アズールレーン学園   作:S・H指揮官

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第18話

 一同が海に遊びに行ってから数日が経過した。

 テストという危険(?)なイベントも終了し、生徒達は今度はとあるイベントに向けて盛り上がっていた。

 

 ――星帰り祭

 

 ここから先は夏休みまで授業もほとんどなく、学園は星帰り祭一色となる。

 学園最大と言っても過言ではないイベントの準備に、生徒達は意気込みを見せていた。

 各クラスでは誰を「神子」にするかで熱い議論が交わされ、決まったクラスでは「どうやってアピールするか」なども話し合われた。

 もちろん、龍仁のクラスも例外ではなかった。

 

「俺はオイゲンさんを推すぜ!」

「いーや、ここはベルファストさんよ!」

「いやいや、エリザベス様はどうだろうか。完璧だと思うんだが」

「「それはお前が貧乳好きなだけだろ」」

「どういう意味よ!それ!」

 

 クラスのあちこちから飛び交う様々な意見。

 進行を務めるノーマンとオイゲンも、あまりの意見の多さにまとめきれずにいた。

 途中から龍仁がヘルプで筆記に回ったぐらいである。

 

「うーん、中々まとまらないな」

 

 さすがのノーマンも困ったように笑う。

 今年の彼らのクラスにはかなりレベルの高い美少女が揃っている。そんな中にエリザベスやベルファスト、シリアスも編入してきたのだ。意見が分かれてしまうのは仕方のないことであろう。

 

「ちょっと困ったわね」

 

 オイゲンも困ったように息を吐く。

 他のクラスのほとんどは「神子」が決まっているという。決まっていないクラスはこのクラス含めて2,3クラスだと耳にしていた。神子のアピールは各クラスで神子が決まり次第始まっていく。このまま決めるのが遅くなれば、それだけ宣伝に使える時間も減ってしまう。そうなれば圧倒的に不利である。

 

「龍仁、どうすればいいと思う?」

 

ノーマンが縋るように龍仁に尋ねる。

すると、龍仁は一言だけ言った。

 

「……ヨルクに聞いてみれば?」

「なんでヨルク?」

「いや、こういう時にヨルクが黙ってるのって珍しいだろ。いつもなら『ヒッパーちゃんが!』とかで騒ぎそうなのに。それに、ずっとタイミング見計らってるような感じだし、もしかしたら何か案があるんじゃないか?」

 

 龍仁の言う通り、ヨルクは何かを言いたげに、それでいて何かを待つかのように黙っていた。それを見てノーマンはヨルクを指した。

 

「ヨルク、何か意見はあるか?」

「俺か?」

 

 そう言いながらもヨルクは「待ってました」といった感じで立ち上がる。

 

「俺の推しはクリーブランドだな」

「え、私!?」

 

 まさか自分が言われるとは思っていなかったクリーブランドは、驚いたような声を出す。

 

「その心は?」

「ほら、星帰り祭の投票ってこれまでは『男子』の票がメインだったじゃんか。男子が積極的に投票して、女子は自分のクラスに投票することが多くてさ。つまり、女子の票が実質死に票になってたわけよ。つまり、女子の票を取り込めれば圧倒的に有利になるってわけだ。その点では、クリーブランドは男女共に人気はあるし、両方の票を取り込もうとするなら適任だと思うぜ」

「なるほど……」

 

 ヨルクの説明に、騒然としていたクラスが静まる。先ほどまで意見をぶつけ合っていたクラスメイト達が「うんうん」と頷いていた。クリーブランドだけが「いや、ちょっと!」と声を上げていたが。

 

「そうだな。そういえば男子人気ばっかりで女子人気のことを考えてなかったね」

「確かに、毎年接戦にはなるから、女子票を他のクラスから剥がせるだけでも全然違うだろうね」

「ヨルクにしては珍しくいい考えだな」

「先生!今俺をバカにする声が聞こえました!」

「ん?あぁ、悪い。今の私だ」

「アマゾン先生!?」

 

 クリーブランドに注目が集まるクラス内。

 当の本人は顔を赤くしてあわあわ言っていた。

 

「他に意見は?」

 

 ノーマンがクラスメイトに尋ねる。

 全員が「ヨルクので良いと思う」と声を上げる。

 

「ということだが。どうだ、クリーブランド」

「ど、どうだって言われても……」

 

 自分が神子候補になるとは夢にも思っていなかったクリーブランドは、周囲をキョロキョロ見渡す。どこを見ても自分への視線。増々顔が赤くなり、俯いてしまう。

 

「嫌だというなら強制はしないぞ。あくまでクリーブランド自身の意思が重要だからな」

 

 アマゾンがそう言うと、クラスメイトもクリーブランドに言葉をかける。

 

「あぁ、嫌だったら遠慮しないでくれ、クリーブランドさん。その時はオイゲンさんに頑張ってもらうからさ」

「いや、だからベルファストさんだってば!」

「そんなに争うなら、やっぱり――」

「「貧乳主義は黙っとれ」」

「そんな、嫌だってワケじゃないんだ。ただ、どうしていいのか分からないのと、本当に私なんかでいいのかって……」

「俺は良いと思う」

「私も。クリーブランドさん、可愛いと思うよ!」

 

 俺も私も、とクリーブランドを褒める声が聞こえてくる。

 それを聞いてクリーブランドは恥ずかしさで「あぅ」と縮こまった。

 

「うーん、もう一押しかな……龍仁」

「なんだ?」

 

 ノーマンはわざと声を大きくした。

 

「クリーブランドさん、どう思う?」

「どうって、クリーブが神子だろ?絶対可愛いと思うぞ」

「ほ、本当か!?」

 

 クリーブランドがガタッと立ち上がる。

 

「あぁ、だから俺は賛成だな」

「……」

「で、クリーブランド。神子役、どうする?」

「……や、やります!」

「それじゃ、ウチのクラスはクリーブランドに決定!」

 

 クリーブランドが神子に決まり、クラス内から拍手が沸き起こる。

 それと同時に、龍仁以外のクラスメイトが「チョロい」と思ったのは言うまでもない。

 

 

「うぅ……」

 

 神子が決まった次の休み時間。

 休み時間にもかかわらず生徒達は「どうアピールしていくか」で盛り上がっていた。

 そんな中、クリーブランドは頭を抱えていた。

 

「どうした、クリーブランド」

「い、勢いでやりますって言っちゃったけど、本当に良かったのかな、ってやっぱり思っちゃうんだよ……」

「なんだ、そんなことか」

 

 頭を抱えるクリーブランドに、ノーマン達は苦笑する。

 いつもは活発なクリーブランドだが、こういう時だけは妙に弱気になる。

 普段は女の子扱いを求めはする彼女だが、いざ女の子扱いを受けるとどうしていいのか分からなくなってしまう。

 

「大丈夫だって。俺の案だぜ?信用できるだろ?」

「……」

「あれ?すっごい不信感増し増しの目で見られるんだけど」

「普段の行いのせいね、間違いなく」

「それはともかく」

 

 ノーマンが「コホン」と咳払いをする。

 

「クラスメイト達に認められたのは確かなんだからさ。これでもウチのクラスは我の強いのが多い。それが揃って認めたんだから、そこは自信を持つべきだと思うぞ」

「そこは嬉しい……んだけども」

 

 認められたことの嬉しさがそのまま自信に直結するわけではない。

 ましてや、クラスの高レベルの美少女達がいる中での選抜なのだ。クリーブランドの自信がなくなるというのも、ノーマン達にはよく分かることだった。

 それでも、ノーマン達から見ればクリーブランドだってかなりの美少女ではあったし、せっかく選ばれたのであれば精一杯楽しんでほしかった。だからこそ、こうやってクリーブランドに声をかけている。

 

「うーん……やはりここは、龍仁先生」

「俺?」

 

 急にヨルクに名前を呼ばれ、龍仁はキョトンとしたような顔になる。

 

「そうそう。クリーブランドに何かお声掛けをお願いしますよ、先生」

「それはいいけど、とりあえずその呼び方はやめろ」

 

 そう言いながら龍仁はクリーブランドの前に立つ。

 

「クリーブ」

「な、なんだ?」

「俺もクリーブが良いと思うぞ、神子役は」

「そ、そうか?」

「ノーマン達が言ってるようにみんなから選ばれたんだ。自信は……そうだな、すぐには難しいかもしれないけど、少なくとも前向きには考えていいと思うぞ。それで少しずつ自信を付けていけばいい。それに、さっきも言ったけどクリーブの神子姿は絶対可愛いだろうし、俺は見てみたいぞ」

「本当か?」

「あぁ、もちろん。だから、一緒に頑張ろうぜ。俺もちゃんとサポートするから」

(……龍仁、よくあんなセリフがスラスラ言えるわね)

(そこが龍仁先生クオリティですよ、ヒッパーちゃん)

 

 ヨルクとヒッパーがコソコソと話す。

 

「……分かった。龍仁がそう言うなら私、頑張ってみる」

「その意気だ」

 

 少しだけ元気を出したクリーブランドを見て、龍仁も嬉しそうに笑う。

 相変わらず周囲は「チョロいな」と思ってしまうのだが。

 

「クリーブランドさんの説得終わった?」

 

 話し合いを続けながらもこちらの様子を伺っていた椎名が、声をかけてくる。

 

「あぁ、私も覚悟を決めたよ。ごめん、弱気になって」

「ううん、やる気が出てくれたならそれでいいよ!それで、アピール方法なんだけども」

 

 椎名はクリーブランドを連れて前に出て、本格的に話し合いを始める。

 星帰り祭では神子本人の魅力もそうだが、クラスを挙げてのアピールも重要になってくる。むしろ、こちらの方がメインと言っても過言ではなく、毎年白熱したアピール合戦が繰り広げられる。

 

「そういや、龍仁。さっきクリーブランドに『サポートするから』って言ったよな」

「あぁ」

「じゃ、今年の『守り人』は龍仁で決定だな」

「……え、マジで?」

「おーい、龍仁が今年の『守り人』やるってよ」

 

 ヨルクが大声でそう言うと、クラスメイト達は「うん、だろうな」と頷いた。

 クラスメイト達の中でも既に決定事項だったようだ。

 

「ちょっと待て、俺でいいの?」

「サポートするんだろ?なら、『守り人』が一番じゃないか」

「いや、確かにそうだけど……お前、狙いやがったな?」

「さぁ、何のことやら?」

 

 白々しくそう言うヨルクに、龍仁は深い溜息を吐く。

 

「龍仁、守り人って何かしら?」

 

 エリザベスがそう尋ねてくる。

 どう説明するか悩む龍仁の代わりに、ヨルクが口を開いた。

 

「守り人ってのは、神子の補佐役……マネージャーだな。星帰り祭って、生徒達の投票だけじゃなくてこの町の人達全員に投票権があるんだよ。だから、学校内だけじゃなくて学校外でのアピールもあってな。そのためのスケジュール調整とか、交渉とか……まぁ、華やかな神子とは打って変わって地味でキツイ役目なんだわ」

「特にクリーブはバスケの方もあるから、なおさら大変だろうな、守り人……」

 

 その代わり、とヨルクはニヤッと笑う。

 

「神子と守り人って一緒に行動することが多いから、毎年必ずと言っていいほど2、3組はカップルが成立するんだよ。そういった意味ではかなり美味しい役目だから、キツイけど意外とやりたがる奴は多いんだよ。やりたくないってやつも多いけどな」

「……」

「エリザベスさん、今『自分が神子になればよかった』とか思ってるだろ?」

「ギクッ」

「自分の口で『ギクッ』って言う人、初めて見たな……」

「しょ、しょうがないでしょ!そんなこと聞かされたら……」

 

 エリザベスが「うー」と唸りながら不安そうに龍仁を見る。

 ヨルクはそんなエリザベスの肩をポンと叩いて「安心しろ」と言った。

 

「その程度で龍仁に恋人ができるなら、とっくの昔にできてるから。コイツ、今まで何回そういうチャンスを自分で潰してきたと思ってるんだ?」

「よく分からんが、何か馬鹿にされてる気がするな。そこまでチャンス潰してないだろ」

「小学校の時の遠足、運動会、中学校の時の文化祭に合唱祭に高校上がる時のイベント……俺が数えてるだけでも2桁は余裕で行くぞ。何なら何が起きたのかもはっきり覚えてるぞ」

「……」

 

 心当たりはあったのか、龍仁もそれ以上は何も言い返せなかった。

 

「まぁ、確かに俺とクリーブがカップルになるってのは考えにくいな」

「……それ、本人の前では絶対に言うなよ?」

「なんでだ?」

「なんでもだ」

 

 人の気も知らない龍仁に、ヨルクとエリザベスは「やれやれ」と肩を落とした。

 

 

「へぇ、それじゃあクリーブランド先輩が神子、龍仁先輩が守り人で決まったんですね」

「そうなんだよ」

 

 放課後のインディちゃん愛好会――もとい裁縫部の部室。

 龍仁とポートランド、和美、インディアナポリスの4人はゆったりとお茶を飲んでいた。

 インディアナポリスはちゃっかり龍仁の膝の上に乗っている。

 

「守り人って大変だって聞きますけど、そこら辺どうなんすか?」

「そういや、和美も守り人になったんだってな」

「はい、ポートランドが神子になるっていうんで、立候補しました」

「これでも私、人気あるんですよ」

「だろうな、ポートランドも可愛いし」

「もう、先輩ってば口が上手いですよ!」

「照れるのはいいけど叩くな痛いインディが落ちる」

 

 顔を赤くしてバシバシ叩いてくるポートランド。

 その力が思いのほか強く、体が揺れるため龍仁はインディアナポリスが膝から落ちないようにしっかりと抱きとめていた。当のインディアナポリスは龍仁にギュッと抱きとめられてどこか嬉しそうにしている。

 

「まぁ、大変だな。俺も去年守り人になった友達を手伝ったけど、すごかったぞ」

「マジっすか……」

 

 去年の龍仁達のクラスは長良が神子になったため、ほぼ自然と守り人には康大が決定した。その康大からヘルプを受けた龍仁も色々と動いたが、気の休まる日が少なかったのを覚えていた。

 

「とりあえず、今のうちに互いにスケジュール合わせはしておいた方がいいぞ。後で『この日は無理だったのに』ってなったら面倒だからな」

「先輩達は終わったんですか?」

「クリーブの部活スケジュールがあるからな。とりあえずそっちをまとめてもらって、明日スケジュール合わせすることになってる。だから今日はぶっちゃけやることがない」

「なるほど」

「それにしても、残念だなぁ……」

「何がだ?」

「インディちゃんですよ。星帰り祭って高等部からだから、インディちゃんが参加できないんですよ!インディちゃん出場したら優勝間違いなしなのに!」

「お姉ちゃん、それは言い過ぎ」

「いや、そうでもないと思うぞ。インディが神子になればかなり上位目指せると思うぞ」

「……そうかな」

 

 インディアナポリスが珍しく笑顔の表情を見せる。

 頬が緩むのを我慢できない、といった様子だ。

 

「おー、相変わらずインディちゃん、先輩に懐いてますね」

「そうか?」

「はい。ちょっと羨ましいっすね」

「インディちゃん、もしかして一目惚れでもしちゃったかな?」

「お姉ちゃん、変なこと言わないで」

 

 インディアナポリスは顔を赤くする。

 どう見ても図星の表情である。

 

「インディに一目惚れされたなら嬉しいけどな」

 

 そう言って笑いながら龍仁はインディアナポリスの頭を撫でる。

 だが、その表情はどう見ても妹を可愛がる兄のそれである。

 ポートランドと和美は「あーあ」と苦笑するしかなかった。

 

 コンコン

 

 その時、部屋の扉がノックされた。

 

「ん?誰だろう。今日は誰も来る予定はなかったはずだけど」

 

 ポートランドはそう言いながらも「はーい」と返事した。

 そうすると、扉が開いて「失礼するぜ」と誰かが入ってきた。

 

「裁縫部ってのはここでいいのか?」

「あれ?ジャンじゃないか」

「ん?龍仁か、なんか久しぶりだな」

 

 部屋に入ってきたのはジャン・バール。

 龍仁とは同じ学年で、中学生の時に一緒のクラスになったことがあるKAN-SENだった。

 

「はい、ここがインディちゃん――」

「ここが裁縫部で合ってるぞ」

 

 ポートランドが変なことを言って混乱させる前に、龍仁が答える。

 

「なんだ、お前裁縫部に入ったのか?」

「いや、入ってないぞ。今日はちょっとお邪魔してるだけだ」

「ほとんど会員みたいなものですけどね!」

「外堀埋めようとすんな」

「? まぁ、いい。ほら、入りな」

 

 ジャン・バールがそう言うと、彼女の後ろから猫の人形を抱えた生徒が出てきた。

 気の弱そうな表情で、顔立ちは中性的なためパッと見女の子にも見えるが、着ている服は男子のもので間違いなかった。

 

「あ、あの……初めまして。吉元和昌って言います」

「俺の後輩というか、親戚の子なんだ。で、お気に入りの人形が壊れちゃったらしくてな。裁縫部の話を聞いて頼もうかと」

 

 よく見ると、その人形の右腕が取れかかっていた。

 よほど大事なモノなのか、和昌は人形をギュッと抱きしめて今にも泣きそうである。

 

「そういう話であれば。どうぞこちらに」

 

 ポートランドが椅子を2つ取り出す。

 ジャン・バールと和昌はその椅子に座った。

 

「預かっても良いですか?」

「は、はい……」

 

 ポートランドは人形を受け取り、「ふむふむ」と人形全体を見る。

 

「……これなら問題なく直せると思いますよ」

「本当ですか?」

「はい。あと、ちょっと弱ってる部分があるので、そこも直しちゃいますね」

「よかったぁ……お願いします」

 

 和昌はそう言って嬉しそうに笑う。

 

「ふふっ、よほど大事な人形なんですね」

「はい、お姉ちゃんからのプレゼントなので……」

 

 和昌は少しだけ恥ずかしそうにそう言った。

 どうやら、ジャン・バールは彼によほど慕われているらしい。

 ポートランドはさっそく作業に取り掛かる。和昌はその作業をジッと見つめていた。

 

「そういや、噂には聞いたぞ。ジャンって今年の神子に選ばれたんだよな」

「あぁ、意味が分からんことにな」

 

 ジャン・バールは困ったようにそう言った。

 

「オレよりも女らしい奴なんざいくらでもいるだろ。何でオレなんだよ、ったく」

「俺はジャンで良いと思うけどな。何というか、ジャンって面倒見いいだろ。だから、慕ってくれる人って多いと思うんだよ。だからこそ選ばれたんだと思うぞ。それに、何だかんだ言ってジャンも女の子らしいところあるしな」

「はぁ?」

「……あの人形、ジャンの趣味で選んだだろ。覚えてるぞ、ゲーセンでのあのこと」

 

 図星だった上に昔のことを掘り返されて、ジャン・バールは「おいっ!」と声を上げる。

 

「ど、どうしたの、お姉ちゃん」

「あ、いや、何でもないんだ!気にしないでくれ!」

 

 ジャン・バールは慌てたようにそう言ってから、ズイッと龍仁に詰め寄った。

 

「あのことは絶対に言うなって昔言っただろうが」

「わ、悪い。つい口が滑った」

 

 ジャン・バールは「まったく」と言って椅子に座る。

 

「……まぁ、選んでもらったからには全力でやるけどな。じゃないと、クラスの連中にも悪いし」

 

 こういう性格だから、ジャン・バールを慕う人は男女問わず少なくない。

 ジャン・バールを選んだ彼女のクラスメイト達の気持ちが、龍仁にも分かるようだった。

 

「そういうお前のところは誰が神子になったんだ?」

「クリーブだよ」

「クリーブランドか?意外だな。そういうのには消極的なイメージだが」

「ヨルクが提案して、クラス全員で押し切ったって形だな」

「ヨルクがか。ということは、それなりに作戦があるってことか」

「まぁな」

 

 とはいえ、ジャン・バールが神子であれば、クリーブランドと女子票の奪い合いになることは必至であった。その点では、ヨルクの読みが少し外れた形になる。

 

「ってことは、守り人はお前か」

「何で分かったんだ?」

「クリーブランドと龍仁は昔からセットみたいなもんだろ」

「確かにそういう扱いも受けてるけどさ」

「嫌か?」

「まさか。大変なのは分かってるけど、クリーブの役に立てるなら嬉しいよ」

「相変わらずだな、お前」

 

 でも、とジャン・バールは少しだけからかうような表情になる。

 

「お前としてはちょっと不安なんじゃないか?投票時好例のアレがあるし」

「アレ?」

 

 和美が首を傾げる。

 

「知らないのか?神子への投票って神子に直接近付くチャンスだからな・ここぞとばかりに告白するやつが毎年大勢いるんだよ」

「そうそう。去年も大変だったよ……」

「そういや、お前のところは長良だったな。大変だったって話はよく聞く」

「最終的に、長良の『あては康大だけだから』の一言で収まったんだけどな」

「収まったというか、無気力状態になったんじゃなかったか?告白した奴らが」

「そうとも言うな」

 

 2人の話を聞いて和美は「ほえー……」と声を上げた。

 

「で、どうなんだ、そこら辺は」

「うーん、クリーブなら確かに狙ってくる奴は多いだろうな。だけど、それでクリーブはいい人を見つけられたなら、俺は応援するぞ。変な奴に捕まったら、その時は全力で助けるけどさ」

「……この様子じゃ、全然進展ないっぽいな」

「何の進展だ?」

「……お前が変わってなくてちょっと安心したよ」

 

 ジャン・バールは少し呆れた様子で笑った。

 

「そういうお前はどうなんだ?」

「オレか?オレはそういうのに興味がないからな。告白されても正直困る」

 

 そう言いながらジャン・バールは和昌の方をチラッと見る。

 その目線だけで、龍仁は「なるほど」と察した。

 

「何がなるほどなんだよ」

「いや、ジャン・バールもそういうお年頃か、と思ってな」

「……昔っから自分のこと以外には鋭いのにな、お前……」

 

 ジャン・バールの言葉は、龍仁の予想が当たっていることを認めるものだった。

 彼女のそういうところは昔から潔かった。

 その時、チョイチョイと龍仁の服を和昌が引っ張る。

 

「ん?どうした、えーっと……」

「和昌、です」

「和昌か。どうかしたのか?」

「……先輩、お姉ちゃんの知り合いなんですか?」

「あぁ。とはいっても、中学校の時に一緒だったぐらいで、最近のジャンの話は噂程度にしか聞いてないけどな」

「そ、それでもいいんです!お姉ちゃんのこと、教えてください!」

「……ジャンのこと?」

「ちょっ、和昌!?」

「お姉ちゃん、いつも僕と遊んでくれるけど、学校でのお姉ちゃんのこととかはあんまり教えてくれなくて……でも、僕お姉ちゃんのこともっと知りたいんです」

 

 弱弱しい表情とは違う、強い眼差し。

 その眼差しに射貫かれて、龍仁はジャン・バールの方を見る。

 ジャン・バールは「頼むから言うな」と目で訴えてくる。

 

「わ、悪いな。ジャンのことを語れるほど知ってるってワケじゃなくてな……」

「そう、ですか……」

 

 シュンと落ち込む和昌に、龍仁とジャン・バールは胸が痛むのを感じた。

 中学時代のジャン・バールはそこそこ荒れたエピソードも持っていたため、それを知られて和昌に怖がられたくなかったのだろうが、それでもこういう姿を見ると罪悪感が湧いてしまう。

 

「……はい、できましたよ」

 

 ちょうどいいタイミングでポートランドが人形の修復を終わらせた。

 人形の腕は綺麗に繋がっており、綻びも分からないぐらいに直っていた。

 

「わぁ!ありがとうございます!」

 

 和昌は人形を受け取り、大事そうに抱きしめる。

 和昌が嬉しそうにしているのを見て、ジャン・バールもホッと安堵するのだった。

 

「感謝する。えーっと、報酬はどうすれば……」

「あ、こっちが好きにやってることなので。そこは気にしないでください」

「本当にいいのか?」

「はい」

「すまない、助かる」

 

 そう言ってジャン・バールは立ち上がった。

 

「もう行くのか?」

「あぁ、祭の話し合いがまだ残ってるからな。少し無理を言って抜け出してきたんだ。早めに戻らないと」

「そっか。頑張れよ、ジャン」

「あぁ、そっちこそな、龍仁」

 

 ジャン・バールは和昌を連れてそのまま部屋から出ていった。

 

「大変そうですね、神子って」

「ポートランド達も他人事じゃないぞ」

「そうですね。というわけで、色々教えてください!どうすればいいかとか!」

「まぁ、俺が教えられる範囲ならな」

 

 龍仁は去年のことを思い出しながら、どうやってアピールしていくか、そして町中アピールまでの手順などを大雑把に2人に教えるのだった。

 

 ついでに、神子と守り人はカップルになることがあるという話も教えたのだが、それのせいで和美とポートランド両名は互いを必要以上に意識する羽目になるのだが、それは別のお話。

 

 

「へぇ、クリーブランドちゃんが神子で龍仁が守り人に決まったのね」

 

 桐原家の夕飯。

 食事をしながら、龍仁達は星帰り祭の話をしていた。

 

「ん。そういえば、母さんも神子だったんだっけ?」

「そうよ。順位は3位だったけどね」

「当時からやっぱり告白合戦とか凄かったのか?」

「そうね。投票の勢いで告白されたのは結構あったわね。懐かしいわ」

「……中身を知らずに告白する猛者がたくさんいたんだよなぁ」

「何か言ったかしら?あなた」

「何にも言ってません!」

 

 芳奈に睨まれ、辰巳はピシッと姿勢を正す。

 

「凄い人になると、購買部のケッコン指輪をセットで告白してくる人もいたわ」

「中々の勇者だな、それ」

 

 購買部で売っているケッコン指輪。それを渡すというのは、「自分と生涯を共にしてください」と言っているようなものである。

 

「で、龍仁はやっぱりクリーブランドちゃんに投票するのかしら?」

「いや、まだ決めてないよ。いくらクリーブが友人だからって、そこはちゃんとみんなを見てから投票しないと、他の神子役の人達に失礼だしさ」

「真面目ねぇ。そこはもっと気楽に考えていいのよ」

「せっかくのイベントなんだから、楽しみたいんだよ」

「そんなに星帰り祭というのは楽しいのか?」

 

 フィーゼが箸を止めてそう尋ねた。

 

「そういう空気ってのもあるけど、楽しいぞ。出店もいっぱい出るから、フィーゼも楽しめるはずだ」

「龍仁も一緒に回ってくれるのか?」

「あー、俺はたぶんクリーブに付きっきりになるから、一緒には回れないかな……」

「そうか……」

「その代わり、溝口さんに頼んでみるからさ」

「ん、溝口が一緒なら楽しめそうだ」

 

 フィーゼもすっかり溝口に懐いたようである。

 

「でも、龍仁が守り人なら、エリザベス様は気が気じゃないんじゃないかしらね」

「あ、やっぱり母さん達の時もそういうのあった?」

「あったわよ。母さんの時だと、確か6組ぐらい神子と守り人で成立してたわね」

「多いな」

「だから、もしかしたら龍仁も、ね」

「無い無い。俺とクリーブはそういうのじゃないから」

 

 そう言って笑う龍仁に、芳奈は「誰に似たんだか」と溜息を吐く。

 それに、と龍仁は続けた。

 

「オズワルドおじさんに睨まれたくないからなぁ……おじさん、クリーブ大好きだし、クリーブに恋人でもできようものなら襲撃されてもおかしくないし……」

 

 龍仁はオズワルドの強面を思い出す。

 あの顔で睨まれる――そう考えるだけでも背筋が寒くなる。

 

「オズワルドの心配はいらないと思うけどね。むしろ龍仁、オズワルドに気に入られてるもの。もしもクリーブランドちゃんの恋人になったとしても、受け入れてもらえるかもしれないわよ」

「オズワルドおじさんに可愛がってもらったってのは知ってるんだけどね。ま、どの道そういうのは無いからさ」

「うーん、でもオズワルドもクリーブランドちゃんが神子になったってことで動き出しそうだからな。そこは様子見だな」

 

 

 その頃、クリーブランドの家では――

 

「クリーブランド!」

 

 星帰り祭のことを聞いてオズワルドがクリーブランドの肩をガシッと掴む。

 

「ど、どうしたんだ、パパ」

「……よくやった」

「え?」

「我が娘ながらよくやったぞ!これであの小僧とも距離が急接近間違いない!」

 

 オズワルドは拳を突き上げる。

 まるで我がことに喜んでいた。

 

「いや、まだそういうのじゃ――」

「そうと決まれば祝杯だ!母さん、酒を持ってきてくれ!」

「お酒の前にフライパンの方がいいかしら?」

 

 ニコッと笑うミサに、オズワルドは身の危険を感じてすぐさま大人しくなる。

 

「まったく。でも、確かにこれはチャンスよ、クリーブランド。確実に距離を詰めるの。むしろここでモノにしちゃうつもりで挑みなさい!」

 

 ミサもミサで興奮したようにクリーブランドに詰め寄る。

 ある意味似たもの夫婦の2人である。こうなるのは必然とも言えた。

 

「でも、クリーブランドが神子さんかぁ。龍仁君のことを抜きにしても楽しみね」

「うむ。こうなれば少しでも圧力を使ってクリーブランドに票が集まるように……」

「オズワルドさん?クリーブランドの晴れ舞台にそんな不粋なことしたら、本気で怒りますからね?」

「はい……」

 

 オズワルドはますます小さくなる。

 

「そういえば、コロンビア達はどうだったのかしら?」

「私達は選ばれなかったなぁ。残念だけど」

「また来年、チャンスを狙うよ」

「うんうん、その意気よ。今年は今年でいっぱい楽しみなさい」

「はーい」

「クリーブランドも、チャンスをしっかり伺いながら楽しむのよ」

「う、うん。分かった」

「あなたも、余計なことはせずに楽しむのよ。何かやったら、すぐに私の耳に入るんだからね?」

「はい……」

 

「余計なこと」を考えていたオズワルドは、それ以上は頷くことしかできなくなった。

 

 こうして、この日も時間が過ぎていく。

 

 

 そして翌日。

 

「ヨルク、ジャンも神子に選ばれたって話じゃないか。クリーブと女子票の奪い合いになるんじゃないか?」

「あぁ、それ俺も聞いた。さっそくプランが崩れたよ……」

 

 翌日、龍仁とヨルクはそんな話を始める。

 ジャン・バールが神子に決まったのはクリーブランドとほとんど同じタイミングだったらしく、ヨルクもそこまでは考慮することができなかった。こうなると、作戦を最初から練り直す必要が出てくる。

 

「でも、それでも女子票を取れる可能性が高いってのは大きいからな。そこのアドバンテージを活かすって方向性は変わらないな……あとは、学校外の票をどう狙うかだな」

「どうやって狙うんだ?」

「何か、女子達に策があるらしい」

 

 先ほど、クリーブランドは女子達にどこかへと連れて行かれてしまった。

 事情が分からない他のクラスメイト達は、ただ教室で待つしかなかった。

 

「もしかして、ドエロい衣装着させられてたりして」

「そういうのはクリーブも嫌がるだろ。さすがにそういうことはさせないだろ」

「それもそっか」

 

 その時、クリーブランドを連行した女子の一人が教室に帰ってきた。

 

「みんなー、できたよー」

「できたって、何が?」

「これこれ。ほら、入って」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 

 何やら抵抗するクリーブランドを引きずって、女子達がぞろぞろと教室へと戻ってくる。

 

「おぉ?」

 

 クラスメイト達は思わずクリーブランドに注目する。

 クリーブランドの格好は――いわゆるディーラー服というものだろうか。

 気品すら感じさせる凛とした服装で、クリーブランドの「イケメン」っぷりを際立たせている。その一方で、体のサイズがぴったりなのか、胸やヒップといったクリーブランドの「女性らしさ」もしっかりと見て取れる。胸元も少しだけ開き、谷間も見えている。

 どちらかというと体のラインや覗く谷間が気になるのか、クリーブランドは腕で必死に胸を隠している。が、それがまた煽情的でもあった。

 

「どうよ、男子諸君。我らがクリーブランドの雄姿は」

「……!」

 

 男子一同は揃ってグッと親指を立てる。

 男子に混ざって椎名も親指を立てていた。

 

「へぇ、良いじゃないか。どうしたんだ、この服」

「昨日のうちにクリーブランドさんの体のサイズを測ってね。まだデザイン決めただけの試作段階だけど、とりあえず作ってみたんだ」

「これ、溝口さんが作ったの?」

「そうだよ。完成品は伸縮自在の布地を使って、もっと体のラインが出る予定だよ」

 

 それを聞いて男子達(と椎名)はゴクリと息を呑む。

 今でも十分にいいのに、これ以上があるのか、と。

 

「星帰り祭当日は神子の正装になるからね。せめて、その前はこういう服で勝負しようかなって。どうかな」

「良いと思うぞ。これなら女子からのウケもいいだろうし。男子の注目もしっかりと集められそうだ」

「じゃ、デザインはこれでOKだね」

「で、でも……せめて胸元だけは隠させて……」

「だーめ。そこが一番重要なんだから」

「うぅ……」

「それじゃ、今日からその服装でお願いね、クリーブランドさん」

「え!?」

 

 クリーブランドが驚いたような声を上げる。

 これが終われば着替えるものとばかり思っていたようだ。

 

「だってそうでしょ。アピールのための服なんだから。それに、せっかくこんな可愛いくてカッコいいのに、着替えてみんなに見せないなんてもったいないよ」

「だ、だけどぉ……」

「ね、どうかな。桐原君。守り人さんとして意見が欲しいよ」

「俺ももっとそういう格好のクリーブ見ていたいな。せっかく似合ってるし」

「そ、そうかな……それなら……」

「というわけで、隠さずにもっと見せつけようよ!」

「きゃっ!?」

 

 女子の一人が背後からクリーブランドの腕を掴んで開かせる。

 普段は制服で分からなかったが、意外にも大きな胸がたゆんと揺れる。

 それを見た男子達が「おぉ!」と歓声を上げた。

 

「……クリーブランドさんって、意外と胸大きいな」

「……何も考えずに桐原の奴に守り人任せなけりゃよかった」

 

 何やら不穏な視線も感じながらも、龍仁は溝口に話しかける。

 

「なぁ、伸縮自在の素材を使うって言ってたけど、正直このままでもいいんじゃないのか?十分アピールになる服だと思うぞ」

「さっきも言ったように今以上に体のラインを出すためだね。あと、もう一つあるんだ」

「もう一つ?」

「そこは……ほら、椎名」

「あ、そうそう。昨日クリーブランドさんと話して決めた案なんだけどね。休日とかに小さなバスケ教室みたいなの開けないかなって」

「バスケ教室?」

「そ。ほら、クリーブランドさんってバスケ界では結構有名人じゃん?去年の大会のこともあってさ。クリーブランドさんに憧れてバスケ始めたって人も多いみたいだし。そんなクリーブランドさんと一緒にバスケを体験出来たら、結構なアピールになると思うんだよ」

「ちなみに、バスケ部の顧問の先生と部長には話を通してるよ」

 

 女性陣の動きの速さに、ノーマンやヨルクも目を見張った。

 まさかそこまで動いているとは思っていなかった。

 

「で、その時もこの服装でやってもらって」

「……だから動きやすい素材を使うと」

「正解」

「中央の公園にバスケットゴールあるでしょ。あそこ使わせてもらえればいいかなって

「なるほど。子供なら集まりやすいだろうし、それ経由で親とか兄弟へのアピールにも繋がるな。元々人が集まる場所だから、目にも止まりやすいし」

「それ、採用!」

 

 こうして、龍仁達のクラスの方針は固まったのだった。

 

 

「ちなみに、クリーブランドさんの胸のサイズを見ながら自分が悲しくなったよ……ふふ、ふふふふ」

「溝口さん、帰ってこい」

 

 

 

 重桜の国際空港。

 一人の女性が重桜の地へと降り立った。

 

「……」

 

 その女性は空港を賑わす人々を眺める。

 忙しそうにする人、これからのことに期待を膨らませる人、帰ってきたことに安堵する人。

 様々な顔がそこにはあった。

 あまりにも眩しい人々の表情。昔は当たり前のように見てきた光景。

 そんな光景を、彼女は久々に見た気がした。

 

「あ、いましたわ」

 

 その時、聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 声の方を見ると、そこにはかつての戦友であるフッド、アーク・ロイヤルの姿があった。

 

「お久しぶりです、グラーフ様」

「あぁ、久しいな、フッド、アーク・ロイヤル」

 

 グラーフ・ツェッペリンは穏やかな笑みを浮かべて彼女達の方へと歩み寄っていく。

 

「何年ぶりになるかな」

「さてな。10年から先はもう数えるのをやめたよ」

「でも、こうやってまた会えて嬉しいですわ」

「あぁ、我もだ。ベルファストやエリザベスは元気だろうか」

「えぇ、元気ですよ。ベルはメイド隊の指導者としてまだまだ現役です。陛下は……相変わらず自由気ままですけどね」

「その様子だと、他の者も元気そうだな」

「そちらの方はどうだ?ドイッチュラントやシュペー、レーベからは時々手紙を貰うが」

「こちらもみんな元気にしている。ニーミは『忙しすぎて体がもたない』などと言っているが、それでも毎日楽しそうだ。だが、フィーゼは……」

「……まだ、帰ってきませんか」

「あぁ。こればかりは、時間が解決することを待つしかないだろうな……」

「……にしても、今回は驚いたぞ。グラーフの方から連絡が来るとは」

「その、なんだ。ずっと連絡しなかったのは悪いと思っている」

 

 グラーフは申し訳なさそうに苦笑する。

 

「仕方ありませんよ。誰しも、まだ乗り越えられていないのですから」

「あぁ、1人で考えたいという気持ちは……痛いほど分かる」

「……そう言ってもらえると、幾分かは気持ちも楽になる。それに、そろそろ我も前に進む時だと思ったからな。卿らのように、な」

「グラーフ様……」

「ただ、出国時の手続きはさすがに面倒だったな。もっと自由にさせてもらいたいのだが。おかげでしばらくは鉄血に帰りたくなくなったぞ。まぁ、しばらく帰るつもりもないがな」

「……その言い方だと、かなり無理を通させたようだな」

「あぁ。久々に少々ワガママを言わせてもらったよ」

 

 そう言ってグラーフはニヤリと笑う。

 その辺りは昔から変わっていないのだと、フッドもアーク・ロイヤルも呆れたように、それでいて嬉しそうに笑った。

 

「ただ、一応の名目は『調査』だからな。悪いが、そこは協力してもらいたい」

「えぇ、私達も『調査』が任務の一つですから。グラーフ様が協力していただけると、私達も助かりますわ」

「あぁ。ここ数年で確認された、セイレーンと思しき人物……確かめる必要はあるな」

「っと、ここで話してても仕方ない。そろそろ移動するとしよう」

「そうですわね」

 

 そして3人は人混みの中へと消えていくのだった。

 

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