醜女の林檎   作:紫 李鳥

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「……立候補してもいいですか?」

 

 翔が謙虚さを印象付けた。

 

「ええ、勿論。でも、私の身元は伏せておいてね。ホストクラブに行ったことが父にバレたら叱られちゃうもの。それに、ホストと結婚したいなんて言ったら反対されちゃうわ。だから、あなたも、父に会ってもホストだったことは絶対に言わないでね」

 

 彩花が不安げな目を向けた。

 

「はい。分かりました」

 

 翔の気持ちは既に、彩花の父親に会う準備をしていた。

 

「もう少し通うわね。あなたのことをもっと知りたいし」

 

「はいっ。ご期待に添えるように頑張ります」

 

 翔はまるで、兵隊長に物を言う二等兵のようだった。

 

 彩花はキャッシュで勘定を済ますと、深々とお辞儀をして見送る翔と大勢のホストの前で、流しのタクシーに乗った。

 

 

 翌日も、彩花は「ラブリー」にやって来た。ソフトウェーブのヘアにローズピンクのツーピースで決めた彩花は、客やホストに注目されながら、案内された席に腰を下ろすと、セリーヌのバッグからタバコとライターを取り出した。

 

 翔のヘルプたちが一斉に集まって挨拶すると、翔の右腕である吾郎だけが残って、翔が来るまで彩花の相手をした。

 

「今日も素敵なお召し物で。ワインレッド?」

 

 吾郎が洋服の色をしげしげと見た。

 

「ううん。ローズピンクよ。店内が暗いから……」

 

 彩花はそこまで言って、似たような会話を以前に経験したと思った。

 

「いらっしゃいませ」

 

 その声に彩花が顔を上げると、和弥が深々と頭を下げていた。

 

「昨日は大変失礼しました。申し訳ございません。以後失礼のないように心を配りますので、今後ともよろしくお願いします」

 

 和弥はもう一度深く頭を下げると、背を向けた。

 

「あなたもお座りになったら」

 

 タバコを手にした彩花は、和弥を一瞥(いちべつ)すると、吾郎が差し出したライターの火に付けた。

 

 前に座ろうとした和弥に、

 

「いいわよ、横に座って」

 

 彩花が許可した。気を利かせた吾郎は、軽く会釈して席を離れた。

 

「ありがとうございます」

 

 一変して和弥が謙虚さを強調している理由は言わずと知れた。翔が漏らした彩花の素性。〈大出世への手引き〉とでも名付けましょうか。

 

「……自惚(うぬぼ)れていました」

 

 和弥がボソッと呟いた。

 

「語る前に何かお飲みになったら?」

 

 皮肉った言い方をした。

 

「……いただきます」

 

 和弥は手を上げてヘルプを呼ぶと、マイボトルを注文した。

 

「あら、遠慮しないで、お好きなものを飲んで」

 

 彩花が横目を使った。

 

「はあ。では、お言葉に甘えて」

 

 和弥はブランデー注文すると、彩花の方に向きを変えた。

 

「……長年、ナンバーワンの座に君臨し、どんな女でも思いのままだと――」

 

「いらっしゃいませ。昨日はありがとうございました」

 

 和弥の話の途中に翔が挨拶に来た。

 

「後で呼ぶわね」

 

 彩花の指示に、翔は会釈をして背を向けた。

 

 和弥は、ヘルプが運んできたグラスを持つと、

 

「ごちそうになります」

 

 と、頭を下げた。

 

「……だが、あなたは違っていた。僕の自惚れを指摘してくれた。もし、あなたから何も言われなかったら、僕は自分の自惚れに気付かないでいた。……多分」

 

 肩を落とし俯き加減に語る和弥の姿が哀れに見えた。……しかし、もう二度と騙されないわよ、一条和弥さん!

 

「最初からそのぐらいの謙虚さがあったら、自信を持って父に推薦したのに」

 

「はあ?」

 

 和弥を見ると、彩花の言ってる意味を理解していないようだった。

 

 ……翔から話を聞いて便乗したわけじゃなかったのか……。単に指名料欲しさの自作自演か。

 

「私の目的はズバリ、婿探し」

 

 和弥が、意外、と言った顔をした。

 

「何度か恋愛もしたけど、父の条件に合格しそうな男はいなかった。そこで考えたの。ホストのナンバーワンだったら、仕事柄いろんな女性を相手にしてるから、心配りとか、配慮とか、忍耐力とかを兼ね備えてるのではないかと。あ」

 

 彩花は思い出したようにバッグから名刺を取り出すと和弥に手渡した。

 

「えっ、あの竹下?」

 

 和弥は翔と同様の表情と台詞(せりふ)を吐いた。

 

「……名字が一緒ですね」

 

 彩花の横顔に確認を取った。

 

「娘です」

 

「えっ、お嬢さん?」

 

 和弥が目を見開いた。

 

「ええ」

 

 和弥を見つめた。

 

「ショウさんも立候補の一人なんだけど、カズヤさんは建設業なんて興味ないでしょう?」

 

 和弥の指から自分の名刺を抜き取りながら訊いた。

 

「いや、そんなことないですよ。男だったら一度は設計図どおりのビルを建ててみたいもんですよ」

 

 初めて見る、熱く語る和弥の姿だった。

 

「ただ、父にはホストなんて言えないじゃない。それに父は仕事のできない男は嫌いなの。だから、建設業の勉強をしてくれると助かるわ。……あ、勿論、独身ですわよね?」

 

「えっ?ああ、ええ」

 

 和弥は慌てふためきながらも冷静を装った。

 

「父はどちらを気に入ってくださるかしら。わたくしはそれぞれに違う良さがあると思うけど、父の捉え方はまた違うと思うし……」

 

 和弥には彩花の話は耳に入っていなかった。それより、どうやって独身になるかが問題だった。

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