「おおおおおお!」
フィーゼは窓の外を見ながら目を輝かせていた。
龍仁達一行は今新幹線に乗って、目的地である神桜高校のある町を目指していた。
フィーゼにとっては初めての新幹線。飛ぶように過ぎていく窓の景色に釘付けだった。
「フィーゼ、面白いか?」
「実に面白い!この過ぎ去っていく景色、まるで空を飛んでいるかのようだ!」
「そっか。それなら連れてきた甲斐があった」
夏休みの間、フィーゼと仲のいい睦月と如月は旅行に行くという。それで龍仁までクリーブランド達について行くと、フィーゼが置いてけぼりになってしまう。だから龍仁も千鶴に頼み込んでフィーゼも一緒に連れて来ることにした。
フィーゼが楽しめるか少し心配だったが、彼女の様子を見る限り連れてきて正解だったようだ。
「新幹線の中から見る景色とはこのような感じなんですね」
シリアスも窓の外を見てフィーゼと同じように目を輝かせている。
「シリアスさんも新幹線乗るの初めて?」
「はい、初めてです」
「でも、ロイヤルにも新幹線というか高速列車ってあったよな?乗ったことないのか?」
「はい……中々乗る機会がなくて……なので、何というか、気分が高揚します」
「ってことは、エリーも乗ったことないのか」
「そうですね。陛下も遠出は王家専用の車両を使われていましたし」
「あー、だからエリーも『新幹線の写真撮ってきて!』とか言ってたのか」
「陛下も一緒ならよかったのですが……」
「それは仕方ないさ。その分、土産話をたくさんできるようにしようぜ」
エリザベスも旅で色んな物を見たり経験をしたかったのだろう。だが、彼女自身の事情でそれが叶わなかった。エリザベス本人も、龍仁自身も、それが残念でならなかった。だから、龍仁自身が色々な物を見て、経験して、エリザベスに語り聞かせようと決めていた。彼女はいつだって龍仁の話を聞くのが大好きだったから。
「っと、私達ばっかり楽しんで、龍仁様は退屈ではありませんか?」
「ん?いや、フィーゼとシリアスさんが楽しそうにしてるのを見てるだけでも、こっちも楽しくなるよ」
「本当ですか?」
「あぁ、だからシリアスさんも俺に気を遣わずに楽しんでよ。一応、暇潰し用の本も持ってきてるし」
「そ、それでは……」
「見てくれ、シリアス!あそこに妙な建物があるぞ!」
「え、あ、本当ですね!」
シリアスとフィーゼは再び窓の外を見て楽しそうにはしゃぎ始めた。
龍仁はその様子を見て静かに微笑むのだった。
一方その頃――
「むー……」
クリーブランドは龍仁達の座る方をしきりに気にしていた。
妹達と話していても、不意に気になってどうしてもそっちの方を覗き込んでしまう。
「姉貴、やっぱり兄貴の方が気になる?」
デンバーがニヤニヤしながらクリーブランドにそう言った。
「ふぇっ!?そ、そんなんじゃなくて!」
慌てて首を振るクリーブランドだったが、妹達はみんな彼女の心の中を見透かしているかのようにニヤニヤと笑っている。
「……うん、気になる」
「だよねぇ。兄貴、『姉妹でいた方が安心するだろ』って気を遣ってこういう席分けにしてくれたけど、姉貴としては兄貴と一緒にいたかっただろうしね」
「意地悪とかじゃなくて、善意100%でそれをやっちゃうのがさすが兄貴というか……」
「まぁ、姉貴が兄貴に対して何のアクションも起こさないのも悪いんだけども」
「うぐっ」
新幹線の席の構造上、龍仁達は3人と4人で分ける必要があったのだが、龍仁が「気を利かせて」クリーブランド姉妹を一まとめにしてしまった。クリーブランドとしては龍仁と一緒にいたかったのだが、それを言う勇気もなく、龍仁の厚意に従うしかなかった。
「でも、見てる限りフィーゼもシリアスさんも外に夢中で、兄貴フリーだね」
「あそこに姉貴が行けば、兄貴を独り占めできそうなのにねー」
「そ、それは……」
確かに大チャンスなのだが、あからさますぎて恥ずかしいという気持ちの方が、クリーブランドには強かった。いつも強気なのに変なところで乙女なのが彼女の魅力ではあるのだが、それが裏目に出ることが多いのが、妹達含め周囲から見ているとモヤモヤするところでもあった。
「……それじゃ、私が行こうかな、兄貴のところに」
「あ、ズルい!私も行きたいよ!」
デンバーとコロンビアはクリーブランドをチラッと見ながらそう言った。
クリーブランドは「えっ!?」と声をあげた。
「せっかく兄貴のところ席が一つ空いてるんだし、私も兄貴とおしゃべりしたいからね」
「姉貴が行かないなら、私達が行こうかなって。姉貴が行かないなら、ね。最近あんまり兄貴に甘えられてないから、こういう時に甘えないとね」
「うぅ~」
デンバーとコロンビアがからかっているのは分かる。だが、クリーブランドが行かなければ本当にこの2人のどちらかが行くだろうし、たとえ妹であっても龍仁が他の女の子に甘えられてるのを見せつけられるのは、クリーブランドとしても胸がモヤモヤしてしまう。
「さぁ、どうする姉貴」
「このままだと私達で決めちゃうよ?」
「……そ、それなら」
「じゃあ僕が行ってくる」
「「「えっ」」」
モントピリアがスッと立ち上がる。
デンバーとコロンビアは慌てて彼女を引き留めた。
(ちょっ、ちょっと!モントピリア!何さり気なく行こうとしてるの!)
(え、だって誰も行こうとしないから)
(今、姉貴が兄貴のところに行けるようにお膳立てしてたの!もうちょっとで姉貴が動きそうだったんだから、ここは我慢して!)
(ぼ、僕だって兄貴のところに行きたいのに……)
(それは私達も一緒だけど!姉貴のために!ね?)
クリーブランドのためと言われては、モントピリアも我慢せざるを得ない。
「うぅ~」と唸りながらもモントピリアは大人しく座った。
「……というワケで、姉貴どうぞ」
「姉貴……僕の分まで兄貴によろしくお願いする……」
「今のモントピリアを見てると凄く行きづらいんだが」
「気にしないで、姉貴。ほら、行って行って」
ここまでお膳立てされたら、クリーブランドも行くしかなかった。
少し戸惑いながらも立ち上がり、龍仁達のいる方へと向かう。
「ん?どうした、クリーブ」
「いや、その……ちょっとこっちからの景色も見たいなぁって」
「景色?クリーブがいた席と変わらないと思うぞ?」
「そ、そうだっけか?あははは……」
「まぁ、いいや。せっかく来たんだったら座っていけよ。ちょうど話し相手が欲しかったところだ」
「そ、それじゃあ、遠慮なく……」
コロンビア達は「ぎこちなさすぎる!」と胸中でツッコミを入れたが、そんなクリーブランドの態度に対して深くは考えない龍仁の性格に感謝するのだった。
しばらくはぎこちなかったクリーブランドだったが、次第に落ち着きを取り戻し、目的地に着くまで龍仁と会話を楽しむのであった。
◇◇◇
「えーっと、千鶴さん達がお出迎えしてくれるって話だったけど……」
一行は新幹線を降り、改札口を出ると辺りを見渡した。
夏休みということもあり人が多く、その中から目的の人物を探すのは少々骨が折れた。
「あ、いたいた!」
すると、聞き覚えのある声と共にこちらに駆け寄ってくる人影があった。
「あ、歩さん、千鶴さん」
「待っていたぞ、クリーブランドさん!」
こちらに駆け寄ってきたのは千鶴と歩、そして少々大人びた雰囲気の少女であった。
「いらっしゃい!って、わぁ!龍仁君、この人が龍仁君のメイドさん?」
「あぁ、シリアスさんだ」
「初めまして。ご主人様のメイドを務めさせていただいております、シリアスです」
「すごーい!コスプレのメイドさんは何度か見たけど、本物は初めて!何というか、オーラが違うね!」
「そんな、私なんてまだまだ未熟です。その……失敗も多くて……」
「ドジっ子属性まで持っているとは……完璧すぎる」
千鶴は物珍しそうにシリアスを観察していた。
「それで、その子は」
「連れのフィーゼだ。今日はありがとうな。連れてきてもいいって言ってくれて」
「半ば強引に君を誘ったのは私達だ。それぐらい気にしなくていい。にしても、ふむ……まるで西洋人形だな。何とも愛らしい」
「だろ?俺の可愛い妹みたいなもんだ」
「違う、嫁だ」
「……へ?」
「嫁だ」
歩はフィーゼの言葉にポカンとする。
「あー、いつもこんな感じだからあんまり気にしないでくれ」
「あ、あぁ……えーっと、龍仁君はその、そういう趣味というワケではないんだよな?」
「違う違う。断じて違う」
「むー」
何やら視線で抗議してくるフィーゼを、龍仁はスルーした。
「そうそう、それでこの人が私達の部長の……って、部長?」
「……」
部長――ボルチモアはほんのり頬を赤く染め、ポーっとしたように龍仁の方を見ていた。
その視線に気付き、龍仁も首を傾げる。
「部長?部長ってば」
「……ハッ!?ど、どうした!」
「どうした、じゃありませんよ。どうしたんですか、ボーっとして」
「い、いや、何でもない!そ、それで、何だっけ?」
「ほら、自己紹介を」
「あ、あぁ。そうだったな。神桜高校バスケ部の部長、ボルチモアだ。今回はよく来てくれたな、歓迎する」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「去年以来だな、クリーブランドさん。今年の活躍もこっちに届いているし、ライバルながら尊敬するよ」
「いえ、ボルチモアさんの方も凄いじゃないですか。両方で結果を残すなんて、私にはとてもじゃないけど真似できませんよ」
「それだけが取り柄だからね、私は」
そう言ってボルチモアとクリーブランドは握手を交わす。
ボルチモアを見て龍仁は千鶴にこそっと話しかける。
「なぁ、千鶴さん」
「どうしたの、龍仁君」
「その、俺の記憶が正しければボルチモアさんってテニス部じゃなかった?少し前にテニスの大会で結果残してたのを見た覚えがあるんだけど」
「うん。部長、テニス部も掛け持ちしてるから」
「バスケ部の部長で、テニスの方でもちゃんと実績があるって、凄いな」
「部長、スポーツは万能だからね。時間があるなら他の部活も掛け持ちしたかった、って言うぐらいには」
龍仁はボルチモアの方を見る。確かに、服から覗く腕や脚には細身ながらも健康的な筋肉が見える。いかにもスポーツをしている、といった肉付きであった。
「おっ、龍仁君は部長みたいなスポーティーな感じが好きなのかな?」
千鶴はニヤッとしながら龍仁にそう言った。
「あ、いや。単に綺麗な体してるなって思って」
「あ、そんな目で部長見てたんだ。やーらしー」
「え、あっ!ち、ちがっ!そういう意味じゃなくて!」
「……どうしたんですか、ボルチモアさん。プルプル震えて」
「い、いや、何でもない」
龍仁の言葉が耳に届いていたボルチモアは、顔を赤くしながらも、緩む頬を締めるので必死になっていた。
それを見ていた歩は、「ふむ」と頷く。
「とりあえず宿泊場所に案内しよう。ここで喋っていても通る人の邪魔になるし、クリーブランドさん達の荷物も置いていった方が楽だろう」
「それもそうだな。それじゃ、ついてきてくれ。案内する」
ボルチモアが先頭に立ち、一行は歩き出す。
一番後ろを歩く千鶴と歩は、ひそひそと話し始めた。
「千鶴、部長はいい感じだな」
「予想通りというか、予想以上ね。一目惚れってやつかしら」
「うむ、後は龍仁君次第だが……さて、どうなることやら」
「歩さん、何か俺のこと呼んだ?」
「いや、何でもない気にしないでくれ」
「はぁ……」
その後、一行はバスに乗り、15分ほど走ったところで目的のホテルに着くのだった。
◇◇◇
ホテルに入り、チェックインを済ませた龍仁達。
だが、一つ大きな問題が発生した。
「……部屋割り、どうする?」
千鶴達は特に気にせずに、部屋を3人、2人、2人の3部屋で取っていた。
だが、1人だけ男子ということが頭から完全に抜け落ちていた。
「どうするって……今から3人、3人、2人か1人の部屋に変えてもらえないのか?そうすれば俺が1人で部屋に入れるけど……」
「えっと、他の部屋がほとんど埋まっちゃってて、変えられないんだってさ」
「……」
クリーブランド達の視線が龍仁に集まる。
部屋割り次第では彼と2人っきりになれるのだ。嫌でも期待してしまう。
「……どう、しようか?」
「それなら私が龍仁と一緒の部屋になろう」
「いえ、私もご主人様の護衛という任務が」
「私達も兄貴と一緒の部屋がいいなぁ。ね、姉貴」
「そ、そこで私に振るな!」
わーわーと騒ぐクリーブランド達。
龍仁は困ったように千鶴達を見た。
「ご、ごめんね、龍仁君。ほら、ウチって男子がいないからそういうの完全に忘れちゃってて……」
「いや、そこは仕方ないからいいんだけど、これ、どうしようか……」
「ここは無難にグーチョキパーで決めたらどうだ?」
「懐かしいな、それ。でも、一番楽そうだな」
「だろ?」
「そんじゃさっそく……おーい」
龍仁はクリーブランド達を呼び、歩の言った通りの方法で部屋割りを決めた。
その結果――
「えへへ、よろしくね、兄貴」
「あぁ、よろしく、コロンビア」
部屋割りはクリーブランドとフィーゼとシリアス、モントピリアとデンバー、そして龍仁とコロンビアになった。
嬉しそうに笑うコロンビアを、クリーブランド達は羨望の眼差しで見つめている。
龍仁自身もコロンビアを可愛がっているので、心なしか嬉しそうであった。
「さて、部屋割りも決まったことだし、とりあえず荷物置いてきたらどうだ?そこから一緒に食事にでも行こう」
「そうだな。んじゃ、行こうか、コロンビア」
「うん!」
先に歩き出す龍仁とコロンビア。
クリーブランド達はまだ「あの時チョキを出していれば……!」などと悔しがっていたが、今更どうすることも出来ないので、諦めて部屋へと向かうのだった。
◇◇◇
一行は再びバスに揺られ、町へと案内された。
辿り着いた場所は、思わず息を呑むほどに巨大なアーケード街。
近くには有名な城が建っており、遠目ながらも綺麗にその姿が見えた。
夏休みということもあり、アーケード街は人で溢れかえっている。
「はえー、凄いな」
「ウチにもアーケード街はあるけど、こんな大きくはなかったよな」
「でしょでしょ。お城もそうだけど、このアーケード街もこの町に名物だからね」
「さ、そろそろ行こう。もうすぐで店も混む時間だ」
また歩き出す一行。
しばらく歩いて辿り着いた先は――
「……お弁当屋さん?」
見た感じ、よくあるお弁当屋のような建物だった。
「あぁ、弁当屋だけど、食堂も兼ねているんだ。中で買った弁当をそのまま食べてもいいし、料理を注文してもOK。そこそこ安くて量もあるし、何より美味しいから人気なんだ」
「へぇ。オススメは?」
「私はラーメンかなぁ」
「私はカツ丼だ」
「うぅ、どっちも魅力的……」
「とりあえず中に入ろう。そこで決めればいい」
一行は店の中に入る。
確かに中には弁当やお惣菜などが並んでいたが、その奥には食堂のようなスペースが設けられていた。
龍仁達は場所取りをしてから券売機の前に並ぶ。
「うー、ラーメンかカツ丼……どっちにしよう」
「カツ丼かぁ……クリーブと俺で両方頼んで分け合うってのもありなんだが、カツ丼は玉ネギがなぁ……」
「龍仁君、玉ネギダメなのか?」
「恥ずかしながら、ネギ類は苦手なんだよ……」
「それならこっちの特カツ丼を頼むといい。玉ネギ入ってないから」
「お、本当か?それじゃ、クリーブ。クリーブがラーメン頼んで、俺がカツ丼頼むから、分け合おうぜ」
「ほ、本当か!」
「その代わり、ラーメンもネギ抜きで頼む」
「分かった」
券売機でそれぞれ注文し、龍仁達は席へと戻る。
龍仁の隣にはクリーブランドが。そして、その反対側にはボルチモアが座る。
「ボルチモアさんのそれは何ですか?」
「これか?これは野菜炒めだ」
黒い鉄板の上に盛り付けられた、タレが絡んだ野菜と肉。
ジュージューという音とタレの香りが食欲をそそる。
「へぇ、そっちも美味しそうですね」
「……そ、それなら少し分けようか?」
「え、いいんですか?」
「見ての通り、結構な量がある。少しぐらいなら大丈夫だ。そ、その代わりなんだが……君のカツ丼も少し分けてくれないか?」
「いいですよ。それじゃ、ちょっと取り皿取ってきますね」
そう言って龍仁は取り皿を貰いに立ち上がる。
ボルチモアはそんな龍仁を熱っぽい視線で見つめていた。
「ほほう。部長、いつも頼むカツ丼を頼まないからおかしいと思ったら」
「なるほどなるほど。意外と積極的ですね」
「な、何の話だ!?」
ニヤニヤ笑う歩と千鶴に、ボルチモアは顔を真っ赤にする。
「いやいや、部長ならもしかしてと思ったけど、予想以上でしたよ」
「千鶴がそういう話をした時は半信半疑だったけど、まさかその通りだったとは」
「だ、だから何の話だ!」
「……ぶっちゃけ、一目惚れですよね?」
千鶴に耳元でそう囁かれてボルチモアは口をパクパクさせるが、言葉が出てこない。
「いやぁ、部長って意外と乙女ですね。最初は気になる程度で少しずつって思ってたんですが、まさか一目見て落ちちゃうなんて。さすがに予想できませんでしたよ」
「うぅ……」
ボルチモアは頭から湯気が出るのではないかというぐらいに顔を赤くする。
「い、いや。でも、まだ彼がどういう人なのかが分からないから、その……好きとかそういうのじゃなくて……と、とにかく落ちてはないぞ!」
「どうかしましたか、ボルチモアさん」
取り皿を取って戻ってきた龍仁が、ニヤついている千鶴や歩、慌てているボルチモアに首を傾げていた。
「い、いや!何でもない!」
「そうですか?顔も赤いですけど……」
「ちょ、ちょっと暑かったから」
「確かに最近は暑いですけど……それなら無理はしないでくださいね」
「あ、ありがとう……」
「ちょっと待ってくださいね。今分けますから」
そう言って龍仁はボルチモアに分ける分を取り皿に盛る。
「はい、ボルチモアさん」
「ありがとう……それじゃあ、こっちも……」
ボルチモアも取り皿に盛り、龍仁に渡す。
「それじゃ、いただきます」
さっそく龍仁はカツ丼に手を出す。
「……あ、美味しい」
トロっとした卵にサクサクのカツが閉じられており、味も濃いめでご飯が進む。
量も多めであり、これで500円だというのだから驚きだった。
「クリーブ、食ってみろよ。旨いぞ」
「うん、ラーメンも美味しいから龍仁も食べてみて」
2人は器を交換すると、一口食べる。
ラーメンの方は豚骨ベースのスープに焦がしニンニクが入っており、味も香りも楽しめる一品だった。
「お、本当に旨いな、このラーメン」
「こっちのカツ丼も美味しかったぞ。これでこの値段なら最高だな」
2人は相手に器を戻し、食事を再開する。
「……なぁ、千鶴。私の見間違いじゃなければ今、クリーブランドさんと龍仁君が間接キスみたいなことをしてた気がするんだが」
「うん、あれは実質間接キスみたいなものだったね」
「ん?どうした、千鶴さん、歩さん」
「その、気にしないの?お互いに器直接交換って」
「……何を気にするんだ?」
「小さい頃からこんな感じだったし、今更だもんな」
「クリーブランドさんはそういうのを気にしないのか!それじゃあ、私のとも交換を!」
「あ、ごめん、歩さん。もう全部食べちゃった」
「というか、歩も全部食べ終わってるよね」
「な、何ということだ……」
歩はガックリと項垂れた。
「……」
「部長、ちょっと残念だなぁって思ってますね?」
「んなっ!?」
ボルチモアは思わず箸を落としかけた。
「な、何を残念がることがあるんだ!?」
「え、ここで言っていいんですか?」
「あー、やっぱり言わなくていい!」
「部長って分かりやすいんですから、変に誤魔化さなくていいんですよ」
「ぐぬ……」
「?何が残念だったんですか?」
「何でもない!気にしないで!ほら、町の案内もしたいから早く食べよう!」
一気に食べるスピードを上げるボルチモアに、首を傾げながらも龍仁も残りを食べるのだった。
昼食後はアーケード街を案内されながら歩き回った。
主にスポーツショップを見て回り、龍仁達の地元とはまた違う品揃えにクリーブランド達は大興奮していた。シリアスもバスケをするようなのでクリーブランド達に混ざって楽しんでおり、フィーゼはフィーゼで新しい町の風景に心を躍らせていた。
そうこうして楽しんでいると、いつの間にか時間は夕方になっていた。
◇◇◇
「それじゃあ、明日の昼前にまた迎えに来る」
ホテルの前でボルチモアは龍仁達にそう言った。
「今日はありがとう、ボルチモアさん」
「いや、本番は明日だ。だからお礼はその時に、部員のみんなに言ってあげてくれ」
「それもそうですね。明日、楽しみにしています!」
「あぁ、期待していてくれ。それじゃあ」
そう言ってボルチモア達は帰ろうとする。
「あっ……」
ふと、ボルチモアは足を止め、龍仁の方を見る。
「?どうしました?」
「え、あ、いや……その……」
何かを言いたそうな、というよりもまだ龍仁と話していたい。そんな様子でモジモジするボルチモア。だが、首を横に振って微笑む。
「こ、こっちは女子校だけども、気負わなくていいからな。それだけだ」
「……まぁ、頑張ってみます」
そして今度こそボルチモア達は去っていった。
「とりあえず飯が用意されてるみたいだから、行こうか」
「そうだな」
ボルチモア達の後姿を見送ってから、龍仁達はホテルの中へと入っていった。
◇◇◇
「今日はいい物を見せてもらったよ、部長」
「中々に乙女でしたねぇ」
バスの中、ボルチモアは歩と千鶴にからかわれていた。
ボルチモア自身、ここまで自分を見失いかけるとは思わなかった。
ホテル前で別れる時、龍仁が他の女子と一緒の部屋になることを考えてしまい、思わず足を止めてしまった。もしも人目がなければ、自分でも何をしていたか分からない。
「こりゃ、副部長も他の部員も驚くかもな」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!他の人には絶対に言わないでくれ!」
「いや、言わなくても部長のその様子だとみんな嫌でも気付くと思いますよ?」
「うっ……」
千鶴の言う通り、今の浮かれ具合を隠せる自信はボルチモアにはなかった。
「ま、その時はその時で。部長のファンクラブはどう反応するか分かんないですけど、他の部員は喜ぶと思いますよ。部長に春が来たって」
「あとは、練習に影響が出なければ大丈夫かな。それさえなければ、部員達のモチベーションに繋がるだろうし」
「それがモチベーションになるのも何か嫌だけど、浮かれすぎないように努力はする……」
「お願いしますね、部長」
ボルチモアはその後も、頭から離れないあの男子の姿に、ドキドキするのをどうしても止めることができなかった。
◇◇◇
夕食を食べた後、龍仁達はホテルの温泉に入り、そしてそれぞれの部屋に戻っていった。
部屋に戻る際に、龍仁とコロンビアに対するクリーブランド達の視線が厳しかったのだが、2人がそれに気付くことはなかった。
「うーん、ふかふか~」
コロンビアはベッドに飛び込み、ゆったりくつろいでいる。
「飛び込みでギリギリ取れた安いホテルって聞いたけど、実は結構いいホテルなんじゃないか?ここ」
先ほどの夕食もバイキング形式で種類も豊富で味も良く、温泉の方も広くて設備が整っていた。部屋も、内装は非常に綺麗でとてもじゃないが安いホテルには見えない。
「もー、そういうのは気にせずに兄貴もゆっくりしなよ」
「それもそうだな。考えても仕方ないか」
そう言って龍仁はもう一方のベッドに腰を下ろす。
「あれ?そっちに座るんだ?」
「どういうこと?」
「せっかくだからこっちに来ればいいのに」
コロンビアがポンポンと自分のベッドを叩く。
こっちに来いということらしい。
「いや、さすがにそれは……」
「昔はよく一緒にお昼寝とかしたでしょー」
「何年前の話だ」
「うーん、最後に一緒にお昼寝したのは4年前かな」
「よく覚えてるな」
「だって兄貴とのことだもん。色んな事覚えてるよー」
そう言ってコロンビアはベッドから起き上がり、今度は龍仁の座るベッドに飛び込んできた。
「……何やってんだ?」
「兄貴がこっち来ないから私から来たの」
「……じゃあ俺があっち行くわ」
「ダメー」
「おわっ!?」
立ち上がろうとする龍仁の腕をコロンビアが掴み、ベッドの上に引き倒す。
龍仁とコロンビアは向き合う形で寝転がっていた。
互いの息がかかりそうなほどに、2人の距離は近かった。
「ちょっ、コロンビア――」
「えへへー、これで兄貴も動けないよねー」
コロンビアは龍仁が逃げられないように体を密着させてくる。
確かに昔はこんな風に一緒に昼寝をしたこともあったが、当時はお互いにまだ子供だった。しかし、今はコロンビアの体も女性らしく成長し、出るところも出ている。
龍仁もコロンビアのことは可愛い妹のように思っているが、体に押し付けられる柔らかな体が、彼女が立派な女性であることを嫌でも感じさせる。
体は密着状態。コロンビアに聞こえそうなほどに鼓動がバクバク音を鳴らしている。
コロンビアはというと、龍仁の胸に顔を埋めたままである。
扉には鍵をかけてある。それでいて2人っきりの部屋。さすがに状況がよろしくない。
「コロンビア、とりあえずちょっと離れ――」
「ま、待って、兄貴!」
コロンビアをグイっと押しのけようとすると、彼女はさらに強い力で龍仁にしがみつく。
彼女の慌てた様子に、龍仁はピンときた。
「……コロンビア。もしかして、無理してないか?」
「……あ、分かっちゃう?えへへ……勢いでやっちゃったけど、これ、凄く恥ずかしいね。今どんな顔してるか自分でも分かっちゃうから、あんまり見られたくないかな」
赤くなって緩み切った顔を龍仁に見られたくないのか、コロンビアはさっきよりも強く顔を龍仁の胸に押し付ける。
それを見て龍仁も少しばかり落ち着いた。
「まったく。そんなことになるぐらいならやらなきゃいいのに」
「だってぇ……兄貴を独り占めできるチャンスなんて中々ないんだもん」
昔から人一倍甘えん坊だったコロンビア。小さい頃は何かと「お兄ちゃん」と龍仁の後を付いてきた。その頃を思い出して、龍仁は苦笑いしながらコロンビアの頭を撫でた。
「えへへー、昔はよくこうしてくれてたよね」
「あぁ、そうだったな」
「ん……凄く、気持ちい」
コロンビアはやっと顔を上げた。
まだ少しだけ顔は赤いが、昔龍仁に甘えていた頃と全く変わらない、そんな顔だ。
「ったく、今回だけだぞ」
「……ありがとう、お兄ちゃん」
「えっ?」
「あっ……えへへ、思わず……でも、今日ぐらいはいいよね?」
「いつもそれでいいんだぞ?」
「そ、それはちょっと……恥ずかしいかなー。でも、たまになら……」
「たまにでも嬉しいぞ」
その時、コロンビアが可愛らしいあくびをした。
「ん、ちょっと歩き回って疲れちゃったみたい……」
「……まだ8時半だぞ。寝るには早すぎないか?」
「お兄ちゃんにこうしてもらうと、何か安心して眠くなってきちゃった」
「そっか。ま、明日もあるし、ゆっくり休め」
「そうするよ。お休み、お兄ちゃん……」
しばらくすると、コロンビアの寝息が聞こえてくる。
まるで母親の腕に抱かれた子供のような、安心しきった寝顔だった。
彼女が寝ている間にベッドを移動しようと思った龍仁だったが、動こうとするとコロンビアの寝顔が不安そうな表情に変わる。それを見て、溜息を吐きながらも諦めて彼女と一緒に寝ることにした。
「……おやすみ、コロンビア」
龍仁は手を伸ばして部屋の電気を消し、自分も眠りにつくのだった。