TS転生だと思ったら二重人格だった。個性?「歪曲」?何それ 作:からからしき
「学級委員長……なれなかった……」
昼休み、混み合う食堂で食事も摂らずに突っ伏す一人の女子生徒がいた。
「黒桐さん、残念でしたね。俺の投票権あったら委員長だったのにな、鮮花」
「うるさいわよ翡翠。どうせあなた私に入れないでしょう」
当然藤乃に入れるからな。
藤乃が鮮花を慰める様子を見ていると、そういう趣味は無かったし二人とも想い人かいることは知っているけれど、そういう風に見えてしまう。
これはきっと俺がこの場にいることを、無意識的に嫌悪しているのだろう。
醜く穢れた俺は、彼女たちに寄り添うべきじゃない。
(翡翠……あなたも何か言ってあげてください)
「別に一年だけじゃないんだ、実力と結果で周りを黙らせて魅せろ───」
言い終わる前に、食堂───否、学校全体に警報が鳴り響いた。
周囲の先輩の話を聞く限りでは、こんなことはここ数年ではなかったようだ。
警報と放送に促されるままに食堂を出て、人で溢れかえる廊下を進む。
なにがあったのかと外を見てみれば、朝のHRの前に鮮花と藤乃が愚痴っていたマスコミだ。
藤乃に取材なら俺を通してもらいたいと思っていたがまさか学校にも入ってくるのか。
まず授業が残っている昼休みじゃなくて放課後で、校内なら校長に許可取って、ここで校長はどこに許可取るんだ?国立だから文科省かな?まあどこかからの許可が降りたらそこで初めて取材だろ、そこでインタビューする人に許可取れよ。
順序をちゃんと踏めって。
だからネット掲示板でマスゴミとか言われちゃうんだ。
「翡翠!何考えてるのか知らないけど、ちゃんと藤乃守りなさいよ!」
はいはい鮮花様───ってあれ?なんか眼鏡浮いてる。
あ、足のブースターみたいなので加速しようとしてるな?
あれじゃ本体が回るだろ。
「凶れ」
片目を閉じて回る眼鏡と逆方向に曲げる。
すると、腹部にとんでもない痛みが走った。
内臓が焼けるような、捻れるような、押しつぶされるような。
堪らず藤乃に交代してしまう。
痛みを感じない彼女に押し付けてしまう弱さに泣きたくなる。
痛みを感じるなら、ちゃんと知らせてあげなければいけないのに──────
真っ直ぐ非常口の上の壁に張り付いた眼鏡は、さながら非常口の緑の人と白の背景のマークみたいだった。
そういえばあのマークって煙の中でも識別しやすい配色らしいね。
実際煙の中で見たことないけど。
「大丈ーーーーー夫!!!」
大声出して先輩が六割、知らない人は九割を超えるだろう人の群れを、誘導していた。
雄英としての誇りがどうとか言ってたけど、高校の先生がよく言うやつだ。
アイツ教師にでもなるのかな。
ともかく、これで藤乃を守る必要は無くなった。
痴漢でもしようものなら即座に四肢ネジコースだ。
首は最期に取っておいてやる。
今日の午後は委員会決めだったな。
寝てよう。
起きたらまた鮮花が凹んでた。
なんでも眼鏡が委員長になったらしい。
しかも副委員長も逃したらしい。
じゃんけん弱いもんな、お前。
帰る時は鮮花と一緒が大抵だったが、今日は違う。
昼間の騒動の痛みが気になって病院に行こうと俺が駄々をこねたからだ。
バス停から少し歩いて、浅上家のかかりつけ医の処へ────
「………………………………」
「………………………………」
地獄のような、男だった。
広島の原爆資料館に行ったことはあるだろうか。
長崎でもいい。
資料として残っている凄惨な光景をその目で見たかのような恐れと絶望、そして激しい怒りを静かにその身に宿した男だった。
伸びて顔を半分ほど隠す髪。
細身だが弱々しさを欠片も感じさせない威圧感は、彼が普通ではないことをありありと感じさせた。
「でも、私の方が」
こいつの目的がわからない。
こいつの個性がわからない。
「私達の方が」
俺の目的は藤乃を守る。
俺の個性は曲げること。
「強い!」
幸い近くに医者がいる。
最初から両眼で脚を潰す。
千切れたらくっつくかないだろうけど、その時はしょうがない。
ちゃんと謝ろう。
「凶」
れ、と言うはずだった。
しかし次に耳に入った音は自分の発したものじゃなかった。
「───粛。」
何が起きたか分からなかった。
ただ、強い衝撃と腹部の痛み。
意識の暗転に逆らえなかった。
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初めて、翡翠が負けました。
呼びかけても応えてくれず、彼が死んでしまったのではないかとさえ思いました。
翡翠を倒した男の人は、私の背中に手を当てて何かを呟いていました。
その時、
最初はそれが何かわからなかったと思います。
でも、お腹の奥がズキン、ズキンと。心臓の鼓動のように脈打ち、声も出せないほど苦しかったのです。
あの時、誰も私を理解してくれないと思った時と同じくらい。
目を瞑り、蹲りながら周囲を視ました。
辺りにはさっきの人もいなくて、宙に浮かぶ白い女の人だけが見えました。
まるで百合の花。
いつの間にか私は彼女を横から見ていました。
蹲りながら、目を瞑りながら。
きゅう、とお腹が締めつけられました。
情けなく動くこともできない私を、私は女の人と一緒に見下ろしていました。
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最近記憶が良く飛ぶ。
特になにかあるわけでもなく、藤乃に呼びかけられるまで呆けている。
こんなんで、俺は彼女を守れるのだろうか。
「どうしたの藤乃?目を細めて。疲れ目?」
「昨日から、少しぼやけて見えるんです。黒桐さん、眼科って近くにどこかありましたでしょうか」
彼女は少し目が悪くしてしまったようだ。
ヒーロー基礎学についての予習や復習を遅くまでしていたからだろうか。
今日のヒーロー基礎学は離れた場所なのでバス移動だ。
先生も三人で監督してくれる。
きっとこの前のマスコミ事件のせいで警戒を強めているのだろう。
さあ、授業に行こうか。
人を傷つけることではなく、無個性の藤乃にもできることがあるだろう救助の訓練だ。