夢を見ていた。
――絶対に、絶対にまた会いに行くからね!
夢の中で、その少女は目に涙を浮かべながらそう言っていた。
――あぁ、待ってるぞ。
俺は、その少女に向かってそう言う。彼女を安心させるためじゃない。
俺も彼女と同じく、また彼女に会いたかったから。
それが伝わったのか、少女はまだ目に涙を浮かべながらも、笑みを浮かべる。
――それじゃあ、またね!
少女はそう言って歩き出す。そして、何度も振り返り、こちらに手を振る。
俺もその度に手を振り返し、彼女の姿が見えなくなるまで、お互いにそれを繰り返した。
――……また、な。
彼女の姿が見えなくなってから、我慢していた寂しさが溢れ出し、俺は泣き出す。
泣きじゃくる俺を、伊勢姉が優しく抱きしめ、泣き止むまでずっと頭を撫でてくれた。
ピピピピピピピ!
目覚まし時計の音で龍仁は目を覚ます。
「……もう、朝か」
目覚まし時計を止め、グッと伸びをしてから龍仁はベッドから降りる。
「……準備しないとな」
時計で時間を確認し、のそのそとした動きで着替え始める。
そして着替え終わると、布団のシーツや着替えなどの洗濯物をまとめる。
「朝ごはん、作らないとなぁ」
洗濯物を抱えながら、龍仁は部屋を出て洗面所へと向かった。
「……それにしても、今日は懐かしい夢を見たな」
まだ彼が幼い頃に出会い、そして仲良くなった少女。
その少女との別れの日の夢。今でも鮮明に思い出せる、小さいけど大切な約束。
「……アイツ、元気かな。いつ、会えるかな」
ちょっと偉そうで、怒りっぽくて、泣き虫で、友達思いだった少女。
その少女との楽しかった思い出が頭の中に浮かび、龍仁は頬を綻ばせるのだった。
「おはよう、ノーマン、ヨルク……って、ヨルクは何をしているんだ?」
朝、いつも通り龍仁とクリーブランドが教室へ入ると、目を真っ赤に充血させたヨルクとヒッパーが、大量に積まれたプリントと格闘している姿が目に飛び込んできた。
「昨日ヨルクが散々アマゾン先生をからかっただろ。その罰で大量に宿題を出されたらしくてな」
「徹夜でやっても終わらなくて、ヒッパーも手伝っている、と」
「何だかんだ言ってヨルクには甘いもの、姉さんは」
オイゲンは必死にヨルクの手伝いをするヒッパーを見て嬉しそうに笑う。
「……調子に乗ったヨルクの自業自得なんだろうけど、アマゾン先生も大人げないな」
「まぁ、そこはアマゾン先生だし」
「アマゾン先生だもの」
「アマゾン先生だからなぁ」
ノーマン、オイゲン、龍仁はそう言って頷き合う。
見た目相応に中身も幼い部分があるのか、アマゾンはちょっとしたことでムキになることが多い。その反応を楽しむ者もいるのだが、あまりやりすぎると今回のヨルクのようなことになる。
「ところで、2人とも今朝は生徒会は無かったのか?」
「あぁ、今朝は特に何も無かったよ」
「だから今朝は2人でゆっくり登校できたわ」
そう言ってオイゲンはノーマンと腕を組む。そして、2人で見つめ合って自分達の世界へと入ってしまった。
「はいはい、朝からお熱いことで」
「いいなぁ……」
クリーブランドは2人の様子を羨ましそうに眺める。
「なんだ、クリーブ。あぁいうことしてみたいのか?」
「そ、そりゃあ……私だって女の子なんだからな……」
クリーブランドは顔を赤くしながらチラチラと龍仁を見る。
「そっか。それなら早く良い人を見つけないとな、クリーブ……いってぇ!?」
クリーブランドの視線に気付かず能天気に笑う龍仁に、クリーブランドは思いっきり蹴りを入れた。
「な、何するんだ!?」
「何となくだ」
クリーブランドはプイッとそっぽを向いて自分の席へと向かってしまう。
龍仁は「何か怒らせるようなことしたか?」と首を傾げる。
ノーマンとオイゲンは、「先は長そうだなぁ」と苦笑いを浮かべるのだった。
「……まぁ、後でジュースでも奢るか。んじゃ、また後でな、2人とも」
龍仁はノーマンとオイゲンに手を振ると、自分の席に着いた。
「あ、おはよう、摩耶さん」
「おはよう、桐原」
摩耶との朝の挨拶。昨日までと違い、今朝の摩耶はちゃんと挨拶を返してくれた。そのことが龍仁には嬉しかった。
「昨日言ってた新刊は買えたか?」
「あぁ、バッチリだ」
摩耶はブックカバーを被せてある本を龍仁に見せる。どうやらそれが摩耶の言っていた新刊らしい。
「もう読み終わったのか?」
「いや、まだ途中だ。ちょくちょく気になるシーンが多くて、何度も読み返してしまうんだ」
摩耶は子供っぽく笑う。
どうやら新刊をちゃんとエンジョイしているようだ。
「読み終えたらお前に感想を教えてあげるよ」
「……お手柔らかに」
龍仁は昨日の熱く語る摩耶の姿を思い出してしまった。
無邪気な笑顔を見せる摩耶に、龍仁は引きつった笑いを浮かべるしかできなかった。
「あ、それとなんだが……」
摩耶が何かを言いたげにモジモジする。
「その……今日も少しだけでいいから、おかずを分けてもらえるだろうか?」
どうやら龍仁の弁当が気に入ったようである。
龍仁は一瞬だけポカンとしたが、すぐに笑いだした。
「ははっ、そこまで気に入ってもらえたなら嬉しいよ!うん、是非食べてくれ」
「そ、そうか!」
摩耶はパァッと表情を輝かせる。
(多めに作っててよかった)
嬉しそうにする摩耶を見ながら、龍仁はそう考えるのだった。
「はぁ……やっと終わったぁ」
「ホント、疲れたわ……」
ヨルクとヒッパーは魂が抜けたような顔で机に突っ伏した。
「あんた、これに懲りたら次から調子に乗らないことね……」
「ふっ、それは約束できないぜ、ヒッパーちゃん」
「すごくあんたの顔を引っ叩きたいけど、今それだけの気力が残ってないわ……」
「……ん?どうしたんだ、クリーブランド」
クリーブランドはそわそわしながらどこかを気にしている様子だった。
それに気付いたヨルクが、クリーブランドに声をかける。
「ふぇっ!?ど、どうしたんだ?」
「それはこっちのセリフだ。何をそんなに気にして……」
ヨルクはクリーブランドの視線の先を見る。
「……ほほう」
そこには、無愛想なことで有名な摩耶と楽しそうに談笑をする龍仁の姿があった。
「あの摩耶さんと楽しそうに喋ってるなんて、龍仁のやつ一体どんな手を使ったのやら」
「ま、まぁ、クラスメイトだし、仲良くするのは良いことなんじゃないかな、うん」
自分に言い聞かせるようなクリーブランドの言葉に、ヨルクはニヤッとする。
「でも、嫁としては旦那が他の女の子と楽しそうに喋ってるのが気になる、と」
「な、ななな何を!?き、気にするようなことでもないぞ!?」
「嫁と旦那ってのは否定しないんだ?」
「~~~~~~~~~~~~~~!」
クリーブランドの顔が恥ずかしさで真っ赤になる。
「何だかんだで素直ではあるよなぁ、クリーブランドって。それが龍仁に全然伝わってないってのが問題なんだろうけど。でもなぁ、その素直さの1万分の1でいいからウチの嫁のヒッパーちゃんに分けてほしいよなぁ。そうすれば俺としても気が楽なんだけどなぁ。まぁ、あの素直じゃないツンデレもヒッパーちゃんの可愛いところなんだけ――どはっ!?」
後頭部に衝撃を受けてヨルクは前のめりになる。彼の背後には、ヒッパーの姿があった。表情こそ笑顔なのだが、所々に青筋が立っている。
「よくも好き勝手言ってくれたわね、ヨルク?」
「あ、あらぁ?ヒッパーちゃん、引っ叩く気力が無いとか言ってなかったっけ?」
「アンタを絞めるぐらいの気力は戻ったわよ」
「そ、それは何よりで」
ヨルクは冷や汗をダラダラと流した。
「それで、覚悟はできているかしら?」
「できていないって言ったら、やめてくれる?」
その問いに、ヒッパーは眩しいぐらいの笑顔で答えた。
「無理ね」
そして今朝もヨルクの悲鳴が教室に木霊するのだった。
「ふぅ、やっぱり体育は最高だな!」
午前中の体育の授業が終わり、ヨルクは良い笑顔でそう言った。
「どうした、急に」
「お前、長距離走の途中でへばってずっと休んでたじゃないか」
「5㎞をあの速さで走って顔色一つ変えないお前らの方がおかしいんだよ」
ヨルクの言う通り、ノーマンと龍仁は上位に食い込むほどの勢いで5㎞を走ったのにもかかわらず、疲れの色一つ見せていない。元々の体力が段違いなKAN-SENならともかく、一般人であるはずのノーマンと龍仁の体力は、同じ一般人のヨルクから見れば異常という外なかった。
「そりゃ、鍛えてるからな」
「同じく」
「鍛えすぎだろ、さすがに……」
ヨルクはげんなりしたような顔をする。
「んで、何が最高なんだ?」
「決まってるだろ!体育の時間の女子だよ!女子!」
目を輝かせながらヨルクは語り始める。
「体操服といういつもより布地の少ない衣装を纏った健康的な肉体!そして体を動かす度に無防備に揺れる胸!それを間近で見られることこそが、体育の真価といっても過言ではない!いや、むしろそれこそが体育の存在意義!俺が体育の授業に参加しているのはそのためと言っても過言ではない!」
一人熱く語るヨルクを、龍仁とノーマン、そして周囲にいた生徒たちは冷たい目で見ていた。だが、ヨルクは気にした様子もなく続ける。
「あ、でも残念なことにウチの嫁は残念胸だから揺れないんだよなぁ。そこは残念だけど、その残念さはそれはそれで魅力――がふっ!?」
「残念残念連呼するんじゃないわよ!」
いつの間にやら、顔を真っ赤にして拳を握るヒッパーと、その横で苦笑いを浮かべるクリーブランド、そしてヒッパーとヨルクのことをニコニコしながら見守るオイゲンがいた。
「貶されたようにしか聞こえなかったのだけど?」
「安心してくれ、ヒッパー。俺はお前のなら幾ら残念でもちゃんと好きになってあぐぇ!?」
「まだ言うつもりかしら?」
2人の痴話喧嘩を尻目に、龍仁はクリーブランドの方へ駆け寄る。
「お疲れ、クリーブ」
「龍仁もお疲れさん」
「喉渇いてないか?」
「んー、少し」
「んじゃ、一緒にジュースでも飲もうぜ。奢ってやるから」
「お、太っ腹だな。何かあったのか?」
「あー、何となく?気まぐれだ、気まぐれ」
朝不機嫌にさせてしまったから、が奢る理由だったのだが、朝の不機嫌さは今のクリーブランドからは感じない。それなら、わざわざ蒸し返す必要もないだろうと、龍仁は適当にはぐらかした。
「そうか?それなら遠慮なく奢ってもらうぜ」
「んじゃ、何がいい?」
自動販売機の前に並んで立ち、龍仁はクリーブランドに尋ねる。
「んー……スポーツドリンクも良いけど、このフルーツジュースも捨てがたいな……」
どうやら、クリーブランドは2つの飲み物で悩んでいるようだった。
「んじゃ、両方買うか?それで半分ずつ飲めばいいだろ」
「良いのか?」
「あぁ、俺もどっちも飲んでみたい気分だし」
そう言って龍仁はスポーツドリンクとフルーツジュースを買う。
そしてまずは龍仁がスポーツドリンクを、クリーブランドがフルーツジュースを飲む。
「「ぷはぁ!」」
2人は同時に口を離して、気持ちの良さそうな声を上げる。
「やっぱ、体を動かした後はこれだな」
「あぁ、体に染み渡るよ」
「っと、それじゃ交換しようぜ」
「OK」
そう言って2人は飲み物を交換し、口を付ける。
「……なぁ、アレって」
「えぇ……」
ノーマン、ヨルク、オイゲン、ヒッパーはそんな2人を生暖かい目で見ていた。
「ん、どうした?」
龍仁が4人の視線に気付く。
「いいのか、龍仁もクリーブランドも」
「何がだ?」
「それ……か、間接キスにならないの?」
ヒッパーが恥ずかしそうにそう言う。だが、龍仁とクリーブランドはキョトンとした顔で首を傾げる。
「それがどうしたんだ?」
龍仁は特に気にした様子もない。
「いや、どうしたって……」
「小さい頃からやってるんだ。そんなの、今更じゃないか」
クリーブランドも何も気にしていないようである。
「「「「はぁ……」」」」
そんな2人い、4人は呆れた溜息を吐くしかできなかった。
「さぁて、飯の時間だー!」
午前中の授業が終わり、生徒達は一斉に昼食の準備を始める。
「龍仁、今日は一緒に食べようぜ」
クリーブランドが前の休み時間に買ったと思われるパンを片手に、龍仁の席へと駆け寄ってくる。
「いいけど、今日は別の奴も一緒だぞ」
「別の奴?」
龍仁は摩耶の方を指さした。
「摩耶さんも、クリーブと一緒でいいか?」
「僕は構わない」
そう言って摩耶は龍仁の席に自分の席をくっつける。
「クリーブもそれでいいか?」
「あ、あぁ、いいぞ」
クリーブランドは、当たり前のように龍仁の隣に座る摩耶に、少々戸惑う。
「……やっぱり距離が近いなぁ」
クリーブランドの不安そうな呟きは、幸いにも龍仁にも摩耶にも届かなかった。
「どうした、クリーブ」
「え、あ、いや。何でもない」
クリーブランドは慌てて龍仁の向かい側に座った。
「さて、いただきます」
龍仁は手を合わせ、弁当を開ける。
「……今日は肉少なめなのか?」
昨日と違い、肉と野菜がバランスよく入れられた弁当。摩耶はその弁当を覗き込み、少し残念そうな声を出した。どうやら、彼女は肉の方が好きらしい。
「今日は、というかいつもこんな感じだ。昨日は伊勢姉のを持ってきたから、肉だらけだったんだよ」
「そうか……」
「……食べたいなら肉食べていいぞ?」
「えっ?」
摩耶の頭の耳がピコッと反応する。
「他の人に食べてもらうのは好きだしな。後で腹が減ったら購買部に行けばいいだけだし」
そう言って龍仁は弁当を摩耶に差し出す。
摩耶は少し迷っているようだったが、誘惑には勝てなかったようで箸を取り出す。
「それじゃ、遠慮なく」
そして弁当から肉を貰い、口に運ぶ。
「……~♪」
よほど気に入ったのだろう。摩耶は嬉しそうに顔を綻ばせる。それを見て龍仁も嬉しくなるのだった。
「やっぱり、この味は好きだ」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
「代わりと言ったら何だが……僕の弁当も食べてみてくれないか?」
「もしかして、摩耶さんの手作り?」
「あぁ、家での料理当番は僕だからな」
そう言って摩耶は自分の弁当を開ける。
「……見事に茶色だな」
昨日の龍仁の弁当に負けず劣らずの肉の量。微かに覗く白飯が無ければ、箱の中が全部肉で満たされているのだと勘違いしてしまいそうだ。
「さぁ、遠慮なく食べてくれ」
摩耶は龍仁に弁当を差し出す。龍仁は箸で肉とその下の白飯を掬い、口に入れる。
「……お、旨いな、これ」
柔らかい肉と白飯に甘辛いタレが良い具合に絡み合っている。思わず箸が止まらなくなりそうな美味しさだった。
「そうか?良かった」
自分の弁当を褒められたのが嬉しいのか、摩耶はホッとしたような笑みを浮かべた。
「……」
楽しそうに昼食を取る龍仁と摩耶を、クリーブランドはソワソワした様子で見ていた。
「ん?どうした、クリーブ」
クリーブランドの視線に気付いた龍仁は、彼女にそう尋ねる。
「……やけに仲が良いんだな、と思って」
「そうか?」
「うん。いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」
「いつって言われれば……昨日?」
龍仁は昨日のことをクリーブランドに説明した。
「つまり、弁当を分けたのがきっかけで喋るようになった?」
「そうなるな」
「そうなる」
龍仁と摩耶は同時に頷く。
「……昨日スタミナ丼を妹達と楽しんでいる時にそんなことが……龍仁が弁当を出すのを待っていればこんなことには……でも、そうしたら摩耶さんが昼食を食べられなかったかもしれないのか……」
クリーブランドは複雑な表情で頭を抱えだした。
「桐原、クリーブランドは何をしてるんだ?」
「俺にも分からん」
頭を抱えたままブツブツと呟くクリーブランドを見て、摩耶と龍仁は不可思議なものを見るような表情をするのだった。
「というワケで、今日は終わりだ。全員、気を付けて帰るんだぞ。あと、そこの何か言おうとしたヨルク。これ以上宿題を増やされたくなければ余計なことは言うなよ」
いつも通りアマゾンをからかおうとしたヨルクだったが、事前にアマゾンに釘を刺されてしまい、しょんぼりと落ち込んでしまった。
「それじゃあ、龍仁。今日も部活頑張ってくるぜ!」
「おう、頑張れ」
「それで、いつも通り校門で待ち合わせで良いか?」
「あぁ、それで大丈夫――」
その時、龍仁の携帯電話にメールが入った。
「っと、すまん。……親父からだ。えーっと、手伝ってほしいことがあるから、早めに帰ってきてくれないか、だって」
「そうか……」
クリーブランドはちょっとだけ残念そうな顔をしたが、すぐにパッと明るく笑った。
「それじゃ、また明日だな。気を付けて帰るんだぞ!」
「お前は俺のお母んか」
クリーブランドは、苦笑いする龍仁に手を振りながら教室を飛び出していった。
「摩耶さんはどうする?」
「今日は暇だが、桐原はどうするんだ?新刊読み終わったから思う存分語れるぞ」
「きょ、今日は親父に早く帰ってきてくれって言われてるんだ」
「そうか……それは残念だ」
よほど語りたかったのか、摩耶は心底残念そうな表情を見せる。
「仕方ない。今日は帰って積みゲーでも消化するよ」
「……摩耶さんって、意外とヲタク?」
「……たぶん」
自覚はあるのだろう。摩耶は少し恥ずかしそうに頷いた。
「それじゃあ、また明日」
「あぁ、明日は肉は多めにしておくから」
「本当か!ありがとう、桐原」
摩耶は嬉しそうに笑って、教室を出ていった。
「さて、俺も帰るか。手伝ってほしいことって何だろう」
龍仁はすぐに帰り支度を始めると、友人達に挨拶をしてから教室を出た。
「ただいまー」
「おう、お帰り」
龍仁が家に帰ると、辰巳達が慌ただしく荷物を運んでいた。
「何やってるんだ?」
「見ての通り、荷物を運んでる」
「いや、それは分かるんだけどさ」
「とりあえず荷物を部屋に置いてこい。話はそれからだ」
「それもそうだな」
龍仁は家に上がると、自分の部屋に戻り、荷物を置く。
そしてパッと着替えを済ませると、辰巳のところへと戻った。
「んで、何やってるの?」
「実はだな、ウチに家族が増えるんだよ」
「……うん、お盛んでいいんじゃないか?」
「あ、違う!そういう意味での増えるじゃない!いや、確かに母さんとはもう2人ぐらいは頑張ってもいいかなっては思っているけどな!」
「自分の息子の前で何言ってるんだよ。で、家族が増えるってどういうこと?」
「あぁ、そうそう」
辰巳はパッと表情を切り替える。
「ほら、KAN-SEN保護家庭制度、ウチってあと2枠残ってただろ」
「そういや、そうだったな」
KAN-SEN保護家庭制度。
今のKAN-SENは基本的に人とKAN-SENの間から生まれる。そういったKAN-SENは保護者の心配をする必要はほとんど無い。だが、かつての大戦時のように、キューブから誕生するKAN-SENが時折現れる。そういったKAN-SENは身寄りが無い。
こうした身寄りの無いKAN-SENを保護するためにKAN-SEN保護家庭制度が作られた。
この制度に申請すると、その家庭の状況が調査され、KAN-SENの受け入れ態勢が整っていると判断されると、KAN-SEN保護家庭に認定される。身寄りの無いKAN-SEN達は、そういった家庭に引き取られることになっている。
桐原家に住む伊勢と日向も、この制度によって桐原家に引き取られた。
「それで、新しくKAN-SENが生まれてな。その子を母さんが一目で気に入っちゃって、是非ウチで引き取ろうってことになったんだ」
「なるほど。で、その子はいつ来るんだ?」
「今日だな。今母さんが迎えに行っている」
「えらい急だな」
「昨日やっと手続きが全部終わってな。予定だと来週到着だったんだが、母さんが待ちきれないって」
「母さんらしいや。で、その子のための部屋をセッティングしてる、ってところか」
「そういうこと」
そういえば中途半端に物置部屋にしている部屋があったなぁ、と龍仁は思い出す。
「それで、俺は何をすればいい?」
「とりあえず部屋の準備は俺と伊勢達がいればなんとかなるから、その子の分まで晩御飯を頼む」
「了解。何を作ればいい?」
「何、か……うーん」
辰巳は少し困ったような表情を見せる。
「好き嫌いでも多いのか、その子は」
「いや、そういうわけじゃないんだが……ちょっと説明が難しいな……とりあえず、何でも大丈夫だとは思うから、龍仁に任せた」
「うん?まぁ、分かった」
首を傾げながらも、龍仁は台所へと向かうのだった。
「……うしっ、こんなもんかな」
龍仁はフライパンを置くと、一息ついた。
フライパンの中にはカルボナーラが入っていた。
龍仁の得意料理の一つであり、よほどのことが無い限りは好みに合わないということもないだろうという判断であった。
「……そういや、昔アイツとも一緒に作ってたっけ」
昔の記憶。幼い頃に出会った友人と一緒に、自分達の親のために頑張って作った料理。それが、カルボナーラであった。
当時は危うく火傷しかけたり、ソースが少し焦げてしまったりと色々あったが、辰巳達は「美味しい」といって喜んで食べてくれた。
大切な友人と一緒に作った思い出の料理。龍仁にとっては大切な料理であった。
「っと、そろそろ母さんが帰ってくる頃だったな」
辰巳に言われた、芳奈が帰り着く時間。時計を見ると、そろそろ時間であった。
『ただいまー』
その時、玄関から芳奈の声が聞こえてきた。
「あ、お帰り、母さん」
「龍仁、ご飯の準備はできてる?」
「あぁ。一応カルボナーラにしたけど、良かったかな」
「カルボナーラかぁ、あんたもそれ好きね」
芳奈はそう言って笑う。
「たぶん大丈夫だと思うわよ。というより、色んなものをまずは食べさせてあげないと」
芳奈のよく分からない言い方に、龍仁は首を傾げる。
「あなたー、部屋の方は?」
「あぁ、こっちもばっちりだ。とりあえず必要なものは揃えた」
「それならよし」
「それで、その子は?」
「あぁ、そうそう。おいで」
芳奈が声をかけると、一人の少女が入ってきた。
美しい銀髪、澄んだ琥珀色の瞳、陶器のような白い肌、そして人形のように整った可愛らしい顔立ち。
まだ幼い容姿ではあるが、どこか気品を感じさせる雰囲気を纏い、それでいて周囲をキョロキョロと見渡すその姿は、好奇心旺盛で無邪気な小動物を思わせる。
どこか浮世離れした雰囲気の少女に、龍仁は思わず心を奪われそうになった。芳奈が一目で気に入ったという理由が何となく分かった。
「紹介するわ。この子が、今日からウチで預かることになった――」
「Z46だ。これからよろしくお願いする」
誤字・文章の誤りがあればご指摘をお願いします。
感想もいただけると、本当にありがたいです。
もうしばらくはキャラの登場を重点的にやるつもりなので、物語の進行はあまりないかもしれません。ご了承ください。
よろしくお願いします。