アズールレーン学園   作:S・H指揮官

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第6話

 ――龍仁、もう休んだ方が良いんじゃないか?

 ――ま、まだ……まだ行けるよ!

 

 ボロボロになりながらも龍仁は立ち上がった。

 幼い頃の記憶。

大切な友人が祖国へ帰った後、龍仁はがむしゃらに自分を鍛えた。

 離れたくなかったのに、離れないといけなかった。

 

――もっと自分が強かったら……離れないで済んだかもしれない。

 

龍仁はそう考えていた。

 その考えが正しいか間違っているか、それはどうでもいいことだった。

 龍仁は自分を鍛えることぐらいしか、寂しさを紛らわせる方法が思い付かなかった。それほどまでに、大切な友人との別れは幼い少年の心を締め付けた。

 伊勢は優しい苦笑を浮かべる。

 

 ――自分に、龍仁の寂しさを和らげられることができれば。

 

 彼女は心の中でそう思った。

 思いはするものの、どうすればそれができるのか……幾ら考えても思い付かなかった。

 だからこそ、ただひたすらに向かってくる龍仁を迎え撃つしかできなかった。

 

ダァン!

 

 道場にまた鈍い音が響き渡り、龍仁が地面に倒れる。

 

 ――いたっ。

 

 龍仁は苦痛で顔を歪ませる。それでも、また立ち上がって伊勢に向かっていく。

 伊勢は諦めたようにフッと笑い、そして顔を引き締める。

 

 ――これで龍仁の気が済むなら……それを受け止める。

 

 それが、彼女が今できる唯一の優しさだった。

 

 ――強く、強く……ただ強く。

 

 幼い少年は、ただひたすら強さを願いながら、伊勢へと向かっていく――

 

 

「ん……んぅ」

 

 窓から入る日差しでフィーゼは目を覚ました。

 

「ん……」

 

 ベッドの横に備え付けられた時計を確認すると、朝の7時である。

 

「……そうだ、今日は……」

 

 今日は土曜日で学校は休み。フィーゼにとっては初めての学校の休日であり、そして何よりも楽しみにしていた日でもある。

 フィーゼはベッドから体を起こし、部屋を出てリビングへと向かう。

 そしてリビングに着くと、そこでは辰巳と芳奈がくつろいでいた。

 

「おっ、起きたか、フィーゼちゃん」

「おはよう、フィーゼちゃん」

「おはよう、芳奈、辰巳」

 

 2人に挨拶を返すと、フィーゼは辺りを見渡し、誰かの姿を探す。

 

「……龍仁は?」

 

 いつもなら朝ご飯の準備をしているはずの龍仁の姿がどこにもなかった。

 

「龍仁なら道場で伊勢達と稽古してるわよ」

「道場?」

「あ、そういえば道場のことを言ってなかったわね。ほら、あそこよ」

 

 芳奈は窓を開け、フィーゼに手招きをする。

 フィーゼは芳奈の方へ駆け寄り、窓の外を見る。

 窓の外を見ると、家から少し離れた場所に木造の古い建物があった。

 その建物からは時折何かを叩きつけるかのような音が聞こえてきた。

 

「あれが道場?」

「そ。伊勢達に稽古をつけてもらってるところね。時間的にはもうちょっとで終わるけど……どうする?見てみる?」

 

 芳奈がそう尋ねると、フィーゼは迷わずに頷いた。

 それを見て、芳奈はフィーゼの手を取って道場へと向かった。

 

「お邪魔するわよー」

 

 そう言って芳奈は道場の扉を開ける。

 芳奈の後に続いてフィーゼも道場に入る。

 

「……あっ」

 

 道場の中では、伊勢と龍仁が向かい合っていた。

 互いに構えを取り、ジッと相手の動きを見ていた。

 見ているこちらも思わず身構えてしまうような緊張感。

 

「……(ゴクリ)」

 

 フィーゼはその緊張感の中、思わず唾を飲み込む。

 それが合図になったのだろうか――

 伊勢は素早い動きで龍仁に掴みかかる。しかし、龍仁もそれを読んでいたかのように手を避け、逆に伊勢に掴みかかった。

 だが、伊勢はその動きを見てニヤリと笑い、龍仁も「しまった」という表情を見せる。

 伊勢は掴みかかってきた龍仁を、その勢いのまま流れるような動きで投げ飛ばす。

 

 ダァン!

 

 道場に鈍い音が響き渡る。受け身こそ取っていたものの、勢いが良すぎたのかさすがの龍仁も苦痛に表情を歪める。

 

「大丈夫か、龍仁」

「だ、大丈夫……今のは効いたぁ……」

 

 伊勢が差し伸べた手を掴んで龍仁は起き上がる。

 

「さて、今日はこれぐらいにするかね」

「そうだな。ありがとう、伊勢姉」

「いい運動になるから、こっちも助かるよ」

「あーあ、でも今日も伊勢姉から一本取れなかったかぁ……」

「そう簡単に取らせてたまるかってんだ。これでも海軍内部の大会では上位常連なんだからねぇ。ま、説得力は無いかもしれないけど、龍仁も確実に成長はしてるさ」

「だといいんだけどね」

 

 そう言いながら龍仁は苦笑した。

 

「お疲れ様、伊勢、龍仁。日向は?」

「いつものランニング。たぶんあと5分ぐらいで帰ってくると思うよ。というか、フィーゼも見に来たのか」

「龍仁はいつもこのようなことをしているのか?」

「いや、前は毎日やってたけど、今は土日の朝だけだな」

「毎日?」

「あぁ、昔はちょっと色々あってな……」

 

 龍仁の寂しそうな表情を見て、フィーゼは首を傾げた。

 だが、何となく聞かない方がいい気がして、フィーゼはそれ以上は何も聞かなかった。

 

「今はもう落ち着いたし、高校上がってからは毎日稽古やってたら体がもたないから、土日だけにしたんだよ。伊勢姉達の都合もあったし」

「ま、昔よりは強くなったけど、伊勢にやられるようじゃまだまだだね、龍仁」

「言っとくけど母さんが強すぎるんだからな。伊勢姉も海軍では上位に入るぐらいには強いからな」

「芳奈はそんなに強いのか?」

 

 フィーゼの質問に、伊勢は苦笑しながら答える。

 

「そりゃもう。あたしと日向が一緒になってかかっても足元にも及ばないよ。海軍の英雄エンタープライズさんとガチンコ勝負した、なんて伝説もあるぐらいだし」

「そうなのか……?」

 

 フィーゼはイマイチピンと来ていない様子であった。

 

「さすがにそれは誇張よー。私があのエンタープライズに勝てるわけがないじゃない」

「同じことをエンタープライズさんも言ってたぞ、芳奈さん」

「あ、日向姉」

 

 いつの間にか、道場の入り口には日向が立っていた。

 よほど走り込んだのか、息が少し乱れていた。

 

「いつよ、それー」

「この間エンタープライズさんのところに飲みに行った時。海軍で誰が一番強いかって話になって、エンタープライズさんか芳奈さんでみんなの意見が分かれた時に」

「え、何それ。私知らないんだけど」

「あー、あの時は芳奈さん残業があるっていなかったねぇ」

「そういえばそうだった」

「でも日向、あんまり言ってやるんじゃないよ。芳奈さん、まだ結構気にしてるんだから」

「気にしている?何を?」

 

 フィーゼが気になったのか、伊勢に尋ねる。

 

「芳奈さん、昔から海軍でも敵なしの強さでね……あまりにも強いもんだから男が寄ってこなかったんだよ。辰巳さんが芳奈さんに一目惚れするまでは、ホントに見てるこっちが冷や冷やするぐらいに男日照りでねぇ……まぁ、強さの外にも酒癖の悪さとかも――」

「伊勢、それ以上好き放題言うならこっちにも考えがあるわよ?」

 

 芳奈の声に、伊勢はビクッと肩を震わせる。

 当の芳奈は顔こそ笑顔だったが、目は完全に笑っていなかった。

 

「いや、フィーゼちゃんに聞かれたから答えただけで……」

「伊勢?」

「はい、すみません」

 

 瞬時に深々と頭を下げる伊勢。これだけで2人の力関係が分かってしまう。

 

「……ん?」

 

 龍仁は袖をクイッと引っ張られた。

 横を向くと、フィーゼが龍仁の袖を掴み、こちらを見上げていた。その表情はどこか不安そうにも見えた。

 

「……龍仁は、強い女性は苦手なのだろうか?」

 

 フィーゼはKAN-SEN。その上、能力テストでは軒並み高い結果を出している。

 幼いながらも、フィーゼは間違いなく「強い」女性に入るであろう。

 だからこそ、芳奈のエピソードを聞いて不安になった。

 

「苦手じゃないよ。苦手だったら伊勢姉や日向姉とも仲良くやってないよ」

 

 龍仁は笑いながらそう言った。それを聞いてフィーゼはホッと息を吐いた。

 

「おっ、それは龍仁があたし達を嫁に貰ってくれる宣言かい?」

 

 伊勢がニヤニヤしながら言った。その言葉に、フィーゼはピクッと反応する。

 

「酒癖の悪い人は嫁にしたくないぞ、俺は」

「はっはっは、それは残念だ。あとフィーゼちゃん、冗談だからそんなに睨むなって」

 

「うー」と唸りながら睨んでくるフィーゼを見て、伊勢はおかしそうに笑う。

 

「変なこと言ってないで。母さん達もそろそろ時間じゃないか?」

「あ、そういえばそうだったわね」

「朝ごはんの準備はできてるんだよな。それじゃ、あたしらはパパっとシャワー浴びてくるよ。龍仁も一緒に浴びるかい?」

「伊勢姉、フィーゼが俺の腕握る力すっごく強くしてきて痛いから、そういう冗談はマジでやめてくれ」

 

 伊勢と日向は大笑いしながら道場に備え付けられてあるシャワールームへと向かった。

 

「んじゃ、俺もちょっと風呂入ってくるよ」

「龍仁……まさか伊勢達と本当に入るのか……?」

「違う違う。家の方の風呂に入るだけだから」

 

 不安そうに見上げてくるフィーゼに苦笑しながら、龍仁はそう言った。

 

「何ならフィーゼちゃんも一緒に入っていいのよ?」

「本当か!?」

「ダメだからな?一人で入るからな?」

 

 一緒に入ることを拒否され、フィーゼはシュンと落ち込むのだった。

 

 

「じゃあ行ってくるから」

 

 支度を終えた芳奈達は、バタバタと玄関に向かう。

 

「悪いけど、フィーゼちゃんの洋服お願いね。多めにはお金置いとくけど、オーバーしたら立て替えといて。後で払うから」

「分かった」

「調子に乗ってエロい服を買ったりするなよ、龍仁」

「買わねえよ」

「龍仁、エロい服とはどんな服なのだ?」

「気にしなくていいし、知らなくていいから」

「それじゃ、フィーゼちゃんも頑張るのよ」

 

 そして芳奈達は家を出て行った。

 龍仁とフィーゼは芳奈達を見送ると、リビングで腰を落ち着かせた。

 

「クリーブが来るまで時間もあるし、どんな服がいいか、ある程度目途付けとくか」

「とは言っても、どういう服が良いのか分からない」

「俺もよく分からないしなぁ……ま、ネットでそれっぽいの探してみるか」

 

 そう言うと、龍仁とフィーゼはスマホでフィーゼに似合いそうな服がないか探しながら、ゆっくりと時間を潰すのだった。

 

 

 一方その頃――

 

「ど、どうだ?」

「「「「アウト」」」」

「な、何でだ!?」

 

 クリーブランドは自分でチョイスした服を着て妹達と青葉に披露したのだが、全員満場一致でアウト判定が出された。

 クリーブランドの服装は上下アンバランスで、上下共にデザインも謎センス。とてもじゃないが外出用とは思えず、少なくとも妹達と青葉は人前に出せないと判断した。

 

「いや、クリーブランドさん、さすがにそれはないよ……」

「うん、ごめんだけど姉貴……さすがにそれは引く」

「というか、今まではどうしてたの?まさかこんな服装で外出てたんじゃないよね?」

「今まではデンバーが服を用意してくれてたから……」

「あー、デンバーちゃんならその辺りの間違いはないもんね」

「……どうする?今すぐにでも姉貴の代わりにデンバーを派遣させる?」

「うーん、私はちょっと辞退するかなー。姉貴がマジ泣きしそうになってるし」

 

 散々に言われたのがよほど悔しかったのか、クリーブランドは目に涙を浮かべていた。

 

「いやまぁ、この間も言ったけど、だいたいは店員さんが何とかしてくれるだろうし、とりあえず姉貴の服装さえどうにかできれば大丈夫だと思うから」

「うー……私だって選べるところ見せたいのに……」

「クリーブランドさん、龍仁とフィーゼちゃんのことを思うなら、諦めて」

「せ、せめてもう一着!もう一着見てくれ!今度は大丈夫だから!」

 

 その後、クリーブランドは何着か自分で選んだ服を着たが、悉くアウト判定を受け、結局デンバー達が選んだ服を着ることとなるのだった。

 

 

 ピンポーン

 

「お、来たかな?」

 

 クリーブランドと約束していた時間にチャイムが鳴る。

 玄関に向かい、ドアを開けるとそこには予想通りクリーブランドの姿があった。

 

「や、やぁ、龍仁」

「おっす、クリーブ。待ってたぞ」

「クリーブランド、今日はお願いする」

「う、うん。任せといて……」

「?どうしたクリーブ、なんか元気ないけど」

「いや、ちょっとな……とりあえず、この服どう思う?」

「クリーブの服?」

 

 龍仁はクリーブランドの服装をじっと見る。

 よく見るメーカーのロゴが入った白のインナーに黒のアウター、下はジーンズと全体的にボーイッシュなイメージのコーディネーションで、クリーブランドにぴったり似合っていた。

 

「うん、クリーブらしくて可愛いと思うぞ」

「そ、そうか。うん、さすがデンバーだなぁ……うん」

 

 何かあったのか、嬉しそうな悲しそうな複雑な表情を浮かべるクリーブランドに、龍仁は訳が分からず首を傾げる。

 

「龍仁、私もこういう服を着れば可愛くなれるのだろうか」

 

 フィーゼがクリーブランドの服をジッと見ながらそう言った。

 

「うーん、フィーゼにも似合うかもしれないけど……フィーゼはスカートとかそっちの方が似合うと思うぞ。でも、そうだな。そういう服も見てみるか……」

 

 考え込む龍仁の腕を、クリーブランドがグイっと引っ張る。

 

「ここで考えても仕方ないだろ。ほら、実際に行って見た方が良いって」

「っと、それもそうだな。んじゃ、行くか。フィーゼ」

「分かった」

 

 3人はフィーゼの服のために町へと向かうのだった。

 

 

「そういえば今更なんだが、クリーブって服選び本当に大丈夫か?」

「……」

 

 町へと向かうバスの中。クリーブランドは龍仁の質問に口を閉ざす。

 その沈黙が答えのようなものだった。

 

「……まぁ、たぶん店員さんがちゃんと選んでくれるからさ」

「うぅ……青葉からは『龍仁とフィーゼのことを思うなら諦めて』とか言われるし……」

「うん、青葉の気持ちは分かる。クリーブ、こっちが見てないと突拍子もないデザインの奴選ぶんだからさ。まぁ、フィーゼの着替えとか、下着コーナーとかのフォローをしてくれるだけでもありがたいよ」

「それぐらいならお安い御用さ。ははっ……」

 

 クリーブランドは力なく笑う。

 そんな2人の横では、フィーゼが窓の外をキラキラした目で眺めていた。

 

「面白いか、フィーゼ」

 

 龍仁がフィーゼに尋ねた。

 

「とても」

 

 フィーゼは短くそう返した。短い言葉だったが、それだけで彼女が楽しんでいることを十分すぎるほど知ることができた。目に映るものすべてが新しく、ただの建物や車であっても彼女には輝いて見えるのだろう。

 

「……なぁ、クリーブ」

「なんだ?」

「なんか、昔を思い出さないか?ほら、初めて2人で町に行った時のこと」

「……そうだな」

 

 クリーブランドと龍仁は昔を思い出してクスッと笑った。

 初めて2人で町に行った時、まだ幼かった龍仁とクリーブランドはバスの窓から見える景色に無邪気にはしゃいでいた。フィーゼの姿を見て、龍仁とクリーブランドはその時のことを思い出すのだった。

 

「?」

 

 自分をジッと見つめて微笑む2人に気付き、フィーゼは可愛らしく首を傾げた。

 だが、すぐに好奇心に負けて窓の外に意識を向けるのだった。

 

 

「さて、着いたな」

 

 目的地に辿り着き、三人はバスから降りる。

 

「おー!」

 

 フィーゼは周囲を見渡し、感嘆の声を上げる。

 

「この世界にはこんなにも人で満ち溢れているのか……!」

 

 街を歩く人々。龍仁やクリーブランドにとっては見慣れた光景であっても、まだこの世に生を受けて間もなく、僅かな人としか関わっていなかったフィーゼにとっては驚くべきことであった。

 

「今日は少ないぐらいだな。多い時はもっと多いぞ」

「そうなのか」

 

 未知への好奇心。今、フィーゼの目はその色で染まっていた。

 そして辺りをキョロキョロ見回し、「あれは何か」と龍仁に次々と尋ねている。

 その様子はどこにでもいる普通の子供であり、相変わらず表情の変化は乏しいが、声や目、そして動き一つ一つからその豊かな感情を感じ取ることができる。

 

「……娘がいたら、こんな感じなのかなぁ」

 

 クリーブランドは誰にも聞こえないようにそう呟く。

 ふと、フィーゼの横に立つ龍仁に目が行く。

 

 ――自分が母親だとすれば、父親は……。

 

 それを考えた瞬間、クリーブランドの顔がボンッと赤くなった。そして、「誰かに見られてないだろうか!?」と辺りをキョロキョロと見渡してしまう。

 

「っと、まずは飯でも……何やってんだ、クリーブ」

 

 真っ赤な顔で挙動不審な動きをするクリーブランドを見て、龍仁は冷ややかな視線を向ける。

 

「い、いや!何でもない!気にしないでくれ!」

「気にするなって言われても、お前……」

「龍仁、クリーブランドは時々あんな感じになるが、何かあったのか?」

「俺にもよく分からん」

「そうなのか。不思議だ……」

 

 こんな時でも好奇心を発動させるフィーゼに、龍仁はただ苦笑するしかなかった。

 

「ほら、クリーブ。変な動きしてないで行くぞ」

「あ、あぁ……」

 

 クリーブランドは何とか自分を落ち着かせた。

 

「ほら、フィーゼ」

 

 龍仁はフィーゼに手を差し出す。

 

「?これは?」

「人混みに入って迷子になったらマズいだろ。だから」

「そういうことなら」

 

 フィーゼは小さな手でキュッと龍仁の手を握り締める。

 

「……」

 

 クリーブランドはそれを見てまた昔を思い出していた。

 

 ――迷子にならないようにね。

 

 幼い頃、町に来る度に龍仁とクリーブランドは手を繋ぎながら歩き回った。

 いつしかそれが当たり前になり、そしていつしかそれが当たり前ではなくなった。

 これまでは特に意識もしていなかったが、こうやって思い出すと少し寂しさを感じる。

 

「ん」

 

 そう考えていると、急にフィーゼが手をクリーブランドの方へ伸ばしていた。

 

「ど、どうしたんだ?」

「迷子になるとマズいのだろう?だから、手を繋ぐのではないのか?」

 

 覚えたてのことを早速実践する子供のように、フィーゼはその純粋な目をキラキラさせながらクリーブランドを見上げている。

 

「……ふふっ、そうだな。迷子にならないようにな」

 

 そう言ってクリーブランドはフィーゼの手を握りしめる。

 小さく、柔らかく、暖かく、そしてすぐに壊れてしまいそうな程儚い手だった。

 そして3人は手を繋いで歩き出した。

 

「ははっ、こうしてると何か親子みたいだな。フィーゼが娘で、俺達が両親、みたいな」

「そ、そうだな」

 

 先ほど考えていたことと重なってしまい、クリーブランドは平静を装いながらも内心は嬉しさと恥ずかしさでいっぱいになっていた。

 

「むぅ……」

 

 そして、娘扱いされたのが不満だったのかぷくっと頬を膨らませるのだった。

 

 

「おー、良い感じだねぇ」

 

 人混みの中から3人を眺める集団がいた。

 

「天気は快晴、人の波もちょうど良し。まさに絶好のデート日和といったところだね!」

「デートかどうかは微妙なところはあるけど、チャンスには違いないよ、姉貴!」

 

 デンバー、コロンビア、モントピリア、青葉の4人はこそこそと物陰から3人の様子を伺っていた。クリーブランドに任せるとは言ったものの、心配半分面白さ半分で結局4人ともついてきてしまった。

 

「こうやって見てると、何というか子連れの夫婦みたいな感じだね、姉貴達」

「うん、それ分かる」

 

 フィーゼを挟むようにして並んで歩く龍仁とクリーブランド。その姿は、仲睦まじい家族のようにも見えた。

 

「ふっふっふ、この調子なら姉貴と兄貴がくっつくのも時間の問題かもね」

「でも、油断はできないよ。フィーゼちゃんが強敵なのは相変わらずだし。それに……」

「それに?」

「ううん、何でもない。それよりも、何とかしてこのデートで進展してもらわないとね」

 

 そんな会話をしながら、4人は龍仁達の後を付けるのだった。

 

 

「とりあえず飯にしたいわけだが……えーっと」

 

 目的のビルに到着した龍仁は、フロア表をジッと見る。

 

「レストランフロアは8階だぞ」

「そうだった。久々だから忘れてたよ」

 

 3人はエスカレーターに乗り、8階へと向かう。

 

「龍仁、この階段、動いているぞ!」

 

 初めてのエスカレーターに、フィーゼは興奮を隠せないでいた。

 

「エスカレーターっていうんだよ。動かなくても上がれるから楽だぞ」

「エスカレーターか。やはり、この世界は面白い!」

 

 楽しそうにはしゃぐフィーゼに、龍仁とクリーブランドだけでなく、周囲の人も微笑ましそうにフィーゼを見つめるのだった。

 そうこうしているうちに、目的の8階へと到着する。

 

「……」

 

 フィーゼはエスカレーターから降りると、名残惜しそうにエスカレーターを見つめる。

 体がソワソワしており、今にもエスカレーターに飛び乗って逆走しそうだった。

 

「フィーゼ、エスカレーターは逆走禁止だ」

「そう、なのか……」

 

 残念そうにそう呟くフィーゼの頭を、龍仁はポンと撫でる。

 

「これが最後のエスカレーターってワケじゃないんだから。それよりも今は飯だ、飯」

「分かった」

 

 少し物足りなさそうにしていたが、フィーゼは大人しく龍仁とクリーブランドの後に続くのだった。

 

 

「……うーん、たくさんあるなぁ」

 

 フロア全体に広がる食事処の数々。

 和洋中様々な店が並び、ちょうど食事時ということもあって人で賑わっている。

 

「フィーゼ、どんなのが食べたい?」

「どんなの……と言われても分からない」

「それもそうか。それじゃ、クリーブ、どこかオススメの店があったら教えてくれ」

「オススメ、ってほどじゃないけど、評判のいい店は知ってるぜ」

「お、じゃあそこに行くか」

 

 クリーブランドに連れられてやってきたのは、見るからにガッツリ系の牛丼屋であった。

 

「ここだよ、ここ。部活仲間でも安いし多いし美味いって評判なんだよ」

「あぁ、そういやクリーブの好みってこんな感じだったなぁ……」

 

 てっきりオシャレなお店でも選ぶのかと思ってた龍仁は苦笑いを隠せないでいた。

 

「まぁいっか。小サイズもあるし、フィーゼもここでいいか?」

「構わない」

「じゃ、入るか」

 

 3人は店に入っていく。

 

「らっしゃいませー!」

 

 店に入ると、店員の気前のいい挨拶が聞こえてきた。

 

「3人なんですが」

「テーブル席でもよろしいですか?」

「大丈夫です」

「3名様ご案内ー!」

 

 店員に案内され、3人はテーブル席に座る。

 龍仁、フィーゼが並んで座り、向かい側にクリーブランドが座るといった形だった。

 

「それで、ご注文は?」

「私は特牛大盛で」

 

 慣れた様子で注文するクリーブランド。

 

「俺は……このお店って玉ねぎ抜きはできますか?」

「はい、大丈夫ですよ」

「それじゃ、牛丼大盛玉ねぎ抜きで」

「はい、かしこまりました!」

「フィーゼはどうする?」

「私も牛丼をお願いしたい」

「うーん、量はさすがに小でいいか」

「それでお願いする」

「それじゃあ、牛丼小サイズで」

「はい、ご注文は以上でよろしいでしょうか?」

「はい、大丈夫です」

「それでは、少々お待ちください!」

 

 店員が厨房へと入っていく。

 

「牛丼とはどういうものなのだ?」

 

 フィーゼが尋ねる。

 

「牛肉をご飯の上に乗せてタレをかけた飯だな」

「シンプルなのだな」

「あぁ。だけどこれが美味いんだわ」

「だけど、相変わらず龍仁は玉ねぎ抜きなんだな」

「しょうがないだろ。どうしても玉ねぎだけは苦手なんだ」

 

 そうこう話をしていると、丼を持った店員が現れる。

 

「はい、特牛大盛と牛丼大盛、牛丼小サイズお待ち!」

「は、早!」

「ウチはとにかく早い!がモットーですから!」

 

 そう言って店員は龍仁達の前に丼を並べていく。

 龍仁は、そのサイズにポカーンとなる。

 

「……なぁ、クリーブ。俺、頼んだの大盛だよな?」

「そうだったな」

「特盛じゃないよな、これ。あとそれ」

 

 龍仁とクリーブランドの前に置かれた牛丼のサイズは、尋常ではない量だった。

 普通の牛丼屋の値段と変わらないからそれぐらいの量だと思ってた龍仁は、完全に面食らってしまった。

 

「だから言っただろ。安いし多いって」

「想像の2倍ぐらい多いんだが。確かメニュー表に特盛ってあったよな。アレ、どんな化け物が出てくるんだ?」

「あー、アレはさすがに私も食べきれなかった」

 

 食べる時はフードファイターかと思うぐらいに食べるクリーブランドが食べきれない量というのが、龍仁には信じられなかった。

 

「食い切れなかったら私がもらうよ」

「あ、あぁ……さすがに今回は頼むかもしれない」

「美味しい!龍仁、これはとても美味しい!」

 

 冷や汗をかく龍仁の横では、フィーゼが無邪気に牛丼をがっつくのであった。

 

 

「……うぅ、食いすぎたかも」

 

 店から出た龍仁は、苦しそうに腹を押さえていた。

 

「だから途中で諦めた方が良いって言ったのに……」

「いや、あそこまで食べたら食い切らないと負けかなと思って……」

「変な意地張っちゃってからに……」

 

 苦しそうにする龍仁の横では、フィーゼが満足そうにしていた。

 

「龍仁、牛丼というもの気に入った。家でも作ってくれるか?」

「あ、あぁ……いつか作るよ……」

 

 フィーゼのキラキラした眼差しに、龍仁は「牛丼は当分見たくない」とは言えなかった。

 

「それで、子供服を見に行くんだろ?」

「そうだった。どこだったっけ」

「3階だよ」

「3階か」

「!またエスカレーターに乗れるのか!」

「あぁ」

 

 よほど気に入ったのか、エスカレーターに乗れるということでフィーゼのテンションは更に上がった。

 その無邪気な子供らしさに、龍仁は先ほどの苦しさが癒されるようであった。

 

 

「……子供服コーナーってこんな広かったっけ?」

 

 3階に着いて目に飛び込んできたのは、フロアの半分はあろうかという子供服コーナー。

 その広さと服の数に、龍仁は思わず息を呑んだ。

 

「子供にもオシャレが必要な時代だからね。さて、フィーゼ。どんな服がいい?」

 

 クリーブランドがフィーゼに尋ねると、フィーゼはキョロキョロと辺りを見回す。

 

「……そもそも、私にはどのような服が似合うのだろうか」

 

 フィーゼは首を傾げる。

 フィーゼはまだ服選びなどしたことがない。どんな服が似合うのか、まだ知らないのだ。

 

「んー……あ、こんなのはどうだ?」

「却下」

「早いな!?」

 

 クリーブランドが手に取ろうとした服を見て、龍仁は即座に却下した。

 その服は、一目でデザインが「これは無い」と思えるほどに奇抜な服だった。

 

「いや、中々インパクトあると思うんだが」

「インパクトしかねえよ。フィーゼをお笑い芸人にでもするつもりか」

 

 クリーブランドは「むぅ」と言いながら大人しく引き下がる。青葉や妹達に散々言われて、自分にセンスが皆無だということはある程度自覚できていた。

 

「とは言っても……」

 

 龍仁も周囲を見渡しながら「うーん」と首を捻る。

 彼自身もセンスがあるというワケではない。少なくとも、パッと見てフィーゼに似合いそうな服というのは中々思い付かなかった。

 

「どうされましたか?」

 

 キョロキョロと辺りを見回していた3人に気付いた店員が、こちらに声をかける。

 

「あ、実は……」

 

 龍仁はフィーゼに服を買うつもりであることを、しかし自分達ではどんな服が良いのかがよく分からないことを店員に伝えた。

 

「それでしたら、私もお手伝いしますよ。こんな可愛い子の服選び、腕が鳴ります!」

 

 店員は嬉しそうにそう言った。

 店員であれば間違いはないと、龍仁とクリーブランドも安心した。

 

「こういうのはどうでしょうか」

「あ、可愛いかも。似合う似合う」

 

 さすがの店員のセンスといったとことか。彼女の選ぶ服はどれもフィーゼに似合うものばかりであった。次第にフィーゼも「似合う」ということが分かってきたのか、自分でも服を選び始める。クリーブランドも一緒になり、フィーゼ達は服選びを楽しんでいた。そんな様子を、龍仁は少し離れたところから微笑ましそうに眺めていた。

 

「龍仁、そんなところに立っていないで一緒に選ぼうぜ」

 

 クリーブランドが龍仁を手招きする。

 

「いや、俺、どう選べばいいか分からないんだよなぁ」

「そんな難しく考えずに、フィーゼにどんなのが似合いそうかってのを見ればいいんじゃないか?」

「私も、龍仁に選んでもらいたい」

 

 フィーゼは期待するような眼差しで龍仁を見ている。

 

「妹さんもこう言っていますし、是非ともお兄さんも選んであげてはいかがでしょうか」

 

 店員がクスッと笑いながらそう言った時だった。

 

「妹ではない。嫁だ」

 

 フロアの空気がピシッと凍り付いた気がした。

 店員はにこやかな表情のまま固まり、今聞いた言葉を何とかして理解しようとしている。

 そして、その意味を理解すると、にこやかな表情のままスッと携帯電話を取り出し、「110」の番号にかけようとする。

 

「あー!その、家でおままごとに付き合ってたら、何かまだ設定引きずってるみたいなんです!なぁ、クリーブ!?」

「そ、そうそう!この子が奥さん役やりたいって言い出すもんだから!」

「あぁ、そうだったんですか。私、とんだ勘違いを……」

 

 店員も龍仁もクリーブランドも、安心したような、引き攣ったような、そんな笑みを浮かべる。ただ一人、フィーゼは不満そうに「むぅ」と唸るのだった。

 

 

「んー……」

 

 龍仁は服を眺めながら唸る。

 

「そんなに難しく考えなくていいんですよ。『これが似合う!』って直感的に思ったのを選べば大体大丈夫です」

「大体、ねぇ……」

「なんだよ」

 

 チラッと見てくる龍仁に、クリーブランドは不満そうな声を上げる。

 

「フィーゼに似合いそうな服が多くて……どれにしようか迷うな……」

「いっそ似合いそうなのを全部買っちゃえば?予算は多く貰ってるんだろ?」

「いや、そうなんだが……せっかくだから俺の小遣いからも一着プレゼントしようかなと思ってさ」

「なるほど。それなら、『可愛いと思う妹さんの姿』を思い浮かべてみては?」

「可愛いと思うフィーゼの姿?」

「えぇ。それで、そのイメージに一番近い服を選ぶ、というのはいかがでしょうか。特徴さえ伝えていただければ、私がご用意いたしますよ」

「なるほど」

 

 店員のアドバイス通り、龍仁は頭の中にフィーゼの姿を思い浮かべる。

 

「……よし」

「決まりましたか?」

「はい。ええっと――」

 

 龍仁は店員に思い浮かんだイメージを伝える。店員は「ふむふむ」と言いながらメモをし、そして「少々お待ちください」と言ってどこかへ向かい、そしてすぐに一着の服を持って戻ってきた。

 

「こんな感じでしょうか?」

 

 それは、黒に近い紺色のシンプルなワンピースだった。

 

「あ、そんな感じです」

「さっそく試着してみますか?」

 

 店員が尋ねると、フィーゼは迷わずに頷く。

 そして、店員とフィーゼは一緒に試着室へと入っていく。

 しばらくすると、試着室の扉が開く。

 

「どう、だろうか」

 

 紺色のワンピースを身に纏ったフィーゼが試着室から出てくる。

 

「ど、どうだ?クリーブ」

「いや、私よりも龍仁が先に感想を言うべきじゃないかな」

「俺は似合うと思ってるんだが……ちゃんと似合ってるかどうか不安で……」

「龍仁、似合っていないだろうか?」

 

 フィーゼは不安そうな声でそう尋ねる。

 

「そんなことはない!俺は似合ってると思うし、可愛いと思うぞ」

「そう、か」

 

 フィーゼは少しだけ頬を赤らめ、そう呟く。一瞬だけだが、彼女が嬉しそうに微笑んだように龍仁とクリーブランドは見えた。

 

「うん、私も似合ってると思うぞ」

「えぇ、とてもよくお似合いですよ」

 

 クリーブランドと店員のお墨付きも貰い、龍仁はひとまずホッするのだった。

 フィーゼは鏡の前に立ち、何度もクルクル回りながら自分の姿を確認していた。

 

「龍仁、ありがとう」

 

 フィーゼは少しだけ照れ臭そうに、だけど嬉しそうにそう言った。

 

 

「よし、服は揃えたし、あとは下着だな。……うん、クリーブ、フィーゼを頼んだ」

「一緒に選んでくれないのか?」

「いや、さすがに俺が下着を見るわけにはいかんだろ」

「私は気にしない」

「俺が気にするんだよ」

「まぁ、龍仁の言うことももっともだな。じゃ、私はフィーゼと一緒に下着を選んでくるから……そうだな、一階入り口の休憩コーナーで待っててくれ」

「分かった」

「むぅ……」

 

 フィーゼは残念そうにしながらも、クリーブランドに連れられて下着コーナーへと向かった。

 

 2人を見送ってから、龍仁は1階の休憩コーナーに向かうのだった。

 

 

「次は何処に行こうかしら、高雄ちゃん。摩耶ちゃん」

「ちょ、ちょっと休憩させてくれ、愛宕姉」

「摩耶の言う通りだ。拙者もさすがに疲れたぞ……」

 

 この日、愛宕、高雄、摩耶の3人も町に出てきていた。

 久々の姉妹でのお出かけということもあってか、愛宕は非常に上機嫌だった。しかし、あまりにも機嫌が良すぎた為かあちこちに高雄と摩耶を連れ回し、2人の顔には疲れの色が出始めている。

 

「あ、あら……ごめんなさい。ちょっとはしゃぎ過ぎちゃったようね」

 

 高雄と摩耶の様子にやっと気付き、愛宕は申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「それじゃあ、あそこの喫茶店で休憩しましょう」

 

 3人は愛宕が見付けた喫茶店に入り、外の景色が良く見える窓側の席を選び、腰を落ち着かせる。そして店員に注文を取ってもらい、深く息を吐いた。

 

「楽しいのは分かるが、もっとゆっくりでいいだろう」

「ごめんなさい。何だか、時間が惜しい気がしちゃって」

「……気持ちは分かる、かな。僕も、久々に高雄姉、愛宕姉と出かけられて楽しかった」

 

 摩耶がそう言うと、愛宕は嬉しそうに摩耶に抱き着く。

 

「うわっ!?」

「もう、摩耶ちゃんってば、そんなこと言っちゃって、可愛いんだからぁ!」

 

「ちょ、ちょっと!愛宕姉!」

「愛宕、店内では静かに、だ」

「あ、それもそうね」

 

 そう言うと愛宕は摩耶からパッと離れる。

 

「まったく。お前はそろそろ落ち着きというものを覚えた方が良い」

「仕方ないじゃない。私の周りに愛おしいものが多いのが悪いんだから」

「そういう開き直りをだな……」

「そういえば、摩耶ちゃん」

 

 長い説教が始まる気配を感じ取り、愛宕は即座に話を変える。

 

「なんだ、愛宕姉」

「最近、あの龍仁ちゃんって子とはどうなの?」

「どうなの、って?」

「良い感じになってたりするのかしら?」

 

 愛宕はギラギラした目で摩耶にそう尋ねる。

 

「愛宕、お前は……」

「ふふっ、いいじゃない。せっかく摩耶ちゃんにできたお友達のことなんだもの。それで、どうなのかしら?」

「どうって……弁当の交換をしたり、漫画とかゲームの話をしたり、それぐらいかな」

「あら、上手くやってるみたいね。それで、お付き合いの気配とかは?」

「だから愛宕姉、アイツは友達であって、そういう関係じゃないってば……」

 

 桐原龍仁の話をして以来、愛宕は進展具合を頻繁に気にするようになった。

 元からそういう恋愛話が大好物な愛宕である。それが分かってるからこそ、摩耶も呆れながらも追及に関しては諦めていた。

 ふと、摩耶は店の外を見る。

 

「……ん?」

「どうしたのかしら?」

「あ、いや……あそこに桐原がいたから……」

 

 摩耶は思わず外を指さす。その先には、荷物を抱えて歩く龍仁と、彼と並んで歩く2人の少女の姿があった。

 

「む、あれが桐原龍仁か。確かに学園内で何度か見たことがあるな。確かノーマンと一緒によくいる男子だったな」

「あらあら、可愛いじゃない。お姉さん、結構好みかも」

「愛宕、涎」

 

 高雄に指摘され、愛宕はハッとなって口元を拭う。

 

「ふむ、横にいる女子も見覚えがあるな。確かバスケ部のエースのクリーブランドといったか。もう一人は……見覚えがないな」

「2人の子供だったりして?」

「それにしては大きすぎるだろう。それにしても、楽しそうにしているな」

 

 龍仁達3人は楽しそうに何かを離していた。遠くからでも3人の楽し気な雰囲気を感じられるほどだった。

 

「……」

 

 摩耶はボーッと3人の様子を見ていた。

 

「それにしてもモテモテって感じね。急がないと、先に取られちゃうかもしれないわよ、摩耶ちゃん」

「……」 

 

 ボーっとしていたためか、摩耶は愛宕に話しかけられたことに気付いていなかった。

 

「摩耶ちゃん?」

「ハッ!?な、何?愛宕姉」

「ボーっとしちゃって、どうかしたのかしら?」

「な、何でもない。それで、何の話?」

「だから、龍仁ちゃんをあの2人のどっちかに取られちゃうかもよって」

「だから、僕と龍仁はそういう関係じゃ……」

 

 その時、摩耶は胸にズキッと痛むのを感じた。

 

「……?」

「摩耶ちゃん、本当に大丈夫かしら?」

 

 愛宕が心配そうに摩耶の顔を覗き込む。

 

「うん、大丈夫……」

「それで、どうする?あの3人の後を追ってみる?」

「……いや、やめておく。邪魔するのも悪いし」

「そう?摩耶ちゃんがそう言うなら……」

 

 ちょうどそのタイミングで注文していた飲み物やケーキが届いた。

 3人は飲み物やケーキを楽しみながら、話に花を咲かせる。

 ふと、摩耶は窓の外を見る。その時にはもう龍仁たちの姿は見えなくなっていた。

 

「……楽しそうだったな」

 

 そう呟くと、また胸がズキッと痛み、頭がモヤモヤした。

 その痛みとモヤモヤの正体が分からず、摩耶は首を傾げるのだった。

 

 

「今日はありがとうな」

「こっちこそ、私も楽しかったぞ」

 

 帰りのバスの中、龍仁達は席に座りながら揺られていた。

 服を買った後も、喫茶店でデザートを食べたり、公園を歩き回ったためか、フィーゼは疲れてうつらうつらと眠そうにしていた。眠そうにしていても、龍仁から買ってもらったワンピースの袋だけは大事そうにその胸に抱いている。

 

「フィーゼ、眠いなら寝てていいんだぞ。まだ目的地に着くまでには時間があるから」

「んむぅ……」

 

 フィーゼはコクリと頷くと、龍仁に寄りかかって眠ってしまった。

 

「……よっぽど疲れたんだな」

「仕方ないさ。あれだけ歩き回ったんだ」

 

 そう言って龍仁はフィーゼの頭を撫でる。

 

「……んぅ」

 

 フィーゼは心地良さそうな声を上げる。心なしか、表情も柔らかく見える。

 

「そうやってると、本当にフィーゼのお父さんみたいだな」

「せめて兄って言え。そういうお前だって、今日はフィーゼの母親みたいだったぞ」

「ははっ、フィーゼみたいな子が娘だったら良いなぁ」

「ちぇっ、反撃失敗か」

 

 そう言って2人は笑い合う。

 

「……そういえば」

「ん?」

「龍仁、覚えてるか?これのこと」

 

 クリーブランドは自分の頭の髪留めを指さした。

 

「あぁ。初めて2人で町に来た時に、記念って言って俺が買ったやつだろ。まだ使ってくれてるんだな」

 

 2人の思い出の品。クリーブランドにとってもとても大切な思い出の品。それを龍仁もちゃんと覚えていてくれたことが、クリーブランドは嬉しかった。

 

「当然。龍仁からの初めてのプレゼントだったんだ。ずっと大事にしてるさ」

 

 クリーブランドは髪留めに触れながら少し照れたように笑う。

 夕日に照らされたクリーブランドの笑顔は、どこか幻想的で、とても綺麗だった。

 龍仁は思わずドキッとし、頬が熱くなるのを感じた。幸いなことに、龍仁の頬も赤くなったことは、夕日に染められたお陰でクリーブランドには気付かれなかった。

 

「……調子乗って高い髪留めを買ったから、あの後しばらくは金欠になったんだよな」

「もう、そういう裏話は聞きたくないんだぞ!」

「ははっ、悪い悪い」

 

  クリーブランドは頬を膨らませるが、すぐに笑顔になる。

 

「……なぁ、龍仁」

「なんだ?」

「……今度は2人で町に行ってみないか?その……昔みたいにさ」

「お、良いな。行こうぜ行こうぜ」

 

 龍仁は笑いながらそう言った。

 その顔は、昔クリーブランドが見ていた、無邪気で楽しそうな笑顔そのままだった。

 

 ――変わってないんだなぁ。

 

 クリーブランドはそう思った。

 昔から大好きだった、龍仁のその笑顔。

それが今でも変わっていないことに、クリーブランドは嬉しさを感じていた。

 

「そうだな。ちょっと予定確認してみるよ。いつになるかは分からないけど」

「いいさ。いつまでも待つからさ。待つのも楽しみってもんだ」

 

 そう言って笑うクリーブランド。

 彼女の顔もまた、昔龍仁と笑い合った笑顔そのままであった。

 

 

「おぉ、良い感じ良い感じ!」

 

 バスの後方。青葉達4人は龍仁達の様子をジッと観察していた。

 

「良い雰囲気だよ、姉貴!その調子だ」

「今ならその雰囲気でキスまで持っていけるかもよ!」

 

 あくまで龍仁達に気付かれないよう、こっそりと4人はクリーブランドの応援をする。

 

「あぁ、何かまどろっこしいなぁ。私がこっそり近寄って姉貴を押そうかな」

「面白そうだけど、それやったら確実にバレるから却下」

「ちぇー」

 

 そうこうしていると、龍仁がクリーブランドの耳元で何か喋り始めた。

 

「お、兄貴が姉貴になんか言ってる」

「何だろう。もしかして告白とか?」

「「「いや、兄貴に限ってそれは無い」」」

「じゃあ何だろう……ん?クリーブランドさんが携帯を取り出した?」

「どっかに連絡でもするのかな?」

 

 しばらく様子を見ていると、青葉の携帯にメールの着信が入った。

 

「誰だろう?部長かな……え、クリーブランドさん?」

 

 青葉が恐る恐るメールを開いてみると、そこには短くこう書かれていた。

 

『何やってんだ?』

 

「「「「…………」」」」

 

 4人が龍仁達の方を見ると、ジトっとした目でこちらを見る龍仁、クリーブランドと目が合った。

 

「……ありゃ、バレてた」

 

 

「そりゃ、バスの中であんだけ騒げば嫌でも気付くわ」

 

 バスから降り、龍仁とクリーブランドは青葉達に合流した。

 

「ちぇっ、ちょっと騒ぎ過ぎたか」

「まぁ、でもちょうど良かったよ。フィーゼも起きそうになかったからな」

 

 フィーゼが本格的に眠ってしまった為、龍仁がフィーゼを背負い、荷物は他の全員に任せることとなった。彼女達がいなかったら、クリーブランドがまとめて荷物を抱えるか、龍仁がフィーゼを抱えながら荷物まで持つ羽目になっていた。

 

「ふふん、私達に感謝するんだね」

「尾行みたいな真似してなけりゃ、素直に感謝も出来たんだがな」

 

 龍仁と青葉が話している横で、クリーブランドは妹達に捕まっていた。

 

「姉貴、なんであそこでグイグイ行かなかったの?」

「あそこって……?」

「ほら、バスの中。兄貴といい雰囲気になってたじゃん」

「あの勢いで思い切ってキスまで持って行けば、兄貴を落とせたかもしれないのに」

「キ、キス!?」

「そうだよ、それぐらいしなくちゃ、兄貴は……って、姉貴?」

「あ、あわわわわわ」

 

 あの雰囲気で勢いのまま龍仁とキスをする場面を想像しているのだろうか。クリーブランドは顔を真っ赤にして固まってしまった。

 

「ん、どうしたんだ……って、クリーブ!?マジでどうしたんだ!?」

 

 龍仁がクリーブランドに駆け寄る。

 

「……ハッ!?」

「良かった、正気に戻ったか……」

 

 龍仁はホッと息を吐いた。

 

「……龍仁」

「どうした?」

 

 クリーブランドは顔を赤くし、上目遣いで龍仁にこう言った。

 

「公共の場でそんなことしちゃダメだぞ……」

「……何を言ってるんだ、お前は」

 

 

「ただいまーっと……まだ誰も帰ってないのか」

 

 一行が桐原家に着くと、家に誰もいないのか灯りは消えていた。

 

「ありがとう、荷物は玄関に置いといてもらえば、あとは俺が整理するから。早めに帰らないと、おっさんも心配するんじゃないか?」

「心配するというか、たぶん今頃期待しているというか……」

「期待?」

「あ、ううん。こっちの話だよ、兄貴」

「そんなことよりも、誰もいないなら兄貴も今日はうちで夕飯食べていかない?パパも久々に龍仁と話したいだろうし」

「あー……どうせ母さん達もそろそろ帰ってくるだろうし、今日はいいかな」

「そう……残念」

「また誘ってくれよ。時間ある時に」

「それじゃ、龍仁もフィーゼちゃんをベッドに寝かさないといけないだろうから、そろそろ私達は帰ろうか」

「そうだね。それじゃ、また学校でね、兄貴」

「あぁ。クリーブ、今日はありがとうな」

「どういたしまして。それじゃ」

 

 そう言ってクリーブランド達は帰って行った。

 彼女達を見送り、龍仁はフィーゼを背負って彼女の部屋に入る。

 そして、彼女を起こさないようにベッドに寝かした。

 

「……」

 

 相変わらず、龍仁からの贈り物を大事に胸に抱え、離そうとしない。

 

「ま、飯の準備ができたら起こせばいいな」

 

 スースート寝息を立てるフィーゼの頭を軽く撫で、龍仁はフィーゼの部屋を後にした。

 

 

「ただいまー」

「……おかえり」

 

 クリーブランド達が家に帰ると、重々しい声が家の中から聞こえてくる。

 家の居間に入ると、そこではクリーブランド達の保護者であるオズワルド・クリフが静かに目を閉じ、胡坐をかき、腕を組みながら四人を出迎えた。

 がたいも良く、厳つい顔に大きな一文字の傷まであるオズワルド。いかにも歴戦の人物といった風格であり、座っているその姿だけで威圧感を覚える。だが、クリーブランド達4人は特に気にした様子もなく居間へと入る。

 

「パパ、ご飯の準備できてる?」

「準備はできている……が、その前にいいだろうか」

「え、どうしたの?」

「……今日のことだ」

 

 オズワルドは静かに、だが重々しく尋ねる。

 

「今日は龍仁と出かけた。そうだったな?」

「うん、そうだよ」

「それで……どうだったんだ?」

「どうだったって……うん、姉貴はいつも通りだったね」

「いつも通りだったよ」

「いつも通りだった」

「いつも通りだとぉ!?」

 

 突然、オズワルドは目をカッと見開く。

 

「それはつまり!何の進展もなかったということか!?」

「うん、そうなるね」

「あの小僧め!うちの娘の何が気に入らぬというのだ!」

 

 オズワルドは拳を握り締め、ギリギリと唇を噛み締める。

 これでも娘達を溺愛し、何だかんだで龍仁のことも気に入っている彼。

 昔から「クリーブランドを嫁にやるならあの小僧しかいない!」と言っており、早く2人がくっつかないか待ち続けているのである。

 

「いや、気に入らないというか、気に入っていると思うよ。気に入り方が完全に親友のそれってだけで」

「それはつまり……クリーブランドのことを女として見ていないということか!?」

「うーん、それも違うと思うけどなぁ。女の子として見てるけど、あくまで友人の範疇から出ていないというか……」

「うぅ……」

 

 先ほどから現実を突きつけられ、クリーブランドはどんどん小さくなっていく。

 

「つまり!まだウチの娘の魅力が伝わっていないということだな!こうなれば今すぐにでも桐原の家に乗り込んであの小僧に娘の魅力をごほっ!?」

 

 突然オズワルドが前のめりに倒れる。

 彼の後ろには、彼の妻であるミサ・クリフがお玉を構えて立っていた。

 

「あんた、それ以上の大声はご近所様のご迷惑になるからやめてね。あと、龍仁君の家に乗り込むのも禁止」

「し、しかし……」

「い・い・わ・ね?」

「……はい」

 

 大人しそうなミサではあるが、怒らせた時の恐ろしさはオズワルド自身が一番よく知っている。だからこそ、彼はあっさりと引き下がった。

 

「あなた達も。あまりクリーブランドを焦らせないの。龍仁君の気持ちもあるんだし、まだまだ先は長いんだから、ゆっくりでいいのよ。ね、クリーブランド」

 

 ミサは優しくクリーブランドの頭を撫でる。

 

「……うん」

 

 ミサの微笑みを見ているだけで、クリーブランドは心が安らぐ気がした。彼女の笑顔には昔からそんな不思議な魅力があった。

 

「とは言ってもね、ママ。実はそうもいかなくなっちゃったんだよ」

「え、どういうことかしら?」

 

 デンバーはフィーゼというライバルが現れたことをミサに伝える。

 

「あらあら」

「なにぃ!?やはりこうしてはおられん!今すぐにでも娘のために小僧の家にぶっ!?」

「あー、デンバー。ほら、やっぱりパパこうなるから黙ってようって言ったじゃん」

 

 再びミサに張り倒されたオズワルドを見ながら、コロンビアはそう言った。

 

「そうだった」

「それはちょっと焦るのも仕方ないかもしれないわね。でもね、クリーブランド」

 

 ミサは、今度はクリーブランドの肩をガシッと掴んだ。

 

「だからこそ焦っちゃダメ!焦ってポカしたらそれこそ龍仁君の心が離れちゃうわ。あなたにはあなたの魅力があるの。ゆっくりでいいから、確実にそれを伝えるのよ!」

「う、うん」

「私もそうやってオズワルドを捕まえたんだから!」

「捕まえたというより、捕まったというか……」

「何か言ったかしら?」

「何も言ってない……」

 

 相変わらずの夫婦仲に、4人は苦笑いを浮かべた。

 その後は、今日の買い物や新しいライバルのことを話し、ミサからアドバイスを貰いながらみんなで夕飯を食べるのだった。

 

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