以下が、メモの全文である。
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また患者が死んだ。
さやかが死んで以来、一人でも多くの患者を救おうと努力してきたが現代医学の限界を感じている。私は自分の患者の命を一人残らず救いたい。そのために悪魔に心を打っても構わない。文献で見つけた不死身の精霊の力が手に入れば……しかし、そのためにはわたしの目的に賛同し、自ら生贄となるものが必要となる……
裕子が、
(※このレポート用紙は以降破れていて読めない)
(以降10数枚に渡りレポート用紙に意味不明の文字が書きなぐられていて判読不能である)
犠牲を無題にしないことだけが私にできる唯一の事だ。
起きてしまったことを受け入れ、一つでも多くの命を救うことを考えることにしよう。
精霊の回復力は素晴らしい。あの精霊の無限の回復力を人間に使えれば、どんな怪我だろうと、そうたとえ手足を失っても治せるはずだ。
成功だ! 魔術的な手法を使い精霊の体液と被験者の体組織を攪拌し生成した溶液を塗布すれば、どの部位であっても欠損した組織が再生することがわかった。精霊の力の届く範囲であれば、少しくらいの怪我は瞬時に回復するようだ。
なんということだ。私のミスで患者を殺してしまった。どうやら大きな器官になると溶液の塗布では再生が追いつかないようだ。精霊の組織を直接移植すれば、もっと大きな組織も再生できるかもしれないが、精霊の影響も大きくなる。危険性は溶液の塗布とは比べものにならない。
四肢を失った患者が運ばれてきた。放っておけば全員が死ぬ運命だ。危険性はあるが、精霊の組織の移植を試すべきだろう。あの少女はもはや精霊と一体となる他に生きる道はないが、他の患者達の命は助けることができる。
実験は成功した。
そう、私のしたことは人体実験に他ならない。
彼らは私の選択をどう思うだろう。
いずれ全てを話さなければなるまい。
彼らの人生は彼ら自身に選択権があるのだ。
○被験者ファイル
探索者とゆずかの身体的特徴および爆発時のケガの様子が書かれていて、次のファイルにそれぞれのケガ(四肢欠損状態)の写真が貼られている。
★精霊の創造
(院長室にあった本の欠損部)
この魔力とたくさんの顔を持つ精霊は、自ら進んで最初の犠牲になろうという人間が必要である。
―以下に儀式の詳細な手順が書かれている。この儀式によって生み出された精霊を育てるには、生きた人間を生贄としてささげる必要がある。さらに魔力を保つためには定期的に人間を捧げなければならない。
命を救うために他の命を犠牲にする。その罪は私が背負う他はない。それでも一人でも多くの命を救っていくことが私の使命だ。しかし万一の為にすべてを無に帰す用意だけはしておこう。あの地下室に地下水を入れればすべては終わる。
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胸が悪かった。
吐きそうだった。
このメモ群、鍵の掛かった書物に書かれていた走り書き、隠された地下空間、辻褄の合わない記憶、それらすべてが繋がった。
この病院にまつわる謎は、もう存在しない。
我々の目の前にすべての答えは投げ出されている。
しかし、それは我々が暴いたのではない。
手がかりも、答えも、探せばすぐそこにあった。
我々の手の届く範囲の、そのすぐ外側にそっと置かれていたのだ。
そしてそれは間違いなく、渡医師自身の手によるもの。
間違いない。
自身の行為が信念に沿った正当なものであると確信する一方で、良否の判断を別の誰かに委ねているのだ。
沈黙が澱のように淀んだ。
誰もが真実に辿り着き、しかしその先にある答えを口にすることが出来なかった。
それは当然だったろう。
渡医師が秘密裏に行っている儀式めいた行為は、誰かを救いたいという至極真っ当な動機を礎とし、少数の犠牲を止む無しとしながら、失われるはずだった多数の命を繋ぎ止めてきた。他ならぬ我々もその恩恵に与かっている。
一体誰が、どのような権利をもって渡医師を裁くというのか?
彼の行いを認める資格が、もしくは断罪する権利が誰にあるのか?
呪いのような問いかけを自身の足跡に実にあっけらかんと残し、恐らく渡医師はこの先の地下空間で待ち受けている。
そして裁きの沙汰を問いかけるのだ。
胸を苛む吐き気は、しばらく治まらなかった。
「行きましょう」と口火を切って促したのは、意外なことに神田だった。
私を含めた3人は、それぞれもの問いたげな表情で彼の方を覗った。
いや、今から振り返れば、それは意外でも何でもない。
我々の中で橘嬢を最も慕い、その遺失を最も嘆き、そして犯人への怒りを最も露わにしたのが彼その人であることは誰の目にも明らかであろう。加えて、彼の持つ淡い恋心すらも。
だから、誰ももう何も言わなかった。
私は、黙ってボタンを押した。
音もなく動き出したエレベータは程なくして緩やかに減速して止まり、再び扉は開かれた。
扉の向こうは、果たして予期していた通りの空間であった。赤茶けた剥き出しの岩肌が上下左右を埋め尽くす、霊安室を抜けた先で見たものと同様の通路である。簡素ながら人口的な電気照明が、配線も露わに壁面を等間隔に照らしている。
エレベータから降りたすぐ先は小振りなホールともいうべき空間になっていた。そのまま正面に進むと壁面は窄まり、真っすぐ奥側へ通路が続く形になっているが、10m程向こうで左に折れており、ホールからその先を見通すことは出来ない。
端的にオチから言えば、その曲がり角のすぐ向こうに、我々の探す人物はいた。
勿論、渡医師である。
また、同時に彼の使役する妖精の姿もそこにあった。