彼女は夢を見ていた。
無数の、星々の輝きのような光に囲まれる夢を。
その光の一つ一つが、力強く、温かく、そして優しい輝きを放っていた。
彼女はその光に手を伸ばす。
しかし、彼女の手はどの光にも決して届かない。
それでも手を伸ばしていると、どこからともなく無数の「何か」が聞こえてくる。
光はその「何か」に導かれるかのように、どこかへと飛んでいく。
いつしか光は見えなくなり、ただの暗闇に一人取り残される。
そして暗闇の中、決して手の届かない光に憧れながら、彼女の夢は終わるのだった――。
「それじゃ、いただきます」
「「「「いただきます」」」」
桐原家の夕食。
辰巳、芳奈、伊勢、日向、、龍仁、そして新しい家族であるZ46が食卓を囲む。
「うん、今日も龍仁のカルボナーラは旨いな」
「そりゃ、これでも色々研究してるんだからな。旨いって言ってもらわないと困るよ」
そう言って龍仁は照れ臭そうに笑う。
やはり、自分の料理を褒められるのは嬉しいようである。
「……」
「ほら、Z46ちゃんも遠慮なく食べていいのよ」
Z46は手を動かさずに、目の前にあるカルボナーラをジッと見つめていた。
「……もしかして、カルボナーラ嫌いだったか?」
「これはカルボナーラというのか」
Z46は興味津々といった様子で、カルボナーラを色んな角度からしげしげと眺めている。
その様子は、初めて見るものに興味を示す子猫のようでもあった。
「いや、食べられないというわけではない。ただ、興味深くて」
まるで人形のように変化を見せない表情。しかし、目の前のカルボナーラを見つめるその目には、確かに好奇心の色が浮かんでいた。
「そうか、それならいいんだけど……」
「それと……」
「ん?」
Z46は首を傾げながら龍仁に尋ねる。
「これは……どうやって食べればいいのだろうか?」
Z46――古代に起きた大戦で起工されたものの、生まれることが叶わなかった艦船。
彼女はその艦船の新たな可能性として、この世に生を受けた。
一般的なKAN-SENは、艦船時代の記憶をある程度受け継いで生まれてくる。そのため、生まれたばかりでも知識を有している場合がほとんどである。しかし、このZ46は艦船として生まれることが無かったために、何も知らないまっさらな状態で生まれてきたという。
そのためか、こういった食事方法のように、知らないことが非常に多いという。
「えーっと、これをこうやってだな
「ふむ……」
龍仁がパスタを食べるお手本を見せる。Z46はその様子をジッと見つめ、そして自分でも挑戦を始める。
「こうやって……」
フォークをクルクル回して麺を絡めとり、そしてそのまま口に運ぶ。
「ふぉうへふぃふぃほふぁ?」
「とりあえず口の中のモノを飲み込んでから喋ろうな」
龍仁はZ46の口の周りについたソースをティッシュで拭きながらそう言う。
Z46ha口をモグモグと動かし、ごくんと飲み込んだ。
「こうでいいのか?」
「あぁ、バッチリだ」
龍仁がそう言うと、Z46はフォークをクルクル回して麺を絡めとり、また口に運ぶ。そして口の中のモノを呑み込むと、またフォークをクルクル回して麺を絡めとる。
それを繰り返すだけの食事。ただそれだけなのだが、Z46はどこか楽しそうだった。
龍仁達はそんなZ46を温かく見守っていた。
しばらくして、Z46は最後の一口を食べ終えた。
「どうだ、口に合ったか?」
「口に合う、というのはよく分からないが、また食べてみたいとは思った」
「そうか、それなら良かったよ」
龍仁は嬉しそうに笑った。
相変わらず表情は変化しない。しかし、本心でそう言っているのは不思議と伝わってきた。
「ごちそうさま。んじゃ、そろそろ片付けるか」
全員が夕食を食べ終わり、龍仁は食器の片付けを始める。
「皿、下げてもいいか?」
「ん?あ……お願いする」
Z46は一瞬だけフォークを名残惜し気に見つめてから、皿とフォークを龍仁に渡した。
その様子を見て龍仁は何となく気持ちが分かり、苦笑いをする。
「……また作るからさ」
龍仁がZ46の頭を撫でると、彼女の表情がパァッと明るくなったように見えた。
そして食器を運び終えると、龍仁は食器洗いを始める。
辰巳や伊勢達はというと、Z46にかかりっきりである。
まるで娘ができたかのようなはしゃぎっぷり。
元々子供好きな人達である。Z46が来たことが嬉しかったのだろう。
早く終わらせて自分もZ46と触れ合ってみたいと思い、龍仁は手を急がせる。
「……」
水を流す音と食器のカチャカチャという音、そして辰巳達が楽しそうに話す声が部屋の中に響き渡る。
「……ん?」
ふと、違和感を覚えて龍仁は手を止める。いつの間にか辰巳達の声が聞こえなくなっており、顔を上げると、辰巳達は龍仁の方をジーッと見ていた。
「……?」
ふと、視線を感じて龍仁は横を見る。
「…………」
そこには、いつの間にやら龍仁の様子をジッと見つめているZ46がいた。
表情からは何を考えているのかが読み取れなかったが、ソワソワしているようにも見える。そして、時折龍仁の手元をチラッと見てから、何かを言いたげに龍仁の顔をじっと見つめる。
「どうした?」
「その……私も手伝わなくていいのだろうか?」
彼女のその声には、何かを期待するような色が籠っていた。
龍仁はそれでピンと来てZ46を手招きする。
「あぁ、是非とも手伝ってくれ」
龍仁がそう言うと、Z46は早足で龍仁の隣へ駆け寄った。
それを見て辰巳達はうんうんと満足そうに頷いている。
「っと、背が届かないな……母さん、あの小さな台ってどこ置いたっけ」
「あぁ、アレ倉庫に片付けちゃってたわね。ちょっと待っててね」
芳奈は2階へと上がり、すぐに小さな台を持って降りてきた。
そしてそれを流し台の前に置くと、Z46は待ってましたと言わんばかりにピョンと台の上に飛び乗る。
「それで、私は何をすればいいのだろうか」
ワクワクしたような声のZ46に、龍仁は微笑ましい気持ちになる。
「俺が食器を洗うから、Z46はそれを拭いてそこに並べてくれ」
「分かった」
そして2人の作業が始まる。龍仁が食器を洗い、Z46が食器を受け取ってキッチンペーパーで丁寧に拭き、綺麗に並べる。その間、芳奈は何かあった時のためにZ46の横で彼女のことを見守っていた。
お世辞にもZ46の作業速度は早いとは言えなかったが、一つ一つ丁寧に、その一つ一つを大切にするかのように作業していた。
「……♪」
何よりも、Z46自身が楽しそうに作業をしていた。それを見ているだけで、龍仁も心が温まるような気がして、一緒に作業するのが苦にならなかった。むしろ心が穏やかになった。
「……よし、これで終わりだ」
最後の食器を片付け終え、龍仁はグーっと伸びをした。
「これで終わりなのだろうか?」
「あぁ」
「……そうか」
Z46は寂しそうに流し台を眺める。ただの片付けだったのだが、彼女にとってはかけがえのないほど楽しい時間だったのだろうか。
「……また手伝ってくれよな」
「!」
Z46が龍仁を見上げる。その目には喜びの色が浮かんでいた。
「手伝ってもいいのだろうか?」
「あぁ、もちろん。その時はよろしく頼んだぞ」
そう言って龍仁はまたZ46の頭を撫でる。Z46はまるで猫のように目を細めて、心地よさそうな声を上げるのだった。
「龍仁ー、私達は手伝わなくていいのかー?」
「伊勢姉さん達は俺よりも母さんに許可を取ってくれ。手伝い禁止してるの、母さんだから」
「そうねぇ……皿一枚割るたびに次の給料から100円引くって条件なら手伝っていいわよ」
「そんな!あたしの来月の給料が全部飛んじゃうじゃないか!」
「何枚割る気なんだよ……」
「ちなみに、姉妹で連帯だからね」
「姉さん、絶対に手伝わないでくれ。いいな?」
「このお菓子、好きかもしれない」
「そうか、良かった。実はそれ、俺の手作りなんだよ」
夕食後の息抜きの時間。
辰巳達はZ46の部屋の最終チェックを行っており、今はリビングには龍仁とZ46の2人だけであった。
手作りの羊羹をZ46に気に入ってもらい、龍仁はご満悦の様子だった。
最後の一口を食べ終え、Z46が龍仁の顔をジッと見る。
「どうした?」
「……その、これはまだないのだろうか?」
まだ食べたかったらしい。
「あー、悪い。それで最後の一個だったんだ」
「そう、か……」
目に見えてしょんぼりするZ46に、龍仁は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「また作ってやるからさ」
Z46の目がパァッと輝く。
表情は乏しいが、感情は豊かなのだと龍仁は理解した。というよりも、表情に感情を出す手段をまだ知らず、その分雰囲気や目で感情を表わしているというのを、この短い時間でも気付く事ができた。それぐらい、彼女は雰囲気や目に感情が分かりやすいぐらいに出る。
「クリーブとか青葉もガツガツ食べていくからな……今回は多めに作るか」
龍仁がそう言った時だった。
「クリーブ?青葉?」
Z46が首を傾げる。
「ん?あぁ、友達の名前だよ」
「……名前、か」
Z46は消え入りそうな声でそう呟き、俯いてしまう。
「どうかしたのか?」
「よく分からないが……こう、胸の辺りがモヤモヤする」
「大丈夫か?気分が悪いのか?苦しいのか?」
「いや、そうじゃない……何と言えばいいのか、私にも分からないのだが……」
龍仁の目には、Z46の様子は「苦しそう」というよりも「悔しそう」に見えた。
しかし、彼女にはその感情が何なのか、そしてその感情がどこから来るのかが分からないようであった。そのことが一層彼女をモヤモヤさせているのだろう。
「……なぁ」
「何だろうか」
「Z46って、名前じゃないのか?」
「私の型式であって、今の私には名前はない」
Z46はそう言う時もツラそうな表情を浮かべる。
「……それじゃあ、さ。名前、決めないか?」
龍仁は思わずそう口にしていた。
何となくだったが、彼女が名前を求めている。そう感じたのだ。
「名前?」
「ほら、Z46だと何というか、呼びづらいし、何か堅苦しい感じがするだろ?」
「そう、なのか?」
「少なくとも、俺はそう感じるかな。だから、呼びやすいように名前を考えたいんだけど、どうかな?」
「だが、それは――」
Z46は少しだけ考え込む。そして、パッと龍仁の顔を見上げる。
その頬は少し紅潮していたのだが、龍仁はそれに気付くことは無かった。
「……私で、良いのだろうか?」
違和感のある言い方だったのだが、龍仁は深く考えずに「もちろん」と答えてしまった。
「そうか・・・・・それなら、お願いしたい。私の名前を。あなたになら、任せられる気がする」
「そうだな」……
龍仁は頭の中で考える。色々な名前の候補が浮かんでくるのだが、どれもイマイチピンとこない。せっかく彼女の呼び名を考えるのだ。彼女に相応しい名前を送ってあげたい。
「…………」
ジッと考え込む龍仁の顔を、Z46は期待を込めた目でジッと見つめる。
「……なぁ、Z46って鉄血の所属ってことになってるんだよな?」
「どうやらそうらしい」
「鉄血か……46……フィーア、ゼクス……フィーゼ?」
龍仁が顔を上げる。
「フィーゼ、なんてどうかな」
「フィーゼ……フィーゼ……」
Z46は何度もその名前を呟く。
「……もしも気に入らなかったなら、別の名前を考え――」
「この名前がいい」
若干食い気味にZ46はそう言った。
「本当に、いいのか?」
「この名前が気に入った。フィーゼ……いい響きだ」
彼女はそっと目を閉じ、その名前を受け入れるかのように「フィーゼ」と呟く。
「……ありがとう。このフィーゼという名、ずっと大切にしよう」
「……そ、そうか。気に入ってくれたなら嬉しい」
何か重大なことを決めてしまったような気がして、龍仁は思わず狼狽する。
「それで、その……」
「ん?」
「……もう一度、私の名を呼んでくれないだろうか?」
「一度と言わず、これから何度でも呼んでやるよ、フィーゼ」
龍仁がそう言うと、Z46――フィーゼは龍仁にひしっと抱き着く。
「ありがとう、龍仁」
そんなに嬉しかったのか、と龍仁は呑気に考え、フィーゼの頭をそっと撫でた。
「Z46ちゃん、お部屋の方は大丈夫だった……あら?」
その時、辰巳達がリビングに戻ってきた。
「お、なんだ、龍仁。さっそくZ46ちゃんに手を出したのか?」
「出してねーよ。ちょっとフィーゼと話してただけだ」
「フィーゼ?」
「あぁ、この子の――」
「私の名前だ。龍仁に貰った」
フィーゼの言葉に、辰巳達4人はピタッと固まる。
「……え、名前?」
「名前だ」
「名前を、龍仁に?」
「そうだ」
「……えっと、Z46ちゃん……」
「フィーゼと呼んでもらえると嬉しい」
「じゃ、じゃあフィーゼちゃんはそれで良かったの?」
「私が望んだ。龍仁になら、全てを委ねることができる」
「…………」
それを聞いた辰巳がフラっと龍仁の方へ近づく。そして、龍仁の肩をガシッと掴んだ。
「龍仁……」
「な、なんだよ父さん……」
「お前……もう大人の階段上るんだなぁ」
「…………は?」
感極まったように涙を流す辰巳に、龍仁は思わず素っ頓狂な声を上げる。
「いや、冗談で言ったつもりだったんだけど、まさか本当に手を出すとは……」
「龍仁も意外とやるもんだな、うん」
「え、あの、いや……」
感心したようにうんうんと頷く伊勢と日向。
「そっかぁ……母さんはてっきりクリーブランドちゃんとだと思ってたけど……でも、フィーゼちゃんと龍仁がそれでいいなら、母さんは応援するわよ!」
「いや、だからさ……」
「いいんだぞ、龍仁。過去にはもっと幼い子との事例もあるんだ。気にせずに我が道を行け」
「だから、話を……」
自分達だけで盛り上がる辰巳達。
龍仁はただ一人置いてぼりにされ、呆然とするしかなかった。
「KAN-SENに名前を付けるのはケッコンの証!?」
辰巳から説明を受けた龍仁は大声を上げる。
「正確には、艦船時代の呼称や型式以外の名前を付ける行為、だな」
そう説明する辰巳の横では、伊勢と日向が「お祝い」という名の酒盛りを始めていた。
「いや、そんなの初めて聞いたんだけど」
「まぁ、海軍に入らないとそんな慣習を知る機会は中々ないだろうからな」
「フィーゼはそれを知っていたのか?」
ちゃっかり龍仁に膝の上に座るフィーゼに尋ねると、彼女はコクンと頷いた。
「名前を付けるというのは生涯を共にするという行為。だからこそ、誰に名前を付けてもらうかは大事にするように、と芳奈に教わった」
「だから私も敢えてZ46ちゃんって呼んでたんだけどねぇ。あ、私のことは芳奈じゃなくてお義母さんでいいのよ?」
「あ、俺のことはお義父さんでいいぞ。いや、むしろパパも憧れるな」
「少し静かにしようか。というか、そんな大事なことなら俺が付けるべきじゃなかったんじゃ……」
「そんなことはない」
フィーゼはきっぱりと言い切った。
「私は龍仁からハッキリと感じた。この人に名前を呼んでもらいたい、と。だからこそ、名前を決めることをお願いした。そして、そのことは後悔などしていない。むしろ、私にとっては喜びだ」
あまりにもハッキリした言葉に、龍仁はむず痒くなるのを感じた。
「……とはいえ」
辰巳は急に真面目な顔になる。
「それはあくまで海軍内のこと。しかも、そういう慣習があるってだけの話だ。一般人の龍仁がそれに従う必要性は、ハッキリ言って無いんだよ」
「え……」
フィーゼは明らかにショックを受けたような声を出す。
その声を聞いて龍仁と辰巳は罪悪感に襲われる。
「……だけど、フィーゼちゃんに対する責任があるのは確かだな」
「そうだぞ、龍仁。ここでフィーゼちゃんを放っておくのは男が廃るぞ」
「ここは男らしく潔く嫁に貰っちゃえ」
「うるさいぞ酔っ払いども」
龍仁に睨まれ、伊勢と日向は「はぁい」と返事をして酒盛りを再開した。
「……どちらにせよ、フィーゼちゃんはウチの家族になるんだ。つまり、これからずっと一緒に暮らすことになる。龍仁だってまだ若いし、フィーゼちゃんもまだ幼い。ケッコンにしろ結婚にしろ、正直に言うと結論を出すのは早すぎるだろう。せめてあと2年。2年待ってみよう。それから結論を出しても遅くはないと思うぞ」
「2年……」
フィーゼは考え込む。
「……その2年とは、長いのか?」
「うーん、中々難しい質問だな。待つのは長いけど、過ぎてしまえばあっという間だしなぁ」
「そうか……」
「……フィーゼちゃんは、色んなことを経験してみたい?」
芳奈がそう尋ねる。
「もちろんだ。私は何も知らなさすぎる」
「それなら、なおさら待つのはいいことよ。待っている間に色んなことを経験して、それで色んなものが見えてくるから。その間に、ケッコンの意味、ずっと一緒にいる意味も自分なりに答えが見つかるかもしれない。そうすれば、龍仁との関係も、より深くなると思うわよ」
「……龍仁と一緒にいる時間が、より意味を増すのか?」
「たぶんね。そこはフィーゼちゃん次第よ」
「……龍仁は」
フィーゼは龍仁の方を見る。
「龍仁は、あと2年。私のことを待ってくれるだろうか」
「それは難しいわね」
何か言おうとした龍仁の代わりに、芳奈が答える。
「いい、フィーゼちゃん。フィーゼちゃんは待っていられたとしても、龍仁には龍仁の考えとかがあるの。もしかしたら、2年の間に龍仁に好きな人ができるかもしれない。それは、フィーゼちゃんにも、私達にも止めることはできないわ」
「そんな……」
「……だから、全力で繋ぎ止めなさい。こういう時は、相手に待ってもらうんじゃなくて、自分で相手を繋ぎ止めるの。ただ待ってるだけじゃ、関係は深まらないわ。ちゃんと向き合って、自分を見てもらって。それで2年間を過ごすの。それで初めて、後からどんな結果になったとしても、悔いの残らない2年間にすることができるのよ」
「そう、なのか……」
困惑するフィーゼに、芳奈は苦笑いする。
「といっても、今は全然実感できないでしょうけどね。だから、とりあえず今はウチに慣れなさい。そうすれば、何をすればいいかが自然と見えてくるはずだから」
「分かった」
「というわけで、龍仁も逃げずにフィーゼちゃんと向き合いなさい。そして、2年後にフィーゼちゃんの答えを正面から受け止めなさい。あんたがどんな結論を出そうとも、ね。それが、フィーゼちゃんに名前を与えた責任よ。いいわね?」
「言われなくても」
龍仁は苦笑いをしながらそう答えた。
その後、伊勢、日向、辰巳は「お祝い」という名のバカ騒ぎを始めた。
芳奈は「今夜ぐらいは」と台所でおつまみやお酒を用意していた。
龍仁は賑やかな部屋をそっと出て2階へと上がり、自分の部屋の前に来た。
「どうしたのだ?」
いつの間にか、後ろからフィーゼがついてきていた。
「いや、ちょっとな。短時間に色々ありすぎて」
フィーゼがウチに来ることになって、フィーゼに名前を付けて、そうしたらケッコンの話が出てきて、2年後の話にまで発展して。龍仁はまだ頭の中が整理しきれていなかった。
「っと、とりあえず部屋に入るか?」
「お願いする」
龍仁は自分の部屋にフィーゼを入れる。そして、龍仁がベッドの上に座ると、その横にフィーゼもちょこんと座る。
「……迷惑ではなかっただろうか」
「ん?」
「急にこのようなことになって、迷惑にならなかっただろうか」
不安そうに、フィーゼはそう尋ねる。
「少し驚いたけどさ。迷惑、とは思わなかったよ。フィーゼに名前を付けたことも、後悔は全然してないしさ」
フィーゼは「そうか」と安心したように呟いた。
「それと……」
「どうした?」
「何故、私に名前を付けようと思ったのだろうか?」
「んー、実際Z46じゃ呼びづらいってのがあったし。それに――」
「それに?」
龍仁は、フィーゼのとある表情を思い出していた。
「俺が他の奴の名前を呼んでる時のフィーゼが、何か悔しそうに見えたんだよな」
「悔しそう?」
フィーゼは首を傾げる。
「うん。悔しそうで、ツラそうだった。だから、もしかしたら呼び名が欲しかったんじゃないかな、って思ってさ。いや、俺がそう思っただけだから、もしかしたら違うかもしれないけど」
「……龍仁の言っていることは、正しいかもしれない」
フィーゼは語り始める。
「名前とは、この世に存在する証。故に、私には名前が無かった。だからだろうか。龍仁が呼んだ名前が、とても輝いているような気がして、それが羨ましかった。そうか……あの時の気持ちが、悔しいというものなのか……」
持たなかったからこそ、持つことが叶わなかったからこそ感じることができる輝き。
だからこそ、フィーゼはその輝きを龍仁に求めた。
「……それを俺が決めて、本当に良かったのか?」
「さっきも言ったように、私はあなたから名前を呼んでもらいたいと感じたのだ。気紛れでもなく、妥協でもなく。名前という存在の輝きを、あなたから受け取りたかったのだ」
純粋で真っすぐな瞳。フィーゼのその瞳が龍仁をハッキリと射抜いていた。
その瞳を見て、龍仁はとても大きなものを彼女に与えたのだと理解した。
「だから、あなたから名前を貰ったことは、私にとって大きな喜びなのだ」
「そうか」
龍仁は少し照れ臭くなり、それを誤魔化すために窓の外に顔を向ける。
フィーゼもつられて一緒に窓の外を見る。
時間はすでに深夜。黒い空には、無数の星が輝いていた。
「体験しないと分からない物事の数々。それは、この天にあまねく星々のように、恐ろしく数えられない。そして、この星々のように輝いている」
フィーゼはまるで星を掴もうとするかのように、天に手を伸ばす。
「龍仁。私は欲張りだ。この星々と同じぐらいのことを経験したいと願っている。経験という輝きを自分のものにしてみたい。そして、その輝きをあなたと一緒に手に入れたい。あなたとなら、それが叶う気がするのだ」
「……中々に重いものを期待されちまったな」
龍仁は戸惑ったように頭を掻きながらも、その表情は満更でもない様子だった。
「……何にせよ、これからは家族になるんだからな。一緒に色々体験できるだろうさ。というわけで、これからよろしくな、フィーゼ」
龍仁がフィーゼの頭を撫でながらその名前を呼ぶ。
すると一瞬だけ、ほんの一瞬だけだがフィーゼが微笑んだような気がした。
「よろしく頼む。龍仁」
こうして、桐原家に家族が一人増えたのだった。
「それにしても、フィーゼちゃん、か」
芳奈は酔っ払い3人を置いて部屋を出る。そして、自分の部屋へと入り、机の引き出しを開ける。そこから取り出したのは、1冊のファイル。表紙に書かれた年月日は、今から約200年前のものであった。
そのファイルを開き、ページをめくっていく。そして、あるページで手を止めた。
そこには、数多くのKAN-SENの名前が連なっていた。
クリーブランド、青葉、Z1、ロング・アイランド、グリッドレイ――。
そして、その中には「フィーゼ」という名前もあった。
「ご先祖様の部隊にも同じ名前の子がいたらしいけど、これは運命なのかしらね」
『芳奈さーん、お酒が切れたー!』
『酒だー!酒をくれー!』
リビングの方からうるさい声が聞こえてくる。
「まったく、あの酔っ払いどもは……」
溜息を吐きながら芳奈は引き出しの中にファイルをしまい、リビングへと向かう。
「……でも、大丈夫かしらね。あのお姫様がこのことを知ったら……ま、そこは私の息子だし、どうにかするわよね、うん」
その日、彼女は夢を見ていた。
いつものように無数の、星々の輝きのような光に囲まれる夢を。
いつもと変わらず、その光一つ一つが力強く、温かく、そして優しい輝きを放っていた。
彼女はその光に手を伸ばす。しかし、いつものように、どの光にも手は届かない。
それでも手を伸ばしていると、どこからともなく無数の「何か」が聞こえてくる。
光はその「何か」に導かれるように、何処かへ飛んでいく。
いつしか光は見えなくなり、ただの暗闇に一人取り残される。
いつもならそこで目が覚める。しかし、その日の夢は違った。
――フィーゼ。
声が聞こえた。
力強く、温かく、そして優しい声が。
彼女はその声に手を伸ばす。
そして気付いた。
自分自身が、今まであこがれ続けた光になっていることを。
そして、ずっと聞こえていた「何か」が、光の「名前」であったことを。
彼女は声に導かれる。そして、その先にあったものは――
「フィーゼ」
フィーゼが目を覚ますと、そこには龍仁の姿があった。
「……龍仁?」
「あぁ。おはよう。もう朝だぞ」
チラッと時計を見る。もう朝の7時だった。
「さっそく学校なんだろ。もう母さん達は出ちゃったけど、朝ごはんはできてるからさ。すぐ降りて来いよ」
そう言って龍仁が立ち上がろうとした時……フィーゼは思わず龍仁の服をつかむ。
「……フィーゼ?」
「……あ、すまない」
フィーゼはハッと我に返り、手を離す。
「どうしたんだ?」
「大したことではない。ただ……」
フィーゼは龍仁の顔を見上げる。夢の中の声の先にあった、その顔を。
そして、フィーゼは微笑むのだった。
「やっと――届いたから」
「んじゃ、そろそろ来る時間だな」
「来る時間?」
朝食や準備を終わらせた龍仁とフィーゼ。龍仁はいつものようにクリーブランドを待っていた。
「あぁ、俺の友達が迎えに来る時間だよ」
「友達?」
「ま、来た時に紹介するよ……っと、来たな」
ちょうどいいタイミングでインターホンが鳴る。
「あいよー」
龍仁はパタパタと駆け足で玄関へと向かう。
「今から開けるから……っと、おはよう、クリーブ」
「あぁ、おはよう。龍仁」
「……で、なんでお前がいるんだ、青葉」
クリーブランドの後ろには、ワクワクしたような表情の青葉が立っていた。
「いやぁ、何でか分からないけど、今日は朝から面白いことが起きそうな予感がして」
「どんな予感だよ」
「まぁまぁ。それじゃ、行こうか」
「あ、ちょっと待ってくれ。実は、紹介しときたい奴がいるんだ」
「紹介しときたい奴?」
「あぁ。フィーゼ、来てくれ」
龍仁が呼ぶと、フィーゼが玄関に姿を出す。
「龍仁、この子は……?」
「あぁ、実はさ。ウチってKAN-SEN保護枠が残っててさ。それで、昨日からウチで引き取ることになった子なんだよ」
「へぇ……」
クリーブランドと青葉はフィーゼをじっと見る。
まるで芸術作品のように整った容姿に、2人は思わず引き込まれそうになった。
「なんだ、龍仁が連れ込んだ子じゃないんだ。せっかく『桐原龍仁、ロリコン疑惑!』って記事が思い浮かんだのに」
「んな記事思い浮かぶな」
「で、この子は何て名前なの?」
「フィーゼだ」
「フィーゼ……保護家庭枠で引き取ったってことは、この子もKAN-SENなんだよね?フィーゼなんてKAN-SENいたっけ……?」
「あ、実はな……」
「元の名前はZ46。フィーゼという名は龍仁から貰った」
それを聞いて、クリーブランドと青葉はピタッと動きを止める。
「……え、名前を、貰った?」
「そうだ」
「え、それってつまりは……」
「そうだ。私は龍仁の嫁だ」
「いや、ちょっと待て」
龍仁が思わずツッコミを入れる。
「いや、違うからな。確かに名前は付けたけど、そういうのじゃなくて、普通に呼びやすい名前で呼んだ方がいいと思ったからで……というか、2人とも名前のこと知ってるのか?」
「い、一応……父さんから聞いてたから」
「同じく」
「いや、俺は全然知らなくてさ。それで名前つけた後にそれを教えられて。だから違うんだ」
龍仁は必死にそう説明する。
「だが、龍仁は責任を取ってくれると言ってくれた」
「いや、言ったけども、そこまでの経緯も説明しないと誤解しか生まんぞ、その言い方!」
「しかし、芳奈が、もしも誰かに聞かれた時は、こう言って先手を取るのが重要だと」
「母さん!何を教えてるんだ!?」
「嫁……責任……くらぁ」
「うわっ、ちょっ、クリーブ!?」
クリーブランドはフラっと倒れる。龍仁は慌ててクリーブランドを抱きかかえた。
「おい、目を覚ませって!ちゃんと説明するから!というかさせてくれ!頼む!」
「むぅ……龍仁がそうやっていると、何故かこう胸がチクチクする。『悔しい』という感情に似ている気がする」
「おおう、すでに嫉妬するぐらいの関係とは。これは面白くなってきた!」
「面白がってないで、クリーブを起こすのを手伝ってくれ、青葉!」
その後、クリーブランドを起こすのに5分、説明をして2人に何とか納得してもらうのに15分の時間を有したのだった。
誤字・文章の誤りがあればご指摘をお願いします。
感想もいただけると、本当にありがたいです。
よろしくお願いします。