アズールレーン学園   作:S・H指揮官

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第1話

 かつて海を支配し、全世界の脅威となったセイレーン。

 そのセイレーンと人間――アズールレーンとの戦いは、ある日あっけなく幕を閉じた。

 突然のセイレーン達の消滅。

 まるで最初から存在していなかったかのように、セイレーン達は世界から姿を消した。

 あまりにも唐突な戦争の終了。

 その突然の出来事に人類は困惑しながらも、セイレーンとの戦いの終わりに歓喜した。

 その後、アズールレーンとレッドアクシズの争いも起きるが、後に両者は和解。

 セイレーン、そしてアズールレーンとレッドアクシズの争いが終わったことにより、戦争の主力として活躍し続けたKAN-SENの役割は一先ず終わりを迎えることとなる。

 しかし、セイレーン消失の原因は解明されておらず、いつ再びKAN-SENの力が必要となるか定かではなかったため、アズールレーンという組織自体は残ることとなった。

 

 セイレーン消失から約100年。

 過去の戦いはもはや伝説となり、世界には平穏な時間が流れていた。

 アズールレーンという組織は現在でも残され、多くのKAN-SENが組織に所属している一方で、アズールレーンから離れて一般人として暮らすKAN-SENや、家庭を持つKAN-SEN、更にはKAN-SENを親に持つ次世代のKAN-SENの誕生など、KAN-SEN達は少しずつ一般社会に進出していった。

 しかし、そこには少なからず問題も発生した。

 

 

 重桜――

 他国との交流を避け、かつてはレッドアクシズに所属し、アズールレーンと対立していたこの国であるが、アズールレーンとレッドアクシズの和解以降は他国との交流を積極的に行うようになり、元々の文化は残しつつも、ユニオンやロイヤル、鉄血の文化も取り入れ、この100年でその姿は大きく変わっていた。

 しかし、重桜も他の国々に大きな影響を与えていた。

 それが、KAN-SENの一般社会進出である。

 セイレーンとの戦争終結後に、多くの国でKAN-SENが一般社会に進出する際に大きな混乱が起きた。

 人の姿でありながら人とは違う存在。例えそれが大戦の英雄であっても、人々は自分達と違う未知の存在に恐怖をした。その結果、KAN-SENと一般人の間で対立も起きてしまった。

しかし、元々一般社会の中にKAN-SENが溶け込んでいた重桜では混乱が起きることもなく、大戦前も大戦後もほとんど変わらぬ生活を送っていた。

 その重桜に目を付けたアズールレーンは、重桜の文化・生活をピックアップし、各国に一般人とKAN-SENの共存を呼び掛けた。そうした呼びかけやKAN-SEN達の努力もあり、両者の衝突こそ完全に払拭できたわけではないが、この数十年でKAN-SENは次第に一般社会で受け入れられるようになってきた。

 

 アズールレーンが着目した重桜の文化、そしてそれを基にしたKAN-SEN社会進出プログラム。それらは単純でありながらも、非常に効果的であった。

 そのプログラムの一つ――それが、「アズールレーン学園」であった。

 

 

「わぁあああああああああああああああああああああああ!?」

 

 嫌味なほどに晴れ渡った朝。

 そんな爽やかな朝に、大きな悲鳴が響き渡った。

 

「ちょっ、もうこんな時間!?指揮官は!?芳奈さんは!?日向は!?」

 

 伊勢はバタバタと準備をしながら、呑気に朝食を食べる桐原龍仁にそう聞いた。

 

「父さんも母さんも日向姉さんもとっくに家を出たよ」

「何で誰も起こしてくれなかったんだ!?」

「何度も起こしたよ。その度に『あと5分だけ……』って起きなかったのは伊勢姉さんじゃないか。だから、みんな諦めて先に出発しちゃったんだよ」

「なんかうっすら覚えてる!」

「ちなみに、母さんから伝言。『遅刻したら今月のお小遣い半分にする』ってさ」

 

 その伝言を聞いた伊勢は顔を真っ青にする。

 

「さすがにそれはマズい!来月の酒代が!」

「……お酒を減らせばいいんじゃない?」

「それはできない相談だねぇ」

 

 胸を張ってそう言う伊勢。龍仁はそんな伊勢を呆れたように見るのだった。

 

「っと、そんな場合じゃなかった!龍仁、弁当は!」

「そこに置いてあるよ」

「いつもありがとう!それじゃ、行ってくる!」

「気を付けて――って、ちょっと待って!そっちは俺の弁当……あぁ、行っちゃった」

 

 龍仁は元々伊勢用に作った弁当を持って慌てて玄関を飛び出した。

 しかし、伊勢の姿は既に遠くにあり、とてもじゃないが追いつけそうにもない。

 

「……まぁ、足りなくなったら適当に買い足すだろ、うん」

 

 育ち盛りとはいえ、自分にはさすがに大きすぎる弁当を眺めながら、龍仁は一人でそう呟くのだった。

 

 

「んー、そろそろかな」

 

 龍仁は制服に着替えながら時計を確認した。

 時刻は朝の7時ちょっと前。そろそろ「彼女達」が来る時間である。

 

「……よし、バッグも用意したし、あとは……」

 

 学校へ行く準備が終わったその時だった。

 

『ピンポーン』

 

 家のチャイムが鳴り響く。

 

「お、来たかな。ちょっと待ってくれ」

 

 龍仁は鞄を抱えて玄関へと急ぐ。

 そして、玄関のドアを開けると――

 

「おはよう、龍仁」

「おはよう、クリーブ」

 

 そこには、見ている方も気持ちよくなる程の爽やかな笑顔を浮かべるクリーブランドの姿があった。

 軽巡洋艦KAN-SENクリーブランド。桐原家と彼女の家は距離が近く、親同士の仕事の繋がりもあってか家族ぐるみの付き合いもあり、クリーブランドと龍仁も初等部の頃から今までずっとクラスも一緒という、幼馴染というか兄妹のような関係だった。

 

「あれ?今日はモントピリア達は一緒じゃないのか?」

 

 いつもであれば一緒にいるはずの彼女の妹達。しかし、今朝はその姿がなかった。

 

「モントピリア達か?それなら――」

 

 

『『『龍仁兄貴との関係進展、応援してるよ、姉貴!』』』

 

 

「……応援してる、とか余計な気を回して先に学校に行ったよ」

「応援?なんか大会でも近かったか?」

「いや、そうじゃないけど……」

 

 モジモジしながらチラッと龍仁を見るクリーブランド。

 

「……あ、もしかして」

「!!」

「今朝、告白でも狙ってるのか?」

「!!?」

 

 クリーブランドの顔が真っ赤になる。

 こういう変なところで龍仁の勘は非常に鋭い。

 ピタリと言い当てられて、クリーブランドは動揺してしまった。

 

「クリーブもそういうお年頃だもんな。好きな相手ぐらいできるよな」

「……ん?」

 

 龍仁の言葉に、クリーブランドは違和感を覚えた。

 何かがズレている。そんな感じがしたのだ。

 

「んで、相手は誰だ?」

 

 一点の曇りもない純粋な笑みを浮かべながらクリーブランドにそう尋ねる龍仁。

 

「……」

 

 クリーブランドはそこで察した。

 龍仁は勘こそいいものの、内容がズレている場合がほとんどである。

 今回も、勘そのものは当たっているが、肝心の部分がズレてしまっている。

 

「……」

 

 ジトッとしたような目でクリーブランドは龍仁を見る。

 

「……あれ?もしかして外れてた?」

「うん、外れだよ。はぁ……」

 

 クリーブランドは大きく溜息を吐く。

 

「あぁ、今回も妹達に呆れられるのが目に見えるよ……」

「よく分からんが、ご愁傷様」

「……原因から言われるとものすごく複雑だよ。いや、私にも原因はあるけど……」

 

 項垂れるクリーブランドを見ながら、龍仁は首を傾げることしかできなかった。

 

「っと、そろそろ行こうぜ。あんまりゆっくりしてると遅刻するぞ」

「それもそうだな。それじゃ、行こうか」

 

 そう言って二人は並んで歩き出した。

 彼らが通う「アズールレーン学園重桜校」へと。

 

 

 アズールレーンが打ち出したKAN-SENの社会進出プログラムの一つ

 ――学園プログラム

 KAN-SENは見た目こそ普通の少女と変わらないが、その能力は一般人を大きく上回る。その為、本人が意図しなくても周囲とトラブルを起こしてしまうことは珍しくない。

それは、二世、三世のKAN-SENも例外ではなかった。

そこで、一般の生徒と学校生活を送りながら、能力をコントロールするための訓練を行ったり、一般常識、教養、知識を学び、一般社会で生活できるように育成する。

それが、アズールレーンの「学園プログラム」であった。

 

 このプログラムを行う際に重要な点は、「一般生徒とKAN-SENが同じ学び舎で過ごす」ことであった。

 しかし、プログラムの発表当初は反対意見も多かった。

 普通の子供とKAN-SENを一緒の教育機関に入れるのだ。何かしらのトラブルが起きた場合、普通の子供ではKAN-SENに対抗することはできない。下手をすれば命にも関わってくる。その不安が人々の中にはあった。

 そこで、アズールレーンは重桜の生活をピックアップした。

 重桜では「寺子屋」という教育機関が存在し、昔から一般人の子供とKAN-SENが共に机を並べて勉強をしていた。そして、そうやって学んだKAN-SENの多くは、自然と一般人に能力を合わせられる術を身に着けることができていた。

 そして、アズールレーンは重桜に「学園」の第一号を設立した。

 重桜に「学園」を設立したのには、実際に「学園」で一般生徒とKAN-SENが共に過ごしているというモデルを示すためであった。そうすることで、他の地域でも「学園」を設立しやすくし、プログラムの成功に繋げるという目的があった。その為に、重桜という環境は非常に適していると言えたのだ。

 その目的通り、アズールレーン学園重桜校は一定の成果を挙げ、その成果を基にして各地の住民を説得。徐々にだが賛同が集まり、「学園」は世界各地に広がることとなった。

 

 

 そしてプログラム開始から十数年経ち、「学園」は人々の生活の中に当たり前のように存在するようになり、多くのKAN-SENを社会に送り出している。

 当初はプログラムのモデルとして設立した重桜校。

 モデルとしての役割を終えた後も、学園としての役割を続けている。

 

 そして今日も、このアズールレーン学園重桜校では、多くの生徒達が学園生活を送っているのだった。

 

 

「んで、日向姉さんが酔っ払って暴れ出してな……」

「相変わらずだね、あの人たちは。いっそ禁酒でも言い渡したら?」

「一回それはやった。……二度と『お酒禁止』とは言わないと心に誓った」

「何があったんだ……」

「聞くな。思い出したくもない……」

 

 登校中。龍仁とクリーブランドは他愛ない話をしながら歩いていた。

 

「お、クリーブランドの兄貴!おはようございます!」

「おはよー、兄貴ー」

「んなっ!?だ、だから私は女の子なんだぞ!?」

 

 二人を追い越していく生徒達。その中にはクリーブランドに気付き、彼女に挨拶をする生徒もいる。クリーブランドがそんな生徒に抗議するのも、いつもの光景である。

 

「まったく、何でみんな私のことを……」

 

 軽巡洋艦クリーブランド。

 勉強はやや苦手だが、スポーツは万能。リーダーシップもあり、面倒見もいいため、彼女を慕う者は非常に多い。だが、その男前っぷりからクリーブランドのことを「兄貴」と呼ぶ者が後を絶たず、本人はそれが不服であるためか、こうやって毎回抗議している。

 

「いいじゃないか、慕われて」

「慕われてるのは嬉しいぞ!?でも、それなら姉貴で良くないか!?何で兄貴なんだ!男じゃないか!私は正真正銘の女の子なんだぞ!」

「分かってるよ、クリーブが可愛い女の子だってことは」

「ぐっ……そういうのは卑怯だぞ……」

 

 クリーブランドは顔を真っ赤にして俯く。龍仁にとっては彼女のこういう反応が可愛らしく、何よりも面白い。彼女を「兄貴」と呼ぶ者達もそうである。確かに男らしいからという理由もあるが、からかうと可愛くて面白いからこそ、彼女を「女の子」として見ているからこそ、彼女を「兄貴」と呼ぶ者が後を絶たない。

 

「……でも、実際男らしかったりもするからなぁ」

「何か言ったか?」

「いえ、何も言ってません」

 

 クリーブランドにギロッと睨まれ、龍仁は思わず背筋をピンと伸ばした。

 からかうと面白いのは確かなのだが、あまりやりすぎると怒らせてしまう。怒った時のクリーブランドは非常に恐ろしく、龍仁も可能な限り彼女は怒らせないようにしている。

 

「まったく……そもそも――」

 

 彼女が何か言おうとした、その時だった。

 

「おっはよう!お二人さん!」

 

 2人の後ろから誰かが声をかけた。

 

「お、青葉か」

「おはよう。この時間に登校してるのは珍しいな」

 

 2人に声をかけたのは重巡洋艦青葉。

 新聞部所属で、龍仁達とは中等部からの付き合いであり、「面白いネタの気配がする!」という理由でよく龍仁達に絡みに来ている。現在はクラスは別だが、時間があるとこうやって話しかけてくる。

 

「うん、今月分の学内新聞が一段落したからね。しばらくはゆっくりできるよ」

「……今度はどんなネタを仕入れたんだ?」

 

 龍仁とクリーブランドは警戒するような目で青葉を見る。

 

「あ、大丈夫。今回は2人には関係ない記事だから」

 

 青葉はヘラヘラとしながらそう言った。

 その言葉に、2人はホッと息を吐いた。

 

「というか、2人とも酷くない?私達が新聞出す度に龍仁達のこと書いてないか疑うなんて」

「……中学生の時に俺達に何をしたのか、忘れたとは言わせんぞ」

「特に、私の『実は男子だった説』、未だに尾を引いてるんだからな」

 

 2人にギロリと睨まれる青葉。当の本人は誤魔化すように口笛を吹いていた。

 

「クリーブなんか、未だに女子からラブレター届くもんな」

「……もういっそのこと女子と付き合っちゃえばいいんじゃない?」

「元凶から言われると凄くムカつくんだが!?私はノーマルだ!普通に男が好きだぞ!」

「その言い方だと欲求不満に聞こえるね」

「終いには怒るぞ!」

 

 青葉のペースに乗らされるクリーブランド。中学生の頃から、こうやって龍仁達は青葉に振り回されてきていた。

 

「でも、クリーブの好きな人の話ってあんまり聞かないよな、そういえば」

 

 不思議そうな表情でそう呟く龍仁。

 

「……」

 

 そんな龍仁を、青葉は奇妙なものを見るような目で見ていた。

 

「……なんだよ、青葉」

「ううん、何でもないんだけども……ちょっと、クリーブランドさん」

 

 青葉はクリーブランドを手招きしてコソコソと話を始めた。

 

「一昨日ぐらいだったかな。『頑張って関係を進展させてみせる!』って意気込んでた人がいた気がするんだけど、気のせいだったかな?進展どころか、スタートラインにすら立てていない気がするけど」

「う、うるさいな!私だって、その……まだ心の準備ってものが……」

「そうやって奥手な乙女全開だから、小学生の頃からずっと変わらないんだよ」

「うぐっ……」

「でもまぁ……」

 

 青葉はチラッと龍仁の顔を見る。

 

「……龍仁もアレだからねぇ」

 

 青葉は呆れたように溜息を吐いた。

 

「どうした、青葉。俺の顔に何か付いてるか?」

「うん、付いてるよ。呆れるぐらいの間抜け面が」

「よし、よく分からんが喧嘩を売られてることだけは分かった。ちょっと後で校舎裏に来い」

「何?愛の告白?気持ちは嬉しいんだけど、私まだ新聞に恋するお年頃だから」

「なんだよ、新聞に恋するお年頃って。しかも愛の告白じゃないし」

「愛の告白じゃないなら……ハッ!?まさか、人気のない所で襲うつもり!?同人誌みたいに!?」

「違うわ!……はぁ、もうなんか疲れた……」

「よし、勝った」

 

 青葉が勝ち誇ったように胸を張る。

 

「やっぱお前あとで校舎裏に来い」

「やっぱり愛の告白!?」

「もうそのやり取りはいい!」

 

 こうやって賑やかな朝は過ぎ去っていく。

 

 

「おっす、おはようお二人さん!」

「おはよう、ヨルク」

 

 青葉と別れた龍仁とクリーブランドが教室へ入って真っ先に挨拶してきたのは、ヨルク・カーティスだった。

 

「うんうん、龍仁とクリーブランド、今日も仲睦まじいことで何より」

「仲睦まじい?確かに俺とクリーブランドはいつも通りだけど」

 

 ヨルクは、先ほど青葉が見せたような、残念な人を見る目で龍仁を見る。

 

「なんだ?やっぱり俺の顔に何かついてるのか?」

「あぁ、残念なくらいの間抜け面が」

「俺に喧嘩売るのが今流行ってるの?」

「いや、だってなぁ……クリーブランドも大変だな……」

「もうこういうものだって諦めてるよ……私にも一因はあるんだけどもさ……」

 

 二人揃って大きな溜息。龍仁は何か納得いかないような表情で首を傾げた。

 

「そういうヨルクはどうなんだ?」

「あぁ、そうだよ!聞いてくれよ!」

 

 ヨルクが急に熱く語り出す。

 

「ウチの嫁といったら、今朝一緒に登校する時に腕を組もうとしたらいきなり殴ってきてそのままどっか行っちゃったんだよ!顔赤くして、本当は嬉しいくせにまだまだ素直じゃないんだからなぁ。まぁ、そういう所も可愛い――ゲフッ!?」

「誰があんたの嫁よ!」

 

 思い切り頭を叩かれてヨルクは前のめりに倒れる。彼の背後には、顔を真っ赤にしたアドミラル・ヒッパーの姿があった。

 

「いてて……そんなに強く叩くことないじゃないか、ヒッパー」

「あんたが変なこと言うからでしょ!」

「変なことって何かな?」

「そ、それは……ウチの嫁、とか……」

 

 ヒッパーは恥ずかしそうにそう言う。それを見てヨルクはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。龍仁とクリーブランドは「あ、完全に面白がってる顔だ」と気付いたのだが、面白そうなので黙っていた。

 

「ほほう、ヒッパーちゃんは俺の『ウチの嫁』発言で自分のことだと思ったのかー。俺は誰が嫁とは言ってないんだけどなー」

「うぐっ」

「やっぱり、ヒッパーは俺の嫁だって自覚があったかー。いやー、俺としても嬉しい限りだ。やっとヒッパーちゃんが素直になってくれて――ハッ!?」

 

 怒気を感じてヨルクは恐る恐るヒッパーの顔を見る。調子に乗りすぎたと思った時には既に時遅し。ヒッパーは満面の笑みを浮かべているのだが、その背後には仁王像が見えそうなほどの怒気を放っている。

 

「えぇっと、ヒッパー……あぐっ!?」

 

 ヒッパーがガシッとヨルクの顔を鷲掴みにする。いわゆる「アイアンクロー」である。

 

「いでででででで!ヒッパー、マジで痛い!マジで痛いから!何かミシミシ聞こえるし!あ、ちょっと!そろそろヤバいから!マジでヤバいから!」

 

 龍仁とクリーブランドは「人って、握力だけで持ち上げられるのか」と妙な所で感心していた。周囲の生徒達も、いつもの光景なのでさほど気にした様子もなく談笑している。

 

「あれ?そう言えばノーマンは?いつもならこれぐらいのタイミングでオイゲンさんと止めに来るんだけど」

「そういえばいないな」

 

 龍仁とクリーブランドは周囲を見渡し、とある人物の姿を探す。しかし、いくら探してもその人物の姿は無かった。

 

「オイゲン達なら生徒会室よ。朝から話し合いが入ってるからって」

「あぁ、そういえばそんなこと言ってたな」

「んじゃ、そのまま続けていいぞ」

「言われなくても」

「いや、止めて!?このままだと頭の形が変形するから!」

 

 楽しそうなヨルクとヒッパーを置いて、龍仁とクリーブランドは自分の席に着いた。

 

「よいしょっと……あ、おはよう、摩耶さん」

 

 龍仁は隣の席で本を静かに読んでいる摩耶に挨拶をする。

 

「……」

 

 摩耶はチラッと龍仁の方を見て、小さく「おはよう」と呟き、また目線を本に戻す。

 まだまだか、と龍仁は肩を落とす。

 彼女と同じクラスになって既に2ヶ月が経とうとしている。「せっかく隣にいるんだから」と思い、彼女に話しかけるが、大抵は「僕に寄らない方が良い」などと邪険にされることが多い。これは龍仁だけがそうされているわけではなく、彼女は基本的に誰にでもそんな感じの態度である。それでも根気よく挨拶を続けていった結果、こうやって普通に挨拶を交わしてくれるぐらいにはなった。

 

(せめて、普通に会話できるぐらいになればなぁ)

 

 龍仁は密かにそう考えながら、教科書などの準備をしていく。

 途中、横目でチラッと摩耶の方を見る。相変わらず、本に見入っているようだ。何の本を読んでいるかは、ブックカバーがしてあるので分からない。聞いたところで教えてはくれないだろうが、少し気になる。

 

(何か打ち解けるきっかけでもあればいいんだけどなぁ)

 

 そう考えていると、始業のチャイムが鳴り響く。

 

「ほら、全員席に着けー」

 

 チャイムと同時に、担任のアマゾンが教室に入ってくる。

 

 ヒッパーの制裁はアマゾンの制止が入るまで続いたのだった。

 

 

「よーし、全員揃ってるな?」

「アマゾンちゃん、ノーマンとオイゲンさんがいません」

「そこ!ちゃん付で呼ぶな!あと、あの二人なら生徒会の話し合いがあるって連絡が入ってるから問題はない」

 

 見た目の幼いアマゾンは、みんなから「アマゾンちゃん」と呼ばれて可愛がられている。本人は「教師たるもの、威厳がないとダメだ」と言って、ちゃん付で呼ばれることに不満を持っているのだが、一向に改善する気配が無い。むしろ、そんな彼女の反応を面白がって、「アマゾンちゃん」という呼び名が更に広まっているぐらいだ。

 

「コホン。それで、体調不良の者とかいないか?」

「先生、俺ちょっと頭悪いです」

 

 ヨルクが頭を摩りながら手を挙げる。ヒッパーのアイアンクローの痛みがまだ残っているようだ。

 

「それは元からだろう」

「ヒドイ!可愛い生徒に向かってそれは無いんじゃないですか!?」

「可愛くても馬鹿は馬鹿だぞ」

 

 アマゾンは満面の笑みでそう言い放つ。

 

「うぅ、ヒッパーちゃん……アマゾン先生にいじめられた……慰めて」

「気持ち悪いから寄ってこないで」

「ヒドッ!嫁にも見捨てられた!」

「だから、誰が嫁よ!」

「そこ、夫婦喧嘩なら教室の外でやれ」

「夫婦喧嘩じゃないですから!」

「まぁ、そこのバカップルは放っておくとして」

 

 ヒッパーが何やら騒いでいるが、アマゾンはあっさりスルーした。

 

「ホントに体調不良の者はいないな?それじゃ、今日の連絡を――」

 

 アマゾンの口から連絡事項が告げられ、そして朝礼が終わる。

 こうして、学園での一日は始まるのだった。

 

 

「よっしゃ、午前終わり!」

 

 午前の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、生徒達は慌ただしく動き出す。

 

「私は学食に行くけど、龍仁はどうする?」

 

 クリーブランドが財布を片手に龍仁にそう尋ねる。

 

「あぁ、俺はいつも通り弁当があるから」

「そっか。帰りに購買部にも寄るけど、何か買ってきてほしいものとかあるか?」

「んー、それじゃあ、いつものコーヒー牛乳を頼めるか?」

「了解。じゃ、妹達も待ってるし、行ってくるぜ!」

 

 そう言うとクリーブランドは教室から飛び出していった。早く行かないと学食に人が集まり、食べる時間が無くなってしまうのだろう。

 

「さて、と……あ、そうだ」

 

 龍仁は鞄から巨大な弁当箱を取り出す。

 

「……さすがに、一人じゃ無理だよな、これ」

 

 元々は伊勢用に作った弁当である。大食いの彼女用の為、育ち盛りとはいえとてもじゃないが一人で食べきれる量ではない。

 

「どうするかな……ん?」

 

 その時、摩耶が鞄の中をごそごそと漁り、何か探していることに気付いた。

 

「あれ?……無い?……もしかして、忘れてきた?」

「どうしたんだ、摩耶さん」

 

 また邪険に扱われるかなと思ったが、どうしても気になって龍仁は尋ねた。

 

「……弁当を忘れてきたようだ」

 

 龍仁の予想とは裏腹に、摩耶は意外とあっさり答えてくれた。

 

「財布とかは?」

「財布も持ってきていない」

 

 どうやら、このままだと彼女は昼食抜きになってしまうようだ。

 

「……何なら、俺のを一緒に食うか?」

「お前のを?」

 

 少し警戒したような声音。それはそうだろう。朝の挨拶ぐらいしか接点の無い男子に、急に弁当を一緒に食べようと言われているのだ。警戒しない方がおかしい。

 

「ウチの姉貴分が間違って俺の分を持って行っちゃってな。で、姉貴分が大食いなもんだから弁当もこの通りデカくて……流石に一人じゃ食べきれないよな、と思ってたところだ」

「……いや、気持ちはありがたいが、そこまでお腹も空いてるわけじゃ――」

 

 その時、摩耶のお腹から「くぅ~」という可愛らしい音が聞こえた。

 

「……」

「……」

「……食うか?」

「……ありがたくいただく」

 

 摩耶は少し恥ずかしそうに俯きながら、龍仁の提案に乗るのだった。

 

 

 

「……肉が多いな」

 龍仁の弁当を一目見て、摩耶はそう呟いた。

 彼女の言う通り、龍仁の持ってきた弁当は肉が多く、全体的に茶色い。

 

「伊勢姉、肉大好きだからな。これぐらい入れないと後で文句言われるんだよ。……もしかして、肉苦手だったか?」

「あ、いや。僕も野菜より肉の方が好きだ。だから、ありがたい」

「それは良かった。あ、これ箸な」

「お前の分の箸は?」

「俺の分もちゃんとあるから。たまにヨルクとか青葉が俺の弁当がっつきに来るから、予備の箸を用意してるんだよ。だから遠慮せず使っていいぞ」

「そういうことなら。それじゃ、いただく」

 

 摩耶は箸で肉を取り、一口食べる。

 

「……!」

 

 そして驚いたような顔をする。

 

「これ、お前が作ったのか?」

「あぁ。ウチでは俺が料理担当だからな。もしかして、口に合わなかったか?」

「いや、その逆だ。美味しい」

 

 嘘を言っている様子はなかった。一口、二口と摩耶は箸を進めていく。どうやらお気に召したらしい。

 

「良かった。これでも料理の腕には自信があるからな」

 

 次々と箸を進める摩耶を見て、龍仁は嬉しそうに笑った。

 その後も、龍仁と摩耶は黙々と弁当を食べる。

 元からそこまで親しくなかった2人である。食事中は、会話らしい会話は一切なかった。

 だが、摩耶の様子を見る限り、龍仁のことを拒絶しているワケではないようだ。それを感じ、龍仁は少しだけ嬉しい気分になるのだった。

 

 

「ごちそうさま」

 

 摩耶がそう言って手を合わせる。大量にあった弁当の中身は綺麗になくなっていた。

 

「……今日は助かった。感謝する」

 

 摩耶が龍仁にそう告げる。

 

「いや、俺も助かったよ。あの量は一人じゃ無理だったからな」

 

 それに、と龍仁はつづけた

「何というか、摩耶さんとちゃんと話すきっかけになって良かった。ずっと挨拶ぐらいしかできてなかったからな」

 

 そう言われ、摩耶はキョトンとした顔をする。

 

「……お前、僕と話がしたかったのか?」

「まぁ、話せるなら話はしてみたかったからな。せっかく隣同士になったんだし」

 

 龍仁が今いる友人の多くと仲良くなったきっかけも、「隣同士の席」になったからであった。だからこそ、彼は隣の席になった人とはできるだけ関わろうとしていた。そのお陰で、今の楽しい生活があるということを知っていたから。

 

「つまり、隣の席になってなかったら、話そうとは思わなかったと?」

「もしかしたら」

 

 試すような摩耶の問いに、龍仁は正直に答える。

 その答えを聞いて、摩耶はフッと笑った。

 

「……お前、変わってるな」

「そうか?」

「そうだろう。その……僕みたいに無愛想な奴と話したがるんだから」

 

 無愛想という自覚はあったようだ。それに、この様子を見る限り、無愛想であることを少し気にしているようでもあった。

 

「でも……悪い気はしない」

 

 摩耶は嬉しそうに微笑んだ。

 

「そこまで言うなら、今度から僕の話にとことん付き合ってもらうぞ。実のことを言うと……色々語れる相手が欲しかったんだ」

「へぇ、摩耶さんって意外と口数多いんだな。正直、無口かと思ってた」

「必要がなければ喋らない。喋りたい時は喋る。それだけのことだ。それで、どうするんだ?僕の話に付き合ってくれるのか?」

「もちろん」

「そうか、それじゃあよろしく頼むぞ、桐原」

「へ?」

 

 龍仁は名前を呼ばれて、面食らったような顔をした。

 

「どうした?」

「いや、名前覚えられてたのが意外だったからさ」

「一応クラス全員の名前は憶えているさ。そうしないと、万が一の時に困るだろ」

「それもそうだな。それじゃ、よろしくな、摩耶さん」

「あぁ、よろしく、桐原」

 

 隣同士になって2ヵ月。やっと摩耶と親睦を深められた龍仁は嬉しそうに笑った。

 そして、摩耶もどこか嬉しそうに、そして安心したように笑っていたのだった。

 

 

「そういや、さっそく一つ聞きたいんだが」

「なんだ?」

「いっつも本読んでるけど、何を読んでるんだ?」

「いつもか?マンガとかラノベだが」

「へぇ、どんなの読んでるんだ?」

「最近では――」

 

 マンガについてマシンガンのごとく熱く語る摩耶の話を、龍仁は昼休みいっぱい聞かされることになった。

 

 

「それじゃ、気を付けて帰るんだぞ」

「アマゾンちゃんも、公園とかで遊ばずにまっすぐ帰るんだぞー」

「ヒッパー。今から私と一緒にヨルクを職員室まで連れていくぞ」

「はいはい」

「お、これは両手に華というやつか!?でも華というには二人とも胸が足りて……いででででで!両側から耳引っ張らないで!千切れる千切れる!」

 

 アマゾンとヒッパーに連行されるヨルクを見届けてから、みんなは帰り支度を始める。

 

「それじゃ、龍仁。部活行ってくるぜ」

「あぁ。今日も終わりはいつもぐらいか?」

「たぶんな」

「それなら校門で待ってるぞ」

「分かった。それじゃ、行ってくる!」

「頑張ってこいよ」

 

 クリーブランドは元気よく笑って教室から飛び出した。

 

「相変わらず仲が良いな」

 

 そう言って龍仁に話しかけてきたのはノーマン・クラーマーだった。

 

「お前ら程じゃないさ、ノーマン」

 

 龍仁はチラッとノーマンの横を見る。そこには、ノーマンの腕にしっかりとしがみ付くプリンツ・オイゲンの姿があった。オイゲンの豊かな胸に腕を挟まれるのは見ていて羨ましい限りなのだが、それを口にすると負けた気がするため、龍仁は何も言わない。

 

「あら、羨ましいのかしら?」

 

 龍仁の視線に気づいたオイゲンが、悪戯っぽい笑みを浮かべながらそう言う。

 

「羨ましくないと言ったらウソになるな」

「ふふっ、正直ね」

 

 気を悪くした様子もなく、オイゲンは朗らかに笑う。

 

「でも残念。私のここはノーマンの物だから」

「というワケだ。残念だったな、龍仁」

 

 そう言って笑うノーマン。龍仁はそんな二人に苦笑いを浮かべるしかできなかった。

 

「相変わらずのバカップルぶりだな。いいなぁ。俺もそういう彼女がそろそろ欲しいよ」

「欲しいなら作ればいいじゃないか」

「そんな簡単に作れたら苦労しないさ」

 

 自嘲気味に笑う龍仁に、ノーマンとオイゲンは呆れたような視線を向ける。

 

「……まぁ、動かないクリーブランドも悪いんでしょうけど」

「龍仁も龍仁だよなぁ、これ」

 

 小さな声で何やらこそこそと喋る二人に、龍仁は「やっぱり仲が良いなぁ」などと呑気なことを言うのだった。

 

「ところで、そろそろ生徒会に行かなくていいのか?」

「っと、そろそろ会が始まる時間だな。それじゃ、龍仁。また明日な」

「それじゃあ」

 

 ノーマンとオイゲンは龍仁に手を振り、教室から出ていった。

 それを見届けてから、龍仁は鞄を取り出して帰り支度を始める。

 

「もう帰るのか?」

 

 支度をしていると、摩耶が龍仁の方をジッと見て話しかけてきた。

 

「んにゃ。クリーブを待たないといけないからな。しばらくは暇だ。摩耶さんは?」

「僕はもう帰る。今日は好きなマンガの新刊発売日なんだ」

 

 そう言う摩耶の顔からは「楽しみだ」という気持ちがひしひしと伝わってくる。

 

「そんなに面白いのか?」

「あぁ!それはもう!まず主人公の――」

「はい、ストップ。そのまま語り出したら夜になりそうだ」

「たぶん、明日の朝ぐらいまでは語り続けるな」

「もっとダメだ」

 

 摩耶はそのマンガについて語りたさそうだったが、早く新刊を読みたいという気持ちもあったのだろう。大人しく引き下がった。

 

「それじゃ、僕は帰る」

「あぁ、気を付けて帰れよ」

「うん。……今日はありがとう」

 

 摩耶は龍仁に背を向けたまま彼にそう言った。

 

「どういたしまして。俺も良かったと思ってるよ。こうやって摩耶さんと喋るきっかけになったんだから」

「……そうだな。それと……」

「うん?」

「……き、機会があれば、僕にも弁当を作ってくれると、その……嬉しい」

 

 それだけ言うと、摩耶は駆け足で教室を出ていった。背こそ向けていたが、彼女の耳が真っ赤になっていたことを龍仁は見逃さなかった。

 

「……明日から、また面白くなりそうだな」

 

 龍仁は嬉しそうに笑い、そう呟くのだった。

 

 

 

「芳奈さん~、腹が減って力が出ないよぉ……」

「あんたが寝坊して慌てて龍仁の弁当と間違えて持ってきたのが悪いんでしょうが。口開いてる暇があったら手を動かす。ほら、次の資料作って」

「うへぇ~」

 

 空腹で元気のない伊勢に、桐原芳奈は容赦なく指示を出す。

 ここはアズールレーン重桜支部のとある一室。

 かつてはレッドアクシズの極東の重要拠点として機能していたこの場所も、今ではアズールレーンの施設として、日々職員が慌ただしく働いている。

 

「そういえば伊勢。例の『お姫様』の件はどうなってるの?」

「そっちなら日向が進めてるはずだよ。調整は終わってるから、あとは手続きだけだって」

「龍仁にはバレてないよね?」

「そこは大丈夫だね。そもそも、龍仁に漏れてたら態度で一発で分かるだろ?」

「それもそうね。フフフ、楽しみになってきたわ。この時のために上層部の馬鹿どもを脅迫……じゃなくて説得して1年間走り回ってきたんだから」

「芳奈さん、顔。顔が怖い」

 

 まるで悪魔のような笑みを浮かべる芳奈に、伊勢が溜息を吐きながらツッコミを入れる。

 

「芳奈、こっちの資料まとめ終わったから置いとくぞ」

「あぁ、ありがとう、アナタ」

 

 桐原辰巳が書類の束を芳奈の机の上に置く。

 

「そういえば、あの子の話はどうなってる?」

「あの子?あぁ、それなら手続きは全部終了して、あとはあの子の到着を待つだけだよ」

「よしよし。順調順調。この話もそろそろ龍仁にしなくちゃね。空き部屋作る手伝いもしてもらわないといけないし」

 

 そう言って芳奈は嬉しそうに笑う。

 それは、まるで新しい子供に恵まれた母親のように優しい笑顔だった。

 

 




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