COC「Life goes on」リプレイ   作:又左衛門

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公園にて

 歩を揃えて歩きながら、私はこの同行者たちに興味を惹かれていた。不思議なことに、背格好はバラバラな3人なのに、歩く速度は皆殆ど同じなのだった。山田嬢の体幹の揺ぎ無き事は背筋に青竹を添わせているかの如く、その身長からは思いがけず腕の振りと歩調は速い。一方神田青年は長身の者に特有の猫背で、とぼとぼと歩く様に覇気は全く感じられなかった。

 ようやくともいうべきか、歩きながらめいめいが軽く自己紹介をした。

山田嬢は警察官と見た目通り、神田はアニマルセラピストという一風変わった職業である。その口ぶりから察するに職場関係で何か悩みを抱えているようだが、初対面でそこまで踏み込むのはどうにも憚られた。

「そういう菅沼さんは、何をなさっているんですか?」

「大学を出てからずっと議員秘書をやってたんだけど、ちょっと前に辞めちゃって、今はただの旅人だね」

 旅人、とオブラートに包むような表現になったのは心中最後に残った見栄のなせる業である。真の世捨て人になるにはまだまだ未熟であると言わざるを得ない。ただ、旅をしているのは本当の事で、つい先日幾度目かになるお遍路巡りを終えて、さあ次はどこに行こうかしらと麗らかな午後をこの公園で満喫しながら思案していた次第なのである。

「ああ、お二人は知り合いなんですね」

「知り合いと言っても、挨拶するぐらいですよ。私はジョギング、神田さんはワンちゃんのお散歩をされてて、よくこの辺りですれ違うんです」

「お互いの名前も、今、ようやく、知ったところです」

 神田は少し初対面の緊張が解れてきたのか、吃音こそ消えたものの、一語いちご区切るように訥々と語った。これが彼本来の喋り方らしい。

 

 レトリバーが我々を何処に誘っているのか、答えは程なく明らかになった。

 それは飼い主と思しき一人の少女の元。歳の頃は10代の半ばで、遠目にもそれと分かる可憐な佇まい、しかしその時は両の腕を胸の前で掻き抱いて、もう一人の人物から身を遠ざけようとしているように見えた。

 近づいてみると、もう一人の人物は小太りの眼鏡を掛けた年齢不詳の男で、どうやら何かを少女に渡そうとしているようだった。近づくにつれ、二人の会話から彼らの関係と成り行きをおぼろげながら察することができた。

「困ります。知らない人から物を貰うなんて、出来な……」

「僕は君の事を知ってるよ、あの時声を掛けてくれたじゃないか」

 少女は本当に怯え困っているような口ぶりだが、育ちが良いのか生来の性格か、どこかその口調はおっとりと間延びをしたようで、はっきりとした拒絶を態度に表すことが出来ていない。そこに付け入る隙があると見たのか、男はしきりに距離を詰め、彼自身の言葉によれば時計―――腕時計だろうか、小ぶりな包装だ―――の包みを渡そうとしていた。その口角からは泡を飛ばさんばかり、妙に芝居の掛かったような早口で、少女の拒絶を遮っては自分の言いたいことだけをまくし立てている。

 犬はもう一度こちらを振り返り、「な?」とでも言いたげな表情だ。飼い主同様育ちが良いのか、彼女が明確な拒絶の意思を示している訳でも、危害を加えられている訳でもないから男を害する事ができず、仕方なしに他の人間に助けを求めたというところだろう。優しく、賢い忠犬ぶりが重ねて私の心を打った。

 それにしても、問題はこの男の態度である。自分の要求だけをひたすら喋り、少女のいう事に耳も貸さなければ、周囲にいる我々の事を気にかけている風でもない。有り体に言って、尋常な様子ではない。

 もし今ここにいるのが20年前の私で、この目の前の男が私の後輩であれば躊躇なくどやしつけ、「ナンパの手本を見せてやる」と嘯いて夜の街に連れ回したことだろう。だが今の私はくたびれた中年男、あの頃の血気盛んさはとうに失われてしまったし、暴力沙汰も怖い。それでも年長者としての矜持から、何か言いたげな山田嬢を目顔で制して問いかけた。

 

「あの、お二人はお知り合いですか?」と我ながら何とも腰の引けた問いだったが、男は真っ赤な顔で振り返って叫んだ。

「知り合いだから!おっさんには関係ないから!」

「知らない人です……」

「だから僕は知ってるって!」

 少女は殆ど半べそをかいて、ようやく助けが来たとばかり、こちらに縋るような眼差しを向けている。それに対して男は更に感情を昂らせ、とてもではないが話し合いのできる精神状態にあるとは思えなかった。だが今更、私の方も後に引くことはできない。

「そちらのお嬢さん、嫌がってますけども」

 そう言った途端、男は我慢の限界を迎えたのか、何事かを叫びながら飛び掛かってきた。

 その反応は予想できないでもなかったが、年齢なりに錆びついた反射神経は突然の暴力の前に何の反応もできず、私は突き飛ばされて無様に地面に転がった。

「ちょっと!」

 突き飛ばされ声も出ない私に比べ、山田嬢は勇敢だった。もちろん職業柄ということもあっただろうが、語気も鋭く咎めながら躊躇いなく歩を踏み出し、男を組み伏せて確保せんとする構え。

しかし電光石火の反応を見せたのはむしろ小太りの男だった。多勢に無勢とみたか、それとも少しでも強そうな素振りを見せる人間には立ち向かう気概がないのか、足をもつれさせながら、それでも山田嬢の踏み込みを上回る速度の逃げ足で退散していった。

 青色吐息に叫んでいたのは覚えてろよ、という捨て台詞だったのかもしれない。

 

「あの」とおずおず声を掛けられ我に返ると、少女が大きな瞳を潤ませながら頭を下げていた。神田のくせ毛とはまた違う、軽やかにカールした髪がふわりと揺れる。

「ありがとうございます。ムサシのお散歩をしていたら……急にさっきのおじさんが話し掛けてきて……」

 しゃくりあげ、感情の乱れも収まらぬまま喋るものだから所々要領を得ない部分もあったが、彼女の名前が橘ゆずかということ、まだ中学生だということ、ほど近くに邸宅があること、先ほどの男とは面識のないこと(少なくとも彼女にとっては)は知ることが出来た。ムサシと呼ばれたレトリバー犬は彼女の足元に畏まって座り、心配そうな面持ちで主人を見上げている。

「橘って、あの豪邸……ですよね。いい所のお嬢さんですよ、この子」

 耳打ちというより、真上から呟きかけるような格好で神田青年が低く囁くが、この辺りに不案内な私は勿論、山田嬢もあまりピンとは来ていないようだった。

「もし良かったら、皆さんのお名前と、連絡先を教えてくださいませんか?」

 ひとしきり話して興奮も落ち着いたのだろう、すみません私だけ喋り通しで、と恥じ入る様子を見せながらも、少女は私たちに名乗りを請うた。その態度と言い、言葉遣いと言い、確かに世間一般の中学生とは思えない。神田青年が指摘した通り、上流階級としての教育をしっかりと受けてきた箱入りの子女なのであろう。

 そして、一年草の花つぼみを思わせる、可憐で儚げな少女に名乗りを請われ否と言える人間はいない。山田嬢は慌ててスマートフォンを取り出し、神田青年に至っては卑屈に媚びるような笑顔で、「神田です。名前は麗です。神様の田んぼに麗しい、って書きます」と息せき切って我先にと名乗りを上げている。

「私は山田花子って言います。今日はお休みだけど、警察で働いてます」

はいこれ連絡先。QRコードでいいかな? と手中のスマートフォンを差し出す山田嬢。

「ええ、構いません」

「あ、ぼ、僕はアニマルセラピスト、です。えっと、アニマルセラピストっていうのは動物と一緒に、……」とつっかえながら不器用に話す神田青年に、微笑み相槌を絶やさず行儀よく耳を傾ける少女。真っすぐ神田青年を見上げて逸らされない彼女の視線に対比するかの如く、長身の神田青年は視線をさらに低く保ち、最早自分の足元に蟻の行列を探すかのよう。

 紆余曲折を経た話がひと段落したところで、少女の瞳がくりっとこちらに向けられた。

「ああ、菅沼です。菅沼三郎」

 仕方ないな、という態度を示すのが精一杯の虚勢のつもりであったが、後々山田嬢には「嘘でしょってぐらいめっちゃヤニ下がってましたよ」とからかわれたものだ。認めよう、その通りである。

 しかし名乗りを躊躇っていたのには他にも理由があった。ハイテク機器と縁遠き根無し草たる私は、交換すべき連絡先を持ち合わせていないのだ。スマートフォンなど勿論持っていない。加えて、それがどんな外観をしているか知っているものの、それと携帯電話がどう違うのかの区別もつかない有様だ。

「いやあ、携帯は持ってないんだよ」

「そうでしたか。菅沼さんは、お仕事は何をされているんですか?」

 子どもは残酷である。察しが悪い。

「人間、どんな仕事をしているかなんて、重要じゃないんだ」

「? そうですね」

 察しは極めて悪いが、良い子である。心根の素直さによるものか、噛んで含めるような私の言葉にそれ以上疑問を呈することは無かった。

「これで私たち、友達ですね」

 スカートの裾を軽やかに翻し、私たち3人を振り返りながら、目を細めて満面に笑みを浮かべる少女。花が咲いたようだ、と月並みな感想が脳裏に上った。

 

 さて、その橘嬢であるが、先ほどの物怖じしない態度が嘘のようにモジモジと俯いている。

「あの、皆さん……突然で、大変不躾なのですが……今からのご予定は、おありですか……?」

 消え入りそうな声で呟く彼女を前に、我々は顔を見合わせた。

「いや、特にはないよ」

 真っ先に答えたのは当然ながら私である。憚りながら、この場にいる誰よりも暇である自負も自信がある。だが、予定がないのは他の二人も同様であったようで、めいめい否定の言葉を返した。

「あれ? そういえばポチは大丈夫なんですか?」

「あ、さっき、職場から連絡がありました。独りで、戻ってたそうです」

 苦り顔の神田青年は、同僚とのやりとりを思い出しているのか。嫌味の一つも言われたのだろうか。職場での悩み事というのは、案外人間関係なのかもしれないなと私は考えた。

 

 それは悪く言えば世間知らず、良く言えば微笑ましいお願いでだった。

 蝶よ花よと大切に育てられたに違いない目の前のお嬢様は、新しい友人たちと、近所のショッピングモールに連れ立って行ってみたいというのだ。

「私、その……行ったことなくて……」

 これには私たち3人ともが吹き出してしまった。少女は恥ずかしそうに赤面しきり、ムサシは何事かときょきょろと4人の顔を順繰りに見やっている。

 勿論、断るつもりはなかった。

 

 家の者を呼びますので、と少女はスマートフォンを操作し、程なくやって来たのは角刈りの青年だった。ペコリと折り目正しくお辞儀をする若い衆に、少女は「ムサシをお願いね」とリードを手渡し、犬も素直に従って若者の方に歩を進めた。

「では、行きましょう!」

 

 私もこの辺りは土地勘がないので知らなかったのだが、ショッピングモールはここからほど近い所にあるらしい。

 徒歩で向かう道すがら、少女は年頃らしくその表情をくるくると変えて上機嫌だ。

「ねえ、目当ての店はあるの?」と山田嬢。

「いえ、特には……」

 いっぱいお店があるんですよね、どの店が良いでしょう、とおとがいに指先を当てがって思案顔の橘嬢である。そこに思いがけず、神田青年が気の利いた助け舟を出した。

「ペットショップ、はどうですか? ムサシにおやつを買って帰れば、きっと、喜びますよ」

 それはいいですね、と少女は目を輝かせる。

 ショッピングモールは地方都市に見られるタイプの2階建てで、食品や服飾品売り場をはじめ様々な専門店がその中に間口を連ねている。その中でもペットショップは1階の隅にあり、まずはそちらで大型犬向けのおやつを買ってから他の店舗を冷やかす、という運びとなった。

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