アズールレーン学園   作:S・H指揮官

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第10話

 エリザベスがやって来た日の重桜の夜。

 

『えー、ニュースが入ってまいりました。ロイヤルが保有するロイヤルネイビーの女王陛下、クイーン・エリザベス様が何と女王の座を退位し、ここ重桜を訪れているとの情報が入りました。繰り返します。ロイヤルネイビーの女王陛下が――』

 

 エリザベスのニュースはロイヤル、重桜だけでなく、世界中に凄まじい速度で広まった。

 表舞台にほとんど姿を見せず、その正体が謎に包まれていながらも国民のために尽くし、ロイヤルの国民から広く愛された女王陛下の突然の退位の発表。それは少なからずロイヤル国民に混乱をもたらした。

 しかし、同時にエリザベスの代わりに表舞台に姿を見せ、エリザベスと同じぐらい支持が厚かったヴァリアントがその後を継ぐという議会の発表もあり、混乱が激しくなることはなかった。

 

 そして、次にロイヤルの国民はこう考える。

 

 ――何故、女王陛下は重桜に?

 

 それはロイヤルの国民だけでなく、世界中の人々が気になることだった。

 その答えを求めて、重桜に世界中の注目が集まることになった。

 

『クイーン・エリザベス様来訪の理由についてはまだ情報が……え、情報が入った?えっと、今その情報が入りました。入った情報によりますと……え、えぇ!?そ、その……昔の想い人に会うため?だそうで……?しょ、詳細が分かり次第またお伝えします!』

 

 エリザベスが重桜を訪れた理由はすぐに知れ渡った。

 昔の想い人に会うため――

 そんな小さな願いのために、ロイヤルネイビーの女王という大きな地位を捨て、エリザベスは重桜の地を訪れた。

 その情報を聞いて人々は困惑しながらも、感動を覚えずにはいられなかった。

 まるで御伽噺のようなロマン。それが、人々の心を震わせた。

 

 クイーン・エリザベスの小さな願いは、間違いなく世界中を熱狂させたのだった。

 

 

「……想像はしてたけど、すげーニュースになってるな」

 

 桐原家の朝食。

 テレビはどの局もエリザベスの退位と、重桜来訪のニュースを取り上げていた。もちろん、龍仁の名前こそ出ていないものの、エリザベスが重桜を訪れた理由も取り上げられていた。 

そんなニュースを、当事者であるはずの龍仁はまるで他人事のように見ていた。事が大きくなりすぎて、自分が当事者だという実感が湧かなかったというのが正確か。

 

「みんな騒ぎすぎなのよ。私みたいな小娘が重桜に来たってだけで」

「それだけエリーの影響力が凄まじいってことだろ」

「ま、思った以上にロイヤルのみんなから慕われていたってのは嬉しいわね」

 

 エリザベスの今までの努力は、龍仁のためだけでなく、間違いなくロイヤルに住む人々のためでもあった。その努力が報われていることを知り、エリザベスは嬉しそうであった。

 

「ところで、大丈夫なのか?俺達。登校中にマスコミとかに襲撃されたりしない?」

 

 とりあえずの心配はそこであった。ここまで大事になってしまうと、龍仁達の学校生活に何かしらの干渉や影響が及ぶのではないか。そういった不安があった。

 昨日はまだエリザベスの情報が出回っていなかったこともあり、少なくとも平穏ではあった。しかし、エリザベスのことが知れ渡った今、桐原家はマスコミの絶好の的なのだ。

 

「その辺りはご心配なく。我らが陛下と龍仁様の日常を全力でお守りいたしますので」

 

 ベルファストは自信満々にそう言った。

 

「そうよ、心配しなくていいわ。ベル達はすっごい優秀なんだから!」

 

 エリザベスも、まるで自分のことのように誇らしげにそう言う。

 龍仁が芳奈に視線を送ると、芳奈も「大丈夫よ」と言った。

 

「その辺りの根回しもちゃんとしてるわよ。その証拠に、外は静かでしょ」

 

 芳奈の言う通り、桐原家の外はいつも通りの穏やかな時間が流れていた。

 エリザベスの情報が出回った以上、マスコミが龍仁に辿り着いていないはずがない。それなら、今頃龍仁の家にマスコミが押し寄せていてもおかしくはないのだが、そんな気配も一切ない。恐らく、芳奈の言う通り『根回し』が行われているのだろう。どんな根回しかは恐ろしくて聞けなかったが。

 

「だから、龍仁はいつも通りにしていなさい。何かあれば、ベル達が守ってくれるから」

「……分かった」

「そういえば、芳奈様。あの話はしていないのですか?」

「あの話?」

「龍仁様に専属のメイドを付けるという話です」

「何!?専属のメイド!?」

 

 龍仁よりも先に辰巳が反応する。

 

「何だそれ、聞いてないぞ!」

「そりゃ、言ってないもの。言ったらあなた、『自分にもメイドを!』とか言い出すでしょ」

「当然じゃないか!メイドと言えば男の夢オブ男の夢だぞ!なぁ、龍仁!」

「俺に振らないでくれ」

「くぅ!我が息子に専属メイドが来るのに、俺には来ないだなんて……ベルさん!今すぐにでも俺のためのメイドをふっ!?」

「ベル、このお馬鹿さんのことは気にしなくていいわよ」

「はい、そうさせていただきます」

 

 芳奈の拳が辰巳の鳩尾にクリーンヒットし、辰巳は崩れ落ちる。

 その光景を見慣れているのか、ベルファストは特に気にした様子もなく食事を続ける。

 

「それで、母さん。専属メイドって?」

 

 龍仁が芳奈に尋ねる。

 

「あくまでベルはエリザベス様のメイドなの。他のメイド隊の方々もエリザベス様をお守りするためにこっちに来てるのよ。だけど、近いうち……ううん、もしかしたらもう龍仁のことも知れ渡ってるかもしれない。そうなると、龍仁の身を守る人も必要になってくるわ。そこで、龍仁にも専属メイド……ボディガードを付けようって話になったのよ」

 

 芳奈の言うこともよく分かるし、龍仁自身も少し自分の身の安全にも不安を覚えていた。だからこそ、芳奈の話は龍仁にとっても非常にありがたいものだった。

 

「だけど、俺なんかのメイドになってくれる人っているのか?ロイヤルネイビーのメイドが付くのって、ロイヤルネイビーの貴族にだけって話を聞いた気がするけど」

「そこは心配ないわ。メイド達の意思も尊重して、志願制にしてるから。それに、知られてないけど、ウチって扱いとしてはロイヤルネイビーの貴族の家なのよ。メイドを付ける権利は持ってるわ」

「はぁ!?何だそれ、聞いたことないぞ!?」

 

 思わず龍仁は立ち上がる。

 

「そりゃ、こういう時でもないと知らなくていい情報だからねぇ」

「伊勢姉達も知ってたのか?」

「もちろん。あまり公言するな、って芳奈さんからは言われてたけど」

「ウチが貴族扱いって、母さん、また何かやったの……?」

「今回は私じゃないわよ」

 

 息子の訝しむ視線を受け、芳奈はぷくっと頬を膨らませる。

 

「これはご先祖様の功績よ。昔、ご先祖様は当時のクイーン・エリザベス様とロイヤルネイビーを率いて大戦を戦い抜いたわ。その功績とロイヤルネイビーとの縁もあって、桐原家は海軍内ではロイヤルネイビーの貴族として扱われているわ。もっとも、数十年間この情報が必要になる機会がなかったから、知ってるのはごく一部だけどね」

 

 桐原家の先祖が指揮官として大戦で活躍したという話は龍仁も聞いたことはあった。

 だが、あくまで「活躍した」というぼんやりとした情報しか知らず、当時のクイーン・エリザベスとロイヤルネイビーを率いていたことや、貴族として迎え入れられたことなどは一切知らなかった。

 

「よく分からないのだが、龍仁や芳奈の先祖は偉い人だった、ということなのだろうか?」

 

 フィーゼの問いに、芳奈は「うーん、まぁ、そうなるのかな?」と答える。

 

「……なんでそんな凄い情報があんまり知られてないんだ?」

 

 龍仁の疑問はもっともである。

 そんな凄まじい人物が先祖であるなら、桐原家はもっと有名であってもおかしくない。

 だが、実際には桐原家は芳奈と辰巳が海軍部の管理職であることを除けば、そこら辺の一般家庭と扱いはほとんど変わらない。どこにでもいる普通の家庭だ。知名度などそれこそないに等しい。

 

「当時の桐原様の願い、だそうです」

「ご先祖様の願い?」

「はい。当時の桐原様は、あくまで活躍したのはKAN-SENであって、自分はサポートをしてきただけにすぎない、と常日頃から語っていたそうです。ですから、桐原様自身は英雄として扱われることを何よりも嫌がったと記録には残っています。そんな桐原様の願いを受けて、海軍は桐原様のことを世に出さないことにしたそうです」

 

 そういえば、と龍仁は思い出す。

 かつての大戦を描いた作品では、ロイヤルネイビーを率いた人物は作品によってバラバラであった。記録にもほとんど残っていないらしく、大戦時最大の謎の一つとして今でも様々な説が流れている。が、どの説でも桐原家に辿り着かない辺り、よほど厳重に情報が規制されていたのだろう。

 

「ま、そういうこともあって、龍仁は堂々と専属メイドを付けていいのよ」

「……実は作り話だったりしない?」

「ロイヤルネイビーのお姫様を目の前にそんな作り話しても意味ないでしょ?」

 

 いくら説明されても、話があまりにも大きすぎて頭が整理できずにいた。

 だが、それだけの下地がなければ、ここまで大掛かりなこともできないだろう、というのも何となく分かっていた。それでも、頭の混乱は収まらない。

 芳奈は「まぁ、仕方ないか」と笑う。

 

「とりあえず決まっちゃっもんは決まっちゃった、ぐらいで気楽に考えればいいの。メイドの気持ちのことなら心配はないわ。さっきも言った通り、志願制で龍仁のお世話をしてみたいって人から選んだんだから」

「ちなみに、志願者は計23名。その中から一人を選ぶのは大変でした」

「23名!?」

「そんなにいるなら一人ぐらいは俺にも付けぐふっ!?」

 

 辰巳は芳奈の一撃を脳天に受け、再び沈む。

 

「えぇ、メイド隊とは言っても年頃の少女も多数所属しています。色恋沙汰や男性への興味を持つ子は少なくありません。妥当な人数と言っていいでしょう」

「ちなみに、決定方法は?まさかバトルロワイアルとかじゃないよな?」

「平和的にじゃんけんで決めました」

「結構緩いな、メイド隊」

「世間一般のロイヤルネイビーのイメージが厳格すぎるのよ。映画とかだとガチガチの身分社会みたいに描かれてるけど、実際には学校の先輩後輩みたいな感じよ。身分による影響力の違いは確かにあるけども。……中には身分絶対遵守、みたいな人もいるけどね」

 

 そういえば、と龍仁はエリザベスとベルファストを見る。

 2人の関係は君主とメイドであり、ベルファストも敬意をもってエリザベスと接している。しかし、よく見てみれば2人は上下関係よりも、友人といった親しさで互いに接していることが分かる。ガチガチの身分社会ならこうはいかないだろう。

 中にはアマゾンのように女王陛下を絶対視するようなKAN-SENもいるようだが。

 

「だから、龍仁が気にする必要はないわ。どうしても気になるなら、そういうものだと思って諦めさない。いいわね」

「……そうだな。そうするしかないみたいだな」

 

 龍仁は諦めたように笑う。彼女達の言うように、彼が今更考え込んだところで何かが変わるわけでもない。それなら、そういうものだと諦めた方が、気が楽であろう。

 

「それで、その人はいつ頃来るんだ?」

「今日、学園の方で合流する予定です。が……」

 

 ベルファストとエリザベスは目を合わせる。心なしか、その目は不安そうであった。

 

「その……ボディガードとしての能力は申し分ないです。むしろ、そちらの方向であれば私よりも能力が高いほどです。しかし、メイドとしては……その、まだ未熟でして……」

「えっと……とりあえず最低限のことは叩きこんでるけど、命の危険を感じたら遠慮なく私達に連絡しなさい。いいわね?」

「どんなメイドなんだよ……」

 

 龍仁の不安は大きくなるばかりであった。

 

 

「ってことは、今日からベルさんも一緒の学校に?」

 

 芳奈達も仕事に出て、龍仁達はいつも通りクリーブランドを待っていた。

 

「はい、陛下の身の回りのお世話と警護が私の役目ですから。昨日はお屋敷の準備で一緒に来ることができませんでしたが、今日からは一緒です」

「でも、ベルさんって俺達より年上だよな?同じクラスで大丈夫なのか?」

「KAN-SENにとっては年齢というのはさほど関係ありません。ですので、手続き上は何の問題もありませんよ」

「そういうもんなのか……?」

「そういうものです」

「まったく。私だっていつまでも子供じゃないんだから。自分のことは自分でできるわよ」

「そういう問題ではありません。万が一のことが陛下にあれば、事によってはロイヤルと重桜の国際問題に発展してしまいます」

 

 普通に接しているものの、そういえばエリザベスはそんな地位にいるんだよなぁ、と龍仁は呑気に考えてしまった。

 

「だから苦手なのよ、大人の世界って」

「ですが、その大人の世界のおかげでこうして龍仁様に会えたのも確かです」

「……それはそうだけども」

「それはそうと、如何ですか、龍仁様」

 

 ベルファストはそう言って自分の制服姿を龍仁に見せる。

 ベルファストにちょうどいいサイズの制服。なのだが、サイズがピッタリすぎて、ベルファストの豊かな体のラインがハッキリと分かってしまう。そのせいで龍仁は目のやり場に困り、思わずドキドキしてしまう。

 

「えっと、似合ってると……思います」

「ふふっ、ありがとうございます」

 

 龍仁の初々しい反応を見れて満足したのか、嬉しそうに笑う。

 

「ムー……」

 

 デレデレした様子の龍仁に、エリザベスは不満そうに声を上げる。

 

「ちょっと、龍仁!ベルにデレデレしすぎじゃないの!」

 

 そう言ってエリザベスは龍仁の腕をグイっと引っ張る。

 

「わっ!?い、いや、デレデレというか……」

「してた!絶対してた!」

「し、仕方ないだろ!その、ベルさんって、その、スタイルが……」

 

 言葉を濁す龍仁だが、言いたいことは何となくエリザベスにも分かった。

 

「むぅー!私だって……私だってそれなりに成長は……」

 

 そう言うエリザベスだったが、言ってから自分の胸をペタペタと確認し、そしてまた「うぅ……」と唸り声をあげる。

 

「陛下は11歳で成長が止まりましたものね。残念なことに」

「残念とか言わないでよ、ベル!」

 

 芳奈を思わせる悪い顔で笑うベルファストに、エリザベスは涙目で声を上げる。

 ギャーギャー騒ぐエリザベスを呆れたように見ていた龍仁だったが、不意に袖をクイッと引っ張られて横を見る。

 

「龍仁、私のスタイルとやらはどうだろうか」

 

 自分の胸に手を当て、純粋な目でこちらを見上げてくるフィーゼ。

 そのあまりにも綺麗な眼差しを見て、龍仁はフィーゼの肩をポンと叩く。

 

「フィーゼ。フィーゼはそのままで十分可愛いから、無理しなくていいんだからな」

 

 キョトンとするフィーゼに、龍仁はそう言ってあげることしかできなかった。

 

 

「ところで、クリーブランドと言ったかしら。その子はいつぐらいに来るの?」

「そろそろ来ると思うけど……」

 

 その時、家のチャイムが鳴り響く。

 

「ちょうどいいタイミング。はいはーい」

 

 龍仁は玄関に向かい、扉を開ける。

 そこには、いつも通りクリーブランドとその妹達が立っていた。

 

「おはよう、クリーブ」

「お、おはよう、龍仁」

 

 クリーブランドは何故かガチガチに緊張している様子だった。

 

「……どうした、クリーブ。そんな強張って。トイレ我慢してるなら貸すぞ?」

「んなっ!?そうじゃないし、デリカシーが足りないぞ、龍仁!」

 

 真っ赤になって怒り出すクリーブランド。

 

「んじゃ、何でそんな緊張してるんだ?」

「うぅ、それは……」

 

 クリーブランドは後ろの妹達をチラッと見る。

 妹達は「大丈夫だ、行け!」と目で訴えていた。

 

「もう来たの?龍仁」

 

 すると、リビングからエリザベスが顔を覗かせる。

 

「あぁ、もう来てるぞ。準備できてるなら行こうぜ」

 

 龍仁がそう言うと、リビングからエリザベス、フィーゼ、そしてベルファストが続々と姿を見せる。

 

「あ、あれ?龍仁、この人は?」

「あぁ、エリー専属のメイドのベル……ファストさんだ」

「ロイヤルネイビーのメイド長ベルファストです。陛下や龍仁様から話は伺っております。よろしくお願いします、クリーブランド様」

「よ、よろしく」

 

 ふわっと浮き上がるような優雅な動きで挨拶をするベルファスト。

 その一挙一動の美しさに、クリーブランドは思わず目を奪われる。

 一方の妹達は「本物のメイドさんだ!」と大はしゃぎであった。

 

「で、後ろにいるのがあなたの妹達かしら?

「あ、あぁ。そうだ」

「とりあえず出ようぜ。自己紹介は歩きながらで」

 

 そう言って龍仁は靴を履く。

 フィーゼやエリザベス、ベルファストも続いて靴を履き、玄関を出る。

 

「……」

「……」

 

 玄関を出る時、クリーブランドとエリザベスは視線がぶつかる。

 少しだけ2人の間に火花が散ったような気がしたが、それに気付くのは誰もいなかった。

 

 

「え、兄貴にもメイドさんが付くの?」

「らしい。今日学校で会えるみたいだけど」 

 

 歩きながら龍仁達は自己紹介を終わらせ、話に花を咲かせる。

 

「メイドさんかー。そういえばコロンビアが昔『お兄ちゃんのメイドさんになる!』とか言ってメイド服着たことがあったよね」

「あったな、そんなこと」

「な、何でそんな話覚えてるの!?」

「いや、だって」

「うん、あの時のコロンビアめっちゃくちゃ可愛かったし」

「写真だって残ってるぞ、ちゃんと」

「うぅ……あんまり思い出させないでよ……自分でも恥ずかしい思い出なんだから……」

 

 コロンビアはプシューと顔を赤くする。

 

「最低限でよろしければ、私がメイドの作法を教えましょうか?」

 

 ベルファストは悪戯っぽく笑いながら、コロンビアにそう言った。

 

「え、いや!メイドになりたいわけじゃなくて!……でも、ちょっとなら」

「コロンビアがメイドか……うん、是非ともウチに出迎えたい」

「相変わらずコロンビアには甘々だね、兄貴……」

 

 ベルファストとコロンビア達はすっかり打ち解けたのか、楽しそうに話をしていた。

 

「……」

「……」

「なぁ、ところでクリーブ」

「な、なんだ?」

「なんか、くっつきすぎじゃないか?」

 

 問題はこちらだった。

 妙に距離を縮めてくるクリーブランド。いつもは少し離れて歩くクリーブランドと龍仁なのだが、今日は明らかに距離が近い。肩と肩が触れ合う距離である。

 

「き、気のせいじゃないか?」

「いや、気のせいじゃないと思うんだが……」

 

 龍仁が少し離れると、クリーブランドもその分距離を詰めてくる。

 龍仁の反対側にはすでにエリザベスがいたため、結局龍仁はそれ以上離れることも出来ず、クリーブランドとピタッとくっつきながら歩くこととなった。

 

「……むっ」

 

 クリーブランドの様子を見たエリザベスはムッとした様子で龍仁と強引に腕を組む。

 

「ちょっ、エリー?」

「何よ」

「……歩きづらいんだけど」

「我慢しなさい。これは命令よ」 

 

 少し拗ねた様子でそう言うエリザベス。

 その様子をモントピリア達はワクワクした様子で眺めていた。

 その目は「姉貴もその勢いで!」と主張している。

 

「……」

 

 クリーブランドもそっと龍仁に腕を伸ばす。が、すぐに「うぅ」と唸って腕を引っ込めてしまった。それを見た妹達は「あぁ、もう!」と頭を抱える。

 

「どうした、クリーブ。急に唸ったりして」

「……何でもないよ。はぁ……」

 

 どう考えても何でもなくない溜息が気になりながらも、それ以上は答えてくれないだろうなと龍仁は何も聞かなかった。

 そんな彼らの様子を見て、ベルファストは察したように「あら」とほほ笑んだ。

 

「……フィーゼちゃんは何かしなくていいの?」

 

 デンバーがこそっとフィーゼに耳打ちする。

 だが、フィーゼは自信満々といった表情でこう言った。

 

「問題ない。こういう時、嫁というのは三歩下がって歩くものなのだろう?」

「……よくそんなこと知ってるね、フィーゼちゃん」

 

 結局、龍仁とクリーブランドは寄り添うようにして学校まで歩き続けたのだった。

 

 

「あら」

「あ」

 

 学校前まで来た時、ベルファストとエリザベスが声を上げる。

 

「どうしたんだ?」

「ほら、あそこにいるのがさっき言ってたメイドよ。シリアス、こっちよ!」

 

 名前を呼ばれ、一人の少女がこちらに気付き、慌てたように駆け寄ってくる。

 

「陛下、ベルファスト、おはようございます」

 

 こちらに駆け寄ってきた少女はエリザベスとベルファストに深々と頭を下げる。

 ベルファストを思わせる美しい白い髪、そしてベルファストに負けず劣らずの抜群のプロポーション。表情はやや薄く、何を考えているのかいまいち分からないものの、思わず心を惹かれてしまう程の美少女というのは間違いなかった。実際、周囲の男子の視線はその少女に集まっていた。

 

「うん、おはよう。大丈夫?何もなかった」

「はい。今のところは」

「そう、今のところは、ね……」

 

 意味深な会話をするエリザベスと少女。ふと、少女は龍仁に気付く。

 

「あなた様が桐原龍仁様ですね」

「あ、あぁ。そうだけど」

「私はシリアス。今日よりあなた様の専属メイドを務めさせていただくことになりました。不束者ですが、よろしくお願いします」

 

 シリアスはベルファストを思わせる優雅な動きで龍仁に挨拶をする。

 その一挙一動は、間違いなくベルファストと同じメイド隊なのだということを思わせる。

 

「よ、よろしく」

 

 龍仁は「こんな可愛い子が自分のメイドになるのか」と思わずドギマギする。

 周囲から「専属メイド?」という興味や羨望の籠った視線が集まってくるが、そんなことも気にならないぐらいに龍仁は目の前の少女に目を奪われていた。

 

「それで、私は一体何をすれば?」

 

 シリアスが首を傾げながらベルファストに尋ねる。

 

「今はとりあえず龍仁様のお傍にいてください。それがあなたの仕事ですから」

「そうですか。分かりました」

 

 そう言うとシリアスは龍仁に近付く。

 彼女の甘い香りがふわっと漂ってきた。

 

「失礼します」

「……え?」

 

 そう言ったかと思うと、シリアスは突然龍仁に抱き着く。

 何が起こったのか一瞬分からなかった龍仁達は、ポカンと固まる。

 周囲も唖然とした様子でこちらを見ている。

 

「…………え、ちょ!?な、何してるんだ、シリアスさん!?」

 

 やっと我に返った龍仁は、わたわたと慌て出す。

 

「何と申されますと……龍仁様のお傍にと言われましたので」

 

 シリアスは「それが何か?」といった表情で首を傾げる。

 

「いやいや、こうする必要はないでしょ!」

「そう言われましても、龍仁様の両側はすでに埋まっていますし、であればこうするのが一番確実かと」

「う、後ろでもいいんじゃないかな?」

「龍仁様は背後から抱き着かれるのがよろしいと?」

「いや、抱き着く必要はそもそもないから!」

 

 ベルファストと違ってシリアスは悪戯などではなく、本気でそう言ってるようだった。

 

「ですが、主を喜ばせるのもメイドの務め。殿方はこうされると喜ぶ、という風にお聞きしたのですが。……もしかして、嫌でしたか?」

「あ、その、嫌じゃないし、むしろ嬉しいのは確かだけど……」

 

 シリアスから漂ってくる甘い香りと、彼女の柔らかな体の感触。

 思わず頭がクラクラしそうなほどに心地よいことは確かだった。

 

「「「……龍仁?」」」

「何でもありません!何でもないから、とりあえず離れてくれ!」

 

 エリザベス、クリーブランド、フィーゼの3人からジトっと睨まれ、龍仁は慌ててシリアスを引き剥がした。

 

「シリアス、お傍にいるというのは、密着するということではありません。近くで龍仁様を見守り、何かあればお助けする。それでいいのです」

「それだけでいいのですか?」

「えぇ、あまり密着しすぎるのは龍仁様にもご迷惑となってしまいますから」

「そ、そうなのですか。申し訳ありません、龍仁様!」

 

 シリアスはガバッと頭を下げた。

 

「ご迷惑になるとは露知らず!粗相をしてしまったこの卑しいメイドにどうか、罰を!」

 

 大声でとんでもないことを叫び出すシリアス。先ほど以上に周囲の視線が集まる。

 

「いや、迷惑だとか思ってないから!罰とかもないから!」

「ほ、本当ですか?」

「本当!本当だから!」

「そう、ですか……」

 

 残念そうにシュンとなるシリアス。龍仁は思わず「何で残念そうなんだよ!」とツッコミを入れそうになったが、また話がややこしくなりそうだったので我慢した。

 

「ですが、この先粗相があれば遠慮なく!遠慮なくこのシリアスに罰をお願いします!」

 

 目をキラキラと輝かせながらそんなことを言い放つシリアス。

 その純粋な眩しさと発言内容のギャップに、龍仁も思わず引いてしまう。

 

「……なぁ、エリー。なんでこの人こんなに罰を受けたがるんだ?」

「さ、さぁ?……趣味なんじゃないかしら?」

 

 エリザベスも引きつったような笑みを浮かべてそう言った。

 シリアスを最初見た時の胸のときめきは今はいずこ。

 龍仁の胸の中には、この先の不安しか残っていなかった。

 

 

「ということで、陛下の身辺警護のために、本日よりこのクラスに編入することになりましたメイド長のベルファストと申します。以後、お見知りおきを」

「龍仁様の身辺警護を任されたシリアスです。よろしくお願いします」

 

 朝礼。

 ベルファストとシリアスはそう言って頭を下げる。

 スタイル抜群の美少女、それもメイドが入ってきたということもあり、クラスの熱気は最高潮に高まっていた。あまりの盛り上がりに、他の教室から様子を見に来る生徒がいたぐらいである。

 

「マジかよ!本物のメイドさんかよ!男のロマンが目の前に!目の前にあるよ、ヒッパーちゃん!しかもどっちもボインの美少女!こりゃ興奮するよ!」

「少しは落ち着きなさい。あんたのメイドになるわけじゃないんだから」

「え、つまりはヒッパーちゃんが俺のメイドになってくれるってこと?いや、確かに嬉しいんだけど、あの2人を見た後だと主に胸の辺りが寂しいんじゃないかって心配になぶっ!?」

 

 いつも通りの夫婦漫才が繰り広げられるが、誰一人としてそれを気にする者はいない。

 

「お前ら、興奮するのは良いけど、メイドだからって失礼はするなよ。というか、絶対に失礼のないようにしてくれ……頼むから……」

 

 ロイヤルネイビーのメイド隊には貴族も参加している。そのため、メイド隊自体がそれなりの権限を持つ。それを統括するメイド長ともなると、その影響力は並の貴族よりも遥かに強い。ロイヤルネイビーの運営方針やロイヤル本国の議会にも介入できるほどである。

 昨日は女王陛下、今日はメイド長とロイヤルネイビーの大物が続けざまに編入してきたということで、冗談抜きで重桜とロイヤルの国交がこのクラスに託されていると言っても過言ではない。アマゾンの胃にかかる負担は相当なものだった。

 

「……なんか、私の時よりもみんな(主に男子)のテンション高くない?」

 

 ベルファストとシリアスで盛り上がるクラスメイトの反応を見ながら、エリザベスは少しだけ不満そうに頬を膨らませる。エリザベスの時も確かにクラスは湧き立ったのだが、ベルファストとシリアスの熱気は明らかにそれ以上のモノであり、エリザベスとしてはそれが少しだけ面白くないようである。

 

「……」

「龍仁、今『仕方ないんじゃないかな?』とか思わなかった?」

「お、思ってないぞ?」

 

 そう言う龍仁だったが、明らかに挙動がおかしく、「思ってない」と言われても説得力がない。実際、女王陛下という雲の上の非日常的な存在であるエリザベスよりも、メイドである2人の方が感覚的に受け入れやすいというのはあった。しかも、絵に描いたようなスタイル抜群の美少女である。美少女ではあるものの、お世辞にもスタイルがいいとは言えないエリザベスの時よりも、(主に男子が)大盛り上がりするのは仕方のないことではあった。

 

「むぅ……やっぱり男子って胸の大きい方がいいのかしら、龍仁」

「ノーコメントじゃダメ?」

「ダメ」

「……正直、胸は大きい方が、その、ドキドキする……いってぇ!?言わなきゃダメって言ったのはエリーだろ!?」

「言ったけども!言ったけども……」

 

 エリザベスは自分の胸を押さえて「うー」と唸る。

 そんな2人の横で、摩耶も「……大きい方が良いのか」と自分の胸を気にしていた。

 

 

「へぇ、龍仁にも専属のメイドさん付くんだ。やっぱりそういうご奉仕も」

「その話はやめようか、青葉」

 

 休み時間。龍仁、ヨルク、ノーマン、そして青葉の4人が集まっていた。龍仁の背後では、シリアスが彼を守るかのように立っている。

 

「しっかし、メイドさんかー。まさか同級生がそんな貴族様みたいなことになるとはなー」

「うーん、まぁ自分でも驚いてるよ」

 

 実際に貴族扱いであったという話は、言う必要がないと思って龍仁は胸にしまった。

 

「それで、実際どんな感じなんだ、専属のメイドさんって」

「とは言っても、シリアスさんは今朝顔合わせしただけだからよく分からん。どんな感じの仕事内容なんだ、シリアスさん」

「龍仁様の身辺警護や身の回りのサポート、状況によってはベルファストや陛下のサポートなどが私の主な役割です」

「……らしい」

「そ、そうか……」

 

 あまりにも漠然としすぎて、龍仁もノーマン達も具体的なことは分からなかった。

 

「ま、まぁ、要するに龍仁のお世話をするっていうのがお仕事なわけね?」

「そうなりますね」

「それってもしかしてアレ?夜のお世話的なのもあったり?」

「青葉……発想が完全におっさんだぞ」

「おっさっ!?乙女にそんなこと言うな!」

「いや、今のは仕方ない」

 

 ノーマンからも苦笑いされながらそう言われ、青葉は「ガーン」とショックを受ける。

 

「……それで、シリアスさん!そっちの方はどうなの!?」

 

 半ば青葉はやけくそ気味にシリアスに聞いた。

「そんなお世話あるわけないだろ」と呆れ気味の龍仁だったが――

 

「え、えっと……龍仁様がそれを望むのであれば、このシリアス、喜んで夜のお相手になる覚悟でございます……そのための知識は入れておりますので……ですが、シリアスも初めてではありますので、その、優しくしていただけると……」

 

 頬を赤らめ、モジモジしながらそう言うシリアス。

 一行はポカンとなる。

 

「……龍仁」

 

 いち早く我に返ったノーマンは、龍仁の肩をポンと叩く。

 

「高校生の不純異性交遊はバレたらさすがに生徒会でも庇い切れないからな。やるならバレないように頑張れよ」

「その前にんなことしねえよ。少しは友人を信じろ」

「ちくしょう……羨ましい……」

 

 ヨルクは肩をプルプル震わせながら涙を流していた。

 

「お前はお前で本気で悔しそうに泣くな」

「うん、さすがにキモい」

「お前ら、ひどくないか!?ちくしょう、何でマスコミはこんな時にいないんだよ!」

「言われてみれば、静かだよな。朝のニュース見る限りかなりのビッグニュース扱いだから、てっきり学校にも押し寄せてくると思って生徒会の方でも対策練ってたのに」

「あー、何かそこら辺の根回しは済んでる、とか言われたな」

 

 芳奈のことである。恐らく真っ当な手段での根回しではないことは確実なので、龍仁もそこら辺については深く考えないようにしていた。

 

「そっか。それなら生徒会の対策もいい意味で無駄になったな。……というか、何でマスコミなんだよ、ヨルク」

「いや、マスコミが来たら真っ先に龍仁のないことないこと喋ろうかなって、今思って」

「おーい、ヒッパーさん。この間ヨルクの奴、『ヒッパーちゃんの感触がする』とか言って家庭科室の洗濯板に頬擦りしてたぞ」

「おいぃいいい!?それは絶対秘密だって言っただろうが!?」

「情報提供ありがとう、龍仁。ちょっとこの馬鹿借りていくわ」

 

 そう言うとヒッパーはヨルクの顔面をガシッと掴むと、そのまま引きずって教室を出ようとする。

 

「あででででで!ち、違うんだ、ヒッパーちゃん!ちゃんと洗濯板よりもヒッパーちゃんの胸の方が柔らかかったからっていたたたたたたたた!ちょ、誰か助けてぇ!」

 

 助けを求めるヨルクだったが、龍仁、ノーマン、青葉の3人はまるで今から食肉加工所へ送られる牛を見るような目でヨルクを見送った。

 

「……ねぇ、龍仁。今日私達のクラス、家庭科の調理実習でハンバーグ作るんだけど。ヒッパーさんが追加のお肉持ってきてくれたらどうしよう」

「深く考えない方がいいんじゃないかな、うん」

 

 若干の不安を抱えながらも、それ以上は考えないようにして龍仁はシリアスの方を見る。

 

「シリアスさん、そんなお願いとかはしないから」

「え、しないのですか……?」

「そこで残念そうにしないで。話がまたややこしくなるから」

 

 

 龍仁達が賑やかにしている一方で、エリザベス達も盛り上がっていた。

「交友関係をもっと増やした方がいい」というベルファストのアドバイスもあり、エリザベスは龍仁とは別々で、昨日仲良くなった椎名達やその友人達と楽しそうに話していた。

 

「へぇ。で、その時桐原君が思わず泣き出しちゃったってこと?」

「えぇ、それで私に泣きついてきて、ちょっと可愛かったわ」

「正確には、陛下もその時龍仁様に泣きついておられましたね」

「ちょっと、ベル!余計なこと言わないでよ!」

 

 龍仁とエリザベスの幼少期のエピソードを聞かされ、椎名達は目を輝かせる。

 

「ね、ね。それでさ、それでさ」

「何?」

「エリザベスさんって、桐原君のどこに惚れちゃったの?」

「えっと、それは……」

 

 キラキラとした目でズイッと寄ってくる椎名。エリザベスは少しだけ恥ずかしそうに椎名から目を逸らして答える。

 

「……私にも分からないわよ。気付いた時には、もう好きだったんだから」

「それで10年間もずっと好きだったってこと?」

「そうなるわね」

「すごーい!」

 

 椎名達はエリザベスのその一途さに、胸がときめく感覚を覚えた。

 

「でさ、でさ。10年間もずっと我慢してたんだよね?その、会った時に勢いでしちゃおうとか思わなかったの?その、キスとか」

 

 確かに、昨日のエリザベスの勢いは、龍仁に抱き着いてそのままキスまでしていてもおかしくなかった。昨日は突然のことで頭が追い付かなかった椎名達だったが、今になってそれが気になりだしてきた。

 

「あー、それ気になる。私も遠距離恋愛中の彼氏に会ったら思わずしちゃいそうだもん。10年も我慢したエリザベスさんが何でやらなかったのか、ちょっと気になるなー」

「え、溝口ってば遠距離恋愛中の彼氏いたの?初耳なんだけど」

「だって誰にも言ってないもん」

「ま、それはどうでもいいや」

「人の恋愛をどうでもいいとか言うな!」

 

 溝口の抗議を華麗にスルーして、椎名は改めてエリザベスの方を向く。

 

「で、どうなの?」

「えっと……正直、したかったしやろうかなって思ったわよ」

 

 でも、とエリザベスは続ける。

 

「その、私ファーストキスはまだだから……もっと大切な時のために取っておきたいというか、龍仁からしてもらえるのを待ってるというか……」

 

 顔を赤らめてそう言うエリザベス。一瞬キョトンとする椎名達だったが、すぐに「きゃー!」と色めき立つ。中でも椎名は思わずエリザベスに抱き着いた。

 

「やーん!エリザベスさん可愛い!もうウチのお嫁さんにしたい!」

「だ、ダメよ!私は龍仁のお嫁さんになるんだから!」

「もう、そういうところも可愛い!しばらくこうさせて!」

 

 級友と騒ぐエリザベス。その顔はどこか嬉しそうであった。

 そんなエリザベスを見て、ベルファストは嬉しそうに微笑んだ。

 

 

「うー……」

 

 龍仁やエリザベス達が楽しそうにする一方で、クリーブランドは唸りながら彼らの様子を眺めていた。

 

「……もう一回は、さすがに無理だよ……」

 

 朝、龍仁に密着していたクリーブランド。

その時のことを思い出して、クリーブランドは顔を真っ赤にして机に突っ伏す。

 

 

事の始まりは昨日の夜。

クリーブランドの家でのことだった。

 

 

「ついに……ついに来てしまったか……!」

 

 オズワルドはニュースを見ながらそう言った。

 そのニュースはもちろん、エリザベス来訪のニュース。その中にはエリザベスが想い人を追って重桜に来たという内容もあった。

 オズワルドは桐原辰巳、芳奈とは海軍での同僚であり、昔からの顔馴染みでもある。だから、エリザベスと龍仁のことは把握していたし、ニュースに出てくる「想い人」が龍仁であることはすぐに分かった。

 10年前にエリザベスと龍仁の別れを知ってから、いずれエリザベスが龍仁を追って重桜にやってくるだろうというのも、オズワルドは何となく感じていた。だからこそ、オズワルドは早めに龍仁とクリーブランドをくっつけようとしていた。

 だが、その前にエリザベスはやってきてしまった。オズワルドにとっては一大事であった。

 

「何とかしなければ……」

 

 オズワルドがそう呟いた時だった。

「ただいまー」という声と共に、玄関の扉が開く音がした。

 

「あ、パパ。ただいま」

「……おかえり」

「何見て……あっ」

 

 クリーブランド達はオズワルドが見ているニュースに目をやる。

 まさしく、彼女達が気にしていたニュースだった。

 

「……その様子だと、状況は分かっているようだな」

「う、うん……」

「それならば!」

 

 オズワルドはカッと目を見開く。

 

「今すぐ、家族で対策を練らなくてはいけない!早急にだ!」

「あ、それは今から私達とママでやる予定だから、パパはゆっくりしてていいよ」

「……え?」

「あら、帰ってきたのね」

「ママ、それじゃあ連絡した通り……」

「うんうん、クリーブランドの部屋に行けばいいのね。ジュースとか用意するから、部屋で待っててね」

「はーい」

 

 オズワルドを置いてけぼりにして話を進めるデンバー達とミサ。デンバー達は「早く早く」とクリーブランドの背中を押しながら部屋へと向かおうとし、ミサは冷蔵庫からジュースを取り出して準備を始める。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!え、何で俺は仲間外れなんだ!?」

「いや、だって」

「これ、姉貴の恋愛の話なんだもん。女の子だけでやった方がいいじゃん」

「それに、パパが話に入ると話が進まなくなるんだもん」

「いや、大丈夫だから!俺もちゃんとためになるアドバイスするから!」

 

 何とかして娘の恋路の手伝いをしようとするオズワルド。

 しかし――

 

「あなた」

「……はい」

「あんまり女の子の恋愛話に首を突っ込むと、嫌われちゃいますよ?」

 

 ミサにトドメを刺され、オズワルドは真っ白に燃え尽きるのだった。

 

 

「それで、どんな感じなのかしら、エリザベス様は」

 

 クリーブランドの部屋。ミサはジュースとお菓子を配りながらそう尋ねた。

 

「姉貴の話を聞く限りは、もう兄貴にベタベタみたいだよ」

「あらあら。昔から変わってないのね」

 

 ミサは嬉しそうに笑う。

 

「ママとエリザベスさんって知り合いだったの?」

「知り合いというか、近くで見たことがあるってぐらいね。あの時のエリザベス様も、ずっと龍仁君と一緒にいたわ」

 

 ミサは「懐かしいわ」と頬を綻ばせる。

 

「っと、それどころじゃないわね。それで、龍仁君の様子は?」

 

 デンバー達はクリーブランドに視線を送る。

 クリーブランドは元気がない様子で答えた。

 

「その……嬉しそうだったし、エリザベスさんの告白を受けて満更でもない感じだった」

「あら、告白までしたの。グイグイ行くわね、エリザベス様。それで、勝ち目が薄いと思って元気がない、と」

 

 クリーブランドは力なく頷く。

 エリザベスは、龍仁にとってもずっと会いたかった大切な人物である。それは、クリーブランドの目から見てもハッキリと分かった。

 フィーゼの時はまだ「龍仁との思い出」というアドバンテージがあった。だが、今回の相手は自分と同じように「龍仁との思い出」というアドバンテージを持つ相手だ。その上、龍仁にとっても大切な思い出の相手。今は親友としてエリザベスを見ているだろうが、それがいつ恋心に変わってもおかしくない。それほどにエリザベスは手強い相手であった。

 

「うーん。でも、クリーブランドもエリザベス様のいなかった10年間、龍仁君の傍にいたっていうアドバンテージがあるじゃない」

「そのアドバンテージを10年間活かせてないの確かだけどね」

「うぐっ」

 

 デンバーの言葉がクリーブランドの胸に突き刺さる。

 他のメンバーも「確かに」と頷くしかできなかった。

 

「うーん……とりあえず、龍仁君はクリーブランドのことをどう思ってるのかな」

「えっとね……私達が見てる限りは、完全に親友ポジションだね」

「女の子として見てないわけじゃないけど、友情がそれを上回ってるって感じだ」

「少なくとも、恋愛対象としては見られてないよね、完全に」

「うぅ……」

 

 妹達が今の状況を言えば言うほど、クリーブランドは自分がこの10年間有効な手を打たなかったことを後悔してしまう。

 

「それなら話は簡単じゃない!」

 

 ミサは嬉しそうにパンと手を叩く。

 

「簡単?」

「そ。要するに、龍仁君に意識してもらえばいいんでしょ?女の子として見られてないなら話は別だけど、女の子として見てくれてるなら、いくらでも手はあるわよ」

「例えば?」

「雰囲気に身を任せて押し倒すとか?」

「自分の娘になんてこと勧めてるんだ!?というか、この展開前も見たぞ!?」

 

 クリーブランドは思わず大声を上げる。

 

「えー、良い方法だと思うのだけど」

「良い方法だったとしても、姉貴が実行できなきゃ意味ないよ、ママ」

「実行できるかどうかじゃないの!実行するの!」

 

 鼻息を笑くするミサに、クリーブランド達はこの話し合いにミサも入れたことを若干後悔し始めてきた。

 

「というかママ、この間はゆっくり確実に魅力を伝えるべき、とか言ってなかった?」

「そうだけど、今回ばかりは時間が無いのも確かなんでしょう?それなら、多少強引にでもグイグイ押さないと。大好きな龍仁君を取られちゃうわよ?」

「それはそうだけど……でも……」

 

 クリーブランドは俯きながらポツポツ語った。

 

「龍仁の気持ちを無視してまで、そんな強引な手段は取りたくない。やっぱり、龍仁の気持ちが一番大事だと思うから……」

「それで間に合わなくなっちゃったら?」

「……それが龍仁の選んだことなら、私は応援するつもりだよ。悔しくないかと言われたら、絶対にそんなことはないけど。だけど、まだ間に合うなら……私は頑張ってみたい。少しずつでいいから」

「姉貴……」

「……そう。そこまで考えてるなら、ママもこれ以上変なことは言わないわ」

 

 ミサの言葉に、クリーブランド達は「あ、変なこと言った自覚はあったんだ」という言葉を何とか飲み込んだ。

 

「そうね……とにかく、今は距離を縮めることが大事だと思うわよ」

「距離?」

「えぇ、物理的に」

「……つまり、姉貴が兄貴に密着すればいいってこと?」

「そうなるわね」

「み、密着って……」

 

 クリーブランドは龍仁に密着する場面を想像して、顔から湯気が出るほどに赤くなる。

 

「龍仁君が少なくともクリーブランドのことを女の子として見てるなら、それが一番ハードルが低くて、なおかつ効果のある方法だと思うわ。自分にピッタリくっついてくる女の子、それもクリーブランドみたいな可愛い子が気にならない男の子なんていないもの!」

 

 まるで少女のようにはしゃぎながらそう言うミサ。単純な考え方だったが、その考え方に一理あるのも確かであった。今クリーブランドにできそうな方法で、最も効果的であるのは、間違いなくミサの言った方法であろう。

 クリーブランド自身も、「勢いでやれば何とか……」と考えた。

 そして、ミサのアドバイス通りに翌日、クリーブランドは龍仁と密着するわけだが……。

 

 

「お、思ったよりも恥ずかしかったぞ、アレ……」

 

 勢いでやって、その後は大丈夫だと思っていたクリーブランドだったが、いざやってみると予想の10倍は恥ずかしさを感じた。ミサからは「それを継続すればOK」などと言われたが、継続してできる自信はクリーブランドにはなかった。

 

「あぁ、でもこれが一番ハードルが低いってママも言ってたよな……でも、もう一度はさすがに……それでもやらないと、あぁ!」

 

 一人頭を抱えて悶えるクリーブランド。

 龍仁はそんなクリーブランドを心配そうに眺めていた。

 

「……なぁ、ノーマン。アレ、本当に声をかけなくていいのか?」

「かけなくていいと思うぞ。というか、たぶん声かけたらさらに状況悪化するだろうからやめとけ」

 

 たぶん龍仁絡みでああなっているのだろうと予想したノーマンは、彼女に声をかけようとしていた龍仁を止めていた。

 

「うーん、でもなぁ……」

 

 それでも、何かを唸りながら身悶えする友人のことが心配で仕方ない龍仁。

「たぶん、お前のせいでああなってるんだよなぁ」とは口が裂けても言えず、ノーマンは複雑な苦笑いを浮かべるしかできないのだった。

 

 

 授業直前にヒッパーは戻ってきたもののヨルクの姿はなく。心配になって休み時間に青葉に尋ねた龍仁だったが、幸いにもヒッパーからの肉の差し入れはなかったようだ。

 その後、保健室でボコボコにされたヨルクが無事発見されるのであった。

 

 

「……はぁ」

 

 学校の屋上。

 クリーブランドは遠くを眺めながら溜息を吐く。

 安全柵も張られて生徒達にも開放されている屋上だが、他に良いスポットが多くあるためか、ここに来る生徒は非常に少ない。だからこそ、勉強のことや部活のこと、友人関係などでクリーブランドは何か思い悩んだ時はこの場所に来ることにしている。

 そして今は、もちろん龍仁のことであった。

 昼休みになって、龍仁はエリザベスや摩耶達と楽しそうに食事をしていた。

 その輪の中には入れたら良かったのだが、朝の恥ずかしさもあり、結局クリーブランドは別の友人達と食事をすることにしたのだった。

 

「……エリザベスさんもフィーゼも、積極的だもんな」

 

 クリーブランドはエリザベスやフィーゼのことを思い浮かべる。

 自分の気持ちに素直で、真っすぐに龍仁へ想いをぶつける彼女達。

 今のクリーブランドには、そんな彼女達が眩しく見えて仕方がなかった。

 

「……私ももっと積極的になれたら」

 

 もしかしたら今以上に龍仁との距離を縮められるかもしれない。

 しかし、もしも距離を縮められなかったら?

 龍仁との関係が変わって、万が一距離が離れてしまうことがあったら?

 それが怖くて、クリーブランドは積極的になれず、ずっと今の関係を維持し続けていた。

 

「……いつ頃からだったっけ。こんな気持ちになり始めたのは」

 

 クリーブランドがそう呟いた時だった。

 

「こんな気持ちって、どんな気持ちだ?」

「へっ?」

 

 振り返ると、そこには龍仁の姿があった。

 

「た、龍仁!?い、いつからそこに?」

「今来たばっかりだが。まぁ、とりあえずほら」

 

 そう言うと龍仁はいつもクリーブランドが飲んでいるスポーツドリンクを手渡す。

 そしてそのままクリーブランドの横に立った。

 

「え、えっと……どうしたんだ?」

「どうしたんだ、はこっちが聞きたいよ。今日、ずっと様子がおかしかっただろ、クリーブ。で、様子がおかしい時はだいたいここに来てるから、もしかしたらと思って」

 

 どうしてもクリーブランドが心配だった龍仁。せめて話でも聞こうと、こうやって彼女を探して屋上まで来たようだった。

 

「様子がおかしい、か。うん、確かにおかしかった」

 

 クリーブランドは自嘲気味に笑った。

 

「……何かあったのか?」

「何かあったと言えば、何かあったよ。……でも」

「……俺には言えない、か?」

「うん」

 

 長年の付き合いである。クリーブランドがその悩みを自分には言えないということは、龍仁もすぐに察することができた。その内容までは察することはできなかったが。

 

「そっか……俺が解決できれば良かったんだけどな」

「ははっ……」

 

 ある意味では龍仁にしか解決のできない悩みなのだが、今それを告げる勇気はクリーブランドにはなかった。

 

「ま、話したくないならそれでいいけどさ……他に俺が何かできることはあるか?」

「他にって?」

「何か気が紛れるようなこと。悩みを聞けないなら、せめて気を楽にさせてやりたいからさ」

「気を楽に、か……それじゃ、ちょっと話に付き合ってもらおうかな」

 

 他の誰でもない、龍仁にしか解決できない悩み。しかし、その龍仁にそれを告げる勇気がないからこそ、悩みを解決する手段が今はない。それなら、龍仁の言う通り、気を楽にする手段が欲しかった。それぐらいなら、素直に彼に甘えることができた。

 

「あぁ。どんな話だ?」

「ちょっと昔話だよ。……私達が最初に会った時のこと、覚えてるか?」

「クリーブから『友達になってあげるから元気出して』って言われたのは覚えてるな」

 

 当時、龍仁はエリザベスとの別れがあり、寂しさで押し潰されそうになっていた。

 そんな時に、龍仁を元気づけるさせるために、芳奈が同僚であるオズワルドの娘クリーブランドと龍仁を会わせた。新しい友達ができれば、龍仁も元気を取り戻してくれると芳奈は考えたのだった。

 その考え通り、クリーブランドは元気のない龍仁を見て「私が友達になってあげるから元気出して!」と彼を励まし、そして龍仁を引っ張るようにして遊び回った。

 最初は困惑していた龍仁も、次第にクリーブランドに心を開き、そしていつしか以前のような明るさを取り戻した。それから、龍仁とクリーブランドはかけがえのない友人として、今もずっと一緒にいる。

 

「あの時は何で龍仁の元気がないのか分からなかったけど、ちょうどエリザベスさんとお別れした時だったんだな」

「そうなるな。……クリーブには感謝してるよ。あの時、クリーブが俺の友達になってなければ、たぶん俺は立ち直れなかっただろうからさ」

 

 それほどまでに強かった、幼い少年にとっての悲しみ。そして、クリーブランドという存在は、そんな少年にとって何よりも大きな心の支えとなった。

 

「そう言われると、なんだか恥ずかしいな……」

「その通りなんだから素直に受け取っとけ。それぐらい、クリーブは俺にとって大切な友達なんだよ」

「大切な友達、か……」

「あぁ。ずっと傍にいてほしいぐらいにな」

 

 その言葉を聞いて、クリーブランドは嬉しくも寂しくも感じた。

 龍仁の大切な人になれたのは何よりも嬉しい。だが、それはどこまで行っても「友人」としての大切ということ。クリーブランド自身が求めている関係とは違うものだった。

 かつてはクリーブランドも龍仁のことを「大切な友人」として見ていた。しかし、いつの間にか気になる相手になり、そしていつの間にか好きな相手になっていた。

 それがどのタイミングだったのか、今となってはクリーブランド自身にも思い出せない。

 いずれにせよ、クリーブランドは龍仁に「それ以上」の関係を求めるようになっていた。

「友人」であることを望む龍仁と、「それ以上」を求めるクリーブランド。その2人のズレが、クリーブランドにはもどかしくも感じられ、同時にそのズレが今の関係に繋がっているという安心感も覚えている。そこが複雑なところだった。

 

「……それ以上を求めるのって、贅沢なのかな」

 

 クリーブランドだって龍仁がずっと傍にいてほしい。

 ずっと傍にいてくれればそれでいいはず。それなのに、それだけじゃ物足りない。

 

「それ以上って?」

「こっちの話……でもないか。龍仁はさ……その、大切な友達とそれ以上の関係になりたい、とか思ったことはあるか?た、例えばエリザベスさんとか」

 

 クリーブランドは自身を例えに使えず、「私のバカ!」と心の中で叫ぶ。

 

「エリーと、か……考えたことはあるというか、考えないといけないというか」

「考えないといけない、じゃなくて、龍仁自身はどう思ってるんだ?」

 

 クリーブランドの不安そうでありながらも、真っ直ぐな瞳。

 龍仁は、誤魔化しは許されないと何となく感じた。

 

「……そうだな。正直、思ったことはあるな。エリーもワガママだし強引だけど、可愛いっちゃ可愛いし、それに……何よりも一緒にいて楽しいから。こんな子が彼女だったらな、なんて思うことぐらいはあるさ」

「そ、そうか……」

 

 龍仁も男子だから仕方ない、と思いながらも本人の口から聞かされると心がざわつく。

 

「そう言った意味では、クリーブのこともそう思ったことはあったな」

「…………ふぇ?」

 

 突然の発言に、クリーブランドは固まってしまう。

 

「だってクリーブもほら、可愛いし。一緒にいて誰よりも楽しいのはクリーブだし、ずっと一緒にいたのもクリーブだしな。彼女がクリーブだったら楽しそうなんだけど、って考えちゃうことは何度もあったよ。その、朝くっつかれた時も、正直ドキドキしたし」

「……え、え、そ、それって」

 

 クリーブランドが期待に目を輝かせる。

 そんな彼女に、龍仁は眩しいぐらいの笑顔でこう言った。

 

「でもまぁ、俺とクリーブが付き合ってる姿なんて全然想像できないけどな。はっはっは――って、いってぇ!?」

 

 突然クリーブランドに蹴りを入れられ、龍仁は悲鳴を上げる。

 

「な、何するんだ!?」

「そういうとこだぞ、龍仁」

「どういうとこ!?」

 

 相変わらずの龍仁にクリーブランドは溜息を吐く。

 

「……とりあえず、そういうセリフはあんまり他では言わない方がいいぞ。あんまり言いすぎると軽い男って思われてモテなくなるからな。お前だってモテたいだろ」

「モテたいのは確かにその通りだけども。だけど、こんなこと誰にでも言うわけじゃないぞ。本当にそう思ってる相手にぐらいしか言わねーよ」

「……だから、そういうとこだぞ」

 

 クリーブランドは顔を赤くしながら、小さく呟いた。

 

「……でも」

 

 クリーブランドはクスッと笑った。

 

「何か、龍仁と話してると悩んでるのが馬鹿らしくなるな」

「え、それ俺褒められてるの?」

「あぁ、褒めてるぞ、ちゃんと。それに……」

 

 クリーブランドはスッキリしたような笑顔を龍仁に見せた。

 

「おかげで悩みもちょっと解消されたしな」

「あ、そうなのか」

「そうだよ。完全にじゃないけどな」

 

 そう完全にじゃない。だけど、今はそれでいい。そんな気がした。

 

「そろそろ戻ろうぜ。あと10分で授業も始まっちゃうから」

「っと、もうそんな時間か」

「あぁ。……それと」

 

 クリーブランドは龍仁にグイっと近付く。

 

「私も、ずっと傍にいれたら嬉しいぜ、親友」

 

 クリーブランドは少しだけ大胆にそう言った。

 そして、上機嫌のまま歩き出す。

 

「……」

 

 ――私も、ずっと傍にいれたら嬉しいぜ

 

 龍仁はクリーブランドのその言葉に思わずドキッとした。

 もしかして……そう一瞬だけ考えた彼だったが、いつも通り「そんなわけないか」と苦笑いし、彼女の後を追って歩き出す。

 

 

 そう、今はこれでいい。

 時間がないとか、ライバルが増えたとか、そんなの関係ない。

 私には私なりのアドバンテージがある。彼を支え続けたという、大きなアドバンテージが。

 だから、あとは少しだけ勇気を出すだけ。でも、たぶんそれが一番大変。

 だけど、大変でいい。少しずつ距離を近付けて、その時を待てばいいだけだから。

 親友以上になれる、そんなチャンスが自分にもあるって分かったから。

 だから、今はただ彼の傍にい続けよう。それが、今自分にできる一番の方法だから。

 

 

「ただいまー」

「む、おかえり」

「あら、おかえりなさい、摩耶ちゃん」

 

 摩耶が家に帰ると、高雄と愛宕が彼女を出迎えた。

 

「ごめん、遅くなって。今からご飯の準備するから」

「ゆっくりでいいぞ。拙者達も今帰ってきたところだからな」

「どっか行ってたの?」

「今日新刊の発売日。いつも行ってるお店にはまだ入荷してなかったから、町の方の本屋まで行ってた」

「あら、そうなのね」

「それじゃ、たぶん30分ぐらいでできると思うから」

 

 そう言って摩耶はバタバタと台所へ向かう。

 そして30分ほどで食事の準備を整えた。

 

「うーん、今日も摩耶ちゃんのご飯は美味しいわ」

「ありがとう、愛宕姉」

「うむ、また腕を上げたんじゃないか?」

「それは……その、毎日作ってるから」

「そうね。龍仁ちゃんのために毎日、ね」

「……」

「ふむ、桐原龍仁といえば、今エリザベス様のことで話題に挙がってる人物でもあるな」

 

 ロイヤルの女王陛下の編入、そしてその理由。それはすぐに学園中に広がり、それに伴って桐原龍仁という名前もそれなりに広がり、生徒会でも度々話題に挙がった。

 

「まさか女王陛下と幼馴染で想い人でもあったなんてね。摩耶ちゃんも気が気がないんじゃない?」

「……」

「あ、あれ?摩耶ちゃん?」

 

 いつもなら「だから、桐原はただの友達だってば」と返してくる摩耶であったが、何故かこの時は何も返してこなかったため、愛宕も少しだけ慌ててしまった。

 

「どうした、摩耶」

「……」

「摩耶?」

「……あ、え。ど、どうしたの、高雄姉」

「どうした、はこっちのセリフだ。もしかして、その桐原龍仁と何かあったのか?」

「ううん、何もない。今日もいつも通りだったよ。……でも」

「でも?」

 

 摩耶は高雄と愛宕に今の気持ちを伝えた。

 ちょっと前から龍仁が他の女子と話していると胸がモヤモヤすること。そして、エリザベスが来てからその気持ちが強まったこと。それを包み隠さずに伝えた。

 

「摩耶……それは」

「間違いなく恋ね!」

 

 愛宕は目をキラキラさせながら言った。

 

「……恋?」

「そう、間違いないわ!私もシドが他の女の子と話してるとそういう気持ちになるもの」

「そういう気持ちになって暴れ回らなければ、拙者は何も言うことはないのだがな」

 

 高雄は愛宕をジトっと睨みつける。

 説教が始まりそうな気配がして、愛宕は慌てて元の話題に戻る。

 

「ね、ね。龍仁ちゃんと話してたらこう落ち着いたり幸せな気分になったりしない?」

「……確かに、そんな気持ちになる」

「それじゃあもう間違いないわね!」

 

 自分のことでも他人のことでも、色恋沙汰になると嬉しそうにするのはいつもの愛宕であった。

 

「……これが、恋って感情なのか」

 

 今までは漫画やラノベでしか見たことのない「恋」というもの。

 自分がその感情に芽生えるというのは実感が湧かなかったものの、愛宕に言われて何となくしっくり来た。

 

「……もしこれが恋なら、僕はどうすればいいんだ?」

「そうね。もう最初から『好きです』って伝えればいいんじゃないかしら?」

「伝える……」

 

 摩耶は龍仁に「好きだ」と伝えるイメージをする。

 

「…………ッ!?」

 

 急に摩耶はボッと赤くなる。

 

「あらあら、摩耶ちゃんにはちょっと刺激が強すぎたかしら?」

「それはそうだろう……誰でも最初から積極的になれるわけじゃないんだぞ」

「私はなれたわよ?」

「お前が特殊すぎるだけだ、愛宕。摩耶もそろそろ戻って来い」

 

 顔を赤くしたまま遠くを見ていた摩耶だったが、高雄に言われてハッと我に戻る。

 

「……ふむ。だが、摩耶がそこまで気に入る桐原龍仁という人物、少し気になるな」

「私も気になっちゃうわね。前は遠目からしか見れなかったもの」

「……そうだな。摩耶、明日その桐原龍仁を生徒会まで連れてきてくれないだろうか」

「え、いいの?シドさんの予定とか……」

「シドには拙者から話をしておく。いずれ、エリザベス様のことで話をしなくてはいけなかったから、ちょうどいいタイミングだ」

「う、うん。分かった」

「うふふ、明日が楽しみね」

「お前も来るつもりか、愛宕……」

「当然じゃない。将来弟になるかもしれない子だもの。ちゃんと挨拶しなくちゃ」

 

 そう言って笑う愛宕に、溜息を吐く高雄。

 

 当の摩耶は、自分の気持ちを知ってしまい、「明日ちゃんと話せるだろうか」と心配になるのだった。

 

 

 一方その頃、桐原家では――

 

「お、おぉ……」

 

 龍仁の専属メイドであるシリアスを見た辰巳は、まるで観音様を見たかのように彼女を拝んでいた。

 

「……何やってんだ、親父」

「見て分からないか!拝んでいるんだ!」

「いや、それは分かるんだけど」

「ベルファストさんも良かったけど、シリアスさんもいい……!まさかウチに本物のメイドさんが来てくれるなんて……まるで夢のようだ」

 

 感極まったのか、涙まで流し始めた辰巳に、さすがの龍仁もフィーゼと一緒に距離を取る。

 

「なぁ、母さん。親父って……」

「えぇ、今まで隠してたけど、大のメイド好きよ。そのためにロイヤルに留学したぐらいの」

「知りたくなかったよ、親父のそんな情報……」

 

 自分の家族からの冷たい目線も気にした様子もなく、辰巳はただシリアスを拝む。

 

「あ、あの……?」

 

 シリアスも困ったように龍仁と芳奈に視線を送る。

 

「シリアスさん!」

「は、はい!?」

 

 辰巳はシリアスの肩をガシッと掴む。

 

「メイドさんというのは、本当に何でも言うことを聞いてくれるのだろうか!?」

「え、えっとですね……主、そして直属の上司の命令なら基本的には。自分の身や周囲に不利益がある場合はそれを拒否できますが」

「主と直属の上司……それって具体的には?」

「龍仁様と陛下、芳奈様とベルファストですね」

「……俺は?」

「対象外でございます」

「……龍仁の父親で芳奈の夫なんだけど?」

「関係ございません」

「そ、そんな……」

 

 辰巳はガクッと崩れ落ちる。

 

「俺にも命令権があればあんなことやこんなことを頼もうと思ったのに……」

「あの、龍仁様。あんなことやこんなこととは?」

「気にしなくていいと思うぞ」

「もちろん、メイドさんからの大人のご奉仕とか」

「母さん」

「分かってるわ」

 

 芳奈は辰巳をガシッと掴むと、慣れた動きで辰巳に技をかける。

 

「あいでででででででで!?」

「龍仁、芳奈のアレは何なのだ?」

「卍固めだな」

「グレイプヴァイン・ストレッチとも呼ばれますね。さすがは芳奈様。お見事です」

「ちょ、感心して見てないで助けていだだだだだだ肩から変な音があああああああああ!」

 

 芳奈の辰巳への制裁はいつものことなので、龍仁も「あぁやれば効果的なのか」と芳奈の動きを参考にしようと眺めていた。

 

「……あの、龍仁様」

「ん?」

 

 シリアスは顔を赤らめながら、龍仁を上目遣いで見る。

 

「その……龍仁様のご命令であればそういったご奉仕も、シリアスはやぶさかではございませんので……」

「いや、しないからな?」

「しない、のですか……」

「だから何で残念そうなんだよ」

「龍仁、大人のご奉仕とは何なのだ?」

「知らなくていいから。というか、頼むから知らないでいてくれ」

「お、龍仁。メイドさんにえっちな命令かい?何ならあたし達にもしてみるかい?」

「うるさいぞ、酔っ払い」

 

 今日も桐原家は賑やかであった。

 

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