COC「Life goes on」リプレイ   作:又左衛門

4 / 10
???にて~病院にて①

 夢を見ていた。

 夢もその印象の強さによっては永く人の記憶に残る事は稀あるが、これもそういった種類の、飛び切りに奇妙な夢だった。

 夢の中で、私は仰向けに倒れていた。

 天井が高すぎるのか、照明が暗いのか、眼前には薄らぼんやりとした闇が広がるのみ。ここが何処であるか確かめようにも、身体を起こすことは出来なかった。そればかりか、頭も、視線すらも、私の意志と切り離されたように動かない。声も上げられない。ただ、背面や後頭部に当たる固く湿った質感から、じめじめした地面に寝かされていることが知れるばかりだ。

 声が聞こえる。何を言っているかは分からないが、それは橘嬢の声であると知れる。

 ふと、目の前を何かが、ゆっくりと横切った。

 眼球すら動かず、目を凝らすことも適わぬが、動きの緩慢さから、やがてそれが何であるかが分かった。

 赤とも紫ともつかぬ毒々しい体色に薄色の大きな斑点を散らし、差し渡しが3mにも及ぶのではないかという、それは巨大な芋虫であった。身体の機能と同じく、精神も麻痺しているのか、おぞましい筈のその姿を見ても、不思議と恐怖や不快感は湧きあがらない。

 柔らかな質感の体躯を細かく捩るように蠢かせて這いずり、芋虫は私の脚の方に向かってきた。

 やがて歩を止め、何かを咀嚼するような音が辺りに響き渡るのだった。

 痛みは無いが、きっとそれは私の両の膝下を食べているのだ。

 ややあって、両脚を平らげたと思しき芋虫は再び動き始め、程なく視界から消えた。

 しばらくして、また咀嚼音が始まる。途切れることなく聞こえていた橘嬢のあえかな声が、苦痛の混じったうめき声、泣き声に変わっていく。何を言っているのかは、やはり分からない。

 肉を食む音が途切れ、芋虫がまた戻ってくる。私の顔を覗き込んだ。

 そこに目はなく、口吻もない。まるで人の口蓋から唇を剥ぎ取ったような剥き出しの、エナメル質の歯が並んでいた。

 体表に散る薄色の大柄な斑点かと見えたそれは、それらは、全てが私の顔であった。

 

 

 がばりと身体を起こした。

 硬いベッドに、白く清潔なシーツ。ベッドの周りをカーテンが手狭に区切っている。

 鼻につくのは、独特の薬品じみた匂い。

 ここは……病院だろうか?

 大きくシーツを剥ぎ取り――私は、自分の膝から下が当たり前のようにそこにある事に気付いた。触ってみれば確かにそこにある。感覚もあるし、動かすことも出来る。そして、傷一つ見当たらない。

 確かに、あの爆発で失われた筈だ。この世に有り得べからざる怪物に食い千切られた両脚――いや、あれは夢だ。であればショッピングモールでの出来事も、公園での出会いも全て夢ということか――?

 寝起きばなの思考は千々に乱れ、定まらない。

 ふと、カーテンの向こうに人の気配を感じた。薄布に映る影も朧だが、2人の人間が抑えた声で話ながら、こちらの様子をカーテン越しに覗っているようだ。ベッドから半身を乗り出してカーテンを引き開けると、果たしてそこにいたのは神田青年と山田嬢であった。二人とも、簡素な袷の病院着を身に纏っている――遅まきながら、私も同じ服装でることに気付いた。

 2人ともが、涙ぐまんばかりに安堵の表情を浮かべていた。

「良かった、気が付かれたんですね」

「僕も、ついさっき、目が覚めたところで……そっちのベッドです」と向かいのベッドを手で示す神田青年。

 話を聞くに、ここはワタリクリニックという病院の一室で、意識を失ったまま運び込まれた我々は、治療もそこそこにこの部屋に放り込まれたという事らしい。勿論山田嬢は別室であったが、我々の中では一番に意識を取り戻し、この病室に駆けつけたところで目を覚ました神田青年と合流して、残った一人である私の様子を覗おうとしていたようだ。

 だが、我々が病院にいるということは即ち……

「夢じゃなかったんだな……」

 夢、という単語に二人は何とも言えない表情をして視線を交わしあったが。

「……菅沼さん、お身体は何ともありませんか?」

 何か含みを持たせるような口調で山田嬢が問う。視線は未だ半ばシーツに隠れている私の脚に注がれている。それが意味するところは明白だ。

「……何ともない。君らもそうみたいだね」

「やはり、菅沼さんも、おかしいと思われますか? その……僕たちの怪我の事ですが」

 ずばりと切り込んだのは神田青年である。

 思い返してみれば、彼らも手足を失う大怪我を負っていたはずだ。しかし、目の前にいる二人はぴんぴんしており、私の身体同様、ガーゼや包帯などの治療の跡すらない。私は、何か記憶違いをしているのだろうか?

 混乱を隠せない私に、神田青年はまたも核心に迫る言葉を掛けた。

「菅沼さんが仰っているのは、あれだけの爆発事故が起きたというのに、僕たちは怪我一つ負っているようには見えない、ということですよね。僕たちも、ちょうどそれを、話し合っていました」

 僕たちの手足は、確かにあの時失われたはずだ、と神田青年。山田嬢もしかりと頷く。

 どうやら、我々3人ともが皆、生死に関わる大怪我を負ったという記憶はあるようだ。だが、現実はそうではない。これは真に奇妙な話であるように思われた。

 

「ああ、皆さん目を覚まされましたか」

 そう言って手慣れた足取りで入室してきたのは、綺麗な銀髪を上品に撫で付けた、壮年の男性医師であった。

「初めまして。当院の院長を務めております、渡といいます」

 回診かと思ったのか、気を利かせて退室する素振りをみせた山田嬢を、「大した話ではありませんから、皆さんでお聞きくださって結構ですよ」と渡医師はやんわりと制した。病室に我々しかいなことは院長の彼にとっては周知の事実であろう。入室した時の後ろ手のまま、その場で話を始めた。

「皆さん、今回は大変な事故に巻き込まれましたね。ただ、あれだけの事故に関わらず、殆どお怪我をされなかったのは幸運でした」

しかし、もう一人の方は……と続くところで、神田青年が勢い込んで「ゆずかさんの容態はどうなんですか」と食って掛かった。話の腰を折られた形だが、渡医師は気を悪くした様子もなく、穏やかな口調のまま続けた。

「橘ゆずかさんですが、残念ながら、当院に運び込まれた時には既に手遅れでした。手は尽くしたのですが……残念です」

 目の前が暗くなる思いだった。記憶と違って我々が傷一つないのだから、彼女ももしかしたら、と私も心の何処かで期待していたのは確かだが、そんな淡い期待はあっさりと裏切られた。

 うああ、とうめき声を上げたのは神田青年だ。その場に膝をついてへたり込んでいる。先ほどまで見せていた、情報を共有し事実を明らかにせんという意気込みは、橘嬢が我々の記憶に反して無事であってほしいという気持ちと表裏一体のものだったのだろう。しかしそれは他ならぬ臨終を看取った渡医師の残酷な死亡宣告により、あっさりと崩れ落ちてしまった。

 介抱するように山田嬢がそっと立たせ、ベッドの縁に腰を下させた。神田青年は大粒の涙を隠すように顔を伏せ、声を殺し呻くように泣き出した。

 翻って、山田嬢は冷静であった。

「先生、ゆずかさんは、その……ここに運び込まれた時、どのような容態でしたか?」

 不意を突かれるような思いだった。確かに、私たちの負傷が共通の記憶からかけ離れている以上、橘嬢のそれもまた、私たちの記憶にある物――下半身を吹き飛ばされはずの致命傷とは違うのでは、と彼女は疑っているのだ。

 果たして、この問いには渡医師も言葉を濁した。

 だが、続く言葉は我々を鼻白ませるには充分だった。

「とても酷い有様でした。ご遺体はまだ、霊安室に安置されています。お勧めはしませんが……ご対面なさいますか?」

 大切なご友人だったのでしょう、とあくまで気遣う口調の渡医師に、しかし頷きを返す勇気は私には無かった。神田青年はいよいよ布団を頭から被ってしまった。

「皆さんは幸運にも、あれだけの事故に関わらずご無事に生還されました。それは、橘さんの身体が盾となったからです。そうしようと意図した訳ではないかもしれませんが、皆さんは橘さんに助けられたとも言えます。どうか、助けられた命を大事になさってください」

 お怪我はないようですが爆発のショックで丸1日寝込まれていたのですから、一通りの検査は受けて下さいね、と言い残して、渡医師は退室した。

 神田青年の嗚咽が、いつまでも続いていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。