アズールレーン学園   作:S・H指揮官

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第3話

 彼女は夢を見ていた。

 無数の、星々の輝きのような光に囲まれる夢を。

 その光の一つ一つが、力強く、温かく、そして優しい輝きを放っていた。

 彼女はその光に手を伸ばす。

 しかし、彼女の手はどの光にも決して届かない。

 それでも手を伸ばしていると、どこからともなく無数の「何か」が聞こえてくる。

 光はその「何か」に導かれるかのように、どこかへと飛んでいく。

 いつしか光は見えなくなり、ただの暗闇に一人取り残される。

 そして暗闇の中、決して手の届かない光に憧れながら、彼女の夢は終わるのだった――。

 

 

 

「それじゃ、いただきます」

「「「「いただきます」」」」

 

 桐原家の夕食。

辰巳、芳奈、伊勢、日向、、龍仁、そして新しい家族であるZ46が食卓を囲む。

 

「うん、今日も龍仁のカルボナーラは旨いな」

「そりゃ、これでも色々研究してるんだからな。旨いって言ってもらわないと困るよ」

 

 そう言って龍仁は照れ臭そうに笑う。

 やはり、自分の料理を褒められるのは嬉しいようである。

 

「……」

「ほら、Z46ちゃんも遠慮なく食べていいのよ」

 

 Z46は手を動かさずに、目の前にあるカルボナーラをジッと見つめていた。

 

「……もしかして、カルボナーラ嫌いだったか?」

「これはカルボナーラというのか」

 

 Z46は興味津々といった様子で、カルボナーラを色んな角度からしげしげと眺めている。

 その様子は、初めて見るものに興味を示す子猫のようでもあった。

 

「いや、食べられないというわけではない。ただ、興味深くて」

 

 まるで人形のように変化を見せない表情。しかし、目の前のカルボナーラを見つめるその目には、確かに好奇心の色が浮かんでいた。

 

「そうか、それならいいんだけど……」

「それと……」

「ん?」

 

 Z46は首を傾げながら龍仁に尋ねる。

 

「これは……どうやって食べればいいのだろうか?」

 

 Z46――古代に起きた大戦で起工されたものの、生まれることが叶わなかった艦船。

 彼女はその艦船の新たな可能性として、この世に生を受けた。

 一般的なKAN-SENは、艦船時代の記憶をある程度受け継いで生まれてくる。そのため、生まれたばかりでも知識を有している場合がほとんどである。しかし、このZ46は艦船として生まれることが無かったために、何も知らないまっさらな状態で生まれてきたという。

 そのためか、こういった食事方法のように、知らないことが非常に多いという。

 

「えーっと、これをこうやってだな

「ふむ……」

 

 龍仁がパスタを食べるお手本を見せる。Z46はその様子をジッと見つめ、そして自分でも挑戦を始める。

 

「こうやって……」

 

 フォークをクルクル回して麺を絡めとり、そしてそのまま口に運ぶ。

 

「ふぉうへふぃふぃほふぁ?」

「とりあえず口の中のモノを飲み込んでから喋ろうな」 

 

 龍仁はZ46の口の周りについたソースをティッシュで拭きながらそう言う。

 Z46ha口をモグモグと動かし、ごくんと飲み込んだ。

 

「こうでいいのか?」

「あぁ、バッチリだ」

 

 龍仁がそう言うと、Z46はフォークをクルクル回して麺を絡めとり、また口に運ぶ。そして口の中のモノを呑み込むと、またフォークをクルクル回して麺を絡めとる。

 それを繰り返すだけの食事。ただそれだけなのだが、Z46はどこか楽しそうだった。

 龍仁達はそんなZ46を温かく見守っていた。

 

 しばらくして、Z46は最後の一口を食べ終えた。

 

「どうだ、口に合ったか?」

「口に合う、というのはよく分からないが、また食べてみたいとは思った」

「そうか、それなら良かったよ」

 

 龍仁は嬉しそうに笑った。

 相変わらず表情は変化しない。しかし、本心でそう言っているのは不思議と伝わってきた。

 

「ごちそうさま。んじゃ、そろそろ片付けるか」

 

 全員が夕食を食べ終わり、龍仁は食器の片付けを始める。

 

「皿、下げてもいいか?」

「ん?あ……お願いする」

 

 Z46は一瞬だけフォークを名残惜し気に見つめてから、皿とフォークを龍仁に渡した。

 その様子を見て龍仁は何となく気持ちが分かり、苦笑いをする。

 

「……また作るからさ」

 

 龍仁がZ46の頭を撫でると、彼女の表情がパァッと明るくなったように見えた。

 そして食器を運び終えると、龍仁は食器洗いを始める。

 辰巳や伊勢達はというと、Z46にかかりっきりである。

 まるで娘ができたかのようなはしゃぎっぷり。

元々子供好きな人達である。Z46が来たことが嬉しかったのだろう。

早く終わらせて自分もZ46と触れ合ってみたいと思い、龍仁は手を急がせる。

 

「……」

 

 水を流す音と食器のカチャカチャという音、そして辰巳達が楽しそうに話す声が部屋の中に響き渡る。

 

「……ん?」

 

 ふと、違和感を覚えて龍仁は手を止める。いつの間にか辰巳達の声が聞こえなくなっており、顔を上げると、辰巳達は龍仁の方をジーッと見ていた。

 

「……?」

 

 ふと、視線を感じて龍仁は横を見る。

 

「…………」

 

 そこには、いつの間にやら龍仁の様子をジッと見つめているZ46がいた。

 表情からは何を考えているのかが読み取れなかったが、ソワソワしているようにも見える。そして、時折龍仁の手元をチラッと見てから、何かを言いたげに龍仁の顔をじっと見つめる。

 

「どうした?」

「その……私も手伝わなくていいのだろうか?」

 

 彼女のその声には、何かを期待するような色が籠っていた。

 龍仁はそれでピンと来てZ46を手招きする。

 

「あぁ、是非とも手伝ってくれ」

 

 龍仁がそう言うと、Z46は早足で龍仁の隣へ駆け寄った。

 それを見て辰巳達はうんうんと満足そうに頷いている。

 

「っと、背が届かないな……母さん、あの小さな台ってどこ置いたっけ」

「あぁ、アレ倉庫に片付けちゃってたわね。ちょっと待っててね」

 

 芳奈は2階へと上がり、すぐに小さな台を持って降りてきた。

 そしてそれを流し台の前に置くと、Z46は待ってましたと言わんばかりにピョンと台の上に飛び乗る。

 

「それで、私は何をすればいいのだろうか」

 

 ワクワクしたような声のZ46に、龍仁は微笑ましい気持ちになる。

 

「俺が食器を洗うから、Z46はそれを拭いてそこに並べてくれ」

「分かった」

 

 そして2人の作業が始まる。龍仁が食器を洗い、Z46が食器を受け取ってキッチンペーパーで丁寧に拭き、綺麗に並べる。その間、芳奈は何かあった時のためにZ46の横で彼女のことを見守っていた。

 お世辞にもZ46の作業速度は早いとは言えなかったが、一つ一つ丁寧に、その一つ一つを大切にするかのように作業していた。

 

「……♪」

 

 何よりも、Z46自身が楽しそうに作業をしていた。それを見ているだけで、龍仁も心が温まるような気がして、一緒に作業するのが苦にならなかった。むしろ心が穏やかになった。

 

「……よし、これで終わりだ」

 

 最後の食器を片付け終え、龍仁はグーっと伸びをした。

 

「これで終わりなのだろうか?」

「あぁ」

「……そうか」

 

 Z46は寂しそうに流し台を眺める。ただの片付けだったのだが、彼女にとってはかけがえのないほど楽しい時間だったのだろうか。

 

「……また手伝ってくれよな」

「!」

 

 Z46が龍仁を見上げる。その目には喜びの色が浮かんでいた。

 

「手伝ってもいいのだろうか?」

「あぁ、もちろん。その時はよろしく頼んだぞ」

 

 そう言って龍仁はまたZ46の頭を撫でる。Z46はまるで猫のように目を細めて、心地よさそうな声を上げるのだった。

 

 

「龍仁ー、私達は手伝わなくていいのかー?」

「伊勢姉さん達は俺よりも母さんに許可を取ってくれ。手伝い禁止してるの、母さんだから」

「そうねぇ……皿一枚割るたびに次の給料から100円引くって条件なら手伝っていいわよ」

「そんな!あたしの来月の給料が全部飛んじゃうじゃないか!」

「何枚割る気なんだよ……」

「ちなみに、姉妹で連帯だからね」

「姉さん、絶対に手伝わないでくれ。いいな?」

 

 

「このお菓子、好きかもしれない」

「そうか、良かった。実はそれ、俺の手作りなんだよ」

 

 夕食後の息抜きの時間。

 辰巳達はZ46の部屋の最終チェックを行っており、今はリビングには龍仁とZ46の2人だけであった。

 手作りの羊羹をZ46に気に入ってもらい、龍仁はご満悦の様子だった。

 最後の一口を食べ終え、Z46が龍仁の顔をジッと見る。

 

「どうした?」

「……その、これはまだないのだろうか?」

 

 まだ食べたかったらしい。

 

「あー、悪い。それで最後の一個だったんだ」

「そう、か……」

 

 目に見えてしょんぼりするZ46に、龍仁は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 

「また作ってやるからさ」

 

 Z46の目がパァッと輝く。

 表情は乏しいが、感情は豊かなのだと龍仁は理解した。というよりも、表情に感情を出す手段をまだ知らず、その分雰囲気や目で感情を表わしているというのを、この短い時間でも気付く事ができた。それぐらい、彼女は雰囲気や目に感情が分かりやすいぐらいに出る。

 

「クリーブとか青葉もガツガツ食べていくからな……今回は多めに作るか」

 龍仁がそう言った時だった。

 

「クリーブ?青葉?」

 

 Z46が首を傾げる。

 

「ん?あぁ、友達の名前だよ」

「……名前、か」

 

 Z46は消え入りそうな声でそう呟き、俯いてしまう。

 

「どうかしたのか?」

「よく分からないが……こう、胸の辺りがモヤモヤする」

「大丈夫か?気分が悪いのか?苦しいのか?」

「いや、そうじゃない……何と言えばいいのか、私にも分からないのだが……」

 

 龍仁の目には、Z46の様子は「苦しそう」というよりも「悔しそう」に見えた。

 しかし、彼女にはその感情が何なのか、そしてその感情がどこから来るのかが分からないようであった。そのことが一層彼女をモヤモヤさせているのだろう。

 

「……なぁ」

「何だろうか」

「Z46って、名前じゃないのか?」

「私の型式であって、今の私には名前はない」

 

 Z46はそう言う時もツラそうな表情を浮かべる。

 

「……それじゃあ、さ。名前、決めないか?」

 

 龍仁は思わずそう口にしていた。

 何となくだったが、彼女が名前を求めている。そう感じたのだ。

 

「名前?」

「ほら、Z46だと何というか、呼びづらいし、何か堅苦しい感じがするだろ?」

「そう、なのか?」

「少なくとも、俺はそう感じるかな。だから、呼びやすいように名前を考えたいんだけど、どうかな?」

「だが、それは――」

 

 Z46は少しだけ考え込む。そして、パッと龍仁の顔を見上げる。

 その頬は少し紅潮していたのだが、龍仁はそれに気付くことは無かった。

 

「……私で、良いのだろうか?」

 

 違和感のある言い方だったのだが、龍仁は深く考えずに「もちろん」と答えてしまった。

 

「そうか・・・・・それなら、お願いしたい。私の名前を。あなたになら、任せられる気がする」

「そうだな」……

 

 龍仁は頭の中で考える。色々な名前の候補が浮かんでくるのだが、どれもイマイチピンとこない。せっかく彼女の呼び名を考えるのだ。彼女に相応しい名前を送ってあげたい。

 

「…………」

 

 ジッと考え込む龍仁の顔を、Z46は期待を込めた目でジッと見つめる。

 

「……なぁ、Z46って鉄血の所属ってことになってるんだよな?」

「どうやらそうらしい」

「鉄血か……46……フィーア、ゼクス……フィーゼ?」

 

 龍仁が顔を上げる。

 

「フィーゼ、なんてどうかな」

「フィーゼ……フィーゼ……」

 

 Z46は何度もその名前を呟く。

 

「……もしも気に入らなかったなら、別の名前を考え――」

「この名前がいい」

 

 若干食い気味にZ46はそう言った。

 

「本当に、いいのか?」

「この名前が気に入った。フィーゼ……いい響きだ」

 

 彼女はそっと目を閉じ、その名前を受け入れるかのように「フィーゼ」と呟く。

 

「……ありがとう。このフィーゼという名、ずっと大切にしよう」

「……そ、そうか。気に入ってくれたなら嬉しい」 

 

 何か重大なことを決めてしまったような気がして、龍仁は思わず狼狽する。

 

「それで、その……」

「ん?」

「……もう一度、私の名を呼んでくれないだろうか?」

「一度と言わず、これから何度でも呼んでやるよ、フィーゼ」

 

 龍仁がそう言うと、Z46――フィーゼは龍仁にひしっと抱き着く。

 

「ありがとう、龍仁」

 

 そんなに嬉しかったのか、と龍仁は呑気に考え、フィーゼの頭をそっと撫でた。

 

「Z46ちゃん、お部屋の方は大丈夫だった……あら?」

 

 その時、辰巳達がリビングに戻ってきた。

 

「お、なんだ、龍仁。さっそくZ46ちゃんに手を出したのか?」

「出してねーよ。ちょっとフィーゼと話してただけだ」

「フィーゼ?」

「あぁ、この子の――」

「私の名前だ。龍仁に貰った」

 

 フィーゼの言葉に、辰巳達4人はピタッと固まる。

 

「……え、名前?」

「名前だ」

「名前を、龍仁に?」

「そうだ」

「……えっと、Z46ちゃん……」

「フィーゼと呼んでもらえると嬉しい」

「じゃ、じゃあフィーゼちゃんはそれで良かったの?」

「私が望んだ。龍仁になら、全てを委ねることができる」

「…………」

 

 それを聞いた辰巳がフラっと龍仁の方へ近づく。そして、龍仁の肩をガシッと掴んだ。

 

「龍仁……」

「な、なんだよ父さん……」

「お前……もう大人の階段上るんだなぁ」

「…………は?」

 

 感極まったように涙を流す辰巳に、龍仁は思わず素っ頓狂な声を上げる。

 

「いや、冗談で言ったつもりだったんだけど、まさか本当に手を出すとは……」

「龍仁も意外とやるもんだな、うん」

「え、あの、いや……」

 

 感心したようにうんうんと頷く伊勢と日向。

 

「そっかぁ……母さんはてっきりクリーブランドちゃんとだと思ってたけど……でも、フィーゼちゃんと龍仁がそれでいいなら、母さんは応援するわよ!」

「いや、だからさ……」

「いいんだぞ、龍仁。過去にはもっと幼い子との事例もあるんだ。気にせずに我が道を行け」

「だから、話を……」

 

 自分達だけで盛り上がる辰巳達。

龍仁はただ一人置いてぼりにされ、呆然とするしかなかった。

 

 

 

「KAN-SENに名前を付けるのはケッコンの証!?」

 

 辰巳から説明を受けた龍仁は大声を上げる。

 

「正確には、艦船時代の呼称や型式以外の名前を付ける行為、だな」

 

 そう説明する辰巳の横では、伊勢と日向が「お祝い」という名の酒盛りを始めていた。

 

「いや、そんなの初めて聞いたんだけど」

「まぁ、海軍に入らないとそんな慣習を知る機会は中々ないだろうからな」

「フィーゼはそれを知っていたのか?」

 

ちゃっかり龍仁に膝の上に座るフィーゼに尋ねると、彼女はコクンと頷いた。

 

「名前を付けるというのは生涯を共にするという行為。だからこそ、誰に名前を付けてもらうかは大事にするように、と芳奈に教わった」

「だから私も敢えてZ46ちゃんって呼んでたんだけどねぇ。あ、私のことは芳奈じゃなくてお義母さんでいいのよ?」

「あ、俺のことはお義父さんでいいぞ。いや、むしろパパも憧れるな」

「少し静かにしようか。というか、そんな大事なことなら俺が付けるべきじゃなかったんじゃ……」

 

「そんなことはない」

 

フィーゼはきっぱりと言い切った。

 

「私は龍仁からハッキリと感じた。この人に名前を呼んでもらいたい、と。だからこそ、名前を決めることをお願いした。そして、そのことは後悔などしていない。むしろ、私にとっては喜びだ」

 

あまりにもハッキリした言葉に、龍仁はむず痒くなるのを感じた。

 

「……とはいえ」

 

辰巳は急に真面目な顔になる。

 

「それはあくまで海軍内のこと。しかも、そういう慣習があるってだけの話だ。一般人の龍仁がそれに従う必要性は、ハッキリ言って無いんだよ」

「え……」

 

 フィーゼは明らかにショックを受けたような声を出す。

 その声を聞いて龍仁と辰巳は罪悪感に襲われる。

 

「……だけど、フィーゼちゃんに対する責任があるのは確かだな」

「そうだぞ、龍仁。ここでフィーゼちゃんを放っておくのは男が廃るぞ」

「ここは男らしく潔く嫁に貰っちゃえ」

「うるさいぞ酔っ払いども」

 

 龍仁に睨まれ、伊勢と日向は「はぁい」と返事をして酒盛りを再開した。

 

「……どちらにせよ、フィーゼちゃんはウチの家族になるんだ。つまり、これからずっと一緒に暮らすことになる。龍仁だってまだ若いし、フィーゼちゃんもまだ幼い。ケッコンにしろ結婚にしろ、正直に言うと結論を出すのは早すぎるだろう。せめてあと2年。2年待ってみよう。それから結論を出しても遅くはないと思うぞ」

「2年……」

 

 フィーゼは考え込む。

 

「……その2年とは、長いのか?」

「うーん、中々難しい質問だな。待つのは長いけど、過ぎてしまえばあっという間だしなぁ」

「そうか……」

「……フィーゼちゃんは、色んなことを経験してみたい?」

 

 芳奈がそう尋ねる。

 

「もちろんだ。私は何も知らなさすぎる」

「それなら、なおさら待つのはいいことよ。待っている間に色んなことを経験して、それで色んなものが見えてくるから。その間に、ケッコンの意味、ずっと一緒にいる意味も自分なりに答えが見つかるかもしれない。そうすれば、龍仁との関係も、より深くなると思うわよ」

「……龍仁と一緒にいる時間が、より意味を増すのか?」

「たぶんね。そこはフィーゼちゃん次第よ」

「……龍仁は」

 

 フィーゼは龍仁の方を見る。

 

「龍仁は、あと2年。私のことを待ってくれるだろうか」

「それは難しいわね」

 

 何か言おうとした龍仁の代わりに、芳奈が答える。

 

「いい、フィーゼちゃん。フィーゼちゃんは待っていられたとしても、龍仁には龍仁の考えとかがあるの。もしかしたら、2年の間に龍仁に好きな人ができるかもしれない。それは、フィーゼちゃんにも、私達にも止めることはできないわ」

「そんな……」

「……だから、全力で繋ぎ止めなさい。こういう時は、相手に待ってもらうんじゃなくて、自分で相手を繋ぎ止めるの。ただ待ってるだけじゃ、関係は深まらないわ。ちゃんと向き合って、自分を見てもらって。それで2年間を過ごすの。それで初めて、後からどんな結果になったとしても、悔いの残らない2年間にすることができるのよ」

「そう、なのか……」

 

 困惑するフィーゼに、芳奈は苦笑いする。

 

「といっても、今は全然実感できないでしょうけどね。だから、とりあえず今はウチに慣れなさい。そうすれば、何をすればいいかが自然と見えてくるはずだから」

「分かった」

「というわけで、龍仁も逃げずにフィーゼちゃんと向き合いなさい。そして、2年後にフィーゼちゃんの答えを正面から受け止めなさい。あんたがどんな結論を出そうとも、ね。それが、フィーゼちゃんに名前を与えた責任よ。いいわね?」

「言われなくても」

 

 龍仁は苦笑いをしながらそう答えた。

 

 

 その後、伊勢、日向、辰巳は「お祝い」という名のバカ騒ぎを始めた。

 芳奈は「今夜ぐらいは」と台所でおつまみやお酒を用意していた。

 龍仁は賑やかな部屋をそっと出て2階へと上がり、自分の部屋の前に来た。

 

「どうしたのだ?」

 

 いつの間にか、後ろからフィーゼがついてきていた。

 

「いや、ちょっとな。短時間に色々ありすぎて」

 

 フィーゼがウチに来ることになって、フィーゼに名前を付けて、そうしたらケッコンの話が出てきて、2年後の話にまで発展して。龍仁はまだ頭の中が整理しきれていなかった。

 

「っと、とりあえず部屋に入るか?」

「お願いする」

 

 龍仁は自分の部屋にフィーゼを入れる。そして、龍仁がベッドの上に座ると、その横にフィーゼもちょこんと座る。

 

「……迷惑ではなかっただろうか」

「ん?」

「急にこのようなことになって、迷惑にならなかっただろうか」

 

 不安そうに、フィーゼはそう尋ねる。

 

「少し驚いたけどさ。迷惑、とは思わなかったよ。フィーゼに名前を付けたことも、後悔は全然してないしさ」

 

 フィーゼは「そうか」と安心したように呟いた。

 

「それと……」

「どうした?」

「何故、私に名前を付けようと思ったのだろうか?」

「んー、実際Z46じゃ呼びづらいってのがあったし。それに――」

「それに?」

 

 龍仁は、フィーゼのとある表情を思い出していた。

 

「俺が他の奴の名前を呼んでる時のフィーゼが、何か悔しそうに見えたんだよな」

「悔しそう?」

 

 フィーゼは首を傾げる。

 

「うん。悔しそうで、ツラそうだった。だから、もしかしたら呼び名が欲しかったんじゃないかな、って思ってさ。いや、俺がそう思っただけだから、もしかしたら違うかもしれないけど」

「……龍仁の言っていることは、正しいかもしれない」

 

 フィーゼは語り始める。

 

「名前とは、この世に存在する証。故に、私には名前が無かった。だからだろうか。龍仁が呼んだ名前が、とても輝いているような気がして、それが羨ましかった。そうか……あの時の気持ちが、悔しいというものなのか……」

 

 持たなかったからこそ、持つことが叶わなかったからこそ感じることができる輝き。

 だからこそ、フィーゼはその輝きを龍仁に求めた。

 

「……それを俺が決めて、本当に良かったのか?」

「さっきも言ったように、私はあなたから名前を呼んでもらいたいと感じたのだ。気紛れでもなく、妥協でもなく。名前という存在の輝きを、あなたから受け取りたかったのだ」

 

 純粋で真っすぐな瞳。フィーゼのその瞳が龍仁をハッキリと射抜いていた。

 その瞳を見て、龍仁はとても大きなものを彼女に与えたのだと理解した。

 

「だから、あなたから名前を貰ったことは、私にとって大きな喜びなのだ」

「そうか」

 

 龍仁は少し照れ臭くなり、それを誤魔化すために窓の外に顔を向ける。

 フィーゼもつられて一緒に窓の外を見る。

 時間はすでに深夜。黒い空には、無数の星が輝いていた。

 

「体験しないと分からない物事の数々。それは、この天にあまねく星々のように、恐ろしく数えられない。そして、この星々のように輝いている」

 

 フィーゼはまるで星を掴もうとするかのように、天に手を伸ばす。

 

「龍仁。私は欲張りだ。この星々と同じぐらいのことを経験したいと願っている。経験という輝きを自分のものにしてみたい。そして、その輝きをあなたと一緒に手に入れたい。あなたとなら、それが叶う気がするのだ」

「……中々に重いものを期待されちまったな」

 

 龍仁は戸惑ったように頭を掻きながらも、その表情は満更でもない様子だった。

 

「……何にせよ、これからは家族になるんだからな。一緒に色々体験できるだろうさ。というわけで、これからよろしくな、フィーゼ」

 

 龍仁がフィーゼの頭を撫でながらその名前を呼ぶ。

 すると一瞬だけ、ほんの一瞬だけだがフィーゼが微笑んだような気がした。

 

「よろしく頼む。龍仁」

 

 こうして、桐原家に家族が一人増えたのだった。

 

 

「それにしても、フィーゼちゃん、か」

 

 芳奈は酔っ払い3人を置いて部屋を出る。そして、自分の部屋へと入り、机の引き出しを開ける。そこから取り出したのは、1冊のファイル。表紙に書かれた年月日は、今から約200年前のものであった。

 そのファイルを開き、ページをめくっていく。そして、あるページで手を止めた。

 そこには、数多くのKAN-SENの名前が連なっていた。

 クリーブランド、青葉、Z1、ロング・アイランド、グリッドレイ――。

 そして、その中には「フィーゼ」という名前もあった。

 

「ご先祖様の部隊にも同じ名前の子がいたらしいけど、これは運命なのかしらね」

『芳奈さーん、お酒が切れたー!』

『酒だー!酒をくれー!』

 

 リビングの方からうるさい声が聞こえてくる。

 

「まったく、あの酔っ払いどもは……」

 

 溜息を吐きながら芳奈は引き出しの中にファイルをしまい、リビングへと向かう。

 

 

「……でも、大丈夫かしらね。あのお姫様がこのことを知ったら……ま、そこは私の息子だし、どうにかするわよね、うん」

 

 

 その日、彼女は夢を見ていた。

 いつものように無数の、星々の輝きのような光に囲まれる夢を。

 いつもと変わらず、その光一つ一つが力強く、温かく、そして優しい輝きを放っていた。

 彼女はその光に手を伸ばす。しかし、いつものように、どの光にも手は届かない。

 それでも手を伸ばしていると、どこからともなく無数の「何か」が聞こえてくる。

 光はその「何か」に導かれるように、何処かへ飛んでいく。

 いつしか光は見えなくなり、ただの暗闇に一人取り残される。

 いつもならそこで目が覚める。しかし、その日の夢は違った。

 

 ――フィーゼ。

 

 声が聞こえた。

 力強く、温かく、そして優しい声が。

 彼女はその声に手を伸ばす。

 そして気付いた。

 自分自身が、今まであこがれ続けた光になっていることを。

 そして、ずっと聞こえていた「何か」が、光の「名前」であったことを。

 彼女は声に導かれる。そして、その先にあったものは――

 

「フィーゼ」

 フィーゼが目を覚ますと、そこには龍仁の姿があった。

「……龍仁?」

「あぁ。おはよう。もう朝だぞ」

 チラッと時計を見る。もう朝の7時だった。

「さっそく学校なんだろ。もう母さん達は出ちゃったけど、朝ごはんはできてるからさ。すぐ降りて来いよ」

 

 そう言って龍仁が立ち上がろうとした時……フィーゼは思わず龍仁の服をつかむ。

 

「……フィーゼ?」

「……あ、すまない」

 

 フィーゼはハッと我に返り、手を離す。

 

「どうしたんだ?」

「大したことではない。ただ……」

 

 フィーゼは龍仁の顔を見上げる。夢の中の声の先にあった、その顔を。

 そして、フィーゼは微笑むのだった。

 

「やっと――届いたから」

 

 

 

「んじゃ、そろそろ来る時間だな」

「来る時間?」

 

 朝食や準備を終わらせた龍仁とフィーゼ。龍仁はいつものようにクリーブランドを待っていた。

 

「あぁ、俺の友達が迎えに来る時間だよ」

「友達?」

「ま、来た時に紹介するよ……っと、来たな」

 

 ちょうどいいタイミングでインターホンが鳴る。

 

「あいよー」

 

 龍仁はパタパタと駆け足で玄関へと向かう。

 

「今から開けるから……っと、おはよう、クリーブ」

「あぁ、おはよう。龍仁」

「……で、なんでお前がいるんだ、青葉」

 

 クリーブランドの後ろには、ワクワクしたような表情の青葉が立っていた。

 

「いやぁ、何でか分からないけど、今日は朝から面白いことが起きそうな予感がして」

「どんな予感だよ」

「まぁまぁ。それじゃ、行こうか」

「あ、ちょっと待ってくれ。実は、紹介しときたい奴がいるんだ」

「紹介しときたい奴?」

「あぁ。フィーゼ、来てくれ」

 

 龍仁が呼ぶと、フィーゼが玄関に姿を出す。

 

「龍仁、この子は……?」

「あぁ、実はさ。ウチってKAN-SEN保護枠が残っててさ。それで、昨日からウチで引き取ることになった子なんだよ」

「へぇ……」

 

 クリーブランドと青葉はフィーゼをじっと見る。

 まるで芸術作品のように整った容姿に、2人は思わず引き込まれそうになった。

 

「なんだ、龍仁が連れ込んだ子じゃないんだ。せっかく『桐原龍仁、ロリコン疑惑!』って記事が思い浮かんだのに」

「んな記事思い浮かぶな」

「で、この子は何て名前なの?」

「フィーゼだ」

「フィーゼ……保護家庭枠で引き取ったってことは、この子もKAN-SENなんだよね?フィーゼなんてKAN-SENいたっけ……?」

「あ、実はな……」

「元の名前はZ46。フィーゼという名は龍仁から貰った」

 

 それを聞いて、クリーブランドと青葉はピタッと動きを止める。

 

「……え、名前を、貰った?」

「そうだ」

「え、それってつまりは……」

「そうだ。私は龍仁の嫁だ」

「いや、ちょっと待て」

 

 龍仁が思わずツッコミを入れる。

 

「いや、違うからな。確かに名前は付けたけど、そういうのじゃなくて、普通に呼びやすい名前で呼んだ方がいいと思ったからで……というか、2人とも名前のこと知ってるのか?」

「い、一応……父さんから聞いてたから」

「同じく」

「いや、俺は全然知らなくてさ。それで名前つけた後にそれを教えられて。だから違うんだ」

 

 龍仁は必死にそう説明する。

 

「だが、龍仁は責任を取ってくれると言ってくれた」

「いや、言ったけども、そこまでの経緯も説明しないと誤解しか生まんぞ、その言い方!」

「しかし、芳奈が、もしも誰かに聞かれた時は、こう言って先手を取るのが重要だと」

「母さん!何を教えてるんだ!?」

「嫁……責任……くらぁ」

「うわっ、ちょっ、クリーブ!?」

 

 クリーブランドはフラっと倒れる。龍仁は慌ててクリーブランドを抱きかかえた。

 

「おい、目を覚ませって!ちゃんと説明するから!というかさせてくれ!頼む!」

「むぅ……龍仁がそうやっていると、何故かこう胸がチクチクする。『悔しい』という感情に似ている気がする」

「おおう、すでに嫉妬するぐらいの関係とは。これは面白くなってきた!」

「面白がってないで、クリーブを起こすのを手伝ってくれ、青葉!」

 

 

 その後、クリーブランドを起こすのに5分、説明をして2人に何とか納得してもらうのに15分の時間を有したのだった。

 




誤字・文章の誤りがあればご指摘をお願いします。
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