世間は夏休み真っ只中。
若者が各々自由を満喫し、開放的になる期間。
誰もが待ちに待った時間に、誰もが喚起して遊び回っているという話は、龍仁の耳にも届いていた。特にヨルクに関しては、頼んでもいないのに「ヒッパーとのデート」のことを逐一連絡される。最初は微笑ましく聞いていた龍仁だが、あまりも連日「何回ヒッパーちゃんに叩かれた」という惚気話(?)を聞かされるので着信拒否にしようかと本気で考えたほどだ。
かく言う桐原家の様子はというと――
「……暇、だな」
「そうだな」
龍仁はフィーゼを膝に乗せ、自室でボーッとしていた。
せっかくの夏休みだというのに、やることがない。
予定があるにはあるのだが、それはまだ先の話であって、しばらくは何もない日々が続くことが確定している。
ヨルクやノーマン達も予定があるということで遊べず、こうやってフィーゼとボーっとするのが今のところの日課となっている。エリザベスはエリザベスで本国への報告書に追われ、シリアスもその補助に出ているので、今は龍仁とフィーゼ2人しか家にいない。
「フィーゼ、どっか行きたいところとかないか?」
「んー、今は龍仁と一緒にいられればそれで満足だ」
「そっか」
嬉しいことを言ってくれるのだが、結局何も先に進まなかった。
「……何もしなくてもいいってのが夏休みのいいところだが、何もしないとなると時間がもったいなく感じるな」
「それは……確かにそうだ。でも、こうしているから龍仁を独占できているのも確かだ」
まるで猫のように頭を擦り付けてくるフィーゼ。その真っ直ぐな好意に龍仁もくすぐったい気分になる。
「とはいえ、ずっとこうしてるのも……ん?」
その時、龍仁の携帯が鳴り響く。画面を見ると、溝口からであった。
「溝口さんからだ。なんだろう」
「……デートのお誘いか?」
「遠距離恋愛中の彼氏いるって言ってたからそれはないだろ。だからそう睨むな」
ジトっと睨んでくるフィーゼをとりあえず置いて、龍仁は電話に出た。
「もしもし?」
『あ、桐原君。今大丈夫?』
「あぁ、暇すぎてフィーゼとぐーらたしてたところだ」
『そうなんだ。それじゃ、時間はあるってことでいいかな?』
「あぁ、嫌というほどあるぞ。どうかしたのか?」
『実はさ、ほら、摩耶さんとコスプレするって話しあったじゃん?』
「あぁ、そういやそんな話してたな」
『それで、今私んちに摩耶さん来てるんだよね。どういう衣装にするかって。それで、桐原君も一緒に考えてくれないかな。桐原君の着る分もあるんだし』
「……やっぱ俺も出るのか」
『摩耶さん、桐原君と一緒に出るの楽しみにしてるよ。今更「出ません」なんて言ったら、摩耶さん悲しむだろうねー』
摩耶が悲しむ姿を想像し、龍仁も胸がズキズキ痛んだ。
「……分かった。ちゃんと出るよ。だけど、今溝口さんの家なんだろ?俺が行っても大丈夫なのか?」
『んー、私を女の子扱いしてくれる桐原君のそういうところ、中々ポイント高いよ。だけど、気にしないで。ウチの親もそういうの気にする人じゃないし、私も恋愛対象は今の彼氏以外眼中にないからね。それ以外の仲のいい男子は友達って割り切ってるから』
「なるほど。それじゃ、遠慮なくお邪魔するよ」
『あ、桐原君ウチの場所知らないでしょ。だから待ち合わせしようよ。商店街の肉屋さん分かる?』
「あぁ、分かるぞ」
『それじゃ、そこの前で。どれくらいで付きそう?』
「15分もあれば大丈夫だと思う」
『分かった。それじゃ、また後で』
通話が終わり、龍仁は携帯を置く。
「何の用だったんだ?」
「ん?ちょっと話し合いたいことがあるからウチに来てくれって話だった」
「……将来のことを話し合うのか?」
「どこでそんな言葉を覚えてくるんだよ」
そう言いながら龍仁はフィーゼを膝から降ろす。
「もう行くのか?」
「あぁ、15分後って約束したからな。待たせたら悪い」
溝口の性格からして厳密に時間を気にすることはないだろうが、それでも待たせるのは気分が落ち着かない。逆に時間前に着いて待っている方が性に合う。
「私もついていっていいだろうか?」
「フィーゼも?」
よくよく考えれば、龍仁が出かけるとフィーゼは一人で留守番することになる。
それに、フィーゼがいたところで邪魔になることはないだろうし、フィーゼを可愛がっている溝口のことを考えるとむしろ喜ぶかもしれない。
「……そうだな。せっかくだしフィーゼも一緒に行くか」
「分かった」
「そんじゃ、すぐ準備しちゃってくれ」
5分ほどで支度を終えた二人はそのまま家を出た。
10分後、ちょうどいい時間で待ち合わせの場所に着いた。
2人が到着すると、同じタイミングで溝口も現れた。
「お、ナイスタイミングだね、桐原君」
「待たせると悪いからな」
「少しぐらいなら気にしないよ」
「俺が気にする」
「あはは、律儀だねぇ。……ところで」
溝口はフィーゼの方を見る。
「フィーゼちゃんも来ちゃった?」
「あぁ、一人で家で留守番させるのも可哀そうと思って連れてきたんだが……何か問題があったか?」
「ううん、問題はないんだけど……まぁ、私が止めれば大丈夫か」
「?」
「すぐ分かるよ。それじゃ、行こ」
龍仁とフィーゼは溝口の後についていくのだった。
しばらく歩くと、『溝口洋裁店』という看板が見えてきた。
「もしかして、アレか?」
「そ。これでも結構評判のお店なんだよ」
「なるほど。溝口さんの腕前は英才教育の賜物だったか」
「とは言っても、お父さんとお母さんに比べればまだまだだけどね」
「アレでか……」
「それぐらい凄いんだよ、私のお父さんとお母さんは。っと、遠慮なく入って入って」
「それじゃ、失礼しまーす」
龍仁とフィーゼが店の入り口から中に入る。
店内には色とりどりの洋服と、作業台が置かれていた。
そして、作業台では溝口の両親と思しき男性と女性が作業をしていた。
「お帰り、紫音……あら、珍しいわね、紫音が男の子連れてくるなんて。もしかして、彼氏かしら?」
「もう、私は良平一筋だってば。この人はクラスの友達」
「初めまして、桐原龍仁です。それで、こっちが俺の妹?のフィーゼです」
「桐原?もしかして芳奈と辰巳のところの息子さん?」
「母さんと父さんを知ってるんですか?」
「もちろんよ!私達は2人とは中学校からずっと同級生だったもの!」
溝口母は嬉しそうに笑いながらそう言った。
「達?」
「私と真司さんよ。懐かしいわね。2人は元気かしら?」
「あ、はい。忙しそうですけど元気ですよ」
「……紗枝、余計なことは言うなよ」
溝口父の真司は溝口母である紗枝を睨みながらそう言った。
「余計なこと?何かしらねぇ、星帰り祭で芳奈に告白して玉砕したこととかかしら?」
「言った傍から!」
「へぇ、それ私も初耳」
「そうなのよ。芳奈に告白して玉砕して、落ち込んでたのを私が慰めたのが付き合い出したきっかけだったわね。ホント、懐かしいわ」
キラキラした目でそう語る紗枝の横で、真司は顔を赤くして俯いていた。
「その話詳しく聞きたいなぁ」
「紫音、友達を待たせているんだろ。さっさと戻れ」
真司は慌てたようにそう言った。
確かに、このままだとどんな過去をばらされるか分かったものではなかった。
「はいはい。それじゃ、また今度話を聞くから。それじゃ、摩耶さん達も待ってるから行こ、桐原君」
「そうだな。それじゃ、お邪魔します」
「どうぞゆっくり~」
紗枝と真司に見送られ、3人は店の奥へと向かった。
意外と大きい家のようで、3階まで上がってきた。そして、扉に「紫音」と書かれた扉の前まで来た。
「あ、ちょっと待って、桐原君」
「どうした?」
「私から入るから、とりあえずフィーゼちゃんの前に念のために立っておいて」
「?分かった」
龍仁は言われた通りにフィーゼの前に立つ。
そして溝口はドアノブに手をかけると、一息ついてから一気にドアを開ける。
「フィーゼちゃーん!」
部屋の中から「何か」が勢いよく飛び出てくる。溝口が止めようとするが間に合わず、その「何か」は龍仁に真っすぐ突っ込んでいく。
「ぐほっ!?」
龍仁は急なことに踏ん張りが利かず、かろうじて後ろにいたフィーゼを巻き込まないようにして倒れるのが精いっぱいだった。
「……ありゃ?桐原君。何やってんの?」
「こっちのセリフだ、何やってんだ椎名さん」
部屋から飛び出してきた「何か」は椎名であった。
龍仁に抱き着いたまま、ポカンとした顔で龍仁の顔を覗き込んでいる。
「フィーゼちゃんの気配がしたから盛大に出迎えようかなって」
「気配って……」
龍仁は溝口を見る。彼女の表情からして、何となくこうなることが分かっていたようだ。だからこそ構えていたのだが、椎名の勢いの方が強かったようだ。
「んー、でも桐原君の抱き心地も中々……」
椎名は小悪魔のように笑いながら龍仁に体を密着させてくる。
椎名は特別スタイルが良いというワケではないのだが、女の子特有の柔らかさを押し付けられてさすがの龍仁もドギマギする。
「お、おい!」
「むふー、この適度に弾力のある筋肉、たまりませんなー」
龍仁が引き剥がそうとすると、椎名は腕を回してがっちり抱き着く。
そして、龍仁の体の感触を楽しむように胸板に頬を擦り付けてくる。
「うおー、これは癖になってしまいますぞー」
「ちょっ、いい加減に――」
「はい、そこまで」
「きゃんっ!」
椎名の頭に手刀が振り下ろされる。
「あぅ~、何するのよ、溝口」
「桐原君が困ってるでしょ。悪戯も大概に」
「むぅ~、本当に気持ちよかったのにぃ。溝口もやってみれば分かるよ」
「やらないわよ」
「まぁ、そうだよね。溝口のぺったんだと桐原君もあんまり気持ちよくなれない……」
「椎名?それ以上言ったら本気で怒るからね?」
笑顔の溝口だったが、その背後には般若が見えた。
さすがの椎名も身の危険を感じてパッと龍仁から離れた。
「まったく。桐原君も、フィーゼちゃんが見てるのにデレデレしてたらダメだよ」
「いや、デレデレは……」
「していた」
フィーゼはプクッと頬を膨らませて龍仁を睨んでいる。
身内の視点抜きにしても可愛い表情なのだが、確実に怒っているのも分かる。
「フィーゼ、さすがにデレデレは……」
「していた。私でも分かる」
「……」
どうやら見逃してはくれないようだ。
何て言えば許してもらえるか、などと考えていると、フィーゼが不意に龍仁にしがみついてくる。まるで迷子になるのが怖い子供のようであった。
「えっと、フィーゼ?」
「……龍仁は私の大切な人だ。他の人にデレデレしているのを見るのは面白くない」
むすっとした表情で龍仁に抱き着くフィーゼ。
その可愛らしい嫉妬に、龍仁も苦笑いを浮かべるしかできなかった。
「ジェラシーいっぱいのフィーゼちゃん可愛い……ねぇ、溝口。今度はフィーゼちゃん巻き込んで抱き着いていい?」
「ややこしくなるからやめな。それと、桐原君」
「な、なんだ?」
「そろそろ本題思い出そうか。摩耶さんがポカンってなっちゃってるから」
「……あっ」
龍仁が部屋の方へと目を向けると、呆然とした様子でこちらを見つめる摩耶の姿が見えた。椎名のサプライズ(?)のせいで完全に目的を忘れてしまっていた。
摩耶はしばらくポカンとしていたが、ハッと我に返ってジトっとした目で龍仁を見る。
「……えっと、摩耶?」
「なんだ」
「……なんか、怒ってる?」
「……そう見えるならそうなんじゃないか?」
摩耶はプイッとそっぽを向く。
それを見た溝口と椎名は「おやおや?」とニヤリと笑うのだった。
5分後、何とか摩耶に機嫌を直してもらい、5人は改めて溝口の部屋に集まる。
「へぇ、溝口さんの部屋ってこんな感じなのか」
龍仁は部屋の中を見渡す。
ベッドと勉強机と本棚がある以外は、布生地や手作りであろう服、そして作業用の道具が所狭しと並んでおり、作業部屋といった感じの部屋になっている。
「あ、あはは……あんまり女の子の部屋っぽくないでしょ」
「確かに」
龍仁は素直にそう言った。クリーブランドや青葉の部屋は可愛い小物などが置いてあって、まさに一般男子の考えているような可愛らしい部屋だったが、溝口の部屋は物々しい道具などが置いてあり、武骨な雰囲気の部屋である。
「……中々正直に言うね」
「でもさ、凄い部屋だと思うよ。何というか、ここで溝口さんが頑張ってるんだな、ってのが伝わってきて」
「へ?」
山のように積まれた参考書と、使い込まれたことが一目で分かる道具の数々。彼女が服作りにどれだけの情熱をかけているか、部屋のあちこちからその熱意が伝わってくる。
「あー、だからその、俺は素敵だと思うぞ、この部屋」
「……」
まさか褒められるとは思っていなかったのか、溝口は顔を赤くして俯いてしまう。
「もう、桐原君。溝口には素敵な彼氏がいるんだから。そうやって口説いちゃダメだよ」
「いや、口説いてるつもりはないんだが」
「じゃあ誑し込んでいるのか?」
「……摩耶、なんか今日当たり強くない?」
「そ、そろそろ本題に入ろうか!」
溝口が照れ隠しのように慌ててパンと手を叩く。
「それもそうだな。それで、衣装決めだっけ?」
「そ。候補はある程度絞れたんだけど、せっかくだから桐原君の意見も聞こうってなって」
「で、その候補って?」
「これなんだけど」
そう言って摩耶が取り出したのは3冊の小説だった。
どれも今話題の人気作で、龍仁も読んでいる。
「へぇ、これか」
「本当はもう一個候補あったんだけどねー。絶対に却下されるからダメって溝口と摩耶さんに止められちゃったんだよね」
「……念のために聞いておくけど、どんなやつだ?」
「これだよ、これ!」
椎名が取り出したのは、某ギャルゲーを原作とした小説であった。
これもそれなりに人気の作品であり、そこまではよかった。
ただ一つ、この作品には大きな問題があった。
「……なぁ、椎名さん。俺の記憶が正しければ、この作品って女性しか出てないよな?」
「正確には、主人公が女装した男の子だけどね!」
「はい却下」
「えー!判断早いよ!」
「これを採用するってことは俺が女装するってことじゃねーか!んなことできるか!」
「星帰り祭の準備の時は着てくれたのにー」
「無理矢理着させられただけだろ!」
「まー、予想通りの反応だね。というワケでこれは却下」
「そんなー!お姉様姿の桐原君見たいのにー!」
「見たいなら妄想の中だけにしてくれ……」
「うん、分かった。……うへへへへへ」
「やっぱ妄想もやめてくれ」
龍仁は溜息を吐くと、摩耶達の方に向き直った。
「それで、摩耶はどれがいいんだ?」
「僕としてはどれもいいから、それで悩んでいるんだ……」
「そうだよね、『どれも』よかったもんね?」
意味深な笑みを浮かべる溝口に、摩耶は「何も言わないで!」とアイコンタクトを送る。
「それで、桐原君はどれがいいと思う?」
「ん~、そうだな……」
龍仁は3冊の本の表紙を見比べる。
どの表紙にも、それぞれの作品の主人公とヒロインの姿が描かれている。
どのキャラも服装はシンプルで派手さはないものの、どこか惹き込まれるような、そんな魅力を持った格好をしている。確かに、こんな服を着られたら楽しいのかもしれない。
「んー……パッと見た感じで、だけど、これかな」
そう言って龍仁は一冊を選ぶ。
戦争に敗れたことで祖国が亡国となった少年が、偶然出会った亜人の少女と世界を旅して回るという物語のライトノベル。全体的にコミカルなノリだが、所々に物悲しさを感じさせる独特の文章と世界観が話題になった作品だった。
「その心は?」
「んー、何となくだけど、ヒロインが摩耶に似てるんだよな」
「え?」
「ほうほう」
摩耶と同じく白髪で犬のような耳がついているヒロイン。性格の方も、人見知りは激しいが一度心を許せば途端に甘えてくる辺りは摩耶にそっくりであった。
「このキャラなら摩耶も思う存分なり切れるんじゃないかなって」
「なるほどなるほど」
「……」
「って、勝手に言っちゃったけど、摩耶はどう思う?」
「え、ぼ、僕か!?」
「あぁ、俺はこれがいいと思うんだが、摩耶がどうするか、だからな」
「ぼ、僕は……うん、龍仁がこれがいいって言うなら」
「と、いうワケでこれになったんだが」
「そうだね。摩耶さんもだけど主人公も桐原君にピッタリだもんね、これ」
「え、そうか?」
「……もしかして、ヒロインしか見てなかった?」
「だって、摩耶が参加するんだから、摩耶重視で見ないといけないだろ」
「……ま、そこが桐原君らしいけど。さて、これぐらいの衣装ならたぶん今週中にはできるかな。たしかイベントって再来週だよね」
「あぁ」
「それなら余裕はあるね。……せっかくだから椎名とフィーゼちゃんも出てみる?」
「え、いいの?」
「確かこの作品ってマスコットみたいな妖精さんとサブヒロインの子がいたよね。再来週まで時間あるなら衣装の用意はできるよ」
「じゃあ出る出る!出たいです!」
「私も、興味がある」
椎名とフィーゼは目を輝かせながら溝口に詰めよる。
「分かった。2人の分も作るから楽しみにしててね」
「溝口さんは出ないのか?」
「残念だけど、そのイベントの日って県外に出てるんだよね。彼氏に会いに行くために」
「そうなのか」
「うん、長期休みじゃないとお互い時間が作れないからね。会える時には会いに行かないと」
「そういや、溝口ってなんで遠距離恋愛になったんだっけ?」
「あー、その彼氏って私の幼馴染でね。中学2年まではずっと一緒にいて、恥ずかしながら将来も誓い合ったりしてたんだよね。でも、親の都合で中学3年になった時にあっちが引っ越しちゃってね。でも、お互い好きで別れたくなくて、遠距離恋愛になったんだ」
「へー……」
「大学に上がったらこっちに帰ってきてくれるって約束してるからね。それまでは待つことにしたんだ。時々は会いに行ってるから寂しくは……ううん、少しやっぱ寂しいかな。でも、私もアイツのこと信じてるから」
「……っていう設定じゃないよね?」
「ここまで喋らせといて失礼だな、椎名は!」
「いふぁふぁふぁふぁふぁ」
溝口は椎名の頬をぎりぎりと引っ張る。
「でもそこまで想い合える相手がいるのは羨ましいな。俺もそんな彼女欲しいよ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……何でみんなそんな残念そうなやつを見る目でこっちを見てるんだ?」
摩耶達4人は生暖かい目で、もしくはジトっとした目で龍仁を見ている。
「いやいや、エリザベスさんは?」
「エリーの気持ちは確かに嬉しいけどさ。恋人って言われるとピンと来ないんだよ」
「フィーゼちゃんは?」
「フィーゼは妹みたいなもんだし」
「クリーブランドさん」
「クリーブはただの親友だよ。向こうもそう思ってるだろ」
「じゃあ摩耶さん」
「摩耶も友達だよ。なぁ?」
「……あぁ、そうだな」
摩耶はまたもや不機嫌な表情でそっぽを向いてしまった。ついでに、フィーゼもプクッと頬を膨らませている。
「こりゃあ……うん、彼女なんて難しいだろうね」
「え、そんなに?」
「うん、断言する」
溝口が苦笑いしながらそう断言した。
「はいはーい、じゃあ私が彼女に立候補してもいいんだよー!」
「あ、それは遠慮します」
「即フラれた!?」
椎名はガシッと龍仁の肩を掴む。
「何で!?何か不満!?こんな美少女が彼女になるって言ってるのに!」
「いや、何というか……」
何やら言いづらそうにしていた龍仁だったが、開き直ったように笑いながら口を開いた。
「椎名さんが彼女になると、なんか面倒臭そう」
「面倒臭そう!?」
椎名はフラっとよろめくと、溝口に抱き着いて泣き出した。
「うわーん、溝口ぃ!今まで言われたことのない言葉でフラれたぁ!」
「椎名……」
溝口は椎名の頭を撫でると、龍仁と似たような表情で笑った。
「私も、桐原君に賛成かな」
「慰めてくれないの!?」
その後、フィーゼに飛びつこうとした椎名だったが、あっさり避けられて壁に激突し、ようやく大人しくなった。
「そういや、体は測らなくていいのか?」
溝口の用意したお菓子を貰いながら、龍仁はそう尋ねた。
「あ、そこは大丈夫。桐原君のデータはまだ残ってるし、摩耶さんの分は桐原君が来る前に測っちゃってるから」
「そうか?それならいいんだが」
「……もしかして、摩耶さんのスリーサイズ気になる?」
「……」
「あ、目が泳いでる」
着痩せするタイプなのか服の上からでは分かりづらかったが、これでも摩耶のスタイルはかなり良い。以前行った海で見た摩耶の水着姿でそれは嫌というほど分かっている。
だから、健全な男子である龍仁も実際の数字が気にならないといえば嘘になる。
それに、事故とはいえ直接摩耶の胸も見てしまったのだ。なおさら気になってしまう。
「……」
「龍仁?変なこと思い出してないだろうな」
「い、いや、何も思い出してない!思い出してないぞ!」
摩耶にギロリと睨まれ、龍仁は慌てて首を振る。
「むふふー、桐原君も男の子なんだねぇ」
「なんか腹立つからその顔やめてくれ、椎名さん。そういや、フィーゼは測らなくていいのか?」
「っと、そういえばフィーゼちゃんの服も作らないといけないから、フィーゼちゃんも測らないとね。忘れるところだった」
「私もか?」
「うん。だからちょっといいかな」
「私は構わない。……んしょ」
そう言うとフィーゼは急に服を脱ぎだす。
「ちょっ、フィーゼ!?」
「わぁ!まだ桐原君がいるから脱いじゃダメだよ!」
「何故だ?下着や裸は好きな相手であれば見せていいと椎名が教えてくれたぞ」
「椎~名~?」
「いだだだだだだだ!アイアンクローはやめて!」
「と、とにかく龍仁は部屋の外に出るんだ!」
摩耶に押し出される形で龍仁は部屋を追い出される。
「まったく、椎名は……フィーゼちゃんも。女の子なんだから無暗に男の子の前で脱がないこと。いいね?」
「むぅ、龍仁になら見られてもいいのに……」
「だからそういうことを言わないの。立派なレディになれなくなるよ」
「む、それは困る」
「ふへぇ……頭がまだ痛いよぉ……」
「自業自得でしょ。それよりも、桐原君待たせるのも悪いからパパっと済ませちゃお」
溝口は棚からメジャーを取り出すと、フィーゼの測定を始めるのだった。
「はぁ、ビックリした……」
溝口の部屋の前で龍仁は息を吐く。
以前は龍仁の前でも平然と着替えようとしていたのだが、最近はそういうのがめっきり減っていたので完全に油断していた。
いくらフィーゼが妹みたいな存在だといっても、あちらは龍仁に明確に好意を向けており、龍仁もそれを自覚してしまっている。だからこういったことがあると妙に意識してしまう。
「……とりあえず呼ばれるのを待つか……ん?」
何をして待とうかと考えようとした時、龍仁の携帯が鳴る。
画面に表示されていたのはクリーブランドの名前だった。
「もしもし?」
『あ、龍仁。今大丈夫か?』
「あぁ、たった今追い出されたところだから大丈夫だぞ」
『追い出された?』
「こっちの話だ。で、どうした?」
『あ、あぁ。今こっちの部活が終わったところなんだが、よかったら一緒に昼飯でも食べないか?』
「昼飯?」
『もしかして、もう食べちゃったか?』
「いや、まだだけど」
『じゃあ一緒に食べようぜ!妹達も一緒にだけどな』
「あー、ちょっと待ってくれ。確認取るから」
『確認?』
「今溝口さんの家に来てるんだ。それで、こっちの用事が終わらないことには動けないし、せっかくだから溝口さん達も誘おうかって思って」
『い、いいけど、今そっち何人いるんだ?』
「俺とフィーゼと溝口さんと椎名さんと摩耶で5人だな」
『計9人か……かなりの大所帯になるな』
「そこは席を分ければ大丈夫だろ」
「桐原君、フィーゼちゃんの測定終わったよ」
その時、溝口が部屋から顔を覗かせた。
「あ、ちょうどよかった。ちょっと待っててな、クリーブ。なぁ、溝口さん」
「どしたの?」
「クリーブが今から一緒に飯を食わないかって言ってるんだが、どうする?」
「お、いいね。そろそろお腹も減ってきたし、食べよ食べよ」
「了解。もしもし、クリーブ?待たせて悪い。一緒に食おうって話になった」
『分かった。どこにする?』
「よく行くファミレスで良いんじゃないか?あそこなら4人5人で分けられるだろ」
『分かった。時間はどうする?』
「あー、13時で良いんじゃないか?そっちもちょっと落ち着きたいだろ」
『分かった13時だな。それじゃ、また後で!』
通話が切れたのを確認し、龍仁は携帯をポケットにしまった。
「クリーブランドさん、なんて?」
「13時に学園近くのファミレスでってさ」
「そっか。それじゃ、もうちょっとしたら準備して出ようか」
龍仁は部屋に戻り、しばらく談笑してから出発するのだった。
「~♪」
「姉貴、なんかご機嫌だね」
「そ、そうか?」
デンバーの言う通り、クリーブランドはご機嫌そのものであった。
今は集合場所のファミレスへと向かう途中。クリーブランドは鼻唄交じりに今にもスキップしそうな勢いで歩いている。
「そりゃそうでしょ。夏休み入ってから部活で忙しくて中々兄貴に会えなかったし。そりゃテンションも上がるって」
「うっ……」
コロンビアの言葉が図星だったのか、クリーブランドは顔を赤くする。
「まぁ、僕達も兄貴には会いたかったからちょうどいいよ。姉貴以上に僕達も兄貴に会えてなかったし」
「モントピリア、寝言でも『兄貴に会いたい』って言ってたもんね。そりゃ、もう恋人が遠くに行っちゃった女の子みたいな感じで」
「え、それ本当か!?」
「ううん、冗談」
「デンバー!」
「あはは、ごめんってば」
じゃれ合う妹達をクリーブランドは微笑ましそうに眺める。
ふと、町を行き交う人混みに目を移す。
「……ん?」
クリーブランドの目にとある人物が映る。
その人物は――
「どうしたの、姉貴」
「え、あ、いや。あそこにフィーゼが……」
クリーブランドが再び目を向けると、すでにその姿は人混みの中へと消えていた。
「フィーゼちゃん?確か今兄貴達と一緒にいるんじゃ?」
「そう、だよな?」
見間違いか?とクリーブランドは首を傾げた。
だが、見間違いにしてはあまりにもそっくりであった。
「……ま、そっくりさんだろうな」
クリーブランドはそう言って、まだじゃれ合っている妹達を止めて目的地へと向かった。
合流した龍仁達はファミレスに入って二手に分かれた。
のだが……
「むぅ~」
「モントピリア、機嫌直して」
「兄貴と一緒が良かったのに……」
席分けは龍仁、クリーブランド、フィーゼ、摩耶と溝口、椎名、デンバー、コロンビア、モントピリアの2グループとなった。客の混み合いの関係上席も離れてしまい、龍仁とクリーブランド大好きなモントピリアは目に見えて不機嫌であった。
「仕方ないよ、このメンツだったらこういう分け方になるって」
「あ、あはは……何かゴメンね」
あまりにも不機嫌なモントピリアに、席分けを行った溝口と椎名は申し訳なさそうに笑うしかできなかった。2人はクリーブランド、フィーゼ、摩耶の事情を知っているので敢えてこういう分け方にしたのだが、妹ズのことを考慮できていなかった。
「気にしなくていいですよ、先輩方。モントピリアが勝手に不機嫌になってるだけなので」
「私達もそうだけど、何だかんだで姉貴と兄貴一番好きなのモントピリアだもんね」
「私達もって、えっとデンバーちゃんとコロンビアちゃん?もそうなの?」
「はい、だって姉貴と兄貴ですし!」
デンバーとコロンビアの笑顔からは、龍仁とクリーブランドへの無条件の好意が感じられた。本当に慕っているというのが痛いほど伝わってくる。
「へぇ、何でそこまで」
「うーん、姉貴は姉貴だし、兄貴は兄貴だから、かな?」
「どういうこと?」
「難しいんですよね、何て言えばいいか。姉貴はカッコイイし、兄貴も私達を可愛がってくれるから好きなんですけど、じゃあ他にカッコいい人がいたり、可愛がってくれる人がいたらその人のことを好きになるかって言われると、そうじゃないってなりますし」
「うんうん、だから姉貴は姉貴、兄貴は兄貴だから、って」
「なるほど」
難しい理由なんてない。クリーブランドと龍仁だから好きになった。彼女達の好意はどこまでもシンプルで純粋であった。
「まぁ、モントピリアはこれでも最初は兄貴を敵だと見なしてたけどね」
「だ、だからその話はもういいだろ!?」
「へぇ、その話詳しく」
何だかんだでこっちのグループは賑やかになった。
一方、龍仁達のグループは――
「それで、今日は何の用で溝口さんの家に行ってたんだ?」
「ん?あぁ、実は再来週に摩耶とコスプレイベントに出ることになってな。その衣装を溝口さんが作ってくれるっていうから、どういう衣装にするか決めるために集まってたんだよ」
「コスプレイベント?龍仁、そういうのに興味あったっけ?」
「んー、興味があったというか、摩耶が一緒に出ようって誘ってくれたから、かな」
「そ、そうか……私も出るべきかな」
「再来週は大会までの最後の追い込みだろ。そっちに集中しなって」
「うっ、それもそうか……でも、羨ましいな」
「クリーブランドさん、ちゃんと龍仁の写真も撮ってくるから」
「……頼んだ」
摩耶とクリーブランドは小さな声でそう約束するのだった。
「クリーブの方も凄かったらしいじゃないか、大会も順調に勝ち進んでるって」
「今年は妹達もいるからな。そう簡単には負けはしないさ」
「いやいや、負けないどころか今のところほとんどの試合で圧勝らしいじゃないか。それに、クリーブが大暴れしてるってニュースも入ってきてるぞ」
「お、大暴れって……」
星帰り祭の神子にもなったことで今年のクリーブランドは非常に注目度が高く、元々の実力の高さもあってニュースのスポーツコーナーでその活躍っぷりは大々的に報じられている。龍仁も、親友の活躍を見るのを毎朝の楽しみにしているぐらいだ。
「このままいけば……」
「あぁ、またあの学校と当たるな」
去年、クリーブランド達が惜しくも敗れた神桜高校。その学校もクリーブランド達に負けず劣らずの猛進劇を繰り広げており、このままいけば決勝で当たることとなる。
クリーブランドにとっては去年の雪辱を晴らすチャンスである。
「自信のほどはどうだ?」
「龍仁が応援に来てくれれば勝てそうな気がする」
クリーブランドは笑いながらそう言った。
そういう軽口が叩けるぐらいには余裕はあるようだった。
「そっか。こっちで大会があるから、俺も今年は応援に行けそうだ」
「お、期待してるぞ」
「そりゃこっちのセリフだ。っと、フィーゼ、口にソース付いてるぞ」
「ん」
「はいはい」
フィーゼは龍仁の方に顔を突き出す。龍仁は笑いながらお手拭きでフィーゼの顔を拭う。
「なんか、そうやってると龍仁ってホントにフィーゼのお兄さんみたいだよな」
「あぁ、シスコンって感じだ」
「妹じゃない。嫁だ」
フィーゼは可愛らしく抗議する。
「ウチの妹達にもそうだけど、龍仁って基本甘いからなぁ。世話焼きだし懐かれやすいからそう見えるのかもな」
「そういえば、この間初等部の子とも遊んでいたな。……龍仁、もしかしてお前、ロリコンだったりしないよな?」
「しねーよ。俺はノーマルだ」
「ロリコンの方が私には有利だから安心するのだが」
「そういう認識をどこで植え付けられてくるんだ?フィーゼ」
「青葉だ」
「よし、明日ちょっと青葉んち行ってくる」
「やめておけって。煽られるだけだぞ」
「ぐっ……」
こちらもこちらで賑やかであった。
「たまにはこういうのもいいね」
2時間ほどファミレスで昼食を取りながら談笑し、一行は店を出た。
「溝口さん、椎名さん、私の妹達の相手してくれてありがとう」
「私達も楽しかったから気にしないで」
「そうそう、色んな話聞けたし。特に、桐原君の」
「ふふふ、桐原君にもそんな可愛いところがあったなんてねぇ」
「お前ら、何の話をした!?」
デンバー達はサッと龍仁から目を逸らした。
「まぁまぁ。それで、そっちの席はどうだった?」
「あぁ、楽しかったぞ」
「ふっふっふ、席分けしっかり考えた甲斐があったよ。ね、クリーブランドさん、摩耶さん」
「……」
「……」
摩耶とクリーブランドは顔を赤くする。
それを見て溝口と椎名はさらに笑うのだった。
「それじゃ、ここで解散かな」
「そうだな」
「来週また集まろうか。その時までには衣装もできてるだろうから」
「分かった」
「それじゃ、兄貴。一緒に帰ろ」
モントピリアは龍仁の腕を掴むと、ぐいぐい引っ張った。
「いてててて!モントピリア、引っ張らなくても歩けるから!」
「……(ムッ)」
クリーブランドはムッとした表情でもう片方の龍仁の腕を掴む。
「ほら、行くぞ、龍仁」
「ちょっ、2人とも!歩けるからそんな引っ張るなって!」
モントピリアとクリーブランドに引きずられていく龍仁を、溝口と椎名は苦笑いしながら見送るのだった。
「んー、美味しい!」
佐々木歩はアイスクリームを堪能しながら町を歩いていた。
「歩は呑気だねぇ、仮にもアウェーだっていうのに」
飯田千鶴は幸せそうにアイスクリームを食べる友人を呆れた様子で見ていた。
「アウェーだろうが何だろうが、美味しいものは美味しいんだから仕方ないさ」
「……一応、敵情視察だってのを忘れないでしょね」
「忘れてないよ。でも、それはそれ、これはこれ」
「はぁ、いいけどさ……」
「でも……」
歩は最後の一口を平らげる。
「何かの偶然でクリーブランドさんに会えたらラッキーかな」
「歩ってば、ホントにクリーブランドさん大好きだね」
「そりゃそうだよ!だって私の永遠のライバルなんだから!」
歩は目を輝かせる。
「そのためにわざわざ敵情視察に名乗りを上げたんだから。明日になれば絶対に会えるけど、やっぱりこういう場面で会えた方が運命感じるじゃん」
「私、そういうのはよく分かんないな。ま、歩がそれがいいなら私は何も言わないけど」
「あぁ、どっか歩いてたりしないかなぁ」
「……ねぇ、あれじゃない?」
「あれ?」
千鶴の指さす先。そこには――
「あ、クリーブランドさんじゃないか!」
「周りにいるのは、確かクリーブランドさんの妹達だっけ」
「やっぱり私達は運命で繋がっているんだな!」
「はぁ、出た。ロマンチスト思考。でも、あの男子は誰だろう」
クリーブランドに引っ張られるように歩く男子。
何やら彼女と親しそうである。
「むっ、私のクリーブランドさんと何やら親しげだな。羨ましい」
「どうする?声かけてみる?」
「……ふむ、声をかけるのも面白そうだけど……」
歩は悪戯を思い付いた子供のように笑う。
「あ、よからぬことを考え付いた顔だ」と千鶴は察した。
「そうだな。今は……ちょっと後を付けてみようか」