ガンダムブレイカーモバイル 〜テイレシアスの軌跡〜 作:四ノ宮理人
「あ!見えてきたよ!あそこがトモリエンタープライズの本社だよね!」
駅から出発したバスの中で、ミヤマ・サナが声を上げる。その視線の方を向くと、住宅街の景色の奥に一際大きな建物があるのが分かる。
「あれか……!テレビとかでは見たけど実物は初めてだな……。」
徐々に近づいてくる巨影に、奏海高校2年のツキシマ・アツヤも感嘆の声を上げる。
「先輩たちはしゃぎすぎだろ。ただでっけぇだけのビルじゃん。」
スマホから目を離さないままセト・イチホは冷たく言い放つ。実際、学生の身でありながらプログラマーの仕事をしてる彼にとって、ここは何度も足を運んだお得意先である。
「いーじゃん別に!ビルに加えてガンプラ工場にバトル専用のホール、しかもショップとかもあるんだよ!天国みたいなとこじゃん!見学とか出来ないかな〜……。」
「それは無理ね。」
ぶーたれるサナの声をピシャリとクズノハ・リンドウが遮断する。
「今日行われる大会はインターハイより参加人数が多いし、テレビ中継の為に1戦ずつ行われるから、終わるのは夕方になるはずね。その後から見学は難しいでしょう。」
「あー、やっぱそうですよね〜……。一般での見学の抽選倍率高いから無理ゲーだよぉ……。」
かくーんと落ち込むサナを、まぁまぁとアツヤがなだめる。
「今度ランさんに連絡とってみようか。もしかしたら特別に見学させてくれるかもよ。」
今向かってるトモリエンタープライズ社のガンプラプロデューサーにして、幾度となく対戦したディナイフ女学院ガンプラ部、コトモリ・レンの姉に見えるけど実は母親……そして何より、アツヤが操るガンダムアレウスの設計者。コトモリ・ランの顔を思い出す。
「それだ!アツヤ天才!」
「はいはい。その話はまた今度にして、今は大会に向けて集中なさい。」
やいのやいの盛り上がっていたサナとアツヤだが、リンドウの一言に顔を引き締める。
その手には……トモリエンタープライズ社主催、U-22ガンプラバトルトーナメント『トモリ杯』の招待券が握られていた。
「……リヒト、本当に大丈夫?」
心配そうな母の声に、青年は顔を向ける。……しかし、その声を発した人の顔を、彼は見る事が出来ない。
「心配しないで母さん、僕も研究チームの人たちも、今まで沢山練習と研究を続けてきたから。」
優しく母に笑いかけるが、それでも彼女の声からは不安の色は消えない。
「でも、あれから初めての公式戦なんでしょう?……もし、昔みたいに上手くいかなかったら、私たちのせいで──」
「違うよ!あれは母さんと父さんのせいでも……ましてや誰のせいでもないから……!」
リヒトと呼ばれた男はつい声を大きくする。遅れて、周りの人達が徐々にヒソヒソ声で何かを話しているのを感じた。ごめん、と小さく謝ってから、リヒトは続ける。
「大丈夫、どんな結果だろうと……僕は全力で頑張るから。母さんは気負わないで応援席にいてくれればいいよ。」
その時、別方向から聞き覚えのある男の声。
「リヒトくん、そろそろ……。」
「分かりました。それじゃあ……行ってくるね、母さん。」
手探りで母の手を握り、笑いかけてから……リヒトはゆっくりと立ち上がった。
午前10:00。トモリエンタープライズ社大ホール。
トモリ杯の開会式を終え、大勢の観客と報道陣がザワつく中、ついに32名によるトーナメントの組み分けが発表された。
今回の大会は22歳以下のファイターがプロアマ関係なく参加している。注目株は去年彗星のように現れ夏冬で団体個人合わせて4冠という偉業をなしとげた奏海高校のツキシマ・アツヤ。そのツキシマのライバルにして極袖大付属高校のプロファイターアイゼン・トウマ。今最も勢いのあるプロクズノハ・リンドウなど……そうそうたるメンバーが軒を連ねている。
選手たちも、それぞれ本部からA4のトーナメント表を各自受け取り、どんな相手と戦うか確認を取っている。
「……げ、俺2回戦であのイチノセと当たるのかよ。」
強豪日破学園の、同い年で快活強引なハツラツ女子の顔を思い浮かべ、苦い顔をするイチホ。
「うわー、私知らない人ばかりだ……!アツヤ!準決勝で会おうね!絶対だよ!」
アツヤに向けてビシッと宣戦布告するサナ。
「サナも負けるなよ!俺は……3回戦でレンと当たるかも、と……。」
トーナメント表を睨みながら線をなぞるアツヤ。奏海高校のメンバーが個性的なアクションをしている横で……。
「……まさか。」
リンドウは、まるで幽霊でも見るかのような蒼白な顔をしていた。
「リンドウ先輩?どうしたんですか?」
「ごめんなさい、少しこの場を離れるわ。」
先輩の様子に気づいたサナをよそに、リンドウは駆け出してしまった。その姿に、サナは疑問を抱く。
「どうしたんだろう……。すごく慌ててたような。」
「リンドウ先輩のグループ……トウマがいる位しか気になる所はないな。」
アツヤもうーんと首を捻ると、イチホが声をかけてきた。
「そういえばアツヤ先輩、そのトウマって人に挨拶はしなくていいんですか。」
「大丈夫だよ、今はトウマも集中してるだろうし。それに──」
愛機、ガンダムアレウスを手に取りアツヤは確信を持って強く言い放つ。
「トウマは絶対、勝ち上がってくるから。」
「……ありえない。」
その頃、トウマはトーナメント表を見て驚愕の顔を浮かべていた。
「確かにありえねぇ。同姓同名の別人か……!?」
その隣の極袖大付属高校ガンプラ部顧問のオカダも、焦燥仕切った様子でトーナメント表を強く握りしめている。そこへ、
「トウマ……!と、極袖大付属の監督。こんにちは。」
奏海メンバーの元を離れたリンドウが走ってきた。
「リンドウ先輩。お久しぶりです。」
「オカダだ!クズノハ・リンドウ!大人をバカにするなと何度も!」
ガァーッ!と怒るオカダだが、リンドウのいつもと違う様子に舌打ちをしながら頭をかく。
「トーナメントで勝ち抜けば当たるであろううちのアイゼンに挑発を……という訳では無さそうだな。お前もこの名前が気になって来たんだろう?」
クシャクシャのトーナメント表の上、ある部分をトントンと指で叩くオカダ。すぐ上にはアイゼン・トウマの文字。そしてその1回戦の相手は──
『シノミヤ・リヒト』
そう、記されていた。
「そうですね。この名前は、過去に何度も見た事があったので……ですが。」
「言いたい事は分かる。アイツはもう……ガンプラバトルは出来ないハズだ。だがこの珍しい名前、そうそう他にいるとは思えねぇ……。」
何度眺めても、この3人にとって聞き覚えのあるこの名前が、エントリーされている事実は変わらない。
「……ですが関係ありません、オカダ監督。相手が誰であろうと、俺が掴むのは勝利のみです。」
「アイゼン……。」
「必ず優勝してみせます。もちろん、クズノハ先輩も倒しますので。過去の亡霊に気を取られてたら、俺には勝てませんよ。」
キッとリンドウを見据えるトウマから、ピリピリとしたプレッシャーが発せられる。
それに当てられ、リンドウは……ふっ、と笑う。
「そうね。お互い、バトルに集中しましょう。私も負けません。誰にも。」
そう言って、リンドウは踵を返し去っていく。
「ちっ、結局こうなるのか。アイゼン、初戦まで時間は沢山ある。万全の準備をしておけ。」
「分かりました。」
トーナメント表をしまうトウマの瞳からは、未だ闘志が消えていない。
(──決勝で会うぞ、アツヤ。そして、俺が君を倒す……!)
真っ暗闇の中、激しいフリージャズが耳を打ち付ける。
思い浮かべるのは、大量に飛び交うビームやミサイルの雨の間を、ひたすらに突き進む愛機の姿。後方からのミサイルを避け、側面のビームはシールドで受け流す。そして凶弾を放つ根源に向けてこちらもライフルを放つ。
『ジャズが聞こえたら、俺が来た合図だ。』
唐突にイオ・フレミングのセリフを思い出し、つい不敵に笑ってしまう。さしずめ今の自分はムーア同胞団のガンダムに狙われたリビングデッド隊の一員か。だが自分は、そう易々とお釈迦になるつもりはない──
と。突然、己の右肩を叩かれたリヒトは、素早くヘッドホンを外す。
「リヒトくん、お客様が来たよ。」
「……リヒト、久しぶり。」
ガンプラバトルの時にいつも付き添ってくれる男性が教えてくれると同時に、向こうから聞き覚えのある、だが記憶とは若干変わった少女の声が聞こえる。
「その声は……久しぶりだね、レン。」
リヒトが微笑む先には……今回の大会にエントリーしている凄腕高校生ファイター、コトモリ・レンが立っている。
「……もうお兄ちゃんとは呼んでくれないのかい?」
「もう子供じゃない。今のリヒトは私にとって、敵の1人。」
レンが強気な視線を向けても、リヒトは構わずにはは、と笑う。
「そりゃ大変だ。それにしても、レンまた背が高くなったんじゃない?」
「その通り。2年前より3センチ伸びた。……でも周りからはまだ中学生とかに間違えられる。」
「酷い話だなぁ。」
普段は寡黙であまり人と話したがらないレンだが、リヒト相手にはいつもより饒舌になる。それくらい、2人は共に行動したりする時間が長かった。まるで本当の兄妹のように。──しかしここ数年は、まだ片手で数えられるほどしか会っていない。
「ところでレン、お友達の所には行かなくていいの?ランさんから仲のいい子が沢山できたって聞いたよ。」
「……ママ、余計な事言って……。どうせ後で会うだろうから……今はいい。」
あの未だに少女のようなお転婆ぶりを見せる母の顔を思い出し、レンははぁとため息をつく。
「僕も会ってみたいな、その子たちに。特に彼……ツキシマ・アツヤくん、だっけ?」
ランから聞いたレンを取り囲むメンバーを想像しながら、リヒトは続ける。
「なんでも、今年度の大会を総なめにしてるらしいじゃないか。それに……。」
「……それに?」
聞き返してきたレンにリヒトは満面の笑みを浮かべる。
「レンのお婿さん候補って聞いたからね!」
「!!!……馬鹿。そ、そんなんじゃない。どうしてそうなるの。頭おかしい。」
リヒトの爆弾発言に、明らかに動揺するレン。
「いや〜でもランさんが言うにはレンからもかなりの脈アリ──」
「もういい。1回戦で負けてとっとと帰って。もう話しかけないで。」
怒ってしまったレンがスタスタと行ってしまった。
「レンー、頑張れよー。決勝で会おうー。」
リヒトは遠ざかる足音に声をかけるも、少女からは何も返って来なかった。
「……相変わらず仲良いね、リヒトくんとレンちゃんは。」
微笑ましく2人のやり取りを眺めていた男が笑う。
「久しぶりに会ったけどいつも通りで良かったですよ。……にしても、レンにねぇ。お婿さんねぇ。なんだか嬉しいような寂しいような。」
ツキシマ・アツヤ。一体どんな戦いを見せてくれるのか。確かレンと同じグループ。当たるとすれば決勝か。全てが上手くいっても、今日はその彼かレンのどちらかとしか戦えない。
「……ちょっと俄然負けられなくなりましたね。調整始めときましょう。」
リヒトのかけるバイザー型のサングラスがキラリと光った。
「あかんあかん!もう1回戦終盤の方らしいやん!急ぐでニシ!」
「何言ってるんですか!オノさんが寝坊したのが悪いんでしょう!昨日どれだけ呑んだんですか!」
奏海高校がお世話になっているガンプラショップ店員、オノ・マサヨシとニシ・カツノリが社用車の箱バンを飛ばす。本日は店を臨時休業とし、トモリ杯の観戦に行く予定だったのだが、案の定オノがやらかした。
「い、いや〜今日の祝勝会の時に飲む酒をち〜っと味見してたら止まらなくなって……。」
「……オノさん、1ヶ月禁酒で。」
「それはあかんニシ!許してくれ!な!な!このとーり!」
「反省の色が見えないので2ヶ月で。」
「ニシ〜〜〜〜〜!!!この鬼〜〜〜〜〜!!!」
オノが横でギャーギャー泣きわめくのに静かに怒りながらも、ニシが運転する車がトモリ本社に到着する。そしてそのまま、駐車場から会場に向かって本気の走りをする。
「ぜぇ、ぜぇ、あかん死ぬ……!全力ダッシュなんて高校以来やわ……!」
「オノさん、トレーニングしたらどうですか?老化は待ってくれませんよ。」
大ホール入口で息を整えている2人の元に、馴染み深い声が届く。
「オノさん!ニシさん!」
「サナか!でやった皆の試合は!」
「私やアツヤは勝ててリンドウ先輩とイチホがまだ……じゃなくて!」
サナが焦った様子で2人に伝える。
「トウマが──」
「バカ、な……。」
トウマの目の前には、機体のあらゆる箇所に弾痕を付けられ動けなくなった、codeφが力なく膝を着いている。操作するスマホの表示には大きくLOSEの文字が。
悔しさに顔を歪ませるトウマだったが、徐々に自分に近づいてくるコッ、コッという音に気づき顔を上げた。
つい先程まで自分と戦っていた男が、付き添いであろうもう一人の男に誘導されながら……白杖を手にゆっくりと近づいてくる。
「アイゼン・トウマくんだね。相手をしてくれてありがとう。」
方向がやや定まらないまま、対戦相手──シノミヤ・リヒトが手を差し伸べてくる。握手のつもりだろうか。
トウマはその手を握り返しながら、口を開く。
「……戦闘スタイルは変わってましたが、やはりあなたは『あの』シノミヤさんなのですね。」
「はは、僕の事を知ってもらえてるなんて光栄だよ。」
「……何故、あなたはまた戦えるように?」
「それは企業秘密なんだ。ごめんね。……また戦おう。アイゼンくん。」
リヒトの手に痛みを感じないギリギリまで強く握りながら、トウマは強く、真っ直ぐに答える。
「はい……!必ずリベンジしてみせます!」
「トウマ……!」
観客席から試合の様子を見ていたアツヤがまるで己の事のように悔しそうな声を上げる。その横で、イチホが舞台を見下ろしながらブツブツとつぶやく。
「シノミヤ……俺、ガンプラバトルやってまだそんなに経ってねぇけど、あんなに強い人なら耳にする機会はあるはず。なのに全然知らねぇ……。アマチュアか?」
そこへ、オノとニシを連れてきたサナが戻ってきた。
「アツヤ!イチホ!オノさんたち来たよ!」
「おいトウマが負けたってほんまか!相手はどこのどいつ……ってシノミヤ!?もしかしてあのシノミヤか!?」
モニターの名前を確認したオノが、驚愕の声を上げる。アツヤは思わず身を乗り出した。
「知ってるんですか!?」
「あ、あぁ……えーっとどっから説明したらええのか……!」
オノが言葉を上手く紡げない横で、ニシが淡々と説明を始めた。
「──シノミヤ・リヒト。小中学校の公式戦で負け無しだったファイターで、将来はプロが確実と噂されて子供ながらに注目されてたんだ。」
「それって、リンドウ先輩やコトモリさんレベルって事……?」
「いや、多分当時からそれ以上の実力はあっただろうね。」
サナの疑問に答えながら、ニシは続ける。
「でも彼が高校に上がって初めての夏のインターハイ直前……。もう5年前か。都内のあるトンネルで、大きな落盤事故が起きたんだ。」
「落盤事故?」
唐突に関係の無さそうなワードが飛び込んできて、疑問を浮かべるイチホ。しかしアツヤは、あっと声を上げる。
「それ、ニュースでやってましたね!連日報道されてて印象に残ってます。幸い、死者は出なかったとか……。」
アツヤの発言に、ニシはその通りと頷く。
「そうだね。でも実は……この時、シノミヤくんの家族の車が不幸にも事故に巻き込まれてしまったんだ。」
「ええ!?」
「インハイ直前の怪我で大会に出れなくなったシノミヤくんは、それを期にぱったりと表舞台に姿を見せなくなったんだ。……これは、あくまで噂話として密かに聞いた話なんだけど、どうやら彼はその事故が影響で──」
ニシが一呼吸置いてから、口を開いた。
「──両眼を、失明したらしい。」