ブルゾンのポケットからタバコを出した。由紀恵は急いで、捨てずに取って置いた縁の欠けた小皿をシンクの下から引っ張り出すと、灰皿代わりにした。

 

「……何作るべがな」

 

「お前に任せるよ」

 

 七面倒(しちめんどう)な言い方をすると、窓辺に顔を向けた。

 

「嫌いなものはね?」

 

「ねえよ」

 

 由紀恵に釣られて訛ってしまった自分に、和弥は苦笑した。

 

 

 ――ナイターを観ていると、いい匂いがしてきた。横目で見ると、貧相な卓袱台を隠した真っ白いテーブルクロスの上に色とりどりの料理が所狭しと並べられていた。

 

「野菜不足だって喋ってだはんで、野菜メインにすてみだわ」

 

 いつの間にか、由紀恵はピンクのエプロンをしていた。

 

「さあ、食うべ」

 

 テレビから目を離さない和弥に声をかけた。

 

「いだだぎます」

 

 由紀恵は手を合わせると、マイ箸を持った。

 

 和弥は箸を持つと、テレビに何度も顔を戻しながら、牛肉とパプリカの中華風炒め、水菜とじゃこの和風サラダ、ハムと玉ねぎのオムレツ、キュウリの古漬けを口に運んでいた。

 

(うむ……、自慢するだけあってなかなか旨い)

 

 結局、(ほとん)どの料理を平らげた。

 

 ――一服しながら、巨人の逆転ホームランに興奮していると、

 

「ね、リンゴ食う?」

 

 後片付けを終えた由紀恵が一個の林檎を手にしていた。

 

「要らねぇ。腹一杯だ」

 

 和弥が迷惑そうな顔をした。

 

「ね、片手さ持ったリンゴ半分にでぎる?もう一方の手も包丁も使ったっきゃまいねよ」

 

 何だか訳の分からないことを喋っていた。訛っているからなおのこと意味不明だった。和弥が無視していると、

 

「ねえってば」

 

 執拗(しつよう)だった。

 

「なんだよ」

 

 露骨に嫌な顔をして由紀恵を見た。

 

「……リンゴ半分にでぎる?何ももの使わねで」

 

「……分からん」

 

 和弥は考えもせずに答えを出した。すると、由紀恵はそれを食べ始めた。――

 

「ほら、半分になった」

 

 半分ほど食べると、歯形が付いた林檎を和弥に見せた。

 

(……バカじゃねえ、こいつ)

 

「あ~あ、巨人も勝ったし、帰るか」

 

 和弥はオーバーアクションで伸びをすると、

 

「明日、いつものとこで待ってるから」

 

 と、半分食べた林檎を持ったままの由紀恵に念を押した。

 

「料理、ごちそうさん。じゃあな」

 

 和弥は振り向くとドアを閉めた。

 

 由紀恵は林檎を持ったままで呆然と佇んでいた。

 

 …… 泊まっていぐのがど思ってだのに。

 

 由紀恵にとって、和弥は初めての男だった。恋愛経験のない由紀恵は勝手に和弥の恋人になったつもりでいた。

 

 既に変色した、手にしていた林檎をゴミ箱に捨てると、由紀恵は窓辺に佇み、久しぶりに空を見上げた。そこには上弦の月があった。

 

 …… 月のごどさえ気付ぎもせずに、むったど(せわ)すく生ぎでらんだな。

 

 由紀恵は何だか時雨心地(しぐれごこち)になっていた。――

 

 

 和弥とのそんな関係が数ヶ月ほど続いた頃、到頭(とうとう)(たくわ)えが底を突いた。途端、和弥の態度が一変した。店に金を落とさない客を必要としなかった。勿論、そんな金の無い女と外で会ってくれるはずもなかった。

 

 由紀恵は同伴客への嫉妬と、和弥への恋慕で、毎日のように悶々として眠れぬ夜を過ごした。

 

 ……わーにすたごどど同ずごどすて、色んな女ど同伴すちゅのがすら?……和弥、会いで。

 

 

 その日、和弥と使っていたラブホテルの近くにあるビルの隙間に隠れると、由紀恵はホテルの入り口に目を据えた。――果たして、和弥の笑い声と共に女の肩に手を置いたアベックが由紀恵の目の前を横切った。

 

 由紀恵は、悋気(りんき)の渦の中でグルグル掻き回されると、方向感覚を()くしたかのようにヨロヨロと二人の後を歩いていた。そして、バッグから果物ナイフを取り出すと、和弥の背中を目掛けた。

 

「キャーッ!」

 

 気配を感じた連れの女が由紀恵に振り向くと悲鳴を上げた。和弥は咄嗟(とっさ)に身を(かわ)すと、よろめく由紀恵からナイフを奪った。

 

 連れの女の悲鳴に、何の騒ぎかと野次馬が集まってきた。和弥はナイフを側溝に放り投げると、女の顔を確かめた。

 

「……なんだ、お前かよ。一体なんの真似だ?ブスのくせに一丁前の女を気取ってんじゃねぇよ。ブスはブスらしくおうちで料理でも作ってな。それとも、殺人未遂で交番に届けよか!」

 

 茫然自失(ぼうぜんじしつ)と佇んでいた由紀恵は、

 

「イヤーッ!」

 

 と声を上げると、逃げるように走り去った。

 

「ひどいこと言うもんだな、ブスだってよ。可哀想に。それでも人間かよ」

 

 野次馬の一人が和弥を(ののし)った。

 

「フン」

 

 鼻で笑うと、和弥は野次馬を相手にせず、連れの女とホテルに入った。

 

 

 

 由紀恵は電気も点けず、月明かりが漏れる窓辺に(もた)れていた。どうやって帰ってきたか覚えていなかった。

 

 由紀恵は二者択一で、あの場所に行った。

 

①女とホテルに入ったら殺す。

 

②優しい言葉をかけてくれたら、会社の金を横領してでも和弥に貢ぐ。

 

 ……結局、どっちとも遂行でぎねがった。

 

 カーテンの間から窓を覗くと、いつか見た、あの、上弦の月があった。

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