龍仁達の住む町から車で1時間半。
明らかに人の気配がしない山や森を通り抜け、そして微かに波の音が聞こえ始めた頃――その場所が目に映った。
「うわぁ!」
クリーブランド達は思わず声を上げる。
目の前に広がっているのは、広大なビーチ。白い砂浜に青い海と空。
水平線が綺麗に見えるほどの絶景。
まるで、リゾート地にでも来たかのような、素晴らしい光景だった。
「こんな凄い場所、ホントに私達しかいないの?」
ヒッパーも驚いた様子で目の前の光景を眺めた。
季節も夏場で海のシーズン。これだけの広大で綺麗な砂浜があるなら、人がたくさん集まっていてもおかしくはない。それなのに、誰一人として人がいない。
「えぇ、この場所はアズールレーンの管轄区域ですからね。普通の人は立ち入り禁止ですよ」
ことの始まりは1週間前。
テストも終わり、一行はどこに遊びに行こうか悩んでいた。
「んー、どうしようか……」
「やっぱみんな考えること一緒みたいで、どこのプールも多いっぽいな」
「そこそこの人数で行くからね。あんまり人が多すぎると集まるのが大変だし……」
「人が少ないとなると市民プールか?だけど、あそこ大人数で行くには狭いしなぁ」
といった感じで、どうしようか悩んでいた。
テスト後、ニュースなどを見ているとどこのプールも人で溢れていた。少人数で行くなら問題はないのだろうが、現在の予定ではかなりの大所帯で遊びに行くつもりだった。どう考えても収拾が付かなくなってしまう。
「いっそのこと海行く?」
「海の方も人でいっぱいっぽいよ」
「うーん……エリザベスさん、プライベートビーチとか持ってたりしない?」
「ロイヤルまで来てくれるならあるわよ」
「ですよねー」
さすがにロイヤルまで行く時間はない。
全員が「うーん」と悩んでいると、エリザベスが何かを思い付いたように声を上げた。
「あ、そういえばベル」
「何でしょうか」
「あそこって使えないかしら。ほら、海軍所属KAN-SEN用に開放されるビーチがあったじゃない」
「えぇ、ありますね」
「あの場所の使用申請をすれば、みんなで行けるんじゃないかしら?許可さえ取れば一般人にも使用可能だったはずよね?申請お願いできるかしら?」
「かしこまりました」
そう言うとベルファストは通信機でどこかへと連絡を入れた。
しばらく誰かと話をして、そして通話を切る。
「申請さえ通れば大丈夫なようです。しばらくは予定も入っていなかったので、ほぼ間違いなく通るだろうと言われました。ただ、念のためということもあるので、返事は明後日になるとのことです」
「上出来よ、ベル」
ということで、とエリザベスはみんなの方を向いた。
「一緒に海に行きましょう!」
後日、海軍の許可も取れ、一同は海軍管轄のビーチへと行くことになったのだった。
そして約束の日、複数台の車に分かれて目的の場所に来た一同。
そんな彼らを待っていたのが、絶景が広がるビーチだった。
「まさか車で1時間ちょっとの場所にこんなビーチがあるなんてなぁ」
「まさに特別な場所、って感じだな」
龍仁とノーマンはビーチパラソルなどの道具を抱えながら砂浜に足を付ける。
まるで世界を一望できるかのような、そんな気持ちにさせる景色に、2人はただボーッとその光景を眺めていた。
「龍仁、それじゃあ先に着替えてくるから。悪いけど準備の方頼むぜ」
クリーブランドにそう言われて2人はハッと我に返る。
「あ、あぁ、そうだな。ゆっくり着替えて来いよ。どうせ俺らの着替えはすぐ終わるんだし」
「うん、分かった」
「クリーブの水着、楽しみにしてるからな」
「なっ!?……う、うぅ……そう言われると恥ずかしくなってくるからやめろよ……」
「はいはい、早く行くよ、クリーブランドさん」
クリーブランドは青葉に押されながら更衣室へと向かっていく。
他の女子達も次々と更衣室へと入っていく。
「おーい、これで最後だぞ」
最後の荷物を抱えたヨルクが2人の方へと駆け寄ってくる。
「お疲れ、ヨルク……と、オリバーさん」
「いえいえ、これぐらいどうってことありませんよ」
ヨルクの背後から大荷物を軽々と担いでくるメイド服姿の巨漢オリバー。
肌は浅黒く焼け、体はまるで鎧のような筋肉に覆われ、一目で「この人なら熊でも一撃で殺せる」と思わせるほどの迫力を持っている。だが、表情は非常に柔らかく穏やかで、どこか人懐っこさも感じさせる。
そんな彼はヨルクの専属メイドであり、初対面ではなかったノーマンとオイゲン以外のメンバーはオリバーを見て少なからず怯えを見せたものの、すぐにその温和な人柄に魅せられて、受け入れるのは難しかったもののある程度慣れはした。
「女性を待たせるといけませんので、すぐに準備をしてしまいましょう」
オリバーはそう言いながらパラソルを地面に次々と刺していく。重機でも使ってるのかと言いたくなるほどに、しっかりとそして正確に一定間隔でパラソルが差し込まれて行く。
龍仁達は、その下に椅子やマットなどの道具を並べていく。
そして5分ぐらいすると準備も終わった。
「それじゃ、俺達も着替えてくるか」
「だな」
女子達はまだ着替え終わる気配がない。
3人は女子更衣室からは少し離れたところにある小屋で着替えるのだった。
男子の着替えというものは早いもので、3分も経たないうちに終わってしまう。
3人は水着姿で小屋から出る。女子達はまだ出てこないようだ。
「あれ?オリバーさんは着替えないんですか?」
メイド服姿のままのオリバーに、龍仁が尋ねる。
「私ですか?私は万が一の時にすぐに動けるようにこのままですよ。これでもメイド服姿のまま泳ぐ訓練も受けているので、もしもの時もお任せください」
「あ、そうなんですね」
暑くないのかな、などと考える龍仁とノーマンだったが、それを察してヨルクが首を振る。
「……オリバーの奴、前に山籠もりした時もずっとメイド服姿だったんだよ」
「……じゃあ大丈夫だな」
たぶん、詳しく考えない方がいいと龍仁とノーマンも思ったのか、それ以上はオリバーについては何も言わなかった。
「おっと、女性の方々も着替えが終わったようですね」
「お、マジか!」
オリバーの言う通り、女子更衣室の方が少しだけ騒がしくなった。
と、思うと一斉に女子達が更衣室から出てきた。
「やっほー!着替え終わったよー!」
椎名を先頭に、女性陣がこちらへと駆け寄ってくる。
「おぉ!」
夢にまで見た水着だらけの光景。
ヨルクはその光景に目を輝かせる。
「どうよどうよ、結構時間かけて選んだんだよ」
椎名がポーズを決めながら龍仁達に自分の姿を見せる。
椎名の水着は、シンプルに赤いフリルビキニだった。
「へぇ、いいじゃないか。似合ってると思うぞ」
「でしょでしょ!私もこれお気に入りなんだ!」
褒められたのが嬉しかったのか、椎名はピョンピョン跳ねて喜ぶ。
すると、龍仁の水着がクイッと引っ張られた。龍仁が横を見ると、フィーゼの姿があった。
「龍仁。私のはどうだろうか。その……芳奈がまだ早いといってこれしか着させてくれなかったのだが……」
フィーゼの水着は学校指定のスクール水着。さらに、大きめの麦わら帽子も被り、日焼け防止のためのパーカーも羽織っている。
「フィーゼも可愛いぞ。無理に派手な水着を着なくても、そのままでも十分だ」
「本当か?」
「本当だ」
龍仁がそう言うと、フィーゼは嬉しそうに彼の腰にしがみつく。
龍仁はまるで彼女の兄のような表情でフィーゼの頭を撫でた。
「龍仁ー。こっちはこっちはー?」
青葉がクリーブランドの背中を押しながら龍仁の方へとやってくる。
クリーブランドの水着は黄色のホルターネックとボーイレッグの組み合わせの水着。
そして、青葉の水着は青のワンショルダー側の水着だった。
「2人ともいい感じじゃんか。ぴったりだと思うぞ」
「うぅ……私はもっと露出低めの水着で良かったのに……」
「露出低めって……ウェットスーツでも着るつもりか?」
「そうじゃないけど……その、改めて見られると恥ずかしい……」
「そうなのか?俺は可愛いと思うぞ、クリーブのそれ」
「かわっ!?ちょ、ちょっと水飲んでくる!」
そう言ってクリーブランドは更衣室の方へと走って行ってしまった。
「どうしたんだ、クリーブは。喉でも渇いてたのか?」
「……うん、龍仁はそれでいいと思うよ」
青葉の生暖かい目線に、龍仁は首を傾げた。
「ちょっと、龍仁!私には何か感想はないの!」
そう言ってエリザベスが龍仁の腕を引っ張る。
龍仁が他の女子の水着ばかり注目するのがお気に召さないようである。
「ちょっ、引っ張らなくてもちゃんと見るから!」
エリザベスの水着は、フリルのついたワンピース型の水着。
幼い体型のエリザベスに、良くいえば可愛らしさが際立つ、ぶっちゃけて言ってしまえば幼さがさらに加速するような、そんな水着だった。
「……うん、凄く似合ってるし、可愛いと思うぞ」
「ふふん、そうでしょ。私の高貴さが際立つ水着でしょ?」
(……浮き輪が凄い似合いそうじゃない?エリザベスさんの水着)
(余計なことは言うなよ、青葉。せっかくエリーが上機嫌なんだから)
誇らしげに胸を張るエリザベス。
そんな彼女を見ながら、青葉と龍仁はコソコソと話をするのだった。
「でも、こうしてみるとアレだよな。一目瞭然だよな」
「何がだ?」
ヨルクが女性陣の水着を見回して何かを確認している。
「ほら、胸の大きさだよ。オイゲン、ベルファストさん、シリアスさんは言わずもがな、青葉も大きいし、クリーブランドと椎名さんも意外とある。それに比べて、エリザベスさんとかウチのヒッパーちゃんを見てみろよ。フィーゼちゃんはまだ小さいから仕方ないにしても、ヒッパーちゃんとかはもう残念っていうのも可哀そうなぐらいにぺったんこで、しかも水着だからさらに格差がハッキリしちゃって。あ、それを言うなら溝口さんもかなりまないたぶふっ!?」
好き放題言っていたヨルクの脳天に拳骨が落ちる。
ヨルクが慌てて背後を見ると、そこにはエリザベス、ヒッパー、溝口の3人が般若のようなオーラを纏いながらヨルクを見下ろしていた。
「好き勝手言ってくれるじゃない、ヨルク」
「えぇ、ぺったんこだのまな板だの」
「人が密かに気にしていることを……」
「え、えーっと……怒ってらっしゃる?」
「逆に聞くけど、怒っていないように見えるかしら?」
「見えません」
一呼吸置いて逃げようとするヨルクだったが、その前にヒッパーに後頭部をガシッと掴まれる。
「あいてててててて!待って、その掴み方はダメだって!頭が割れちゃう!」
「大丈夫。人の体って意外と頑丈だから」
そう言ってヒッパーはヨルクをどこかへと引きずっていく。
「ちょっとこの馬鹿と話があるから、先に始めてて」
「あ、私の分までお願いね」
「私の分も」
「了解」
エリザベスと溝口の分まで合わせた制裁に、さすがのヨルクも顔が青ざめる。
「待って、話し合おう!俺が悪かったから話をさせてくれ!後生です!お願いしまあああああああああああああああああ!!」
見事なまでのヨルクの悲鳴がビーチに響き渡る。
だが、これもまたいつものことなので、誰も気にすることはなかった。
「……そういや、摩耶は?」
龍仁が周囲を見渡す。ほとんど全員が集まっている中、摩耶の姿だけが見当たらなかった。
「あ、本当だ。摩耶さんいないね」
「更衣室では一緒だったけど……もしかしてまだ着替えてるのかな」
「ごめんだけど、溝口さん。見てきてくれないかな。ついでにクリーブもいるはずだから」
「了解」
溝口は更衣室へと走って行く。
そしてすぐに「いたよー」と溝口からの合図があった。
「良かった……って、何してるんだ?」
「ん、ちょっと摩耶さんが……ほら、隠れてても仕方ないって」
そう言って溝口は誰かの腕を引っ張っていた。
そしてすぐにその誰か――摩耶が姿を現した。
「……」
「……」
龍仁と椎名は思わず言葉を失う。
摩耶の水着は白のビキニなのだが……いつもは制服で分からなかったが、摩耶もオイゲン達に負けないぐらいに立派なものを持っていた。摩耶本人は恥ずかしそうに、必死に胸を両腕で隠すのだが、それでも隠しきれていない。意外な大物の登場に龍仁と椎名以外も呆然としており、エリザベスと青葉は揃って「デカい……」と呟いた。
「ち、違うんだ、龍仁。僕はもっと露出の少ない水着を持ってきてたはずだったのに、たぶんいつの間にか愛宕姉にすり替えられてて……」
摩耶は龍仁の視線に気付き、顔を真っ赤にしてそう言った。
名指しされた龍仁は、ハッと我に返る。
「あ、いや!凄く綺麗だと思うぞ!?」
「き、綺麗?」
「あ、その……うん、綺麗、だな」
摩耶自身も白く透き通る肌をしており、白の水着が自然に溶け込んでいる。
摩耶の大きく形のいい胸もそうだが、腰つきやヒップのバランスも良く、まるでモデルのような完成度があり、龍仁の言う通り「綺麗」という言葉がぴったりであった。
「そ、そうか……ありが、とう」
摩耶は恥ずかしそうに俯く。
摩耶のその様子に龍仁も気恥ずかしくなり、同じように俯いた。
その初々しい反応に、青葉達は「お?」と好奇の目を向け、エリザベスやフィーゼや「むっ」と不満そうに口を尖らせる。
それに気付いた龍仁は、慌てて首を横に振り、ベルファストの方を見る。
「そ、それじゃあ椎名さん!そろそろ始めようか!」
「そうだね。それじゃあ、盛り上がっていこう!」
こうして、彼らの一日は始まった。
「まずは準備運動からだよね」
「だな。溺れる奴が出るとまずいしな」
海に入る前に、全員で集まって準備運動をすることとなった。
「俺としてはヒッパーちゃんからの人工呼吸が受けられるなら……」
「あ、万が一男性が溺れた場合はオリバーが『対処』してくれますので、ご安心くださいね」
笑顔のベルファストの横では、オリバーが少し顔を赤らめている。
――絶対に溺れてはいけない。
龍仁、ノーマン、ヨルクの3人は固くそう誓うのだった。
「その前に溺れないようにしないとな」
「うん、それが一番だ」
「その為にも準備運動を……龍仁、体伸ばすから手伝ってくれ」
「あいよ」
龍仁はクリーブランドの準備運動の手伝いを始める。
それを皮切りに、他のメンバーも準備運動を始めるのだった。
「そういや、日焼け止めとかは良いのか?」
準備運動も一通り終わった頃に、龍仁がクリーブランドに尋ねた。
「大丈夫だよ。日焼け止めは更衣室の方で塗ったから」
「そっか。それならいいんだけどさ」
「残念だったな、龍仁。せっかくの『私に日焼け止めクリーム塗って?』イベントがなくなっちゃって」
「それ考えてたのお前だろ、ヨルク」
「いやいや、ヒッパーちゃんなら俺のために日焼け止めクリームをまだ塗っていないはずだから、俺にはバッチリチャンスが――」
「残念だけど、私ももう塗ったわよ」
無情なヒッパーの言葉を聞いて、ヨルクはその場に崩れ落ちる。
しくしくと泣くヨルクに、椎名がそっと寄り添う。
「分かる。分かるよ、ヨルク君。何故か私だけ日焼け止めの塗り合いに参加させてもらえなかったから」
「だって椎名の手付きがいやらしいんだもの。何をされるか分かったもんじゃないし」
「えー、そんなことないよ?」
「その手付きよ、その手付き。特にフィーゼちゃんなんか怯えてたじゃない」
手をワキワキさせる椎名に、溝口が溜息を吐く。
よほど怖い思いをしたのか、フィーゼは溝口の背後に隠れてしまう。
「……あぁ、溝口さんがフィーゼ守ってくれたのか」
「何かあったら桐原君に顔向けできないからね」
「うん、ありがとう」
フィーゼの様子を見て察した龍仁が溝口にお礼をする。
そんな溝口とフィーゼを見て、椎名が「羨ましい……!」と唇を噛み締めるのだった。
「ほら、そっち行ったよ、フィーゼちゃん」
「ん!」
「おー、上手い上手い!」
「ヒッパーちゃん、スイカあるからスイカ割りしようぜ!」
「いいわね。スイカの隣にあんたを埋めて、どっちを叩けるか試すのも面白そうね」
「なんで発想がそんなバイオレンスなの!?」
「お、摩耶さん何焼いてるの?」
「ん、海といえばこれ、と思ってイカを」
「確かに、そんなイメージあるよね。1個貰っていい?」
「あぁ、そのために焼いてるんだ」
「……うわぁ、美味しい!焼き方上手いね、摩耶さん!」
「後で焼きそばも作るから、楽しみにしていてほしい。」
しばらくすると、各自がそれぞれで遊び始める。
泳ぐ者もいればビーチバレーをする者、料理を始める者など様々であった。
そんな中で、龍仁はビーチパラソルの下で一人ゆっくりとくつろいでいた。
「……」
「なーに一人でくつろいでるのさ」
寝転がる龍仁の横に、青葉が腰を下ろす。
「ん?いや、何かこうしてる方が落ち着く」
「もう、そんなことだと女の子のポロリシーン見逃すよ?」
「そんなの期待してねーよ」
「本当に?」
「……」
少し期待してたのは否めなかったため、龍仁は無言になる。
そんな龍仁の反応に、青葉は楽しそうに笑った。
「まぁ、安心してよ。龍仁が見逃しても、私がちゃんとカメラに収めるからさ」
「それだけはやめてくれ。間違いなく俺も巻き込まれるから」
というよりも、実際に青葉の隠し撮りに、龍仁が以前巻き込まれたことがあった。
誤解こそすぐに解けたものの、あの時の空気は二度と味わいたくなかった。
「それにしても……ホントに私達だけだね」
「だな」
こんなに綺麗で広いビーチを自分達だけで独占しても良いのか、ちょっぴり不安になる。
「私としてはもっと人がいてくれた方が面白いんだけどなぁ。ほら、よくあるじゃん。ビーチでナンパにあって、仲の良い男子連れてきて『彼氏がいますからー』みたいな展開。あれ、ちょっとやってみたいんだよねぇ」
「彼氏役やってくれる奴とかいるのか?」
「……」
「期待した目でこっち見んな」
「ちぇー」
青葉が残念そうに口を尖らせる。
「……まぁ、でも」
龍仁が頭を掻きながら口を開く。
「青葉が本当にそういうので困ってたんなら、その時は助けるさ」
「……え?」
「なんだよ、その顔」
青葉はポカンと間の抜けたような顔をする。
だが、すぐにおかしそうに笑い出した。
「うん、だよね。龍仁だもんね」
「どうした?何かおかしかったか?」
「ううん、おかしくないよ。……ちょっと嬉しかっただけ」
「?変な奴だな」
「変な奴とは失礼な!それよりもほら、龍仁も一緒に遊ぼうよ。せっかく来たのに、座ってるだけじゃもったいないよ!」
「うわっ、引っ張るな!自分で歩けるから!」
青葉に引っ張られるようにして、龍仁も海へと入るのだった。
「んー、美味しい!」
お昼時。一同は龍仁と摩耶の作った焼きそばを堪能していた。
ベルファストやオリバーが「自分達がやる」と言ったのだが、龍仁と摩耶が「自分達がやりたい」と言って譲らず、こうして2人で作っている。自分から言い出しただけのことはあり、2人とも手際が非常に良かった。
「なぁ、おかわりはあるか?」
「多めに作ってはいるからまだ残ってるぞ」
「よっしゃ、ちょっと取ってくる!」
そう言ってヨルクは皿を片手に調理場まで走って行く。
「あ、フィーゼちゃん。口元にソース付いてるよ」
「んー、ありがとう、溝口」
フィーゼは溝口に大人しく口元を拭われる。
「溝口さん。随分とフィーゼに懐かれてるな」
「そうみたいだね。なんか、妹ができたみたいでちょっと嬉しいかな」
溝口は照れ臭そうに、だが嬉しそうに笑う。彼女自身も、フィーゼに懐かれるのは満更でもない様子である。
椎名は「溝口だけズルい……」と恨めしそうに見ていたが、溝口はそれを完全に無視していた。
「そういえばさ」
青葉が焼きそばを食べ終わり、口を開いた。
「龍仁達男性陣に聞きたいんだけど、誰の水着が一番可愛い?」
それを聞いて、クリーブランドやエリザベスなど数名の女子が動きを止める。
「俺はオイゲンかな、やっぱり」
「俺はもちろんヒッパーちゃんだな」
ノーマンとヨルクはそう即答した。
オイゲンは「あら」と言いながらも嬉しそうに笑い、ヒッパーも「ば、馬鹿」と言いながらも顔を赤くしてそっぽを向いた。
「んで、龍仁は?」
青葉はニヤリと笑いながら龍仁にそう尋ねる。
そんな龍仁を、クリーブランド、エリザベス、摩耶、フィーゼがジーッと見つめている。
「俺か?そうだな……」
龍仁は周囲を見渡し、考え込む。
「そんな難しく考えなくていいんだよ。『この青葉だ!』って思った水着でいいんだから」
「さり気なく自分アピールしてるんじゃない。いや、青葉のも可愛いけども」
「~~~ッ!?」
不意打ちの言葉に青葉は顔を赤くする。が、考え込んでいる龍仁はそれに気付かなかった。
「うーん、強いて言うなら……」
クリーブランド達が「ゴクリ」と息を呑む。
「……シリアスさんかな」
「え、わ、私ですか?」
まさか自分の名前が出るとは思っていなかったシリアスは、慌てたような声を出す。
シリアスの水着は、黒のかなり際どいデザインの水着だった。スタイル抜群のシリアスにぴったりの破壊力がある水着で、確かに男性の目を惹きそうではある。
「良いというか、目に付くっていうならシリアスさんの水着かなって……」
周囲の目も気になったのか、龍仁はまるで言い訳するかのようにそう言った。
「……胸なの?やっぱり胸なのかしら?」
「うぅ、あんな水着、着こなせる自信ないぞ……」
「……もっと僕も勇気出して際どいの着ればよかったかな」
「溝口、私にはあのような水着は無理だろうか」
「無理というか、無理はしない方が良いよ、フィーゼちゃん」
エリザベス達は悔しそうに自分の体型や水着を見ている。
一方のシリアスは、顔を赤くしながらも嬉しそうに笑っていた。
「ありがとうございます、ご主人様。実は、この水着はメイド隊のみんなに選んでもらったものでして……ご主人様の好みに合ったのであれば、とても嬉しいです」
「そして龍仁はこの水着姿でのご奉仕を望むのであった」
「青葉、勝手に俺の心の中を捏造するんじゃない」
「ご主人様がお望みでしたら、このシリアス、精一杯ご奉仕させていただきます!」
「シリアスさんも乗らなくていいから」
「でさ、逆になんだけど」
青葉が今度は女性陣の方を見る。
「みんなは、龍仁、ノーマン、ヨルクの水着の中で誰が一番いい?」
青葉にそう言われて、女性陣は3人の姿をジーッと見る。
女性に体をジッと見られるという経験がないため、3人とも緊張してしまう。
「……私は、やっぱりノーマン君かな。その……いい感じで筋肉付いてて」
「私も……でも、そういう意味では龍仁君の筋肉もいいかも……」
いつも椎名達と一緒にいる女性陣はノーマン(と時々龍仁)に興味津々なようである。
ノーマンも龍仁も日頃から鍛えているためか、細身ではあるがしっかりとした筋肉が付いている。それが、彼女達には堪らないようである。
「私は桐原君かなー。すっごい私好みの体だよ……」
「その気色悪い笑顔で言われても嬉しくないんじゃないかな。ほら、桐原君ドン引いてるし」
今にも涎を垂らしそうな顔で舐め回すように見つめてくる椎名に、さすがの龍仁も背筋がぞわっとするのを感じた。溝口の言う通り、ドン引きである。
「えっと、クリーブランドさんとエリザベスさんとフィーゼちゃんは……聞くまでもないか。どうせ龍仁選ぶだろうし」
青葉の言葉が図星だったのか、クリーブランドとエリザベスは顔を赤くして俯いた。
「なぁ、俺を選んでくれる人がいないんだけど、何で?」
ヨルクが悲しそうな顔で女子達を見る。
女子達は「うーん、だって、ねぇ?」と言って顔を見合わせる。
「ヨルク君だし?」
「ヨルク君だもんね」
「どういうこと!?」
よく分からない理由付けに、ヨルクは悲痛な声を上げる。
そんなヨルクの肩を、ヒッパーがポンと叩く。
「仕方ないから私があんたに一票入れてあげるわよ。その……私は一番ヨルクが良いと思ってるし……」
「ヒッパーちゃん……!」
ヨルクはヒッパーにガバッと抱き着く。
「わっ!?な、何してるのよ!」
ヒッパーの胸に顔をぐりぐり押し付けるヨルク。引き剥がそうにも、しっかりと抱き着いているので中々引き剥がせなかった。
「ありがとう!そんなこと言ってくれるのはヒッパーちゃんだけだよ!あぁ、もうこの薄くて硬いまな板も今はすごく気持ちがいいげふぉっ!?」
ヒッパーの肘がヨルクの頭に落ち、ヨルクはそのまま倒れ込む。
「い、いい加減にしなさいよね……」
「うごぉ……今のは効いたぁ……」
相当痛かったのか、ヨルクは頭を押さえて悶えている。
そんなバカップルのことは誰も気にせず、「誰の水着のどこがいい」という話題でみんな盛り上がっていた。
そんな中、青葉が摩耶の肩をチョイチョイと叩く。
「……んで、摩耶さんは誰がお気に召したので?」
青葉の獲物を狙うかのような目。
この中で、ベルファスト達メイド以外で答えていないのは摩耶だけだった。
すでに他の人達はそれぞれの水着を褒め称える話題に移っているのだが、青葉は摩耶だけがまだ答えていないことを見逃さなかった。誰にも気付かれないようにコッソリと摩耶に声をかけたのは、唯一の温情だろうか。
「え、ぼ、僕か?」
「だって、答えてないの摩耶さんだけだよ。私が見逃すわけないじゃん」
「……」
「で、誰がお気に入り?……何となく分かってるけど」
「!?」
青葉が龍仁の方を見ながらボソッと呟く。
青葉の視線の先に気付き、摩耶も図星を突かれたような顔をする。
「い、いや!僕は別に龍仁は……」
「私は一言も『龍仁』のことなんて言ってないんだけどなぁ」
「うっ……」
「……まぁ、摩耶さんもかなり分かりやすいからね、うん」
「……僕、そんなに分かりやすいかな」
「面白いぐらいに。少なくとも、龍仁ばっかり見てるのはバレバレだよ」
「!?ま、まさか龍仁にバレてたり……?」
「それはないでしょ。龍仁、絶望的に鈍いし」
「そ、そっか……」
摩耶は安心したような、腑に落ちないような、そんな表情をした。
「ん?摩耶、青葉、何か俺のこと呼んだか?」
「んー、呼んだけど気にしなくていいよ。龍仁にはどうせ分かんない話だから」
「そっか?」
龍仁はそれ以上気にすることもなく、ノーマン達との話を再開した。
「……まぁ、個人的事情で大っぴらには摩耶さんに協力ってのはできないけど、応援ぐらいはするよ。龍仁の攻略、相当難しいだろうけど」
「う、うん。ありがとう」
「それでなんだけどね……」
青葉は摩耶をコソッと木の陰に誘う。
そして、どこから3枚の写真を取り出した。
いつの間に撮ったのか、全て今日撮った龍仁の写真だった。
「実はこういうものがありまして……」
「こ、これは……」
「1枚200。3枚500でどう?」
「……」
摩耶はゴクリと息を呑む。今の彼女にとってはあまりにも甘美な取引であった。
「さぁ、どうする?」
青葉の誘惑に、摩耶が頷きかける。
その時――
「何してんだ」
「あだっ!」
青葉の脳天に龍仁の手刀が落とされる。
綺麗に入ったのか、痛みで青葉はその場にうずくまる。
「お前、姿が見えないと思ったら摩耶さんにも写真売りつけてたのか……」
「え?僕『にも』?」
「他の女子も俺やノーマンの写真持ってたから、何で持ってるのかって聞いたら青葉から買ったって言ってたからな」
「口止めを忘れてた……」
「人を隠し撮りした写真で変な商売してんじゃねぇ」
「い、いいじゃん!ほら、女子バージョンもあるんだよ!こんなナイスな写真!」
青葉はまたもやどこからともなく写真を取り出す。
そこには、際どい角度から撮られた女子達の水着姿が写真に収められていた。
「……」
「あ、龍仁の手が止まった」
「と、止まってない!断じてほしいとか思ってない!」
龍仁が慌てて否定する。
そんな中、青葉の持つ写真の中に、自分の写真があることに摩耶が気付いた。それも、胸を強調するような角度からの写真である。
「わー!なんでそんな写真があるんだ!?」
摩耶が焦るように青葉から自分の写真を取ろうとする。
その時、摩耶の上の水着の紐が木の枝に引っかかる。そして、摩耶が急に動いたために紐が枝に引っかかったまま解けていき――
「……」
「……」
「……」
水着がハラリと落ち、摩耶の豊かな胸が龍仁と青葉の前に晒される。
「……えーっと」
「……ハッ!?た、龍仁!今すぐ目を閉じて!」
「え?って、いたたたたた!青葉!目が!目をそんな強く押さえるな!?」
青葉に思いっきり両目を押さえられる龍仁。
呆然としていた摩耶だったが、次第に状況を飲み込んでいき、そして顔を真っ赤にする。
「う、うわぁああああああああああああああああああああ!?」
そして、胸を両腕で隠し、その場にへたり込んで叫び声を上げた。
その声でみんなが集まってきたが、青葉が追い返し、何とか摩耶を落ち着かせて水着を直させた。そして、涙目のままの摩耶に青葉(と龍仁)が必死に謝罪。摩耶が何とか機嫌を直すのに15分ほどかかるのだった。
「いやぁ、今日は遊んだね」
時間が経つのは早いもので、時刻はすでに夕方になっていた。
一同は片付けも終わらせて帰る準備をしていた。
思う存分遊んだのか、全員満足そうな表情をしている。フィーゼは遊び疲れて、溝口に背負われて眠っているようだったが。
「悪いな、溝口さん。フィーゼを任せちゃって」
「気にしないで。桐原君。私達も桐原君に荷物任せちゃってるから」
さすがに重い荷物を女子達に持たせるわけにはいかず、大きい荷物は龍仁達男性陣とメイド隊で運んでいた。
「それにしても今日は満足満足。みんなの水着姿も拝めたし。あ、でも……みんな体触らせてくれなかったのだけが心残り……」
「当たり前でしょ。椎名の手の動きは身の危険を感じさせるのよ」
「水着姿かぁ……」
龍仁は思わず摩耶の方を見る。先ほどの光景が頭を過ぎり、思わず顔が熱くなる。
龍仁のその視線に気付いたのか、何も言わないが摩耶も「うー」と唸りながら龍仁を睨み返してきた。さすがに見てしまった龍仁の方が悪かったため、慌てて目を逸らす。青葉も自分のせいで先ほどのことが起きたのは理解していたため、いつものように龍仁をからかうこともなかった。
「でも、終わってみるとあっとういう間で、ちょっともったいなくも感じるよなぁ」
龍仁がボソッとそう零した。
それは、誰もが思っていたことだった。
「……それなら、また来ればいいじゃない」
「え?」
エリザベスが龍仁の横に立ってそう言った。
「もったいないって思うなら、もったいないと思わなくなるまで遊べばいいのよ。何度でも何度でも。……今度は、私だってずっと一緒にいるんだから」
「……そうだな。その通りかもな」
今はエリザベスも傍にいる。昔のように、離れ離れになることはない。
焦ることはない。ゆっくり、そして確実に思い出を作っていけばいいのだから。
「それじゃ、次は星帰り祭だね」
「だねー。ウチのクラスからは誰が神子になるんだろうね」
そんな次の楽しみを語り合いながら、一同は家へと帰るのであった。
「ただいま」
家に帰り着く摩耶。夏場ということもあり外はまだ少し明るい。
彼女が家に帰り着くと、高雄と愛宕が出迎えてくれた。
「おかえり、摩耶」
「摩耶ちゃん、今日はどうだったかしら」
「楽しかった……けど、愛宕姉?」
「何かしら?」
摩耶にジトっと睨まれる愛宕だったが、当の本人は悪びれた様子もなくニコニコしている。
「……いつの間に僕の水着すり替えたの?」
「うふふ、いつかしらね。でも、例の男の子はドキドキしたんじゃない?」
「た、確かに綺麗だって言ってもらえたけど……でもおかげで……うぅ……」
湯気が出そうなほどに顔を赤くする摩耶。
それだけで何かハプニングが起きたことが分かる。
「もしかして……ポロリしちゃったとか?」
摩耶が静かに頷く。さすがに愛宕も罪悪感が湧いたのか、慌てて摩耶を慰める。
「で、でもほら。それで意識してくれるかもしれないじゃない?少なくとも、記憶にはしっかり残ったと思うわよ?」
「残らないでほしいよ、お願いだから……」
「愛宕、お前は本当に……」
高雄は呆れ気味に愛宕を睨む。
が、すぐに「だが」と摩耶の方を見た。
「ハプニングはとりあえず忘れて……摩耶が楽しかったのなら良かった。友人もたくさんできたようだしな」
「うん。その、ちょっとまだ溶け込めきれてないところはあるけど……」
「そこはゆっくりでいい。人間関係はゆっくり自然とできあがるものだからな」
「摩耶ちゃんにお友達ができるのは、お姉さんとしても凄く嬉しいわ。摩耶ちゃん、今凄く幸せそうだもの」
愛宕の言う通り、今の摩耶はとても充実していた。
昔の摩耶には考えられない、そんな環境だ。
「これも、龍仁ちゃんのおかげかしら、ね?」
「……そうかも」
摩耶にとっては初めてともいえる友人、桐原龍仁。
彼と出会ったことで、摩耶の周囲も彼女自身も少しずつ変わり始めた。
今では、彼女にとってはかけがえのない存在である。
「彼には本当に感謝している。摩耶を任せて正解だった」
高雄がお茶をすすりながら満足そうにそう言った。
「あとは、龍仁ちゃんが正式に摩耶ちゃんの彼氏になってくれれば、お姉さん言うことなしなんだけどね」
「愛宕、お前はまたそんなことを……」
「でも、摩耶ちゃんもその方が良いわよね?」
「……もし、叶うなら」
「ほら、摩耶ちゃんもこう言ってるじゃない。そうと決まれば、お姉さんもちょっとお手伝いしないとね」
「協力するのは良いが、余計なことはしてくれるなよ?」
「うふふ、大丈夫よ」
高雄は「本当か?」と言いながらも、こうなった愛宕は止められないと知っているので、諦めたように溜息を吐いた。
愛宕は、「どう攻めようかしら」などと楽しそうに考えている。
そして摩耶は、「また、一緒に行きたいな」と今日のことを振り返るのだった。