アズールレーン学園   作:S・H指揮官

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第4話

「クリーブランドがピンチ?」

 

 朝の教室。

 ノーマン、オイゲン、ヨルク、ヒッパーのいつもの4人は、青葉に呼ばれて教室の片隅に集まっていた。

 

「そう。ピンチもピンチ。大ピンチ」

「どうかしたのか?クリーブランドに龍仁関係のライバルでもできたか?」

 

 茶化すように言うヨルクだったか、青葉の表情を見て顔色を変える。

 

「……マジで?」

「うん、マジ」

 

 青葉が頷くと、ノーマン、オイゲン、ヨルク、そしてそれまで面倒臭そうにしていたヒッパーまでが驚いたような表情を見せる。

 

「それって本当なの?前みたいな青葉の勘違いじゃなくて?」

「うぐっ……そ、その話はやめようよ!うん、それがいい!」

 

 以前の手痛い失敗を掘り返されそうになり、青葉は慌て出した。

 

「で、どれくらい信ぴょう性があるのかしら、その話には」

「とりあえず、今朝一緒に龍仁を迎えに行って、後ろで放心状態になってるクリーブランドさんがその話の証拠かな」

 

 青葉が言う通り、クリーブランドは魂が抜けたかのようにボーッと遠くを見ている。

 その様子を見て、4人は「ただならぬことが起きた」と理解した。

 

「で、そのライバルっていうのは?」

「うん……まず、龍仁の家がKAN-SEN保護家庭ってのは知ってる?」

「あー、そういう話は聞いたことあるな」

「で、実は昨日新しいKAN-SENの子を龍仁の家が受け入れたんだよね」

「へぇ、どんな子?」

「えっとね、こんな子」

 

 青葉は懐から一枚の写真を取り出す。

 そこには、龍仁らしき人物の背中から顔を出す、可愛らしい女の子が映っていた。

 

「わぁ、可愛い……」

 

 ヒッパーは思わず目を輝かせてそう呟いた。

 

「ヒッパーちゃん、きっと俺達の子供もこれぐらい可愛い子になるぐっ!?」

 

 ヨルクはヒッパーの拳骨で沈められた。

 いつもの光景のため、ヨルクを気にする者は誰もいなかった。

 

「もしかして、この子がそのライバルなのかしら?」

「そういうこと」

「でも、一緒に住むってだけなんだろ?それだけじゃライバルって言えないんじゃないか?龍仁のところって他にもKAN-SENが住んでるって聞いたし」

「いやぁ、それがね……この子、元々の名前はZ46っていうんだよね」

「Z46?」

「うん。でも、今のこの子にはフィーゼって名前があるんだよね」

「え、どういうことだ?」

「……ねぇ、青葉」

「それって、もしかして……」

 

 オイゲンとヒッパーは何か思い浮かんだようで、青葉に何かを言おうとした。

 

「うん、たぶん2人が考えてることで正解だよ」

「どういうことだ?」

「全然分からないんだが」

 

 ノーマンと、いつの間にか復活していたヨルクは首を捻る。

 

「私達KAN-SENには常識というか、憧れみたいなものなんだけど……相手から元々の名前とは違う名前を貰うっていうのは、私達にとってはプロポーズみたいなものなんだよね。海軍では実際にKAN-SENへのプロポーズとして名前を付けるっていう慣習があるぐらいだし」

「へぇ、そういうのがあるのか」

「でも、それがどうしたんだ?」

「……この子の元々の名前はZ46で、今はフィーゼって名前を持ってるんだよね」

「ってことは、誰かが名前を付けたってことか……あっ」

「もしかして、その誰かって……」

 

 さすがにノーマンとヨルクも察したようである。

 青葉は「うん」と頷いた。

 

「そういうこと。この子に名前を付けたのって、龍仁なんだよね」

「じゃあ……」

「少なくともこの子はそのつもりみたいで、朝あった時にさっそく自分のことを『龍仁の嫁』って名乗ってたよ」

 

 4人は「あちゃー」という表情を浮かべた。

 

「……龍仁って、その慣習のこと知ってたのか?」

「知らなかったっぽいよ。本人は『Z46じゃ呼びづらいから』ぐらいの感覚で呼び名を考えてたみたいだし」

「それなら話は簡単じゃないの?確かに呼び名を付けられるって私達からすれば特別なことだけど、あくまでそれをプロポーズとするのって海軍の慣習なんだから、一般人の、それもその慣習を知らなかった龍仁には無関係なんじゃないかしら?」

「うん、本来ならね。でも……」

「でも?」

「ヒッパーちゃん、考えてもみなよ。呼び名を受け入れて、しかも自分を『嫁』って自称するってことは、その子が龍仁のことを喜んで受け入れたってことだぜ。それを見た龍仁が『自分は知らなかったからノーカン』なんて考えられると思うか?」

「……無理ね」

 

 長い付き合いで、龍仁がそんな無責任な人物ではないことは、ヒッパー達も理解していた。

 だからこそ、この状況の重さを尚のこと理解できてしまう。

 

「で、当の龍仁はどうしたんだ?」

 

 今更ながら、問題の元凶がいないことに気付いたヨルクが辺りを見渡す。

 教室の中にその姿は見当たらなかった。

 

「龍仁なら、その子が初等部に編入するから、その手続きの付き添いに行ったよ」

「ということは、その子も学園に通うことになるのか」

「うーん、押しがどれくらいかにもよるだろうけど、たぶん休み時間にも龍仁のところに来そうだよね、その子」

 

 アズールレーン学園は初等部から高等部までの小中高一貫校であり、校舎も同じ敷地内に並んでいる。一部分けられている施設もあるが、基本的に施設は小中高共通で使われる。

 つまりは、フィーゼが初等部に入るということは、龍仁に会いに来ようと思えば、授業中でなければいつでも会いに来られるということである。そうなってしまうと、家と学園両方で龍仁の側にいることになるフィーゼが、クリーブランドよりも有利になってしまう。

 

「龍仁自身はどうなんだ?」

「どうなんだ、というと?」

「いや、ほら。以前龍仁が初等部の子に懐かれて、『お嫁さんになる!』って言われたことがあったじゃんか」

「あぁ、あったね。その時もクリーブランドさん気絶してたね」

 

 元気いっぱいに「お嫁さんになる!」と宣言した小学生の女の子と、完全に兄か父親のような顔で「そうかー、嬉しいなー」と笑う龍仁、そしてその横で立ちながら気絶していたクリーブランドのことを思い出し、一同は苦笑いを浮かべた。

 

「でも、その時は龍仁の対応って、妹か娘に対する対応って感じだったじゃん?」

「確かに、そうだったね」

「だから、今回もそんな感じなんじゃないのか?」

「うーん……」

 

 ノーマンの言葉に、青葉は首を捻る。

 

「確かに、龍仁の感じはその子のお兄さんって感じではあったんだけど……本当にプロポーズするのかどうかは決めかねてるって感じだけど、少なくとも何らかの形で責任は取らないといけない、とは考えてるみたいだよ」

「まぁ、龍仁ならそうだよなぁ」

 

 それが本当なのであれば、フィーゼの押し次第では本当に龍仁が嫁に貰うという形で責任を取りかねない。少なくとも、時間が無いというのは確実だろう。

 

「で、ぶっちゃけた話をするんだけど……どうすればいいと思う?」

 

 青葉は4人にそう尋ねる。

 龍仁、クリーブランドにとってのトラブルメーカーである青葉だが、それと同時に2人の友人でもあり、青葉自身も2人のことを大事な友人だと思っている。大事な友人だからこそ、青葉は中等部で出会って以来、クリーブランドのことを応援し続けてきた。それは、今でも同じである。だからこそ、この大ピンチをどうにかして乗り越えたかった。

 それは、青葉と同じようにクリーブランド達との付き合いが長いノーマン達もそうであった。

 

「うーん、まずクリーブランドさんがどうしたいか、だよな」

「……ふぇ?わ、私?」

 

 クリーブランドはハッと我に返る。

 

「うん、そう。ほら、もしもクリーブランドさんが、龍仁がフィーゼちゃんとくっつくのを見守るっていうなら私達は何もしないし、そうじゃないならクリーブランドさんを応援したいしね」

「龍仁が……」

 

 クリーブランドが何かを考え込む。

 恐らく、龍仁が自分以外の女の子とくっついたことを想像したのだろう。

 見る見るうちにクリーブランドの顔が泣きそうな顔になっていく。

 

「うん、聞くまでもなかったね」

「そうみたいだな」

「それじゃあ、とりあえず決まりだね」

 

 青葉は改めて一同を見渡す。

 

「クリーブランドさんのために、みんなで考えを出し合おう!」

 

 青葉の言葉に、4人は力強く頷く。

 

 

「それじゃあ、まずは何がいいと思う?」

「シンプルにクリーブランドが龍仁に告白しちゃえばいいんじゃないか?」

「こ、こここ告白!?」

「ノーマン、それができるならとっくの昔に龍仁とクリーブランドはくっついてるって」

「それもそうだな」

「……それで納得されるのも腹立つな」

「うーん、それならいっそのこと既成事実作っちゃえばいいんじゃないかしら?」

「……既成事実?」

「ほら、今夜あたりでも龍仁の部屋に忍び込んで押し倒して……」

「できるかぁ!」

 

 

「少なくともこの子はそのつもりみたいで、朝あった時にさっそく自分のことを『龍仁の嫁』って名乗ってたよ」

「…………?」

 

 摩耶は、ふと聞こえた言葉に反応する。

 声の大元は、よく龍仁と一緒にいる面子。その中から「龍仁の嫁」という言葉が聞こえた。

 

「桐原の……嫁?」

 

 ふと気になったのだが、話に耳を傾けていると、どうやらそう自称する女の子がいるというだけの話であった。

 

「なんだ、違うのか」

 

 摩耶はホッと胸をなでおろす。

 そして、ふと疑問に思った。

 

――なんで今僕は安心したんだ?

 

 よく分からない胸のモヤモヤが広がりながらも、摩耶は今読んでいる本に集中する。

 だが、大好きな本のはずだったのに、今日は何故かいつもよりも集中ができなかった。

 

 

「それじゃあ、アマゾン先生。一時間目には間に合うようにしますんで」

「分かった。万が一間に合わなくても気にするな。ラングレーには説明しておくから」

「ありがとうございます。それじゃあ」

 

 一礼してから龍仁とフィーゼは職員室を出た。

 急なことだったせいか、フィーゼの編入手続きが意外と手間取り、少なくとも朝礼には間に合いそうになかったため、担任であるアマゾンに事情を説明していた。

 こういう時にはアマゾンはしっかり対応してくれるので、生徒としては非常に助かる。

 

「終わったのか?」

 

 フィーゼが龍仁に尋ねる。

 

「俺の分はな。次はまたフィーゼのだ」

「そうか。では、行くとしよう」

 

 フィーゼは龍仁の手を引いて歩き出す。

 学園という、何もかもが新しい世界。

フィーゼはそんな世界に連れてこられて、ずっと目を輝かせていた。

とにかく、歩き回るだけでも今の彼女には十分すぎるほど充実した時間になるのだろう。

 

「あれ?兄貴?」

 

 と、その時。龍仁は聞き覚えのある声に呼ばれて立ち止まった。

 振り返ると、そこには3人の女子の姿があった。

 

「おう、3人とも。なんか久しぶりだな」

 

 そこにいたのは、モントピリア、デンバー、コロンビアの3人。

 クリーブランドの妹達であった。

 いつもは一緒に登校することが多いのだが、ここ最近は何か用事でもあるのか、中々一緒に登下校する機会が無かった。

 

「いやぁ、ちょっとね。姉貴のために別行動してたんだ」

「クリーブのため?なんかあったのか?」

「うーん、何かあったというか、何もなかったというか……」

 

 3人は呆れたように深々と溜息を吐いた。

 

「それで、3人とも今から体育か?」

「そうなんだ。今日は得意のバスケだから楽しみだよ!」

 

 そう言ってコロンビアは嬉しそうに飛び跳ねる。

 クリーブランド含め、この姉妹4人は運動神経に非常に優れ、中でもバスケットボールに関しては右に出る者なしといった実力を持つ。その為、最近の大会を総なめ状態であり、全国でも上位入賞は間違いなしとまで評価されている。

 

「そっか。思う存分暴れて来いよ」

「言われなくても。ところで……」

 

 デンバーは龍仁の背後をひょいっと覗き込む。そこには、少しだけ警戒心を見せるフィーゼが隠れていた。

 

「兄貴、この子は誰?」

「……ハッ?まさか、姉貴との子供だったり!?」

「姉貴、ついにやり遂げたのか……!」

「んなわけあるか。ウチで引き取ることになったKAN-SENの子だよ」

「あ、そうなんだ」

 

 3人は残念そうな、それでいて少し安心したような表情を浮かべる。

 

「ここに編入することになったから、手続きを手伝ってるんだよ」

「なるほどね。それで、なんて名前なの?」

「フィーゼだ」

 

 龍仁が答える前にフィーゼが自分で名乗る。

 

「フィーゼちゃんかー。見たところ、鉄血の駆逐艦かな?」

「でも、フィーゼなんてKAN-SENいたか?」

 

 モントピリアが首を捻る。

 慌てて事情を説明しようとした龍仁だったが――

 

「龍仁が私のために付けてくれた名だ」

 

 一歩遅く、フィーゼがそう言ってしまった。

 3人はそれを聞いて、ある意味龍仁の予想通りに、ピシッと固まった。

 

「え、兄貴……それって……」

「そうだ。私は龍仁の――」

「はい、ストップ!事情は俺から説明するから!いいな、フィーゼ!」

 

 朝のような自己紹介をしようとしたフィーゼを、龍仁が慌てて止める。

 自己紹介を遮られたフィーゼは、不満そうにしながらも大人しく従った。

 そして、龍仁は昨晩のことをありのままに説明する。

 

「……要するに、呼びやすくなると思って名前を付けちゃった、と」

「そ、その通りだ」

「なるほど。それで、フィーゼちゃんからお嫁さんを自称されるぐらい懐かれちゃった、と」

「でも、さすがに結婚を決めるのは早すぎるから、2年間は猶予を貰ったってことか」

 

 3人は深刻そうな顔で俯く。

 

「兄貴は責任を取る気持ちはあるの?」

「結婚するかはまだ分からんけど、少なくとも何かしらの形で責任は取るつもりだ」

「うーん、兄貴らしいっちゃ兄貴らしいんだけど……」

「なんだろう……凄く複雑な気持ちになるね……」

「2年間猶予があると考えるべきか、2年間しか猶予が無いと考えるべきか……」

「姉貴のことを考えたら、たぶん後者だね」

 

 ひそひそと何やら相談事を始める3人。

 当事者であるはずの龍仁は、呑気に「何をしてるんだろう」と考えていた。

 

「……とりあえず、ここで考えても仕方ないね。帰ったらさっそく会議だね!」

「あ、もちろんパパは抜きにしないと」

「当然。こんなことを聞いたら、間違いなく兄貴の家に乗り込むだろうし」

 

 そしてひとまず決着がついたのか、3人は龍仁の方を向く。

 

「というわけで兄貴、とりあえず私達は戻るから」

「ちゃんと2年間の猶予は守るんだぞ、兄貴」

「それと……今日のバスケで僕がMVPを取ったら何か奢ってくれ」

「おう、いいぞ」

「あ、ズルい!私も!」

「分かった分かった。じゃあ、3人の中でMVP取った奴に何か奢るから」

 

 龍仁がそう言うと、3人の目がキラッと輝いた。

 

「よーし!今日は私がMVP取るからね!」

「いーや、私が取るよ!」

「絶対負けないからな。それじゃ、行ってくるよ、兄貴!」

 

 3人は龍仁に手を振ると、あっという間に走り去っていった。

 

「……相変わらず賑やかな奴らだな」

「龍仁、聞きそびれたのだが、先ほどの3人は?」

「ん?朝会ったクリーブランドの妹達だよ。いつもは一緒に登校するから、これからも顔は合わせると思うぞ」

「……そうか」

 

 フィーゼは少しだけ不安そうに呟く。

 それに気付いた龍仁は声をかけた。

 

「あの3人がどうかしたのか?」

「……なにか、あの3人からは私と同じ空気を感じた。あの3人だけじゃなくて、朝出会ったクリーブランドや青葉からも……」

「同じKAN-SEN同士、何か通じ合うもんでもあるんじゃないか?」

「いや、そういう感じではなかった。何というか、胸がざわめくような、そんなそんな気分になる何かだ」

 

 不安にするフィーゼ。どうにかしてあげたい龍仁であったが、本人にもよく分かっていないようで、そうなると龍仁にもどうしようもなかった。

 しかし、新しい環境である学園を見ているうちにフィーゼの表情も明るくなっていき、次第に2人ともその「不安」のことは綺麗に忘れていたのであった。

 

 

「ありがとう、兄貴!」

「どういたしまして。たんと食えよ」

 

 昼食時間。龍仁達一行は食堂にいた。

 龍仁は約束通り、体育の時間にMVPになったモントピリアにご飯を奢っていた。奢ってもらったご飯を美味しそうに食べるモントピリアを、デンバーとコロンビアは唸りながら羨ましそうに眺めていた。

 

「まったく、私が目を離すとすぐ龍仁に甘えるんだから……」

 

 クリーブランドは呆れたようにそう言った。

 

「いいじゃないか。それでやる気が出てくれるなら」

「ほら、兄貴もこう言ってるんだし」

「兄貴が喜んでくれるなら、私達も喜んで甘えるよ」

「はぐはぐはぐはぐ」

「ほら、モントピリア。食べながら喋らない」

 

 龍仁は苦笑いしながらモントピリアの口周りを拭く。

 ずっと一緒にいた妹分のような相手だからか、龍仁はこの3人には非常に甘い。

 

「……私だって甘えたいの我慢してるのに……」

 

 クリーブランドが口を尖らせながら呟く。

 龍仁の耳には届かなかったようだが、他のメンバーの耳にはバッチリ届いていたようであり、揃ってニヤニヤとクリーブランドを見ていた。

 

「いやぁ、クリーブランドは我慢してるんじゃなくてできないだけだろ?」

「ぐっ……」

 

 ヨルクがからかうようにそう言った。

 図星だったのか、クリーブランドは何も言い返せずに黙り込む。

 

「ん?我慢?何の話だ?」

「龍仁には関係あるけど関係ない話」

「うん、分からん」

「そ、それはそうと、今日は摩耶さんと一緒に食べなくていいのか?」

 

 誰かがうっかり余計なことを言う前に、クリーブランドは話を別の方向に持っていく。

 

「摩耶さん?」

「ほら、最近はいつも一緒に食べてたじゃないか」

「あぁ、今日はモントピリア達との約束もあったし、あっちも何か用事があったみたいでな」

「そ、そうか……」

「でも、意外だよな。不愛想で有名な摩耶さんと龍仁が仲が良いって。俺なんか4回ぐらいお茶に誘ったことあったけど、全部面倒くさそうに断られたぞ」

「摩耶さんが不愛想……ってのは否定はしないけど、それに関してはヨルクが悪いんじゃないか?ヨルクにお茶誘われるとか、どう考えても面倒くさい誘われ方してるだろうし」

「え、何?龍仁の中で俺ってば面倒くさい奴って位置付けなの?」

「そんなことはないぞ?」

「せめて俺の方を見ながら言ってくれる!?」

「まぁ、ヨルクのそれはどうでもいいとして……」

 

 ノーマンがにこやかな、それでいて興味津々といった顔で龍仁を見る。

 

「是非とも龍仁に聞きたいことがあるんだが」

「聞きたいこと?もしかしてフィーゼのことか?」

 

 ノーマンは「その通り」と頷く。

 

「フィーゼのことを聞かれてもなぁ……たぶん、青葉から大体のことは聞いただろ?」

 

 龍仁が青葉の方を見ると、青葉も頷く。

 

「そういえば、そのフィーゼちゃんはどこにいるのかしら?」

 

 オイゲンがソワソワした様子で辺りを見渡す。

 

「初等部の子らは教室で給食だから、ここにはいないぞ。さすがに編入初日に俺が連れ回すのも、できる友達もできなくなっちまうだろうし」

「あら、そう……」

 

 直接見てみたかったのか、オイゲンはしゅんと落ち込んだ。よく見ると、その横でヒッパーも少し残念そうにしていた。

 

「話を戻すけど、ぶっちゃけ話すことはあんまりないぞ」

「いやいや、まだ聞いてないことがあるんですよ、これが」

 

 ヨルクが芝居がかった口調でそう言った。

 

「……面倒くさいって言われるのはそういうところだぞ、ヨルク」

「……今のは自分でも面倒くさいと思った」

「それで、他に聞きたいことって?」

「あ、そうそう。龍仁自身がどうしたいか、だよ」

「俺自身?」

 

 龍仁は首を傾げる。

 

「ほら、フィーゼちゃんは『龍仁のお嫁さんになりたい』って気持ちを明確に出してるだろ。そこは分かるんだよ。ただ、龍仁がどうしたいかってのが分からなくてさ」

 

 ノーマンはそう言って龍仁に気付かれないようにクリーブランドを見る。

 クリーブランドはグッと何かを待つかのように、龍仁を見つめていた。

 

「俺かぁ……まぁ、まだ分からんよな」

 

 龍仁はあっさりとそう答えた。

 

「いや、フィーゼともまだ昨日会ったばっかりだしさ。いきなり嫁とかケッコンとかそういう話になっても、なんというか実感みたいなのが湧かないし、自分でもどうしたいのか全然思い付かないしさ」

 

 でも、と龍仁は続ける。

 

「フィーゼにあれだけ期待させちゃってるなら、ケッコンするにしてもしないにしても、何かしらの責任は取らないといけないとは思ってるよ。どういう形で取るかってのは、まだ分からないけどさ」

「…………」

「……な、なんだよ」

「いや、なんというか」

「予想通りだなぁ、と思って」

 

 生暖かい苦笑いを向けてくる友人達に、龍仁は思わず狼狽える。

 

「まぁ、だからこその龍仁なんだろうけどさ」

「とりあえず、まだ予断は許さないけど、猶予はあるって感じだね」

 

 龍仁以外の全員がクリーブランドを見る。

 クリーブランドも、安心しきったわけではないが、先ほどよりは落ち着いた表情を浮かべていた。

 

「何の話だ?」

「龍仁には関係あるけど関係ない話」

「さっきもそれ聞いたぞ」

 

 まったく見えてこない話に、龍仁も思わず顔をしかめる。

 

「でさ。でさ。龍仁から見てフィーゼちゃんってどうよ」

「どうって?」

「可愛いだとか、そういうのだよ」

「いや、そりゃ可愛いに決まってるだろ」

「クリーブランドとどっちが可愛い?」

「なぁ!?」

 

 唐突なヨルクの質問に、クリーブランドは立ち上がる。

 

「どっちがって、それはちょっと比べられないな」

「比べられない?」

「だってほら、フィーゼは何というか、人形みたいなそういう整った可愛さだけどさ、クリーブは活発系とか元気な感じとか、そういった可愛さじゃないか」

「ほうほう」

「俺はどっちも可愛いと思うし、どっちの方が、とかは比べられないかな」

「なるほどなるほど。だってさ、クリーブランド……って、あらら」

 

 龍仁に可愛いと言われたのがそんなに恥ずかしかったのか、クリーブランドは顔を真っ赤にして固まってしまっていた。

 

「……クリーブはどうしたんだ?」

「そこで『どうしたんだ?』って出てくる辺りが龍仁らしさだよね……」

「同感……」

 

 何度目か分からない溜息を吐く一同。

 増々話が見えてこなくなり、龍仁は首を傾げるしかなかった。

 

 

「よっしゃー、学校終わり!」

 

 この日の学校が終わり、生徒達はいつものように帰り支度を始める。

 

「クリーブはどうするんだ?」

「あ、今日は妹達が何か作戦会議するって言っててさ。ファミレスに行くみたいだから今日は一緒に帰れそうにないや」

「そうか。分かった」

「それなら久々に一緒にカラオケ行かないか?ノーマン達と一緒に行く約束しててさ」

「悪い、ヨルク。フィーゼと一緒に帰らないといけなくてさ。まだ帰り道も分からないみたいだから」

「それもそうか。そうなると行先も反対方向だしな。残念だけど、また今度な」

 

 そう言ってヨルク達も教室を出ていく。

 

「さて、と……摩耶さんはどうするんだ?」

「僕か?僕は今日は買い出しとかあるから、もう帰らないといけない」

「そっか。それならまた明日だな」

「あぁ。それじゃあ」

 

 そう言って摩耶は立ち上がり、教室を出ようとする。

 

「……あ」

 

 しかし、ふと足を止めて、龍仁の方を振り返る。

 

「ん?どうしたんだ?」

「いや、お前は……」

 

 摩耶は何かを言おうとするが、口をつぐんでしまう。

 

「?」

「……何でもない。それじゃ、僕は行くから」

 

 摩耶はそう言うと足早に教室を出ていった。

 

「どうしたんだろう……っと、フィーゼも待ってるからそろそろ行かないとな」

 

 龍仁も準備を終わらせて、フィーゼが待っているであろう校門へと向かった。

 

 

「で、どうだった、学校は」

 

 帰り道。龍仁とフィーゼは並んで歩いていた。

 

「何て言えばいいのだろうか。全てが輝いていたように見えた」

 

 フィーゼはウキウキしたような声でそう言った。

 言葉は少ないが、彼女が今日一日で何を見てきたのか、何となく伝わってくるようである。

 

「そうか。友達とかはどうだ?」

「よく話しかけてくれるクラスメイトはいた。睦月、如月、エルドリッジといったか」

「お、あの3人か。なら、フィーゼを任せられるな」

「知っているのか?」

「以前、ちょっとな」

 

 龍仁はその時のことを思い出したのか、少しだけ苦笑いを浮かべる。

 

「何はともあれ、今は色んなことを楽しめ、フィーゼ。そうすれば、この世界はもっと面白くなるし、色んな事も見えてくるからさ」

「私もそんな気がしている」

「それなら良かった」

 

 そう言う龍仁の表情は、安心したような、嬉しそうな、そんな表情だった。

 

「ただ、どうしても不思議なことがある」

「なんだ?」

「私のクラスの担当の教師なのだが……時々顔を赤らめて体をくねらせるのだ。あの動作には何の意味が込められているのだろうか?」

「……フィーゼ。クラスの担任って誰だ?」

「確か、レンジャーという名だったはずだ」

 

 その名前を聞いて、龍仁は「あぁ……」と声を出す。

 

「あのピンク先生か……フィーゼ、そのことについては気にするな。というか、気にしちゃダメだ」

「何故だ?」

「……たぶん、嫌でも知る時が来るだろうから、その時まで待つんだ。世の中、知るタイミングってのがあるんだよ」

「?」

 

 遠くを見るような龍仁に、フィーゼは首を傾げるのだった。

 

 

「ただいま」

「ただいま、摩耶ちゃん」

「おかえり、高雄姉、愛宕姉」

 

 学校から帰ってきた高雄と愛宕を、摩耶は料理を並べながら出迎えた。

 

「どうだった、生徒会の方は」

「いつも通りだ。皆が助けてくれるお陰で順調に進んでいる」

「ふふ、高雄ちゃんだからこそ、みんな助けたくなるのよ」

 

 愛宕の言葉に、高雄は少し照れ臭そうに笑う。

 

「ただ、な」

 

 高雄が疲れ切ったような溜息を吐く。

 

「ただ?」

「ほら、赤城さんと大鳳さんよ」

「ついでに言うとお前もだ、愛宕」

 

 高雄にジトッとした目で睨まれるが、愛宕は呑気に鼻歌を歌っている。

 その様子だけで摩耶はある程度察した。

 

「……今回は何を壊したんだ?」

「剣道部の竹刀13本と防具7セットだ」

「剣道場は?」

「幸い無事だった。……無傷だった、と言えないのが残念だが」

 

 高雄は再び大きな溜息を吐いた。後処理で相当な労力を使ったのだろう。その表情からは疲れの色が滲み出ている。

 

「愛宕姉、少しは加減しないと、高雄姉もそうだけどシドさんの胃にも穴開くよ」

「努力はするわ」

 

 愛宕は能天気に笑っている。「これはまたやらかすな」と摩耶も深い溜息を吐く。

 

「っと、高雄姉、愛宕姉。晩ご飯の準備は出来てるよ」

「ありがたい。助かるぞ、摩耶」

「大丈夫、摩耶ちゃん。怪我とかしなかった?」

「僕はそこまで子供じゃないんだから。心配しないでくれ、愛宕姉」

 

 心配そうに摩耶の手をペタペタと触る愛宕に、摩耶は苦笑する。いつもはトラブルを量産する困った人ではあるが、何だかんだで姉妹のことは心から大切にしている。妹の摩耶と、同じく妹で現在留学中の鳥海に対しては若干過保護気味ではあるが。

 

「せっかくの摩耶の料理だ。冷めないうちに食べてしまおう」

「そうね」

 

 そう言って高雄達は食卓を囲む。

 

「それじゃあ……」

「「「いただきます」」」

 

 こうして、高雄達の夕食が始まる。

 

「ところで、摩耶ちゃん」

 

 食事の途中で愛宕が摩耶に声をかける。

 

「なんだ、愛宕姉」

「最近、摩耶ちゃんってば楽しそうにしてるけど、何かあったのかしら?」

 

 摩耶の動きがピタッと止まる。

 

「む、そういえばノーマンが話していたな。摩耶がクラスメイトの男子……確か桐原龍仁といったか。その男子と最近仲が良いと」

「あらあらあらあら!」

 

 愛宕が嬉しそうな声を上げる。

 

「もしかして摩耶ちゃんに彼氏ができたのかしら?お姉さん、感激だわ!」

「いや、彼氏じゃない。ただの友達だ」

「摩耶ちゃんに彼氏かぁ……可愛らしい子だったらどうしようかしら……ふふ、うふふふ」

「……聞いていないな、これは」

 

 

「!?」

「どうした龍仁」

「い、いや……今何か変な寒気が……?」

「もしかして、風邪か?」

「そうじゃないとは思うんだが……」

 

「風邪の時は酒が一番だ。酒は百薬の長って言うじゃないか!」

「未成年に酒飲ませようとするな、伊勢姉」

 

 

「愛宕のことは置いといて、その男子とはどんな人物なのだ?」

「どんなって言われても……弁当を忘れた僕に自分の弁当を分けてくれるお人好し、かな」

「ふむ……なるほどな」

 

 高雄は何かを考え込んでいる。

 

「……まぁ、摩耶が楽しく学校生活を送れるならそれでいい。その桐原龍仁という男子に興味はあるが、そこまで拙者が介入するのも野暮というものだろう」

「あら、お姉さんはちょっかいだす気満々よ?」

「愛宕、お前はしばらく摩耶達の学園の教室には接近禁止だ」

「くぅ~ん……高雄ちゃんが怖いわ……」

 

 高雄にギロッと睨まれ、愛宕はしゅんとなる。

 そんな姉二人に苦笑しながら、摩耶はご飯を口にする。

 

「……」

 

 ふと、龍仁の弁当の味が思い浮かんだ。

 

「……明日も、食べられるかな」

 

 思わず笑みが零れる。

 現金なものだと思った。きっかけは、弁当を分けてもらったこと。ただそれだけのことで、自分でも分かるぐらいに龍仁に心を許してしまっている。摩耶は、そんな自分の単純さにあきれてしまう。しかし、不思議とそれが嫌な気持ちになることはなかった。

 

「……明日も楽しみだな」

 

 摩耶は誰にも気付かれないように、そう呟くのだった。

 

 

 

「これで最後です、陛下」

 

 メイド長ベルファストは、手に持っていた書類を一人の少女に手渡す。

 少女はその書類にサッと目を通し、そしてサインを入れる。

「……ふぅ、終わったわね。お疲れ様、ベル」

 

 少女はグーッと伸びをする。

 

「……引き継ぎの方はどうなってるかしら?」

「そちらも既に準備は終わっております」

「そう。それなら、後は出発の日を待つだけね」

 

 少女はウキウキした様子でカレンダーを見つめる。

 

「……長かったわね」

「えぇ。あれからもう10年ですね」

「この10年……頑張ってきた甲斐があったわね」

「全ては彼にお会いするため、でしたね」

「えぇ。約束したんだもの。『またね』って」

 

 少女はそっと目を閉じる。その瞼の裏には、『彼』との思い出が流れているのだろうか。

 

「10年も待たせちゃったけど……やっと、約束が果たせるわ。だから、ちゃんと待ってるのよ、龍仁」

 

 少女は机の上の写真を眺め、そう呟いた。

 その写真には、幼い頃の少女と――龍仁の姿が映っていた。

 




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