アズールレーン学園   作:S・H指揮官

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第15話

「で、俺が山の中でオリバーの訓練受けてる間に楽しんできたわけですね、君達は」

 

 週明けの月曜日。

 登校してきた龍仁達を待ち構えていたのは、疲れ切った表情のヨルクであった。

 

「山の中で訓練?なんかあったのか?」

「今言ったとおりだよ!週末はオリバーと一緒にずっと山籠もりで訓練だったんだよ!」

 

 ヨルクが血の涙を流しそうな勢いでそう言った。

 龍仁は「あぁ、逃げられない用事ってこれだったのか」と考えていた。

 

「『水着着るために筋肉付けたいなぁ』って軽く言ったら、『いい方法があります』とか言われて、サバイバル訓練だとかいってナイフと最低限の食糧だけ持たされてオリバーと2日間ずっと山の中……途中で熊も出てさすがに死ぬかと思ったわ!オリバーが一撃で仕留めたけど!凄かったわ、あの光景!お前らにも見せてやりたかったわ!あと熊肉意外と美味しかったわ、チクショウ!」

 

 憤っているのか感動しているのかよく分からないヨルクのテンション。

 オリバーの弟であるバーニーが、「兄は自分よりも遥かに強い」と言っていたのを、龍仁は思い出した。バーニーですら見た目からして熊を絞め殺せそうな体をしていたのだ。その彼が「自分よりも遥かに強い」と言っているオリバーであれば、熊を一撃で仕留められても不思議ではないだろう。

 とりあえず、ヨルクが壮絶な2日間を過ごしたことだけは理解できた。

 

「そういや、ヨルクの体格良くなってるな」

「良かったじゃないか。前々から『ムキムキになりたい』って言ってたし」

 

 龍仁とクリーブランドは呑気にそう言う。

 彼らの言う通り、少なくとも最後に会った時よりはガタイが良くなっていた。

 

「良くねえよ!女の子との水着選びっていうムフフイベントを放棄してまで筋肉とかいらねえよ!俺だってみんなの水着見たかったよ、チクショー!」

「言っとくけど、俺もノーマンもまだみんなの水着見てないぞ」

「え、そうなの?」

「なぁ、クリーブ」

「あぁ。お披露目はプール行った時にしようってみんなで決めたんだ。だから、まだ龍仁達には見せてないぞ」

「……ヒッパーちゃんのも?」

「もちろん」

「なんだぁ、良かったぁ!それならちょっとは気が楽になったぁ。俺が苦労している間に龍仁とノーマンだけ羨ましい目に遭いやがって、って思っちゃってたからさぁ」

 

 ヨルクは嬉しそうに体をくねらせる。ハッキリ言ってキモい動きだった。

 実は、「ヨルクが可哀そうだから」とお披露目をプールの時にしようと言い出したのはヒッパーなのだが、それを言ったら間違いなく調子に乗るだろうと思い、クリーブランドはそのことを言わないことにした。

 

「で、いつ行くの?」

「テスト終わってからだな」

「じゃあ、あと1ヶ月ちょっとか。くー、楽しみだぜ!」

「そのためにも補習は絶対に回避しないとな」

 

 定期テストで赤点を取れば休日はほとんど補習で潰される。

 そうなれば、みんなと遊びにも行けなくなってしまう。

 龍仁の学力は並程度。普通にやっていれば赤点は無いだろうが、油断すれば赤点を取ってもおかしくはないライン。だからこそ、龍仁もやる気を出さないといけなかった。

 

「龍仁、一緒に頑張ろうな」

 

 クリーブランドは龍仁にそう言った。

 彼女は龍仁以上に勉強が苦手だった。相当頑張らないと赤点を取ってしまう。

 得手不得手の問題なので仕方はないのだが、それでも毎回赤点になっていないのは彼女の努力の賜物だろうか。

 

「おう、もちろんだ。一緒に頑張ろうぜ、クリーブ」

 

 龍仁がそう言うと、少し不安そうにしながらも、クリーブランドは笑った。

 

「そうそう、水着パラダイスのためにな!」

 

 既に頭の中では女の子たちの水着に囲まれているのか。

 ヨルクはとてもじゃないが人に見せられない顔になっていた。

 

「お前と一緒にするな、ヨルク」

「龍仁は、私の水着を見たくないのか……?」

「……」

 

 沈黙を貫いているが、龍仁の顔には「見たいです」とハッキリ書かれていた。

 

「……スケベ」

「どうしろと」

「ほ、本当!?」

 

 その時、どこからともなく大声が聞こえてくる。

 声の方に目をやると、エリザベスの席に集まったいつもの女子達が見えた。

 

「本当だよね!私達も一緒に行っていいんだよね?」

「だからそう言ってるじゃない」

 

 目を輝かせながら詰め寄る椎名に、エリザベスは苦笑いをしていた。

 どうやら、先ほどの声は椎名のものだったらしい。

 

「テストが終わったらみんなで一緒に泳ぎに行くわよ。これは約束」

「え、エリザベスさん……」

 

 椎名はプルプル震えて、そして天に向かって拳を突き上げた。

 

「やったぁ!エリザベスさん達の水着見放題だぁ!」

 

 気持ちいいぐらいに下心が見える。むしろ下心しか見えない。

 

「喜ぶのは良いけど、大丈夫なの?椎名、あんた赤点常連じゃん」

 

 溝口の冷静な指摘。だが、椎名の顔は曇らない。

 

「そんなの、全力で勉強すればいいだけの話だよ!愛のためなら私はいくらでも頑張れるよ!いざ、水着ハーレムのために!」

 

 スケベ心というのは人のやる気を引き出すのだろうか。

 自分も開き直って見習った方が良いのだろうか、と龍仁は本気で考えるのだった。

 

 

「そういえば、星帰り祭までもう少しだな」

「そういや、もうそんな時期か」

「星帰り祭?」

 

 昼休み。相変わらずのメンバーで集まる一同。

 その中で出た聞き慣れない単語に、エリザベスは首を傾げる。

 

「あれ?龍仁、エリザベスさんに星帰り祭の話してないのか?」

「……あ、そういえば。頭から抜けてた」

「お前なぁ……」

「それで、星帰り祭って何なの?」

「この学園の伝統行事です」

 

 龍仁達が答える前にベルファストが答えた。

 

「重桜で星が見えなくなる現象はご存じですね?」

「えぇ、話には聞いているわ。実際に見たことはないけど」

 

 夏の時期、重桜では不思議な現象が起きる。

 雲がかかったわけでもないのに、夜の空に星が一切見えなくなる現象。

 それが数日間続き、そして何事もなかったかのようにある日から星が見えるようになる。

 未だに原理も原因も不明な謎の現象で、世界中の科学者が揃って首を傾げている。

 だが、星が見えなくなる以外には特に何が起きるわけでもなく、むしろ世界でも重桜だけで起きる季節イベントとして名物化している地域もあるぐらいだ。

 

「その時期……今から2ヶ月ほど先ですね。その現象が起きる期間に合わせて、この学園でイベントを開くのです。星が消える日を『星送り』、星が消えている間を『星待ち』、そして星がまた見える日を『星戻り』。それらを合わせて『星帰り祭』と呼ぶのです」

「へぇ……」

「よく知ってるね、ベルさん」

「情報収集もメイドの務めですから」

 

 ベルファストはそう言ってニコッと笑う。

 

「それで、どんなイベントなのかしら」

「簡単に言えば人気投票」

「人気投票?」

「そ。各クラスから1人『神子』になる女子を決めて、その神子の人気を競うってワケ。言ってしまえば、クラス対抗のミスコンだよ」

「なんで神子なの?」

「『星待ち』の間に不吉なことが起きないよう祈るっていう、この辺りで行われていた神事が基になってるからよ」

「その神事でお祈りをするのが『神子』で、その『神子』に捧げものをするって風習だったらしいんだけど、ずっと昔の生徒会長が『それをイベントにしよう!』とか言い出したらしくて、それ以来ウチの学校の伝統行事になってるんだ」

「そこで何で人気投票になるのよ」

「投票を神子への捧げものに見立ててるんだってさ」

「なるほど……」

 

 ノーマン達の説明で、エリザベスもある程度のことは分かったようである。

 

「結構賑やかなんだよな」

「結構どころじゃないだろ。学園だけじゃなくて町を挙げてのイベントなんだから」

「そうなの?」

「この学園ってKAN-SENが多いだろ。だから綺麗どころも揃ってて、各クラスから選ばれる神子も選りすぐりの美少女ばっかりなんだよ。それで、何年か前の星帰り祭の動画をネットで広めたやつがいて、それがきっかけで全国ニュースにまでなってな。それ以来全国各地から見物客も来るようになって、観光PRのチャンスだって町も協力してくれるようになったんだ」

「それは楽しみね……!」

「というより、てっきりエリザベスさんは知ってるものとばかり思ってたのだけど」

 

 首を傾げるオイゲンに、エリザベスは目を丸くする。

 

「え?」

「あぁ。今年の星帰り祭、協賛金がロイヤルネイビーからも出てたからさ」

「え?ベル、そうなの?」

 

 驚いてベルファストに確認するエリザベス。

 ベルファストは「はい」と頷いた。

 

「学園内のイベントについては事前に一通り国王陛下にもお伝えしていますので。それで、星帰り祭の詳細をお伝えしたところ、『これぐらいは協力するべきだ』と仰られまして。ロイヤルネイビーから協賛金をお出しすることになりました」

「その話、私聞かされてないのだけど?」

「はい、国王陛下から『聞かれるまで言わなくてもいい』と」

「お、お父様め……」

 

 エリザベスは肩をわなわなと震わせる。彼女の頭の中には何が浮かんでいるのだろうか。

 

「なんか、サラリと凄い会話聞いちゃったな」

「あ、あぁ……」

 

「国王陛下」や「ロイヤルネイビー」といった、庶民とはかけ離れた単語に、ヨルクと龍仁は思わず息を呑む。2人はこんな調子だが、エリザベスやベルファストにはそれが当たり前の世界なのだ。

 

「まぁ、テスト明けぐらいに神子決めとか色々あるだろうから、楽しみにするといいよ」

「そうね、そうさせてもらうわ」

 

 それからしばらくワイワイ喋っていると、突然龍仁の携帯が鳴り響く。

 

「っと、悪い」

 

 そう言って龍仁は携帯を見る。ディスプレイに映る名前は――。

 

「……ポートランド?」

 

 以前連絡先を交換した後輩から電話がかかってくる。

 龍仁は「どうしたのだろう?」と疑問に思いながらも、席を外して静かな場所に向かう。

 そして階段の踊り場まで来たところで電話に出た。

 

「……はい、もしもし」

『あ、龍仁先輩!お久しぶりです!』

「あぁ、久しぶり。元気にしてたか?」

『はい、それはもう!龍仁先輩は……元気でしたね。色々話は入ってきますよ』

 

 恐らく、エリザベスのことだろう。少し前に青葉達新聞部の号外も出た。

龍仁の状況を彼女が知っているのは当たり前のことだろう。

 

「はは、何とか元気にやってるよ。それで、どうかしたのか?」

『あ、そうです!どうかしたのか、じゃないですよ!』

「え、何だ何だ?」

『インディちゃんに会いに来てくれるって言ったのに、全然会いに来てくれないじゃないですか!インディちゃんも早く会いたいって寂しがってるんですよ!』

 

 電話の向こうから小さく「お姉ちゃん、それは言わなくていいから」という声が聞こえてくる。どうやら、インディちゃんとやらも一緒にいるようだ。

 

「あ、そういえば……バタバタしてて完全に忘れてたな」

『もう。まぁ、あれだけの騒ぎがあれば仕方ないとは思いますけど……』

「そうだな……今日の放課後とか時間あるか?」

『今日の放課後ですか?……あ、もしかして今日会いに来てくれるんですか?』

「あぁ、どうせ暇だからな」

『だって、インディちゃん!よかったね!』

 

 嬉しそうな声が電話の向こうから聞こえてくる。

 ポートランドが小躍りしている姿が目に浮かぶようだ。

 

『それじゃ、龍仁先輩!放課後インディちゃん愛好会の部屋で待ってますからね!』

「あ、あぁ。分かった」

 

 それから、具体的な時間を決め、そして通話が切れた。

 

「……そっか、寂しがってたか。悪いことしたな」

 

 約束を破るつもりはなかったのだが、頭から抜け落ちていたのは事実だった。

 あの、無表情だが可愛らしい女の子の顔が思い浮かび、龍仁は申し訳ない気持ちになった一方で、少しくすぐったい気持ちにもなった。

 

 とりあえず差し入れでも買ってから行こう、などと考えながら龍仁は教室に戻った。

 

 

 放課後――

 

「よし、部活だ!」

「お、気合入ってるな、クリーブ。やっぱ、そろそろ大会が近いからか?」

「あぁ、そうなんだ。もうみんな気合入りまくりで」

 

 クリーブランドからは大会が待ち遠しいという気持ちが強く伝わってくる。

 

「去年は全国大会で準優勝だったんだよな」

「あぁ、あと一歩のところだったんだが……」

 

 去年の高校バスケ全国大会の決勝戦は史上稀に見る大接戦として、高校バスケ界に広く伝わっているらしい。おかげで、今年のバスケ部の新入部員は過去最多だったとか。

 

「だから、今年こそ優勝できるように頑張るんだ!」

「頑張れ、応援してるぞ、クリーブ」

「それじゃ、行ってくる!」

 

 そう言ってクリーブランドは教室を飛び出す。

 

「ヨルク……は、そういやアマゾン先生に連行されたな」

 

 帰りのHR。いつものようにヨルクはアマゾンを茶化して連行されて行ったので、今頃職員室でお説教を食らっている頃だろう。

 何度絞められても全く懲りる気配がないのは、ある意味大物かもしれない。

 

「龍仁、今からまた部活巡りなのだけど。今日は一緒に行かないかしら?」

 

 エリザベスと椎名達いつもの面々。

 いつもは彼女達で部活巡りをするのだが、今日は珍しく龍仁を誘ってきた。

 

「今日はどの辺りを回るんだ?」

「科学棟を回るつもりよ」

「科学棟って……大丈夫なのか?」

 

 科学棟は学園内随一の危険地帯として知られている。

 主にこの区画を占拠する科学部のせいなのだが、爆発沙汰は日常茶飯事、実験動物が逃げ出すことも当たり前、何やら怪しいガスが漏れたこともある、なんて噂も聞く。

 

「大丈夫大丈夫!」

「その心は?」

「実は私、科学部所属だから、何かあっても万事安全!」

 

 自信満々に胸を張る椎名。だが、龍仁の目は冷ややかだった。

 

「……えっと、椎名さんって科学部だったの?」

「そうだよ」

「……溝口さん。なんかあった時はよろしく頼む」

「自信はないけど、最大限努力してみるよ」

 

 気持ちは一緒だったのか、溝口も溜息を吐きながら了承する。

 

「あ、あれ?何で私じゃなくて溝口に?……もしかして、もしかしてだけどさ……私の信頼度って低かったりする?」

「……」

「……」

「やめて!その『今更何言ってるんだ?』みたいな目をみんなでしないで!」

 

 そうやら椎名以外のみんなの心が一つになったようだ。

 

「それで、龍仁はどうかしら」

「うーん、科学棟じゃ俺とは逆方向になるな」

「あれ?龍仁もどこか行くの?」

「あぁ、ちょっと約束があってな」

 

 女の子に会う、なんて正直に言ったらエリザベスが不機嫌になりそうだったので、龍仁は曖昧に答えた。

 

「ふぅん……」

 

 龍仁の顔をジッと見るエリザベス。まるで心を読まれているかのような瞳に、思わず龍仁も魅入られてしまう。

 

「……もしかして、女の子?」

「……」

「むー」

 

 沈黙は金とは誰が言ったのか。

 少なくとも、今は沈黙に金ほどの価値があるとは、龍仁には思えなかった。

 

「……まぁ、いいわ。だけど、シリアス!」

「は、はい!」

 

 エリザベスにビシッと指をさされたシリアスは声を上ずらせる。

 

「あなたが龍仁をちゃんと見ておくこと!いいわね!」

「えっと、見ておくとは具体的に……」

「必要以上に他の女の子と親密にならないようにするの!」

「必要以上に……分かりました、つまり、誇らしきご主人様が他の女性と子作りをしないように見張ればいいのですね!」

「「「ぶー!」」」

 

 突然の発言に、その場にいたベルファスト以外の全員が噴き出す。

 大きな声だったために周囲にも聞こえていたようで、思わずずっこけた人もいた。

 

「こ、こづくっ!?シリアス、あなた意味を分かって言ってるの!?」

「え、性行為のことでは――」

「あー!あー!言わなくていいから!」

 

 顔を真っ赤にするエリザベスに、シリアスはキョトンとして首を傾げる。

 何故みんな顔を真っ赤にするのか、本気で分かっていない顔だった。

 

「……桐原君、シリアスさんっていつもあんな感じなの?」

「うん、だいたいは」

 

 龍仁の協力で家事などのスキルは以前よりはずっと改善されたのだが、相変わらず抜けている部分があり、こうやって突然とんでもない言動をすることが多々ある。しかも、家の中だろうが外だろうが遠慮なく言うため、龍仁もさすがに困っていた。

 

「……桐原君も苦労するね」

「分かってくれる人がいるだけでありがたいよ、溝口さん」

 

 溝口の同情の視線に、龍仁は涙が出そうだった。

 

「と、とにかく!龍仁は私以外に目移りしちゃダメだからね!それじゃ、行きましょ」

 

 まだ少しだけ顔の紅いエリザベスは、それだけ言うと椎名達を連れて教室を出ていった。

 

「……お前の周りは相変わらず騒がしいな、桐原」

 

 エリザベス達を見送ると、後ろから呆れたような声が聞こえる。

 振り返ると、カバンを抱えた摩耶が立っていた。

 

「摩耶さんは今から帰りか?」

「あぁ、今日発売の新作ゲームがあるからな」

「……結構な頻度で買ってるけど、積みゲーになってたりしない?」

「……」

 

 図星だったようだ。摩耶は龍仁から目を逸らした。

 

「そ、それよりも桐原。どこか暇な日はあるか?」

「暇な日?」

「高雄姉がたまには桐原も連れて生徒会室に遊びに来いって言うんだ。近いうちにゆっくり話をしてみたいって」

「摩耶さんなら分かるけど、何で俺?」

「え、えーっと、それは……」

 

 何故か摩耶は顔を赤くする。

 

「……た、高雄姉とシドさんが桐原のことを気に入ったって言ってたんだ。それで、だ」

 

 摩耶は半ば自棄気味にそう言った。

 

「それなら喜んでお呼ばれするけど……その時って愛宕さんいたりする?」

「……たぶん、いるな」

「……」

「……だ、大丈夫だから。愛宕姉もシドさんが絡まなければ、たぶん……」

 

 以前生徒会室で会った時の本能的な恐怖を思い出すと、摩耶の言葉にはあまり説得力がなかった。摩耶もそれが分かっているのか、言葉に自信が見られない。

 

「それじゃ、暇な日が分かったら教えてくれ」

「あぁ」

 

 摩耶は不思議と軽い足取りで教室を出ていく。

 彼女が小さくガッツポーズをしたのは、誰も気付かなかった。

 

「それじゃ、俺達もそろそろ行くか、シリアスさん」

「子作りの相手に会いにですか?」

「その話はもういい」

 

 

 部室棟へと向かう前に、龍仁は購買部へと向かった。

 

「何か買うのですか、龍仁様」

「あぁ、約束忘れちゃってたお詫びに差し入れでも、と思って」

 

 約束の時間まではまだ少し余裕があった。

 買い物をする時間ぐらいは残っていた。

 

「それじゃ、すぐ戻るからちょっと待ってて」

「はい」

 

 購買部の入り口にシリアスを待たせて、龍仁は中に入る。

 

「……あ、龍仁にゃ」

「明石さん、お久しぶりです」

 

 龍仁が購買部に入ると、店内では購買部の主である明石が暇そうにしていた。

 見た目は幼いネコミミ少女なのだが、これでも学園創立からいるらしい。

 海軍関係者でもあるらしく、芳奈の下で働いたこともあるそうだ。その関係もあって、明石は小さい頃の龍仁を見てきた。そのため、何かと可愛がってもらっている。

 

「暇そうですね、明石さん」

「そりゃ、今の時間帯はお客さんはほとんど来ないにゃ。だから本当は帰りたいけど、不知火が許してくれないにゃ」

「当然です。もしもお客さんが来た時に店員がいなかったら困りますから」

 

 奥からスゥッと出てきたのは不知火。明石の仕事仲間であり、明石ほどじゃないが、龍仁は不知火にもお世話になっている。

 

「不知火さん、お疲れ様です」

 

 龍仁が挨拶をすると、不知火はペコっと一礼だけする。

 お世辞にも愛想がいいとは言えないが、これでも面倒見は良い。

 

「それで、今日はどうかしたかにゃ?あ、もしかして指輪を取りに来たのかにゃ?」

「いや、それはまだですからカウンターの下からスッと取り出すのやめてください」

 

 明石はカウンターの下から小さな箱を取り出す。

 中には「ケッコン指輪」というアクセサリーが入っている。

 かつての大戦において、指揮官と絆を深め、心を交わし、指揮官と「ケッコン」をすることで潜在能力を引き出し、活躍したKAN-SENが多くいたという。

その「ケッコン」の証ともいえるのが「ケッコン指輪」である。

そういったエピソードがあるため「ケッコン指輪」を模した装飾品はカップルのアクセサリーとして人気が高く、この学園でも購買部で取り扱い、学園内のカップルが買っていったり、勇敢な男子が告白用に購入したりしている。

実際のケッコン指輪はKAN-SENの潜在能力を引き出す媒体としての役割があったそうだが、それ故に本物は高価すぎて生徒どころか一般人にも手の届く代物ではないため、さすがに置いてあるのはデザインを模しただけのアクセサリーである。

明石は「早く龍仁の嫁の顔が見たいにゃ」と言いながら、彼が購買部に来る度に指輪の購入を勧めてくる。最近では奥から取り出すのが面倒臭くなったのか、カウンターの下に置いているようだ。

 

「あれ?ロイヤルネイビーのお姫様と婚約したって噂を聞いたにゃ。違ったのかにゃ?」

「確かにエリーからは告白はされたけど……俺自身まだ返事ができていないというか……」

 

 知人にそういう話をするのは気恥ずかしいものがあった。

 龍仁の話を話を聞いた明石は、神妙な顔でうんうんと頷いている。

 

「そんなの悩む必要はないにゃ。相手はロイヤルネイビーのお姫様。婿入りすれば人生勝ち組にゃ。逆玉ぐらいに気楽に考えるのも一つの手にゃ」

「さすがに大事な友達をそんな目では見れないよ」

「はぁ、龍仁は真面目で良い子にゃ」

「明石と違って龍仁は純粋なんです。どす黒い道に引き込まないでほしいです」

「明石はどす黒くないにゃ!」

 

 どす黒いかはともかく、彼女の腹黒さは嫌というほど知っているため、龍仁は何も言わずにいた。

 

「とりあえず、ケッコン指輪じゃないですから」

「残念にゃ」

 

 そう言うと明石はカウンターの下に指輪をしまう。

 たぶん、次来た時も出されるんだろう、と龍仁は諦めるしかなかった。

 

「それで、何か用かにゃ?」

「今からちょっと後輩の子のところに行くんだけど、差し入れを買っていこうかなって」

「差し入れは指輪かにゃ?」

「差し入れ感覚で指輪を渡すほどは見境なくねーよ」

 

 龍仁は思わず素でツッコんでしまった。

 

「明石、話が進まなくなりますから、それぐらいに」

「分かったにゃー。それで、後輩ってどんな子かにゃ?」

「それは――」

 

 龍仁はインディちゃん愛好会――もとい裁縫部のことを話す。

 

「あぁ、ポートランドのところかにゃ」

「あれ?知ってるんですか?」

「よくウチに道具を買いに来る常連さんにゃ」

 

 ポートランドは道具を購買部で補充しているようだ。

 

「そういうことならちょっと待つにゃ」

 

 そう言って明石は店の奥でゴソゴソと何かを探す。

 そして、大きめの箱を持って戻ってきた。

冷蔵庫に入れていたのか、ひんやりしている。

 

「これは?」

「ダンケルク印のドーナツにゃ。ポートランドの大好物にゃ」

「ダンケルク印って、高級品じゃないですか。何でそんなものが購買部に?」

 

 ダンケルク印のお菓子は高級品として有名であり、たとえドーナツ1個だとしても気軽に学生が手を出せる値段ではない。箱ともなると、何かのお祝いでもない限りは絶対に手にすることはできないだろう。

 

「ふっふっふ、この明石、ちゃんと裏メニューも用意しているにゃ」

 

 明石はキランと目を輝かせる。

 そういえば、と龍仁は思い出した。

 購買部では、特別な「サイン」を受け取った生徒だけが購入できる裏メニューが存在していると。それは中々手に入らないスイーツだったり、本来は完売していて手に入らないゲームだったり様々であると。

 龍仁自身その噂には半信半疑だったのだが、こうやって明石自身の口から聞くとすんなり納得できてしまう。明石ならやるだろうな、と。

 

「で、このドーナツだけど……仕入れたのはいいけど誰も買う人がいなくて困ってたにゃ。裏メニューでもさすがにダンケルク製のお菓子はやりすぎたにゃ……」

 

 明石はショボンと落ち込む。後ろの不知火の表情を見る限り、彼女にもこってり絞られたのかもしれない。

 

「それで、腐らせるのももったいにゃいから、龍仁が持って行くにゃ。お代もいらないにゃ」

「え、いいんですか?明石さんと不知火さんで食べれば……」

「明石も不知火もドーナツは好きじゃないにゃ」

 

 不知火も頷いている。

 

「それに、ポートランドにはちょっと前に世話になったにゃ。そのお礼もあるにゃ」

「なるほど……それなら遠慮なく」

 

 龍仁は明石からドーナツの箱を受け取る。

 

「これで龍仁も明石の店の裏メニューを知ってしまったにゃ。つまり、どういうことかは……言わなくても分かるにゃ?」

 

 どうやら龍仁にもサインが送られたらしい。

 これは一回奮発するしかないな、と龍仁は覚悟を決めるのだった。

 

 

「それじゃ、龍仁。また来るにゃ~」

 

 明石と不知火に見送られて龍仁は購買部を出る。

 

「あ、終わりましたか、龍仁様」

「あぁ、待たせてごめん」

「いえ、主を待つのもメイドの務めです」

「そっか。それじゃあ行こうか」

「はい!」

 

 シリアスは嬉しそうに龍仁の後をついていく。

 

「ところで、それは……」

「ん?今から行く裁縫部への差し入れ。ダンケルク社のドーナツだってさ」

「ダンケルク社のドーナツ!」

 

 その名前を聞いてシリアスは目を輝かせる。

 

「あのダンケルク社のドーナツですか!」

「うん」

 

 本物なら、という前提があるが、これでも明石はプロ意識は強い。よほど恨みのある相手ではない限りは、確実に本物だと分かる品しか渡すことはない。

 

「シリアスさんも食べたことあるの?」

「はい、1度だけですけどね。ベルファストが差し入れで持ってきてくれて、メイド隊のみんなで食べたんです!あの幸せな味は忘れられません……」

 

 シリアスは幸せそうなほわわ~んとした表情になる。

 だが、そんなシリアスを見て笑う龍仁に気付くとすぐにハッと我に戻り、顔を赤くして「すみません……」と呟いた。

 

「いや、いいよ。ポートランド達に会うのが楽しみだ。シリアスさんの幸せそうな顔が見れそうだから」

「え、私もご一緒していいんですか?」

「当たり前だろ」

 

 龍仁がそう言うと、シリアスは先ほどよりも笑顔を輝かせる。

 そして、凄い勢いで龍仁に飛びついてきた。

 

「うわっ!?」

「ありがとうございます、誇らしきご主人様!このシリアス、ご主人様にお仕え出来て心から幸せです!」

「ちょっ、待って、バランスが――」

 

 急に抱き着かれたためか、バランスを崩して2人は思いっきり転んでしまった。

 突然のことでも差し入れの箱を守り切ったのは、彼の人並外れた反射神経の為せる業としか言いようがなかった。

 

 

「申し訳ありません……嬉しくてつい……」

「シリアスさんと差し入れが無事だったからいいよ」

 

 しょんぼりと肩を落とすシリアスに、龍仁は笑顔を向ける。

 加減を知らないのは確かに困りものだが、全力で喜びを表現するシリアスは見ているこっちも幸せになる。だから、彼女はこのままでもいいと龍仁は思っていた。

 

「で、ですが……」

「無事だったんだから気にしない。これは命令」

「は、はい……」

 

 優しく、それでいて少しだけ強引な龍仁の口調に、シリアスも素直に頷く。

 思わず突っ走ることは多いものの、シリアスはメイドとしての責任感が強すぎる。だから、龍仁はそれを逆手に取って、お願いごとをする時は「命令」としてシリアスに伝える。かなり強引な手段だが、これぐらいしないとシリアスも中々引き下がってくれない。

 

「それじゃ、行こうか」

「はい」

 

 改めて2人は部室棟へと向かうのだった。

 

 しばらく歩くと部室棟が見える。

 

「あれが部室棟ですか」

「そ。部屋は……まぁ、たぶん覚えてるだろ」

 

 そう言って部室棟に入る。いくつかの部屋の前を通り、そしてある部屋の前で立ち止まる。

 

「えっと、たぶんここだったよな」

 

 裁縫部は事情が事情なだけに、扉にネームプレートが掲げられていない。

 だから、記憶を頼りにするしかなかった。

 龍仁は扉をノックする。

 

『はーい』

 

 ポートランドの声が聞こえてくる。

 どうやら当たりだったようだ。

 

「俺だ。龍仁だ」

『あ、龍仁先輩――、って、あ!』

 

 ポートランドが何やら声を上げる。

 すると、龍仁が扉を開ける前に扉が開いた。

 

「……」

 

 扉を開けたのは、黄色と水色のオッドアイを持つ褐色の少女。

 以前、一緒にバッジを探した少女だった。

 

「あ、君は……」

 

 龍仁が何かを言う前に、気付いたら少女は龍仁に抱き着いていた。

 あまりにも自然で突然だったため、龍仁も一瞬何が起きたか分からなかった。

 

「あ、えっと……?」

「あー、インディちゃんが先輩に抱き着いてる!」

 

 部屋の奥でポートランドがそう叫ぶ。

 だが、怒っている様子ではなく、むしろどこか嬉しそうな叫び声だ。

 

「ちょ、ちょっと……インディ、ちゃん?」

「ん、会いたかった」

「おーおー、これは思った以上に……」

「なぁ、ポートランドさん。見てないでどうにかしてくれない?」

「でも、私としてはインディちゃんの幸せそうな姿を見るのが一番でして……」

「誇らしきご主人様、これはもしかしてまぐわ」

「それはないから。とりあえず連絡無線取り出すのやめようか」

 

 インディちゃんが満足して龍仁から離れるまで、5分ほどかかるのだった。

 

 

「あれ、和美はいないのか?」

 

 部屋に入り、龍仁は中を見渡す。

 中にはポートランドがいるだけで、以前いた和美の姿が見えない。

 

「はい、和美は家の手伝いがあるとかで今日は来ていないんです」

「そっか。あ、これ差し入れ」

「差し入れって……え、これダンケルク社のお菓子じゃないですか!本物ですか!?」

「あぁ」

「しかも箱で……ど、どうしたんですか?」

「明石さんのところに行ったら、この間のお礼だから持って行けって言われて」

「明石さん?……あぁ、前のあれですか。気にしないでって言ったのに」

 

 そう言いながらもポートランドの視線は箱に釘付けである。

 

「ま、細かいことは置いといて。とりあえず座ってもいいか?」

「あ、どうぞどうぞ」

 

 ポートランドは椅子を用意する。

 龍仁とシリアスは用意された椅子に座る……のだが。

 

「……」

「……」

「……えーっと、インディ、ちゃん?」

 

 インディちゃんは当たり前のように龍仁の膝の上にちょこんと座っている。

 まるでそこが自分専用の席であるかのように。

 

「インディアナポリス」

「え?」

「私の名前……」

「あ、あぁ。インディアナポリスっていうんだな」

「うん」

 

 自分の名前を呼んでもらえて、インディちゃん――インディアナポリスはご満悦の様子だった。

 

「……」

「……」

「……あ、いや。そうじゃなくてな」

「?」

 

 インディアナポリスは首を傾げる。

 思わず背後から抱きしめたくなるほどに可愛らしい仕草だ。

 その衝動を龍仁は頭をぶんぶん振って追い払う。

 

「その、何で俺の膝の上に座ってるのかなって」

「ダメ?」

 

 潤んだ目で見挙げてくるインディアナポリス。

 そんな目で見られたら「ダメ」何て言えるはずがなかった。

 

「良かったじゃないですか、龍仁先輩。インディちゃんがここまで懐くなんて中々ありませんよ。役得ですよ、役得!」

 

 ポートランドは興奮気味にそう言った。

 

「そうなのか?」

「はい、見ての通りインディちゃんって引っ込み思案で、人見知りも凄いですから。龍仁先輩みたいにすぐに懐くのって見たことないんですよね」

「この人はバッジの恩人だから。それに……」

 

 何かを言いかけてインディアナポリスは黙り込んでしまう。

 龍仁の方からはよく見えなかったが、インディアナポリスの顔は真っ赤になっていた。

 それを見たポートランドは「はっは~ん」とニヤリと笑う。

 

「まーまー、とりあえずドーナツでも食べましょうよ。インディちゃんも、先輩とお話したいことがあったんでしょ?」

「うん」

 

 ポートランドはドーナツを皿に分けていく。

 

「あ、ドーナツはちょうどでしたね。和美がいなくてラッキーでした」

 

 後から聞いたら和美は悔しがりそうだが、そこは気にしないことにした。

 そして、紅茶を淹れて全員に回し、そして談笑を始める。

 

「それでですね、いつ龍仁先輩に会えるんだろうかって、インディちゃんずっとソワソワして待ってたんですよ」

「お姉ちゃん、そのことは言わなくていいから……」

「ごめんな、もっと早く来ればよかったよ」

「……でも、こうやって来てくれたから。それでいいの」

「あぁ、美味しいです、誇らしきご主人様」

「本当にマイペースだな、シリアスは」

 

 談笑する3人の横で、シリアスは一人ドーナツを幸せそうに頬張っていた。

 

「その人が先輩のメイドさんなんですね」

「あぁ、シリアスさんっていうんだ」

「ふーん……」

 

 ポートランドはシリアスの体をまじまじと見つめる。

 

「……私も自信はあるのですが、それより大きい」

 

 何が大きいのかは龍仁は深くツッコまないことにした。

 

「それで、シリアスさんって普段どんなことをしているんですか?」

「私ですか?そうですね、普段は誇らしきご主人様の身辺警護や身の回りのお世話ですね」

「おー、なんかメイドっぽい」

「あとは……陛下の命で監視ですね」

「監視?」

「はい、誇らしきご主人様が他の女性とこづく」

「何でもない!これ以上は何でもないから!」

 

 シリアスが余計なことを言おうとしたため、龍仁は慌ててシリアスの言葉を遮る。

 ポートランドとインディアナポリスは首を傾げたものの、幸いそれ以上は何も聞いてこなかった。

 

「あ、そうそう。龍仁先輩」

「ん?」

「ロイヤルネイビーのお姫様とはどんな感じなんですか?」

 

 ポートランドの質問に、インディアナポリスがピクッと反応する。

 

「どんな感じって?」

「もう結婚が決まっただとか、すでに新婚生活をエンジョイしてるだとか、いろんな噂が学園中で流れてますよ。実際のところはどうなんですか?」

「どうって……普通にまだ友達同士ってところだよ」

 

 龍仁は詳しい経緯をポートランドに話す。

 

「そうですか……あ、私もドーナツ貰いますね」

「おう、遠慮なく食え。ポートランドさん達のために持ってきたんだから」

「あむ……ふわぁ~、噂に違わぬ美味しさ……幸せです……」

 

 ポートランドもシリアスみたいに幸せそうにドーナツを頬張る。

 インディアナポリスも一口齧り、そして花が咲いたように笑顔になる。

 さすがは世界的なお菓子メーカー。女性陣への威力は凄まじい。

 龍仁も一口食べてみる。

 サクッとした食感の後に感じるモチモチ食感。思わず舌が蕩けそうになるほどに甘く、かといってその甘さも全然しつこくない。食感や味、香りといった全ての要素がまるで芸術的なまでに噛み合っている。

 彼女達の幸せな表情も頷ける、まさに絶品であった。

 

「まぁ、結婚だの何だのって言われても、私達の歳じゃピンと来ませんもんね」

「そうなんだよなぁ……」

 

 龍仁だって真面目に考えなかったわけではない。

 エリザベスのことは大事に思っているし、だからこそ彼女の気持ちもしっかり受け止めた上で色々と考えはしてきた。だが、結婚というのはまだまだ先のことだと思っていたから、いくら考えても全く実感が湧いてこなかった。具体的に何を考えればいいのかすらも分からない。

 

「……でも、ちゃんと答えは出さないといけないもんな」

 

 今は楽しんでもいいかもしれない。だが、いずれはエリザベスへの答えを出さないといけない日が必ず来る。それがいつになるかは分からないが。

 

「先輩は真面目ですね」

「これぐらいは当たり前だろ。エリーだって本気で来てくれてるんだし」

「それが真面目だって言ってるんですよ。そういう真面目さは嫌いじゃないですけどね。ね、インディちゃん」

 

 龍仁の膝の上でインディアナポリスもコクンと頷く。

 

「エリザベス様って、龍仁の先輩の大事な親友なんでしょう?」

「あぁ」

「それなら、龍仁先輩がエリザベス様を大事にしているように、エリザベス様も龍仁先輩の気持ちを大切にして、ちゃんと待ってくれると思いますよ。だから、龍仁先輩はゆっくり考えればいいと思います。焦っても何も良いことはありませんから」

「そういうもんかな」

「そういうものです」

 

 それに、とポートランドは呟く。

 

「龍仁先輩がゆっくり考えてくれた方が、インディちゃんやクリーブランド先輩にもチャンスが回ってきますし……」

「インディアナポリスやクリーブがどうかしたのか?」

「いえ、こっちの話です。あ、インディちゃんのドーナツ無くなっちゃいましたね」

 

 もう食べ終わったのか、インディアナポリスは何もなくなった自分の手をジーッと見つめている。どう見てもドーナツが名残惜しいといった様子である。

 

「……俺の分余ってるけど、食うか?」

 

 インディアナポリスはピクッと反応し、龍仁の方を振り向く。

 

「いいの?」

「あぁ、俺も一口食べて満足したしな」

「でも……」

 

 そう言いつつも、インディアナポリスは龍仁の食べかけのドーナツをジッと見ている。

 試しに龍仁がインディアナポリスの口元にドーナツを近付けると、彼女は「はむっ」とドーナツに食いついてきた。しばらくモグモグと幸せそうに口を動かしていたインディアナポリスだったが、ハッと我に返って顔を赤くして俯く。

 

「遠慮しなくていいからさ」

「……本当に?」

「あぁ。ほら」

 

 龍仁がインディアナポリスの口元にドーナツを近付ける。

 少しだけ戸惑うインディアナポリスだったが、ドーナツの誘惑には勝てなかったようで、龍仁の手をそっと掴んでドーナツを食べ始める。

 まるで小動物にご飯をあげているような、そんな感覚になり、龍仁は思わず頬を綻ばせる。

 ポートランドもそんなインディアナポリスの様子を見て「可愛い」と涎を垂らしていた。

 

 

「……っと、そろそろエリー達が戻ってくる頃だな」

 

 話に夢中になっていると時間の進みも早い。

 龍仁がふと時計を確認すると、そろそろ部活動も終わる時間帯だ。

 

「悪い、ポートランドさん。そろそろ行かないと」

「あ、もう行っちゃうんですか」

「エリー達を待たせると悪いからな」

「……もう、行くの?」

 

 インディアナポリスが寂しそうな目で龍仁を見上げる。

 思わず「大丈夫!ずっと一緒にいる!」と後ろから抱きしめたくなる衝動に駆られるが、龍仁は何とか踏みとどまる。

ポートランド達が執心するのが分かる、魔性の可愛らしさだった。

 

「ごめんな。また来るから」

「……約束」

「あぁ、約束」

 

 龍仁はインディアナポリスの頭をクシャクシャと撫でる。

 くすぐったそうな声を出してから、インディアナポリスは満足したのか龍仁の膝からひょいと降りた。

 

「ポートランドさん。お茶ありがとうな」

「いえ、こちらこそドーナツありがとうございます!ダンケルク社のドーナツが食べられるなんて、夢のようでした……」

「お礼なら明石さんに言ってくれ。俺は遊びに来ただけなんだからさ。それじゃ、そろそろ行くからな」

「はい、また来てくださいね!」

「次の差し入れは期待しないでくれよ」

「差し入れ関係なく遊びに来てください。インディちゃんも喜びますから」

 

 ポートランドの横でインディアナポリスが頷く。

 そして、2人に見送られながら龍仁とシリアスは部屋を後にした。

 

 

「んで、何がどうしてこうなった」

 

 エリザベスと合流した龍仁の目に飛び込んできたのは、漫画から出てきたのかと言いたくなるような、見事な爆発ヘアーの椎名だった。

 

「実は聞くも涙、語るも涙なことがあってね」

 

 見た目の惨状とは裏腹に、椎名自身はピンピンしていた。

 

「えっと、溝口さん。簡単にお願い」

「椎名が実験で調子乗ったら大爆発」

「うん、それである程度分かった」

 

 恐らく、何かの実験で椎名が良いところを見せようとしたのだろう。

 その結果、事故が起きて爆発が発生。椎名の頭が愉快なことになった、と。

 

「それで、何の実験してたんだ?」

「ふふふ、よくぞ聞いてくれました!」

「あ、やっぱ言わなくていいや」

「何でよ!ちょっとは興味持ってよ!」

 

 涙声で訴えてくる椎名だったが、どう考えても余計な実験しかしていなさそうなので、聞くのも面倒になってしまった。

 

「とりあえずエリーが無事でよかったよ」

「私達は実験室の外にいたから」

「なるほど」

 

 さすがにエリザベスを危険地帯の中に入れることはしなかったようである。

 

「……でも、ちょっと完成品に興味はあったかも」

「何か言ったか、エリー」

「な、ななな何でもないわ!」

 

 慌てて首を横に振るエリザベス。その横ではベルファストがおかしそうに笑っている。

 

「うぅ、お願いだから『何の実験だ?』って聞いてよ、桐原君……」

 

 椎名は面白い顔で泣きながら龍仁に縋りついている。よっぽど言いたいようである。

 龍仁は溝口と視線を交わす。彼女の視線は「諦めて聞いてあげて」と語っていた。

 

「……で、何の実験なんだ?」

「よくぞ聞いてくれました!」

 

 龍仁がそう聞くと、先ほどまで泣いていたのが嘘のように椎名はどや顔で胸を張る。

 

「実は、惚れ薬の実験をしてたんだよね」

「……惚れ薬?」

「そうそう。実は私と科学部部長の夕張さんの家に、何の偶然か同じ惚れ薬のレシピが代々伝わってるんだよ。夕張さんとは幼馴染なんだけど、小さい頃にそれぞれの家でそのレシピ見つけて、運命を感じて『いつかこの薬を完成させよう!』ってことで科学部に一緒に入ったんだ。で、今日もその実験だったってワケ」

「何か胡散臭いけど……それ、本当に惚れ薬なのか?」

「正確には惚れ直させ薬みたいだけどね」

「どういうこと?」

「説明書には、確か『服用者の想いを増幅させる薬』ってあったね。要するに、好きって気持ちを強めるって感じ」

「だから惚れ直させ薬ってわけか。でも、レシピ残ってるならすぐ出来るんじゃないか?」

「いやぁ、それがね……」

 

 椎名が困ったような表情を見せる。

 

「レシピに材料とかは書かれてたんだけど、詳しい分量とかは全然書いてなくて……」

「つまり手探りで作ってる最中と」

「そういうこと」

 

 失敗したら爆発を起こす薬って、飲んでも大丈夫なのだろうか、と龍仁は心配になる。

 

「で、それが完成したらどうするつもりなんだ?」

「あ、そういえば完成した後のことを考えてなかったなぁ。そうだなぁ……」

「……おい、こっち見んな」

 

 椎名にジッと見られ、龍仁は視線を追い払おうとする。

 

「いいじゃんいいじゃん。桐原君が誰を好きなのかちょっと気になるし」

「そんなの、実験しなくても私に決まってるじゃない!」

 

 エリザベスが胸を張ってそう言った。

 あまりにも堂々とした宣言に、女子達は「おー」と声を上げる。

 

「それはそれで面白いことになりそうだけどね」

「どういうことかしら?」

「言ったでしょ、この薬は『好き』って気持ちを増幅させるって。つまり、これを飲んだ桐原君がもしもエリザベスさんのことが好きだったら……」

 

 椎名がエリザベスの耳元で何かを囁く。

 しばらく「ふんふん」と聞いていたエリザベスだったが、急にボンっと赤くなる。

 

「え、それって……え、でもぉ……」

「ふふふ、でもそうなればハッピーエンドまっしぐらだよ?……あいたっ!?」

 

 椎名がエリザベスにどんなことを言ったのか何となく分かったので、龍仁は椎名にチョップをした。ついでに同じことを思ったのか、溝口も同じタイミングで椎名にチョップをお見舞いしていた。

 

 その後、少し話した後に一同は解散となった。

 エリザベスが椎名に「何としてでも薬を完成させるのよ!」と叫んだのは、龍仁は聞かなかったことにするのだった。

 

 

「いい、フィーゼちゃん。シリアスがいない今がチャンスよ」

「分かった」

 

 風呂場前の廊下。芳奈とフィーゼは何やらコソコソしていた。

 

 現在の桐原家の状況は、シリアスがリビングの掃除、伊勢と日向は居酒屋に飲みに、辰巳は未だに入院中。そして龍仁は入浴中である。

 

 彼女達が今やろうとしているのは、浴室への強行突入。

 

 フィーゼは何としてでも龍仁とお風呂に入りたいらしく、それを芳奈に相談していた。

 芳奈もフィーゼの願いを受けて何とか龍仁と一緒に入浴させようとしたのだが、事前に断られたり、浴室に鍵をかけられたり、シリアスを番人として立たされたり、中々うまくいかない。

 そんな攻防が繰り広げられる中、今日やっとチャンスが舞い降りた。

 芳奈が事前に浴室の鍵を壊しておき、鍵をかけたと油断した龍仁もシリアスに番をさせなかった。つまり、今が絶好のチャンスというワケだった。

 

「……よし、シリアスも大丈夫。万が一こっちに来たら食い止めるから……行くのよ、フィーゼちゃん!」

「了解した」

 

 そう言ってフィーゼは目を輝かせながら脱衣所の扉に手をかける。

 そして、いざ楽園へ――

 

「……あ、あれ?」

 

 フィーゼは扉を横に引こうとする。が、扉は動かない。

 

「どうしたの、フィーゼちゃん」

「扉が……くっ、動かない……」

「え、何で?……本当だ、全然開かないッ!」

『あぁ、フィーゼか。今扉につっかえしてるから開かんぞ』

 

 扉の向こうから龍仁の呑気な声が聞こえてくる。

 

「え、えぇ!?何でさ!」

『……やっぱり母さんか。鍵が綺麗に壊れてるからおかしいと思ったんだよ』

「くっ、そこまで確認するとは、抜け目ない奴め!さすがは私の息子ね!」

『褒めるんだったら素直に諦めてくれないかな』

「これもフィーゼちゃんのため!って、どんなつっかえしてるのよ!全然動かないじゃない!」

『対策取られるから絶対言わねーよ』

 

 こうしてこの日も龍仁はゆっくりと1人でお風呂を楽しむことができたのだった。

 

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