「お疲れ様です、部長」
「あぁ、お疲れ」
神桜高校バスケ部部長のボルチモアは副部長の神崎沙苗からボトルを受け取る。
「部長、大丈夫ですか?やたら練習張り切ってましたけど。あんなに張り切るとこの後の練習がきついんじゃないですか?」
「ははっ、大丈夫さ。体力があることだけが取り柄だからな」
「その取り柄が凄いんですよ。女子バスケ部と女子テニス部掛け持ちして、どっちもちゃんと結果残してるって。私にはとてもじゃないけど真似できませんよ」
「結果を残してるっていっても、バスケ部は歩がいるおかげだし、テニス部だってブレマートンにはまだまだ勝てない。私なんてまだまだ未熟者さ」
「はぁ、相変わらず謙虚ですね。そこは胸を張って『自分は凄い!』って言ってもいいと思いますよ。歩もブレマートン先輩も規格外なだけで、部長だって十分凄いんですから」
「ありがとう、沙苗。でも、私自身未熟なのは確かだからさ」
「まぁ、自画自賛してる部長って想像できませんもんね」
ボルチモアはボトルに口を付ける。
中身を冷やしてくれていたのだろうか。レモン味の冷たいジュースがボルチモアの体に染み渡っていく。運動で熱くなった体がスゥッと落ち着く。
「それに、このまま行けば決勝で当たるのはあのアズールレーン学園だ」
「去年も決勝で当たった……でも、勝てたじゃないですか」
「確かに勝てた。だけど、ギリギリの勝負だった。紙一重で私達が負けてもおかしくなかった。そんな試合だったよ。沙苗もそれは知ってるはずだ」
「……」
「ウチには歩がいる。だけど、相手にもあのクリーブランドがいるし、今年は彼女の妹達もいて、着実に実績を出しているという。油断をしていれば、間違いなく負けるよ」
「だから視察に行かせたんですか」
「今年の決勝の舞台はあっちのホームになるからね。今の内に歩にもアウェーの空気には慣れてほしかったっていうのもある。それだけでだいぶ違うからな。本当は、私も行きたかったんだけど……」
「部長まで行っちゃったら誰がバスケ部まとめるんですか。言っておきますけど、私じゃ無理ですからね」
「そう言うな。次の部長は沙苗しかいないって思ってるんだから」
「そう言ってもらえるのは嬉しいですけども……歩じゃダメなんですか?実力で見れば歩の方が私よりもずっと高いですよ」
「歩は……うん、ほら、アレだから」
「……まぁ、アレですけども」
2人はバスケ部一の問題児のことを思い浮かべ、引き攣った笑いを浮かべた。
「……そう考えると、歩を視察に出して良かったんですかね。千鶴と一緒にしてるとはいえ、何か問題でも起こしたら……」
「……」
「ん?」
その時、沙苗の携帯にメールが届く。
送り主は、今話題にしていた歩からだった。
「誰からだ?」
「歩から、ですけど……」
嫌な予感を覚えながらも、沙苗はメールを開く。
そこには短くこう書かれていた。
『見学だけじゃ面白くないので、ちょっと相手にちょっかいかけてきます』
「……」
「……」
「……大事にならないことを祈ろうか」
「そうですね」
2人は半ば現実逃避しながらボトルの中身を飲み干すのだった。
「……」
嫌味な程に気持ちのいい爽やかな朝。
いつものように新聞を取りに郵便受けを覗いた龍仁は、微妙な表情で固まっていた。
彼の手に握られているのは一通の手紙。
その手紙にはこう書かれていた。
『名前は知らないけど、この家の男の子へ。
今日のお昼12時、アズールレーン学園体育館裏に1人で来てください。
来ないと泣いちゃうぞ』
「……何の悪戯だ、これ」
可愛らしくデコレーションなどもされていて、一見ラブレターにも見えるのだが、以前ヨルクが似たようなことをしてきたのを思い出し、悪戯目的であると何となく直感した。
「龍仁ー、新聞はまだかー?」
伊勢がひょいっと顔を覗かせる。
「あ、伊勢姉」
「ん?何だそりゃ……お、ラブレターか?」
伊勢が手紙を覗き込んでくる。
「いや、たぶん何かの悪戯。前、ヨルクに似たようなことされた」
「いやいや、分からんよ。今度は本物かもよ?」
「本物だとして、『名前は知らないけど』って書くか?普通」
「町で見かけて一目惚れして、そのまま家まで付いてきて手紙入れたのかもよ」
「一番こえーよ」
「で、どうするんだ?行くのか?」
「まぁ、行かないとな」
龍仁は頭をボリボリ搔きながらそう言った。
「でも悪戯なんだろ?」
「たぶん、悪戯目的ではあるだろうけど、待つつもりってのも確かだと思うんだよな、これ」
「へぇ、どうして?」
「何となく、勘。まぁ、相手が待ってて俺が行かなかったら相手が可哀そうだし、これで本当にただの悪戯で、誰も待ってなかったっていうならアホが一人騙されたってだけの話だしな」
「相変わらずお人好しだねぇ、龍仁は。そういうところ、私は好きだぞ」
「そういうのいいから」
「つれないねぇ。昔は私のこと大好きだって言ってたのにねぇ」
「その話は持ち出さなくていいから!ほら、新聞!」
龍仁は顔を赤くしながら乱暴に新聞を伊勢に手渡す。
伊勢は愉快そうに大笑いしながら、家の中へと戻っていった。
「~♪」
モントピリアは自分のシューズをご機嫌な様子で丹念に磨いていた。
「モントピリア、気合入ってるね」
「順調に試合も勝ち進んで、絶好調だからね。姉貴の活躍も凄いけど、モントピリアもかなり活躍してるし、そりゃ気合も入るってもんでしょ」
コロンビアとデンバーの言う通り、モントピリアの躍進は凄まじいものがあった。イノシシのように自ら突き進んだと思えば、まるで機械のような精度で味方のアシストもこなす。特にクリーブランドとの連携は芸術的とまで言われ、今年の高校バスケの選手の中でも注目度は恐らく上位に入るだろうといわれている。
「2人とも、何の話してるんだ?」
「モントピリアが絶好調って話」
「そ、そうかな。えへへ」
「まぁ、決勝まで行けば兄貴も見に来てくれるからね。なおさら気合も入るよね」
「うっ……た、確かに兄貴にはいいとこ見せたいけど……」
「でも、最近モントピリアも頑張りすぎじゃない?あんまり無理すると倒れちゃうよ」
「だよね。モントピリア、最近は休憩時間もずっと動いてるんだもん」
「大丈夫。そこは気を付けてるからさ。それに、今日はあの歩さんが見に来るんだ。気合入れていかないと!」
「それならいいけど……」
「……よし、終わり!」
モントピリアは磨き終わったシューズを手に取る。
大事に使い込まれていることが一目で分かるそのシューズ。一緒にこれまで駆け抜けてきたモントピリアの大事な相棒である。
「終わった?それじゃあ、そろそろご飯食べよう」
「そうだな……っと?」
立ち上がったモントピリアをふっと軽い立ち眩みが襲った。
「どうしたの、モントピリア」
「ん?あ、あぁ、何でもない。早く食べよう」
少し疲れてるのかな、と思いながらも特に気にせず、モントピリアはコロンビア達と一緒に昼食の支度を始めた。
「さて、ちょっと早く着いちゃったな」
時刻は11時30分。指定された時間まであと30分あった。
早めに来てたりしないかと思って先ほど体育館裏を覗いたがそんなこともなく。
龍仁は時間潰しで適当に校舎内をぶらぶらしていた。
夏休みということもあり、校舎内に生徒の姿はほとんどない。時々、部活動に励む生徒や教師とすれ違うぐらいだ。
知り合いと遭遇すれば時間を潰せるかと思っていたが、中々うまくは行かないようだ。
「まぁ、歩くだけでも十分か」
そう呟きながら歩いている時だった。
「むっ、龍仁か」
「あら、龍仁ちゃん」
「あ、副会長、愛宕先輩」
廊下の向こうから高雄と愛宕が歩いてくる。
「どうしたんだ、補習か?」
「いえ、ちょっと呼び出しを受けまして」
「呼び出し?先生からか?」
「それが誰からかってのは不明というか何というか……」
「あらあら、もしかしてラブレター?告白かしら?でもそうなると摩耶ちゃんちょっと出遅れちゃったわね……どうしようかしら」
「愛宕、お前はまた……」
「ラブレターでもないですし、俺と摩耶はそういうのじゃないですよ。ただの友達です」
「……ふむ、それはそれで摩耶が不憫だな」
「何の話です?」
「いや、こっちの話だ。それはそうと……」
高雄は龍仁の肩をポンと叩く。
「摩耶のこと、感謝しているぞ。龍仁のおかげで友人も増えて、以前よりも摩耶は明るくなった。家に帰ってからも学校のことを楽しそうに喋るようになったんだ」
「そうそう、龍仁ちゃんのことも嬉しそうに話すわよ」
「そ、そうですか……」
それを聞いて龍仁は少しだけくすぐったい気持ちになる。
「……でも、それは摩耶が自分で踏み込んでいったからです。俺は特に何もしてませんよ」
「一歩を踏み込むのにも勇気がいる。その勇気を摩耶にくれたのは、間違いなく君だ」
「そうよ。だから私達も感謝してるのよ。ありがとう、龍仁ちゃん」
「……はい」
2人からは本当に摩耶を大切にしている気持ちが伝わってくる。
だから、龍仁も遠慮せずにその感謝を受け取ることにした。
「これで龍仁ちゃんが摩耶ちゃんとくっついてくれたら言うことなしなんだけどね」
「いや、だからそれは……」
「あら、摩耶ちゃんって身内贔屓抜きにしても可愛いと思うのだけど?」
「確かに摩耶は可愛いと思いますし、一緒にいて楽しいですけども」
「それならいいじゃない!ほら、お姉さんも手伝ってあげるから、ね?ね?」
「それぐらいにしておけ、愛宕。龍仁が困っているだろ」
「あん、もう一押しぐらいだったのに」
頬を膨らませる愛宕に、龍仁は苦笑いをした。
押しの強さは相変わらずのようだった。
「ところで、お二人は今日は?」
「拙者は生徒会の仕事だ。夏休みでもやることはあるのでな。愛宕の方は先週の件の罰で生徒会の雑用をさせている」
「先週?」
「……愛宕……だけじゃないんだが、柔道場を文字通り穴だらけにしてだな……他にも2人いたんだが、そっちは逃げて連絡もつかないからとりあえず愛宕だけ、というわけだ」
「ふふ、赤城さんに大鳳さん、私にだけ押し付けて逃げるなんて、覚えておきなさいよ……」
笑ってはいるが目が笑っていない愛宕に、龍仁は背筋が凍りそうになるのを感じた。
「ところで、その呼び出しとやらは大丈夫なのか?」
「え、あ、もうこんな時間だ」
気付けば12時まであと5分であった。
「そろそろ行きます!それじゃ!」
龍仁は慌てて走って行く。
高雄と愛宕はその後ろ姿を見送った。
「……本当に、摩耶はいい友人を持ったな」
「えぇ、そのまま家族になってくれれば、お姉さんも嬉しいんだけどね」
「だからお前は……まぁ、いい。とりあえず行くぞ。作業はまだ残ってるんだからな」
「は~い」
そう言って2人もその場を後にするのだった。
「ふぅ、ギリギリだったな」
12時直前。龍仁は体育館裏の手前まで来ていた。
「さて、と。誰が待ってるんだろう」
龍仁は体育館裏をひょいっと覗く。
すると、そこには見慣れない制服の女子が2人いた。
「……あの人達か?」
他にそれらしい人影は見えない。
ふと、一方の女子がこちらに気付く。
「あ、歩。あの人じゃない?」
「むっ?お、本当だ。おーい、こっちだ!」
もう一方の女子が龍仁に手を振る。
龍仁は少しだけ警戒しながら2人に近付いた。
「いやぁ、ホントに来てくれたんだね。もしかしたら悪戯だって思われて来ないんじゃないかって心配してたんだよ」
「実際悪戯みたいなもんでしょ」
「うん、悪戯だろうなって思ったけど、もしも本当に待ってたらさすがに気の毒だと思ってさ。誰もいなくてドッキリ大成功、とかだったらアホが一人騙されただけで済むし」
「……君、お人好しってよく言われない?」
「たまに言われる。それで?君達は?どっかで会ったっけ?」
「おっとそうだった。自己紹介しないとな」
そう言って2人は姿勢を正す。
「私は佐々木歩だ」
「私は飯田千鶴よ」
「佐々木歩?って、もしかして神桜高校バスケ部の?」
「おや、私を知っていたのか?光栄だな」
「そりゃ、有名人だしな。重桜の高校バスケ界きっての天才って」
佐々木歩。その名前は去年の高校バスケ全国大会で全国に轟いた。
全知全能がバスケのために捧げられたかのような神がかったプレイに、全国の少年少女は目を奪われた。クリーブランドとの激戦はまさに高校バスケ界の伝説である。
「それに、クリーブのライバルだって言われてたしな。そりゃ、嫌でも覚えるさ」
「そう、それ!」
歩はビシッと龍仁を指さす。
「君、やたら私のクリーブランドさんと仲が良さそうだったけど、どういう関係なんだ?」
「私のクリーブランド?」
龍仁は千鶴の方を見る。
千鶴は半ば諦めたような目で「こういう残念な子だから」と言った。
「いや、どういう関係も何も、ただの幼馴染で友人だけど」
「幼馴染!くぅ、羨ましい!」
「……そうか?」
「君はその立場だから何とも思わないかもしれないが、私からすれば嫉妬で狂いそうなぐらいに恵まれた境遇なんだぞ!考えてもみてくれ、あのクリーブランドさんだぞ!まさにバスケの神に愛されたかのような美しい動き、判断力。あぁ、どれを取ってみても素晴らしいの一言に尽きる。去年私達が勝てたのもまさに奇跡としか言いようがない、あのクリーブランドさんの幼馴染だなんて、もしも神が許してくれるなら私がなりたいぐらいだ!」
「お、おう?」
あまりの剣幕に、龍仁は気付いたら後退していた。
「ごめんね。いつもはアホだけどクリーブランドさんのことになるともっとアホになっちゃうの」
「そ、そうか……」
達観したような千鶴の表情。恐らく、歩に振り回されることには慣れているのだろう。
「現地視察でこっちに来たら町中でクリーブランドさんを見かけて……その時に一緒にいたのが君だったんだ。それで、私のクリーブランドさんとあんなにベッタリしてるのが何者なのかって気になって、家までつけていって手紙を入れたってワケさ」
「……ホントにこんなアホでごめんね。えーっと……」
「桐原龍仁だ」
「うん、龍仁君だね。ホントごめん」
「気にしないでいいよ。別に迷惑被ったわけじゃないから」
「ほらな、本人もこう言ってるんだから気にする必要はないさ」
「あんたはもっと気にして、歩」
千鶴は「はぁ」と溜息を吐いた。
「それで、結局用事は何だったんだ?」
「むっ、用事か?君とクリーブランドさんの関係を聞きたかったというのが用事といえば用事だが……ふむ、済んでしまったな」
「……それだけの用事だったら、家までついてきたついでにそこで話をすればよかったんじゃないか?お茶ぐらい出したのに」
「そ、そんな……まだよく知らない男子の家に上がるなんて、緊張するじゃないか……」
歩はもじもじしながらそう言った。
少しだけドキッとしてしまったのが、龍仁には少しだけ悔しかった。
「頭のネジは飛んでるくせに、毎度変なところで乙女なんだから。ま、今日はここのバスケ部の練習の見学申し込んでてね。何かあった時に校舎内の案内を頼める人が欲しかったの。だから、話をするついでにそれを頼もうかなって」
「それは構わないんだが、俺達初対面だろ?もしも俺が見返りに変なの要求するような男だったらどうするんだよ」
「それなら大丈夫だ!クリーブランドさんと親しい人間が悪人であるはずがない!」
「……と、まぁこんな感じ。私もちょっと心配はしたんだけど、実際会って君が悪い人間じゃなさそうってのは分かったから。もしもそういう人だったら遠慮なくぶっ飛ばしてたけどね」
笑顔の千鶴だったが、その言葉が虚勢などではないことは不思議と伝わってきた。
「ところで、その見学は何時からなんだ?」
「1時からだ。あと30分ぐらいあるな」
「そっか。そんでもって、入校許可証は貰ったのか?見たところ、身に着けてないけど」
「入校許可証?何だそれ」
「……もしかして、ここに入るのに必要だったりする?」
「……部外者が入るには必要なんだけど、事務室の前通る時に何か言われなかった?」
「いや、その……近いと思ってそこのフェンス飛び越えて入ったから……」
学校を囲うようにそびえ立つ高さ5mほどのフェンス。確かに、頑張れば登れないこともないだろうが、わざわざ登って入る奇特な人間もそうそういないだろう。そんな人間が今龍仁の目の前にいるのが問題なのだが。
「……」
「……」
「……」
「……とりあえず、人がいないうちにもう一回フェンス飛び越えてから、正面玄関まで来てくれ。そっから俺が案内するから」
「……ありがとう」
それから歩と千鶴は見事としか言いようのない身のこなしでフェンスを飛び越え、正面玄関で龍仁と落ち合うのだった。
「いやぁ、助かったよ、龍仁君。危うく追い出されるところだった」
事務室で許可証を受け取った歩は、大笑いしながら龍仁の背中をバシバシ叩いた。
「俺を呼び出さなけりゃ、普通に正面玄関から入って何事もなかったんじゃないか?」
「いや、たぶん面倒臭いから呼び出さなくても体育館裏のフェンスから入ってたと思う」
「……」
「うん、歩の言う通り。たぶん、それで敷地内に入ってたよ」
龍仁がいなかったらどうなっていたことか。正直想像したくなかった。
「にしても、ウチのバスケ部はよく見学を許したな。それも、一番のライバル校のエースに」
「交換条件でウチのバスケ部の練習も見せるって約束をしているんだ。もちろん、お互いに奥の手だけは見せないだろうけどね」
「それでも、基礎練習を見るだけでも得られることが多いから。そういった意味ではウィンウィンの取引だよ。偵察って意味合いもあるけど、私個人としてここのバスケ部がどういう練習をしているのかって見るのは凄く楽しみ」
千鶴は真顔のままそう言ったが、目が子供のようにキラキラ輝いていた。
「……歩が暴走しないように監視するって約目じゃなければ最高だったんだけど」
「はははっ、いつも千鶴には感謝してるよ。おかげで私も頭を冷やせるからな」
「はぁ……私がいなくても頭を冷やせるようになってくれたらいいんだけど」
何だかんだで相性は良さそうな2人であった。
「ところで、龍仁君とクリーブランドさんって本当にただの友達?」
千鶴が龍仁の顔を覗き込みながらそう尋ねてきた。
「ん?そうだけど、どうして?」
「ううん、昨日見た時、友達というかそれ以上の親密さを感じたから」
「まぁ、10年以上一緒にいるからな。友達というか親友というか」
「恋人とかではないの?」
「恋人!?」
何故か歩が過剰反応を示す。
血走った眼をしながら龍仁の肩をガシッと掴んできた。
「こ、こここここ恋人なのか、君は!私のクリーブランドさんと!?」
「落ち着いて、歩。あんたのクリーブランドさんでもないから。で、そこはどうなの?」
「恋人でもないぞ。本当にただの友人。ま、クリーブが彼女だったら楽しいかもなって思うことは確かにあるけどな」
「やはり!君は危険だ!ある意味で私のライバルになるな!」
「だから落ち着きなさいってば」
「……なぁ、千鶴さん。歩さんって、もしかして……」
「えっと……」
「あぁ、勘違いしてもらっては困るぞ」
「そ、そうだよな。てっきり、百合の気でもあるのかと……」
「私は男も女もどっちもいけるからな!いわゆる両刀使いだ!」
何故か胸を張って高らかにそう言う歩。
龍仁が千鶴を見ると、千鶴は「残念なことに」と頷いた。
「あぁ、だがこれでも私は理想が高いからな。軟弱な男など論外だし、女性であっても強い人が好みだ!その点ではクリーブランドさんはまさに私の理想と言えるんだ!あ、でも千鶴ならウェルカムだぞ。いつも一緒にいてくれるからな」
「お断り。私はノーマルなの」
「……」
「どうしたの、龍仁君。なんか遠くを見てるけど」
「ん?あぁ、歩さんに既視感を覚えてたからさ。何かなって思ってたんだけど、やっと分かった。俺の同級生にそっくりなんだ」
歩とは口調は違うが、纏っている(残念な)雰囲気が龍仁の同級生である椎名にそっくりであった。初対面だが妙に一緒にいて落ち着くと思ったら、それが原因なようだ。
「その子もあんな感じ?」
「あんな感じだ」
「……?どうしたんだ、2人とも。そんな残念な人を見るような目で私を見て」
「その通りよ」
千鶴は何度目か分からない溜息を吐き、龍仁も苦笑いしか浮かべられなかった。
「それはそうと、君は本当にクリーブランドさんの恋人ではないのだな?」
歩がズイッと龍仁に詰め寄る。
「本当に違うって。何なら今日本人に会って確認すればいいよ」
「ふむ、それもそうだな……」
「……昨日の様子だと、龍仁君にその気はなくてもクリーブランドさんにはその気がありそうだけどね」
「ん?千鶴さん、何か言った?」
「いえ、何も。それより、そろそろ時間だから行きましょ」
「お、そうだな。それじゃ龍仁君、案内を頼む」
「へいへい」
龍仁の案内で3人は第一体育館へと向かう。
気さくに龍仁に話しかける歩の後ろで、千鶴は何かを考え込んでいた。
「……さて、龍仁君を使ってクリーブランドさんに揺さぶりをかけられるか、はたまた発破をかけちゃうか……ちゃんと見極めないとね」
「あれ、龍仁?」
「よっ、クリーブ」
龍仁達が第一体育館に入ると、すぐにクリーブランドが気付いて駆け寄ってくる。
「珍しいな、龍仁が来るなんて。どうしたんだ?」
「ちょっと道案内をな」
「道案内?」
「お、おぉ……」
龍仁の後ろでは歩が目を輝かせている。
「あれ、そっちの2人って……」
「久しぶりだな!クリーブランドさん!」
我慢できなくなったのか、歩はバッと走り出し、クリーブランドの手をガシッと握った。
「あ、やっぱり!佐々木さんじゃないか!今日が見学だったな、待ってたぞ」
「私も今日を楽しみにしていたぞ!あぁ、こんな近くでクリーブランドさんを見られるなんて感激だ……!」
歩はこれ以上ないぐらいに目を血走らせていたが、幸いそれにクリーブランドが気付くことはなかった。
「えっと、そっちの人は……」
「飯田千鶴よ。よろしく」
「千鶴さんか。2人とも、ちょっと待っててくれ。部長と話をしてくるから」
そう言うとクリーブランドは走り去っていく。
歩はその後ろ姿をポーっと見送っていた。
「……なぁ、千鶴」
「何?」
「私、しばらく手を洗えないかも」
「ちゃんと洗ってよね」
「あれ、兄貴?どうしたんだ?」
モントピリア達も龍仁に気付いて駆け寄ってくる。
「珍しいね。もしかして、バスケ部に入部するとか?」
「違う違う。ほらこの人達」
「……あ、もしかして!」
「佐々木歩さん!」
さすが有名人というだけあり、モントピリア達はすぐに歩に気付く。
その声で他の人達も歩に気付き、次々と駆け寄ってくる。
ライバル校の人間とはいえ、やはり高校バスケ界のスター選手。憧れを抱く人は多いようである。いつの間にか歩の周囲には人だかりができていた。
その人だかりを、龍仁と千鶴は少し離れた場所から見ていた。
「凄い人気だな」
「そりゃ、バスケやっててクリーブランドさんとウチの歩に憧れてない高校生なんてほとんどいないだろうし。そういった意味では、今その2人が揃ってるこの空間って実は凄いのかもね」
「千鶴さんも歩さんに憧れてバスケを?」
「私?私は歩とは幼馴染。昔からずっと一緒にいて、気付いたら私もそのままバスケ部入ってたの。歩への憧れは……まぁ、あるっちゃあるけど、それ以上に歩を放っておけないってのが、バスケ部に入った理由かな。私がどうにかしないと、ボルチモア先輩の胃に穴が開きそうだし」
「……苦労してるんだな」
「今日はかなり大人しい方だよ。暴れる時は凄いからね……ところで、龍仁君は部活してないの?それこそ、バスケとか。クリーブランドさんと一緒にいると、バスケしたくなるんじゃない?」
「俺か?俺は……帰宅部だし、特にバスケがしたいとも思ったことはないな。クリーブとバスケをしてたのも小学生ぐらいの時までで、それ以降は軽く練習に付き合ったことがあるぐらいだな。体動かすのは好きだけど、スポーツに興味があるかって言われたら微妙だし」
「ふーん、いい体してるのに、もったいないなぁ」
「たまに言われるよ」
「はいはい、みんなそこまでそこまで」
その時、女子バスケ部部長が駆け寄ってきて、歩に群がる部員達を追い払う。
「ごめんね、歩さん。騒がしくて」
「いえ、ちやほやされるのは大好きですから!それで、えーっと……」
「あぁ、私が女子バスケ部部長の園田汐里。今日はよろしくね」
「佐々木歩だ。こちらこそ色々勉強させてもらうよ」
そう言うと2人は握手を交わす。
「ところで龍仁君はどうするの?この後予定とかある?」
「俺?特に予定はないけど……」
「それじゃ、一緒に見ていかない?ここで会ったのも何かの縁ってことで」
「んー、そうだな。クリーブ達の練習見る機会とかこういう時ぐらいしかないだろうし、せっかくだから見ていくか」
「決まりね。それじゃ、私も部長さんと挨拶してくるね」
そう言うと千鶴も部長の方へと走って行った。
「あれ、兄貴も見ていくの?」
コロンビアが龍仁にそう尋ねる。
「あぁ、せっかくだからな」
「ふぅん、それなら私達も兄貴にいいとこ見せるために張り切らないとね!」
「ははっ、期待してるよ。……ん?」
ふと、龍仁はモントピリアの方を見た。
「なぁ、モントピリア」
「ん、どうしたんだ、兄貴」
「なんか、顔色おかしくないか?」
「顔色?」
モントピリアは自分の顔をぺちぺち叩く。
コロンビアとデンバーもモントピリアの顔を覗き込む。
「どっかおかしいか?」
「うーん、そうは見えないけど……」
「うん、普通じゃない?」
「そうか?なんかいつもと違う気がしたんだが……」
龍仁には、モントピリアの顔色が悪いように見えた。
「気のせいじゃないか?兄貴、心配性だから」
「それならいいんだが……無理だけはするなよ?」
「分かってるよ。それじゃ、ちゃんと僕達のこと見ててくれ」
モントピリア達はそのまま走り去っていく。
龍仁は少しの不安を覚えながら、その後ろ姿を見送った。
「さて、と。今日は前々から言っていた通り、お客さんが来てるからね。いいところを見せようって張り切るのはいいけど、あんまり無茶しちゃダメだからね。できればいつも通り。それが一番みんなカッコいいんだから」
「「はい!」」
「よし、それじゃ各自準備運動始めちゃって」
汐里がそう言うと部員達はそれぞれ準備運動を開始する。
龍仁達はその様子を壁際で見ていた。
「ふむ、丁寧に準備運動をするのだな」
歩は感心したようにそう言った。
「準備運動なんてどこも一緒なんじゃないのか?」
「いや、練習を早く始めようとして準備運動を疎かにするところも珍しくはない。たかが準備運動、されど準備運動。準備運動を丁寧にすることで、その後の練習の効果も全然変わってくるんだ」
「へぇ……」
そういえば伊勢や日向も準備運動はしっかりしろと言っていたことを、龍仁はふと思い出していた。
「その辺はさすがだな。よく分かっているようだ」
「最近ウチでも準備運動早めに切り上げて練習始めようとする子いるからね。ちゃんと私達の方から注意しないとね」
「そういうもんなのか」
「龍仁君は部活やっていないのか?」
「千鶴さんにも言ったけど、俺は帰宅部。一応家で格闘技を週一で習ってるぐらいだな」
「ふぅん、もったいないな。思わずそそるような肉体してるのに」
「その言い方やめてくれ」
そんな会話をしていると、いつの間にやら準備運動が終わったようで、走り込みなどの基礎練習へと移った。
「基礎練習も丁寧だな。これはいい選手が育つわけだ」
「そうなのか?」
「どれだけ技術を叩き込もうとしても、結局それを扱うのはその人の体次第だもの。まずは体作りをしないと、技術を磨いたところで体がついてこないのよ。龍仁君、格闘技を習ってるって言ってたわよね。心当たりはあるんじゃない?」
「そういや、あるな」
「そういうことよ」
「なるほどな」
基礎練習をしばらく行った後、ようやく部員達がボールを触り出す。
それでも特別な練習は行わず、ひたすら基本を繰り返す練習を続けていた。
一見すると地味な練習風景だったが、歩と千鶴は興味深そうにそれを眺めている。
「やっぱこういうのって、見てるだけで実力分かったりするのか?」
「そうだね。戦術とかでも変わってくるから完全に把握できるってワケじゃないけど、個人個人のスキルとかはある程度分かるな」
「うん。やっぱり強豪なだけあって全体的にみんな動きがいいけど、やっぱりクリーブランドさんが飛び抜けてるね。それに、部長さんもかなりレベル高いし、あそこの3人ってクリーブランドさんの妹さんだよね?あの子達も凄いね。ウチにもあのレベルの選手は中々いないよ」
「そうなのか」
大事な友人とその妹達を褒められて、龍仁も悪い気はしなかった。
「あの子達が妹なのか……つまり、あの子達からいつか義姉さんと呼ばれる日が……ハァハァ……」
「ないから涎拭きなさい。誰かに見られないうちに」
興奮した様子の歩に、千鶴は冷たい言葉を言い放つ。
「ところで……」
千鶴は龍仁の袖をクイッと引く。
「あの耳みたいな髪型してる子なんだけど……」
「あぁ、モントピリアか」
「えぇ、あの子大丈夫?その、何て言えばいいか……ちょっと動きがおかしい気がするんだけど。あ、ヘタとかじゃなくて、調子が悪そうって……」
「やっぱそう見えるか?」
龍仁もモントピリアの方を見る。
一見普通に練習しているのだが、どこか違和感を覚える。
「俺も、さっき話した時に顔色悪そうだなって思ったんだが……本人が大丈夫だって言い張ってな。気のせいかなって思ったんだが、千鶴さんもそう思うってことは、やっぱり調子が悪いのか」
「ダメじゃない、そういう時は無理矢理でもちゃんと休ませなきゃ」
「そ、そうだよな。ちょっと部長さんに話してくる」
そういって龍仁は立ち上がり、部長の方へと駆けていく。
「すみません、部長さん」
「ん、あっ、桐原君。どうしたの?」
「えっと、モントピリアなんですけど」
「モントピリアちゃんがどうかした?」
「ちょっと調子悪そうというか、そう見えたもんで」
「ホントに?ちょっと、モントピリアちゃん」
「何ですか、部長」
「ちょっとこっち来てくれる?」
「え、あ、はい」
モントピリアは練習を中断して龍仁と部長の方へと駆け寄ってくる。
「どうかしましたか」
「……ホントだね、ちょっと顔色悪いね」
部長はモントピリアの顔を見てそう言った。
龍仁とさっき話した時よりも明らかに顔色が悪くなっている。
「ねぇ、モントピリアちゃん。もしかして体調悪い?」
「え?……ぼ、僕は大丈夫です!」
「本当か、モントピリア」
「うっ……」
モントピリアは龍仁にジッと見られて、思わず言葉を濁らせる。
「……ごめんなさい、部長。実はさっきから体の様子がおかしいんです」
「もう、ダメじゃない、そういう時は早めに言ってくれないと。何かあってからじゃ遅いんだよ。今回は桐原君が気付いてくれたから良かったけど、気付かなくて倒れられたりしたら、それこそみんなに迷惑かかっちゃう」
「……ごめんなさい」
部長に叱られ、モントピリアはシュンと小さくなる。
「いや、俺もすみません。本当は練習前にモントピリアの様子がおかしいって思ってたんですが、気のせいだと思っちゃって……その時点で部長さんに言うべきでしたね」
「ううん、こうやって声をかけてくれただけでもありがたいよ。ありがとう、桐原君」
「お礼なら千鶴さんに言ってください。モントピリアの調子がおかしいって言ってくれたのは千鶴さんでしたから」
「そっか。それじゃあ後でお礼言いに行かないと。とりあえず、モントピリアさんは休んでて。今日はそれが君の仕事。いいね?」
「……はい」
「とりあえず一緒に座っとこうぜ。それとも、保健室で寝ておくか?」
「ううん、兄貴と一緒に座っとくよ。寝るぐらいキツイってワケじゃないから」
「そっか。でもキツくなったらすぐ言えよ。そん時は抱えて保健室連れて行ってやるから」
「……」
「それもいいな、とか考えるんじゃないぞ。そうならないのが一番なんだからな」
「……うん」
そんなやり取りをしながら龍仁はモントピリアを連れて歩達のところへ戻ってきた。
それに気付いたクリーブランドやデンバー、コロンビアが部長のところに駆け寄り、話を聞いているようだった。
「おっ、ちゃんと聞き入れてもらえたんだね」
「あぁ、倒れる前で良かったよ。ホントありがとう、千鶴さん」
「お礼はいいって。ただのお節介だったんだから。んで、あなたがモントピリアさん?」
「あ、はい」
「よく知ってるよ。大会でも今年期待の1年生って話題になってるからね」
「うむ、私も君のことはよく知っている。将来の義妹の一人としてちゃんと把握しているからな」
「え、義妹?」
「モントピリア、この人の言うことはあまり気にしないでいい」
「は、はぁ……」
「ま、とりあえず座って座って」
千鶴の言う通りに、龍仁とモントピリアは腰を下ろす。
「……歩さんも来てるし、兄貴もいたからいいところを見せたかったんだけどな」
モントピリアはポツリとそう呟いた。
「最初兄貴に言われた時は本当に何ともなかったんだけど、途中から少しずつ苦しくなってきて、でも大丈夫だと思って何も言わなかったんだけど……やっぱり、バレちゃったな」
「バレてよかったよ。倒れたら大事だった」
「うん、心配かけてごめんね、兄貴」
「心配なんていくらでもしてやる。だけど、無理して自分を壊すことだけはするな。そんな心配だけは俺もしたくない」
「……うん。でも、こんな大事な日に体調崩しちゃうなんて、カッコ悪いな、僕」
龍仁は落ち込むモントピリアの頭をそっと撫でた。
「むしろカッコ悪かったのが今日で良かったじゃないか。本番でカッコいいところを見せればいいんだからさ」
「そうよ、モントピリアさん。本番で全力が出せなかった、なんてなったら悔やんでも悔やみきれなくなるわ。だから、今は休んで。必ず来る決勝の舞台であなたのカッコいいところを見せて。ね?」
「……ありがとう、兄貴、千鶴さん」
「むぅ……」
歩は不満そうに唸り声を上げる。
「どうしたのよ、歩」
「いや、2人に言いたいことを全部言われて、将来の義姉としてかけるべき言葉が見つからないんだ」
「モントピリアさんはあなたの義妹になる予定はないから、素直に諦めなさい」
「やだ!私もお義姉さんらしいことしたいんだ!」
「……えっと、兄貴?」
「気にするな。うん、気にしちゃダメだぞ」
駄々を捏ねる歩に困惑するモントピリア。
龍仁は「気にするな」としか声をかけられなかった。
「……でも」
モントピリアは龍仁に寄りかかる。
「ちょっと安心した。今日、兄貴がいてくれて。うん、安心した」
「そうだな。そういう意味では、呼び出ししてきた歩さんに感謝かな」
「ふふん、どういたしまして」
「結果論だから素直に感謝を受けづらいんだけどね……」
「……昔を思い出すよ。ほら、僕が熱で倒れた時」
「あぁ、あったな。俺の目の前でぶっ倒れられて。確かあの時って、『姉貴を取り返す!』って俺を空き地に呼び出したんだよな。熱が38.5度もあったのに」
「そ、そうだったな……あ、あははは……」
「どういう状況なのよ……」
「……ずっと兄貴にはキツく当たってたのに、倒れた僕を兄貴は必死に看病してくれて、傍にいてくれて……あの時、ようやく姉貴が兄貴を気に入った理由が分かったような気がして」
朦朧とする意識の中でずっと傍にいてくれた龍仁の温もり。それを、モントピリアは今でも鮮明に思い出すことができる。
「それからだったよな。モントピリアが俺を兄貴なんて呼ぶようになったの」
「うん、兄貴なら信用できるって、あの時分かったから……」
「ふぅん、何か、龍仁君ってモントピリアさんのお兄さんみたいだね」
「まぁ、小さい頃からずっと一緒にいるからな」
「くっ、今の私の義姉パワーでは龍仁君のお兄ちゃんパワーに勝てないか……!だが、まだチャンスはいくらでもあるはず……!」
「だから無駄だから諦めさないって。ほら、大人しく練習見てなさい」
悔しそうにワナワナと震える歩に、千鶴は呆れたようにそう言った。
「モントピリアさん、こんなに大事にしてくれるお兄さんがいるんだから、もっと体を大事にして、余計な心配はかけちゃダメだよ」
「……分かりました」
「よろしい。それじゃ、一緒に練習を見ましょう。見るだけでも学べることは多いから」
「はい」
4人は一緒にバスケ部の練習を見るのだった。
その間も、モントピリアは龍仁にピッタリ寄りかかったままであった。
そして休憩時間。
「モントピリア、大丈夫か?」
クリーブランド、コロンビア、デンバーの3人は真っ先にモントピリアのところに来た。
「うん、だいぶ落ち着いてきた」
「そっか。ごめんな、気付かなくて」
「うん、兄貴が顔色おかしいって言った時点で私達も気付くべきだったね」
「気にしないで。それより、僕も心配かけてごめん」
「気にするな。心配するのが姉である私の役目なんだからさ」
クリーブランドはそう言ってモントピリアの頭を撫でる。
「うん……ありがとう、姉貴」
「っと、部長から聞いたよ。千鶴さんが見つけてくれたんだって?モントピリアの姉として、そして同じバスケ部員の仲間として感謝させてくれ、ありがとう」
「ううん、龍仁君にも言ったけど、ただのお節介だから。気にしないで」
「くっ、私の方が先に気付いていれば、クリーブランドさんといい雰囲気になれたというのに……!何故気付かなかったんだ、さっきの私は!」
「……千鶴さん、歩さんは何を悔しそうに頭抱えてるんだ?」
「クリーブランドさんは知る必要のないことよ。てか知っちゃダメ」
クリーブランドは首を傾げた。
「ところで、モントピリア」
「どうしたんだ、デンバー」
「練習中チラッと見てたんだけどさ、モントピリアってば、兄貴にべったり甘えてたよね」
「んなっ!」
ニヤニヤするデンバーに、顔を赤くするモントピリア。
「あ、それ私も見てた。ちょっといいなぁって思っちゃったかな」
コロンビアもデンバーに乗っかる。
「そ、そんな!甘えてなんてないぞ!」
「「いや、甘えてたね」」
デンバーとコロンビアが揃ってそう言った。
何も言っていないが、羨ましそうな表情を見せるクリーブランドの様子からして、彼女の目にもそう映っていたようである。
「うぅ……」
「別にいいじゃないか。こういう時ぐらいはさ」
「龍仁って、ホント妹達には甘いな……」
「だってしょうがないだろ。可愛いんだから」
「はぅっ」
「あぅ……」
「も、もう!兄貴ってば!」
コロンビア、モントピリア、デンバーの3人は揃って顔を赤くする。
「……龍仁君ってば、もしかして誑し?」
千鶴が悪戯っぽい笑みを浮かべながらそう尋ねてくる。
「いや、そんなことはないんだが」
「いや、あるな」
「あるね」
「あるよ」
「ある」
クリーブランド達4人は口を揃えた。
「お前ら……」
「だって、フィーゼとかエリザベスさんとか」
「エリザベスさん?って、もしかしてクイーン・エリザベス様?10年前の恋人を追いかけて重桜に来たって話は聞いたけど、その恋人ってもしかして龍仁君!?」
「いや、恋人は誇張されすぎだろ。友達だ友達」
「でもエリザベスさんは龍仁大好きじゃないか」
「へぇ、そうなんだ?」
事実なだけに龍仁はニヤニヤ笑う千鶴に何も言えなかった。
「でも、そんな誑しだったら私も気を付けないとね。龍仁君、結構好みだから油断してると誑し込まれちゃうかも」
「「「「「え?」」」」」
歩やクリーブランド達は目を見開いて千鶴を見る。
「いや、千鶴さん。そういう冗談は……」
「あら?冗談に見えるかしら?」
千鶴は悪戯を仕掛ける子供のような目で龍仁を見る。それだけで「場をかき乱す」目的でそう言ったのはすぐに分かった。龍仁も「うん、見える」と言おうとしたのだが……。
「龍仁……?」
「「「兄貴……?」」」
「龍仁君?」
クリーブランド達がジトっとした目で龍仁を睨む。
龍仁は慌てて千鶴を指さしながら声を上げる。
「いや、よく見ろ!千鶴さん、完全に悪戯目的で冗談で言ってるから!」
「冗談なんて酷いわ……こんな気持ちになったの初めてなのに……」
「ややこしくなるようなことを言わないでくれ!お願いだから!」
クリーブランド達の追及がまさに始まろうとした時だった。
「はーい、そろそろ休憩終わり。みんな、集まってー」
ちょうどいいタイミングで休憩時間が終わった。
「むぅ……兄貴、後でしっかり話は聞かせてもらうからね」
クリーブランド達は警戒するように龍仁を見ながら、部長の下へと向かうのだった。
龍仁は大きく息を吐く。
「まったく、千鶴さん、変な冗談はやめてくれ」
「あはは、ごめんね、龍仁君。ちょっとからかいたくなって」
「何?冗談だったのか?」
歩は目をぱちくりさせる。
「冗談だって、さすがに今日会ったばかりの人にアタックするほど見境なくはないよ、私は」
「うむ、そうだよな。私の千鶴が私以外を見るわけがないもんな」
「言っておくけど、歩は最初から対象外だからね」
「千鶴さん、クリーブ達にも後でちゃんと言ってくれよ。じゃないと俺がエライ目に遭う」
「うん、分かってる。……でも、予想以上に効果ありそうだね、これは」
「何がだ?」
「ううん、こっちの話だから気にしないで」
千鶴の呟きに龍仁は首を傾げた。
その時、モントピリアが龍仁にピタッと密着する。
「……えぇっと、モントピリア?」
「……兄貴が他の女にデレデレしてるのは面白くない」
「いや、デレデレしてないからな」
「……」
しかし、モントピリアはぶすっとした表情のまま、ずっと龍仁にぴったりとくっついているのだった。
その後は練習も本格的になっていき、歩と千鶴の目の輝きも一層増していった。
齧った程度しかバスケをやったことのない龍仁にもそのレベルの高さは伝わってくるほどで、個人個人のプレイや選手同士の連携など、どれをとっても見事としか言いようがなかった。
おかげで歩が途中で「私も参加する!参加したい!」などと言い出し、千鶴がそれを止めるのに必死になっていたが。
最初は自分も練習に行きたいと言っていたモントピリアだったが、外から見ることで分かることもあったようで、途中からはバスケ部の練習を真剣な顔で見ていた。
そして、時間はあっという間に過ぎていき――
「はーい、今日の練習は終わり!」
部長がそう声を上げると、部員達の空気が緩む。が、すぐに部長の下へとみんなが集まる。この辺りの団結力もさすがである。
そして、軽いミーティングと反省会が始まる。
「ふむ、練習の時点であれだけ見事な動きと連携があったのに、まだまだ課題点を見つけ出して隙をなくしていくのか……凄い向上心だ」
「歩にも見習わせたいわね」
「ははっ、耳が痛い」
「あ、歩さん、千鶴さん、ちょっといいかな」
部長が2人を呼ぶ。
「はい、なんですか?」
「うん、できればでいいんだけどさ、私達の練習を見てて気付いたこととか改善した方が良いことを教えてほしくて。外の人の意見って、かなり貴重だから」
「それぐらいならお安い御用だ」
「そうね、私から見た限りだと――」
歩と千鶴は気付いたことをそのまま伝えていく。
その言葉の中には目から鱗のこともあったようで、バスケ部員たちは驚きながらも真剣にその言葉に耳を傾けていた。
「――とまぁ、こんな感じかな」
「なるほど……参考になった、ありがとう」
「これぐらい何てことないさ。せっかくのライバルだ。私達も全力で戦いたい」
「そう言ってもらえるとこっちも身が引き締まるよ。それじゃあ、2人とも今日はわざわざ来てくれてありがとう。来週はこっちがお世話になるけど、その時はよろしくね」
「うむ、待っているぞ」
「えぇ」
「そういえば部長、ウチからは誰が行くんですか?結局決まってませんでしたよね」
「そうなんだよね……自分が行きたいって手を上げる人が多くて……」
「ふむ……」
歩はチラッとクリーブランド、そして龍仁を見る。
「それなら、私達が指名してもいいだろうか。是非とも我が校のバスケ部を見てもらいたい人がいるんだ」
「それは光栄だよ。それで、誰をご指名?」
「まずはクリーブランドさん。そして彼女の妹さん達」
「おっ、ウチのエース達をご指名?まぁ、そっちもエースが来てくれたから、いいかもね」
「本当に私達で良いのか?」
「もちろんだ!クリーブランドさん達なら私達も大歓迎だ!」
クリーブランドはそう言われて緊張した様子を見せながらも嬉しそうであった。
歩は千鶴と目を合わせる。千鶴は「いいと思うよ」といったアイコンタクトを送る。
「それと、バスケ部には関係ないがもう一人招待したい」
「バスケ部と関係ない?」
歩と千鶴は龍仁の方へと歩く。
「ん、どうしたんだ?2人とも」
「龍仁君」
「な、何だ?」
妙なプレッシャーを感じ、龍仁は思わず息を呑む。
「来週、君も我が校に来てくれないか」
「……は?」
突然のことに、龍仁は面食らった顔をするしかできなかった。
アズールレーンロイヤル支部。
「お疲れ様です、ウォースパイト様。お茶をお持ちいたしました」
「ありがとう、シェフィ」
ウォースパイトはシェフィールドからカップを受け取ると、ゆっくり口を付ける。
「ふぅ……」
「大変そうですね」
「本当に大変よ。終わらせても終わらせてもやることが出てくるんだもの。でも、弱気になんてなっていられないわ。ヴァリアント様も必死に働いていらっしゃいますし、何より、陛下はずっとこれを1人でこなしてきたのよ。私達がやらなくてどうするというの」
「使命感を持つのは大事なことです。ですが、それで無理をして倒れればそれだけ周囲に迷惑がかかります。それだけは心得てくださいませ」
「……そうね。気を付けるわ、シェフィ」
ウォースパイトはカップをそっと置く。
「……陛下は、楽しくやっているのかしら」
「報告書を拝見させていただいた限りでは、とても充実した日々を送っているそうです。ただ、意中の相手が中々手強いらしく、その辺りで愚痴を漏らすことも多いそうですね」
「ふふっ、それは何よりだわ。フッドとアーク・ロイヤル……特にアーク・ロイヤルは大丈夫かしら?」
「今のところはアーク・ロイヤル様も問題は起こしていないようです。フッド様の監視も万全なようで。……ただ、少しだけ怪しい動きがあったそうですが」
「はぁ、本当にあの人は……」
「……ふふっ」
その時、シェフィールドがおかしそうに笑った。
「あら、シェフィが笑うなんて珍しいわね」
「そうでしょうか。……昔を思い出したからでしょうかね」
「シェフィに指揮官がいた頃の話かしら?」
「えぇ。あの頃からアーク・ロイヤル様は問題ばかり起こして、その度に指揮官様が慌てたように動き回って……ホントに、おかしな毎日を送っていたものです」
「……昔からあぁだったのね、あの人」
「本当に、楽しい日々でした……」
シェフィールドは、懐かしむような、寂しそうな、そんな顔をする。
彼女の脳裏には、慌ただしくも楽しかった日々が浮かんでいた。
「……でも、正直私も長期休暇ぐらい欲しいわね何ならパーッと旅行にでも行きたいわ」
「行かれますか?」
「……へっ?」
ウォースパイトはキョトンとした目でシェフィールドを見る。
「実は近いうちに職員を増員するという話がありまして。そうなればウォースパイト様の負担もかなり軽減できるはずです。そうすれば、長い間は無理でも短期間の旅行ぐらいはできるかと思います」
「ほ、本当に!?」
「えぇ、本当です」
「よし、それを聞いて俄然やる気が湧いてきたわ!一気に仕事終わらせちゃうわよ!」
ウォースパイトはウキウキしながら書類に向かっていく。
「やる気を出すのは構いませんが、くれぐれも体調にはお気を付けて」
「分かってるわ。よーし、やるわよ!」
ウォースパイトは凄まじい勢いで書類を片付けていく。
なお、ウォースパイトが旅行に行けるようになるまで4ヶ月ほどかかるのだが、それはまた別のお話で。