彩の軌跡   作:sumeragi

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【番外編】4月1日

それは、ティアがまだ幼かった頃の話

 

 

 

帝都ヘイムダルに位置する皇宮、バルフレイム宮には何かを探して歩き回る少女の姿があった。

腰まで伸びたさらさらの金の髪を赤いリボンで結い、ハーフアップにしている。

7歳くらいのその少女の手には、綺麗にラッピングされた包み。

きょろきょろと辺りを見回しながら歩いていた少女は、目的の人物を見つけた瞬間走り出していた。

 

 

「オリヴァルト兄さまっ!」

 

 

使用人達の驚く声や注意する声も無視して長い廊下を駆け抜ける。

名前を呼ばれ、振り返ったところに正面から抱きつく。

不意打ちだったが10歳も年が離れていて体格差もあるため、簡単に支えられた。

 

 

「やあ、アルティアナ。急にどうしたんだい」

 

「えへへ・・・わたし、兄さまに渡したいものがあって」

 

 

ふむ、と首をかしげるオリヴァルトから一旦離れ、手に持っている包みを見せる。

透明のフィルムから見える中身はパウンドケーキだった。

ドライフルーツの入ったそれが5個入っていて、1つずつラッピングされている。

 

 

「これは美味しそうだね。自分で焼いたのかい?」

 

「はい!昨日シェフさんにたのんで、教えてもらいながらつくったんです」

 

 

前のクッキーは失敗しちゃったから、と段々尻すぼみになるのは先日のことを思い出しているのだろうとオリヴァルトは察した。

 

何かの本を読んだのか、突然、お菓子を作ってみたい!と言いアルティアナはオリヴァルトの部屋を訪れた。

その時にはミュラーもいて、どうしたものかと悩んだ挙句、オリヴァルトと彼の2人がかりで頼み込み、厨房を使わせてもらうことが出来たのだ。

そして簡単なクッキーを作り出したが、完成したものは少し表面が黒く焦げていた。

アルティアナが目に見えて落ち込むので、オリヴァルト達は意を決しその中の1つを口に入れた。

食べてみると、少し苦味はあるものの甘さも程よくて、美味しい、と声が出る出来だったのだが、どうやらアルティアナの中では失敗と見なされていたようだ。

 

この少女は庶子である自分にやけに懐いている。

オリヴァルトがこの宮殿で暮らし始めたのも、そんなに昔の話ではない。

使用人からも遠巻きにされる自分に、なぜこんなに懐いているのか。

唯一親友と呼べるミュラー以外に親しい者がいないオリヴァルトには、不思議で仕方がない。

ただ、焦げたクッキーを美味しいと言った後に浮かべたアルティアナの笑顔が頭から離れなかった。

 

 

「・・・・・・兄さま?」

 

 

黙り込んでしまったオリヴァルトの顔を、アルティアナは不安そうに見上げる。

 

 

「ああ、すまない。・・・これは部屋で――」

 

「美味そうなものを持っているな」

 

 

堪能させてもらうよ、と続けようとした言葉は突然現れたミュラーに遮られる。

 

 

「こんにちはミュラーさん。今日のけいこは終わりですか?」

 

「はい。それで宿題を溜め込んでいるというこのたわけを探していたのです」

 

 

皇族であるティア達は、平民の子のように日曜学校に通うのではなく家庭教師に勉強を教わっている。

宮殿で暮らしだしてからオリヴァルトも同じように、家庭教師に教わっていたのだが、彼はミュラーの叔父ゼクス少将の授業以外はあまり真面目に聞いていないらしい。

オリヴァルト自身は"簡単すぎる"と言っており、実際その言葉に違わぬほど彼は頭が良かった。

それらの理由と、庶子とは言え皇族であるオリヴァルトにあまり強く言える者はいなかったのだ。

 

――ミュラーを除いて。

 

 

「別にいいじゃないか。あんな簡単な問題集くらい」

 

「たとえ簡単だろうと課題くらいはやっておけ。ただでさえ先生方はお前に何を教えればいいかで困っているんだぞ」

 

「・・・・・・ミュラーくんのいけずぅ・・・」

 

「黙・れ」

 

 

普段通りのテンポよく無遠慮にも見える掛け合いの後、ミュラーはオリヴァルトの首根っこを掴んだ。

そのまま部屋へ引きずって行くつもりなのだろう。

オリヴァルトはぶーぶーと言っているがあまり抵抗する気はないように見える。

アルティアナがぼーっとその様子を眺めていると、ミュラーが振り返った。

 

 

「殿下はこの後時間がありますか?」

 

「ふえっ・・・・・・じ、時間ならありますけど・・・」

 

「ふむ、ならば殿下のお茶も用意させましょう。オリビエの部屋で待っていて下さい。」

 

 

一刻も早くプレゼントを渡す為、課された宿題は今日の分もまとめて昨日済ませていた。

今日の授業が終わってすぐにオリヴァルトを探し始めたので、確かにこの後の予定は特に無い。

しかし今の流れでなぜティータイムになるのか。

 

 

「でも、兄さまお勉強なんじゃ・・・」

 

「どうせこの美味そうな菓子を食べるまでは、こいつはペンを動かしはしないでしょうから」

 

 

ミュラーがそう告げると、アルティアナは満面の笑みを浮かべる。

 

 

「あの、まだパウンドケーキが残ってて、厨房に置いてもらってるんです。よかったらミュラーさんも食べてください!」

 

「そうですか・・・。では、お言葉に甘えさせてもらいます」

 

 

普段の固く口を引き結んだ仏頂面を崩し、ミュラーは穏やかな笑みを浮かべた。

これがギャップ萌えってやつだね、なんてニタリとした顔のオリヴァルトの首から乱暴に手を離し、アルティアナに任せてミュラーは厨房へ向かった。

 

 

「兄さま、早く行きましょう!」

 

 

アルティアナがオリヴァルトの手を引き、早く早く、と催促するので彼も嬉しそうな笑みを作って歩き出す。

困ったような表情が、一瞬だけ浮かんで消えていった。

 

 

 

 

          ・・・

 

 

 

 

オリヴァルトの部屋へ向かいながら、2人はずっと他愛のない話をしていた。

ここにはいないミュラーの話だったり、帝都で人気のスイーツの話だったり。

時折こっそりと帝都に出て行っているらしいオリヴァルトは、宮廷にいては得づらいような情報の引き出しも豊富だった。

どれも新鮮な話で、アルティアナはいつもオリヴァルトから聞く話に胸を高鳴らせていた。

他の妹や弟の前では見せないような、年相応のあどけない表情を浮かべて。

それがいつもの光景だったのだが――

 

 

「・・・兄さまは、どうしてわたしがお菓子を焼いたか、ちゃんと分かってますか?」

 

 

オリヴァルトの部屋に着くなり急に口数が減っていき、ついには黙ってしまったアルティアナを不思議に思い、名前を呼んでみると脈絡のない話題を持ち出される。

前回のリベンジ・・・くらいしか思い当たらないオリヴァルトが素直にそう告げると、アルティアナは不満そうな顔を向けた。

 

 

「今日は兄さまの誕生日じゃないですか・・・」

 

「あー・・・。よく覚えていたね?」

 

「覚えてなんかいませんよ!教えてもらったこともないのに!」

 

 

誕生日を教えた記憶がオリヴァルトには無かったのだが、それは自分の記憶違いではなく、ミュラーから聞いただけだと分かった。

 

 

「兄さまってば誕生日なのに、全然楽しそうじゃないし・・・。メイドさんたちだっていつもと全然変わらなくて・・・」

 

 

皇族の誕生日では当然、それ相応の祝いの席が設けられる。

アルフィンとセドリックの5歳の誕生日が記憶に新しいだろうか。

皇帝陛下の誕生日ともなれば国を挙げてのものだ。

 

楽しくないわけでもなく、普段通りなだけなのだがこの少女には『誕生日なのに普段通り』という姿が楽しくなさそうに映ったらしい。

面と向かって祝いの言葉をかけてくれたのは親友のミュラーくらいなものだが、夕食もいつもより豪華なものになると聞いている。

12歳下の妹や弟のように喜んだりはしないが、晩餐はオリヴァルトも楽しみにしていた。

 

それはともかくとして、誕生日ではあるが表面上は普段通りの自分と、この少女が現在不機嫌であることをオリヴァルトには結び付けられなかった。

 

 

「兄さまはわたしのことが嫌いですか?」

 

「・・・え?」

 

 

アルティアナは手を握り締めて小さく呟いた。

 

 

「どうしてそう思ったんだい?」

 

「・・・兄さまはいつも面白い話をしてくれて、わたしはすごく楽しいんです。でも兄さまはミュラーさんに向けるような笑顔は見せてくれないし」

 

 

それに、と一旦言葉を切って顔を上げる。

 

――わたしといると、時々困ったような顔をする

 

オリヴァルトはその言葉を聞いて目を丸くして驚いた。

目を泳がせながら黙り込んで、そして困ったように笑う。

 

・・・自分はそんなに慕われるような人間ではない。

庶子の自分と嫡女の妹。

皇帝の座を狙って皇女をたぶらかしているなどというばかげた噂を立てている輩がいることも知っている。

くだらない噂にはうんざりしていたが、聞こえない振りをするのは得意だった。

 

しかし、この少女まで巻き込まれてしまうとなると。

・・・そう考えるとやはりこの少女は遠ざけるべきだろう。

オリヴァルトのそんな胸中をアルティアナが知ることはない。

 

 

「キミのことは好きさ。・・・でもね、ボクはそんなに慕われるような人間じゃないんだ」

 

「そんなの知らない!周りなんて関係ない!わたしはオリヴァルト兄さまが好きなの!」

 

 

勢いよくまくしたて、その後小声で『それではいけませんか?』と問うアルティアナの目にはうっすらと涙の膜が張っている。

事情も何も知ったことではない。

幼さ故の無邪気と強欲とでも言うのだろうか。

 

薄々ではあるが、姉ということにプレッシャーを感じていることにも気付いていた。

無意識に"兄"という存在に甘えたがっているのだと。

だが、自分といてはこの少女にまでくだらない噂に巻き込まれてしまう。

目立つことが苦手で、行事にもあまり参加したがらないこの少女に非難の目を向けるものもいる。

7歳の少女が処理するには、許容範囲を超えているだろう。

 

 

 

――ならば、自分が守ればいい

 

その思い至ると、その考えはすとんと胸に落ちてきた。

むしろ何故今まで考え付かなかったのか過去の自分を責めても良いくらいだと笑ってしまう。

 

急に笑い出したオリヴァルトに、涙も引っ込んだのか元から大きな目を更に丸くさせて驚いているアルティアナを抱きしめる。

しばらく笑い続けていたが、段々と落ち着いてきて、ふう、と大きな息をついてアルティアナを離した。

頭を撫でてやると、きょとんとするがすぐに花が咲いたような笑顔になる。

そういえば、アルティアナに抱きつかれることはあっても自分から触れたのは初めてだっただろうか、と思い出す。

 

 

 

「なかなか良いタイミングだったみたいだな」

 

 

声のした方へ振り向くと、いつの間にか扉が開いていてミュラーの顔が覗いていた。

ノックはしたようだが、オリヴァルトもアルティアナも気付かないので勝手に開けたそうだ。

ミュラーは一旦顔を引っ込めてティーワゴンを部屋の中へ運び込む。

 

 

「おいオリビエ。お前は座ってないで手伝え」

 

 

どうやらワゴンはミュラー1人で運んできたらしい。

彼はあまり作法には詳しくないから、準備はオリヴァルトに手伝わせるつもりだったのだろう。

オリヴァルトは仕方ないなあ、と語尾にハートを付けながらワゴンに近づいて行った。

そして、ミュラーをからかいながらも慣れた手つきで茶葉を入れていく。

 

 

「わたしも兄さまみたいなあだ名がほしいなあ・・・」

 

 

オリヴァルトのことを"オリビエ"と呼ぶ者はミュラーしかいない。

皇族を守護するヴァンダール家の者が、自らの主人に敬語も使わず首根っこを掴み引きずる等、驚かない人はほとんどいないであろうその関係は、アルティアナには見慣れたものだ。

そして2人の親友という関係を羨ましく思っていた。

彼らのやり取りを眺めていたティアがぽつりと漏らした言葉に、オリビエがふむ、と考え出す。

 

 

「アルティアナだし、"ティア"・・・なんていうのはどうだい?」

 

 

少し単純すぎただろうか、とも思うが水の回復アーツと同じティアという愛称はとても似合いそうだ。

アルティアナの様子を伺うと、何度も口に出し咀嚼している。

最後に大きく"ティア"と言うと、満面の笑みを携えてありがとうと言いオリビエに駆け寄り抱きついた。

思った以上に気に入ったようだ、とオリビエは安堵する。

 

ミュラーにもティアと呼ぶことを強制し、ミュラーが了承したのを見ると満足したのか、ティアはオリビエから離れソファに戻ろうとする。

しかし、まだ言っていない言葉を思い出して、くるりとターンしてオリビエへ振り返った。

 

 

「オリビエ兄さま、お誕生日おめでとう!」

 

「ありがとう、ティア――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ア、・・・こら!ティア!」

 

「ふえっ!?」

 

 

耳元で自分の名前を叫ばれ、ティアは驚いて飛び起きた。

真っ先に目に入るのは、腰に手を当てているアリサの姿。

 

 

「あれ・・・アリサさん・・・?」

 

「何寝ぼけてるのよ・・・」

 

 

呆れた表情のアリサは、髪は下ろしているが服装はパジャマではなく制服だ。

彼女よりも更に後ろにある木製の壁まで見て、自分がいるのはケルディックの宿酒場《風見亭》だと思い出す。

男子の姿が見えないので、着替えの為に出てもらっているのだろう、と寝ぼけた頭をフル回転させた。

 

 

「ふふ、随分といい夢を見られたようだな」

 

 

そう言いながらティアの前にやって来たラウラは、すでに髪もまとめていて準備万端といった感じだ。

段々と覚醒してきた頭で、早く着替えないと、という指令を下しベッドから下りた。

 

 

「本当ね。あんまり幸せそうだから、起こすの躊躇っちゃったわ」

 

「あはは・・・すみません」

 

 

備え付けの洗面台で顔を洗いながらアリサに返事をする。

彼女はティアが寝ていたベッドに腰掛けていて、髪もまだ下ろしたままだった。

 

顔を拭きながらベッドまで戻ると、どんな夢だったのかとアリサに訊かれるので、ティアは一呼吸おいてからアリサへ向き直り、答えた。

 

 

「とても幸せな、懐かしい夢でしたよ」

 

 

 

 




記念すべき(?)第10話はオリビエの誕生日の話です!
ぎりぎりに書き上げたせいかちょっとオリヴァルト皇子がちょろイン風味になってますが目を瞑ってやってくださると・・・(笑)

オリビエは昔、平民の子として過ごしていたらしいので、宮廷で暮らすのにも最初は抵抗がありそうです。
妹達とも今ほど仲良くなれてはいないんじゃないか。
なら一気に距離が近まるには・・・?との打算も混じったこの番外編。
ロリティアは17歳ティアよりも少し活発(積極的の方が近いでしょうか?)になりました。

本編の途中でつい盛り込んでしまったのですがいかがでしたでしょうか・・・?
オリビエはせっかく誕生日が明らかになっているのだし、これはオリビエファンとしては祝わなくては、と思ったのですがなんとも中途半端な位置になりました。
特別実習の前後くらいで入れられたら1番良かったのですが、話が進んでおらず断念・・・。

・・・まあここで仲良くなってもおそらく1年後にはオリビエは士官学院に入学して帝都を離れますが!(笑)

『オリビエ』という名前ですが、空の軌跡をプレイしているときは愛称だと思っていましたが、やはり平民として暮らしていたときの名前なのでしょうか・・・。
ミュラーとは幼馴染ですが、平民として過ごしていたときから知っているのか皇帝に引き取られてから知り合ったのか・・・オリビエの過去が閃の軌跡Ⅱでこそ明かされてくれるといいのですが。

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