アズールレーン学園   作:S・H指揮官

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第27話

「……」

「……」

「……」

「~♪」

 

 天気は快晴。

 それのおかげかどうかは分からないが、ホテルの朝食会場の雰囲気も爽やかだった。メニューは定番のバイキング。夏休みシーズンということもあり、朝食会場は家族連れの姿も見られ、適度な賑わいを見せていた。

 そんな中で、龍仁達7人のテーブルだけはやけに重苦しい空気が流れていた。

 正確には、クリーブランド達が龍仁とコロンビアをジトっと睨んでおり、龍仁は冷や汗を流し、コロンビアはそんな空気どこ吹く風で朝食を楽しんでいる。

 

「……なぁ、龍仁」

「な、なんだ?クリーブ」

 

 龍仁はまるで浮気がバレた夫のように、ビクビクしながら返事をした。

 

「本当に、コロンビアとは何もなかったんだよな?」

「な、何もなかったって。なぁ、コロンビア」

「うん、何もなかったよ」

「その割にはコロンビアがいつになく上機嫌なんだが……」

 

 何もなかったと言い張る龍仁だったが、昨夜は龍仁とコロンビアは一緒の部屋で一晩過ごし、朝起きて合流してみればいつもより3割増しぐらいで上機嫌なコロンビアの姿である。何かあったんじゃないかと勘繰ってしまうのは当然といえば当然だろう。

 

「そんなことよりも、ご飯食べようよ。美味しいよ?」

 

 コロンビアの言う通り、バイキングの品揃えはどこにでもあるバイキングのそれだったが、味は思わず唸ってしまうほどにレベルが高かった。

 まだ追求したい気持ちが残っているクリーブランド達だったが、目の前のせっかくの料理を楽しまないのももったいないということで、一目ジロッと龍仁を睨んでから料理に手を伸ばす。それを見て龍仁もホッと胸を撫で下ろすのだった。

 

「そういえば、ボルチモアさんから連絡があったぞ。あと1時間半ぐらいしたら迎えに行くから準備をしていてくれって」

「そっか。俺とコロンビアは飯の前に一応準備は終わらせたけど、クリーブ達は?」

「私もフィーゼもシリアスさんも準備はできてる」

「あ、やばっ。準備できてないの私達だけじゃん」

「ごめん、姉貴。ご飯食べたらすぐ準備するから」

「時間には余裕あるから急がなくていいさ」

「せっかく美味い飯なんだから、ゆっくり食べようぜ」

「そうはいかないよ。早く準備して兄貴にはじっくりと聞きたいことがあるから」

「え、まだそれ続くの?」

「当然だ。僕達はまだ納得していないぞ」

「勘弁してくれ……」

 

 少しだけピリピリした空気が流れながらも、龍仁達は朝食を楽しむのだった。

 

 

「で、コロンビアと一緒に寝た感じはどうだった?」

「ッ!?な、なんで知ってるんだ!?」

「カマかけただけなんだが……ふーん?」

「……あ」

 

 

「おはよう、クリーブランドさん!」

「おはよう、歩さん、千鶴さん、ボルチモアさん」

「うん、時間通りだね」

 

 約束の時間になると、クリーブランドとボルチモア達はホテルのロビーで合流した。

 

「今日はよろしくお願いします、ボルチモアさん」

「あぁ、存分に私達のバスケ部の練習を見ていってくれ」

「それはそうと……」

 

 千鶴達の視線が龍仁に向かう。

 視線の先には、まだ朝だというのにぐったりとしている龍仁の姿があった。

 

「龍仁君、どうしたの?浮気が奥さんにバレた旦那さんみたいな顔してるけど」

「まー、うん。ちょっとな」

「ハッ!?まさか、昨日の部屋割りのせいで一線を越えてしまったとか!?」

「あ、兄貴となら一線越えちゃっても……えへへ」

「コロンビア、頼む。これ以上燃料投下しないでくれ……」

 

 龍仁達の様子から、ボルチモア達は修羅場を察して慌てて話題を変えた。

 

「そ、そうだ!みんな準備はできているか?そろそろバスも来る時間だ」

「ん、準備はできていますよ。すぐにでも出発できます」

「そうか。それじゃあ、もう並んでおこう。今の時間なら人はそこまで混まないが、早いに越したことはない」

「それもそうですね。じゃ、みんな行こう」

 

 クリーブランドの後に続き、モントピリアやフィーゼ達がホテルの入口へと向かう。

 

「あっ……」

 

 龍仁も後に続こうとした時、ボルチモアが声を上げた。

 

「どうしましたか、ボルチモアさん」

「あ、いや、その……お、おはよう」

「あ、おはようございます」

 

 龍仁からすれば、ご近所さんにするような軽い挨拶をしただけだった。

 だが、その声と表情に、ボルチモアは思わず顔が熱くなるのを感じた。

 慌てて龍仁から顔を逸らすボルチモアだったが、歩と千鶴にはバッチリと見られていたようで、2人はニヤニヤとボルチモアを見ていた。

 

 

「ところで龍仁」

 

 バスの中。座席に座る龍仁の膝の上に、フィーゼはちょこんと座っていた。

 龍仁の横には、乗ってくる時に千鶴に「押された」ボルチモアが座っている。

 

「どうした、フィーゼ」

「今から行くところは女子校と聞いたが……女子校とは何だ?」

「簡単に言えば生徒が女子ばっかりの学校、かな?」

「女子ばかり?そんな学校があるのか?」

「そうだな。元から女子生徒しかいないって学校も多いけど……確か神桜って」

 

 龍仁がボルチモアの方を見ると、ボルチモアは「あぁ」と頷いた。

 

「元々は私達KAN-SEN専門の学校だ。今の形になったのは10年ほど前だと聞いたな」

 

 アズールレーン学園設立後、多くの学校がKAN-SENと一般生徒の共学を目指すことになった。一般の学校にはKAN-SENを、KAN-SENの学校には一般生徒を。

 神桜高校は元々KAN-SEN専門の学校で、一般生徒の受け入れ方針を取った。

 だが、神桜高校に通うKAN-SENの多くは「名家」と呼ばれるような家の生まれであり、箱入りのお嬢様が大多数を占めていた。そのため、男子生徒を入れることに抵抗を持つ関係者も多く、「少しずつ慣らしていく」という方針でまずは女子生徒を受け入れているのだが、結局男子生徒を受け入れるタイミングが中々訪れず、「名門の女子校」という認識も広まってしまったために、現在まで女子校として続いている。

 

「そうか。女子校、というのは面白いのか?」

「面白い……かどうかと聞かれると少し悩んでしまうな。楽しいことは楽しいよ。周囲が同性だけというのはあまり気を遣う必要がないからな。ただ……少しは自重してほしい時もあるけどな……」

「でも、神桜高校といえば名門も名門。お嬢様学校ですよね?生徒の素行もいいって聞きますし、自重するようなことがあるんですか?」

「みんな自分の立場や影響力は分かっているから、表向きには大人しいお嬢様を演じていられるんだ。だけど……まぁ、そこは実際に見てもらった方がいいだろう……嫌でも見ることになるだろうから」

 

 ボルチモアの遠い目に、龍仁は言い知れぬ不安を覚えてしまった。

 

「ところで、ボルチモアさんってテニスもやっているんですよね?」

「あぁ。これでも地域ブロック大会では準優勝だ。残念だが、決勝でブレマートンに負けて全国大会出場には至らなかったがな」

「ブレマートンさんって、天才テニスプレイヤーって言われてた人ですよね?しかもその決勝ってかなりの接戦だったって聞きましたけど。凄いんですね、ボルチモアさん」

「いや、負けたということは私が未熟だったってことだ。課題点も多いし、まだまだだよ、私は」

 

 そういって苦笑するボルチモアだったが、その目には悔しさの色はなく、純粋な闘志の色が見えた。口では柔らかく言っているが、彼女の強さへの貪欲さを少しだけ感じることができた。

 

「そういう龍仁君と……えーっと」

「フィーゼだ」

「フィーゼか。フィーゼは何か部活はやってないのか?」

「フィーゼはまだ初等部なので部活がなくて……。俺も帰宅部ですね」

「そうなのか?パッと見かなり鍛えているから何かの部活に入っているものとばかり」

「家で武術をやってて……」

「へぇ、武術を」

「はい。空手に柔道、剣道、薙刀……姉貴分に叩き込まれました」

「そ、それは……。しかし、武術か。私も父さんから教え込まれたよ」

「え、そうなんですか?」

「驚くことじゃない。万が一の時に自分の身を守れるようにと護身術を教わる人は意外と多いんだ。私もその一環だ」

「といっても部長、並の格闘家より強いですけどね」

「ちょっ、千鶴!」

「へぇ!機会があればお手合わせお願いしたいですね」

 

 あまり「強いアピール」をされるのは女子として不本意なのか、慌てて千鶴の言葉を遮ろうとするボルチモアだったが、龍仁は気にした様子もなく、むしろ目を輝かせた。

 日頃から伊勢や日向、芳奈といった「暴力的なまでに強い女性」を見てきている龍仁からすれば、ボルチモアのような相手は尊敬対象でしかない。

 ボルチモアは龍仁の反応に少しだけ戸惑いながらも、「そ、そうか」と顔を赤らめた。

 

「き、機会があれば、な」

「はい、よろしくお願いします」

「そして部長は寝技に持ち込んで……」

「だから千鶴!」

「……龍仁。私も格闘技を習いたい」

「フィーゼには早すぎないか?」

「何言ってるんだ、龍仁。お前だってフィーゼぐらいの時にはガッツリ打ち込んでただろ」

「で、でも……フィーゼが怪我とかしたら……」

「子煩悩パパじゃないんだから……」

 

 賑やかな龍仁達を乗せたバスは、神桜高校へと向かっていくのだった。

 

 

「……すっげ」

 

 神桜高校の前に着いた龍仁は、思わずそうこぼした。何も言わないが、クリーブランド達も龍仁と同じような顔をしている。

 有名なお嬢様学校ということで度々メディアに取り上げられることもある神桜高校だが、学校の全体は画面越しでも見たことがなかった。今、彼らの目の前にあるのは、「ここは本当に重桜か?」と言いたくなるような、学校というよりも西洋の城塞のような建物だった。

 まだ入り口の門なのだが、入り口の段階で荘厳な雰囲気を漂わせており、以前訪れたエリザベスの屋敷を思わせる。

 門の先に見える建物は校舎であると思われるが、ここがロイヤルの貴族の城だと言われても無条件に信じてしまいそうになるほどの圧倒的な存在感を放っている。

 

「ボルチモアさん。ここで合ってるんですか?ここ、テーマパークとかじゃなくて?」

 

 クリーブランドは思わずボルチモアにそう尋ねる。

 ボルチモアや歩、千鶴は苦笑いをしていた。

 

「初めてここを見た人はみんなそう言うよ。でも、間違いじゃないから安心してくれ」

「学校というよりは軍事拠点みたいだな…」

「元々はKAN-SENの訓練校兼アズールレーンの基地として運用されてたみたいだからね。一般人も利用するってことで見た目を華やかにしようとしたら、こうなったらしいよ」

「それはそうと、クリーブランドさん達の入校許可証を受け取りに行かないと」

「あ、やっぱ入校許可証は必要なんだな。裏手の方から侵入するわけにもいかないしな」

「は、ははは、何を言っているんだ、龍仁君」

「そ、そうだよ。そんなことする人なんているわけないじゃん」

「……なんで歩と千鶴が慌ててるんだ?まぁ、いい。許可証は私達の顧問の先生が持ってきてくれる予定だから、ちょっと待っててくれ」

 

 そう言うとボルチモアは携帯電話を取り出し、どこかに連絡を入れた。

 

「もしもし、ボルチモアです。はい、今到着しました。…はい、お待ちしています」

 

 ボルチモアは携帯電話を懐にしまうと、龍仁達の方を見た。

 

「今から私達の顧問がいらっしゃる。ちょっと待っててくれ」

「白龍先生も事前に待っててくれたらいいのに」

「ダメでしょ。どっちに転んでも通報されちゃうよ」

「…確かに」

「通報?」

 

 何やら不穏な単語に、龍仁達は首を傾げる。

 

「あー、そっか。白龍先生のこと説明してなかったね。クリーブランドさん達は知ってるんだっけ?」

「私は去年挨拶してるから。コロンビア達は……会ったことあるか?」

「ううん、ないよ」

「そっか。それならちょっとびっくりするかもな」

「びっくり?」

「あぁ。だけど悪い人じゃないから、怖がらないでくれ」

「?」

 

 益々ワケが分からなくなり、龍仁達は混乱するばかりであった。

と、その時であった。

 

「おう、待たせたな、ボルチモア」

 

 どこか迫力のある声が周囲に響き渡る。

 声の方を見ると、そこには一人の女性が立っていた。

 深い銀色の長髪に、大柄でありながら女性らしさも感じさせる体。

 その目はまるで猛獣のように鋭く、人懐っこい笑みを浮かべていながらも強烈な威圧感を放っている。

 そして、何よりも目に付くのが、頭部の角と、彼女が担いでいる巨大な太刀である。

 見るからに重量のありそうな太刀ではあるが、彼女の体はその太刀に振り回されることもなく、むしろ軽い荷物でも扱うかのように片手で軽々と太刀を担いでいる。その一挙一動は洗練されており、その太刀が飾りでは決してないことを示している。

 その姿は昔話の勇猛な英雄にも、暴れ狂う鬼神にも見える。

 ただ、それ以前にこんな風貌で巨大な太刀を担いでいる人が校門前に立っていれば、確かに通報されてもおかしくはないだろう。

 

「お久しぶりです、白龍先生」

「久しぶりだな、クリーブランド。去年以来か?」

「そうなりますね」

 

 彼女――白龍はクリーブランドに嬉しそうに声をかける。

 そして、ちらっとクリーブランドの妹達の方を見た。

 

「お前達がクリーブランドの妹とやらか」

「「「は、はい!」」」

 

 白龍に見つめられ、コロンビア達は思わず体を硬直させる。

 

「そんなに怖がらなくとも、取って食いやしないさ。お前達の暴れっぷりはこちらにも届いている。去年も楽しめたが……今年は去年以上に楽しめそうだな」

 

 そう言って白龍は楽しそうに笑う。

 そんな彼女を見ながら、龍仁は千鶴にこっそり声をかける。

 

「……なぁ、千鶴さん」

「どしたの、龍仁君」

「あの人、本当に千鶴さん達のバスケ部の顧問なのか?」

「うん、間違いないよ。どうして?」

「いや、なんというか…」

「言いたいことは分かるよ。白龍先生、バスケとは無縁そうな見た目してるもんね。どっちかというと武術系の部活にいそうだし、元々はそっち系の部活の顧問だったらしいよ」

「それがどうしてバスケ部に?」

「んー、まぁウチのバスケ部って色々揉めてた時期があったらしくてね。ちょうど部長が入った辺りらしいけど。おかげで顧問の先生がいなかったというか、誰も顧問になろうとしなかったんだよね。それで大会出場も危うくなったんだけど、その時に顧問に名乗り出てくれたのが白龍先生だったんだ」

「揉めたって、何があったんだ?」

「そこは何というか……あんまり聞いて気持ちのいい話じゃないから、ね」

 

苦笑いする千鶴に、龍仁もそれ以上は何も聞けなかった。

 ふと、視線を感じて龍仁は振り返る。

 そこには、こちらをジッと見つめる白龍の姿があった。

 

「……小僧か?今回歩達が特別に連れてきたというのは?」

「は、はい。今日はよろしくお願いします」

 

 睨まれているわけでもないのに、白龍から感じるプレッシャーは恐ろしいものがあった。

 一度、調子に乗って力を出しすぎた伊勢と対峙したことはあったが、それと同じか、それ以上のものを白龍から感じた。

 

「それと、俺の連れのフィーゼとシリアスさんです。俺含めフィーゼ達の同行も許可してもらって、ありがとうございます」

「その辺りはボルチモア達に任せてるからな。我に礼を言わなくてもいい。それはそうと小僧……確か、名前を桐原龍仁と言ったか」

「はい」

「ふむ……面白い偶然があるとは思っていたが……どうやら偶然でもなさそうだな」

 

 白龍はスッと目を細め、どこか懐かしそうに微笑んだ。

 

「えっと、何がですか?」

「こちらの話だ、気にするな。それよりも、小僧。我が校は女子の花園のように言われているが、決して男子禁制というわけではない……が、それでも『このような環境』だからこそこの学校に我が子を預ける親も多くいる。故に、少しでも小僧が問題を起こせば……分かっておるな?」

 

 白龍が太刀の柄に手をかける。その動作だけで、龍仁は鋭い一閃で体を真っ二つにされたような錯覚に陥ってしまい、思わず意識が飛びかけた。

 そんな龍仁を見て、白龍は悪戯っぽく笑った。

 

「すまぬな、少々脅かしすぎたか。見たところ、問題を起こすような不誠実な輩には見えん。だが……押しに弱そうだから別の問題が起きそうな気もするが……その時はボルチモアがなんとかしてくれるであろう」

 

「は、はは……そうですか……」

 

 白龍のプレッシャーから解放された龍仁は、力なくそう笑うしかなかった。

 

「それはそうと、そろそろ皆が待ちくたびれている頃だろう。これが許可証だ。ボルチモア、頼む」

「はい」

 

 白龍はボルチモアに許可証を渡し、ボルチモアがそれをクリーブランド達に配っていく。

 

「それを正門前の事務所に持っていって、手続きをすれば入校手続きは完了だ。それじゃ、行こうか。詳しいやり方は中で説明する」

「我は先に練習場に行っているぞ」

「分かりました」

 

 一行はボルチモアについていく形で正門前の事務所へと向かっていく。

 その姿を眺めている白龍は、ポツリと呟いた。

 

「クリーブランドにシリアス、フィーゼ……そしてあの小僧、か……昔を思い出すな。あの者と違って、あの小僧は少々頼りなさそうだがな」

 

 嬉しそうな、それでいて寂しそうな笑みを浮かべ、白龍は一人でバスケ部練習場へと向かっていった。

 

 

「というわけで、クリーブランドと、その妹達だ。我らのライバルとなる者達だ。くれぐれもみっともないところは見せるなよ」

「えーっと、今日はよろしくお願いします」

 

 クリーブランドが頭を下げると、神桜高校バスケ部の部員達は「きゃー!」と黄色い声を上げた。

ライバル校の選手とはいえ、クリーブランドは昨年歩と共に重桜を騒がせたプレイヤーである。そんな名選手が目の前にいるとなると、興奮するのも仕方ないといえる。

 ただ、憧れの声だけではなく、「かわいい!」や「思ったよりちっちゃい」など、年相応の少女らしい声もちらほらと聞こえてくる。

 

「こちらとしてもさすがに作戦内容や奥の手は見せることはできないが……アズールレーン学園の方では参考になるような練習風景を見せてもらった。そのお返しにと言ってはあれだが、こちらもクリーブランドさん達の参考になれるような練習を見せるつもりだ」

「はい、楽しみにしています」

「はーい、白龍先生!クリーブランドさんは一緒に練習してくれないんですか?」

 

 部員の一人がそう声を上げる。

 

「そうしたいのは山々だが、万が一我らの練習でクリーブランドさん達が怪我でもすれば一大事だ。だから、お互いに練習には参加しないようにという風に取り決めがされている」

「えぇー、せっかくクリーブランドさんのプレイを間近で見れるチャンスなのに……」

「試合になれば嫌でもクリーブランドさんのプレイは体感することになる。それまで我慢するように」

「はーい」

 

 クリーブランド達がそうこうしてる間、龍仁は練習場の片隅で神桜高校バスケ部副部長である神崎沙苗と話をしていた。

 

「君が、えーっと……一応マネージャーで来ている桐原龍仁君だね」

「はい。一応そういう形です」

 

「一応」を強調する沙苗と龍仁。経緯などはしっかりと把握されているようであった。

 

「それと……フィーゼちゃんとシリアスさんでいいんだよね?」

「はい。2人の同行も許可していただいて、ありがとうございます」

「いいのいいの。ウチの歩が突拍子もなく君を誘ったのが元なんだから」

「歩さんっていつもあんな感じなんですか?」

「うん、いつもあんな感じ」

「……大変ですね」

「まぁ、本当に迷惑なことは絶対にやらない子だからね、歩は。それに、何だかんだで歩のやることって毎度いい方向に転ぶことが多いから」

「……あー、何か分かる気がします」

 

 龍仁は歩とのファーストコンタクトを思い出した。

 あの時も、歩が龍仁を思い付きで呼び出したおかげで、入校許可証のことで揉めずに済んでいた。

 

「ところでなんだけど……」

 

 沙苗は申し訳なさそうに口ごもる。

 

「どうかしましたか?」

「うん、君達が来る直前に決まったことだから、本当に急で申し訳ないんだけど……」

 

 その時、龍仁の背筋に悪寒のようなものが走り、何やら大量の視線を感じる。

 恐る恐る視線の先を見ると、ギラギラした目でこちらを見る部員達の姿があった。

 

 

「はい、そこまで」

「ふぅ、疲れたー。龍仁君、飲み物ちょーだい」

「それはそっちのマネージャーに言ってくれないか?」

「ごめーん、今私達フィーゼちゃんと遊ぶので忙しいから」

「そういうのを手が空いてるって言うんだよ」

「ほらほら、次の人達が待ってるんだから」

「分かったよ。分かりましたよ。ほら」

「ありがとー。それで、龍仁君が飲ませてくれるってサービスは?」

「次の人が待ってるから、さっさとどいたどいた」

「お前ら、マネージャーで遊ぶのは構わぬが、客人が見ていることを忘れてはならんぞ」

「「はーい」」

「白龍先生、俺も一応客人のはずなんですが」

 

 そんなやり取りをしながら、龍仁はタイムキーパーや飲み物運びを行っていた。練習場の片隅では、フィーゼが本来のマネージャーたちから可愛がられている。

 先ほど突然申し付けられた、今日限りのマネージャー体験。女子校で普段は男子との交流が皆無である神桜高校。それ故に、ライバル校のマネージャーという名目で訪れた龍仁は都合がよかった。

 あくまで練習に参加できないのは「相手校の選手」。マネージャーの扱いについての取り決めは行われていない。というのを悪用し、神桜高校バスケ部部員達は「せっかく来た男子をマネージャーにしよう!」と提案。顧問である白龍もそれに悪ノリし、無事に龍仁は巻き込まれる形となった。

 マネージャーの経験など皆無な龍仁だったが、そこまで踏み込んだ仕事は回されなかったことや、部員達のノリの良さにも支えられてすぐに慣れ、部員達と軽口を叩けるだけの余裕も生まれてきた。そしてその中で、練習内容や部員1人1人の動きに目を配る余裕も出てきた。

 さすがは強豪校といったところだろうか。龍仁をからかってくる部員は多いが、だからといって練習は誰一人として一切手を抜いていない。必要な練習はしっかりとこなし、それでいて軽口を叩けるだけの余裕を見せる。それだけでこの部員達のレベルの高さを伺い知ることができた。

 他のマネージャー達も、フィーゼで遊んでいるように見せかけて、しっかりと部員の動きを観察・記録し、何かあればすぐに声をかけていた。

 バスケに関しては素人同然の龍仁から見てもこの練度なのだ。クリーブランド達は龍仁以上に目を輝かせながら練習風景を眺めていた。

 

「はい、全員集合」

 

 基礎練習が一段落し、沙苗が合図を出すと部員達は一斉に彼女のところへと集まっていった。今から本格的に練習を始めるようである。

 一時的だが龍仁も練習から解放され、クリーブランド達のところへと戻っていった。

 

「お疲れさん、龍仁」

「いや、本当に」

「その、すまないな……」

 

 いつの間にやらボルチモアも傍にいた。呆れた様子で頭を抱えていた。

 

「私も沙苗も反対はしたんだが……白龍先生までノリ気となるとどうしようもなくてな」

「あー、いや……うん、俺も貴重な体験ができたので気にしないでください」

「龍仁、それ相手がものすごく気にする言い方だから」

「それはそうと……どうだった、ウチのバスケ部は」

「想像以上でしたね」

「うん、ちょっと自信なくしちゃったかも」

「そうか?僕は楽しみになったぞ」

 

 クリーブランド達には彼女達なりの視点があるのだろう。練習に対する感想を各々が口にしていた。途中からシリアスもその話題に入り、彼女なりの感想を述べていた。以前シリアスがバスケを得意としているという話は聞いていたが、それは本当だったようで的確にポイントポイントを押さえて感想を並べていく。

 様々な意見があったが、全員が共通して「個々のレベルが非常に高い」と感想を出していた。

 

「そう言ってもらえると嬉しいな。私にとっても自慢の部員達なんだ」

 

 ボルチモアはそう言って嬉しそうに笑う。

 

「ところで、龍仁君から見てどう思った?」

「え、俺ですか?」

 

 まさか自分に振られるとは思わず、変な声が出てしまった。

 

「マネージャーをやらされて彼女達を近くで見る機会を得られただろう。君なりに気付いた点があったんじゃないか?」

「そうですね……」

 

 龍仁は気付いた点を並べていく。

 バスケの知識は最低限あるかどうかであったため、主に体の動きに関する意見になった。

 一番気になった点としては、神桜高校バスケ部部員は身体能力だけ見ればずば抜けているというわけではないということだった。もちろん、普通の人と比べれば運動神経はいいし、ボルチモアを始めとするKAN-SENの面々には怪物じみた運動神経の選手もいた。しかし、全体的に見ると平均より少し上ぐらいかといった選手が多く、特に歩は記録だけ見ればバスケ部の中でも中の中ぐらいの身体能力だ。身体能力だけ見れば意外にも千鶴の方が圧倒的に上だった。

 

「ふむ、面白いところに気付くんだな」

 

 ボルチモアは感心したように笑う。どうやら、龍仁の勘違いではなかったようだ。

 

「記録付けさせられたら嫌でも気付きますよ。歩さんなんてもっと化け物じみた運動神経してると思ってましたし」

「……遊んだのは少し間違いだったか」

 

 ボルチモアが少しだけ険しい表情でそう呟いた。

 

「え?」

「あ、いや。すまない。龍仁君のことを少々甘く見てたって話だ。まぁ、気付いてしまったのは仕方がない。今から練習本番だ。龍仁君、君が気付いたことを頭に入れながら私達の練習を見てくれ。そうすれば、歩の『化け物じみた』プレイが見られるだろうからな」

 

 意味深な言葉を残し、ボルチモアは部員達の方へと戻っていこうとした。

 

「おーい、桐原龍仁。何をやっている」

 

 唐突に白龍から呼び出される。

 

「え、何って見学してるんですけど」

「今日のお前はマネージャーだ。さっさとこっちに来い」

「……」

「……」

「すまない、龍仁君。諦めてくれ」

「そうします」

 

 

「それで、どうだった、歩は」

「いや、うん、凄かったです。何というか、悪いけどこの感想しか出ない」

 

 練習も終わり、龍仁達は特別に神桜高校の食堂を使わせてもらうことができた。

 

 クリーブランド達は彼女のファンだという部員達に囲まれており、フィーゼやシリアスも彼女達の物珍しさに興味を示した部員やマネージャーに連れていかれ、龍仁達のテーブルにはボルチモアや沙苗、千鶴、そしてクリーブランドに近付きそこなった歩、他部員数名の姿があった。

 

「ふふん、そうだろう」

「歩、そこだけは間違いなく誇れるからね」

「……何か引っかかる言い方をするな」

「歩さんもだけど、ボルチモアさんとか千鶴さんとか、他の人達もだよ」

 

 龍仁はボルチモアから言われた通り、歩の身体能力を頭に入れて練習を見ていた。

 その結果分かったのは、神がかりと言っても過言ではないほどの歩のセンスであった。

 まるでボールの方が彼女についていっているかのように、ボールの位置やパス先を判断しての動き、ボールの扱いも精密であり、体の一部であるかのように自由自在縦横無尽にコート内をボールと共に駆け回る。そのスキルと思考・判断力は、彼女の並より少し上程度の身体能力を十分すぎるほどに補い、かといって体がそれに追いついていないということもない。まさしく「怪物」であった。

 だが、それだけの実力を持っていても、決して完璧ではない。体力には限界はあるし、コート全体を歩一人でカバーするのは物理的に不可能である。その点をチームメイトはしっかり把握しており、決して歩一人に任せたりはしない。彼女一人ではカバーしきれない部分は他の部員がしっかりとカバーするし、歩が必要以上に体力を消耗しないよう、そして呼吸を整える時間を作れるように周囲がサポートをする。言うなれば、チーム全体で「佐々木歩」という怪物を作り出していた。

 しかし、だからといって歩一人に依存していたわけでもない。もちろん、主力となっているのは歩なのは間違いない。だが、あくまで歩という主力が存在しているというだけで、彼女抜きでもチームの練度と個々の実力は非常に高い。特に目立つのはやはりボルチモアであり、場面によっては歩を圧倒するほどのプレイを見せることもあった。

 

「正直なところ、バスケ素人の俺でもカッコいいって思った。なんていうか、うん、見惚れたかも」

「おー、言ってくれるね。ついでに可愛いも付け加えてくれると100点なんだけど」

「どのプレイを見れば可愛いって感想を出せるんだよ」

「……顔とか?」

「プレイ関係ないだろ、それ」

「だが……私達の誇るべき部分をしっかり理解してもらえるのは嬉しいものだな。少しばかりライバルに情報を送ってしまった感はあるが」

「それはそれで構わないさ、部長。クリーブランドさんが強くなるなら、喜んでそれを迎え撃つまで。それでこそ我がライバルと言えるのだからな!」

「それで歩が対策された時にサポートに回らないといけない私達の身にもなってよね……」

「でもこうやって見ると……クリーブ達が勝つのも中々難しそうだな」

「ありゃ、意外。そこは『俺のクリーブランドなら余裕だぜ』とか言うと思ったのに」

「俺が甘やかしてクリーブが勝てるなら喜んで甘やかすさ。けど、あいつだってバスケに対しては真剣だからな。だから俺もしっかり評価しなくちゃ、クリーブに悪いだろ」

「ふぅん、大事にしてるんだね」

「あぁ、10年近くの付き合いの親友だからな」

 

 龍仁の言葉が耳に入ったのか、クリーブランドは嬉しそうな腑に落ちないような、複雑な表情を浮かべていたのだが、龍仁がそれに気付くことはなかった。

 

「くっ、言いたい!私もクリーブランドさんにそう言ってみたい!」

「はいはい、まだ食べてる人もいるんだから、とりあえず座ってね、歩」

「にしても、さすがは名門校の学食。旨いな」

 

 お嬢様学校と聞いていたのでもっとオシャレな食堂をイメージしていたのだが、意外にも庶民的な雰囲気の食堂であった。もちろん、女子校らしくデザートなどのメニューが豊富なのだが、それ以外のメニューはアズールレーン学園のものとあまり変わらない。

 当然のように味がよく、一般の女子生徒だけでなくKAN-SENもいることからボリュームも育ち盛りの龍仁が満足するぐらいにはあった。

 

「学食はウチの学校が力を入れている部分の一つだからな。学食目的でここを目指す人もいるという話だ」

「ははは、そんなまさか」

「確か部長がそうだったな」

「……」

「え、マジですか?」

 

 ボルチモアの表情を見る限り、どうやら本当のようだった。

 うっかり口を滑らせてしまい、「あ、しまった」という表情をする歩を、ボルチモアは恨めしそうに睨みつけていた。

 

「ちょっと意外ですね。ボルチモアさん、てっきりスポーツ目的で入ったものとばかり」

「そ、それも目的ではあったが……その、入学者説明会の時に開放されてた学食が美味しくて……」

「なんか可愛いですね」

「ほ、本当か!?」

 

 年上に「可愛い」と言ってしまい、「まずい」と思った龍仁だったが、ボルチモアは身を乗り出して目を輝かせながら食いついてきた。だが、すぐにハッと我に返り、「ゴホン」と咳払いをして座り直す。その分かりやすい態度に、その場にいた部員達はニヤニヤしながらボルチモアを見ていた。

 

「ところでさー、前ニュースで見たんだけど、龍仁君ってロイヤルのお姫様の婚約者だって本当なの?」

 

 一緒のテーブルに座ってた部員の一人がそう尋ねてきた。

 

「……話が大きくなってないか?エリーとは友達であって、そういう関係じゃないぞ」

「きゃー、ニックネームで呼ぶ仲なんだ!」

 

 部員達は恋に恋する乙女のように色めき立つ。

 お嬢様校と呼ばれていることでお淑やかな生徒が多いと思っていた龍仁だったが、はしゃぐ時ははしゃぐし、こういったニュースには敏感だったり、龍仁の周囲にいる女子とほとんど変わらない生徒ばかりであった。むしろ、女子校ということもあり、男子の目を気にしてこなかったこともあってか非常に押しが強かったり、やはりお嬢様と呼ばれるような立場の生徒も多いためか立ち回りが上手かったり、色々な意味で手強い生徒が多かった。

 バスケ部の練習でも、練習に支障が出るようであれば強く止められたのだが、練習に支障を出さず、むしろしっかりと取り組んでいると言える範囲で龍仁にちょっかいをかけてくるため、龍仁は終始振り回されっぱなしになっていた。

 

「ロイヤルのお姫様?何の話だ?」

 

 歩だけが話を理解できず、首を傾げる。

 

「え、歩ってば知ってて連れてきたんじゃないの?」

「というか、ニュースとか見てないの?」

「私はクリーブランドさんが出てるニュース以外興味ないからな!」

「胸を張ることじゃないでしょ……ロイヤルネイビーのお姫様のことは知ってるよね」

「さすがの私でもそれは分かるぞ。クイーン・エリザベス様だろう?」

「あー、そっからか。今のロイヤルネイビーのお姫様はヴァリアント様だよ」

「え。そうなのか?」

「世界的なニュースにもなったのに……で、なんでロイヤルネイビーのお姫様が変わったのかっていうと……」

「クイーン・エリザベス様が想い人を追って重桜までやってきたからなんだよね!」

「そうそう。確か、10年間だっけ?ずっと想い続けて、やっと再会が叶ったんだよね!」

「ほほう……?」

 

 歩がその話に目を輝かせる。普段はアレだが、これでも中身は意外と乙女な部分もあるようで、その話に興味津々の様子であった。

 

「なるほど、それで婚約まで行ったと」

「だから婚約とかしてないってば」

「じゃあ想い人を追って、って話も違うの?」

「えっと、それは……」

 

 エリザベスからストレートに好意を向けられている身としては、それを否定することはできなかった。そして、それで言葉に詰まったことで、部員達の目はさらに輝く。

 

「やっぱりそうなんだ!」

「ね、ね、どうやってお姫様を射止めたの?」

「デートとか行ったの?というか再会した時どうだった?」

「はいはい、そこまで。一応これでもお客さんなんだから、困らせないの」

 

 質問攻めに遭いそうだった龍仁だったが、すぐさま沙苗の助け舟が入る。

 

「えー、いいじゃないの、沙苗」

「沙苗は気にならないの?」

「気にならないって言ったら噓になるけど、今こうやって一緒に座ってるのは、練習で気になった点を教えてもらうためでしょ。そんな質問攻めしたら日が暮れて時間がなくなるよ」

「ちぇー」

 

 大人しく引き下がるのは副部長としての人徳か、バスケへの真剣さ故か、その両方か。

 

「ありがとうございます、沙苗さん」

「いいのいいの。こっちとしても、困らせるために呼んだわけじゃないからね。それに……」

 

 沙苗がチラッとボルチモアの方を見る。

 今の彼女は不安げというか不機嫌というか、とにかくそんな表情だった。

 

「ボルチモアさん、なんか機嫌悪そうですけど、何かあったんですか?」

「……んー、まぁ、うん。気にしてほしいような気にしないでほしいような……」

「はぁ……」

「それでそれで?もっと私を褒めるポイントがあるんじゃないか?」

「龍仁君、歩が調子乗ってるみたいだから遠慮なくダメ出ししてもいいよ」

「私のメンタル豆腐なんだぞ!ダメ出しなんてされたら泣くぞ!」

「千鶴さん、このまま歩さんのダメ出しした方がいい?」

「してもいいけど、この状態で泣きだした歩ってすんごい面倒臭いよ?」

「じゃあやめとく」

 

 

「え、バスケがやってみたい?」

 

 昼食後、フィーゼが突然バスケをしたいと言い出した。

 

「なんか、私達と話をしてるうちに興味持ってくれたみたいで」

「それなら私達が教えようか!って話になったんだ」

 

 部員の女子達はフィーゼにべたべたしながらそう言った。当のフィーゼも嫌な顔一つせずにされるがままになっている。相変わらずの可愛がられ上手だった。

 

「クリーブランドさん達との練習は禁止だと言っただろう。怪我でもさせたらどうする」

 

 ボルチモアは部長らしく部員達をたしなめる。

 

「禁止されてるのって、クリーブランドさん達アズレン学園バスケ部との練習ですよね?フィーゼちゃんはバスケ部じゃないからOKだと思いまーす」

「そんな屁理屈を……」

「私も彼女達に教わってみたいのだが……ダメ、か?」

「うっ……」

 

 好奇心と少しの不安で満ちたフィーゼの目に射抜かれ、ボルチモアは思わずたじろぐ。

 この目で見つめられて「それでもダメだ」と即答できる者が何人いるだろうか。

 

「ほらー、フィーゼちゃんもこう言ってますよ、部長。それに、練習じゃなくてプライベートで教えるだけですから、何も問題ないと思いますよ?」

「それもそうだが……しかしだな」

 

 ボルチモアは考え込んでしまった。

 部員達の言うことも一理あるが、それでもフィーゼは一応はクリーブランド達の関係者として今回同行している。フィーゼがバスケ部ではないにしても、万が一のことがあっては問題になりかねない。

 

「……白龍先生に判断を仰ぐ。それでダメだと言われたら素直に諦めてくれ」

「はーい」

 

 ボルチモアは携帯を取り出すと、白龍に電話をかける。

 

「白龍先生、ボルチモアです。はい、実は今日来ているフィーゼという子が……はい、その子です。その子が私達にバスケを教えてほしいと。その、学校同士の取り決めもあるので、許可してもいいかどうか、白龍先生の判断がいただきたくて……えっと、確かに練習ではありませんが……はい、分かりました。ありがとうございます。それでは失礼します」

 

 ボルチモアは通話を切ると、部員達の方を振り返る。

 

「あくまでプライベートということで。練習じゃなければ関与しないとのことだ」

「さっすが白龍先生。話が分かるね!」

「部員でなければOKなんだよね。それならシリアスさんもいいよね!」

「え、私ですか?」

「もちろん。シリアスさんもバスケの経験あるんだよね?」

「はい、本格的にやっていたわけではありませんが……」

「それならフィーゼちゃんのサポートにもなるからいいと思うよ」

「え、ええと……」

 

 シリアスはチラッと龍仁の方を見る。

 

「いいんじゃないかな。練習中、シリアスさんもバスケの練習中そわそわしてただろ」

「は、はい……」

「フィーゼを近くで見てくれる人がいるのも安心だし、遠慮しなくていいよ」

「それでは、私も参加させていただきます」

「やったー!幼女とたわわの女の子2人に手取り足取り……うへへへへ」

「……君、苗字が椎名だったりする?」

「え、何で分かったの?あ、もしかして理沙のこと知ってたりする?いとこが君と同じ学園なんだけど」

「うん、そっくりだから一発で分かった」

 

 世間は狭いな、と龍仁は痛感するのだった。

 

「まぁ、とりあえずフィーゼとシリアスさんのことはお願いするよ」

「何言ってるの?」

 

 部員達は龍仁の言葉にきょとんと首を傾げた。

 

「何って?」

「龍仁君も一緒に決まってるじゃん」

「…………は?」

 

 

「……大丈夫か、龍仁」

「だいぶ精神が削られた……」

 

 急遽決まったフィーゼとシリアスとの軽い交流も終わり、フィーゼとシリアスは部員達に囲まれて盛り上がっていた。

 元々の運動神経が良く、バスケ経験もあったシリアスは遊びだったとはいえ神桜高校の部員達に引けを取らないだけのプレーを見せた。その動きの良さは、ボルチモアが「バスケをやっていないのがもったいない」と評価するほどだった。

 そしてフィーゼはというと、最初は部員達もフィーゼに教えながらゆっくりとやっていたのだが、呑み込みが非常に早く、そしてKAN-SENということもあってか、1時間ほどで部員達が思わず軽い本気を出してしまったほどに上達した。一部「手取り足取りの時間が少なかった……」と嘆いていたのだが、楽しそうにプレーするシリアスとフィーゼに、部員達も嬉しそうであった。

 その一方で巻き込まれた龍仁は、コートの端っこの方でクリーブランドに心配されるほどに疲れ切っていた。

 体力的に問題があったわけではない。元々常人離れした体力を持つ龍仁にはこれぐらいの運動なら余裕であった。

 なのだが、問題は龍仁以外が全員女子であるということ。バスケのようにお互いの体の接触頻度が高い競技だと男子である龍仁は否が応でも体が当たらないように気を遣わないといけない。にもかかわらず、部員達はむしろ面白がって自分から体をぶつけにくるし、なんなら事故を装って積極的に龍仁の体を触りに来る。おかげで龍仁の精神はゴリゴリ削られ、終わる頃には半ば廃人になりかけていた。

 

「あれぇ、龍仁君どうしたの?へばっちゃった?」

 

 龍仁の様子に気付いた部員がニヤニヤしながらそう言った。

 

「くっ、わざとやってたくせに……」

「そう言いつつ鼻の下伸びてたよ、兄貴」

 

 デンバー達妹3人はジトっと龍仁を睨んでいた。

 龍仁も健全な男子だ。女子に体を密着されて嬉しくないわけではない。鼻の下が伸びてしまうのは仕方のないことなのだが、龍仁は逃げるようにデンバー達から目を逸らした。

 

「まったく……本当にすまない。ウチの部員達が調子に乗ったみたいで」

「男子と混ざってバスケなんて初めてだったからね、テンション上がっちゃったみたいで」

 

 ボルチモアと沙苗が苦笑いを浮かべる。

 

「部長も入ればよかったのに。そうすれば部長もボディタッチできたのに。凄かったですよ、龍仁君の体。凄いきれいな筋肉で」

 

 千鶴もニコニコしながらそう言った。龍仁に一番ベタベタ触ってた張本人なのだが、それを隠す気はないらしい。

 

「そ、そんなはしたないことできるわけがないだろう!?」

「部長ならその立派なものをさりげなく押し付けるだけで龍仁君イチコロだと思いますよ?ね、龍仁君」

「千鶴さん、頼むからそういうのを俺に振らないでくんない?」

「ふむ、龍仁君も男の子というわけか」

「歩さんのその顔すんげぇムカつくな」

 

 3人がワイワイ喋ってる横で、ボルチモアは悶々とした表情をしていた。

 

「……部長、参加しなかったことちょっと後悔してますね?」

「そ、そんなことはないぞ!?」

「……なぁ、やっぱり無理言って私も参加した方が良かったかな」

「姉貴、たぶんだけど兄貴は姉貴と体ぶつかっても何も感じないと思う」

「そんなド直球に言うことないだろ!?」

 

 こうして束の間の交流の時間はあっという間に過ぎていった。

 

 

「疲れてないか、フィーゼ」

「少し疲れた気がする」

「そっか。夕食まで時間あるから、それまではゆっくり休め」

 

 ホテルに戻ってきた一行。龍仁は少し眠そうなフィーゼを背負っていた。

 

「それじゃあクリーブランドさん、また明日。と言っても、明日は見送りしかできないが」

「それで十分ですよ、ボルチモアさん。今日はありがとうございました。こちらも参考になりました」

「どういたしまして。歩じゃないが、全力のクリーブランドさん達と戦えた方がこちらも嬉しいからな」

 

 そして、一行に見送られながらボルチモアは帰っていった。

 

「さて、と」

 

 クリーブランド達は龍仁を一斉に見る。

 

「ど、どうしたんだ?」

「どうした、じゃないだろ。また部屋割り考えないと」

「え、昨日のままでいいんじゃないのか?」

「そうだよー。昨日のままでいいよー」

「「よくない」」

 

 デンバーとモントピリアはニコニコとするコロンビアに声を揃えてそう言った。

 

「僕だって兄貴と一緒の部屋になりたいんだ。コロンビアだけ2日連続はズルすぎる」

「そうだよ。チャンスは公平に」

「ちぇー」

「それじゃ、決め方は昨日と一緒で。グーチョキパーでいいか?」

「それが手っ取り早いしな。フィーゼも眠そうだしちゃっちゃと決めちゃおうぜ。それじゃ――」

 

 

「へへへー、兄貴と2人っきり」

 

 ホテルの部屋。デンバーはニコニコと嬉しそうにしていた。

 部屋割りで龍仁はまたもや2人部屋に当たり、同室になったのはデンバーであった。

 おかげで先ほどまでの夕飯の時も、デンバーは非常に機嫌が良かった。その分、他の女性陣の視線が怖かったのだが、龍仁は敢えてそれを見ないようにしていた。

 

「ところで、さ」

「ん?」

「兄貴、コロンビアと一緒のベッドで寝たんだっけ?」

「……コロンビアが潜り込んできたんだよ」

「ふーん。ま、兄貴ってばコロンビアには甘々だもんね」

「これでもデンバーもモントピリアも可愛がってるつもりなんだけどなぁ」

「うん、それは分かるよ。兄貴が私達のことも大事にしてるのは」

 

 ただ、それぞれの距離感が全然違う。コロンビアは本当の兄のように龍仁に甘えていたが、デンバーはほとんど友人のような距離感で龍仁に甘えている。だからこそ、龍仁の可愛がり方が違うのは無理もない。何よりも、デンバーはその距離感を自分で選んだのだから。

 

「けど、やっぱりコロンビアが羨ましいかな。私達が一番兄貴にやりたい甘え方を自然にできるんだから。私なんか、兄貴と妙に趣味が合っちゃったせいで今更そんな甘え方できないし」

 

 趣味という点ではおそらくデンバーはクリーブランド以上に龍仁と気が合っている。

 今でこそあまり時間が取れなくなったが、以前は龍仁とデンバーで周囲がうんざりするほどに趣味のことについて語り合っていた。そんなこともあってか、デンバーは龍仁にとっては友人寄りの妹といった距離感になっていた。

 

「んー、俺としてはコロンビアとモントピリアみたいに甘えてくれても嬉しいんだけどな」

「あー、モントピリアもそっかー」

 

 一時期は龍仁に反発していたモントピリア。しかし、龍仁がモントピリアに寄り添ってからは反発していた反動もあってか、コロンビア以上に龍仁に甘えるようになっていた。

 そういう意味では、デンバーは一人残された形である。

 

「確かに距離感はあるけどさ。俺としてはデンバーも可愛い妹みたいなもんだから、甘えてくれた方が嬉しいんだけどな。確かにデンバーと話してるのは楽しいんだけど、なんとなく一線引かれてる感じがしてちょっと寂しかったし」

「……その鋭さをなんで活かせないかなぁ」

「何がだ?」

「こっちの話。それで、甘えてほしいんだっけ?」

「そうだな」

「それじゃ」 

 

 デンバーはベッドに腰掛ける龍仁の横にちょこんと座った。

 

「……」

「……」

「…………」

「…………」

「……うーん、何か違う気がする」

「俺もだ」

 

 そう言って2人で笑い合った。

 やはり、甘えるといってもすぐにはうまくいかない。それほどまでに2人の距離感は「ちょうどよかった」のだ。

 

「えっと、コロンビアは潜り込んできたんだっけ?」

「そうだな」

「じゃ、私もそうしてみようかな」

「え?――うわっ!」

 

 デンバーはグイっと龍仁をベッドに引き倒した。

 

「……」

「……」

 

 ベッドに横になり、2人は至近距離で顔を見合わせていた。

 

「……コロンビア、これ恥ずかしくなかったのかな」

「いや、めっちゃ恥ずかしがってた」

「だろうね。私も恥ずかしいかな、これ」

 

 デンバーは頬を赤くして恥ずかしそうに笑った。

 

「けど……なんか落ち着くかな」

「そっか?」

「うん、やっぱ兄貴と一緒だからかな。すっごく安心する」

「……普通男とこんなことになってたら心配にならないか?」

「恥ずかしいは恥ずかしいけど……全く心配はしてないかな。だって兄貴だもん」

「それって男として見られてないって言われてるみたいでちょっと傷付くな」

「そういう意味じゃないよ。兄貴は私達を本当に大事にしてくれるって分かってるから、こうやって安心できるんだよ。ちょっと大事にされすぎかなって不満はあるけどね」

 

 それに、とデンバーは続ける。

 

「もしも兄貴が道を踏み外して襲ってくるようだったら、私が容赦なくぶっ飛ばしてあげるから。私達が大好きな今の兄貴のためにも。だから兄貴も安心していいんだよ」

「……はぁ」

 

 龍仁は苦笑いしながらデンバーの頭をなでる。

 

「へへっ、こうしてもらうと気持ちいいね。こんなことならもっと早く甘えておくべきだったかな」

「今からでも遅くないさ。甘えたくなったらいつでも甘えてくれればいい」

「……けど、いつもの兄貴との距離感が私は好きだから。ちょっと名残惜しいけど、こうするのは今日が特別ってことで」

「そうか……ちょっと寂しいな」

「へへへ、寂しくなるぐらい私のことが恋しくなったなら嬉しいかな」

 

 そう言うとデンバーは龍仁の体にぎゅっとしがみつく。

 

「……うん、特別だから今日ぐらいはこうしていたいかなって」

「そうだな。ついでにいつもの趣味の話するか?」

「中々に魅力的な提案だけど、それはいつでもできるかなって」

「それもそっか」

 

 2人はそれ以上何も言わず、気付けば静かな寝息を立てていた。

 

 

「……」

 

 海軍の研究所。「博士」はとある新聞記事を難しい顔で見ていた。

 

「失礼する……ん?どうしたんだ、博士。そんな難しい顔をして」

 

 部屋に入ってきたアーク・ロイヤルとフッドに気付き、「博士」は顔を上げた。

 

「ん?あぁ、ちょっと気になる記事があってな」

「気になる記事?」

「あぁ、この記事なんだが……」

 

 博士が新聞の隅っこにある小さな記事を2人に見せる。

 そこには、アズールレーン学園初等部付近で発生した不審者情報が書かれていた。

 

「えっと、これは……」

「あぁ、実は俺の元々の職場で似たような事例の『異常現象』が起きててな。不審者の外見の差異はあるが、4時45分頃に目撃された、約45分で姿を見失ったって情報がその異常現象と酷似してたからな。場合によっては大事故につながるオブジェクトだから何とかしたいが、情報を集めようがなくて……って、どうしたアーク・ロイヤル」

 

 その記事を見てアーク・ロイヤルは明らかに挙動不審になっていた。

 

「え、な、何もないぞ?うん、何もない」

「大丈夫か?変なもん食ったなら医務室に行けよ」

「は、はは。その時はそうさせてもらうよ」

「……アーク・ロイヤル様」

 

 フッドのにこやかな、それでいて冷ややかな声にアーク・ロイヤルはびくっとなる。

 

「ど、どうした、フッド」

「詳しいことは聞きません。ですが……次はありませんからね?」

「は、はい!」

 

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