私は村上 稀人、経済学部経済学科所属の大学3年生、二十歳。あまり特徴のない、強いて言えば目付きが悪い程度の顔に、平凡な身体と並み程度の頭脳で生まれた。少し変わった悩みこそあれ、そんなものは皆大なり小なり抱えている。可もなく不可もない…いや、むしろ多少劣っているであろう、そんな人間であるはずなのだ、私は。
そしてそんな平凡な私は今―
「あらまあ、若いわねえ。初めましてよね?ゆっくりいていってちょうだいね。ビールでいいかしら?」
「…ええ、はい。できれば泡はなしでお願いします」
「ええ、できるわよ。じゃあちょっと待っててね」
―ゲイバーに居た。
…いや、別に私にそういった趣味があるわけではない。しかしとあるのっぴきならぬ事情からここにいるのだ。ただ現実を受け止めたくなくて、自己分析なんぞの真似事をしてみたが。
「ママ、まただよ。今度は健さんだ」
「またかい?怖いねえ、やっぱり何かいるのかねえ」
「やだよママ、何かってなにさ。きっとただの偶然だよ」
「でもねえ、これで五人目だよ?なんでうちに来たお客さんばかりこんな…来てくれるお客も減っちまったし…」
「たいしたことないよ、きっとすぐに止むさ。そしたらお客だって戻ってきてくれるって」
「だといいけどねえ…」
バーのママ―坊主頭で、40歳ほどの、180㎝後半はあるマッチョな体を薄いピンクの和服で包んでいる野性的な顔立ちのイケメン―金一さんと、バーの従業員―細身で170㎝程なのだが、仕立てのよさそうなスーツで本来より長身に見えるクール系のイケメンで、涼しげな視線には妙な色気があり、30歳くらいに見える―与一さんが、深刻そうに話している。これこそが、私がここに来た理由だ。
ここ、ゲイバー水母は問題を抱えている。三ヵ月前から、この町では複数の人間が不可解な死を遂げているのだ。被害者たちの共通点は男性であること、みな苦悶の表情で死んでいること、そしてこのバーの常連であることなのだ。被害者たちが一様に苦悶の表情であり、死因も不可解なものばかりとくれば、不気味に思わない方がおかしい。客足が遠のくのも当然だろう。
しかし私は客足の回復をしにきたわけではない。このバーに入った時から感じていた。私が解決に来たのはそっちの方だ。
―このバーには、幽霊がいる。
―二日前、とある映画館―
私はその日、映画館にいた。客は私一人である。中央の客席に座り、映画を見ていた。古い映画なのか白黒で画質は荒く、音もない。内容はいわゆる勧善懲悪もの。悪役がいて、正義の味方が成敗するような、よく言えば王道の、悪く言えばありふれた映画だった。俳優達の演技も大袈裟すぎて、いっそ滑稽なくらいだった。
「陳腐な映画でしょう」
物語が佳境に入ったころ、一つ飛ばした席に男が座っていた。キャスケット帽を被り、深いしわが刻まれた顔に白いひげを生やした、60代半ばほどの男だった。
「この映画は、私が子供のころに父に連れられて、初めて見た映画なのです。当時はこういった映画が多かった。しかし今見れば陳腐なこの映画も、子供の私には衝撃だったのです。私に映画監督という職を選ばせるほどに」
「…だから、この映画を?」
「ええ、そうです」
男はしっかりと頷き、どこか遠くを見るような瞳で映画を見る。
「どうもね、この映画を見ると、懐かしさを感じると共に、あの頃の新鮮な気持ちがよみがえって来るような気持ちになるのですよ」
「なるほど、貴方の原点なのですね」
「原点…ええ、まさしく、この映画は私の原点でした」
映画は正義の味方が悪役を倒した所であった。そして、正義の味方にヒロインが抱きついて、ハッピーエンド。男の言う通り、陳腐な映画だった。
「私は映画を作りたかった。人の心を震わせ、その者の人生に大きな影響を与えるような、そんな映画が」
「……では、どんな映画を?」
「………」
男は沈黙し、上を向いて目を閉じた。映画のエンディングを写す映写機のカラカラとした音だけが響き渡る。
「…この映画のような、勧善懲悪の物語ですよ」
ポツリと呟くように、静かな声で男は応えた。
「ただ、そう。他とは違う点が、一つだけ」
「……それは、一体?」
「私はね、悪役に焦点を当てていたのですよ」
男はにっこりと笑いながら、そう言った。
「………」
「私はこの映画を見たとき、正義の味方よりも、悪役に心を奪われてしまったのです。こんなにも魅力的な人間がいるのかと、衝撃を受けたのです」
「……なるほど」
いつの間にか、また違う映画が始まっていた。小さな男の子が、父親に連れられて、先ほどの映画を見ている場面だった。
「私はすぐに、父に訴えました。映画を作りたいと。父は理解のある人でした。すぐに映画監督になるための方法を調べて、私にどんな勉強をするべきかを教えてくれました」
映画は父親が息子のために、走り回っているところだった。男の子は必死に勉強して、本をたくさん読んでいた。
「本もたくさん読みました。ジャンルを問わず、とにかく自らの血肉にしようと必死でした。高校では映像研究会に入り、そこで初めての映画を作りました。まあ、出来はひどいものだったのですが。そして大学に進み、本格的な映像の勉強を始めました」
男の子は青年になり、仲間たちとともに映画をつくっていた。大学に入ってからは、延々と勉強に熱を入れているようだった。
「大学を卒業してから、すぐにチャンスが来ました。とある映画の監督をしてみないか、と大学の教授から勧められたのです。期待されているのだと、当時は舞い上がりましたが、映画に期待はされていなかったのでしょうね。でなければ大学を出たばかりの若輩に、監督の仕事など来ませんから」
青年は大学を出てすぐに、映画を作り始めた。脚本も俳優達も、やる気があるのか、と言いたくなるような、酷いものだった。しかし。
「しかし、私は成功したのです。悪役をクローズアップし、全身全霊をかけて悪の美しさを描き、そしてその努力は…執念は、大衆に伝わった」
悪役を主に添えた映画を撮る内に、俳優達にもやる気が漲り、スタッフ達にもいい影響を与えた。映画を作り上げた青年は、瞬く間に表舞台に上がり、たくさんの映画を作った。そして、映画の主軸はいつも悪役だった。
「まさに人生の絶頂でした…大好きな映画を作り、作品を讃えられ、お金もたくさん手に入った…もはや人生にこれ以上は要らないと、本気でそう思っていました…」
「…………」
「…しかし…しかし!奴等は…!奴等は私の作品に、ケチをつけてきた!」
男は座椅子の肘掛けを握りしめ、喉が裂けんばかりに吠えた。
青年は中年となり、順風満帆な人生を送っていた。だが、ある日事件が起きた。
「何が…何が私の作品の影響だ!?そんな訳があるか!奴等は、奴等はただ、責任を擦り付けようとしただけではないか…!」
中学生の少年達が、少女を犯し、殺してしまったのだ。そして少年達は、皆口を揃えて『彼の作品が原因だ』と、そう証言したのだ。
「だが…だが、愚かな世間様とやらは、あっさりと手のひらを返した…!」
そのニュースが公開されてすぐに、男は大バッシングを受けた。そして男の作品は、全てが燃やされ、無かったことにされた。男は全ての名誉も、地位も失い、露頭に迷ってしまった。
「ふざけるな…!ふざけるな!私の作品に、なんの罪がある?!私の、私の作品を、私の人生そのものを、やつらは…!」
男は慟哭した。それは、
「ああ…だが、一番許せないのは…!」
それは、ある意味で、この男の全てを表していた。
「
そこで映画は終わった。