ペットショップに着くや、神田青年は颯爽とカウンターに向かっていった。仕事柄よくこの店には顔を出すらしく、馴染みの店員にお勧め商品を教えて貰おうというのだ。二人の会話を橘嬢が真面目腐った顔でふんふんと頷きながら聞いているのが何とも可笑しかった。
「うっわ可愛い」
山田嬢がアクリル板ごしに子猫の寝姿をみて興奮している。
「嘘だろ……犬が鹿肉のジャーキー食うのか……」
これは私である。犬が自分よりも上等な食事をしているという事実は、心にくるものがある。
ペットショップでの買い物が終わると、次は2階のスポーツ用品店に足を運んだ。犬の散歩ならもっと歩きやすい靴にした方がいい、という山田嬢からのアドバイスによるものだ。確かに、少女の履くローファーは、長距離かつ長時間の歩行に向いているとは言い難い。
「私のイチ押しは、ここのメーカーですかね」
機能性とデザインの両立、というテーマで山田嬢が選び出した商品に、疑いを差し挟む事無く「それにします!」と飛びつく少女。
「いや……一応試し履きしたほうがいいよ……」と窘める山田嬢。
「あ、これ、凄く歩きやすい」
僕もこれ買おうかな、と神田青年。
私も試し履きをしてみたのだが、確かにお勧めというだけあって足にしっくりと馴染み、クッション性も高い。矯めつ眇めつするも作りに粗はなく、また中庸なデザインは服装を選ばない。年間歩きとおし、ウォーキングシューズに人一倍五月蠅い私の眼から見ても、なかなか魅力的な商品である。
結局、サイズとカラーリングは違えど、皆が同じ商品を買う事になった。
立花嬢は「みんなお揃いですね!」と興奮を隠せない様子。
「実はね、私も新しい靴を買おうと思ってたんですよ」と山田嬢は誰にともなく言い訳しながら照れている。
神田青年は見ていられないぐらいの舞い上がりようだが、かくいう私も似たようなものである。
「あそこ行ってみたいです」と次に少女が指さした一角は所謂ゲームセンターであった。派手な電飾を散らしたメダルゲームや、デコ云々といった謳い文句を筐体に散りばめたプリクラ、クレーンゲームに昔懐かしいビデオゲームが店内を埋め尽くし、それぞれが衆人の注目を促さんと様々な効果音や音楽で自己を主張し、負けじと店内BGMが音を張り上げる。
こういった店に免疫がないのだろう、耳目を混沌に揺さぶられた神田青年は目を白黒させていた。
「ストⅡはないのか……」と己が青春時代を象徴するタイトルが無いことに肩を落とす私。
女性陣二人は、これまた懐かしのぷよぷよで対戦していた。どちらも一目見て初心者と分かる拙い操作だが、軍配は微差で橘嬢に上がった。脇を締めて小さくガッツポーズをとる少女に、本気で悔しそうな渋面を作る山田嬢。それを見て「微笑ましいね」と呟く私は、傍から見ればさながら親戚のおじさんのように映ったかもしれない。
因みに私は神田青年と対戦したのだが、大連鎖の嵐に惨敗を喫している。
「神田君、やったことないって嘘でしょ……」
「本当、ですよ。連鎖させるだけなら、簡単です」
コツさえ分かれば、と得意顔である。
ゲームセンターを出る間際、「撮りませんか?」と神田青年の手を引いたのは言うまでも無く橘嬢で、引いた先は出入り口付近に鎮座するプリクラの筐体である。ゲームセンターに足を踏み入れる際に目を付けていたとみえる。みっともなく赤面し、手を引かれるままよろめき歩く神田青年の後ろを、私と山田嬢が冷やかすように着いていく。
数分を要し試行錯誤の末出来上がったのは、戯画的な星やハートマークがそこかしこに、しかしどこかぎこちなく散りばめられた一枚の写真群である。それを人数分に切り分け、それぞれが今日の記念にと大切にしまった。
勿論私も、今に至るまで大切に保管してある。もう見返すことも余りないのだが、それを見るときは決まって、ある種の後悔や感傷が胸の内をざわめかせる。
写真に写る4人の顔は、どれも心から楽しげに笑っている。
すぐ後に起こる災禍の、その予兆はどこにもない。
驚くべきことに、橘嬢はハンバーガーを食べたことが無いと言う。
ちょうど時刻も小腹の空く頃合い、フードコートの一角に掲げられるは燦然と輝くMの一文字。となれば、やるべきことは一つである。
「僕はビッグマックのセットを。ドリンクはコーラ、ゼロじゃない方で」
「ええと、フォレオフィッシュを、ひとつ下さい」
「あまり沢山食べてしまうと晩御飯が……あ、このハッピーセットって何でしょう?」
きょろきょろと視線の定まらない少女と、心もち腰をかがめ懇切丁寧に説明する山田嬢の姿は、最早歳の離れた仲睦まじい姉妹のよう。絵になる風景とはこの事だ。
空いたボックス席を探す折に、山田嬢が「かわいらしい子ですよね」と耳打ちのように、しかし声に笑みを乗せて囁いたが、貴方もですよ、と思わずにはいられない。
座席を探していたからこそ、その男の存在が目についた。
濃い色のサングラスを掛け、黒い上下の装い。さりげない風で席を立ち歩き出したが、ちょっとした小包程度の紙袋を椅子の脇に置き去りにしている。
「お忘れ物ですよ」と気づいた少女が声を掛けるも、男は気付いた素振りもなく歩き去っていく。
「忘れ物ですよ!」
私もその後ろから声を張り上げるが、男は委細構わず、ついに駆け出してその姿を消した。
「行ってしまわれましたね……」
この荷物どうしましょう、と紙袋に歩み寄る少女。
そのお人よしが彼女の災いとなり、文字通りの命取りとなった。
私も訝しむ思いはあったものの、何かに感付いて咄嗟の行動を取るには、長い年月を平和に過ごしすぎた。
閃光。
轟音。
それらが同時に我々を襲った。
後の報道により、それはパイプ爆弾と呼ばれる兵器であると知れた。破壊と殺傷を至上の命題として金属パイプの内部にパチンコ玉や鉄釘を多数内蔵された、犯人お手製の爆弾である。
爆発の勢いそのままに爆散する鉄片が、周囲の全てを傷つけ苛んだ。それは私たちの身体も例外ではなかった。
爆発の後の出来事を記すのは、容易ではない。
衝撃と肉体へのダメージにより記憶の曖昧な部分もある。だがそれ以上に、年端も行かぬ少女の、私たちを新しい友人と呼んでくれた彼女の、その悲惨な最後をつまびらかにすることは私にとって余りに苦しく、難しい。
大要だけを書こう。
爆発に最も近かった彼女の身体からは、その下半身が完全に失われていた。
それに気づいた私は慌てて駆け寄ろうとしたが、足が萎えたように動かない。見ると、私の両膝から下も、まったく原型を留めておらず、すり潰されたようになっていた。
うめき声を上げながらしきりに「痛い、腕が、どうして」と繰り返していたのは私の後ろにいた神田青年で、その左手は肩口から先が無い。双眸は虚ろ、恐慌状態にあることは一目で分かった。神田青年のほど近くで山田嬢がうつ伏せに倒れており、その左足は皮一枚で何とか繋がっているような有様だった。
だがそれよりも少女を、と私は爆心地に向かって這いずっていった。神田青年だけではない、私も確かに正気を失っていたのだろう。出血のせいか、痛みは殆ど感じなかった。
どれだけの時間を掛けたのか、彼女の傍に辿り着き、その身体に縋りつくようにして名前を読んだとき、あろうことか彼女にはまだ意識があった。薄っすらと開けた瞳は濁り、それでも私の姿を辛うじて捉えたのか、殆ど色の失われた唇から懸命に、絞り出すように呟いた。
「私の身体……どうなっていますか……?」
爆発に苛まれた私の耳だが、聞こえるかどうかの微かな声を一言も聞き逃すまいと、必死で耳をそばだてた。
「……きっと助かる……もう、喋らない方がいい……」
「死んじゃうのかな、私……」
私の空々しい励ましも、彼女に聞こえている風はなかった。
「他の皆さんは……ご無事ですか……」
「……大丈夫だよ、それよりも君が……」
「私……死にたくない……けど、もう……駄目みたい……皆さんは……」
生きて、と声にならない言葉を最後にして、少女は逝った。
私の記憶も、そこで途切れている。