アズールレーン学園   作:S・H指揮官

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第8話

 とある日の放課後

 

 ぶちっ

 

「……え?っと、うわっ、千切れた?」

 

 龍仁のバッグの肩掛けが音を立てて千切れる。

 

「あー、綺麗に千切れてるね、これ」

「もう古かったもんなぁ。仕方ないっちゃ仕方ないか」

 

 そう言いながらも、バッグを見つめる龍仁の表情は寂しそうであった。

 

「いつから使ってるんだっけ、このバッグ」

「龍仁が小学3年の時からだな」

「あぁ、誕生日プレゼントに伊勢姉が買ってくれたんだよ」

「ほほう、クリーブランドさん、よく見てらっしゃいますね」

「そ、その時の龍仁には大きすぎる、ってみんなで笑ったのを覚えてただけだぞ!」

「だったなぁ。サイズ間違えたって、伊勢姉しばらく落ち込んでたっけ」

 

 ヨルクにからかわれて慌てふためくクリーブランドと、ただ純粋に昔を懐かしんでクリーブランドの様子に気付かない龍仁。それを眺めながら「いつも通りだなぁ」と溜息を吐くヨルク、ヒッパー、ノーマン、オイゲンの4人。いつも通りの光景であった。

 

「んー、もう買い換えないといけないか……」

 

 龍仁は名残惜しそうにそう呟く。

 長い間使っていたためか、あちこちがボロボロになっていたバッグ。お気に入りのバッグで大切に使っており、思い出が詰まっている品だが、壊れてしまっては使うことはできない。

 

「直してもらうことはできないのか?」

「どうだろう。もうボロボロだし、生地がダメになってたら厳しいかも……どっちにしても、帰るまでは使わないといけないから、応急処置ぐらいはしておきたいな」

「それなら一緒に裁縫部に行かないか?今日はバスケ部も休みだし」

「裁縫部?ウチの学校にそんな部活あったっけ?」

 

 聞き覚えのない部活名に、龍仁、ヨルク、ヒッパーは首を傾げるが、ノーマンとオイゲンだけは「あぁ、あそこか」と苦笑いを浮かべていた。

 

「名前通り、裁縫を専門にしてるところだ。運動系部活はお世話になってるところが多いから、その辺りからは結構有名なんだよ」

「へぇ」

「ただ……裁縫部って呼ばれてるってだけで、正式な部活じゃないんだけどな」

「そうなの?」

「えぇ。部室棟の空いている部屋を勝手に使ってるだけで、部活動としては申請されていないし、許可もされていないわ」

「それって追い出される案件じゃ……」

「まぁ、部室自体は十分に余ってるし、運動系部活からの評判も良いから生徒会も先生達も黙認してるんだよ。あんまり大っぴらにはできないけど、生徒会も頻繁にお世話になってるし。下手に手を出すと運動系部活を敵に回しかねないしな……」

 

 過去に色々と悶着でもあったのだろうか。ノーマンは遠くを見つめるような表情になる。

 

「そうなのか?」

「あぁ。『趣味で勝手にやってるだけだから』ってタダでやってくれるし、仕事も早い、腕も確かってことで人気だぞ」

「そんなに活躍してるなら部活動として認めればいいのに」

「裁縫部って3人しかいないんだよ。だから、規定として部活動認定ができないんだ」

 

 学園の規定では、部活動として認められるためには部員5人以上が必要であった。3人しかいないとなると、どんなに活躍しようとも、部活動として認めるのは無理であった。

 

「料理部と統合しちゃえばいいんじゃないか?確かあそこ、裁縫とかも扱ってただろ」

「それは、なぁ」

「それは、ねぇ」

「ちょっと、な」

 

 ノーマン、オイゲン、クリーブランドは顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。

 

「色々と本人達の事情があるんだよ」

「うん、まぁ、そこは実際に見てもらった方が早いというか、見てもらわないと分からないというか……」 

 

 龍仁、ヨルク、ヒッパーは訳が分からないといった表情を浮かべる。

 

「とりあえず、今大丈夫か連絡してみるよ」

 

 そう言ってクリーブランドは携帯電話を取り出し、どこかへ電話をかけ始めた。

 

「……あ、もしもし、バスケ部のクリーブランドだ。あぁ、いつも助かってるよ。……あ、今日はバスケ部の用事じゃなくて……いや、それも違う。うん、ちょっと知り合いのバッグの肩掛けが千切れちゃってさ。……な、何でそういう話になるんだ!?いや、その……」

 

 何かを言われたのか、クリーブランドは真っ赤になる。どうやら、電話の相手からからかわれているようだった。

 

「と、とにかく!今時間は大丈夫か?……あぁ、良かった。それじゃあ今から行くよ」

 

 クリーブランドは電話を切り、龍仁の方を向く。

 

「大丈夫だってさ」

「そうか、それならさっそく行くか」

「それじゃ、俺達は生徒会の仕事があるから」

「ヨルク達はどうする?」

「うーん、裁縫部ってのが気になるけど……俺、今日ヒッパーちゃんとデートなんだよな」

「デートって何よ!ただ買い物に付き合うだけでしょ!」

「え、それを巷ではデートって言うじゃんか」

「言わないわよ!大体、何であんたとなんか……」

「そ、そんな……」

 

 ヨルクはその場にがっくりと崩れ落ちる。

 

「俺、今日ヒッパーちゃんと買い物するのを楽しみにしていたのに……ずっと楽しみだったのに……ヒッパーちゃんは俺との買い物なんてどうでも良かったのか……」

「うっ……ど、どうでもいいわけじゃないわよ!その……私もアンタとの買い物、楽しみだったし……」

 

 ヒッパーが頬を赤らめながら、小さい声でそう言う。

 すると、何事もなかったかのようにヨルクが立ち上がる。その表情は眩しいぐらいの笑顔である。どうやら、落ち込んだのは演技だったようだ。

 

「どうよ、このヒッパーちゃんのツンからの、微かで、でも確かなデレは。中々の破壊力だろ?もう俺、これを見るためだけに生きているって言っても過言じゃないぜ。いつもはツンツンして心がこの胸のように狭そうなヒッパーちゃんだけど、実はちゃんとデレるし、胸と違って心は大きいんあいだだだだだだだだ!?ちょっと、ヒッパーちゃん!ごめんなさい!調子乗りました!ごめんなさい!だからこの手離して!お願いします!音してるから!骨が軋むような、絶対に聞こえちゃいけない系の音が聞こえてるから!」

「んじゃ、また明日な」

「あぁ、また明日」

 

 ヒッパーのアイアンクローを極められているヨルクを気にした様子もなく、4人は挨拶を交わしてその場を解散した。

 

「待って!お願い、せめてちょっとは助けて!今回ちょっと調子乗りすぎたせいでいつもよりヒッパーちゃん力強いから!お願あああああああああああああああああ!」

 

 その後しばらくの間、ヨルクの悲鳴が辺りに響き続けるのだった。

 

 

「部室棟かぁ。久々だな、入るの」

 

 龍仁とクリーブランドは部室棟の前まで来ていた。

 

「……にしても、いつ見ても立派な建物だな」

「この学園の売りの一つらしいからな」

 

 学園旧校舎を改築して作られた部室棟。外観は少々古臭いものの、造りは非常にしっかりしている。元々それなりの規模があった学園の旧校舎を改築しているだけあってか、大から小まで、数重にも及ぶ様々な部活動が部室棟に部室を構えており、中には複数の部屋を必要とする部活動も幾つかあるのだが、それでも部屋が余っているという。

 

「……そういや、青葉の奴はどうしたんだろうな」

 

 ここに来る途中、2人は青葉と遭遇し、龍仁が「一緒に行かないか?」と誘ったのだが、目的地を伝えると何故か遠い目をしながら「あそこはいいや」と言って何処かへと行ってしまった。

 

「うん、まぁ気持ちは分かる」

「?どういうことだ?」

「行けば分かるさ。行けば」

 

 そう言ってクリーブランドも遠い目をするのだった。

 

「んじゃ、さっそく行くか。フィーゼやコロンビア達とも待ち合わせしてることだし」

「そうだな」

 

 そう言って2人は部室棟に入っていった。

 

 

「そういえば、龍仁は部活に入らないのか?」

 

 目的の部屋に向かう途中、クリーブランドはそう尋ねた。

 

「部活かー。特には考えてないな」

「勿体ないなぁ。龍仁ぐらいの運動神経なら、色んな部活で活躍できそうなのに」

「俺は伊勢姉との鍛錬があればそれで十分というか、それが限界だからな」

「……龍仁って、ホントに伊勢さんのこと大好きだよな」

「あんなんでも、昔からお世話にはなってるし、何だかんだで一緒にいて楽しいからな。酒癖の悪さはどうにかしてほしいけど。日向姉もだけども」

 

 笑いながらそう言う龍仁は、少し拗ねた様子のクリーブランドには気付かなかった。

 

「ま、龍仁がそう言うなら別に良いけど。でも、放課後の時間とか暇じゃないか?」

「そうでもないぞ。時間潰す手段なんて幾らでもあるし、最近では摩耶さんと喋ってれば勝手に時間が過ぎて行くしな。……どうした、クリーブ。そんな面白い顔して」

「……別に。というか、女の子に向かって『面白い顔』は失礼だぞ」

 

 クリーブランドは不機嫌そうな顔をして、プイッとそっぽを向いてしまった。

 龍仁は何が何だか分からずに必死にクリーブランドのご機嫌を取り続け、目的の部屋に着くまでには何とか機嫌を取り戻してくれた。

 

「ここがその『裁縫部』か」

「あぁ」

「んじゃ、さっそくお邪魔するか」

 

 そう言って龍仁は扉をノックする。

 

『はーい、どうぞー』

 

 中から声がして、龍仁は扉を開く。

 

「「ようこそ!インディちゃん愛好会へ!」」

 

 龍仁は扉を無言で閉めた。

 

「……クリーブ。部屋、間違ってたぞ」

「……うん、何となくそんな感じの反応になるとは思ってた」

「ちょっと!なんで閉めるんですか!?」

 

 勢いよくドアが開き、2人の男女が姿を見せる。

 

「え、あ、いや。俺達、裁縫部に用があって……なぁ、クリーブ」

「うん、龍仁。その、だな。ここがその裁縫部だ」

「……はい?」

 

 龍仁はニコニコ顔の男女を見る。

 

「えっと……?ここが裁縫部でいいんですか?」

「はい!ここがインディちゃん愛好会ですよ!」

「……はい?」

 

 龍仁は頭の中が整理できず、ただ混乱するだけだった。

 

 

「つまり、裁縫部ってのは周囲が勝手に言ってるだけで、正式名称は『インディちゃん愛好会』と?」

「そういうことです、先輩」

 

 龍仁とクリーブランドは、2人の男女――八城和美とポートランドと対面していた。

 互いに自己紹介を終わらせ、この2人が龍仁達の一個下の後輩ということが判明した。

 

「そのインディちゃんっていうのは?」

「中等部にいる私の妹です!すっごく可愛いんですよ!」

「あぁ、もうその可愛らしさは言葉じゃ言い表せないぐらい!」

 

 幸せそうな表情で熱弁する2人。龍仁は困惑したようにクリーブランドの方を見る。

 

「うん、確かに可愛い子だよ。正直、この2人が熱を入れるのが分かるぐらいに」

「ですよね!ですよね!」

「わっ!」

 

 クリーブランドの声が耳に入ったのか、和美とポートランドは目を輝かせながらクリーブランドにグイッと詰め寄る。

 

「クリーブランド先輩もやっとインディちゃんの可愛さを理解してくれましたか!」

「これなら、いつでも我が『インディちゃん愛好会』への加入も!」

「いや、前も言ったけど、私にはバスケ部があるから!」

 

 興奮する2人を、クリーブランドは必死に抑えようとする。

 

「青葉が来なかった理由が何となく分かった気がする……」

 

 好奇心旺盛な青葉のことだ。ここの情報などとっくの昔に仕入れており、取材にも来ているに違いない。その取材の時に、恐らくこんな感じで迫られて撤退したのだろう。

 

「……えーっと、ポートランドさん?」

「はい?」

「それで、俺のバッグの件なんだけど」

「あ、そういえばそうでしたね。ちょっと見せてもらっても良いですか?」

「あぁ」

 

 龍仁はポートランドにバッグを渡す。

 ポートランドは、千切れた肩掛けをまじまじと見つめていた。

 

「……うーん、これは生地自体がダメになっちゃってますね。応急処置はできますけど、たぶん肩掛けだけじゃなくてバッグ全体に寿命が来ちゃってますよ」

「やっぱりか……。その応急処置だけでも頼めるか?せめて家に帰るまでは使ってあげたいんだ」

「分かりました」

 

 そう言うとポートランドは部屋の棚を漁り、道具を取り出して作業を開始した。

 

「たぶん、10分もあれば終わると思うので、待っててくださいね」

「あぁ」

「待ってる間、インディちゃんの可愛さについて語らせてもらってもいいですか、先輩」

 

 和美が目をギラギラさせながら龍仁ににじり寄ってくる。

 

「クリーブが思う存分聞いてくれるってよ」

「ちょっと!?」

「マジっスか!それじゃ、覚悟してくださいよ、クリーブランド先輩!」

 

 和美はクリーブランドを捕まえ、そして『インディちゃん』について熱く語り始めた。

 

 ――傍から聞いてるだけでも、『インディちゃん』が大好きなのが伝わってくる。

 

 ということを、龍仁は他人事のように考えているのであった。

 

「……ふふっ」

「ん?どうしたんだ、ポートランドさん」

「いえ、このバッグ、大切に使われていたんですね」

 

 ポートランドは嬉しそうに笑いながら手を動かしていく。

 

「分かるのか?」

「はい、何となくですけどね」

「……小さい頃に、姉貴分に買ってもらったバッグなんだよ」

 

 ここまで一緒に時間を歩んできたバッグ。それまでは気にしたことはなかったが、今思えばまるで弟のような存在のバッグであったと感じた。

 

「道具っていうのはいつか壊れちゃうものなんです。だから、それまでの間、どれだけ大切に使ってもらえるか。それが、道具にとっての幸せにつながると思うんですよね。……このバッグは幸せだったと思いますよ。こんなに大切に使ってもらえて」

「そうだと良いな……それにしても……」

 

 龍仁はポートランドの手元を見る。

 流れるような手つきで縫い合わせていくポートランド。その動きは正確で、それでいて機械的ではなく、まるで舞のように美しい動きであった。

 

「手際が良いな」

「インディちゃんの為に頑張ってたら、いつの間にか上達してたんです」

 

 ポートランドは得意げな表情でそう言った。

 

「料理部と一緒になった方が活動しやすいんじゃないか?」

「最初に言ったように、ここって周りが勝手に『裁縫部』って言ってるだけで、私達は『インディちゃん愛好会』として活動してるんですよね。だから、料理部とはそもそも方向性が違うんですよ」

「……ちなみにさ、その愛好会とやらはどんな活動を?」

「和美と一緒にインディちゃんの可愛さについてひたすら語り合っています!」

 

 非常にシンプルな内容だった。

 

「なるほど……そのインディちゃんとやら、一度でいいから見てみたいな」

「あ、写真見ますか?壁に貼ってる写真、ほとんどインディちゃんの写真ですよ!」

 

 そういえば壁中に写真が貼られているな、と思いつつも龍仁はその写真をじっくり見ていなかった。ポートランドに言われて、壁の写真をじっと見る。

 そこに映っていたのは、褐色の肌に綺麗な水色と黄色のオッドアイの美少女であった。

 ポートランドと和美、2人の気に入り方が過剰ではないと思えるぐらいには可愛らしいと龍仁も思ってしまった。

 

「……ん?」

「どうかしましたか?」

「いや、この子どっかで見覚えが……あっ」

 

 龍仁は、先日バッジを探していた少女を思い出した。

 写真に写っているのは、その少女であった。

 

「思い出した、前バッジを一緒に探した子だ」

「バッジ?……あ、もしかしてインディちゃんが言ってた親切な人って、先輩のことだったんですか!」

「親切かどうかは分からんけど、たぶんこの子だったと思う」

「むむむ、これはもしや運命では!?インディちゃん愛好会に先輩が入るフラグ!?」

「たぶん違うと思うから」

 

 

「はい、できましたよ」

 

 ポートランドは作業を終わらせ、龍仁にバッグを手渡す。

 

「おぉ、綺麗に繋がってるな」

 

 バッグの肩掛けの千切れた部分は綺麗に繋がっており、どこが千切れていたのか一見分からないぐらいであった。

 

「応急処置ですから、たぶんまたすぐにダメになっちゃうと思います。せめて見た目だけでも、と思って……」

「いや、これだけでも十分だよ。ありがとう」

「そう言ってもらえれば、私も嬉しいです。インディちゃんの恩人さんに恩返しもできましたし!」

「恩人だなんて大袈裟な」

「いえ、あのバッジは私とインディちゃんの大事な品だったんです!大恩も大恩です!」

「まぁ、そこまで言うなら」

 

 龍仁とポートランドは互いに嬉しそうに笑い合った。

 

「それじゃ、そろそろ帰るか、クリーブ」

「あ、あぁ……」

 

 龍仁はぐったりした様子のクリーブランドに声をかける。

 龍仁がバッグを直してもらっている間、クリーブランドは和美からずっと「インディちゃん」の話を聞かされ続けていた。しかも、和美の話術が無駄に高く、同じ話は一切繰り返さず、マシンガンのように語り続けた。その為、クリーブランドは次から次へと流れ込んでくる膨大な情報量についていけず、途中から放心状態になっていた。

 

「あれ?もう行っちゃうんですか?」

「あぁ、待たせてる奴がいるからな」

「残念。もうちょっとでインディちゃんも帰ってくると思うんですが……インディちゃんも先輩にまた会いたいって言ってましたし」

「それならまた顔出すからさ」

「じゃあその時は事前に連絡をください!インディちゃんと一緒に待っていますので!」

「それじゃ、連絡先だけ交換しておくか。また何か頼むかもしれないし」

「そうですね。あ、これが私のアドレスです」

 

 龍仁はポートランド、和美とアドレスを交換した。

 

「今日はありがとうな。また連絡するよ」

「はーい。待ってますねー」

 

 そう挨拶をして、龍仁とクリーブランドは部屋を出た。

 

「……クリーブ、大丈夫か?」

「……何とか」

「うん、軽い気持ちでクリーブに押し付けたのは悪いと思ってる」

「ははっ、大丈夫さ……以前はあの2人の同時攻撃に遭ったこともあるし……」

 

 遠い目をするクリーブランド。恐らく、龍仁の想像を絶するような体験だったのだろう。ポートランドとまた会う約束をしたことが、若干心配になるのだった。

 

「それにしても、インディちゃんかぁ」

 

 とても楽しそうで、愛おしそうで、とにかく輝いていた。

 それだけ、その「インディちゃん」への想いが強いということなのだろう。

 

「確かに、あんだけ溺愛するぐらいには可愛い子だったよな」

「あれ?龍仁はインディに会ったことがあるのか?」

「少し前にな」

「ふーん。……惚れたり、したとか?」

「正直、ドキッとはしたな。めちゃくちゃ可愛い子だったし」

 

 龍仁がそう言うと、クリーブランドはムッとしたような表情をする。しかし、当の龍仁はその表情には気付かなかった。

 

「……こほん。それで、新しいバッグはどうするんだ?」

 

 クリーブランドはわざとらしく咳をしてから、そう龍仁に尋ねる。

 

「バッグか。さすがに新しいのを買わないといけないよな。明日ちょうど休みだし、伊勢姉と買いに行ってくるか」

「伊勢さんと?」

「あぁ。やっぱり新しいのも伊勢姉に選んでもらいたいしな」

 

 龍仁は少しだけ照れ臭そうに笑いながらそう言った。

 

「そう、か……」

 

――できれば自分が選んであげたかった。

 

クリーブランドはそう思った。

しかし、今回ばかりは、誰も龍仁と伊勢の間に入ることはできない。

クリーブランドは何となくそう感じていた。

 

 

帰宅して早々、龍仁は伊勢にバッグの話をした。

 

「というワケで伊勢姉、明日買い物付き合ってくれ」

「お、デートのお誘いかい?」

「ちげーよ」

「ははは、そりゃ残念だ」

 

 全く残念そうではない様子で伊勢は笑った。

 

「それにしても、そのバッグかぁ……」

 

 伊勢は龍仁からバッグを受け取り、懐かしむような目でそれを眺めた。

 

「懐かしいねぇ。私から龍仁への最初のプレゼントだったっけ」

「姉さんが大きさ見誤って買っちゃったやつだな」

「……ほら、龍仁もすぐ大きくなるだろうと思って、だね」

「目を泳がせながら言っても説得力ないぞ、姉さん」

 

 日向が伊勢をからかうように笑う。

 

「でも、あの時龍仁は凄く喜んでくれたね」

「そりゃ、伊勢姉からのプレゼントだったからな」

「はっはっは!嬉しいことを言ってくれるねぇ!」

「いてっ!叩くな叩くな!」

 

 伊勢は嬉しそうに大笑いしながら龍仁の背中をバシバシ叩く。

 

「ま、龍仁の頼みとあっちゃ、断る理由なんてないさ。いいさ、付き合ってやるよ」

「ありがとう、伊勢姉」

「相変わらず龍仁は姉さんにベッタリだな」

 

 日向がニヤニヤしながら龍仁を肘でぐりぐりとつつく。

 

「言うほどベッタリじゃないだろ」

「いやー、ベッタリだぞ。小さい頃なんか、すぐ私に泣きついてきてたりなぁ」

「それは小さい頃だろうが!」

「あの頃の龍仁は可愛かったなぁ。姉さんだけじゃなくて、もう少し私にもベッタリだったら言うことなしだったんだけどなぁ」

「何言ってるんだい。今の龍仁も可愛いじゃないか」

「言われてみればその通りだ!」

「……もうやだ、この酔っ払いども……」

 

 楽しそうに昔話に花を咲かせる伊勢と日向、その2人に龍仁は呆れ返るのだった。

 

 そんな彼らのにぎやかな様子を、フィーゼは何も言わずに眺めていた。

 その表情は少し寂しそうにも見えた。

 

「楽しそうに見える?フィーゼちゃん」

 

 芳奈がフィーゼにそう尋ねる。

 

「あぁ、とても。龍仁が楽しそうなのは良いことのはず……なのだが、不思議と胸が苦しくなる」

 

 フィーゼは自分の胸をギュッと押さえる。

 楽しそうな龍仁達の様子。できればその輪の中に自分も入りたい。

 ……しかし、龍仁との思い出が少ないフィーゼでは、その輪に入ることができない。

 そこには自分の知らない龍仁がいる。知らないからこそ、手を伸ばしても決して届かない。

 その寂しさが、フィーゼの胸を苦しくしていた。

 そんなフィーゼの頭を、芳奈は優しく撫でた。

 

「……思い出ってね。全部共有できるってワケじゃないのよ。共有できるものもあれば、自分が知らない相手の思い出もある。それは当然のこと。だって、ずっと一緒にいられるわけじゃないんだから」

「芳奈も、そうなのか?」

「えぇ、そうよ。龍仁のことはよく分かっているつもりだけど、あの子の私生活や学校生活の思い出は、私じゃ共有できないの」

 

 でもね、と芳奈は続けた。

 

「だからこそ、今からでいいから思い出をいっぱい作ればいいの。フィーゼもあの子もまだ若いんだから、そのチャンスはいっぱいあるわ。それで思い出をいっぱい作って、後からみんなで楽しく語り合えれば……それだけで良いんだから」

「そういうものなのか?」

「そうよ。だから、頑張りなさい、フィーゼ。私はあなたのことを応援するから」

 

 優しい芳奈の微笑み。その微笑みを見て、フィーゼの心は温かくなった。

 

「……ありがとう、芳奈」

「でも、俺としては息子がロリコンの方向に進むのを見るのは複雑な気分あだだだだだ!ちょっ、芳奈!?なんで急に卍ロックなんかいでででででで!ギブギブ!ギブだってば!」

 

 余計な水を差した辰巳は、芳奈から容赦ない制裁を受けるのだった。

 

 

 翌日、街中の喫茶店。

 

「今日はありがとう、伊勢姉」

 

 龍仁は伊勢にお礼を言った。

 彼の傍らには、新しく買ったバッグを入れた袋が置かれていた。

 

「良いってことよ。それにしても……まだこのバッグが残ってるとはねぇ」

 

 龍仁と伊勢が選んだバッグ。それは、昔伊勢が龍仁に送ったバッグと同じものだった。

 そのバッグを見つけた瞬間、龍仁も伊勢も迷わずそのバッグを選んだ。

 

「意外と人気のモデルなのかな」

「それか、あのバッグを大切に使ってくれた龍仁への、神様からの贈り物かもねぇ」

「伊勢姉って、意外とロマンチストだよな」

「そう言うな、恥ずかしいから」

 

 そう言いながらも伊勢は全く恥ずかしそうにせずに笑う。

 

「ま、何はともあれ、大事に使ってやりな。龍仁なら心配はないけども」

「もちろん」

 

 龍仁が頷くと、伊勢は満足そうに笑った。

 

「……思い出すね、あの時のこと」

「あの時?」

「あぁ、このバッグをプレゼントするきっかけさ。覚えてるかい?」

「忘れるわけないよ」

 

 龍仁と伊勢は同じ記憶を思い浮かべていた。

 小学三年生の頃、今と同じように龍仁は土日の週に2回、伊勢に稽古を付けてもらっていた。

 そして小学三年生のある日、龍仁は初めて伊勢に一発入れることに成功した。

 まだ弱々しかった一撃。それでも、幼い龍仁にとっては大きな一撃であった。

 当の伊勢も、手加減こそしていたが、一撃を貰うような手の抜き方はしていなかった。それだけに、伊勢にとっても驚きであり、そして嬉しかった一撃であった。

 その一撃の記念ということで、伊勢は龍仁にこのバッグを贈ったのだった。

 

「あの時から結構経つけど……うん、龍仁も強くなったねえ」

「伊勢姉や日向姉に比べるとまだまだだけどな」

「はっはっは、まだ龍仁に負けるつもりは一切無いよ」

 

 そう言って伊勢は笑う。

 

「……強くなりたい。強くなれば、あの子と一緒にいられるから、だったっけ」

「うん、そうだった」

 

 龍仁は複雑な表情を浮かべながら笑った。

 龍仁が昔味わった、大切な親友とのお別れ。

 また会えると信じながらも、龍仁はその別れのツラさを紛らわせるために、「強くなればあの子と一緒にいられるかもしれない」と考えるようにした。そして、ツラさを紛らわせるためにがむしゃらに強さを求め続けた。

 

「結局、子供の思い込みだったわけだけどな」

「でも、そう考えていないと苦しかったんだろ?」

「……まぁな」

「それなら、思い込みでも良いから、何かにぶつけた方が楽になるってもんだ」

「ぶつける先が俺の場合は伊勢姉だったわけだ」

「あの頃の日向だと手加減を知らなかったからねえ」

 

 強くなりたいと願った龍仁の稽古の相手を買って出たのが伊勢だった。

 伊勢はひたすら龍仁を受け止め続けた。彼の気が済むまで、何度も何度も。

 龍仁が「子供の思い込みだった」と気付くまで、ずっと受け止め続けた。

 

「それに……やっぱり、大事な弟が苦しんでいるのを見たくなかったからね」

「伊勢姉……」

「ま、子供の思い込みだったとしても、無駄にはなってないだろ?」

「それは言えてる」

 

 そう言って2人は笑い合った。

 

「……今だから言うけどさ」

「なんだい?」

「俺、小さい頃は伊勢姉のこと好きだったんだぞ」

「……へ?」

 

 伊勢はキョトンとした表情をする。

 

「小さい頃に一番俺の傍にいてくれたのが伊勢姉だったからさ。だから、何となくだけど『好きだった』ってのは覚えてる。だから、バッグを貰った時も嬉しくってさ」

 

 龍仁は照れ臭そうにそう言った。

 しばらくポカーンとしていた伊勢だったが、不意にプッと吹き出し、大笑いした。

 

「あっはっはっは!そうだったのかい!いや、やけに懐いてくれるなぁ、と思ってたけど、そうだったのかい!」

「……頼むから日向姉とか親父とか母さんには言うなよ?」

「言うワケないさ。せっかくの私と龍仁の秘密の話なんだからさ。あー、今日は嬉しいことを聞いたねえ。こりゃ、今日の酒は旨そうだ」

 

 伊勢は笑いすぎで出た涙を拭いた。

 

「んで、今はどうなんだい?」

「今って?」

「今は私のこと、大好きじゃないのかい?」

「今もそうだったらこんな話するかよ。今は姉さんとしては好きだけど、少なくとも恋愛対象ではないよ」

「そうなのか……残念だねえ。今もそうだったら二つ返事でOKだったんだけどねぇ」

 

 伊勢がからかうような目で龍仁を見る。

 龍仁は伊勢からそう言われ、思わずドキッとする。

 

「お、ちょっとドキッとしたね?」

「……ノーコメント」

 

 龍仁は恥ずかしくなって顔を逸らす。

 伊勢はそんな龍仁を、愛おしそうに見つめるのだった。

 

 

「それで?今は誰狙いなんだい?」

「……は?」

「ほら、今龍仁の周りって可愛い子が多いじゃないか。クリーブランド四姉妹に青葉にフィーゼ。もしかしたら同級生にも良い子がいるかもね。思春期の男子なら、気になる子ぐらいいるだろ?」

「…………言わなきゃダメ?」

「言っても良いけど、日向と一緒に今晩の肴にするよ」

「絶対言わねぇ」

 

 

「……理事長、これは?」

「君のクラスに編入してくる生徒の書類だ」

 

 理事長室。

 アマゾンが学園理事長であるソフィア・ホワイトから手渡されたのは、一通の封筒。

 中には編入してくる生徒の書類が入っているという。

 

「編入、ですか」

「そうだ。しかもKAN-SENの子だ」

「いつ頃の編入に?」

「来週の月曜日……明後日だそうだ」

「また急ですね……」

 

 急な編入の話だが、こういった時期に急に編入してくる生徒がいるのはこの学園では珍しいことではない。特に、KAN-SENであればそれぞれの事情によって編入時期が中途半端になってしまうということはよくある話だ。最近では、初等部に新しいKAN-SENが編入してきたという話をアマゾンも耳にしている。

 

「それはいいのですが……何故その書類をここで?」

「それが……直前まで可能な限り秘密にしてくれという海軍からの要請があってな。クラス担任になるアマゾン先生には伝える必要があるから伝えているが、このことは私とアマゾン先生以外は知らない」

「……その生徒とは誰なんですか?」

「私もその名前を見た時に驚いたのだが……どうやら、アマゾン先生のクラスの生徒と所縁のある人物らしい。その人物には特に知られないように、とのお達しだ」

「私のクラスの生徒?」

「桐原龍仁、という生徒らしい」

「桐原と所縁のある人物?」

 

 アマゾンは首を傾げる。

 桐原龍仁の両親が海軍重桜支部の重役であることは知っているが、海軍がそんな大々的に動くような人物と龍仁が知り合いだという話は聞いたことがなかった。

 

「……中身を見ても?」

「あぁ、確認してくれ。そして、くれぐれもその時までは内密で頼む」

 

 アマゾンは封筒の封を開け、中の書類を確認する。

 

「……!?え、こ、これって……」

 

 思わずアマゾンの声が震える。

 予想通りの反応に、ソフィアも苦笑する。

 そこに書かれていた名前は――

 

 ――クイーン・エリザベス

 

 アズールレーンロイヤル支部、通称「ロイヤルネイビー」を統括する『女王陛下』その人であった。

 

 

「うぅ、まだかしら……」

 

 甲板から海の先を眺めながら、少女はソワソワと落ち着かない様子であった。

 

「陛下、そんなに焦らなくとも、重桜は逃げはしませんよ」

「だ、だって……待つ時間が凄く長く感じるんだもの」

「だから飛行機にすればよろしいのでは、と言ったではありませんか。心の準備がしたいから船で向かいたいと仰ったのは陛下ですよ」

「それはそうだけど……」

 

 落ち着かない様子の少女を、メイド長ベルファストは苦笑しながら見守る。

 

「……10年。私も彼に会うのを楽しみにしていました。ですから、陛下のお気持ちはよく分かります」

 

 だからこそ、とベルファストは続ける。

 

「彼と再会した時のために、ちゃんと心の準備を済ませる。今はそれが一番大事だと思いますよ。彼と会った時に、取り乱して何も話せなかったら寂しいではありませんか」

「……そうね。ベルの言う通りだわ。ありがとう、ちょっと焦りすぎてたみたい」

 

 少女はそう言って大きく深呼吸する。

 

「……うん、完全にじゃないけど落ち着いたわ」

「それなら良かったです。まだ時間はありますし、彼と会った時に何をお話しするか、私と一緒に考えましょうか」

「そうね。それが一番有効な時間の使い方かもしれないわね」

 

 少女は船の進む先を見る。その先には、まだ見えないが重桜の地が待っている。

 

「……待ってなさい、龍仁。この10年間、会えなかった分、うんと相手してもらうんだから」

 

 そう言って少女――クイーン・エリザベスは眩しく笑うのだった。

 

 

「ところで、今回志願して付いてきたメイドだけど……本当に大丈夫なのかしら?」

「シリアスのことですか?えっと……やる気は十分あるのですが……」

 

 ガシャーン!

 キャー!

 

「……」

「……」

「……龍仁に会った時に取り乱さないかどうかより、あのメイドのことの方が心配になってきたわ」

「恐らくは大丈夫……だと、思いたいです……」

 

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