アズールレーン学園   作:S・H指揮官

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第9話

「……なぁ、母さん」

「なぁに?」

「……やっぱり何か良いことあった?」

「べっつにー?」

 

 桐原家の朝食。今日は全員揃っての朝食だったのだが、芳奈の様子が明らかにおかしい。

 具体的には、気持ちの悪いぐらい目に見えて上機嫌なのだ。

 本人は何もないと言っているのだが、龍仁はそれが気になって仕方なかった。

 

「龍仁。芳奈は何故あんなに上機嫌なのだろうか」

 

 フィーゼも気になっていたのか、龍仁に尋ねる。

 

「全然分からん。なぁ、伊勢姉、日向姉。何か知ってるか?」

「い、いや、何も?なぁ、日向」

「わ、私達は何も知らないなぁ」

 

 伊勢と日向は目を泳がしながら答える。

 明らかに何か知っていそうな様子ではある。

 

「……親父は?」

「俺も何も知らないな(棒」

 

 こちらも明らかに事情を知っていそうな棒読み口調。

 だが、理由は分からないが話つもりは無いらしい。

 

「……今日結婚記念日とかだっけ?でも、それなら隠す必要もないしな……」

 

 ただ芳奈が上機嫌なだけであれば、龍仁もそこまで気にならない。しかし、こちらに何かを隠されているかのような芳奈達の態度があるから、どうしても気になってしまう。

 

「龍仁」

「何、母さん」

「あまり深く考えちゃダメよ。考えすぎると父さんみたいに禿げるわよ」

「ちょっと待て!俺まだ禿げてないぞ!」

「え、でも辰巳さん、この前育毛シャンプーの追加を買って……」

「あー!あー!何のことか分からないなぁ!」

 

 辰巳は大きな声で誤魔化す。

 どうやら本人には本人の悩みがあるようだ。

 

「いや、そこは大丈夫じゃないか?髪の毛は隔世遺伝っていうし、虎蔵さんって髪の毛ふさふさだったじゃないか」

 

 日向が今は亡き龍仁の祖父である桐原虎蔵のことを思い出しながらそう言う。

 彼女の言う通り、桐原虎蔵は亡くなる間際まで、周囲の同年代の男性が羨むほどに毛髪に恵まれていた。このため、龍仁は親戚達からは冗談交じりに「龍仁が禿げる心配はないな」などと言われていた。

 

「くっ、龍仁……覚えてろよ……」

「俺、何もしてねぇよ」

 

 辰巳の嫉妬の籠った眼差しに、龍仁は呆れるしかなかった。

 そんな騒ぎもあってか、いつの間にか龍仁は芳奈が上機嫌という謎のことをすっかり忘れていたのであった。

 

 

「それじゃ、行ってくるから」

「あぁ、行ってらっしゃい」

 

 バタバタと玄関に向かう芳奈達を、龍仁とフィーゼは見送る。

 

「っと、早々、龍仁」

「何だよ、母さん」

「今日は良い日になるといいわね」

「はぁ?」

 

 ポカンとする龍仁を見て芳奈はまた嬉しそうに笑い、家を出るのだった。

 

「あー、ホント今日が楽しみだったのよねー。あなた達も、秘密にしてくれてありがとうね」

 

 芳奈はやはり上機嫌な様子で歩く。

 

「……秘密にしとかないと、芳奈さんに絞められるからねぇ……」

「あぁ、今朝口を滑らせたらどうしようって本気で怖かった……」

 

 伊勢と日向は大きく息を吐く。

 よほど気を張っていたのか、その表情には疲れが見える。

 

「大袈裟ねぇ。普通にしてればいいのよ、普通にしてれば」

「龍仁が2年生の時だっけ?芳奈さんが考えてたサプライズを辰巳さんが龍仁にバラシて、芳奈さんが本気で辰巳さんを締め上げたのは」

「うん、確かその時」

「あ、あはははははは……」

 

 その時のことを思い出したのか、伊勢、日向、辰巳の3人は顔を真っ青にする。

 

「あれは辰巳さんが悪いわよ。せっかく私が入念に準備してたサプライズを台無しにするんだもの」

「だからってアレは未だにやりすぎだと思ってるぞ……」

「何か言ったかしら?」

「いえ、何も!」

 

 芳奈に睨まれて辰巳はピシッと姿勢を正す。

 

「……それにしても、今日は面白い日になりそうね」

 

 芳奈は家の方を振り返る。

 

「……フィーゼちゃん。『お姫様』は間違いなく強敵よ。頑張りなさい」

 

 フィーゼには届かないであろう言葉。

 しかし、その言葉には間違いなくフィーゼへの応援の気持ちが籠っていた。

 

 

「一体何だったんだろう……」

 

 朝の教室。

 龍仁は芳奈の態度や言葉が気になって悶々としていた。

 クリーブランドからは「気にしすぎじゃないか?」と言われたのだが、芳奈だけでなく、伊勢や日向、辰巳の様子もおかしかったのはどう考えても何かあるとしか思えなかった。

 

「おはよう、桐原」

「あ、おはよう、摩耶さん」

 

 登校してきた摩耶と、龍仁はいつものように挨拶を交わす。

 

「?どうしたんだ。何か考え込んでるみたいだけど」

「うーん、ちょっと今日ウチの家族の様子がおかしかったというか」

「どういう風に?」

「母さんは妙に上機嫌だったし、親父や姉貴分達も何かを隠してる感じだったし」

「……それって、家族が桐原に何かサプライズでも用意してるんじゃないか?」

「サプライズ?」

「あぁ。うちでも家族がサプライズを用意してる時は、みんなそんな感じになってた」

「サプライズかぁ……それじゃああまり気にしない方がいいのかな」

「うん、そのためのサプライズなんだからな」

「そっか……それならいいんだけど」

 

 それでも気になってしまうのが人の性というもの。サプライズだとしたら、何のサプライズかな、などとどうしても考えてしまう。

 

「龍仁、ちょっといいか」

 

 その時、ノーマンが教室の外から龍仁を呼ぶ。

 龍仁はすぐにノーマンの方へと駆け寄る。

 

「どうした、ノーマン」

「いや、アマゾン先生がお前を呼んでたから」

「アマゾン先生が?……何かしたっけ?」

「うん、お前本当に何をしたんだ?アマゾン先生、かなりやつれてたぞ」

「え?」

 

 訳が分からないといった様子で龍仁は首を傾げる。

 少なくとも、彼自身アマゾンに何か迷惑をかけるようなことをした覚えはない。

 

「いや、身に覚えがないんだが……」

「まぁ、先生があれだけやつれるようなことをしてたら、俺達の耳にも届いてるだろうから、本当に何もしてないんだろうけど……にしても、あの疲れ方は尋常じゃなかったぞ」

「マジか……とりあえず行ってくる。職員室か?」

「あぁ」

 

 龍仁は早足で職員室へと向かう。

 職員室の前に着くと、龍仁は扉をガラッと開ける。

 

「失礼します、桐原龍仁です。アマゾン先生は……」

「あぁ、桐原か……こっちだ……」

「って、大丈夫ですか!?アマゾン先生!」

 

 想像の3倍ぐらいやつれてたアマゾンを見て、龍仁は慌てて彼女の方へと駆け寄る。

 

「え、何がありました!?体調でも悪いとか!?それとも、俺なんかやらかしました!?」

「桐原は何もしてないんだが……いや、桐原に関係あることではあるんだが……」

 

 曖昧なアマゾンの言葉に、龍仁は不安しか覚えられなかった。

 

「とにかく、何があったんですか?」

「……桐原、とりあえず今のうちに言っておく。私のためにも全力で頑張れ」

「……は?」

 

 アマゾンの言ってる意味が分からず、龍仁は素っ頓狂な声を上げる。

 

「ここから先の私の生活はお前にかかっていると言っても過言じゃない……私が教師を続けられるか、路頭に迷うか……全部お前次第だ……」

「えっと、言ってる意味が全く分からないんですが」

「すぐに分かる。私とあのバカの生活もかかってるんだ……よろしく頼んだぞ……」

 

 相変わらず言葉の意味が分からずに、龍仁はますます混乱するだけだった。

 

 

「で、どうだった」

「うん、想像の3倍ぐらいはやつれてた」

「だろ?俺もビックリしたよ」

 

 教室に戻った龍仁は、すぐにノーマンに結果報告をした。

 

「それで、何て言われた?」

「俺もよく分からないんだが……今後のアマゾン先生の生活は俺にかかってる、みたいなこと言われた」

「何じゃそりゃ」

「だから俺もよく分からないんだよ。ノーマンは何か知らないのか?」

「いや、俺も何も聞いてないな。オイゲンは?」

「私も知らないわね」

 

 ノーマンとオイゲンは本当に何も知らないようだった。

 

「……ま、すぐ分かるって言ってたから、考えても仕方ないか」

「それもそうだな。っと、そろそろ朝礼の始まる頃だな」

「んじゃ、また後で」

 

 そう言って3人はそれぞれの席に戻る。

 そのタイミングで、アマゾンが教室に入ってくる。

 

「お前らー、席に着けー」

 

 いつもよりも元気のないアマゾンの声。明らかに普通じゃない様子に、生徒達は驚いた様子である。

 

「どうしたんだ、アマゾンちゃん。まさか、旦那さんが寝かせてくれなくてお疲れとか?」

「バカ!何変なこと言ってるのよ!」

「ははは……それなら良かったんだけどな……」 

 

 いつもならヨルクの冗談に怒るアマゾンなのだが、今日は力なく返すだけだった。

 さすがのヨルクも、普通じゃないと感じて慌てる。

 

「ど、どうしたんだ、アマゾンちゃん。気分悪いなら保健室行った方が……」

「いや、大丈夫だ……それよりも、急な話だが今日から編入してくる方がいる」

「編入?」

 

 クラスがざわつき始める。

 急な編入は珍しいことではないのだが、それでもみんな興味は引かれる。

 

「お前ら……くれぐれも失礼が無いようにしろよ……」

 

 謎の言葉を残し、アマゾンはいったん教室の外に出る。

 そして、すぐにまた教室に戻ってきた。

 

「それでは、お入りください」

 

 アマゾンがまるで畏まるかのような態度で頭を下げる。

 そして入ってきたのは――

 

「おぉ!」

 

 まさしく、といった感じの金髪の可憐な美少女だった。

 背丈は初等部の生徒と言っても通じるほどに低く、全体的に幼い雰囲気の少女なのだが、その表情には自信が満ち溢れ、どこか優雅さや気品すら感じさせる。

 男子達はその美貌に、女子達はその可憐さに目を奪われ、歓喜の声を上げた。

 

「……エリー?」

 

 ただ一人、龍仁だけはポカンとした表情で少女を見ていた。

 

「えっと、この方は……」

 

 アマゾンが少女の紹介をしようとした時だった。

 

「やっぱエリーか!」

 

 龍仁はそう言って思わず立ち上がる。

 

「あっ……」

 

 少女も龍仁と目が合い、一瞬だけポカンとするが、笑顔になったかと思うとすぐに涙ぐみ、龍仁の方へと駆け出す。

 

「龍仁!」

 

 そしてそのまま龍仁に飛びつくようにして抱き着いた。

 

「やっと会えたぁ……10年間、この時を待ったのよ……」

「何でエリーがここに?ロイヤルでの仕事はどうなったんだよ」

「何よ、私がここにいたら不満なの?」

 

 少女はぷくっと頬を膨らませる。

 

「いや、嬉しいけど、ちょっと頭の整理ができなくて……」

「ふふん、なら構わないわよね」

 

 突然のことに、教室中が唖然となる。

 

「色々話したいことはたくさんあったんだけど、こうしてるとそんなことどうでもよくなるわね……」

 

 少女は龍仁の胸で心地よさそうに目を閉じる。

 

「うん、それはいいんだが……自己紹介しなくていいのか?」

「あ、そういえばまだだったわね」

 

 少女は少しだけ名残惜しそうに龍仁から離れると、教壇の方へと戻る。

 そして生徒達の方を振り向くと、高らかと声を上げた。

 

「私の名はクイーン・エリザベスよ。よろしくお願いするわ」

 

 その名前を聞いた途端、生徒達は「え?」と声を上げる。

 そして次の瞬間、クラスは今までにないぐらいに騒然とするのだった。

 

 

 四大国家の一つ、ロイヤル。

 ロイヤル国王の統治下にある国で、伝統と格式を重んじる。

 長い歴史と、その中で積み重ねられた栄華の数々を誇りとしている。

 古くから造船技術に秀でており、その技術力を駆使し、かつての大戦で人類を支えてきた。

 アズールレーン創立時のメンバーの一つでもあり、現在でもアズールレーン内の影響力は非常に大きいとされている。

 

 そのロイヤルが保有する最大戦力。ロイヤル所属のKAN-SENで構成された海軍。

それが、ロイヤルネイビーである。

 

 ロイヤルネイビーはそれ単体で一個の貴族社会として構成されており、明確な身分制度が存在している。身分が上であるほど影響力は強くなり、ロイヤルネイビー上層部ともなるとロイヤル本国に対しても強い影響力を持つようになる。

 

 そして、そのロイヤルネイビーの頂点に君臨する『女王陛下』が存在している。

 それが、今回編入してきたクイーン・エリザベスであった。

 

 

「えっと、それじゃあ一時的に『女王陛下』の座を退いたってことか?」

「そういうこと。今はヴァリアントっていう私の友人が引き継いでくれているわ」

 

 本日最初の休み時間。龍仁はクイーン・エリザベスと話していた。

 彼らの周りにはクリーブランドやヨルクといったいつものメンバーが集まっている。

 他の生徒達はさすがにエリザベスに近付ける勇気がまだ無いらしく、遠巻きに一行のことをジッと観察していた。

 

「にしても、さすがに驚いたぞ。来るなら来るって連絡してくれたらよかったのに」

「私だって連絡したかったわよ。でも、あなたの芳奈さんが『秘密にしていた方が面白いから』ってずっと秘密にしておいたの。さすがに海軍まで動かして秘密にさせたってのを知った時は呆れたけどね」

「そりゃそうだ。ロイヤルネイビーのトップが一時的とはいえ変わるなんて、国際ニュースになるわな、普通。にしても、だから妙に上機嫌だったのか、母さんは……」

 

 こんな些細なサプライズにここまで大掛かりなことをしていた自分の母親に、龍仁は引きつった笑みしか浮かべられなかった。

 

「それにしても、大きくなったわね、龍仁は」

「エリーの方も……うん、大きくなったな」

「何よ。気を使わなくていいわよ。自分でも分かってるんだから」

 

 そう言ってエリザベスは可愛らしく頬を膨らませる。

 KAN-SENは本来見た目の成長はないのだが、第二世代以降のKAN-SENは年齢によって見た目が成長する。しかし、ほとんどのKAN-SENは一定の年齢になるとそれ以上の成長が一切見られなくなる。クイーン・エリザベスも途中で成長が止まったのだろうか。見た目は小学生といっても通じるほどに幼いものの、実際の年齢は龍仁と変わらない。

 

「それにしても、10年か……」

「そうね。過ぎてしまえばあっという間だけど、待ってる間はとても長かったわ」

「ちゃんと会いに来てくれたんだな」

「それはそうよ。『またね』って約束したんだから」

 

 龍仁とエリザベスは互いに嬉しそうに笑う。

 

「えっと、龍仁?」

「ん、なんだ?」

「お前、マジでロイヤルネイビーの女王様と知り合いだったのか?」

 

 ヨルクが恐る恐るといった様子で尋ねる。

 

「あぁ。10年前にちょっとな。しばらく一緒にいたことがあったんだよ」

「全然知らなかった……クリーブランドは知ってたか?」

「い、いや……私も知らなかったよ」

「クリーブと会う前のことだったからな。そういう話したこともなかったし」

「それにしても、えっと……エリザベス様?」

 

 クリーブランドも恐る恐るといった様子でエリザベスに声をかける。

 当然だろう。現在はその座を退いているとはいえ、相手は大国ロイヤルの海軍、ロイヤルネイビーのトップだった人物なのだ。それこそ教科書にも出てくるような地位の人物であり、まさに雲の上の人物なのである。

 

「エリザベスでいいわ。堅苦しいのは苦手なの」

「そうは言われましても……」

「それじゃあ、これは命令よ。もっと気楽に私と接しなさい」 

 

 エリザベスは苦笑しながらそう言った。

 その言葉を聞いて、龍仁も思わず頬を緩ませる。

 

 ――私とちゃんと遊んで!これは命令なの!

 

 初めて会った時。相手が「とても偉い人」だと説明され、どう接すればいいか分からなかった龍仁に、エリザベスはそう言った。それがきっかけで少しずつ打ち解けていくことができたのだ。その時のことを龍仁は思い出したのだった。

 

「えっと、それじゃあエリザベスさん……」

「……まぁ、それでいいわ。それで、何かしら」

「エリザベスさんって、本当にあの……?」

「えぇ、そうよ。私がロイヤルネイビーの女王よ。今は元、だけどね」

 

 信じられないのも無理はない。急に一国の大物が現れたのだ。そもそも、クイーン・エリザベスはあまり表舞台に出てこなかった。だから、名前は知っていてもその姿を知っているという人は少ない。目の前の少女が本人だと言われても、実感がほとんど湧かなかった。

 

「まぁ、本物だからこそのアマゾン先生のあの疲れ方だったんだろうな……アマゾン先生って確かロイヤルネイビーに所属していたはずだから……」

「うん、緊張感も尋常じゃないだろうね。何かあったら冗談抜きで首が飛びかねないし」

「そんなことしないわよ。まったく、みんな怖気すぎなのよ。今は女王の座を退いてただの生徒でしかないんだから」

「そうはいかないよ。元とはいえエリーが女王だったのは間違いないんだから、その座を退いても影響力は残ってるんだよ。もしもエリーに何かあれば、下手すればアマゾン先生だけじゃなくて、重桜とロイヤルの国際問題になるぐらいには」

「まったく、大人の世界って面倒臭いわね。大切な人に会うだけで大事にされるんだから」

 

 ここに来るまでに色々あったのだろう。エリザベスは大きく溜息を吐く。

 

「エリザベスさんがここに来たのって……」

「えぇ、もちろん。龍仁に会うためよ」 

 

 エリザベスはそう言って笑う。一切の曇りもない、眩しい笑顔だった。その笑顔を見ているだけで、彼女がどれだけ龍仁に会いたかったのかが伝わってくるようである。

 

「10年前、お別れの時に『またね』って約束したから。それからいっぱい頑張ったのよ。とにかく成果を挙げて、私のわがままが認められるようになるまで、この10年間」

 

 確かにエリザベスが女王に就任してからのロイヤルネイビーの活躍は華々しいの一言だった。ロイヤル領海の治安維持や、アズールレーンという組織の宣伝活動、そしてKAN-SENの社会進出促進など、エリザベスの動きは非常に早く、そして確実な成果を挙げていた。そのこともあり、エリザベスは表舞台にこそ姿を見せないものの、ロイヤル国民からの支持が非常に厚く、その名声は重桜にも届いていたほどだった。

 そのことは両親経由で龍仁にもある程度伝わっており、親友の活躍を喜ぶ一方で、どんどんエリザベスが遠くなってしまう気がして、寂しさも感じていた。だが、それも全て龍仁に会いたいという一心による努力であった。

 

「議会を納得させられるだけの条件も達成して、引き継いでくれる友人もいてくれて、やっとこの時が来たの。本当に、長かったわ……」

「でも、良かったのか?お前が女王の座を退いていました、なんてニュースが流れたら、ロイヤルも混乱するんじゃないか?」

「たぶん混乱するでしょうね。でも、大丈夫よ。そのためにヴァリアントが私の代わりに表舞台にずっと立ってくれたんですもの。すぐに混乱も収まってくれると思うわ」

「ヴァリアントって、その引き継いでくれた友人か?」

「そうよ。すっごく頼りになる子なんだから!」

「……」

 

 龍仁以外の面々はポカンとするしかなかった。

 一国を動かせるほどの影響力を持った少女が、ただ龍仁に会いたいという目的のために、10年という時間をかけて多くのことを成し遂げ、そのための準備もしっかり整えていた、というのが、スケールが大きすぎて現実味を感じなかったのだ。

 

「頼りになると言えば、ベルさんはどうしたんだ?来てないのか?」

「ベルは今私が住む屋敷の最終チェックを行ってるわ。でも、あまり龍仁と会わせるのは気が進まないわね……」

「な、何でだよ」

「だって、龍仁ってばベルと一緒にいるとずっと胸ばっかり見てデレデレしてたじゃない」

「あ、あれは、その……うん、仕方ないと思うんだよ、うん」

 

 龍仁は目を泳がせながら必死に言い訳を考える。

 

「ベルも分かっててやってた節があるけども……ま、気が進まないってのは冗談よ。ベルも龍仁と会えるのをずっと楽しみにしてたわよ」

「そっか。それなら良かった」

「それと、今夜は龍仁の家にお邪魔するわ。材料も買ってきたし、久しぶりに一緒にカルボナーラでも作りましょう」

「お、本当か!それは楽しみだな。というか、覚えてくれてたんだな」

「当然じゃない。いつかまた一緒に作るために、ずっと練習してたのよ」

「俺もだ」

「あら、それは楽しみね」

 

 完全に2人だけの世界に入る龍仁とエリザベス。

 クリーブランド達は2人の世界に入る込める隙が無かった。

 

「……ところで、この人達は?」

 

 エリザベスは先ほどから自分達を囲むように立っているクリーブランド達を見回す。

 

「俺の友達。クリーブランドにヒッパーさん、ノーマン、オイゲンさん……と、ヨルク?」

「ちょっと待て、なんで俺だけ『?』がついてるんだよ!」

「ふぅん……」

 

 エリザベスはクリーブランド達の顔をジッと見る。

 そして一通り見終わると、何かを感じ取ったのか、クリーブランドを集中的に見つめる。

 

「……」

「……?」

 

 クリーブランドは何故自分が見つめられているのか分からず、困惑する。

 

「……ねぇ、龍仁」

「なんだ?」

「もしかしてだけど、恋人とかできたりしてない?」

「恋人?」

 

 エリザベスは少しだけ不安そうに尋ねる。

 

「いや、特にはいないぞ」

「本当に?」

「本当だ。なぁ?」

 

 龍仁はクリーブランド達に話を振った。

 

「そ、そうだな。……今のところは」

 

 クリーブランドはエリザベスの質問から何かを感じ取ったのか、こちらも不安そうな表情を浮かべる。

 

「そう、良かった……」

 

 エリザベスはホッと安堵の息を吐く。

 

「何が良かったんだ?」

「それはもちろん……」

 

 エリザベスは少し照れたような表情を浮かべながら、龍仁の手を取った。

 

「龍仁の伴侶になるのが私だからに決まってるじゃない!」

「…………え?」

 

 突然の爆弾発言に、教室は再び騒然となるのだった。

 

 

「……む?」

「どうしたの、フィーゼちゃん」

「……今、何か不穏な気配を感じた」

「ふおん?」

「……気のせいであればいいのだが」

 

 

「おーい、クリーブランドさん?」

「ダメだ、完全に放心状態だ」

 

 ヨルクとノーマンがクリーブランドに声をかけるが、クリーブランドは真っ白になってボーッと虚空を見つめている。

 

「いやまぁ、仕方ないっちゃ仕方ないけど……急な爆弾発言だったし、今もあんな感じだし」

 

 そう言ってノーマン達は龍仁の方を見る。

 エリザベスは龍仁の膝の上に座り、首に腕を回してニコニコと笑みを浮かべている。10年間溜め続けていた恋心が爆発した、といった甘え方であった。

 当の龍仁は困惑した様子で身動きが取れずにいた。

 

「えっと、エリー……ちょっと重いんだけど」

「何よ、レディに重いって言うのは失礼よ?」

「いや、体重的な意味じゃなくて……」

「それならいいじゃない、休み時間ぐらいは」

 

 そう言ってエリザベスは腕の力を強くする。

 頭の上にハートマークが見えそうなほどに、エリザベスの甘え方は激しかった。

 

 ――相変わらず強引だな。

 

 昔から変わらない強引さ。自分でこれと決めたら何が何でも貫き通そうとする強引さに懐かしさを覚え、龍仁は苦笑しながらも少しだけ嬉しそうであった。

 

「うーん、龍仁も満更じゃない感じ、か?」

「いや、アレは昔を懐かしんでる感じだな」

「いやいや、そんな場合じゃないだろ。昔を懐かしむ余裕とか普通無いぞ、この状況」

「龍仁らしいっちゃ龍仁らしいんだが……」

 

 相変わらずの鈍さとズレっぷりに、ノーマン達も溜息しか出てこない。

 

「ところでさ、エリー」

「何?」

「さっきの話って……」

「もちろん。本気に決まってるわよ。私がそういう冗談を言わないのは知ってるでしょ」

「……そうだけども」

「いずれ私も女王としてロイヤルに帰るわ。その時に、龍仁も一緒に私とロイヤルに来て欲しいの。もちろん、私の伴侶としてね。どうかしら」

「どうって言われてもなぁ……今までそんなこと考えもしなかったから……」

 

 龍仁の困惑は深まるばかりである。

 少なくとも龍仁はエリザベスを大切な親友とは思っていたものの、恋人や伴侶といった相手としては見ているつもりはなかった。

 正直なところ、エリザベスの気持ちは嬉しかった。当然、このような美少女に好意を抱かれるのだ。健全な男子としては嬉しくないわけではない。だが、親友だと思っていた相手からいきなりそういうことを言われ、その上一緒にロイヤルに行こうとまで言われると、どうしても心の整理が追い付かなかった。

 

「私はずっとそのつもりだったわよ。10年前のあの時からずっと、ね」

 

 その強い想いがあったからこそ、エリザベスはどんな困難にも挫けずにやってこれた。

 何度も心が折れそうになったことがあったが、その度に思い浮かんだ龍仁の存在。そのおかげでエリザベスは何度でも立ち上がり、そして龍仁のもとへと戻ってきたのだ。

 

「……全然気付かなかった」

「私も子供だったもの。気持ちを伝えるのが凄く恥ずかしかったのよ。龍仁も鈍かったから気付いてくれなかったし」

 

 でも、とエリザベスは続ける。

 

「今なら迷わずに、胸を張って伝えられるわ。あなたが好きって」

 

 ほんのりと頬を染めてエリザベスはそう言った。

 その言葉と表情に、龍仁はドキッとするのだった。

 

「……でも、龍仁の反応もある程度予想はできてたわ。たぶん、すぐに答えは出せないだろうって」

 

 エリザベスは龍仁の膝の上からピョンと降りる。

 

「龍仁の気持ちが固まるのを待つことにするわ。10年も待ったんだもの。待つことには慣れちゃったわ。それとも……」

 

 龍仁の顔をエリザベスはズイッと覗き込む。

 

「もしかして、もう好きな子がいるとか?」

「え、いや……それは……」

 

 龍仁は曖昧に答える。

 エリザベスはしばらくジッと龍仁の顔を見ていたが、自信満々の笑みを浮かべる。

 

「構わないわ、龍仁に好きな子がいたって。この私に振り向くようにすればいいだけなんだから。それこそ、何年かかってでも、ね」

 

 あまりにも堂々とした宣言に、教室中から「おぉ……!」という感嘆の声が聞こえてくる。

 

「おーおー。凄いな、お姫様」

「これ、本格的にうかうかしてられないんじゃないか、クリーブランド」

「……ダメね、さっき以上に放心してるわ」

「先が思いやられるな……」 

 

 先ほどから聞こえてくるエリザベスの言葉に、クリーブランドはどんどん魂が抜かれていくかのようだった。

 ポケーッと虚空を眺めるクリーブランドだったが、ふと視線を感じて我に返る。

 その気配の先を見ると、エリザベスがこちらを見ていた。

 

「……」

 

 彼女はクリーブランドを見つめたまま何も言わない。

 だが、彼女の目はクリーブランドに確かにこう告げていた。

 

 ――負けないわよ。

 

 

 龍仁達が賑やかにしている横で、摩耶は静かに本を読んでいた。

 しかし、実際には本の中身は全く頭に入ってこなかった。

 

 ――桐原の伴侶?ロイヤルに連れていく?

 

 そんな言葉が聞こえてきて、ずっと頭の中をぐるぐると回っている。

 理由の分からないモヤモヤが胸を締め付けていた。

 

 ――……そうなると、もう桐原には会えないのだろうか。

 

 そう考えた途端、胸がズキッと痛む。

 思わず「そんなのは嫌だ」と叫びそうになった。

 

 ――……なんで、こんな気持ちになるんだろう。

 

 摩耶はこの胸の痛みの正体が分からず、ひたすら考え込む。

 しかし、いくら考え込んでも、その答えが出てくることはなかった。

 

 

 そして、昼休みの時間が訪れる。

「それじゃあ龍仁。一緒にご飯にしましょ」

 

 そう言ってエリザベスは当たり前のように龍仁の横に座る。

 

「いいけど……摩耶さんはそれでいいか?」

「ぼ、僕は構わないが……」

「摩耶?」

 

 エリザベスが摩耶の方をじっと見る。

 さすがの摩耶も思わず狼狽してしまう。

 

「昼食はいっつも摩耶さんと食べてるんだよ。弁当交換し合って」

「ふーん?」

 

 エリザベスはしばらく摩耶を見つめていた。

 

「……まぁ、いいわ。早く食べましょう」

 

 スッと摩耶から目を逸らし、エリザベスは昼食の準備を始める。

 摩耶も緊張から解き放たれてホッと息を吐いた。

 

「お、それってベルさんの作った弁当か?」

「そうよ、よく分かったわね」

「ベルさんの作る弁当って、何となくそんな感じだったなって覚えてただけだよ」

 

 様々な料理がバランスよく、それでいて綺麗にまとめられた弁当。

 作り手の技量の高さが一目で分かるかのような、理想的な見た目をしている。

 

「……そういう龍仁の弁当は肉が多めね」

「摩耶さんが肉好きだからな。弁当交換のために肉多めで作ってるんだよ」

「へぇ?」

 

 エリザベスは再び摩耶の方を見る。

 その目はどこか彼女のことを警戒しているかのようにも見えた。

 

「そういうあなたのお弁当はどうなのかしら?」

「え、えっと……」

 

 摩耶は恐る恐るといった様子で弁当の蓋を開ける。

 

「……こっちもこっちで肉多いわね」

 

 摩耶の弁当に詰まっているのは肉と野菜の炒め物。なのだが、こちらも龍仁の弁当に負けず劣らずの肉の自己主張の激しさである。

 

「これでも摩耶さんの弁当美味いんだぞ」

「そうなの?」

「試しに食べさせてもらったらどうだ?」

「え!?」

 

 摩耶は驚いたような声を上げる。

 相手は身分で言えば大貴族。絵に描いたような上流階級の人物である。

 そんな人物に自分の料理が口に合うのか、摩耶はそんな自信はなかった。

 

「ぼ、僕の料理なんかで大丈夫だろうか……」

「大丈夫だって。俺が味は保証するよ」

「それなら、少し貰ってもいいかしら?」

「ど、どうぞ……」

 

 エリザベスは箸を取り出して、摩耶の弁当を少し分けてもらう。

 よほど練習してきたのか、箸の使い方が非常に上手い。

 そして、摩耶の料理を口に運ぶ。

 その様子を摩耶は緊張したように見守っていた。

 

「……!」

 

 口に入れてモゴモゴと口を動かし、エリザベスはパァッと表情を輝かせる。

 

「何これ、すっごく美味しいじゃない!」

「ほ、本当か?」

「えぇ、重桜のお米に凄く合いそうね。そっちも少し貰っていいかしら?」

「あ、どうぞ」

 

 ご飯も少し貰い、口に入れる。

 野菜炒めの甘辛さとご飯の甘さがマッチし、エリザベスは頬を綻ばせた。

 

「あなた、名前はなんて言ったかしら?」

「えっと、摩耶、だ」

「摩耶ね、覚えたわ!また今度私のために作ってきてくれるかしら!」

 

 エリザベスは目を輝かせて摩耶に迫る。

 摩耶は困惑しながら、縋るように龍仁の方を見る。

 龍仁はアイコンタクトで「お願いするよ」と苦笑いを浮かべながら送った。

 

「あ、あぁ。僕の何かで良ければ……」

「本当?本当ね?約束だからね!」

 

 エリザベスは嬉しそうに摩耶の手を握る。

 摩耶はエリザベスの強引さにまだ困惑しながらも、自分の料理が認められて少し嬉しそうであった。

 

 

「さて、この後どうするんだ?」

 

 食事を終え、龍仁はエリザベスに尋ねる。

 

「そうね。とりあえず学園内の案内が欲しいわ。できれば、龍仁以外で」

「え、俺じゃダメなのか……?」

 

 少しだけしょんぼりとする龍仁。

 

「嫌とかじゃないのよ。むしろ本当は龍仁にお願いしたいんだけども……ベルがね、あんまり龍仁に甘えすぎるとよくないし、友人を作るって意味でも他の人にお願いした方が良いって言ってて」

「あぁ、そういうことか。それなら……」

 

 龍仁は教室を見回す。そして、一人の女子に目を付けた。

 

「なぁ、椎名さん。エリーに学園内を案内してくれないか?」

「え、私!?」

 

 突然指名された椎名は驚きの声を上げる。

 

「え、え、何で私!?」

「いや、何となく目に入ったから」

「選んだ理由が適当!そこは嘘でもいいから『頼りがいがあるから』とか言ってよ!」

「椎名さんだけじゃなくて他の人も連れていっていいからさ」

「うぅ、でも……私で大丈夫かな……」

「今度フィーゼを好きなだけ可愛がっていいから」

「よーし!椎名理沙、頑張っちゃうぞ!それじゃ、行きましょうか、エリザベスさん!」

 

 よほどフィーゼのことが気に入ったのだろうか。

 エリザベスを案内するという不安を一瞬で吹き飛ばすほどに、好きなだけフィーゼを可愛がれるというのは椎名にとって魅力的だったらしい。

 椎名は他数名の友人を連れて、エリザベスに学園内の案内に出た。

 

「……摩耶さん、大丈夫か?」

「あ、あぁ……ちょっと気を張って疲れただけだ」

 

 摩耶はエリザベスと食事を共にするという緊張感から解放され、机に突っ伏していた。

 

「その……悪かったな。エリー、昔からあんな感じで強引なんだよ」

「いや、ロイヤルネイビーの女王陛下だから厳格な人かなと思ってたけど、気さくで子供っぽくて、何というか、思ったよりも話しやすかった」

「だろ?」

 

 その地位のせいで普通の人はあまりエリザベスに近付こうとしない。

 しかし、一度近付いてしまえば、彼女ほど付き合いやすい人物もそうそういないだろう。

 

「あれでも寂しがり屋なんだよ。元はと言え女王陛下だからってあんまり遠慮しすぎると、エリーも寂しがるからさ。慣れたら、でいいからできれば遠慮なく話してやって欲しい」

「……努力はする。ところで、桐原」

「どうした?」

「その……桐原は本当にエリザベスさんと、その……ケッコンしてロイヤルに行くのか?」

「その話かぁ……」

 

 龍仁は少し困ったような表情を見せる。

 

「うん、正直気持ち自体は嬉しいんだ。だけど、話があまりにも急すぎてな。俺もどうすればいいか分からないんだ。旅行で行くとかならともかく、重桜を離れて暮らす、なんて考えもしていなかったしな」

「エリザベスさんのことは好きだったりしないのか?」

「ずっと親友として見てたからな……可愛いとは思うし、好きも好きだけど、親友としての好きだと思ってたし」

「……」

「だから、今すぐどうするかってのはちょっと決められないんだよ。他にも考えないといけないこともあるしな。フィーゼのこととか。だから、今はちょっと待ってもらうつもりだ。いずれ必ず答えは出さないといけないけどな」

「そうか」

「にしても、摩耶さんからそういうのを聞かれるのは意外だったな。やっぱり気になったりするのか?」

「ま、まぁな。僕だって一応女子だからな」

「一応じゃなくて間違いなく女子だろ」

 

 そう言って龍仁はおかしそうに笑った。

 だが、摩耶の心の中はただひたすらにモヤモヤとするだけだった。

 

 

「それじゃあ、今日はこれで終わりだ。……で、桐原。何もやらかしてないよな?」

「少しは生徒を信頼してください。何も問題起きてませんから。……椎名さんがエリーに何も失礼していなければ」

「何か私の方に責任押し付けられた!?」

「まぁまぁ、アマゾンちゃん。そんなに気を張ってたら顔の小じわが増えちゃうよ。ただでさえ旦那さんがあんな感じで怒りっぱなしでしわが増えかけていてててててててて!!」

「ありがとうな、ヨルク。お前のおかげで元気が出たよ。お礼に今から職員室で説教だ。ヒッパーも一緒に頼むぞ」

「えぇ、喜んで」

「ちょっと待って!耳が!耳が千切れるぅ!」

 

 それを合図に、生徒達は一斉に帰り支度を始める。

 

「……ねぇ、龍仁。さっきのアレ、放置してていいの?誰も気にした様子もないし」

「いつもの光景だからな、アレは」

「ねぇねぇ、エリザベスさん!」

 

 椎名達がエリザベスのところに駆け寄ってくる。

 

「今日ってこれから何かある?何もないなら一緒にカラオケとか行かない?」

 

 どうやら昼休みの間にすっかり打ち解けたようだ。

 椎名達はエリザベスに親しげに話しかけていた。

 

「カラオケ?」

「そ。自分の好きな歌を思う存分歌えるところだよ。すっごく楽しいよ!」

「へぇ、そんなところがあるのね。でも、悪いけど今日は無理ね。今から龍仁の家に行かないといけないから」

「あ、そうなんだ。もしかして、ご両親へのご挨拶!?」

 

 椎名達は「きゃー!」と黄色い歓声を上げる。

 龍仁は「打ち解けすぎだろ」と苦笑いを浮かべながらも、エリザベスがこのクラスにちゃんと打ち解けられそうで良かったという嬉しさもあった。

 

「両親へのご挨拶?芳奈と辰巳にはもう挨拶終わってるわよ」

「ということは家族公認ってこと!?」

「お前ら話をややこしくすんな。まだそういう段階じゃないから。ほら、エリー。そろそろ行こうぜ。俺の家に行くんだろ?」

「あ、そうね。椎名、また誘ってくれると嬉しいわ」

「うん、私達も楽しみにしてるからね!」

 

 そう言って椎名達はエリザベスに手を振り、教室から出ていく。

 

「クリーブはどうする?」

「私は今日も部活があるから……」

「あ、そっか。それじゃあ今日は悪いけど別々に帰ることになるな」

「そっか。それじゃ、また明日だな」

「あぁ、また明日」

 

 クリーブランドは教室から出る時、チラッとエリザベスの方を見る。

 エリザベスも、クリーブランドの方をじっと見ていた。

 

「……」

「……」

 

 一瞬だけ、2人の視線の間で火花が散ったような気がした。

 が、何事もなかったかのように、クリーブランドはそのまま教室から出ていった。

 

「どうした、エリー?」

「何でもないわ。面白くなりそう、って思っただけ」

 

 よく分からないエリザベスの言葉に、龍仁は首を傾げる。

 それから、他の友人達にも挨拶をして、龍仁とエリザベスは教室を出る。

 

「帰る前に初等部に寄っていくからな。迎えに行かないといけない子がいるから」

「フィーゼでしょ。芳奈から話は聞いてるわ。それと、事情の方も」

「あ、そっちも聞いてるのか……」

「えぇ。まったく、知らなかったとはいえ、KAN-SENの子に名前を付けるなんて」

「それは……俺も反省してます……」

「でも、その子も喜んではいるんでしょ?それならいいじゃない。龍仁の判断は間違ってはいないと思うわよ」

 

 そう言ってエリザベスは笑う。

 ワガママで強引で、それでいて人の喜ぶ顔が何よりも大好きな少女。

 それは、昔も今も変わっていないようだった。

 

「……でも、龍仁の嫁を自称しているんでしょ?それだけはちょっと考えものね……」

 

 エリザベスは「うーん」と考え込む。

 

「……そうね、考えても仕方ないわ!こういうのはビシッと言うのが一番なのよ!」

「……何を言うんだ?」

「もちろん、龍仁の伴侶はこの私だってね!それじゃ、行くわよ!」

 

 エリザベスは龍仁の手を引いて初等部の方へと向かった。

 

 

「で、どの子がフィーゼかしら」

「いつもなら校門で待ってるんだが……あ、いたいた」

 

 フィーゼの姿を見つけ、龍仁はそちらへと向かう。

 当のフィーゼは、友人であろう相手と何かを話している。

 

「おーい、フィーゼ」

「あ、龍仁」

「たつにいだ!」

「おにいさん、お久しぶりです」

「お、睦月と如月も一緒か。そういや久しぶりだな」

 

 フィーゼと一緒に嬉しそうに駆け寄ってくる睦月、如月。

 龍仁は嬉しそうに睦月と如月の頭を撫でる。まるで2人の兄のようである。

 

「珍しいな、2人がいるなんて」

「きょうはじかんがあったから、フィーゼちゃんとおはなししてたの!」

「そっか。そういえばフィーゼになってくれたんだったよな。ありがとうな」

「えへへ~」

「それで、龍仁。その人は……?」

 

 フィーゼはエリザベスの方を見る。

 何故か、すでにフィーゼの目には不安の色が見える。

 

「えっと、この人は俺の――」

「私はクイーン・エリザベス。龍仁の伴侶よ!」

 

 龍仁が「友人」と紹介する前に、エリザベスが高らかに宣言する。

 それを聞いたフィーゼはピタッと動きを止める。

 

「はんりょ?はんりょってなーに?」

 

 睦月と如月は首を傾げる。

 

「伴侶っていうのはね、要するに私が龍仁のお嫁さんってことよ!」

「およめさん!?たつにい、およめさんがいたの?しかもクイーンってことはおひめさまなの?たつにいのおよめさんって、おひめさまだったの!?」

「えっと、おにいさんにおよめさん?」

 

 目を輝かせる睦月と、オロオロとする如月。

 

「……エリー」

「言ったじゃない。ビシッと言うのが一番って」

 

 エリザベスは「ふふんっ」と胸を張る。

 しばらく身動きを取らなかったフィーゼだったが突然ムッとしたような表情をする。

 そして、トテトテと龍仁に駆け寄ると、ギュッと彼に抱き着く。

 

「……龍仁の嫁は私だ」

 

 フィーゼは静かに、だがしっかりとした口調でエリザベスにそう言った。

 彼女に対抗しているのは明らかであった。

 

「えぇ、その話は芳奈から聞いてるわ。だけど、龍仁を譲るつもりは一切ないわよ」

「私だって、そのつもりはない」

 

 火花を散らすエリザベスとフィーゼ。

 目の輝きを増す睦月と、今にも泣きそうな顔の如月。

 そして、そのただ事ではない様子に注目する周囲。

 龍仁はいたたまれない気持ちになるのだった。

 

「たつにい、これがあれ?おんなのしゅらばってやつ?」

「睦月、そんな言葉どこで覚えた」

「えっと、あおばってひとにおしえてもらったの!」

「……おい、青葉。どうせいるんだろ」

「ありゃ、バレちゃったか」

 

 今までどこに潜んでいたのか。どこからともなく青葉が現れる。

 

「いやぁ、今日はずっと観察してたけど、面白いことになってるじゃん」

「やっぱ観察してやがったか」

「そりゃ、ね。今学校中の話題になってるんだから、観察しないわけないじゃん」

「まぁ、それは予想通りだからいいんだが……とりあえず言っとく。睦月達に変な言葉教えんな。すぐに使いたがるんだからな、この子は」

「……今真っ先に言う文句がそれってのもどうなの……で、どうするの、この状況」

 

 フィーゼとエリザベスはまだ睨み合っている。

 

「どうすればいいと思う?」

「私に聞いてもいいの?間違いなく引っ掻き回す方向で答えるよ?」

「いい性格してんな、おい」

「とりあえず写真撮っていい?幼女2人の取り合いの対象になる龍仁って中々面白い構図だと思うの」

「撮ってもいいけど、その場合カメラ没収してやる」

 

 

「それじゃ、本当にあのクイーン・エリザベスさん本人なんだ」

「あぁ、正真正銘のな」

 

 帰り道、龍仁、エリザベス、フィーゼ、そして青葉の4人は一緒に下校していた。

 

「さすがに話が大きすぎて冗談かと思ったけど、まさか本物だったとは……。そんな人とよく知り合いだったね、龍仁」

「なんか、母さんが昔ロイヤルで開催された海軍の大会に重桜代表で出場して、大暴れしたんだってさ。それで、当時のロイヤルの国王陛下に気に入られたらしくて……その縁で、国王陛下が重桜に休暇で訪れた時に、一時的にエリーをウチで預かることになったんだよ」

「えっと、10年前の国王陛下といえば、10m級のホオジロザメを海中で絞め殺したとか、ユニオンの森に1週間籠ってグリズリー3匹素手で仕留めてきたとか、意味分かんない伝説残ってるあの人だよね?そんな人に気に入られるって、龍仁のお母さん、どんな暴れ方したの……?」

「直接見てたっていう伊勢姉は何故か教えてくれなかった」

 

 それだけで、恐らく触れてはいけない領域なのだろうというのは青葉にも分かった。

 

「でも、明日からマスコミの動きとか凄そうだよね」

「あぁ。たぶん、ニュースはしばらくそれ一色だろうなぁ」

 

 ロイヤルネイビーの女王陛下が引退して重桜に想い人を追ってやって来た、などメディアからすれば美味しすぎるネタであろう。恐らく、明日から、もしかすると既にそのニュースで持ちきりになっているかもしれない。

 放課後にマスコミらしき人達が学校周辺にいなかったのが不思議なぐらいであった。

 

「大丈夫なの?龍仁にも押し寄せてくるんじゃない?当事者なんだし」

「そこは……何かメイド隊の人達が何とかしてくれるらしいけど」

「メイド隊?」

「知らないか?ロイヤルメイド隊。ロイヤルネイビーに所属するメイドさん達だよ」

「へぇ!つまり龍仁ってば、メイドさんにご奉仕されちゃうってわけかぁ。健全な男の子にとっては夢のようなシチュエーションなんじゃない?もしかしたら、えっちなご奉仕もあったりして」

「……」

「今、ちょっと想像したでしょ、ムッツリスケベめ」

「うるせぇ」

 

 龍仁と青葉がそんな話をしている横では、エリザベスとフィーゼが話していた。

 

「つまり、エリザベスは本物の女王ということか」

「そうよ。今は元、だけどね」

「そうなのか……初めて本物を見た」

「ふふんっ、しっかりとその目に焼き付けなさい」

 

 だけど、とエリザベスは言った。

 

「私が元女王だからって、遠慮はしないこと。龍仁の嫁を名乗りたいなら、遠慮なく全力で私から奪いに来なさい。その方が面白いもの」

「あなたから奪うんじゃない。あなたに奪われないようにするのだ」

「ふふっ、その心意気、気に入ったわ。あなたとなら仲良くできそうね」

「私もそう思う」

 

 校門では一触即発だった2人だったが、いつの間にか意気投合していたようだ。

 険悪なムードになるかと不安だった龍仁だが、ひとまず安心と息を吐く。

 

「……で、龍仁としては誰が本命?やっぱりエリザベスさん?」

「だから、何度も言うけど今すぐ決められることじゃないんだってば。俺だってどうすればいいのか、どうしたいのか分からないんだし」

 

 龍仁も困ったように笑う。本当に、本人もどうしたいのかまだ分かっていないようだ。

 

「……こりゃ、まだチャンスはあるね。クリーブランドさんにも、そしてあわよくば……」

 

 青葉はキランと目を光らせる。

 

「ん?何か言ったか、青葉」

「言ったけど、龍仁には関係ないことだよ」

「そうか?」

「ちょっと、龍仁!そろそろ私にも構いなさい!」

 

 青葉とばかり話していたからだろうか。

 エリザベスが少し怒った顔をして龍仁の腕をグイっと引っ張る。

 

「おわっと!そんな引っ張るな!」

「まだまだ話したいことはたくさんあるんだからね!もっと私の相手をしなさい!」

 

 頬を膨らませながらも、どこか楽しそうなエリザベス。

 龍仁も、エリザベスの強引さに呆れてながらも同じように楽しそうであった。

 

「……うん、私も頑張ってみようかな」

 

 青葉は龍仁の顔を眺めながら、そう呟くのだった。

 

 

「ただいま」

 

 青葉と別れた龍仁達は、そのまま龍仁の家に帰ってきた。

 

「お帰りなさいませ」

「……あれ?」

 

 玄関の扉を開けて出迎えたのは、メイド服を着た一人の女性だった。

 上質な絹のように美しい白髪に、幼さを残しながらも凛とした雰囲気の顔立ち、そして嫌でも目に入ってしまう胸元。まるで御伽噺から出てきたかのような、美しいメイドだった。

 

「あら、来てたのね」

「えぇ、芳奈様から、是非と言われましたので」

 

 そう言ってメイドは微笑む。一挙一動がまるで芸術品のように優雅で美しい。

 

「……もしかして、ベルさん?」

「はい、その通りです、龍仁様。お久しぶりでございます」

 

 そう言ってメイド――ベルファストは嬉しそうに笑う。

 

「本当に久しぶりだな!エリーからこっちに来てるって話は聞いてたけど」

「ふふっ、私も龍仁様にお会いしたくて楽しみにしていましたよ」

 

 そう言ってベルファストは龍仁に手を伸ばす。

 

「いや、俺の方こそ――」

 

 龍仁も握手をしようと、ベルファストへと駆け寄り、手を差し出した。

 

「……え?」

 

 が、ベルファストは龍仁の手は取らず、駆け寄ってきた彼をそのまま抱きしめた。

 予想外のことに、龍仁はベルファストのされるがままになる。

 エリザベスとフィーゼも驚きのあまり硬直してしまう。

 

「あの時の小さい少年がこのように大きく、逞しくなられて……ベルファストはとても嬉しく思います」

「えっと、あの……ベルさん?」

「すみません、嬉しくてつい……もう少しこのままで」

 

 ベルファストから漂ってくる甘い香りと、ベルファストの柔らかな体が押し付けられ、龍仁は鼓動が大きく、そして早くなってしまう。その鼓動を感じているのか、ベルファストは悪戯っぽく笑う。

 

「ちょ、ちょっと!ベル!何をしてるのよ!」

「何をと言われますと、ハグでございますが」

「それは見れば分かるわよ!何でハグなのよ!」

「久々の再会で嬉しくて。陛下も龍仁様に同じことをしたのではありませんか?」

「うっ……」

 

 図星だったのか、エリザベスは思わず狼狽する。

 

「なら、私も同じようにしてもよろしいではありませんか」

 

 そう言うとベルファストは龍仁を抱きしめる力を強める。

 豊かな胸が更に押し付けられ、龍仁の鼓動も激しさを増す。

 

「うー……もう!龍仁もデレデレしてないで離れなさいよ!」

「うわっ!?」

 

 エリザベスは半ば無理矢理龍仁とベルファストを引き剥がす。

 ベルファストは子供のように悪戯っぽく笑いながら「あら、残念ですね」と言った。

 

「ちょっとー、玄関で賑わってないでこっちに来たらどうなの?」

 

 リビングから芳奈が顔を覗かせる。

 

「あ、母さん帰ってきてたんだ」

「えぇ、もちろん。早く龍仁のリアクションを見たかったからね」

 

 そう言って芳奈は悪い笑みを浮かべるのだった。

 

 

「まったく、こんなことで海軍動かしたのかよ……」

 

 芳奈からこれまでの経緯を詳しく聞き、龍仁は呆れたように溜息を吐く。

 

「いやぁ、上層部黙らせるの本当に大変だったわぁ」

「ホントだよ……スパイ映画の登場人物になった気分だったよ……」

 

 辰巳は放心したように遠くを見つめる。伊勢や日向も同じような顔をしていた。

「何をやったのか」と聞きたかったのだが、それで返ってくる答えが恐ろしい気がして龍仁はその質問をすることができなかった。

 

「にしても、サプライズは大成功ってことで。いやぁ、満足満足」

 

 ただ一人、芳奈だけはとても上機嫌であった。

 朝、彼女が非常に機嫌が良かった理由が、龍仁にもやっと分かった。

 

「こちらも議会の情報規制など大変でしたが、その分楽しませていただきました」

 

 ベルファストも楽しそうにそう言った。どうやら、今回の件でベルファスト達も大きく動いていたようだ。

 

「どうすんだよ、母さん。エリーが突然いなくなった、とかなるとロイヤルの方も混乱するんじゃないのか?」

「そこは大丈夫よ。混乱しても最小限の混乱で済むようにずっと準備してきたんだから。エリザベス様からそこら辺は聞いてない?」

「いや、聞いたけどさ。事がデカすぎて、なぁ……」

「そこは大人の狡賢さを信用しなさい」

 

「そうは言われても」と言いかけた龍仁だったが、今更何か言っても変わるわけでもなく、龍仁は芳奈達の言葉を信用する以外できなかった。それに、何だかんだでこういった時の芳奈の悪巧みは成功するというのも、龍仁は今まで嫌という程見てきている。

 

「ところで、エリー達はどこに住むんだ?さすがにウチじゃないよな」

「えぇ、残念だけど、近くにロイヤルが保有してる屋敷があるから、そこに住むわ。ただ、今日はここに泊めてもらうわよ」

「へ?」

「当然じゃない。せっかく龍仁に会えたんだもの。今日一日ぐらいは甘えさせてもらうわよ」

 

 龍仁は芳奈の方を見る。芳奈は「うん」と頷いた。どうやら、すでに決定事項のようだ。

 

「それはそうと、そろそろ食事の準備にしない?お腹が空いてきたわ」

「そういや、もうそんな時間だな。えっと、カルボナーラを作るんだっけ?」

「えぇ、材料もちゃんと買ってきたわよ!」

 

 エリザベスがそう言うと、どこからともなくベルファストは大量の材料を取り出す。

 それがカルボナーラの材料のようであった。

 

「それじゃ、さっそく作りましょ!」

 

 エリザベスは材料を抱えると台所に走っていく。

 龍仁もエリザベスの後に続いた。

 

「懐かしいわね、ここ」

 

 エリザベスは台所を見回す。

 初めて龍仁と一緒に料理をした台所そのままであった。

 

「内装はほとんど変わってないからな。道具はさすがに変わってるけど」

「ちゃんと使えれば問題はないわ。さっそく作りましょ」

「そうだな」

 

 そう言って2人はあらかじめ役割分担を決め、そして作業に入る。

 昔を思い出す作業。昔よりは遥かに手際は良くなったが、一緒に作るという楽しさは今も変わっていなかった。

 互いに作業状況を確認しながら作業を進める。久々の作業だったが、まるでずっと一緒に作ってきたかのように、その息はピッタリだった。

 

 その様子を、フィーゼはじっと眺めていた。

 

「……手伝いたいなら手伝ってもいいのよ、フィーゼちゃん」

 

 芳奈はフィーゼにそう言った。

 だが、フィーゼは首を横に振る。

 

「そうしたいが、今の龍仁とエリザベスの間には入ってはいけない。そんな気がするのだ」

「そう」

 

 寂しそうにそう言うフィーゼ。

 芳奈もそれ以上は何も言わなかった。

 

 

「「よし、できた!」」

 

 しばらくすると、龍仁とエリザベスは声を揃えてそう言った。

 彼らの目の前には、フライパンいっぱいのカルボナーラがあった。

 

「うん、中々よくできたな」

「腕上がったわね、龍仁」

「ずっと作ってたからな。そういうエリーこそ」

「私も同じよ。いつかこうして龍仁と作ることを夢見て練習してたんだから」

 

 そう言って2人は互いに笑い合った。

 こんな時間が来ることを、どれほど待っただろうか。

 2人の胸の中は嬉しさでいっぱいだった。

 

「さて、運ぶとするか」

「そうね」

 

 そう言って2人は皿に盛り付け、リビングへと運んでいく。

 途中でベルファストが「手伝いましょうか?」と申し出てきたが、最後まで自分達でやりたいとその申し出を断り、全て2人で運んだ。

 

 

「ご馳走様」

 

 食事も終わり、全員手を合わせる。

 

「どうだったかしら?」

「うん、美味しかった」

「いつもの龍仁のパスタだったけど、その中に何というか、懐かしい味があったな」

「あ、それ分かるかも。初めて龍仁とエリザベス様が作ったのを思い出したよ」

 

 結果、2人の作った料理は大絶賛であり、2人とも「良かった」と嬉しそうにした。

 昔は少し焦がしてしまったり、麺を茹ですぎたりと色々あったが、それでも彼らの両親やベルファスト達は「美味しい」と言って喜んでくれた。その時の温かい気持ちが、また蘇ってくるようだった。

 

「そういや、寝床とかどうするんだ?」

「お客さん用の部屋があったでしょ。そこにするわ」

「部屋の準備はできてるのか?」

「もちろん。早く帰ってきたのはそのためでもあるんだから」

「それならいっか。とりあえず片付けるか」

「あ、私も手伝うわ。せっかくだからここまでやりたいの」

「ん、分かった」

 

 そう言うと龍仁とエリザベスは食器の片付けを始める。

 その様子を、またしてもフィーゼはじっと眺めていた。

 

「気になりますか?」

 

 ベルファストはそっとフィーゼの隣に座る。

 フィーゼはその問いに頷いた。

 

「龍仁がああやって楽しそうにしていると、嬉しいという気持ちと心苦しさを同時に感じてしまう。心が温まるはずなのに、胸が苦しくなる」

「……フィーゼ様も、本当に龍仁様をお慕いになられているのですね」

「私にとって、龍仁はかけがえのない人だ」

 

 だからこそ、龍仁が嬉しそうにしていればこちらも嬉しくなる。だが、その笑顔が別の女性に向けられていれば、心が苦しくなる。

 

「……エリザベスは、10年間も離れ離れで苦しくなかったのだろうか」

 

 フィーゼはポツリと呟く。

 

「私は学校で離れ離れになるだけでも、時々胸が苦しくなる。龍仁が何をしているのか、考えるだけでも心が押し潰されそうになることがあるのだ。その時間が10年など、その苦しみは私には想像もできない」

「そうですね……陛下が苦しまなかった、といえば嘘になります。龍仁様に会いたい一心でずっと我慢してきたとはいえ、会えない寂しさや不安から眠れない日が続く、などということも多々ありました」

 

 ですが、とベルファストは続ける。

 

「陛下はずっと信じ続けていました」

「信じ続ける?」

「はい。必ず、龍仁様の傍に戻れることを」

 

 ベルファストはエリザベスを見つめる。

 その視線の先には、ひたすらに信じ続け、そのして願いを叶えた少女の笑顔があった。

 

「信じ続ける、か……」

 

 フィーゼは龍仁を見つめる。

 自分の傍にいてくれる、最愛の人の顔を。

 

「フィーゼ様も信じてみてはいかがでしょうか。龍仁様と一緒にいられる、この先を」

「……そうだ。龍仁はいつでも私と一緒にこの家に帰ってきてくれる。傍にいてくれる。それがずっと続くと信じていれば……ありがとう、少しだけ気が楽になった」

 

 フィーゼはベルファストにお礼を言った。

 

「お役に立てれば光栄です。ですが、私は陛下のメイド。私が望むのは陛下の幸せ。ですから、そこだけはフィーゼ様でも譲ることはできません」

「構わない。私は私なりに龍仁と一緒にいられればいいのだから」

 

 幼い少女の強い覚悟。

 

 ――絶対に、何があっても龍仁と一緒にいたいから。

 

 幼き日のエリザベスが言った言葉。それを思わせる、幼き少女の覚悟。

 フィーゼにエリザベスと同じ強さを感じ、ベルファストは優しく微笑むのだった。

 

 

「あー、今日は疲れたわ」

 

 桐原家の客室。

 簡易ベッドにエリザベスは寝転びながらくつろいでいた。

 

「その割には楽しそうですね、陛下」

「当然じゃない。やっと龍仁に会えたんですもの。楽しくないわけがないわ」

 

 エリザベスは心の底から嬉しそうに笑う。

 この笑顔のために、ベルファストはこれまで頑張ってきた。その努力が報われた気がして、ベルファストも嬉しくなるのだった。

 

「それで、どうでしたか、学校の方は」

「えぇ、良さそうな場所だったわ。それに、面白くなりそうだった」

「面白く?」

「えぇ。龍仁ってば、あんなに女の子と親密になっちゃって」

「それはもしや、ライバルがいたということでしょうか?」

「えぇ、そうなるわね。フィーゼ以外にも、少なくとも3人は見つけたわ」

「それは……陛下も大変ですね」

「そうね。でも、それでこそ面白いわ。せっかく10年も待ったんだもの。この想いを全部ぶつけられないと、私も面白くないもの」

「……それでこそ陛下です」

 

 どんなことにも真っすぐで、堂々としていて、だからこそ眩しい。

 だからこそ、ベルファストもエリザベスに忠誠を誓うと決めたのだ。

 

「……でも、ベルも今日みたいなスキンシップは控えなさいよ。龍仁ってば、相変わらずベルの胸が気になってるみたいなんだから、ベルに龍仁を取られる危険があるのよ」

「ふふっ、善処はします」

「それ、また絶対やるやつよね?あぁ、もう……ちょっとならいいけど、程ほどにしなさいよね」

 

 エリザベスは諦めたようにそう言った。

 

「……そういえば、龍仁のお付きになるシリアスも胸が大きかったわね……大丈夫かしら。まぁ、決まっちゃったものは仕方ないから、今日はとりあえず寝ましょ」

「そうですね、明日も早いですし。それでは、おやすみなさい、陛下」

「えぇ、お休み。ベル」

 

 そう言って2人は目を閉じる。

 しばらくすると、ベルファストの寝息が聞こえてくる。

 それを確認して、エリザベスは体を起こす。

 

「……ねぇ、ベル。起きてる?」

「……」

「……寝てるわね。それじゃあ……」

 

 そう言ってエリザベスは部屋を静かに出る。

 エリザベスが部屋を出てから、ベルファストはそっと目を開けた。

 

「陛下、ベルはずっと応援していますよ」

 

 

「……」

 

 龍仁は中々眠れずにいた。

 10年間ずっと会えなかった親友との突然の再会。そして、突然の告白。

 色々なことがありすぎて、頭の中の整理ができなかった。

 

「……俺は、どうしたいんだろうな」

 

 少し前にフィーゼのことがあったとはいえ、龍仁はまだ恋愛のことには憧れこそあったものの、自分の気持ちについてはほとんど興味がなかった。

 だが、今回のことで少しだけ気になりだして、こうやって考えを巡らせている。

 

「……俺の気持ち、か」

 

 考えれば考えるほどに訳が分からなくなる。

 好きだという気持ち。親友として好きだと思ってる相手は何人もいる。だが、恋愛対象として好きだという相手のことは中々思い浮かばない。

 

「……けど」

 

 何となく好きだと思える相手は確かに彼の中にいた。

 それは――

 

 コンコン

 

 その時、龍仁の部屋の扉がノックされた。

 

「ん?フィーゼか?」

『私よ』

「エリーか、どうしたんだ?」

『とりあえず、入ってもいいかしら?』

「いいけど」

 

 そう言うと、エリザベスは静かに扉を開ける。

 

「どうしたんだ、こんな夜中に」

「その、えっと……」

 

 エリザベスはモジモジしながら何かを言いたげだった。

 しかし、言うよりも行動した方が早いと思ったのか、エリザベスは龍仁の方へと近づくと、もぞもぞと彼の布団の中に入り込む。

 

「え、ちょっ、おい!」

「何よ、いいじゃない。昔はよくこうやって一緒に寝たでしょ」

「いや、確かにそうだったけども……」

「とにかく、今夜は私と一緒に寝なさい。いいわね」

 

 そう言うと、エリザベスは龍仁のベッドにゴロンと横になった。

 

「……まぁ、いいけどさ」

 

 こうなったエリザベスはテコでも動かないことを龍仁は覚えている。

 溜息を吐きながら龍仁も諦めて横になった。

 

 しばらく無言の2人。だが、不意にエリザベスが龍仁にギュッとしがみつく。

 

「エリー?」

「……10年、本当に長かったわ」

「そうだな」

「……何度も何度も、もしかしたらもう会えないんじゃないかって、不安になって……でも、こうやってまた会えた……」

 

 暗くて彼女の顔は見えない。だが、彼女が泣いているのは声の震えから分かった。

 何度も不安になりながらも、それでも会える日を信じ続け、そしてここまでやってきたエリザベス。その不安から解き放たれ、今の彼女は安堵の涙を流していた。

 龍仁も今はただエリザベスの体を抱きしめる。

 この小さく震える体で、今までどれほどの重責を背負ってきたのだろうか。全ては龍仁との約束を果たすために、彼にまた会うために。

 そんな彼女に、今の龍仁はこうやって抱きしめることしかできなかった。

 しばらくすると、彼女の泣き声も止まっていた。

 

「……ふふっ、本当はもっともーっと話したい事があったんだけどね」

「あれだけ話してまだあるのかよ」

 

 食後、龍仁とエリザベスは10年間の時間を埋めるかのように色んなことを語り合った。

 それでも、まだ彼女には足りなかったようだ。

 

「当然じゃない。でも、こうやってると今はどんなこともどうでもよくなるわね……」

 

 エリザベスは静かに目を閉じる。

 

「だから、今はこれだけ言うわ。会いたかったわ、龍仁」

「……俺も会いたかったよ。……おかえり」

「うん、ただいま、龍仁」

 

 考えないといけないことはたくさんあるが、今はただこうしていたい。

 龍仁はそう思い、少女の温もりを感じながら、静かに目を閉じたのだった。

 

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