アズールレーン学園   作:S・H指揮官

7 / 27
第7話

「ほら、さっさと起きなさい!」

 

 ヨルク・カーティスの家。

 アドミラル・ヒッパーは中々起きないヨルクをゆさゆさと揺すっている。

 

「んー、もう少し寝かせてくれよ……昨日ゲームのやり過ぎで眠いんだよ……」

「完全に自業自得じゃない。早く目を覚まして。このままだと遅刻するわよ!」

「せめてあと5分……」

「遅刻する典型的パターンじゃないの。こうなれば、無理矢理にでも起こすわよ」

 

 そう言ってヒッパーは毛布を剥ぎ取りにかかる。

 

「まーだー寝ーるーんーだー!」

 

 しかし、そんなに寝ていたいのかヨルクも全力で抵抗し、毛布を死守する。

 

「子供か!いい加減に、起きなさい!」

「もうちょっとー!」

 

 その時、ヨルクがパッと手を伸ばす。

 

「……え?」

 

 ヨルクの伸ばした手がヒッパーの胸に当たった。

 

「…………~~~~~~~~~~!」

 

 ヒッパーは顔を真っ赤にして飛び退く。

 

「ちょ、ちょっと!ヨルク、どこ触ってるのよ!」

 

 ヨルクは上体を起こし、首を傾げながら手をぐぱーと開閉する。

 

「……どこって、背中?」

 

 その時、ヒッパーの中でぶちっと何かが切れる音がした。

 

「え、ちょっと、ヒッパーさん?いや、ほら起きたよ?ねぇ、ちょ――」

 

 その日の朝、ヨルクの悲鳴が周囲に響き渡った。

 

 

「んで、何でヨルクは朝っぱらからそんな面白い顔してるんだ?」

 

 朝、登校してきた龍仁とクリーブランドの目に入ってきたのは、顔をパンパンに腫らしたヨルクと、少し顔を赤くした不機嫌顔のヒッパーだった。

 

「知らないわよ」

「知らないって……朝急にボコボコにしてきたのはヒッパーちゃんじゃないか……」

 

 そう言うヨルクだったが、ヒッパーにギロッと睨まれてサッと目を逸らす。

 

「また朝から痴話喧嘩でもしたんでしょ、姉さんは」

 

 オイゲンは呆れたように笑いながらそう言った。

 

「誰と誰が痴話喧嘩よ!」

「もちろん、姉さんとヨルクよ」

「だ、誰がこんな奴と……」

「あ、そういや痴話喧嘩で思い出した。そういや、今日アマゾンちゃんで面白い情報があるんだよ」

 

 突然そう言い出すヨルク。

 

「面白い情報?」

「それは、朝礼の時のお楽しみ」

 

 ヨルクは楽しそうにニヤッと笑う。

 

「まぁ、それは置いといて。で、実際何やったんだ?ヨルク」

「いや、本当に分かんないんだよ。ヒッパーちゃんの背中を触ったら怒られた」

「背中?」

「そう、背中。あ、でもちょっと柔らかかった気もするな」

 

 それを聞いて龍仁とクリーブランドは顔を合わせ、溜息を吐く。

 

「これはヨルクが悪いな」

「うん、私もそう思う」

「何で!?味方無し!?」

「……それで分かられるのも何かムカつくわね」

「おっと、そろそろ朝の準備しないとな」

「そうだな」

 

 ヒッパーの怒りがこちらへと向けられそうになり、龍仁とクリーブランドは慌てて自分の席に向かった。

 

「っと、おはよう、摩耶さん」

「おはよう、桐原」

 

 龍仁はいつものように隣の席の摩耶と挨拶を交わす。

 

「土曜日は楽しそうだったな」

 

 摩耶は本に栞を挟んでパタンと閉じる。

 

「土曜日って?」

「ほら、土曜日お前達町にいただろ?」

「あれ?摩耶さんに会ったっけ?」

「いや、僕が遠くから桐原達を眺めてただけだ。知らなくて当然だ」

「そうだったのか。声でもかけてくれればよかったのに」

「喫茶店でゆっくりしていたからな。それに……」 

 

 何故か摩耶はプイッと顔を背けてしまった。

 

「……なんか楽しそうだったから、声をかけられなかったんだ」

 

 どこか拗ねたような声に、龍仁は首を傾げる。

 

「……なぁ、摩耶さん」

「なんだ?」

「間違ってたら悪いんだが、俺、何かした?」

「いや、桐原は何もしてない。ただ、僕にもよく分からないんだ」

 

 他の女子と楽しそうにしていた龍仁を見て、不思議なモヤモヤを感じた摩耶。

 彼が何かしたわけでもないのに、棘のあるような声になってしまう。

 彼女自身、その感情の正体が分からず、更に胸がモヤモヤするのだった。

 

「……とりあえず、今日の弁当は肉多めで作ってきたぞ」

「!」

 

 それを聞いて摩耶の目が一瞬で輝く。

 

「あ、味は?」

「もちろん、濃いめ」

「そうか。昼食の時が楽しみだ」

 

 ここ最近ではすっかりお約束になってきた弁当の交換。

 好みの料理が食べられる嬉しさもあるのだろうが、それ以上に彼が自分の為に料理を作ってくれる。そのことに嬉しさを感じ始めていた。

 そして、いつの間にか胸のモヤモヤはすっかり晴れていた。

 

「……むぅ」

 

 そんな2人の様子を見て、クリーブランドは口を尖らせる。

 日に日に親密になっていく2人を見て、彼女もまた胸をモヤモヤさせていた。

 2人の会話には入れればいいのだが、不思議と2人の間には入ってはいけない。そんな気がしてしまうのだ。

 

(……私も料理を本格的に勉強しようかな。ヘレナ辺りに頼んで)

 

 クリーブランドは人知れずそう心に決めるのだった。

 

「そろそろ時間だー、全員席に着けー」

 

 朝礼の時間になり、教室にアマゾンが入ってくる。

 そして一通り全員の顔を見渡し、そしてヨルクに視線を定める。

 

「どうした、ヨルク。そんな面白い顔をして。ヒッパーとまた夫婦喧嘩でもしたのか」

 

 アマゾンは笑いながらそう言う。どうやら、いつになく機嫌が良いようだ。ヨルクをからかう声がいつもより明るく、そして優しい。

 

 ヒッパーにそう言われても、アマゾンはケラケラと笑っている。

 いつもと違う彼女の様子に、みんなが首を捻る。

 ただ一人――ヨルク以外は。

 そしてヨルクは、いつものお返しとばかりに――ニヤリと笑いながらこう言った。

 

「先生、可愛い教え子の可愛い顔に対して笑いながら『面白い顔』は無いんじゃないですかね。いくら恋人からプロポーズされたからって」

 

 アマゾンの動きがピタッと止まる。

 そしてしばらくそのまま固まっていたかと思うと、急に顔を赤くして慌てふためいた。

 

「なっそっ、えっ!?ちょっ、な、なんでそれを知っているんだ!?……あっ」

 

 思わぬ反撃で、自らヨルクの言葉を認めてしまったアマゾン。

 教室がざわつき始める。

 

「……もしかして、ヨルクが言ってたアマゾン先生の面白い情報ってこれか?」

 

 龍仁は先ほどのヨルクの言葉を思い出していた。

 

「さぁ、何故でしょうねー。不思議ですねー」

 

 白々しくそう言うヨルク。どうやら、事情を詳しく把握しているようだった。

 

「……まさか、アイツ!?そういえばそうだった!」

 

 アマゾンにも何か心当たりがあったのか、「あぁ!」と声を上げながら頭を抱えた。

 

「アマゾン先生がケッコン?」

「というか、恋人いたんだ。初耳」

「こりゃ、盛大にお祝いしてあげないとね」

「お、お前ら静かにしろ!あ、あのバカとは別にそういうのじゃないからな!」

 

 必死に騒ぎを鎮めようとするアマゾンだったが、騒ぎが収まる気配はない。

 

「先生―、あのバカと言われても俺達には誰のことかさっぱりですよー」

 

 活き活きとした表情でここぞとばかりにアマゾンをからかうヨルク。おかげで騒然とした教室は更に騒がしさを増す。

 

「だ、だから静かにしろ!静かにしないと宿題を増やすぞ!」

「宿題内容は先生へのお祝いメッセージで良いですかねー」

「あぁ、もう!」

 

 お祝いとからかいの声を浴びながらアマゾンは頭を抱えながらも、彼女はどこか嬉しそうな表情をしていた。それと同時に、彼女のヨルクへの視線はまるで獲物を狙う猛禽類のようだった。

 

 当然のことながら、騒ぎが一段落してから、調子に乗りすぎたヨルクがアマゾンの制裁を受けたのは言うまでもない。

 

 

「おーい、ノーマン……って、ありゃ?ノーマンは?」 

 

 休み時間、龍仁はノートを持ってノーマンの姿を探していた。

 

「ノーマンなら」オイゲンさんと一緒に職員室行ったんじゃなかったっけ。なんか、提出しないといけない資料があったとかで」

 

 ヨルクが授業の準備をしながらそう言った。

 

「参ったな……次の授業で俺の番が来るから、チェックしてもらおうかと思ったんだが」

 

 龍仁は並程度には勉強はできるが、特別頭が良いというワケでもなかった。一応、一人で問題を解くぐらいはできるのだが、答えに自信がない場合はノーマンにチェックを頼むことがよくあった。

 

「クリーブランドは?」

「あんな感じ」

 

 龍仁が指をさした先には、数人の生徒に囲まれるクリーブランドの姿があった。どうやら、みんなで一緒に次の授業の予習をしているようだった。

 

「……相変わらず人気だな」

「実際、クリーブと勉強するの楽しいんだよな。分からないポイントが分かった時のクリーブって見てて可愛いし」

「……お前、そういうところだよなー」

「何が?」

「いや、気にするな。たぶん言っても無駄だから」

 

 相変わらずの友人に、ヨルクも溜息しか出ない。

 

「とはいえ、あそこに乱入するわけにもいかないし、頼める相手がいないのは厳しいな……次の問題、結構難しかったから全然自信がないんだが……」

「龍仁、俺がいるじゃないか!」

「さて、誰か頼める人は……」

「完全無視!?」

 

 盛大にスルーされ、ヨルクはショックを受けたような表情をする。

 

「いや、だってお前に頼むと見返りに何頼まれるか分からんし。前のアレ、ヒッパーさんの制裁に俺まで巻き込まれたんだぞ。クリーブもしばらくよそよそしかったし」

 

 以前の苦い思い出を思い出しながら、龍仁は自分の席に戻る。

 

「……間違ってたらその時はその時だな」

「どうしたんだ、暗い顔をして」

 

 摩耶が龍仁に話しかけてくる。

 

「あぁ、次の授業、俺が当てられる番なんだが……その問題の答えに自信が無くてない」

「どの問題だ?」

「ここなんだが……」

 

 龍仁はノートを開いて摩耶に問題を見せる。

 

「……桐原、こことここ間違ってるから、答え全然違ってるぞ」

「え……マジか?ここの公式ってこういう解き方じゃなかったっけ?」

「違うぞ、ここはだな……」

 

 そう言って摩耶は教科書を広げ、龍仁に問題の説明をする。

 龍仁は説明を受けながら、摩耶から言われた通りに計算をし直す。

 

「……ホントだった。勘違いして覚えてたな……危なかった」

 

 答えが合ったことを確認し、龍仁はホッと胸を撫で下ろす。

 

「もしかして桐原、勉強苦手か?」

「得意ではない」

「今まではどうしてたんだ?」

「自信がない時はノーマンにチェックしてもらってたんだけど、今日は聞けなくてな」

「なるほど」

「にしても、摩耶さんって勉強得意だったんだな」

「意外か?」

「少し」

 

 相変わらず素直な龍仁に、摩耶は思わず苦笑する。

 

「得意というか、猛勉強はしたからな」

「猛勉強?」

「……ちょっと、姉妹のことで一時期目を付けられてたから、勉強で下手な成績取るわけにいかなかったんだ……」

 

 姉妹のことというのが気になったが、摩耶の遠くを見るような目を見て、龍仁はそれ以上踏み込まない方がいい気がした。

 

「まぁ、今回は助かったよ。ありがとう、摩耶さん」

「あ、あぁ。うん。どういたし、まして……」

 

 龍仁にお礼を言われて、摩耶は思わず顔が赤くなるのを感じた。それを見られたくなくて、摩耶はプイッと顔を背けた。

 

「どうした?」

「いや、何でもない。気にするな」

 

 摩耶は授業開始までに顔の赤さと胸の鼓動を抑えるのに苦労するのだった。

 

 

「よっしゃー、昼飯だ!」

 

 午前の授業が終わり、ヨルクがそう叫んで立ちあがる。

 

「腹減った。ヒッパーちゃん、早く飯にしようぜ!」

「はいはい、今準備するから」

 

 既に親公認なのか、ヒッパーは頻繁にヨルクの分の弁当まで作ってくる。

 そしていつものように、ヒッパーはヨルクに弁当を私、彼と向かい合って座る。

 

「そうやって見ると、ホント仲睦まじいよな、お前ら」

「これで姉さんがもっと素直になれば、ねぇ」

「そこ、聞こえてるわよ」

 

 ヒッパーがノーマンとオイゲンをギロリと睨みつける。しかし、当の2人はどこ吹く風で、何事も無かったかのように昼食の準備を始める。

 

「龍仁、僕達も昼食にしよう」

「そうだな」

 

 龍仁と摩耶が昼食の準備をしようとした時だった。

 急に廊下の方が騒がしくなる。龍仁と摩耶は少しそれが気になったが、さほど気にせずに昼食の準備を始める。

 

「桐原君」

 

 その時、クラスメイトの女子が龍仁に声をかける。

 

「ん?どうした、椎名さん」

「えっと、お客さん?が来てるよ」

 

 椎名と呼ばれた女子は、廊下の方を指さす。

 龍仁と摩耶が廊下の方を見ると――

 

「あれ?フィーゼ?」

 

 キョロキョロと教室を見回すフィーゼの姿があった。その手には朝龍仁が渡した弁当が握られていた。

 そして、龍仁の姿を見るなりパァッと顔を輝かせ、トテトテと駆け寄り、ぽふっと彼の胸に飛び込んでくる。

 

「っと、どうしたんだ?」

「今日は龍仁と昼食を食べたい気分だった」

 

 すりすりと龍仁の胸に頬擦りをしながらフィーゼはそう言った。

 ただでさえ目立つフィーゼ。そんな彼女が龍仁に急に抱き着いたものだから、教室の注目は一気に龍仁達に集まる。特に、女子の目は興味津々といった様子だった。

 

「え、えぇっと……」

「え、ねぇねぇ、桐原君。この子誰?誰?」

 

 椎名もキラキラした目で龍仁に詰め寄る。

 

「えっと、フィーゼっていって、ウチで預かってる子だ」

「そうなんだ!すっごい可愛い子だね、お人形さんみたい!ね、撫でてもいい?」

「フィーゼ、どうだ?」

「私は構わない」

 

 椎名は恐る恐るといった様子でフィーゼの頭を撫でる。

 

「……ん」

 

 フィーゼは頭を撫でられ、気持ちよさそうな声を上げる。

 それを見た椎名は「きゃー!」と嬉しそうな悲鳴を上げた。

 

「可愛い!ね、抱っこさせて!抱っこ!」

「ええっと……その前に飯食いたいんだけど……」

「あ、そうだったね。じゃ、ご飯食べ終わったらお願いね!」

 

 椎名はそう言うと自分の席に戻っていった。

 その先では他の女子達も「え、じゃあ私も!」と声を上げていた。

 

「……というワケで、摩耶さん。一人増えたけどいいかな」

「いいけど……」

 

 摩耶はフィーゼをジッと見る。懐いているというより、見るからに好意を抱いているようなくっつき方というのは摩耶から見てもすぐに分かった。

 それを見て摩耶はまた胸がモヤモヤするのを感じた。

 

「龍仁、その子が例の子か?」

 

 今度はヨルクとヒッパー、ノーマン、オイゲン、クリーブランドが寄ってくる。

 

「へぇ……写真では見たけど、やっぱり可愛い子ね」

「事前情報なかったらクリーブランドとの子供かと思ったかもな」

「んなっ!?」

 

 ニヤつきながらそう言うヨルク。クリーブランドは一瞬にして顔を赤くした。

 

「なワケあるか。年齢を考えろ、年齢を」

「えー、そっちの方が面白いのになー」

「あんたねぇ……馬鹿じゃないの?」

「ヒッパーさん、何言ってるんだ。ヨルクは間違いなく馬鹿だぞ」

「あ、そうだったわね」

「……お前ら、ひどくないか?」

「龍仁、この人達は?」

 

 フィーゼはヨルク達をジッと見回す。

 そのあまりにも純粋な眼差しに、ヨルク達は思わず胸がときめきそうになった。

 

「えっと……俺の友達だ。名前は食事しながら教えるよ。と、いうわけで……」

 

 龍仁は摩耶の方を向く。

 

「……更に人数増えそうだけど、いい?」

「か、構わないが」

 

 さすがの摩耶も困惑したような表情で答えるのだった。

 

 

「にしても、KAN-SENにとって名前は伴侶の証かー」

 

 すっかり大所帯になった龍仁達は食事をしながら談笑する。

 

「といっても、海軍での慣習らしいけどね」

「でも、それでもKAN-SEN側からすれば特別なことなんだろ?ヒッパーちゃん」

「何で私に聞くのよ」

「いや、だって将来的には俺もヒッパーちゃんの名前考えないとって思っぐふっ!?」

 

 真っ赤な顔のヒッパーに脇腹を突かれ、ヨルクは体を丸めて悶えた。

 

「ヒッパーさん、やるならタイミング考えてくれよな。今は良かったけど、ヨルクが口に物含んでたら大惨事だったぞ」

「あ、それは考えてなかったわ。悪かったわ」

「お前ら……少しは俺の心配をしてくれよ……」

「自業自得だな」

「自業自得ね」

 

 ノーマンとヒッパーは声を揃えてそういった。

 

「あ、桐原。その肉、少し貰うぞ」

「あぁ、遠慮なく食ってくれ。お前のために多めに作ってるんだからさ」

「そ、そうか……僕のため、か。僕も桐原のために作ってみたんだ。よかったら食べてみてくれ」

「そんじゃ、遠慮なく……お、これ美味いな」

「そうだろ?結構自信作なんだ」

 

 摩耶は嬉しそうに笑う。

 その様子を見てヨルク、ヒッパー、ノーマン、オイゲンの4人は「お?」と思った。

 

「龍仁、この箸という道具、使うのが難しい」

「まだスプーンやフォークの方が良かったかな?ほら、こうやってだな」

「む、むむむ……」

「……ほら、フィーゼ。今日ぐらいは食べさせてあげるから」

「あむ……こうしてもらえるなら、ずっと箸でもいいかもしれない」

「ちゃんと箸を使う練習もすること。いいな」

 

 食事を楽しんでいる龍仁、摩耶、フィーゼの姿を見て、クリーブランドは「むぅ」と声を出す。

 

「……入る隙が無くてお困りでしょうか、クリーブランドさん」

 

 ヨルクがクリーブランドの耳元で囁く。

 

「……正直、困ってる」

「おおう、思った以上に素直。まぁ、気持ちは分かる」

 

 摩耶の番が終わればすぐさまフィーゼが、フィーゼの番が終わればすぐさま摩耶が。おかげで、クリーブランドに限らず、他者がこの3人に入り込む隙が無い。

 

「フィーゼちゃんが現れて、摩耶さんの雰囲気も怪しい感じ。そりゃ、対応に困るわな」

 

 フィーゼもそうだが、本人の自覚があるかはともかく、摩耶も龍仁のことを気に入っているのは誰の目から見ても明らかであった。

 

「うぅ、私はどうすれば……」

「そこは負けずにガーッと行かないと。いつも通り、男らしくガーッと」

「誰が男らしくだ!私は女の子なんだぞ!?」

「ど、どうした、クリーブ」

 

 急に大声を上げたクリーブランドに、龍仁が思わず手を止める。

 

(今がチャンス!)

 

 ヨルクがクリーブランドにアイコンタクトを送る。彼の言う通り、龍仁の意識が2人から逸れ、クリーブランドに意識が向いた今がチャンスだった。

 

「あ、いや。その……きょ、今日は天気がいいよな!」

「……結構曇ってるぞ?」

 

 ヨルク達は思わず心の中で「不器用か!」とツッコミを入れた。

 

「そ、そうじゃなくて……そうだ!実は私もそろそろ料理の練習を始めようと思うんだ!」

「へぇ、クリーブが。なんかあったのか?」

「な、何となくだ。ヘレナやモントピリアに教わろうかなって思ってて……それで、龍仁にも練習に付き合ってもらえないかなって……」

「おう、お安い御用だ。クリーブの手料理も食べてみたいしな」

「そ、そうか、私の手料理を食べてみたい、か……へへへ」

 

 龍仁にそう言われ、クリーブランドは思わず顔がにやけてしまう。

 

「それにしても、クリーブが料理かぁ。昔は一緒にお菓子作りとかしたよな。猫の顔の形のクッキー作ろうとしたら、焼き上がったのがお化けみたいな顔になっちゃって、クリーブが泣き出したりしたっけ」

「そ、そんなこと覚えてるんじゃないぞ!そういう龍仁だって――」

 

 昔話に花を咲かせる龍仁とクリーブランド。

今度はフィーゼと摩耶が2人の世界に入り込めなくなり、困惑したような顔をしていた。

 

「……アンタにしては気が利いてたわね」

 

 ヒッパーがヨルクに小声で話しかける。

 

「だろ?我ながら良い作戦だと思ったよ。どうだ、惚れ直したか?」

「……そういうので調子に乗らなければ、ね」

 

 ドヤ顔で胸を張るヨルクに、ヒッパーは溜息しか出なかった。

 

 昼食の後、フィーゼは約束通りクラスの女子達から文字通り可愛がられることとなった。

 

 

「それじゃ、今日はここまで。お前達、気を付けて帰るんだぞ」

「アマゾン先生も、旦那さんのところへ気を付けて帰ってくださいねー」

「……帰ったらアイツ、絶対にとっちめてやる……」

 

 真っ赤な顔で教室から出ていくアマゾン。それを合図に、生徒達が動き出した。

 

「クリーブは今日も部活か?」

「いや、今日部活は休みなんだけど……ちょっと用事があるんだ」

「すぐ済みそうか?」

「分からない。けど、遅くはならないはずだ」

「んじゃ、いつも通り校門前で合流しようぜ。俺もフィーゼ迎えにいかないといけないし」

「分かった。それじゃ、行ってくる」

 

 そう言うとクリーブランドは教室を飛び出した。

 

「摩耶さんはどうするんだ?」

「今日は新作ゲームの発売日だから、今から買いに行くつもりだ」

「そうか、それじゃ、気を付けて帰れよ」

「あぁ、お前もな」

 

 摩耶もそう言って教室を出た。

 

「じゃあ桐原君。またフィーゼちゃん可愛がらせてね!」

 

 椎名が帰り際に龍仁に声をかける。

 

「程ほどにしてやれよ。フィーゼ、ちょっと涙目だったぞ」

「あ、あはは……うん、気を付ける……」

 

 さすがにやりすぎたと思っているのか、椎名は申し訳なさそうに笑う。

 そして、またフィーゼと会いたいと言って教室から出て行った。

 

「……ヨルク達も帰っちまったし、フィーゼとの約束の時間までまだあるし……」

 

 何をして時間を潰そうか考えていると、気付いたら龍仁は廊下を歩いていた。

 

「……ま、適当にぶらぶら歩くか」

 

 そう言って龍仁は行く当てもなく歩き出す。

 擦れ違う顔見知りや教師達と挨拶を交わし、外で元気よく部活に励む生徒達を眺めたりしながら、龍仁は時間を潰すのだった。

 

「お、龍仁。今帰りか?」

 

 背後から声をかけられ、振り返るとそこには山本康大とKAN-SENの長良の姿があった。

 クラスこそ違うものの、龍仁とこの2人は初等部からの付き合いがあり、クラスが別々になってから関わる機会こそ減ってしまったものの、時々遊びに行くなどの関係は続いている。

 

「いや、ちょっと暇だから時間潰しに」

「暇なら一緒に料理部に行くか?部長が寂しがってるぜ、最近来てくれないって」

「セントルイス部長、龍仁君の料理気に入ってるもんね~」

 

 そう言いながら笑う康大と長良。2人は料理部に所属しており、龍仁の料理の腕前を知っている2人が料理部に龍仁を連れていったことがある。その時に料理部部長からやけに気に入られ、事あるごとに「またウチに来て作ってほしい」と懇願される。

 

「いや、そこまで時間あるわけじゃないから、遠慮しとくよ」

「残念。あても龍仁君の料理結構好きなんだけどな~」

 

 長良が屈託のない笑みでそう言う。

 人懐っこくて優しい性格に家事は万能。そして何といっても小動物のような可愛らしさと、思わず目を引くスタイルの良さ。「お嫁さんにしたい女子ナンバー1(青葉調べ)」に選ばれただけのことはあり、龍仁は思わず胸が高鳴ってしまった。

 

「んー、俺も龍仁ぐらい料理できれば、長良を満足させられるのにな……」

「大丈夫だよ。あて、康大の料理も大好きだから」

 

 その場にいて恥ずかしくなるぐらいの空気が2人から流れてくる。

 この2人は幼馴染同士であり、周囲公認のカップルでもある。その仲の良さは「お手洗いと着替えの時以外で一緒にいないのを見たことがない」と言われる程で、時間さえあればどこでもイチャイチャしているので、「風紀員のリストに載っている」などと男達の妬みも籠った噂が流れている。

 

「相変わらず、新婚みたいだな、お前ら」

「新婚さんだなんて、えへへ~」

 

 長良は照れたように笑う。さり気なく康大の肩に頭を乗せ、彼も長良に体を寄せる。

 こういうのを見せられると、妬みを通り越して一種の尊敬の念を抱いてしまう。

 

「はぁ、俺もそういう彼女が欲しいよ」

「作ればいいじゃないか」

「簡単に言ってくれるな。そんな簡単に彼女出来るなら苦労はしないよ」

「クリーブランドがいるだろ?」

「アイツが彼女だったら確かに楽しそうだけど、アイツはただの親友だしな」

 

 そう言って笑う龍仁。康大と長良は顔を見合わせて呆れたような溜息を吐く。

 

「ま、俺達から言うことでもないか」

「そうだね」

「なんだ、お前らまで残念な奴を見るような目で見て」

「とりあえず、あてから言えることは、龍仁君なら絶対良い人見付かるよ!」

「ははっ、ありがとう、長良」

「あとはその残念なところをどうにかすればな……」

「何か言ったか?」

「いや、何でもない。……っと、もう部活始まるな」

 

 康大が時計を確認する。

 

「あ、ホントだ」

「それじゃ、またな、龍仁。たまには料理部にも顔出せよ」

「とりあえず考えておく」

 

 並んで歩く2人を見送り、龍仁は「さて」と言ってまた歩き出すのだった。

 

 

 一方その頃――

 

「というわけで、私に料理を教えてほしい!」

 

 そう言ってクリーブランドは頭を下げる。

 ここは料理部部室。

クリーブランドの目の前には料理部副部長のヘレナの姿があり、頭を下げる親友の姿に困惑している様子だった。

クリーブランドの用事、それは料理部に所属する親友であるヘレナに、料理のことを教えてほしいと頼み込むことだった。

 

「ク、クリーブランド……頭上げて。そこまでしなくてもちゃんと教えてあげるから」

 

 ヘレナはオロオロしながらクリーブランドにそう言った。

 

「ほ、本当か!」

「う、うん。お互い部活もあるから時間の合う時だけになっちゃうけど……」

「それでいいよ!ありがとう、ヘレナ!」

「うん、クリーブランドのためだから。えっと、今日からの方がいい?」

「あ、今日は龍仁と帰る約束があるから、また今度かな」

 

 それを聞いてヘレナはクスッと笑う。

 

「ふふっ、クリーブランドって本当に龍仁君のこと好きだよね」

「え、あ……う、うん」

 

 クリーブランドは顔を赤くしながら頷く。

 その様子を見て、ヘレナは少し寂しそうな表情をするのだが、幸いクリーブランドにその表情を見られることはなかった。

 

「いっそのこと龍仁君と一緒に来たら?彼に手取り足取り教えてもらえるかもしれないわよ?龍仁君もうちに来てくれて一石二鳥だし」

 

 料理部部長であるセントルイスが、からかうようにそう言う。

 

「て、手取り足取り……」 

 

 その様子を想像したのか、クリーブランドは更に顔を赤くする。

 

「……と、とにかく!都合の良い日を連絡するから、お願いするよ、ヘレナ!」

「うん、わかった。楽しみにしてるから」

「それじゃ!」

 

 そう言うとクリーブランドは部室を飛び出していった。

 

「……」

 

 クリーブランドが去っていった出入り口を、ヘレナは複雑な表情で見つめていた。

 

「……ヘレナ」

 

 セントルイスはヘレナの方にそっと手を置く。

 

「応援するって決めたじゃない」

「うん、そうだけど……」

 

 ヘレナは少しだけ拗ねたように頬を膨らませる。

 クリーブランドの気持ちはずっと知っている。しかし、親友として龍仁だけでなくもっと自分に構ってほしいという可愛い嫉妬心も持っている。だからこそ、今回クリーブランドが頼ってきてくれたのはとても嬉しかった。なのだが、それが龍仁関係のお願いということもあって、少しだけ彼への嫉妬心も強まったのも確かであった。

 だからといって龍仁のことが嫌いなわけではない。むしろ人柄は気に入っているし、クリーブランドともお似合いだと思っている。だからこそ、2人のことを応援しようとも決めることができたのだ。

 それでも中々割り切ることができない、そんな複雑な心境なのだ。

 

「……いいのよ、ヘレナ。今は迷う時期。それでこそ、良い答えを見つけられるんだから」

「……うん。いつかはちゃんと応援するけど、今はまだ負けるつもりはないから、龍仁君」 

 

 自分の心に迷いながらもしっかり前を見るヘレナを、セントルイスは愛おしそうに見つめるのだった。

 

 

「さて、もう少し時間が……ん?」

 

 龍仁が中庭を歩いていた時だった。

 

「ここにも、無い……」

 

 地面を見渡しながら何かを探す少女の姿があった。

 

「何してるんだ?」

 

 龍仁が声をかけると、少女はビクッと肩を震わす。

 そして、警戒するように龍仁の方を見る。

 

「……えっと」

 

 龍仁は思わず息を呑んだ。

 褐色の肌に、水色と黄色の綺麗なオッドアイ。顔立ちはフィーゼとは違った方向でまるで人形のように整っており、思わず見惚れてしまいそうなほどに可愛らしい少女だった。

 

「何かを探してるのか?」

 

 龍仁は思わずドキドキする胸を落ち着かせながら、そう尋ねる。

 すると、少女はまだ警戒をしながらもコクンと頷いた。

 

「……バッジ」

「バッジ?」

「バッジを探してる……」

 

 少女は不安そうな声でそう言った。

 

「バッジか。どんなバッジなんだ?」

「これぐらいの大きさの……」

 

 そう言って少女は手で大きさを示す。そこそこ大きめのバッジのようだった。

 

「どこで落としたか分かるか?」

「さっき人とぶつかった時に、だと思う……だから、この辺り」

 

 恐らく、人とぶつかった拍子に取れて落ちてしまったのだろう。

 だから、少女はこの辺りを必死に探していた。

 

「俺も手伝うよ。この辺りを探せばいいんだよな?」

「え、でも……」

「大丈夫。時間はあるから」

 

 そう言って龍仁も中庭でバッジ探しを始める。

 この辺りは茂みも多い。もしかしたらその中に落ちてしまったのかもしれない。

 そう思い、龍仁は茂みの中を探す。

 

「……」

 

 そうやって探すこと5分ほど。

 

「……お?」

 

 茂みの中に丸い缶バッジらしきものを見つける。ちょうど少女の言っていたものと同じぐらいの大きさだった。それを手に取り、少女のところに向かう。

 

「なぁ、もしかしてこれのことか?」

「あ……」

 

 少女に見せると、少女は頷いてバッジを手に取る。

 

「良かった……お姉ちゃんから貰った大事なバッジだったから……」

「そうか。それなら見つけられてよかった」

 

 龍仁がそう言って笑うと、少女もつられたように微笑んだ。先ほど見せた警戒心はすでになくなっているようだった。

 

「っと、そろそろ時間だな。それじゃ、次はなくさないように気を付けろよ」

 

 そう言って龍仁が去ろうとした時、少女が龍仁の袖をクイッと引っ張る。

 

「ん?」

「あの……その、ありがとう」

 

 少女は上目遣いにそう言って、タッと走り去っていった。

 しばらく少女が走り去っていった方を見ていた龍仁だったが、ハッと我に返る。

 

「そろそろ行かないと、フィーゼもクリーブも待ってるな」

 

 先ほどの少女のことが少し気になりながらも、龍仁はフィーゼを迎えに向かった。

 

 

「……指揮官様」

「閣下……」

 

 とある墓地。そこには芳奈とフッド、アーク・ロイヤルの姿があった。

 彼女達の前には、「桐原家ノ墓」と書かれた墓石が立っていた。

 その墓石の前で、フッドとアーク・ロイヤルは静かに目を閉じる。

 そしてそっと目を開け、芳奈に頭を下げる。

 

「ありがとうございます、芳奈さん。指揮官様のお墓まで案内していただいて」

「いいのよ。ご先祖様も、きっとあなた達に会いたかったでしょうし。それに、このために早めにこっちに来たんでしょ?」

「えぇ」

「ずっと一緒にロイヤルで暮らしてくれたが、墓は重桜を選んでしまったからな、閣下は」

「それだけ、指揮官様にとって重桜は大切な場所だったのでしょう」

「おかげで、こうやって会いに来るのに長い時間が経ってしまったがな」

 

 愛おしそうに墓を眺める2人。彼女達の脳裏には、きっと指揮官との大切な思い出が浮かんでいるのだろう。

 

「ところで、アーク・ロイヤルさんは大丈夫だったかしら?海軍の情報によると駆逐艦関係では要注意人物だって聞いたけど」

「んなっ!?」

「そこは大丈夫です。これでも我慢は強いお方ですから。もしも理性が働かなくなった場合は、私が何とか致します」

 

 その「何とか」の内容は、さすがの芳奈も恐ろしくて聞くことができなかった。

 当のアーク・ロイヤルは「こっちでもそんな情報が流れているのか……」と落ち込んでいる様子だった。

 

「それなら良かった。実は、この間ウチで駆逐艦の子を預かることになっててね。万が一アーク・ロイヤルさんが危ない人だったらどうしようかな、って」

「何!?駆逐艦!?」

「アーク・ロイヤル様?」

「……はい、何でもありません」

 

 駆逐艦と聞いてテンションが上がりかけたアーク・ロイヤルだったが、フッドに諫められてすぐに大人しくなる。

 

「どういったお方なのでしょうか?」

「Z46っていう子でね、ウチの息子がフィーゼって名前付けちゃったのよね」

「Z46……フィーゼ……」

 

 その名前を聞いて、フッドとアーク・ロイヤルは驚いたような表情をした。

 

「あ、やっぱり聞き覚えがあるかしら?」

「えぇ、私達の仲間の一人でしたから」

「そういえば、芳奈さんのご子息のお名前は……」

「うん、龍仁よ」

「……ふふっ、やはりこれは運命なのでしょうかね」

 

 フッドとアーク・ロイヤルは、再び墓を見つめる。

 墓石に刻まれた名前。その中には「キリハラ・タツヒト」の名前があった。

 

「……さぁ、行きましょう。こちらも手続きなどが残っているので」

「そうだな」

 

 そう言ってその場を去ろうとした時だった。

 優しく、爽やかな風が少しだけ吹いた。

 

「……え?」

「……閣下?」

 

 フッドとアーク・ロイヤルは同時に振り向く。その視線の先には、桐原家の墓があった。

 

「どうしたの?」

 

 芳奈が尋ねる。

 

「……何でもありませんわ」

「そう、だな。すまない、行こうか」

 

 フッドとアーク・ロイヤルは歩き出す。

「何でもない」と言った彼女達だったが、確かに彼女達には聞こえた。

 懐かしく、優しいあの声が――

 

 ――また来いよ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。