すみれ色と正義の味方 作:カズラドロップ
初投稿です。
未だ海賊王は立たず、誰も見たことがなく、夢物語のひとつであったワンピースを目指し、各地の有力な海賊が中心に凌ぎを削る大航海時代以前のいつか。
ここは偉大なる航路グランドライン前半の海であり、ログポースが示さない片田舎の島である。主な産業と言えばシェリー酒用の葡萄作りが盛んな程度であり、それ以外に海軍の港町があることぐらいで特筆すべきことはあまりない。
強いて言えば、島の地下深くに存在し、既に研究し尽くされ、風化して久しい程の太古の遺跡がある程度。だが、それは観光の名所にもならない程度には、島民にも忘れ去られていた。
そんな場所――島の地下の更に地下。人の手が入らない地下水脈の地底湖の中にそれは沈んでいる。
それは透き通るような清流の中にぼんやりと光りを放つ桜色の巨大な水晶であった。しかし、その水晶が特殊と言うわけではなく、硝子のように透明ながら桜色の光りを帯びるそれの中にいるものが一際奇妙であろう。
『――――――――』
それは背中がざっくりと開いたタイトな戦闘服を身に纏い、藤色の長い髪をした背の高い女性であった。彼女の瞳は閉じられ、眠るように胸が上下している様子も見て取れる。
その女性はあまりに美しく、まるで女神そのものにさえ見え――。
『――――――――?』
ある瞬間、ふと開かれたその瞳はアメジストのように淡く澄んだ色を帯びていた。起きた彼女の瞳は、まるでカメラを起動させたようにより強い色を宿し、朧気に伸ばされたその手が彼女を包み込む水晶に触れる。
すると水晶は砕け散るように弾け飛び、水中にいた彼女の身体は跳ぶように地底湖から浮上し、無造作に辛うじて存在する陸地に放り出された。
「……………………?」
冷たい石の床に放り出されてペタリと座り込む形になった彼女は、驚いた様子で何度も瞬きし、不安げに辺りを見回してから、暗闇の中でも見えているのか己の手を見つめる。
「ここは……いや、私は――」
その唇を震わせ、紡がれた言葉は低めで凛とした女性のものだったが、どこか現実味が無いようで呆けているようにも思えよう。
「――誰……?」
ポツリと呟かれた彼女のその呟きに答えるものは、光りすらないこの地底湖にはどこにもいなかった。
◇◆◇◆◇◆
"転生"という言葉を思い浮かべたことはあるだろうか?
仏教用語の方ではなく、来世等と言い換えても構わない。
全くこれっぽっちも自慢にはならないが、私は所謂――"転生者"というやつになるのかもしれない。
まあ、よくある神様やら、何か切っ掛けがあったということは全くなく……かといって私自身がどのように転生したのかと聞かれればそれはそれで困る。死んだ瞬間を経たような自覚はあるのに不思議なものだ。
何せ、私は転生する前の私個人としての記憶がまるで無い。自分はどんな人間だった? 家族はどうだった? どこに住んでいた?――そういったアイデンティティに関するもの全てだ。まあ、とりあえず男女すら不明で"人間"だということは覚えており、個人の記憶がほとんどないことが返ってこの世界をすんなりと受け入れられるという結果になってしまったのは皮肉だが、喜ぶべきかも知れない。
このような事態に陥ってしまえば半狂乱にでもなりそうなものだが、私はそうはならなかった。まあ、混乱はしているますが、許容の範囲内だと思われる。
理由は大方分かりきっている。私の記憶の中に個人に関するものが何もないのだから過度に驚きようもなく、後悔などが芽生える余地もないからだろう。それに加えて、本来であればとっくに終わっていた筈の命が、なんの悪戯かまだ続いているせいだ。死んだことで達観したというわけではなく、転生によって生きる価値が少し薄れてしまったと言えるかも知れない。
それを踏まえて、私は水面に映る自身の顔や服装をよく見てみる。何故か辺りにはどこにも光源がないにもかかわらず、私の視界ははっきりと洞窟と冷たく流れのある湖畔を捉えているが、転生より数奇なことでもないので今は気にしないことにした。
「…………なんですか、この露出……」
私は身体にピッチリと張り付く、紫と黒を基調としたボディスーツ着ていたことに目を向け、少し恥ずかしく思っていると、背中から臀部に掛けてまるで布の無い服装だったことに気付き何とも言えない気分になる。
そう言えば、無意識に吐いた言葉がですます調になっていることにようやく気づく。勝手に言葉がこうなるというわけではなく、自然体に出る言葉がこうなっているため、こうでなければ落ち着かない、相手への礼儀やマナーとしてそうしなければならないとなんとなく思う。
これはどうなのだろうかと少し考えたが、元々前世の記憶の無い私の元の言葉遣いを探す方がなんだが
自身のアイデンティティーのピースがひとつ見つかったところで、この寒苦しい空間から出ることにした。暗く湿っぽい上に天井が低く通路も狭いこの場所は、まるで蛇の巣穴のようで何故か落ち着くが、流石にこのままずっとここにいるわけにもいけないだろう。
とりあえず、地底湖のようなこの場所から伸びており、それなりに速い水の流れが見える。更に僅かにそちらから流れる風を肌で感じるため、それに沿って行けば外に繋がっているかもしれない。
「ん……?」
一歩足を進めると、靴の爪先で何か石より重く硬いものを蹴飛ばしたことに気付き、そちらに目を向けた。
それは黒っぽい人工的な石盤の破片のような何かで、表面に見たこともない文字が少しだけ文章として刻まれています。とは言ってもその文章も一部だけで、それさえも風化してボロボロになっているので復元なども出来ないだろう。
特に理由はなくそれを拾い上げ、なんとなく文字に目を通し――。
「"兵器"……?」
ふと口に出し、それから辛うじて読み取れる単語の意味を理解してしまったことに気付き、少し驚いた。どうやら私……というよりもこの身体は前世で知る言葉とは別の言語を覚えているらしい。
まあ、仮に世界が違うのならば現地の方々の言語がわからないと大変なので、これは喜ばしいことだろう。
特に使う用途もないが、折角私が目覚めた場所で拾ったので、なんとなく持っていくことにし、この場を後にした。
◇◆◇◆◇◆
「ここは……」
しばらく水流に沿って洞窟を進むと、次第に強く肌に感じる風に乗って塩の匂いがしていたことから海に出るということはなんとなくわかっていた。
しかし、いざ光を受けて外に出ると、そこに広がっていたのはほとんど人の手の入っていない白い砂浜とどこまでも続く青い海、そして照りつける太陽だった。
私が今まで進んできた洞窟はビーチの端にあったらしく、ふと後ろを見ると入江に押し付けられる波が渦を巻き、音と泡を立てていた。
しばらく砂浜を進んでいると視界に映る森の先に細く白い煙が幾つか空に伸びているのを発見する。よく見ると煙は煙突の先から出ていることもわかるだろう。
海と陸を見たところ余り大きくはない島のようなので、煙は火を使っている証拠。また、太陽の位置から恐らく現在時間は正午。すなわち、人の営みがある場所だということに気付いて安堵する。恐らくは釜戸やオーブンなどの火の煙だと思われ、多少原始的に思えてしまうのは私が近代的な場所に住んでいたということかも知れない。
そんなことを考えながら浜辺を歩き、街があると思われる方に向かおうとすると、そちらから20代に見える女性が男の子を連れて歩いてくる様子が見える。容姿が似ているので、恐らくは親子連れか。
まあ、用があるのは街であり、控え目に言っても奇抜な服装の私に親子連れ関わらせるのも忍びないので、声を掛けずにすれ違おう。
「あらあら、まあまあ?」
しかし、そんな私の行動に反して女性の方から何やら興味深そうな様子でアクションを起こしてきた。見れば髪が長くやや特徴的な眉をし、優しげな雰囲気の女性である。
そして、ここに来て、山奥や離島の村は閉鎖的だという話も聞くため、"ひょっとすると私は不審者だと思われていないか?"ということに思い当たり背筋が冷える。そうでなくとも暮らしている人間の顔と名前ぐらいは誰でも一致しており、余所者の人間は直ぐにわかるだろう。
となるとこんな露出の強い女、略して露出強を目にすればいぶかしんでも何もおかしくはない。これはどうにか弁明しなくてはならない……私は断じて悪い露出強ではなく善良な眼鏡っ娘なのですッ!
「失礼……私は不審な者では――」
「かーちゃんアレだれ?」
「こら、"ゼファー"。無闇に人様をアレなどと言ってはいけませんよ? うぅ……母は悲しいです……」
「ご、ごめんよかーちゃん……泣かないで!」
「……謝るのは私ではありませんね?」
「ごめんなさい……」
「えっ……あっ、はい。大丈夫です。どうかお気になさらず」
……どうやら特にいぶかしまれている様子はない。しかし、なぜ私は自分のことを眼鏡っ娘等と思ったのだろうか? そもそも今の私は眼鏡を掛けていない。となるとやはり前世の私が眼鏡を着用していたのだろうか? どうやらまた、アイデンティティーのピースを見つけてしまったようだ。
彼女の息子とおぼしき少年――ゼファーという名の彼に目を向ける。彼は歳にすると5歳ほどだろうか? 髪や瞳の色、それに顔立ちも少し母親に似ているのかもしれない。
「貴女、この島は初めてですか?」
「はい、それがその……なんといいますか……」
「あら、言いにくいことを聞いてしまいましたか?」
「いえ、決してそういうわけでは――」
一瞬、自分の現在の状況を話していいのか悩んで言葉を詰まらせたが、よくよく考えれば現在の私は完全に記憶喪失のそれである。転生したという感覚を抜きにして、他の目が醒めてからこれまでのことは全て話しても問題はないだろう。
「あらあら、まあまあ――!」
「まあ、そんな!?」
「お辛いでしょうに……」
私には全く以前の記憶がなく、砂浜の端にある洞窟の中で目覚めて今こうして、この女性らと出会って話していることを語ると、何を思ったのか女性はどんどん私に近づくと共に表情が泣き顔に変わって行く。
内容がさっぱり無いため、1~2分にも満たない会話だったのだが、いつの間にか女性は私の目の前に立ち、腕を広げていた。
「記憶も行く宛もなく、さぞや心細いことでしょう――決めました! 記憶が戻るまで家の子におなりなさいな! ええ、それがいいですね!」
「……えっ?」
すると女性は胸の前でパチンと手を鳴らし、そのまま私の手を取った。思ったよりも女性の力が強いらしく、急に手を取られたことで反射的に手を引いた筈の私だったが、そのままぎゅっと握り締められている。
何もわからない私にとっては願ってもないことではあるが、初対面であり、幾らなんでもチョロ過ぎる彼女にそこまでのことをさせることも忍びないと考え、残念だが断ろうと思い口を開いて――。
「……うぅ……嫌ですか?」
私の方がやや背が高いため、見上げるその瞳は不安げに潤んでいる。如何なる世界でも女の涙は卑怯だと思う私であった。
◇◆◇◆◇◆
「うふふ、自分の家だと思ってくださいね! 私のことはどうか"母"と思ってください!」
「は、はぁ……?」
何故か浜辺で出会った女性に流されるまま、この島の街にある彼女の家に暫く厄介になることになった私はトントン拍子に進んで行く様に戸惑うばかりである。
町外れにあり、かなり大きめの一軒家の前でバックから鍵を取り出している彼女を横目に、私はこれまでのやり取りで特に何も話していないゼファー少年に声を掛けることにした。
「君は私なんかが同じ家に居てもいいのですか? 君が反対すれば直ぐにでも私はここから――」
「俺のかーちゃんは言ったこと絶対曲げねーからさ」
「ああ……」
「二人とも、さあ、入ってください!」
小さないながらも据わった目でそのようなことを言われて私は閉口した。数十分会話をしただけの関係でもわかる狂戦士染みたレベルの押しの強さは、常人が口出しするには余りに無力。そして、どうやら彼も彼なりに苦労しているらしい。
「あっ、おかーさんだ!」
「ゼファーおかえり!」
「ママー!」
「おねーちゃんだれー!」
「おっきー!」
すると家の裏手からゼファーと歳の近い小さな子供達が男女問わずにワラワラと集まってくる。それらに彼女とゼファーは普通な様子で対応し、私は目を丸くするばかりだ。
子供達に遅れて保護者代わりと思われるエプロン姿の大人が現れ、その方とも彼女が話した後で私に声を掛けてくる。
「うふふ、驚いてしまわれましたか? 私、孤児院を経営しているんです。みーんな私の可愛い子ですよ?」
どうやら記憶のない不審者な私も、ゼファーを含むこの子たちも全て彼女にとっては同じらしい。
そう言って皆一様に笑顔を浮かべている子供達を見せびらかすように手を広げてみせる彼女を見て、ゼファーが言ったようにこれは勝ち目がないなと私は思うのであった。
◆◇◆◇◆◇
その後、彼女からこの孤児院について話を聞いた。それによると、この島は世界の海を守っている"海軍"という組織の港町であり、海軍の仕事で遠くに行った親がそのまま海賊などの戦いで死んでしまうことも決して珍しくなく、こうして孤児になることがあるそうだ。それを彼女は無償で引き取って家族としているらしい。
また、何を隠そう彼女自身も事情は違うが孤児であったため、"母"や家族というものに憧れがあり、故に今は自分にとって幸せの真っ只中。しかし、孤児など出ない方が当然良いため、複雑な気持ちであるとのこと。
人間の鑑がこの野郎……。
そんな話を聞いてから促されるままに家の中に入ると、扉は彼女に閉められ、いよいよ退路がなくなった私はとりあえず率先的に家事や仕事があれば受けようと考えていると、彼女がポンと手を叩く。
「ああ、いけません……。自己紹介がまだでしたね。私は"アジサイ"と申します。そして、こちらが私の子のゼファーです」
「よろしくな、ねーちゃん」
女性はアジサイという名前らしい。また、ゼファー君は彼女の実の子供でまだ"5歳"とのこと。子供がいるような年齢には見えなかっため、少し驚くが家の内装を見たところ現代からは掛け離れ、私にとっては古風と呼べるものであり、この時代自体が古いのかも知れない。
「はい、ご丁寧にどうも。私は……私……は……」
名前よりも母と呼んで欲しいことを伝えることに凄まじい方だと思いつつ、アジサイさんとゼファーくんの自己紹介を返すためにそこまで言ったところで私は言葉が詰まる。
「まさか……。自分のお名前もお忘れに?」
「……どうやら、そのようですね。すみません」
むう……。そう言えばアイデンティティーばかりに目が行ってしまい、肝心な名前等には全く目が向いてなかったことを恥じた。
これでは色々と不便であろう。まあ、名前などは特にこだわりもないので、ジェーン・ドゥでも構わない。いっそのこと好きなように読んで貰ってもいいぐらいなのだが……。
「ではその……私がお付けしてもよろしいですか?」
「――ありがとうございます」
そんなことを考えていると、見透かされたように願ってもないことを言われたのでアジサイさんに決めて貰うことにした。
彼女は暫く非常に考え込んだ様子になったが、私の紫色の長髪を少し見てから思い付いたようで花が咲くような笑顔になる。そして、メモ紙とペンを持ってくるとそこに文字を書いてこちらに提示する。
「では――"スミレ"とお呼びしても?」
スミレ――。アジサイさんが言うには彼女の故郷の島には、名前に花の名を付ける風習があり、私に綺麗な紫色の花の名を付けたそうだ。確か、スミレの花言葉は"謙虚"と"誠実"。 また、紫のスミレは"貞節"、"愛"だったか。
そして、英語名は"ヴァイオレット"――何故かそう思った瞬間、スミレよりも妙にしっくり来る気がするが、アジサイさんのキラキラした目を見ていると今さら言い出せるような雰囲気ではない。
「名前まで、ありがとうございます。では私のことは"スミレ"とお呼びください」
私は彼女の書いた紙を受け取ると、笑みを浮かべて見せた。
ずっと未来になってから思い返すと、このとき私は"ヴァイオレット"という存在ではなく――"スミレ"という人間になれたのかも知れない。
◆◇◆◇◆◇
(成り行きで部屋まで頂いてしまった……)
私はアジサイさんに与えられた部屋で佇み何とも言えない気分になっていた。ことが彼女によって進み過ぎているため、恩義と申し訳なさしかないのである。彼女の背が175cm程らしく私と近いため、セーターやジーンズまで借りてしまった始末だ。
これは直ぐにでも家事だけでなく、彼女が経営する孤児院の手伝いを頑張る他ない。
とりあえず、部屋の中を見渡すと非常に簡素なもので、クローゼットやタンスとベッドぐらいしか見当たらず、机どころか小物なども特にない。余りの生活感もなさに驚くが、これは何でもアジサイさんの旦那さんも海軍に所属しているため、仕事であまり家には帰っては来ず、帰ってきても家族サービスで家から出る上、寝るときは夫婦の寝室があるためらしい。人間の鑑がこの野郎……。
それにしてもそろそろ"海軍"というワードが気になり始める。私の知る限り、海軍というだけの名前を冠する組織が真っ先に浮かぶのはとある漫画アニメなのだが、それを決め付けるには少し早計だろう。
「鏡――」
すると開いたクローゼットの内側が姿鏡になっているのを目にして、私はそちらに目を向ける。そして、そう言えばまだ自分の顔立ちなどは目にしていなかったことに今気付き、自身の身体と顔を映し――。
「――――"ヴァイオレット"……?」
無意識にそう呟いていた。
ヴァイオレット――私の記憶の中にあるそれは、Fate/EXTRA-CCCに登場する予定だった没キャラであり、漫画のFate/EXTRA-CCCFoxTaiでは登場しているキャラである。お祭りゲーのFate/GrandOrderでは未登場かつ、漫画では黒幕のインパクトが強すぎるため、相対的に影の薄いキャラと言えるかも知れない。
やたらすんなりとキャラが浮かんできたことに疑問を覚えてよくよく考えると、何故か私の頭の中には日本のサブカルチャーや、しょうもないネットスラングが溢れんばかりに出てくる。それによりついさっき、やたら汚い思考を無意識にしていたため、これがミーム汚染かと己を恥じた。
まあ、正直なところ現実味のない"
「ん……?」
そんなことを考え、私に始まった数奇な人生に溜め息を吐いていると、クローゼットの中にあった男性ものの服のひとつのポケットに新聞が刺さっているのが見て取れる。
「――――――!」
文字、活字を見つけた私は不思議と笑顔になり、自然にそれを手に取った――直後、文字に目を通した私は顔をしかめ、遥か彼方にいるかも知れない何かを呪った。
「読めません……」
どうやら私をこんな身体で、この世界にぶち込んだ神のような何かは、私に識字能力を与えてくれなかったらしい。文字が読めない……つまり本も読めない。会話さえ出来ればいいと……? ああ……今なら憎しみで人を殺せそうですッ!!
…………どうも私は読書が大好きだったようだ。そう言えばヴァイオレットの趣味も読書だった気がするが、不快感で満載な今の私にそんなことはどうでもよかった。となるとアジサイさんからこの世界の文字を習わなければならない。
どれだけ優しいアジサイさんに頼りきりで生きるのか罪悪感に溺れそうになったところで、ふと疑問が浮かび、あの場所から持ってきた石盤の破片を見た。
やはり辛うじて、"兵器"と単語が刻まれていることが読み取れる。となると私の中にある書き言葉の言語と、新聞の言語が異なるだけなのかも知れない。
そんなことを疑問に思いながら新聞に目を戻し、やはり読めないことに溜め息を吐きながら――使われている文字はよくよく考えれば"英語"や"漢字"であり、読めない訳がないことに気がつく。
「……は?」
そして、それに気づいた私は呆けて思考ごと完全に止まってしまった。
そして、暫く経った後、新聞の折り込みチラシのように"DEAD OR ALIVE"の言葉が刻まれた海賊の手配書が幾つか現れたことにも気づいた。
(……? 今は読めますね)
するといつの間にか、私は新聞や手配書に書かれた"英語"がしっかりと読み取れるようになっていたことにも気づく。というよりも普通に考えれば、前世で習得していた筈の言語だったため、読めないことの方が可笑しいということに今の今まで思い当たらなかったことが不可解だろう。
となると、
「海軍に海賊の手配書……それにゼファーですか……」
更にクローゼットを少し漁ってみると、海軍に所属しているというアジサイさんの夫の白を基調に青い色をした制服が姿を表す。
ほつれて既に使っていないのか、やや古ぼけた様子のそれの形や配色自体を知識として記憶している私にとっては違う意味を持つ。
「スミレねーちゃんまだかー?」
するととてもいいタイミングで、件のゼファー君が扉を開けて現れた。私と似た藤色の髪と瞳をして、年相応のあどけない笑みを浮かべている彼を見ると時代の流れを感じずには居られないが、半ば確信しつつ聞いてみることにする。
「ゼファー君」
「なんだ?」
「他の子が話していたのを小耳に挟んだのですが、"ゼット"とはなんですか?」
するとゼファーくんは少し驚いた様子になりつつも、"少し待ってて"と私に声を掛けてから足早に去る。
そして、すぐにまた足音を立てて戻ってくると部屋の扉が勢いよく開け放たれた――。
「オレの名は、正義のヒーロー……ゼーーーット!!」
猛烈な既視感を覚える"Z"の文字が刻まれた赤いお面と、表裏で紅白のマントを靡かせてポージングを決めたゼファー――もといゼット君がそこにはいた。
子供特有の微笑ましさを覚えると共に、映画を思い出して涙腺が少し緩んだが、痩せ我慢で耐える。
「なるほど……。ゼファー君は正義の味方なのですね」
「うん! オレ、ぜったい海兵になるんだ!」
私のこの世界そのものの疑問は確信に変わる。
そして、どうやら現在は映画で74歳で現在5歳のゼファー君の年齢から逆算して原作開始の"67年前"に当たるらしい。
彼の口元に浮かぶ笑みを私は内心で大きな溜め息を吐く。
("ONE PIECE"は不味いですよ……)
どう考えても私が転生したこの世界は、ONE PIECEの世界であった。
ONE PIECEといえば長期連載ではあるが、インフレ漫画のひとつである。そして、キャラの戦闘力が少年誌らしくかなり高く、化け物染みたバトル風景が売り。それに比べれば大多数のfateキャラの戦闘力はまだ人間を止めていないレベルだと言えてしまうのである。
その上、言っては悪いがヴァイオレットはその……姉妹であるサクラファイブの中でも地味というか、他のサクラファイブが分かりやすく制限もほぼないチート能力があるにも関わらず、何故か一人だけそこ
サクラファイブでは、一番ONE PIECEの世界で通用しなさそうなイメージ――というか、十全に能力が使えたとしても、下手をするとただのパラミシア系の悪魔の実を3つほど持つだけの能力者と同レベルな気がしてならない。いや、まあ十分と言えば十分ではあるのだが、メルトリリスとかパッションリップとか分かりやすくチートな能力と比べるのが間違っているかもしれない。
(私はこの世界に着いて行けるのでしょうか……?)
早くも不安を抱え始めた新たな生涯に、私は乾いた笑い声を上げつつ、とりあえず四皇などの戦闘能力が異次元の連中には絶対に近付かないようにしようと考える。
いや、それかもし私がこの世界で成長出来るのならば、鍛え続けるのもいいのかも知れない。筋力面は兎も角、覇気などを使えるようになればまた変わってくるだろう。
「あっ、それよりスミレねーちゃん! かーちゃんがご飯できたってよ!」
「あっ、はい、わかりました。お気遣いありがとうございます」
お面とマントを取ったゼファー君は私の手を引いて、食堂に連れて行こうとする。そんな彼のまだ小さな背を見ながら私はふと思いを馳せる。
海軍大将"黒腕"のゼファー。
海軍在籍時代は、14歳で海軍学校に入り、同期がセンゴク、モンキー・D・ガープ、つるといった化け物だった中、自身も凄まじいスピードで成長。下士官の時点で六式を修得、34歳で覇気を習得して、弱冠38歳で最高戦力である海軍本部大将にまで上り詰めた。
海軍に居たころは模範的な海兵であり、その姿は同期のガープに"誰よりも海軍の正義を信じた男"と評される程であり、どのような悪党が相手であっても、命までは奪わず、殺すことなく投獄するような人物だったとのこと。
しかし、42歳の時、ゼファーを逆恨みした海賊によって妻子を殺され、そのショックから自分の信じてきた正義に悩み大将を辞任。以後は周囲の説得もあり教官として現在の海軍の中核をなす海兵たちを育ててきた。
教官としては厳しい人物であったようだが、これは教え子たちの誰にも死んでほしくないという思いからくるもの。ゼファーの教え子には後の三大将や名だたる中将・海兵たちがおり、"すべての海兵を育てた男"とも呼ばれる名教官であった。
しかし、原作開始の2年後から7年前、とある海賊によって自身の教習艦が襲われ、目の前で教え子のほとんどが殺された上に、自身も右腕を切断される重傷を負う。以降は失った右腕にスマッシャーを装着し、遊撃隊を組織して海賊狩りに命を費やすようになる。
それでも海軍の正義を信じていたゼファーであったが、教え子を殺した海賊が王下七武海入りした事で、自身の最後の拠り所であった世界政府やそれに属する海軍の"正義"に完全に失望し、性格も一変。NEO海軍を組織し、自身を正義の味方"ゼット"と名乗り、新世界の海賊を島々と“
そして、"ONE PIECE FILM Z"の本編へと続く。
つまり彼は紛れもなく誰よりも"正義の味方"だったのだ。そして、余りにその生涯は悲しいものだろう。誰よりも海軍の正義を信じた男の末路と言われればそれまでかも知れないが……それでも少しぐらい彼の幸福を願ってもいいのではないだろうか?
「ああ……」
「んー、どうしたんだスミレねーちゃん?」
「いえ、なんでもありませんよ」
なんだそうか。願うのではなく――私が彼の幸福を守ればいい。この世界にいる以上それぐらいの我が儘は許されるだろう。それが今彼とその母に受けている恩を返すことにもなる筈だ。
既に私の命は1度尽き、何の悪戯か始まった2度目の生。ならば例え再び死のうとも好きなようにしよう。
私はこの人生にひとつの目標を添えると共に、溢れ出す期待とやる気に自然と笑みを浮かべるのであった。
はやくFGOはヴァイオレットを実装してください(渇望)