アズールレーン学園   作:S・H指揮官

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第11話

「……これは由々しき事態である」

 

 放課後の新聞部部室。

 部屋の中には青葉とグリッドレイ、そして部長である飯岡渚沙の姿があった。

 

「えっと……何がなの、部長」

 

 突然招集がかかり、呼び出された青葉とグリッドレイは困惑したような表情を浮かべる。

 

「今言った通り。非常に由々しき事態なんだよ」

「だから、何が由々しき事態?」

「……新聞部が活躍していない」

「……は?」

「だから、最近新聞部が活躍してないのよ!」

 

 机をバァン!と叩いて飯岡渚沙は立ち上がる。

 

「いや、これまでこれといったネタもなかったからね?新聞部もネタ不足だったのは否定しないよ?でも、今はあるじゃん!エリザベス様っていうドデカいニュースが!こんな時こそ新聞部の出番じゃん!新聞部無双のはずじゃん!なのに新聞部関係なく情報どんどん広まっちゃってるせいで、新聞部が入る隙間が無いのよ!」

「私達の余計な手間が増えないからいいじゃん。ねぇ、グリッドレイちゃん」

「うん、私もサラトガちゃんウォッチに集中できるし」

「良くないよ!?新聞部の存在意義今のところほとんどないんだよ!?というか、何でこんな重大な時に部員のほとんどは招集無視なワケ!?」

 

 現在は3人しかいないが、実際の新聞部には十数人の部員が所属している。

 にもかかわらず、部長の招集に真面目に応じたのは青葉とグリッドレイだけだった。

 

「まぁ、みんな自由人だからね。仕方ないよね」

「自由すぎるでしょ!?私がわざわざ重大案件って送ったのに!」

「だって、部長の重大案件って大体が重大案件じゃないんだもん」

「うん、勘違い情報で一人で盛り上がってたり、ひどい時には寂しいからって理由で招集かけてくるもんね。重大案件扱いで」

「うっ……」

 

 自業自得である自覚があるのか、渚沙は狼狽える。

 

「まぁ、でも今回の件で新聞部の役割が無いってのは確かに問題かもね。本来こういう時に情報発信していくのが新聞部の仕事なのに、全く動いてないんだもん」

「でしょ?でしょ?だから、何とかすべきだと思うの!」

「ただ、何とかすべきとは言っても、元のニュースがデカすぎてみんな勝手に情報仕入れて共有していってるからね。マジでやることないのは確かなんだよね」

「そこで青葉の出番なのよ!」

「私?」

「そう!青葉、あなたよ!」

 

 渚沙にビシッと指をさされ、首を傾げる青葉。

 

「青葉って、まさに話題の渦中にいる桐原龍仁と仲が良いじゃない?」

「うん、自分では仲は良いと思ってるよ」

「そんな青葉には、ずばり桐原龍仁の情報を集めてまとめてほしいのよ!」

「……龍仁の?」

「そ。彼の好みとか趣味とか。そういうのを詳しく聞いてきてほしいの」

「それ、私である必要ある?部長が取材すればいいんじゃ」

「別に私が聞いてもいいんだけど、気心知れた青葉が相手の方が、桐原龍仁も色々ぶっちゃけてくれるかもしれないじゃん?」

「むしろ私だからぶっちゃけてくれない可能性もあるんだけど……。というか、龍仁の情報とか需要あるの?」

「うん、あるよ」

 

 渚沙はそう断言した。

 

「本物のお姫様を射止めた人だもん。特に女子の間で今『桐原龍仁ってどんな人なんだろう』って注目されてるんだよ。それこそ、お姫様の情報と同じぐらい需要があるよ」

「それ、マジで?」

「私がこういう時外したことある?」

 

 的外れなネタを度々掴んでくる渚沙。しかし、「ネタの需要の情報」に関しては彼女の情報が間違っていたことは今まで一度もなく、そのおかげで新聞部の出す校内新聞は非常に好評であることが多い。だからこそ、青葉も彼女の言葉を信じるしかなかった。

 

「お姫様の方は私が近々アポ取って取材するから、彼についての取材は青葉に一任したいんだ。こればっかりは青葉が適任だからね」

「それなら私がまとめてエリザベスさんの取材もした方が手っ取り早いんじゃない?」

「今回欲しいのはそれぞれの情報だから、別々に取材した方が確実だと思うんだ。2人セットの情報はまた今度の機会でいいし」

「はぁ……」

 

 よく分からないといった様子の青葉だったが、今のままでは新聞部の役目が皆無なのは確かであった。それに、渚沙の方針自体が間違っていたことはほとんどない。だからこそ、彼女の言う通りにするのが一番であった。

 

「部長ー、私はどうすればいいの?」

「いつも通り適当に写真撮っちゃって。……サラトガの写真以外もちゃんとね」

「わ、分かってるよー」

 

 渚沙にジロッと睨まれ、グリッドレイはとっさに目を泳がせる。

 その後、連絡事項や他の部員達への連絡も終わらせ、その日の部活動は解散となった。

 

「あー、仕事押し付けられるなら私もバックレればよかったかなー」

 

 部室から教室への帰り道、青葉は伸びをしながらそう言った。

 

「毎回そんなこと言って、ちゃんと出てるよね、青葉」

「じゃないと泣くんだもん、部長」

「……確かに、泣いた時の部長って面倒臭いもんね」

 

 以前あった大騒動を思い出し、青葉とグリッドレイは引きつった笑みを浮かべる。

 

「でもまぁ、どうせ暇だったし、龍仁に絡む理由も出来たしちょうどいいかな」

「うんうん、だよねぇ」

 

 グリッドレイはニヤニヤしながら青葉を見る。

 

「……何よ」

「青葉は龍仁君に絡めればそれだけで幸せだもんね」

「い、言ってる意味が分からないなー」

 

 青葉は少し顔を赤くして目を逸らす。

 

「今更誤魔化さなくて大丈夫だよ。青葉が龍仁君大好きなのみんな知ってるし」

「だいっ!?」

 

 青葉は顔を真っ赤にして狼狽える。

 

「いや、いやいや!そういうのじゃないから!龍仁はただの友達だから!」

「ふーん?」

 

 必死に否定する青葉だったが、あまりの慌てっぷりのせいで説得力がない。

 

「ま、新聞部のネタをちゃんと取ってきてくれるなら、深くは追及しないけどね」

「うぅ……」

 

 そう言われてしまうと、これ以上の否定は藪蛇に繋がりかねない。

そう思い、青葉もこれ以上は黙るしかなかった。

 

「で、いつ頃行くの?その時は写真のために私も同行したいんだけど」

「そ、そうだね。明日さっそくお願いしてみようかな」

「OK。私も明日は時間空けとくね。それじゃ、また明日ね!」

 

 そう言ってグリッドレイは走り去っていく。

 残された青葉は、小さく溜息を吐く。

 

「……本当に、そういうのじゃなかった……はずなんだけどね」

 

 誰にも届かない呟きを吐きながら、青葉は苦笑いを浮かべる。

 そして、周囲に誰もいないことを確認すると、そっと生徒手帳を開く。

 そこに挟まれていた1枚の写真。

それは、無邪気に笑う龍仁と青葉のツーショットだった。

 

 

「で、どうだった?初めてのメイドさんのいる生活は?」

 

 朝の学校。

登校してきた龍仁にヨルクはそう尋ねた。。

 

「朝の開口一番がそれか」

「いやいや、だって気になるじゃん?メイドさんだよ、メイドさん。男の夢じゃん。そんな男の夢を叶えた親友がどんな生活を送ってるのか、気になるじゃん」

「いや、どうって言われても……」

 

 龍仁はシリアスの方を見る。

 当のシリアスは申し訳なさそうに「うぅ……」と唸っている。

 

「……何かあったの?」

「何かあったといえば何かあったな……」

 

 龍仁は遠くを見るような目をする。

 

「……とりあえず、親父が今入院してる」

「いや、マジで何があった!?」

 

 シリアスは気合だけは十分にあった。気合だけは。

 だが、その気合にスキルが追い付いておらず、家事の腕前は壊滅的であった。

 洗濯物を任せれば洗濯ものが倍増し、掃除を任せれば掃除前よりも物が散乱する。

 極めつけは料理で、シリアスに料理を任せたところ、どう見ても生命体に害しかないような物体が完成。「見た目が悪いだけかもしれないから!」といって我先にそれを口にした辰巳は、今現在病院で治療中である。

 ベルファスト曰く、「ボディーガードとしてのスキルは一流であり、メイドとしての心構えも十分。しかし、基本的なメイドの業務に関してはメイド隊のほぼ全員が諦めている」とのこと。

 そういったこともあり、ヨルクの考えているような「メイドさんのいる生活」は、シリアスでは実現できそうにないのだが、それを本人の前で言うのは龍仁も気が引けた。

 エリザベスとベルファストも同じ気持ちなのか、何か言いたそうではあったが我慢して何も言わずにいた。

 

「まぁ、そんなことより、メイドが欲しいならヒッパーさんに頼めばいいんじゃないか?」

「は、はぁ!?」

 

 急に話を振られてヒッパーは素っ頓狂な声を上げる。

 

「お、いいね。ヒッパーちゃん。これでも家事全般は完璧だし、メイド服も似合いそうだしな。ただ、問題はメイド服をどうやって調達するかだよな……ベルファストさんとかシリアスさんのメイド服は絶対にサイズ合わないしいててててててて!?」

 

 いつも通りの夫婦漫才が始まったのを見届けて、龍仁はシリアス達と一緒に自分の席に向かう。

 

「その、龍仁様……」

「ん?」

 

 席に向かう途中、シリアスは申し訳なさそうに龍仁に声をかける。

 

「申し訳ありません。本来、メイドである私の仕事をすべて龍仁様に任せてしまって……」

 

 シリアスの家事の壊滅具合を見て、「今まで通り自分達で家事をしよう」という風に決めた。そのこともあって、朝の朝食の準備から片付けまでほとんど全て龍仁が行い、シリアスはそれを見ていることしかできなかった。

 

「朝も言ったけど、家事は俺が好きでやってることだからさ。気にしないでくれよ」

「ですが、それでは私の気が収まりません!やはり、ここはこの卑し――」

「それも言わない約束!特に学校では!」

 

 龍仁は慌ててシリアスの口を手で塞ぐ。

 正直、家事ができないだけであればフォローすればいいだけなので、それだけなら龍仁も彼女の気持ちを尊重して家事を手伝ってもらったかもしれない。家事が壊滅的とはいえ、フォローできない程ではなかった。

 しかし、彼女は失敗した場合に「この卑しいメイドに罰を、どうか!」と叫ぶ困った癖(?)があった。下手をすればご近所様まで届くような声量で叫ぶ上に、フィーゼの教育にも悪すぎる。しかも、彼女の身に沁みついた言葉なのか、彼女自身も気付いたらそう叫んでいるそうで、制御も難しい。このため、彼女に家事を任せるのは色々と危険であると判断された。

 とりあえず、外ではそういう言葉は叫ばないようにお願いしているのだが、やはり身に沁みついたものは中々抜けないようで、油断すると彼女も叫ぼうとする。家事よりもそれが最大の困りの種であった。

 

「も、申し訳ありません……」

「うん、まぁ少しずつ直していけばいいから……」

 

 そう言いながらも龍仁は不安が拭えないでいた。

 しかし、なるようにしかならないため、今の龍仁は諦める他なかった。

 

「おはよう、摩耶さん」

「あ、お、おはよう、桐原……」

 

 自分の席に着き、いつも通り挨拶を交わす。

 だが、今日の摩耶は様子がいつもと違った。

 

「……摩耶さん、どうかした?」

「な、何がだ?」

「いや、何か顔が赤いけど」

 

 今日の摩耶は何故か顔が赤く、そして龍仁から目を逸らしている。のだが、チラチラと龍仁の方を見てはいる。明らかに様子がおかしかった。

 

「だ、大丈夫だ。ちょっと暑いだけだから」

「そうか?今日は涼しいぐらいだと思うけど」

「と、とにかく大丈夫だから!そ、それとだな……」

「うん?」

「その、僕と一緒に放課後生徒会に来てくれないか?」

「え、生徒会?」

 

 龍仁は「何かやらかしたっけ?」と不安になる。

 

「あぁ、違う。桐原が何かやったわけじゃなくて、その、高雄姉が桐原と話がしたいって」

「高雄姉?高雄って、生徒会副会長の高雄先輩?」

「あぁ、そうだ」

「へぇ、摩耶さんって高雄先輩の妹だったのか。初めて知った」

「わざわざ言うことでもないからな。それに、愛宕姉のこともあるし……」

「愛宕姉……あ、なるほど」

 

 龍仁はその名前を聞いて納得した。

 高雄と愛宕の姉妹は学園内では有名である。

 高雄は生徒会副会長として有名なのだが、愛宕の方は問題児として有名であった。

 龍仁も噂程度にしか聞いたことはないが、生徒会長であるシド・ホワイトに惚れ込んでおり、同じく生徒会長に惚れ込んでいる赤城や大鳳といった学園内屈指の危険人物との争いが絶えないという話である。龍仁は実際にその争いを見たことはないが、ノーマンの手伝いで「争いの跡」の片付けはしたことがあったが、その光景はまるで爆撃でもあったかのようだったのを覚えていた。

 高雄が姉ということは、愛宕も摩耶の姉ということになる。

 摩耶の様子を見る限り、その愛宕のことで苦労しているようだ。

 

「あ、前に『目を付けられたことがあった』って、もしかして?」

「あぁ、愛宕姉のことで僕も要注意生徒になってたことがあったんだ……」

「……大変だったんだな」

「もう慣れたよ……」

 

 摩耶は虚空を見つめながら力なく笑った。

 

「それで、高雄先輩に呼ばれてるんだっけ?」

「あぁ。エリザベス様のことで話を聞きたいって。それと……」

「それと?」

「……それは放課後自分で確かめてくれ」

 

 摩耶はまた顔を赤くして龍仁から目を逸らしてしまった。

 やはり様子のおかしい摩耶に、龍仁は首を傾げる。

 

「まぁ、いいや。ただ、今日はウチにエリーのところからお客さんが来るから、あんまり時間は取れないけど、それでも大丈夫か?」

 

 どうしても会わせたい人がいるからと芳奈に言われ、龍仁は夜にその人と会うことにしていた。何でも、ロイヤルネイビーの隊員で、現在エリザベスの屋敷に滞在しているらしい。

 

「……大丈夫だと思う」

 

 エリザベスの名前を聞くと、どうしても胸が痛むのを感じる。

 恋というのは厄介なものなんだな、と摩耶は心の中で思いながら溜息を吐いた。

 そんな摩耶を心配しながらも、龍仁はそれ以上は踏み込まない方が良いと感じ、何も言わないのであった。

 

 

「と、いうワケで取材しちゃっていいかな?」

「どういうわけなんだよ」

 

 休み時間、突然教室に乗り込んできた青葉に龍仁はツッコんだ。

 

「実は新聞部の活動で龍仁の記事を書くことになってね。是非とも取材させてもらえないかなって思って」

「俺の記事?」

「そ。なんか、部長の話だと今エリザベスさんと同じぐらい龍仁にも注目集まってるんだってさ。『お姫様の心を射止めた人』ってことで」

「いや、射止めたって……」

「事実じゃない。こうやって私の心を掴んで離さないんだから!」

 

 龍仁の横では何故かエリザベスが誇らしげに胸を張っている。

 

「ということで、龍仁の情報を知りたがってる人が多いってワケ」

「……ちなみに、取材で何を聞かれるんだ?」

「うーん、プライベートのことをぶっちゃけてくれたら一番ありがたいかな」

「……ま、踏み込みすぎなければ別にいいぞ」

「だよね……さすがに私の取材は不安が多いだろうし……って、今なんて言った?」

「いや、だから踏み込みすぎたこと聞かれたり書かれたりしないなら別にいいぞって」

「……マジで?」

「マジだが」

 

 正直、断られると思っていた青葉は目を点にする。

 

「なんだ、断られると思ったのか?」

「うん、正直言うと」

「いっつも余計なことに首突っ込んでくるのは確かだけど、一線はちゃんと守るってのは知ってるからな。他の奴ならともかく、青葉の取材なら断る理由なんてないよ」

 

 予想外の答えに、ポカーンとなる青葉だったが、すぐに我に返って顔を赤くする。

 

「……そういうところ、昔からズルいと思うんだ」

「何がズルいんだ?」

「たぶん、龍仁には分かんないこと」

 

 青葉は嬉しさのあまり頬が綻ぶのを見られたくないのか、龍仁から顔を逸らす。

 

「そ、それで。いつ頃ならいいかな?」

「放課後は用事があるから、昼休みなら大丈夫だぞ」

「昼休みね!了解!それじゃ、また後で!」

 

 そう言って青葉は逃げるように教室から飛び出した。

 

「忙しい奴だな。……って、何で不機嫌そうなんだ、エリー」

「むぅー……」

 

 不機嫌そうな顔で龍仁を睨みつけるエリザベス。

 その理由が分からずに首を傾げる龍仁。

 その様子をベルファストは楽しそうに眺めているのだった。

 

 

「エリーもそれなりに鍛えてたんだな」

「万が一の場合に自分の身を自分で守れるように、ってベルに鍛えられたのよ。そういう龍仁もノーマンも凄い体力ね……これでも体力には自信があったんだけど」

「俺も伊勢姉達に鍛えられてるからな」

「俺もオイゲンに鍛えられたし」

 

 体育の時間。

 今日も内容は5㎞マラソンだったのだが、エリザベスは涼しい顔で自分のペースについてきた龍仁やノーマンに驚いていた様子だった。

 

「それよりもシリアスさん凄かったな。ぶっちぎりの1位でゴールで」

「うん、あれはびっくりした」

 

 走り始めてすぐにシリアスは凄まじい勢いで走り出した。

 そのペースは最後まで落ちることなく、そのまま1位でゴールしてしまった。それほどの走りを見せてもなお、まだまだ余力を残している様子でもあった。

 

「アレだけ大きな物を持っておきながらあんだけ動けるっていうのも、なんか釈然としないんだけどね……ベルもそうだけど」

「本当よね……」

 

 エリザベスはシリアスとベルファスト……正確には彼女達の胸を恨めしそうに睨む。

 豊かな胸という重りを持ちながら、自分よりも動けるというのが気に食わないようだ。

 それはヒッパーも同じなようで、エリザベスに同意していた。

 

「あの……何かいけなかったでしょうか?」

 

 注目されることにあまり慣れていないのか、シリアスはオドオドする。

 

「いや、何もいけなくないよ。シリアスさんが凄いって話をしていただけだから」

「ほ、本当ですか?」

「うん、カッコよかった」

 

 龍仁に褒められたのが嬉しいのか、シリアスはパァッと眩しい笑みを浮かべる。

 

「……ですが、あなたの本来の任務は龍仁様の周辺警護。それを忘れて一人で先行したのは感心できませんよ、シリアス。龍仁様の身に何かがあっては遅いのですから」

「あ、あぅ……」

 

 ベルファストは厳しい口調でそう言った。

 彼女自身はずっとエリザベスの後ろを走ってその姿を見守っていた。恐らく、やろうと思えばエリザベスよりもずっと早く走れただろう。だが、彼女の仕事はエリザベスを守ること。だからこそ、エリザベスにペースを合わせて万が一の場合にも対処できるようにしていた。

 その一方で、シリアスの方は龍仁の周辺警護という任務を完全に忘れていつもの訓練通りに走ってしまった。ベルファストはそのことを問題視していた。

 

「……でも、シリアスさんがこれだけ動けるなら、万が一の時にも安心できるな」

 

 龍仁は叱られてしょんぼりとするシリアスにそう言った。

 守られてるという意味では当事者である龍仁だが、メイド隊の業務に関しては完全に部外者である。そんな彼が下手なことで慰めるわけにはいかない。だからこそ、これが彼のできる最大限のフォローであった。

 

 そんな龍仁の気持ちを汲み取ってか、ベルファストはそれ以上は何も言わなかった。

 

「それより、ヨルクはどこ行ったんだ?」

「あぁ、アイツならあそこで倒れてるよ」

 

 ノーマンが指さす先。そこには完全にダウンしているヨルクの姿があった。

 

「カヒュー、カヒュー……」

「……変な呼吸してるけど、大丈夫か?ってか、何でああなったんだ?いつもはもう少し元気だろ」

「ベルファストさんとシリアスさんの胸の揺れが見たいから、とか言って全力疾走したのよ。中々追いつけなくて意地になって、結果あの様よ」

「……ヨルクらしいっちゃヨルクらしいんだが」

 

 目的も達成できなかったのだろう。苦悶の表情とは別に、ヨルクの顔には悔しさの色もハッキリ見えている。そんなヨルクを、一同は残念な人を見る目で見ていた。

 

「っと、龍仁。ジュース飲むか?今日は私が奢ってやるよ」

 

 そう言ってクリーブランドが財布を取り出す。

 

「お、いいのか?」

「あぁ、たまにはな。で、どうする?」

「うーん、そうだな。それじゃ、新発売のこれにするか。前々から気になってたんだよ」

「あ、やっぱり気になってた?私も飲んでみたいけど、いつものジュースも捨てがたい……」

「そんじゃ、また交換するか」

「お、いいな」

 

 そう言ってクリーブランドはジュースを2本買い、1本を龍仁に渡す。

 そして2人とも半分ぐらい飲んだ後に、互いにジュースを交換した。

 

「あー!あー!」

 

 ジュースを交換して飲む2人を見てエリザベスが声を上げる。

 

「どうした、エリー」

「ちょっと!それってか、間接キスじゃないの!」

「……それがどうした?」

 

 龍仁とクリーブランドは「何を言ってるんだ?」という顔でエリザベスを見る。

 

「どうした、じゃないわよ!そんな羨ましいことをして!」

「羨ましい?何がだ?」

「うぐぐ……ベル、私と龍仁の分も買うわよ!

「いやいや、エリーとはさすがにマズいだろ」

「そうだぞ、エリザベスさん。男子と女子で気軽にジュース交換なんてするもんじゃない」

「何でなのよ!意味が分からないわよ!」

「諦めて、エリザベスさん。この2人はこういうもんだから」

 

 ノーマンが自身も諦めたような表情でエリザベスを宥める。

 それでもなおギャーギャー騒ぐエリザベスを、龍仁とクリーブランドは困惑したような顔で見つめるのだった。

 

 

「やっほー、約束通り来たよ、龍仁」

「久しぶり、龍仁君」

 

 昼休み。龍仁が昼食を終わらせたタイミングで青葉とグリッドレイがやって来た。

 

「お、久しぶり。グリッドレイも一緒なのか?」

「うん、写真頼まれてるからね」

「で、俺一人で良いのか?エリーも一緒の方がいいか?」

「ううん、龍仁一人でお願い。エリザベスさんには部長から別に取材入るから」

「分かった。というわけだ、エリー」

「えぇ、了解したわ」

「で、どこで取材受ければいいんだ?」

「そうだね。できれば人気のないところがいいかな。その方が龍仁も話しやすいだろうし。あ、でも人気がないところにこんな美少女2人と一緒にいるからって、エロいこと考えちゃダメだからね?」

「さて、この取材は無かったことにするか」

「あぁ、ごめんごめん!冗談だから!」

 

 青葉が慌てる。以前それで本当に取材を取り消されたことがあったのだ。

 

「ったく。……そういうことしないから、エリーも睨んでくるな」

「……本当でしょうね?」

「本当だから。そんな考え一切ないから」

「そう断言されるのも何か傷つくなぁ……」

「アホなこと言ってないで、さっさと始めようぜ。時間無くなる」

「それもそうだね。それじゃ……新聞部の部室行こうか。ちょうど他にもやることあるし」

 

 そう言って3人は教室を出て部室棟に向かう。

 

 

「さて、何から聞こうかな」

 

 新聞部の部室。

取材のセッティングも終わり、青葉はさっそく質問内容をどうしようか考えていた。

 

「うーん、龍仁君の性的嗜好とか?」

「あ、それはもう知ってるからいいよ。前龍仁の家に遊びに行った時に、部屋から貧乳姉物のエロ本見つけたから」

「オイ待てコラ」

「……龍仁君、さすがにそれは……」

「マジな引き方するな。というか、青葉には説明しただろ。あれ、ヨルクに押し付けられたものだって」

「龍仁、エロ本が見つかった男の子ってみんなそう言い訳するんだよ」

「帰っていいか?」

 

 本気で帰ろうとする龍仁を、青葉とグリッドレイは慌てて引き留めた。

 

「ったく。それで?何を聞きたいんだ?」

「うーん、そうだね。まずは――」

 

 青葉は龍仁に次々と質問をしていく。

 趣味のことやプライベートのこと。そしてエリザベスとの関係。

 あまり踏み込んだ質問はせず、意図せず踏み込んだ質問になった場合は龍仁も答えず、青葉も無理に踏み込んで聞こうとはしなかった。そして、時折グリッドレイのカメラのシャッター音が部屋に響き渡る。

 そんな時間が15分ほど続いただろうか。

 

「……ってな感じだ」

「ふんふん……なるほどね。っと、こんなもんかな」

 

 青葉が準備していた質問も終わり、青葉は「ふぅ」と息を吐く。

 

「これで終わりか?」

「うん、そうだね。これだけあれば記事は書けそうだからね」

「そっか。それならよかった」

「さて、じゃあそろそろ終わりにしよっか」

 

 そう言って青葉は立ち上がって椅子を片付ける。

 

「今日はありがとね、龍仁」

「これぐらいなら協力はするさ。……くれぐれも変な記事書くなよ?」

「わ、分かってるよ。それじゃ、私達まだやることあるから、龍仁は戻ってていいよ」

「ん、分かった。それじゃ、お疲れ」

 

 そう言って龍仁は部室を出て行った。

 

「……良かったの?」

 

 龍仁の気配が消えた頃、グリッドレイは青葉にそう言った。

 

「何が?」

「一番大切な質問、しなくて良かったの?」

 

 グリッドレイは事前に青葉が用意していた質問内容を知っていた。

 だからこそ、とある質問をしなかったことが気になっていた。

 

「……いいの。あんまり踏み込んだ質問はしないって約束したし。それに……」

「それに?」

「……今の龍仁ならその質問にも何だか答えてくれそうで、不安だった、ってのがあるかな」

「青葉……」

 

 こういう時の青葉の直感はよく当たる。

 きっと、明確ではないにせよ龍仁はある程度の答えを持っているだろう。

 そして、その質問をすれば、きっと龍仁は答えてくれていただろう。

 その答えを聞くのが、青葉には怖かった。

 

「……」

 

 青葉はメモ帳を見る。

 

(……とっくに諦めたって自分では思ってたんだけどなぁ)

 

 龍仁への取材のために準備した質問の数々。

 その中で、唯一龍仁にできなかった質問。

 それを青葉は、少しだけ寂しそうな目で眺めた。

 

 ――今、好きな人はいる?

 

 

「というわけで今日も授業は終わりだ。お前ら、気を付けて帰れよー」

「アマゾンちゃんも知らないおじさんに飴ちゃん貰ったからってついて行っちゃダメだぞ」

「よし、ヒッパー。いつも通りヨルク連れて来い。今から楽しいお話の時間だ」

「分かりました」

「いでででででで!雑!ヒッパーちゃん、今日は掴み方が雑だっててててててて!」

 

 いつものやり取りを合図に、生徒達は帰り支度を始める。

 数日も経てばさすがのアマゾンもいつも通りのコントをする余裕が出てきたようだ。

 

「……前もこんな光景見たけど、いいの?放っておいて」

 

 特に気にした様子もないクラスメイト達に、エリザベスは怪訝な表情を浮かべる。

 

「いつものことだからな。ヨルクもアレはアレで楽しんでるし」

「……マゾなの?」

「俺に聞かないでくれ。っと、今から生徒会室だな」

「あら?何かやったの?」

「分からん。何かエリーのこととかで聞きたいことがあるとか」

「それじゃあ私も行った方がいいかしら?」

「うーん、どうなんだ、摩耶さん」

「えっと、たぶん桐原だけで来た方がいい、と思う」

「ってことだ。今日のお客さん?が来るまでには間に合うと思うから」

「そうなのね……うーん、それじゃ、何してようかしら」

「エリザベスさん、時間空くの?」

 

 椎名達がエリザベスに駆け寄ってくる。

 

「そうなるわね」

「それじゃ、一緒に部活巡りしない?まだ部活入ってないよね?」

「あ、それ良いわね。ちょっと気になってたから」

「決まり!それじゃ、桐原君。エリザベスさん借りていくね!」

「あぁ。こっちも用事が終わったら連絡するから」

 

 そう伝えると、椎名達はエリザベスを引っ張って教室を出て行った。

 エリザベスに友人ができて嬉しいのか、ベルファストは嬉しそうに笑いながらエリザベス達の後を追う。

 

「じゃ、私も行ってくるよ、龍仁」

「おー、頑張れよ。今日も先に終わったら校門で待っててくれ」

「分かった!」

 

 そう言ってクリーブランドも教室を飛び出す。

 

「……私はどうすれば?」

 

 残ったシリアスは、縋るような目で龍仁を見る。

 

「あ、シリアスさんも連れて行ってもらえばよかったな……仕方ないか、シリアスさんも一緒でいいか、摩耶さん」

「たぶん、大丈夫だと思う」

「だってさ。一緒に行こうか、シリアスさん」

「あ……はい!」

 

 龍仁にそう言われてシリアスは嬉しそうに笑う。

 

「ノーマン達はどうする?俺達今から生徒会室に行くんだけど」

「ちょっと別件で行くところがあるから、一緒には行けないな」

「そっか。それじゃ、また明日だな」

「あぁ、また明日」

 

 ノーマンとオイゲンは揃って教室を出ていく。

 

「それじゃ、行くか」

「あぁ」

 

 龍仁達も生徒会室へと向かうために教室を出る。

 

 龍仁と摩耶が並び、その後ろをシリアスがついて行く。3人はそんな感じで移動していた。

 特に会話もなく、しかし摩耶の方は何かを言いたそうに龍仁をチラチラと見ていた。

 

「……にしても、エリーのことか。正直、詳しく話せることってあんまりないんだよなぁ」

 

 ふと龍仁が口を開いた。

 

「そうなのか?」

「個人的な関係のことなら話せることはあるけど、生徒会が聞きたいのってそういうことじゃないだろうし、だったらエリー本人に聞いた方が手っ取り早いと思うんだ」

「たぶん、エリザベス様にも話は行くと思う。今日龍仁に聞くことのメインはエリザベス様のことじゃないだろうし……」

「え、どういうこと?」

「……僕の口からはちょっと」

 

 たぶん、話題の内容は知っているのだろう。しかし、摩耶本人の口からは言いにくいようだった。だから、龍仁もそれ以上は聞かなかった。

 

 そこからはありきたりな雑談をしながら歩いていた。

 摩耶が最近はまっているゲームやマンガのこと、龍仁が好きな作品。

 そんな他愛のないことを話していると、いつの間にか生徒会室の前に辿り着いていた。

「さて、高雄姉達はいるかな……」

 

 摩耶は扉をノックする。

 すると、中から「どうぞ」と声がした。

 扉を開け、3人は中に入る。

 

「待ってたよ、桐原龍仁君」

 

 中で待ち構えていたのは、高雄、愛宕、そして生徒会長のシド・ホワイトだった。

 

 

 3人が生徒会室を訪れる少し前。

 

「うふふ、楽しみね」

 

 生徒会室の中では愛宕がワクワクした様子で待っていた。

 

「……何でお前がいるんだ、愛宕。お前は役員とは関係ないだろう」

「あら、ちゃんとシドから許可は貰ってるわよ。ねぇ?」

「……まぁ、許可といえば許可だな」

 

 シドは苦笑いを浮かべる。

 それだけで「強引に押し切られたな」と高雄は察した。

 

「一応、名目上はエリザベス様の情報収集なんだぞ」

「名目上は、でしょ。メインは摩耶ちゃんのお気に入りの子を見るってことなんだから、私がいても問題ないわよね」

「む……」

 

 高雄も正直なところ、エリザベスの話は建前で、摩耶と友人になった人物と会ってみたいというのが本題であったため、それ以上強くは言えなかった。

 

「まぁ、俺としても摩耶の友人がどんな人かちゃんと確かめたいし。ノーマンやオイゲンからちょくちょく話は聞いてたけど、実際に見ないとやっぱり分からないからな。俺がそうなんだから、姉である愛宕も気になって仕方ないってのは分かるよ」

「でしょでしょ。さすがシド。話が分かるわね。それよりも、お姉さんと一緒になればシドも摩耶ちゃんのお兄さんに――」

「どさくさに紛れて誘惑をするな、愛宕」

「えー、高雄ちゃんのケチー」

 

 愛宕は子供のように頬を膨らませる。

 いつものことなのか、シドも困ったような笑みを浮かべるだけだった。

 

「そういえば赤城と大鳳はどうしたんだ?」

「そういえば来てないな。いつもなら乗り込んできてもおかしくないのに」

「うふふ、あの2人なら『少しだけ』お話をして大人しくしてもらってるわよ」

「……お前」

「はぁ、また明日は誰か待機させておかないとな」

 

 シドと高雄は半ば諦め気味の溜息を吐いた。

 と、その時扉がノックされた。

 

「む、来たか」

「みたいだな。どうぞ」

 

 シドは姿勢を正してからそう言った。

すると、扉が開いて摩耶と桐原龍仁、そして見知らぬ女子が一人入ってきた。

 

「待ってたよ、桐原龍仁君」

「初めまして、会長。桐原龍仁です」

「うん、君のことはノーマンやオイゲンから聞いてるよ。時々生徒会の仕事も手伝ってくれているんだって?」

「時々ですけどね」

「いや、それでも助かるよ。生徒会だけだと人手が足りない時があるからね」

 

 そう言ってシドと高雄は愛宕の方をチラッと見る。

 主に彼女達の起こす騒動の片付けのことを言っているのだが、それを知ってか知らずか、愛宕は何事もないかのようにニコニコしている。

 

「ま、とりあえずゆっくりしてくれ」

「ゆっくり……」

 

 龍仁はチラッと愛宕の方を見る。さすがの龍仁も愛宕の顔ぐらいは知っていた。

 学園随一の危険人物が一緒ともなると、ゆっくりできるかどうか龍仁にも自信はない。

 

「大丈夫。愛宕姉はシドさんが関わらなければ大人しいから」

「……摩耶さんがそう言うなら」

 

 そう言って摩耶と龍仁は椅子に座る。

 

「さて、まずはだが……」

 

 シドはさっそくエリザベスのことについて尋ねてきた。

 主に質問内容は「生徒会のサポートがどれくらい必要か」であった。

 龍仁はメイド隊のことは話したが、具体的にどれくらいのサポートが必要かまでは分からなかったので、そこまで大した説明はできなかった。だが、それも織り込み済みだったようで、シド達は深くは聞いてこなかった。

 

「うん、ありがとう。メイド隊か……もしかして、その子も?」

「あ、はい。シリアスさんもメイド隊の一人で、一応俺の身辺警護が任務みたいです」

「そうか……シリアスさんならどれくらい生徒会のサポートが必要か分かるかな?」

「申し訳ありません。陛下のことはベルファストに一任しておりますので……」

「そっか。ま、どっちにしてもエリザベス様にも話をする予定だったから、構わないよ」

 

 さて、と言ってシドは姿勢を少しだけ崩す。

 

「真面目な話はここぐらいにしよう。本題はここからだ」

「え、本題?」

「そうだ。とりあえず、高雄」

 

 高雄は頷いて龍仁の前まで行き、そして頭を下げた。

 

「桐原龍仁。摩耶のことで礼を言わせてくれ。ありがとう」

 

 

 突然のことで龍仁は思わず慌てふためく。

 

「え、いや、え?な、何がですか?」

 

 生徒会副会長高雄。質実剛健を絵に描いたような人物で、その凛とした姿に憧れる生徒は多く、龍仁もその一人である。そんな相手から頭を下げられたのだ。慌ててしまうのも仕方ないだろう。

 

「だから、摩耶のことだ」

 

 高雄は頭を上げると、ジッと龍仁の目を見た。

 深く透き通った琥珀色の瞳。まるで、こちらの心を覗かれていると錯覚してしまう程に、その瞳は綺麗で惹き込まれそうになる。

 

「その、知っているかもしれないが、摩耶はハッキリ言うと友人が少ない」

 

 高雄は苦笑いしながらそう言った。

 当の摩耶も自覚はあるのか、少し顔を赤くして俯く。

 

「人付き合いが苦手なわけじゃないが、自分から進んで他人と関わろうとはしない。だからこそ、手を差し伸べてくれる人が必要なのだが、そういった人は貴重だ。だから、君には感謝している。摩耶に手を差し伸べてくれて」

 

 高雄に真っすぐ見つめられながらそう言われ、龍仁は少し照れ臭くなった。

 

「……俺も、摩耶さんが隣の席じゃなければ、手を差し伸べていたかどうか……正直分かりません」

「でも、今こうして君は摩耶と一緒にいてくれている」

「それは、まぁ……」

「それが重要なんだ。実際に手を差し伸べてくれたという事実が。それに、先ほどの受け答えや今の謙虚な姿勢……うむ、正直少し心配だったが、君のような人物が摩耶の友人になってくれて、拙者は安心したよ」

 

 心底嬉しそうに語る高雄。その表情だけでどれだけ摩耶を大切に想い、心配し、そして今回のことを喜んでいるのかが分かった。

 

「うん、俺も安心した。摩耶は昔から付き合いのある妹みたいなものだからな」

 

 シドも嬉しそうにそう言った。思わず羨ましいと思ってしまうぐらいに、摩耶を可愛がってくれる人は多いようだった。

 

「ふふっ、私も嬉しいわ。こんないい子が摩耶ちゃんの彼氏になるかもしれないなんて」

「……はい?」

「あ、愛宕姉!?」

 

 急に話に入ってくる愛宕。

 龍仁は首を傾げ、摩耶は顔を赤くして焦り始める。

 

「愛宕……その話はしないってことになってなかったか?」

「いいじゃない。ここでハッキリさせていた方が、摩耶ちゃんのためにもなるじゃない」

「えーっと、何の話ですか?」

「うふふ、私達に弟ができるかもしれないって話よ」

 

 そう言うと愛宕は龍仁をじっと見た。

 まるで獲物を見つめる肉食獣のような目。それでいて美しい宝石のように魅惑的で、高雄とは違った、恐ろしさを感じるほどに惹き込まれそうな深い琥珀色の眼差し。

 その目で射貫かれ、龍仁は動けなくなってしまった。

 

「それにしても……」

 

 愛宕はゆっくりと龍仁に近付く。そして、龍仁の前に立つと、その顔をジッと見つめる。

 龍仁は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまった。

 

「遠くから見たことはあったけど、思ったよりも可愛いわね。ふふっ、思わずお姉さんのモノにしてしまいたいぐらい」

 

 愛宕は龍仁の顎をクイッと持ち上げ、顔を近づける。

 その深い瞳に見つめられ、まるで心の中を彼女に掻き混ぜられているかのような感覚に陥ってしまう。

 

「どうかしら。あなた、本当に摩耶の彼氏にならない?そうすれば正式に私はあなたのお姉さんということに――」

「そこまでにしておけ」

「きゃんっ」

 

 高雄が龍仁から愛宕を引きはがす。すると、龍仁の身体が何かから解放されたかのように急に軽くなり、龍仁は大きく息を吐いた。

 

「大丈夫か?」

「な、なんとか……」

 

 心配そうに声をかける摩耶に、龍仁はそう答えた。

 

「すまない、龍仁君。変な奴に絡まれるようなことになってしまって」

「もう、高雄ちゃん。変な奴呼ばわりは酷いじゃない」

「そう呼ばれたくないなら少しは自分を顧みろ」

 

 ジトッとした目で愛宕を睨む高雄だったが、肝心の愛宕は「ふふふ」と笑うだけで反省している様子は一切無かった。

 

「彼氏云々の話は気にしなくていい。その、愛宕が勝手に言っているだけだから。だが、これからも摩耶の友人でいてくれると拙者も嬉しい。君の話をする時の摩耶は本当に楽しそうなんだ」

 

 高雄は龍仁に向き直り、彼にそう言った。龍仁はそんな高雄の目を真っすぐ見て答えた。

 

「えっと、こ、こちらこそよろしくお願いします」

 

 摩耶は何も言わず、目を閉じて顔を伏せる。彼女の顔が微かに綻び、紅潮していたことに気付いたのは、この部屋にはいなかった。

 

 それから少しだけ談笑し、その場は解散となった。部屋を出る時に愛宕から「お姉さん、諦めないわよ?」と眩しい笑顔で言われたことは、龍仁は気にしないことにした。

 

「何というか、思ったより話しやすい人達だったな」

 

 生徒会室から教室へ戻る途中、龍仁はそう言った。

 生徒会長のシドと副会長の高雄は、イメージとしてはお堅いイメージがあった。

 しかし、今日話してみると意外と緩いというかフランクな、そんな人物だった。

 

「まぁ、愛宕さんは思ってた通りちょっと怖かったけどな……」

「……」

「どうした、摩耶さん」

「その……」

「ん?」

「愛宕姉の言ったこと、気にしなくていいから」

「あぁ、彼氏がどうのこうのってやつ?大丈夫、俺も気にしてないから」

 

 そう言って笑う龍仁に、摩耶は少しだけ不満そうに頬を膨らませた。

 

「……そうあっさり言われるのも、気に食わないな」

「何か言ったか?摩耶さん」

「別に」

 

 摩耶はプイッとそっぽを向いてしまった。

 そこから教室へ戻るまで、摩耶の機嫌が直ることはなかった。

 

 

「それで、お客さんって誰なんだ?」

 

 夕食の準備をしながら龍仁は芳奈に尋ねた。

 またもや手伝いを禁止にされ、シリアスは不満そうにしながらも大人しく座っていた。

 

「あんたも知ってる人よ」

「知ってる人って……知り合いか?」

「知り合いではないけど……ま、会ってみれば分かるわよ」

「ふーん?」

 

 気にはなるが、これ以上は教えてもくれなさそうだったので、龍仁は料理に集中することにした。横ではフィーゼがせっせと食器を運んでくれていた。

 

「……っと、こんなもんかな。母さん、もう少しでできそうだけど、そのお客さんってあとどれくらいで来るんだ?」

「そうね……あと10分もすれば来るんじゃないかしら」

「分かった。フィーゼ、盛り付け手伝ってくれないか?」

「了解した」

 

 そう言うと龍仁とフィーゼは盛り付けを始める。

 お客さんの分まで作ったので、盛り付け作業が大変であった。

 そんな2人の様子を、シリアスは羨ましそうに見ているのだった。

 

「……芳奈様、シリアスにできることは本当に無いのでしょうか」

 

 シリアスは不安そうな声で芳奈に尋ねた。

 

「うーん、確かにあなたの役割は龍仁の身辺警護だけど……無理に仕事のことばっかり考えなくてもいいのよ。あの子も好きでやってるんだし、あなたも自分の家だと思ってゆっくりしていいのよ」

「ですが……」

 

 彼女もメイドの一人である。何かしらの役割を持っていないと不安で仕方ないのだろう。

 

「うーん、……龍仁のお風呂のお世話をするとか?あの子も男の子だから喜ぶわよ」

 

 芳奈は冗談で言ったつもりだった。

 しかし――

 

「それでいいのですか!このシリアス、全力でお世話します!」

 

 シリアスは目を輝かせてそう宣言した。

 芳奈は「いや、冗談だから」と言おうとしたが、その時だった。

 

 ピンポーン

 

 家のチャイムが鳴り響く。

 

「あら、来たのかしら」

「お、もう来たのか?」

「みたいね。龍仁、いらっしゃい」

 

 芳奈に言われて龍仁も芳奈と一緒に玄関に向かう。

 

「はーい」

 

 扉を開けると、そこにはエリザベスとベルファスト、そして他数人が立っていた。

 

「来たわよ、龍仁」

「あぁ、待ってたぞ、エリー」

「あら……」

「ふむ……」

 

 エリザベスの後ろで何やら驚いたような声が聞こえてきた。

 

「陛下、失礼します……」

 

 そう言って2人の女性が龍仁の前に立つ。

 一人は優雅な雰囲気を纏う、淑女という言葉がよく似合う女性。

 もう一人は、凛とした雰囲気を纏う、まるで物語に出てくる騎士のような女性。

 

「……えっと?」

 

 その2人に見つめられ、龍仁は困惑する。

 

「驚いたな……本当に閣下そっくりだ」

「えぇ、名前もお姿も……まるで生き写しですね」

 

 2人は龍仁を見て嬉しそうに笑う。

 龍仁は戸惑いながら芳奈を見た。

 

「えっと、龍仁も困ってるから自己紹介いいかしら?」

「あぁ、それもそうだな」

 

 2人の女性は姿勢を正す。

 

「ロイヤルネイビーのアーク・ロイヤルだ」

「同じくロイヤルネイビーのフッドですわ」

「……え、アーク・ロイヤルとフッドって」

 

 龍仁は驚きの表情を見せる。

 もう一度芳奈を見ると、芳奈は「うん」と頷く。

 

「そ。2人は昔の大海戦を生き抜いた英雄……本物のアーク・ロイヤルさんとフッドさん。そして、私達のご先祖様と一緒に戦ったKAN-SENでもあるわ」

 

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