アズールレーン学園   作:S・H指揮官

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第16話

「というわけで、今日からテスト期間に入る。テスト勉強は強制じゃないし、自信のあるやつは遊んでも構わないが、万が一赤点取った場合の補習は強制だからな。夏休みを補習で潰したくなかったら、私は真面目に勉強することをおすすめするぞ」

 

 朝のHR。

 アマゾンはクラスの生徒達にそう告げた。

 今日からテスト期間。生徒達にとっては憂鬱な期間となる。

 

「はいはーい。アマゾンちゃんで遊ぶのはOKですか?」

「私で遊んでも構わんが、その場合は無条件補習を覚悟しろよ、ヨルク」

「そんな横暴な!?」

 

 いつも通りのやり取りを見ながら、龍仁は「テストかぁ」と溜息を吐く。

 他の生徒達も龍仁と同じような表情をしている。

 テストと聞いてハイテンションで喜べる人など少数だろう。ましてや、油断すれば夏休みが潰れる補習付きというプレッシャーもあるのだ。いい顔をする人の方が少ない。

 そんな生徒達の表情を見て、アマゾンも苦笑いをする。

 

「だが、テストが終われば夏休みだし、星帰り祭もある。それを励みにみんな頑張ってくれ」

 

 クラスメイト達は「はーい」と少しだけ重々しく返事をするのだった。

 

 

「と、いうワケで勉強会を開くことを提案しまーす!」

 

 1時間目の終わり。

 龍仁やエリザベスを集めて椎名が高らかにそう言った。

 

「勉強会?」

「そう。テストに向けて勉強会だよ。テストが終わったらみんなで泳ぎに行こうって話をしてるじゃん?だから、何が何でも補習だけは避けないといけないの。つまり、赤点を取るわけにはいかない」

「そりゃ、そうだよな」

「で、自慢じゃないけど私って赤点常連なんだよね」

「ホントに自慢じゃないな」

「このままだと夏休みが潰れちゃうから、勉強会開いてみんなに協力してもらいたいの!」

 

 どうやら人を集めて自分に勉強を教えてほしい、ということらしい。

 

「ね、どうかな。私のソウルフレンズの桐原君と溝口も赤点脱出するチャンスだよ?」

「「一緒にすんな」」

 

 龍仁と溝口は声を揃えてそう言った。

 龍仁も溝口も危うく赤点という点数を取ったことは確かにあるが、これでもまだ赤点自体は取ったこともなく、補習もまだ受けていない。

 とはいえ、勉強会自体は悪くない提案だった。

 龍仁も油断をすれば赤点を取ってもおかしくはないラインだが、真面目に勉強さえすれば赤点を取る心配もない。そういった点では、勉強会は非常にありがたい。

 

「龍仁、勉強苦手なの?」

 

 エリザベスが首を傾げながら尋ねてくる。

 隠すことでもないので、龍仁は正直に答えた。

 

「あぁ、正直苦手だな。得意科目は……現国ぐらいだな」

「桐原君、現国だけは毎回トップ争いだもんね」

 

 勉強が苦手な龍仁も、現代国語だけは昔から得意だった。

 特別好きな科目というわけではないのだが、問題はすらすら解くことができる。

 教師からも「作家に向いてるんじゃないか?」などと言われることもあった。

 

「それで、エリーは?」

「これでも編入試験は1教科除いて満点で通ってるのよ。ロイヤルの方でも大学相当の勉強はこなしてるし、高校レベルのテストぐらいなら余裕だわ」

「え、エリザベスさんって編入試験受けてたの?」

 

 椎名が驚いたような表情をする。

 

「当たり前じゃない。どうやって入ったと思ってるのよ」

「ロイヤルの権力に物を言わせて、とばかり……」

「なんでそんな面倒臭いことしないといけないのよ。この学園もアズールレーンの管轄にあるのよ。いくら私がロイヤルネイビーの総括者だったからって、あくまでアズールレーンの構成員の一人でしかないんだから。そんなワガママを海軍に通させるより、普通に編入試験に通った方がずっと楽よ。ただでさえ色んなワガママをロイヤル本国にも通してきたのに、それ以上の苦労なんて考えたくもないわ」

 

 エリザベスの疲れ切ったような表情。

 龍仁達には分からないような、複雑な事情や多大な苦労があるようだ。

 

「ところで、1教科除いてって言ってたけど、その1教科って?」

「現代国語よ。まだ重桜の言葉を完全にマスターしてるわけじゃないのよ」

「そうなのか」

「あ、でもちゃんと合格ラインは突破してるわよ」

「エリザベスさんでも合格ライン……私の現国の成績はそれ以下……つまり私は外国人だった……?」

 

 呆然とする椎名を、一同は完全放置で話を進める。

 

「でも、それならちょうどいいんじゃない?現国以外はできるエリザベスさんと、現国はできる桐原君。教え合うにはちょうどいいと思うけど」

「そ、そうよね!」

 

 エリザベスが目を輝かせる。

 だが、龍仁は首を横に振った。

 

「悪いけど、たぶん無理。さすがに人に教える余裕はないぞ。自分ので手一杯だろうから」

「あー、それもそうかもね……」

 

 現代国語だけを重点的にやればいいエリザベスと違って、龍仁は現代国語以外の科目を幅広く勉強しないといけない。その合間にエリザベスに現代国語を教える、という暇は恐らくないだろう。

 

「だから、ノーマンやオイゲンさんに教えてもらった方が良いと思う。2人なら成績もトップクラスだし、教えるのも上手いし」

「むぅ、龍仁に教えてもらいたかったのだけど……その、手取り足取り……」

 

 モジモジし始めるエリザベス。

 龍仁は聞こえていない振りをしてスルーを決め込んだ。

 

「はいはーい!私もエリザベスさんに手取り足取り教えたいでーす!」

 

 椎名が元気よく手を上げる。

 

「赤点常連のあんたが何を教えるのよ」

「それはもちろん……うへへへへへ」

 

 何を想像しているのか、だらしない顔で笑う椎名。

 

「……溝口さん、ごめんだけど」

「いいよ、私もこういうの慣れたから……」

 

 最近すっかり心が通じ合うようになった龍仁と溝口。

 互いに諦めたように深く溜息を吐いた。

 

「はい!俺はむしろ手取り足取り教えてもらいたいです!」

 

 椎名に負けじとヨルクも手を上げる。

 目がギラギラと血走っていて、思わず女性陣は引いてしまった。

 

「あら、ヨルク。そんなに教えてほしいなら私が教えようかしら?物理的に手取り足取りになるかもしれないけど」

「あの、ヒッパーちゃん?その手取り足取りって、手とか足が取れるって意味じゃないよね?」

「試してみる?」

「いえ、結構です!大人しく勉強します!」

 

 ヒッパーの威圧感に負け、ヨルクはピシッと姿勢を正した。

 

「おーっす、そろそろ授業始めるぞ。席に着けー」

 

 次の授業の先生が教室に入ってきたため、一同はその場を解散するのだった。

 

 

 そして昼食時間。

 

 龍仁はいつも通り摩耶と昼食を楽しんでいた。

 

「そういえば桐原」

「ん?」

 

 弁当を食べていると、摩耶が口を開く。

 

「みんなで勉強会を開くんだって?」

「あぁ、そういう話になったな」

 

 結局、次の土日にみんなで図書館に行こうという話になった。

 図書館の会議ルームを予約すれば、大人数が集まってある程度騒がしくなっても周囲には迷惑はかからない。そういった空間の方が、そこそこ気楽に、そして真面目に勉強ができるだろうということで話がまとまっていた。

 

「それでなんだが……」

 

 摩耶は何やら言いづらそうにしている。

 

「……もしかして、一緒に来たいのか?」

 

 龍仁に言われて摩耶は頷く。

 

「そ、そうだ……ダメ、かな……?」

「大丈夫だと思うぞ会議室の人数には余裕があったはずだし。俺が話しておくよ」

「あ、ありがとう!」

 

 摩耶は嬉しそうに龍仁にお礼をする。

 

「その、恥ずかしながら友達と勉強をするって機会がなかったから……」

「……そういやさ、摩耶さんってなんで友達作らなかったんだ?俺と話してるの見る限り、人付き合いが嫌ってワケじゃないだろ?」

「あ、あぁ。むしろ、その……憧れてるぐらいだ」

「じゃあ何が……?」

「……桐原って、その……一人がカッコいいとか思ってた時期ないか?」

「……あるな。孤高って言葉に憧れてた、みたいなやつだろ」

 

 軽い中二病みたいなものだ。それでも龍仁にとっては痛々しい思い出であり、あまり思い出したくない。

 

「その……中学校ぐらいから友達を作らないのがカッコいいって思ってて……それが高校に上がってもしばらく続いてて、目が覚めたのがちょうど龍仁と出会った時ぐらいだったんだ……だから……」

「友達を作るタイミングを完全に失ったってことか」

 

 摩耶が恥ずかしそうに頷く。

 彼女も普通の女の子である。友達は欲しいし、楽しく学園生活を過ごしたい。

 だが、エスカレーター式の学校の高校2年ともなれば、もう人間関係はかなり固定化されてしまっている。だから、自分から新しい友達を作りに行くのは中々難しい。

 

「自慢じゃないが、これでも勉強はできる方だ。だから、みんなと勉強して役に立てれば、その……」

「なるほどな」

 

 それがきっかけで友達が増えるかもしれない、と。

 摩耶の考えはそんな感じであった。

 

「そ、それと……桐原と一緒にいたかったというか……」

「俺がどうかしたか?」

「な、何でもない!前、桐原に勉強を教えたから、今回も教えられると思っただけだ!」

 

 顔を赤くして食い気味にそう言う摩耶に、龍仁は「そ、そうか」と頷くしかできなかった。

 

「まぁ、俺も出来る限り摩耶さんのフォローはするからさ。クリーブとか椎名さんもいるし、何とかなるって。だから、俺の勉強の方もよろしく頼むぜ」

「ッ!あ、あぁ……よろしく頼む」

 

 龍仁に笑顔を向けられ、摩耶は胸がドキッとするのを感じた。

 自分が恋をしているということを嫌でも実感させられ、どうしても戸惑ってしまう。

 だが、不思議と不快な感じはしなかった。

 

「とりあえずこの唐揚げ貰っていいか?俺、これ好きなんだよな」

「ムグッ!?」

 

 摩耶は驚いてご飯を喉に詰まらせる。

 

「だ、大丈夫か!?ほ、ほら、水!」

 

 龍仁は慌てて摩耶に水を渡す。

 摩耶は勢いよく水を飲み干し、そして息を吐いた。

 

「ビックリした……どうしたんだ?」

「ど、どうしたはこっちのセリフだ!きゅ、急にす……好きとか言うから……

「え、この唐揚げ好きだったんだけど、なんかマズかったか?」

「……唐揚げ?」

「あぁ、唐揚げ」

「あ、そ、そうだよな。唐揚げだよな、あはは……はぁ」

 

 安心したような呆れたような、そんな複雑な溜息を摩耶は吐く。

 龍仁の言動にドギマギさせられる。心を乱される。

 だが、やはりその気持ちは、どこか心地よかった。

 

 

 そして勉強会1日目。

 

「あ、桐原君達。こっちだよー!」

 

 龍仁達が図書館に着くと、すでに龍仁達以外の面々が揃っていた。

 

「悪い、クリーブの服が中々決まらなくて……」

「んなっ!?普通それを正直に言うか!?」

「え、もしかしてクリーブランドさんの服を桐原君が?」

「さすがに青葉に選ばせたよ」

「ふっふーん、下着までバッチリ決めてるからね」

「わー!それを言うなー!」

 

 相変わらずの賑やかっぷりに、一同は思わず笑みをこぼす。

 龍仁は、ワーワー騒いでいるクリーブランドと青葉を脇目に、龍仁は周囲を見渡す。

 みんなから少し離れたところに、目的の人物の姿はあった。

 

「あ、摩耶さん。今日はよろしく頼むよ」

「よろしく頼むのはこっちの方だ。その……とにかく頼む」

「頑張ってみるよ」

 

 そう言って笑い合う2人を、エリザベスやクリーブランドはジッと見ていた。

 

「うーん、やっぱりあの2人っていい雰囲気だよね、クリーブランドさん」

「……龍仁が誰と仲良くしていようが、私には関係ないじゃないか、青葉」

「クリーブランドさん。それ、私じゃなくて図書館の初代館長の銅像だよ」

「エリザベスさんはいいの?桐原君、摩耶さんと話してて凄く嬉しそうだよ」

「何を言ってるのよ。龍仁は私のことが大好きなんだから。何も心配することなんてないわ」

「おおう……エリザベスさんの手がバイブレーション並みに震えてる……」

「そこ、騒ぐのは良いけど、早くしないと予約の時間になっちゃうよ」

 

 溝口の声でクリーブランドとエリザベスはハッと我に返る。

 そして、一同は図書館へと入るのだった。

 

 

「それじゃ、始めよっか」

 

 会議室に全員集まり、それぞれが勉強の準備を開始する。

 そして、準備が終わった人から勉強を開始した。

 

「……」

 

 龍仁も勉強を開始する。まずは苦手な数学から始めた。

 

「……」

 

 何度か引っかかりながらも、見た目上は順調に進めていく。

 そして問題を解き終わり、答え合わせをすると――

 

「……あ、あれ?」

 

 正解している問題もあるのだが、答えが合わない問題も少なくない。

 その不正解の問題のほとんどが、応用問題である。

 

「……うーん、どこで間違えたんだ?」

 

 問題を見直してみるが、式自体が複雑すぎてどこで間違えたのかが分からない。

 そうやって悩んでいると……

 

「桐原」

「あ、摩耶さん」

「どうした、悩んでるみたいだが」

 

 どうやら、頭を抱える龍仁の様子を見に来たようである。

 

「……なるほど」

「摩耶さんには分かる?」

「あぁ、ここの問題は――」

 

 摩耶の指摘通りに計算をし直すと、何を悩んでいたのかと思うほどにあっさりと間違い箇所が分かった上に答えも導き出せた。

 

「おぉ、こんなアッサリ分かるもんなんだな……」

 

 あまりにも簡単に解けすぎて、龍仁自身若干引いていた。

 

「このタイプの問題はここを押さえれば簡単に解けるぞ。あと、この問題だけど――」

 

 摩耶は龍仁が間違えた問題のポイントを次々と教えてくれる。

 龍仁も「ふんふん」と頷きながら、摩耶から教えてもらったポイントをメモしていく。

 

「――とりあえずこんな感じかな」

 

 一通りの説明を終え、摩耶がペンを置く。

 

「ど、どうだった?うまく説明できたかな」

「あぁ、バッチリ。スゲー分かりやすかったよ。ありがとう!」

「そ、そうか。桐原の役に立てたなら良かった」

 

 摩耶は照れたように龍仁から顔を逸らす。

 なんとか弛む頬を元に戻そうとするが、中々うまくいかない。

 

「そういえば、他の人達とはどうだ?」

「あ、それはまだ……」

 

 彼女の声が少し暗くなる。

 まだ時間はそこまで経っていないのだが、既に会議室内でグループができつつある。

 そのグループの中に摩耶が自分から入るのは勇気がいるだろう。

 

「うーん、ちょっと待ってな。タイミングを見計らって声をかけてみるから」

「その……うん、お願いする」

 

 そう言って摩耶は肩をすくめるのだった。

 

 

「くっ、完全に出遅れたわ」

 

 龍仁と摩耶をジッと見つめるエリザベス。彼女は椎名達のグループで勉強をしていた。

 先ほどまでは自分達の勉強に集中していたのだが、ふと龍仁の方を見ると、すでに摩耶が彼に勉強を教えていた。もう少しタイミングが早ければ自分が教えられたのに、とエリザベスは悔やまずにはいられなかった。

 

「ねー、エリザベスさん。ここなんだけど……」

「えっと、ここね。ここはこれをあーして……」

 

 エリザベスは椎名に勉強を教えるのだが、教え方が漠然としすぎて椎名は首を捻る。

 

「……ごめん、ちょっと何言ってるのか分からない」

「うっ……」

 

 その自覚はあるのか、エリザベスは思わず狼狽える。

 

「陛下はどちらかというと才能型ですからね。人に教えるというのは不得手かと」

「そうなのよ……問題を見たらパッと答えが分かるから、どう説明すればいいのか分からないのよ……」

「何という天才人間発言」

 

 ロイヤルネイビーの女王陛下を務めるのだから何かしら能力には長けているのだろうとは椎名達も思ってはいたが、想像以上の高スペック少女だったようだ。

 

「ベルファストさんとシリアスさんはどうなの?」

「……あ、え、私ですか?」

 

 教科書を読むのに必死になっていたシリアスが、驚いたような声を上げる。

 

「シリアスさんって勉強はできるの?」

「えっと、普通、だと思います」

「謙遜する必要はありませんよ、シリアス」

「そうよ。シリアスは頭いいんだから」

「そ、そこまでは……」

 

 本人は自信が無いようだったが、ベルファストとエリザベスの反応を見る限りシリアスも相当勉強はできるようであった。

 

「ですが、シリアスも陛下と同じように才能型なので……教えることには向いていないと思います」

「そっかー。それじゃ、ベルファストさんは?」

「私でよろしければ、喜んで教えて差し上げますよ」

 

 ベルファストはにっこりと笑う。

 優しい笑みなのだが、何故か椎名達の背筋に冷たいものが走った。

 

「……エリザベスさん、一つ聞いていい?」

「何かしら」

「……ベルファストさんに教えてもらうのって、オススメ?」

「……知識が身に着くという点では確実だからオススメね。精神的に耐えられるって前提が必要だけど」

 

 エリザベスは真っ青な顔で答える。

 今の彼女の脳裏には、ベルファストのとの地獄のような勉強風景が浮かんでいた。

 それを見た椎名達はまた寒気を感じる。

 

「……ベルファストさん、ごめんだけど、私達はパスで」

「あら、残念ですね。久しぶりに腕が鳴ると思ったのですが」

 

 そう言って笑うベルファスト。

 椎名達は「受けなくてよかった!」と本気で安堵するのだった。

 

 

「……そろそろ休憩しようか」

 

 2時間ほど勉強を続けただろうか。

 お昼も近くなり、みんなの集中力も途切れていた。

 椎名の一声で会議室内の空気がスゥッと弛んだ。

 

「んー、疲れた」

「お疲れ、クリーブ。そっちはどうだった?」

 

 グーッと伸びをするクリーブランドに、龍仁が声をかける。

 

「んー、ぼちぼちかな。ノーマンとオイゲンさんが教えてくれるけど……」

 

 あまり進んでいないのだろう。

 クリーブランドは少し困ったように笑う。

 

「確かに、今回の範囲はちょっと難しいもんな」

「そうなんだよ。いつも通りなら赤点の心配もないんだけど、ちょっと不安で……」

 

 遊びの約束もだが、彼女の場合は大会も控えている。赤点を取ってしまえばそれだけ練習に費やせる時間が減り、チームの足も引っ張ってしまう。ましてや、彼女はバスケ部のエースでもある。彼女にのしかかっているプレッシャーは、龍仁の比ではないだろう。

 

「かといって、これ以上ノーマン達に迷惑をかけるのも……」

「はーい、そこでこの私の出番ってわけだね!」

「ま、考えても仕方ないし、とりあえず飯にしようぜ、クリーブ」

「そうだな」

「そこまで無視されるとさすがの私も傷つくよ!?」

 

 華麗に現れた青葉を無視し、龍仁とクリーブランドは昼食の準備を始めようとしていた。

 

「だってそんなこと言う時の青葉って大抵ロクなことしないし」

「そもそも、青葉だって成績は私より少し良いぐらいだろ?」

「いやいや、私だって役に立つことぐらいあるよ!」

「例えば?」

「ふっふっふ、この消しゴム型の巻き尺式カンニングペーパーとか……」

「クリーブ、没収」

「あいよ」

 

 クリーブランドは青葉の発明品(?)を取り上げる。

 

「あーん!それ、作るの結構大変だったんだよ!勉強する間も惜しんで作ったんだよ!」

「んなもん作ってる暇があったら真面目に勉強しろ」

「うぅ……自信作だったのに……」

 

 青葉はショボンと落ち込んでしまう。

 さすがに自業自得なので龍仁もクリーブランドも同情はできない。

 しかし、あまりの青葉の落ち込みっぷりに、テストが終わったら返そうかな、ぐらいには思うのだった。

 

「ま、何はともあれ飯だ。腹が減っては戦はできぬってな」

「そうだな」

 

 そう言って2人は改めて昼食の準備を始めた。

 

 

「さて、こっからどうするか……」

 

 食事も終わらせてお昼からの勉強プランを龍仁達は考える。

 

「うーん、俺達の教え方だとクリーブランドに合わないみたいだからなぁ」

 

 ノーマンはそう言って考え込む。

 ノーマンとオイゲンもどちらかというとフィーリングで答えが分かってしまうタイプである。エリザベス程ではないので人に教えることはある程度は得意だが、あくまで「基礎を全て理解している」という前提で話を進めていくため、そもそも基礎の部分から少し危ういクリーブランドにはあまり合わない。

 

「ふっ、ならばこの俺の出番――」

「あ、ヨルクは却下で」

「なんでだよ!?」

 

 謎の決めポーズをするヨルクを、クリーブランドはあっさり突き放す。

 

「いや、だってヨルクに頼むと何を要求されるか分かんないし」

「俺、そんな信用ない?」

「「「「「…………」」」」」

「いや、そんな『え、今更?』みたいな目で見られたらさすがの俺も凹むよ?ヒッパーちゃんの胸と同じぐらいだだだだだだだだだだだ!ごめんなさい!余計なこと言いました!だからギブギブギブギブゥウウウウウウウウウウ!」

 

 いつも通りヒッパーから制裁を食らうヨルクを放置し、龍仁達は考えに戻る。

 

「普通に勉強しても逆に遠回りだもんな。だから効率的に勉強しないと……」

「……それじゃあさ、クリーブ。摩耶さんに教えてもらうか?」

「え、摩耶さんに?」

「え、僕が?」

 

 クリーブランドと摩耶が同時に声を上げた。

 

「そ。摩耶さん、人に教えるのかなり上手いぞ。俺も分からないところ教えてもらったけど、ビックリするぐらい簡単に解けるようになったし。それに……な?」

 

 龍仁が摩耶にアイコンタクトを送る。「ここがチャンスだ」と。

 

「えっと、僕は大丈夫だけど……」

「龍仁がそう言うなら……」

 

 そう言うと2人は隣り合うように座る。

 元々そこまで接点のない2人である。緊張したような、居心地の悪そうな、そんな感じで座っていた。

 隣り合って座ってまず挨拶をして、しばらく無言だった2人。だが、摩耶の方が意を決したように口を開いた。

 

「そ、その、クリーブランドさん。どこが分からないんだ?」

「え、えっとだな……ここから先が……」

 

 そして2人はぎこちなく勉強を始めた。

 

「さて、俺も勉強を始めるか……分かんないところがあったら悪いけど頼むな、ノーマン」

「あぁ、任せろ。にしても……」

 

 ノーマンは摩耶とクリーブランドをチラッと見る。

 

「お前、本当に摩耶さんと仲良いよな」

「そっか?普通ぐらいじゃないか?」

「ほら、摩耶さんって人との間に壁を作ってただろ?だから、龍仁みたいに仲良くしてる人がほとんどいなくてさ……」

「あー、それは……」

 

 摩耶本人がそこから脱却をしようとしていた時期に龍仁が声をかけた、というだけだったのだが、本人のためにも龍仁は何も言わないことにした。

 

「……少なくとも、摩耶さんは周囲が思ってるほど付き合いにくい人じゃないよ。ちゃんと話せれば、一緒にいて楽しいし」

「ふーん?」

 

 ノーマンとオイゲンは今日一日の龍仁と摩耶の様子を思い返していた。

 確かに龍仁はいつも通りだったのだが、摩耶はと言えば……。

 

「……ま、そこは俺達が関与すべき部分じゃないだろうしな」

「えぇ、そうね」

「?できれば2人にも摩耶さんと仲良くしてもらいたいんだが……」

「そういうことじゃなくてだな……まぁ、機会を伺って摩耶さんとも話をしてみるよ」

「あぁ、頼む。摩耶さん、意外と寂しがり屋だから。っと、そろそろ勉強始めないと」

 

 ノーマンとオイゲンの苦笑いに気付かないまま、龍仁は自分の勉強に戻った。

 

 

「で、ここはだな……そうそう、それを使えば」

「あ、そういうことか。……ホントだ、できた!」

 

 摩耶に教えられながらクリーブランドは問題を解いていく。

 龍仁の言う通り、摩耶の教え方は非常に上手く、基礎の部分のポイントも押さえながら教えてくれるからクリーブランドにもすぐに理解ができた。

 先ほどまで全然分からなかった問題が、面白いほどにスラスラと解けていく。

 

「えっと、こっちの問題なんだけど……」

「……これは、こんな感じで覚えていけば大丈夫だ」

 

 暗記問題も、覚えるべき要点を最低限かつ的確に教えてくれるので、暗記の苦手なクリーブランドにも何とか覚えることができた。

 

「……よし、ありがとう、摩耶さん。これなら何とかなりそうだ」

 

 一通り勉強を終え、一息ついたクリーブランドは摩耶に礼を言った。

 まだ不安箇所は多いものの、この調子なら少なくとも赤点は無いだろう。

 

「……あ、ごめん、摩耶さん。摩耶さんにも自分の勉強があったのに」

 

 自分に付き合わせてしまったことで、摩耶の勉強時間が削れてしまったと考えたクリーブランドは、摩耶に頭を下げた。

 

「気にしないでくれ。人に教えることで自分自身の理解度チェックにもなるから、僕としてもありがたい時間だった。そ、それに……」

 

 摩耶が顔を赤くし、クリーブランドから目を逸らしながらこう言った。

 

「……こうやって人の役に立てれば、友達も増えるかなって思って」

 

 クリーブランドはポカンとした顔で摩耶を見る。

 

「……摩耶さん、友達が欲しかったのか?」

「……あぁ」

 

 クリーブランドの問いかけに、摩耶は恥ずかしそうに頷いた。

 それを見たクリーブランドはクスッと笑った。

 

「なんだ、それならそう言ってくれればよかったのに」

 

 そう言うと、クリーブランドは青葉達を呼んだ。そして、摩耶の教え方が上手いことを彼女達に伝えた。

 青葉も「それなら自分に教えてくれ」と摩耶に頼み、ノーマンやオイゲンも「参考にしたいから」と摩耶の教え方に興味津々であった。

 あまり人に囲まれることになれていない摩耶は、緊張しながらも青葉やクリーブランドに勉強を教えていく。やはり教え方が上手いようで、青葉もクリーブランドと同じくスラスラと問題を解けるようになった。ノーマンとオイゲンも、「そういう考え方で解けばいいのか」と新しい発見がいくつもあったようだった。

 

「……おぉ、今の私ならテスト100点も行けそうな気がする……!」

「それじゃあ、青葉。この問題を解いてみてくれ」

「……すみません、調子乗りました」

 

 しばらく教えていると、そんな冗談を飛ばせるようにもなった。

 ふと、摩耶は自然と笑っている自分に気付いて慌てて顔を伏せた。

 

「ん?どうしたの、摩耶さん」

「い、いや……なんでもない」

「ふーん?にしても、摩耶さんって頭良かったんだね。全然知らなかった」

「青葉はいつも私や龍仁と低順位争いしてて、高い順位全然気にしてなかったもんね」

「……それでいいのか、新聞部」

「い、いやぁ……その、あははははは」

「うん、摩耶さんは毎回トップ20には入ってたからな。俺も何回か総合点数で負けたことがあったのを覚えてるぞ」

「私もよ。密かにライバル視してたこともあるわ」

「そ、そうなのか……」

 

 意外と注目されていたことを知り、摩耶はますます顔を赤くする。

 

「摩耶さん、どうかした?さっきから顔が赤いけど」

「いや、その……あんまり人と話すことに慣れてないから……」

「でも、龍仁とはよく話してるよね?お昼ご飯の時とかいつも一緒にいるけど」

「桐原は、その……と、友達だから」

 

 それを聞いて、ノーマン達は顔を見合わせる。そして、クスッと笑った。

 

「それなら、俺達も友達になれば問題ないよな」

「だよね。それなら解決」

「え?」

 

 摩耶がキョトンとした顔をする。

 

「……そんな、簡単で良いのか?」

「友達になるなんて、そういう簡単なことだよ。摩耶さんだって、龍仁と友達になったのは簡単なきっかけじゃなかった?」

 

 摩耶は以前のことを思い出す。

 龍仁に弁当をもらって、そこから交流が始まった。考えてみれば、何の難しいこともない、簡単なことで龍仁とも友達になっているのだ。

 

「……僕、少し難しく考えすぎてたみたいだ。友人を作るタイミングも見失って、もう遅いと思ってて……でも、こんな簡単なことで良かったんだな」

「友人に早いも遅いもないさ。要するに、一緒にいてどれだけ楽しいか、なんだから。摩耶さんだって、さっき私達と勉強してる時、何か楽しそうだったよ」

 

 そう言って笑うクリーブランド。

 ずっと摩耶の心に残っていた不安。その笑顔を見るだけで、その不安がスッと溶けた。

 

「だからさ、これからよろしく、摩耶さん」

「……あぁ」

 

 摩耶はそう言って笑った。憑き物が落ちたような、そんな清々しい笑顔だった。

 

(……これで、良かったんだよな、龍仁)

 

 クリーブランドは少し離れたところで勉強をする龍仁を見る。

何故龍仁が自分のことを摩耶に頼んだのか何となく分かった気がした。

 彼女の視線に気付いて、龍仁もクリーブランドと視線を合わせる。そして、彼女が言いたかったことが伝わったのか、龍仁も笑った。

 

「っと、それじゃあ改めて……勉強の方をお願いします、摩耶先生」

「せ、先生はやめてくれ」

「じゃあ師匠?」

「師匠はもっとダメだ」

 

 少しだけ余裕も出てきたのか、摩耶達はしばらくそうやって冗談を言い合った。

 そんな摩耶の様子を、龍仁は満足そうに見ていた。

 

「桐原君、助けてぇ!全然分かんないよぉ!」

 

 そんな時、涙で顔を腫らした椎名が龍仁に泣きついてきた。

 

「……何が?」

「勉強が分かんないんだよぉ!エリザベスさんは教えるの下手だし、ベルファストさんと溝口はスパルタで教えてこようとするし!もうどうすればいいの!」

「スパルタでいいんじゃね?」

「そんな殺生な!ミスガラスのハートと呼ばれた私の心を砕くつもり!?」

「溝口さん、そんな椎名さんにそんな異名ある?」

「10年以上の付き合いはあるけど、そんな異名聞いたことないわね」

「じゃ、大丈夫だ」

「そんなぁ!」

 

 眩しいぐらいの笑顔の龍仁に突き放され、椎名は悲鳴を上げる。

 龍仁はチラッと摩耶の方を見る。今はクリーブランド達と打ち解けたばかり。もう少しクリーブランド達の輪の中にいさせた方がいいと思い、龍仁はベルファストの方を見る。

 

「ベルさん。スパルタ方式は可哀そうだから、優しめに椎名さんに教えてあげてくれないかな。さすがにこのままじゃヤバそうだし」

「龍仁様がそう仰られるのであれば」

「龍仁は甘いわね……」 

 

 呆れ返ってそう言うエリザベスだが、その表情はどこか嬉しそうでもあった。

 

「というワケで、ベルさんがちゃんと見てくれるから、椎名さんも頑張って」

「桐原君……」

 

 椎名はいきなりぶわっと涙を溢れさせ、そして龍仁にしがみついた。

 

「ありがとう!もう愛してる!大好き!」

「うわっ!やめろ、しがみつくな!俺の服で鼻を噛むな!」

「……ベル、やっぱりスパルタ方式でやりなさい。徹底的に」

「仰せのままに」

「何で!?」

 

 結局、椎名はベルファストのスパルタ教育を受けることとなる。

 受けた本人はもちろん、その様子を見ていた周囲にも恐怖を受け付ける光景だったと、後に溝口は語っている。

 

 

「それじゃあ、今日は解散だな」

 

 夕方になり、この日の勉強会はお開きとなった。

 一同は図書館を出る。会議室内にいたのは数時間だったのだが、もう何日も外に出ていないかのような、そんな気がしてしまう。

 

「じゃ、私達はこっちの方だから。ここでお別れだね」

「あぁ。とりあえず……椎名さんを明日までに元に戻しておいてくれ」

「努力はするよ。それじゃ、また明日」

 

 溝口は、抜け殻のような状態でひたすら数学の公式を呟き続ける椎名を抱えて、友人数人と帰って行った。

 

「摩耶さん、今日はありがとうね」

「こちらこそ。いい勉強になったし、それに……」

 

 摩耶は少しだけ恥ずかしそうに、照れ笑いを見せた。

 それ以上は何も言わなかったが、その表情だけで、彼女が何を言いたかったのか、その場にいたクリーブランド達には伝わった。

 

「その、龍仁もありがとう……」

「いいってことよ。それに、そういう約束だったしな」

 

 そう言って笑う龍仁を見て、摩耶は顔を赤くして俯いた。

 その様子を見て、龍仁以外の全員が「ん?これは……」と何かを察した。

 特に青葉は「これは面白くなりそう……」とニヤリと笑い、クリーブランドとエリザベスはムッとしたような表情で、何も気付いていない龍仁を睨むのだった。

 

「そういえば、摩耶さんはどうするんだ?」

「どうするって?」

「実はさ、テストが終わったらみんなでプールかどっかで泳ぎに行こうって話をしてるんだ。摩耶さんは参加するか?」

「えっと、僕が参加しても良いのか?」

「当たり前だろ」

 

 当たり前……それを言われるのがどれだけ嬉しいことなのか。

摩耶はその時初めてその嬉しさを感じた。

 

「うん、それじゃあ……僕も参加するよ」

「よし、それじゃあ一緒に頑張るか。とは言っても、摩耶さんの成績なら問題は無いだろうけどな」

「その分僕がみんなを手助けするよ。やっぱり、みんなで楽しみたいからさ」

「そんじゃ、明日は椎名さん達の方を見てあげてくれないか?その……たぶんベルさんだとまた手加減できないかも、だから」

「わ、分かった……」

 

 今日のベルファストを思い出し、龍仁と摩耶はぶるっと体を震わせた。

 また椎名が抜け殻になったら、それこそテストどころではなくなってしまう。

 

「それじゃあ、僕はここで」

「また明日な、摩耶さん」

「また明日ー」

「あぁ、また明日だ」

  

 また明日――それを言い合える友人ができた喜びを、摩耶は隠すことはできなかった。

 

 

 そして翌日――

 

「ここはこうするとだな……ほら、こんな感じに」

「あ、本当だ!」

 

 龍仁はさっそく椎名達のところに摩耶を派遣。

 クリーブランド達との交流で自信のついた摩耶は、椎名達とも打ち解けていた。

 昨日の件で何だかんだ勉強の基礎の部分はちゃんと身に付いていた椎名は、摩耶の教えた内容を次々と吸収していく。「ベルファストさんのおかげだな」という溝口の冗談は、椎名が再び抜け殻になりかけたので禁句となったが。

 

「んー、ちょっと疲れたかな」

 

 順調に進めば時が経つのは早くなるもので、気付けば既にお昼の時間になっていた。

 

「よし、それじゃあお昼ご飯にしようか」

「賛成ー」

 

 そう言って各自昼食の用意を始める。

 いつも通り、龍仁と摩耶が昼食を始めようとすると――

 

「ね、ね!私達も一緒にいい?」

 

 椎名達も龍仁達の昼食に入ってくる。

 

「あぁ、いいぞ。摩耶さんは?」

「僕も構わない」

「やったぁ!」

 

 椎名達はさっそく龍仁と摩耶を囲んで座った。

 それを見たクリーブランド達も、何となく同じように龍仁と摩耶の傍に集まる。

 

「いやぁ、ありがとうね、桐原君」

「何がだ?」

 

 さり気なく龍仁の横を陣取り、エリザベスとクリーブランドから睨まれている椎名はニコニコした顔で龍仁にそう礼を言った。

 

「摩耶さんを紹介してくれたこと。おかげで助かったよ」

「あぁ、そのことか。俺も摩耶さんに頼まれてたからさ。こっちこそありがとう、だよ」

 

 龍仁は横で他の子と楽しそうに喋っている摩耶をチラッと見た。

 

「実はさ、私、摩耶さんのこと狙ってたんだよね」

「……は?」

「いや、だってさ?だってだよ?摩耶さん僕っ子じゃん?しかもケモミミ付きじゃん?その上クールでしょ?もうどんだけ属性詰め込んでるのかって話だよ。これで狙わない方が失礼だと思わない?桐原君」

「俺に同意を求めんな」

「でも、摩耶さんも可愛いと思うでしょ?」

「そりゃ、まぁ……」

 

 再び摩耶を見る龍仁。

 龍仁の視線に気付いた摩耶と目が合う。

 龍仁は急に顔が熱くなるのを感じ、慌てて摩耶から目を逸らした。

 

「ほほう、桐原君はああいう子が好みですか。気が合うねぇ」

「椎名さんは可愛い女の子なら大体守備範囲に入ってるだろ」

「もちろん」

 

 イラっとするほどに清々しいどや顔で胸を張る椎名。

 

「それで、実際のところどうなの?」

「どうなのって……うん、可愛いとは思うけど、摩耶さんはあくまで友達だよ」

「いやいや、関係じゃなくて桐原君がどう思ってるかを聞きたいんですよ」

 

 椎名から、ウザ絡みをしてくる時の青葉と同じ匂いを龍仁は感じた。

 こういう時は何か別の話題で誤魔化すのが定石で――

 

「そういう椎名さんはどうなんだよ」

「私?」

「そう。好みとか」

「さっきも言ったじゃん。可愛い子全部が私の好みだって」

「そういやそうだったな」

「あ、でも可愛い子だけじゃなくて、桐原君も好みの中に入ってるよ。だから安心してね」

「何を安心するんだよ……」

 

 エリザベス、クリーブランド、摩耶の3人が椎名の言葉に反応する。

 

「し、椎名?今、何か聞き捨てならないことが聞こえたんだけど……?」

「ん?あ、桐原君が私の好みだって話?安心して、エリザベスさんの恋路は邪魔しないから」

「あなたの好みに龍仁が入ってるってだけで安心できないのよ!」

「おっとぉ、クリーブランドさん。手がバイブレーションみたいに震えてるけど大丈夫?」

「……ちょっと大丈夫じゃないかも」

「摩耶さん、顔色と汗がヤバいけど、どうしたの?」

「だ、大丈夫だ。ちょっと暑いかな、って思って」

「冷房ガンガンに利いてるけど……」

「エリザベスさん、安心して。椎名のアレは本気じゃなかったりするから」

「失礼だなー、溝口。私は常に本気だよ」

「~~~~~~ッ!」

「椎名……せっかくエリザベスさんを落ち着かせようとしたのに……」

 

 自分のことからは確かに話を逸らせたが、それ以上の混乱が会議室に広がった。

 龍仁は「さすがにやりすぎた」と反省し、ベルファストに頼んでその場を収めてもらった。

 

 騒動はあったものの、昼食後は普通に勉強会が再開し、その後も休憩の度に賑やかにはなったものの、全員の勉強が順調に進んでいく。

 こうしてこの日の勉強会も終わり、あとは各自で勉強。テスト本番に挑むだけとなった。

 

 

 そしてテストも無事に終わり、結果が出た――

 

「お、おぉ……」

 

 椎名は震える手で自分のテスト用紙を持った。

 平均点までは届かなかったが、赤点が一個もなかった。

 いつもなら赤点以外を取ることの方が珍しい椎名が、である。

 

「あ、赤点がない……溝口!赤点がないよ!赤点が!これ、私の答案用紙だよね!?」

「うん、このヘタクソな字は間違いなく椎名の答案用紙だよ」

「クリーブ、どうだった?」

「うん、今回は余裕で大丈夫だった。龍仁は……その顔は見るまでもないな」

 

 龍仁とクリーブランドも無事に平均以上の点数を取り、安堵の表情を浮かべる。

 ノーマンとオイゲンは言わずもがな。摩耶も軒並み高い点数を取っていた。

 だが、一人だけ浮かない顔をしている人物がいた。

 エリザベスである。

 

「あれ?エリザベスさん。どうかしたの?」

「え、えぇ……ちょっとテストの点数で……」

「ん?……おぉ、ほとんど満点じゃん」

 

 椎名が覗き込んだエリザベスの答案用紙は、数学と現国以外は満点。数学と現国も、2問ほどのミスがあったというだけで、高い点数ということには変わりない。

 

「私の点数はいいのよ……ただ、順位が……」

「順位?」

 

 一緒に貼り出された学年トップ50の名前。

 その中でエリザベスは2位だった。

 

「……私の見間違いじゃなければ、1位にヨルクって書いてない?」

「うん、書いてるね」

「……何でヨルクが1位なのよ!」

 

 エリザベスが納得いかない様子で叫んだ。

 確かに、ヨルクは勉強会でもあんまり勉強をしている様子がなく、見ているエリザベスですら「大丈夫なの?」と心配になるほどだった。だが、蓋を開けてみればそのヨルクが1位という順位を取っている。それがエリザベスには納得がいかなかった。

 だが、椎名は「なんだ、そんなことか」と落ち着いた様子である。

 

「ヨルク君、テストの時はいっつも学年1位だよ」

「……え?」

「アレでもヨルク君ってすっごい頭が良くて、学園入試も『学園創設以来の逸材』って言われる成績で合格したって話だし」

「……マジ、なの?」

 

 エリザベスが信じられないといった顔で龍仁に尋ねる。

 龍仁は真面目な顔で「マジだぞ」と答えた。

 

「……ベルは知ってた?」

「えぇ、オリバーから連絡がありましたから。勉学面では既に自分が教えられることは何もない、と。自他共に厳しい彼がそこまで言うのですから、ヨルク様の頭脳は本物なのでしょう」

「……嘘でしょ」

「……え、俺ってどういう目で見られてたの?」

 

 ヨルクがいつもの間の抜けた顔でエリザベスに尋ねた。

 彼の答案用紙は、当たり前のように全て満点であった。

 

「……お馬鹿キャラ?」

「先生!エリザベスさんが俺のことをお馬鹿キャラだと思ってたらしいです!」

「いや、お前の場合は仕方ないだろ」

「えぇ、普通に自業自得だもの」

 

 アマゾンとヒッパーにそう言われてヨルクはガックリ項垂れる。

 そんな彼に慰めの声をかける者は誰もいなかった。

 

「そんなことよりも……摩耶さん、ありがとう!」

 

 椎名は摩耶にガバッと抱き着いた。

 

「摩耶さんのおかげだよ!これでこの夏は心置きなく遊べるよ!」

「わ、私も役に立てたなら嬉しい。だから、そんなくっつかないでくれ!」

 

 椎名を引き剥がそうとする摩耶だったが、その表情はそこまで嫌がっているようには見えなかった。それどころか、どこか楽しそうにも見えた。

 

「私も、ありがとう、摩耶さん」

「うん、おかげでいつもよりいい点が取れたよ」

 

 一緒に勉強会をしたメンバーが次々に摩耶のところへと集まり、礼を述べる。

 摩耶は少し戸惑った様子でみんなに囲まれていた。

 

「おーい、お前ら。喜ぶのはいいけどまだ授業の最中だからな。とりあえず席に戻れ」

「「「はーい」」」

 

 ガヤガヤと騒いでいたクラスメイト達は、アマゾンの一声で席に戻る。

 そして簡単な答え合わせをしてから、授業は終わった。

 その後はまた摩耶の周りに人だかりができるのだった。

 

 

「桐原」

 

 放課後。帰り支度をしていた龍仁に、摩耶が声をかける。

 

「お、摩耶さん。やっと解放されたのか?」

「あ、あぁ……さすがに疲れた……」

 

 テスト終わりの解放感もあったのだろう。

 新しく友人となった摩耶のことを知りたがった椎名達に、摩耶はずっと質問攻めにあっていた。それから解放されたのが先ほどのこと。

 疲れた様子ではあるものの、摩耶の顔は嬉しそうにも見えた。

 

「あ、そうだ。俺も点数がいつもより良かったよ。摩耶さんのおかげだ。ありがとう」

「あ、いや……その、僕も……桐原のおかげで友達ができた、から……感謝する」

 

 摩耶はモジモジしながらそう言った。

 ちょっと前には考えられなかった、友人に囲まれるという環境。

 その環境が、摩耶にはとても嬉しかった。

 

「摩耶さんの助けになったのなら、良かったよ」

「……それで、その……」

「ん?」

「……桐原は、友人のことを呼び捨てにしているよな」

「あぁ、その方が何となく呼びやすいからな」

「……だったら、僕のこともさん付けじゃなくて、呼び捨てにしてくれないか?」

「え?」

「その、桐原になら呼び捨てにされてもいいというか、されたいというか……変、かな?」

 

 少しポカンとする龍仁だったが、すぐに大笑いした。

 

「はははっ、それぐらいならお安い御用だ。というか、摩耶さんのままだとちょっと余所余所しいもんな。俺で良ければ」

「本当か!」

「あぁ、本当だ。摩耶」

 

 そう呼ばれ、摩耶は胸がドキンと跳ねるのを感じた。

 

「……どうした?」

「い、いや……思ったよりも威力が……」

「威力?」

「な、何でもない!」

「そ、そうか……あと、それなら摩耶も俺のことは名前で呼んでくれ。桐原って呼ばれ方よりも、名前で呼んでもらった方が、何か近くに感じるからさ」

「そ、そうか。それなら……龍仁、よろしく」

「あぁ、よろしく。摩耶」

 

 そう言って2人は笑い合う。 

 

 ――あぁ、悔しいぐらいに恋をしてるな、僕。

 

 呼び名が少し変わっただけ。それだけで、摩耶は嬉しくて仕方がなかった。

 龍仁との距離がぐんと近くなった。そんな気がした。

 

「それで、泳ぎに行くってのはいつ行くんだ?」

「あぁ、今場所とかの調整をしてるところだ。分かり次第連絡が来るはずだから」

「了解。……それまでに水着を用意しないとな」

「摩耶の水着か。楽しみだな」

「……ムッツリスケベか?」

「言わなきゃよかった」

 

 こうして、摩耶にとっていつもと同じ放課後は、いつもよりも心地の良い放課後となった。

 

 

 同じく学園の放課後――

 

「……もう我慢の限界だ」

 

 学園初等部エリア付近。電柱の影に隠れる怪しげな人物がいた。

 全身黒づくめでほっかむりまで被っている、絵に描いたような怪しい人物。

 その正体は――アーク・ロイヤルであった。

 

「フッドからは駆逐艦に近付くなと言われたが……この重桜には重桜の愛らしい駆逐艦を見るために来たようなもの……!それを我慢するなど、できるはずがない!」

 

 学園初等部には多くの駆逐艦も通っている。まさに、アーク・ロイヤルからすれば天国のような場所である。

 

「確かに近付けば私の理性が危ういかもしれない……だが、近付かずに遠くから見る分には問題ないはず!」

 

 そう言ってアーク・ロイヤルはどこからともなく双眼鏡を取り出す。

 

「あとは、この電柱を登ってこの双眼鏡で敷地内を眺めれば……」

 

 すでに彼女の頭の中には天国があるのか。

 アーク・ロイヤルの顔はだらしなく緩み切っていた。

 

「そうと決まれば……いざ、楽園へ!」

「お、おまわりさん、あの人です!あの人、怪しいんです!」

 

 突然背後から聞こえた女性の声。

 振り返ると、怯えた様子でこちらを指さす女性と、彼女の隣には警官の姿があった。

 

「……えっと、とりあえず話を聞いてもいいですか?」

 

 警官はゆっくりとアーク・ロイヤルへと近づく。

 警戒しているというよりは、見るからに怪しすぎてドン引きしている様子だった。

 

「……私は怪しい者ではない」

「その格好で言われても、説得力がないんですが……」

 

 警官の言葉はご尤もだった。

 学園初等部近くにいる黒づくめのほっかむりを被った人物。怪しい以外の感想を出す方が困難であろう。

 

「とりあえず、署までご同行を……」

「逃げるが勝ち!」

「あ、コラ!」

 

 アーク・ロイヤルは脱兎のごとく駆け出した。

 警官も慌ててアーク・ロイヤルの後を追う。

 

 その後、アーク・ロイヤルは何とか警官から逃れられたものの、不審人物が出たということで学園初等部付近はしばらく厳重警戒が張られ、アーク・ロイヤルが近付くのは困難となっていた。

 大戦の英雄が重桜を訪れているという事実が、最悪の形で世に広まらなかったのは不幸中の幸いだっただろうか。

 

 

 その後、露骨すぎる不審人物が現れたとして、この一件は一種の都市伝説扱いを受けることになるのだが、それはまた別のお話。

 

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