彩の軌跡   作:sumeragi

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出会いは突然に

翡翠の公都。アルバレア公爵家が統治する"貴族の街"。

ユーシス曰く、公爵家を中心とした貴族社会のために造られたと言っても過言ではない。

先月の実習で訪れたケルディックのように、やはりここでも大規模な増税が行われたようだ。

 

 

バリアハート駅に着いたユーシスを出迎えようと駆け寄ってきた駅員達を制したのは、ユーシスの兄――ルーファス・アルバレア。

四大名門《アルバレア公爵家》の跡継ぎである彼は、ユーシスと同じプラチナの髪と空色の瞳を持ち、豪奢な服に身を包み、貴公子と呼ぶに相応しい優雅な動きでリィン達のところへ歩き寄った。

 

 

「――ようこそ、翡翠の公都《バリアハート》へ。歓迎させてもらうよ。士官学院《Ⅶ組》の諸君」

 

 

柔らかく笑い、ルーファスはⅦ組の面々を宿泊場所まで案内すると言う。

外に停めていたリムジンに乗り込み、バリアハートを走る。

かつて皇帝が居城を構えていたそこは、美しく歴史的な街並みが広がっていた。

 

 

 

 

          ・・・

 

 

 

 

「そちらの可憐な諸君は、さぞ弟の学院生活に潤いを与えてくれているのだろうな」

 

「ふふ、ご冗談を」

 

「・・・兄上。俺のことはいいでしょう」

 

 

ユーシスと似ているような、しかしユーシスが見せたことはないであろう柔らかな笑みを携えてルーファスは弟をからかう。

可憐な諸君、とはティア、エマ、フィーのことを指していた。

笑って流す、畏まる、動じない。

三者三様の反応を見せた後、ユーシスが困ったような顔で声をかけた。

 

 

「それよりも、宿泊場所というのは・・・」

 

「フフ、愚問だな。我らの実家たる公爵家城館に決まっているだろう?」

 

「そ、それは・・・」

 

 

微かに、ユーシスの手に力がこもる。

 

 

「――と言いたい所だが、好きにせよとの父上の言葉だ。街のホテルに部屋を用意させた。その方が《実習》とやらに心置きなく集中できるだろう?」

 

「・・・正直、助かります」

 

 

ふう、と息を吐いたユーシスの表情は、向き合っているルーファス以外からは拝みにくいが、確かに安堵の色が浮かんでいた。

 

 

ホテルまで送ってもらった6人は、帝都に向かうと言うルーファスが再びリムジンで走り去ってゆくのを見送る。

彼が跡継ぎとして、父親に代わり多くの政務をこなしているというのは有名な話だ。

気さくに接し、気遣いも忘れない彼をリィン達が褒め称える中、ユーシスは複雑な表情を浮かべていた。

 

 

「ユーシス、なんだか弟っぽかった」

 

「・・・フン。妙なところを見られたな」

 

 

ルーファスが去る直前、兄が居なくて寂しいかと問われ、素っ気無く否定したユーシスに、フィーが率直な感想を告げる。

フィーの意見は、ユーシス以外の全員が思っていることだった。

集まった視線をシャットアウトするように、ユーシスはいつもの仏頂面を作る。

 

 

「しかしこのタイミングで兄上が不在になるとは・・・少々、誤算だったな」

 

「どういうことだ?」

 

 

ぽつりと漏らした言葉に、リィンとマキアスが反応するが、ユーシスはその意味を明かさない。

ユーシスがホテルへと足を踏み入れたので、5人も続いた。

 

 

 

 

          ・・・

 

 

 

 

ホテルでは、ユーシスだけでなく全員に個室が用意されており、実習で使うには過ぎた待遇だった。

その待遇にユーシスが総支配人に異議を唱え、男女に1室ずつ用意するという結果に落ち着いた。

 

案内された部屋は、最初に用意されていた部屋よりも劣るものなのだろうが、それでも豪華なものだった。

貴族が好みそうな内装に調度品と、部屋全体は落ち着いているが、そういったものに慣れていないエマは少し居心地が悪そうだ。

 

 

「こんな高級そうな部屋、気後れしちゃいますね」

 

「まあ、公爵家に泊まるよりは気が楽だと思いますよ」

 

「・・・そだね。ここよりも趣味悪そう」

 

 

公爵家ではなくホテル泊になり、ほっとしていたのはユーシスだけではなかった。

今回の実習地はアルバレア公爵のお膝元。

それだけでも気が引けるというのに、宿泊先まで公爵家となると、さすがに少し遠慮したい。

 

 

「(ルーファス卿は知ってそうだけど・・・)」

 

 

学院の常任理事でもあるルーファスのことだ。

担任のサラが知っていたように、ティアがアルティアナ皇女であることを知っていてもおかしくはない。

話している間も時々感じていた、含んでいるような視線から、ティアは確信に近いものを抱いていた。

 

数えるほどしか会ったことはないが、良い人なのだろうと思う。

兄と似た雰囲気があり、食えない人だとも思うけれど。

 

 

荷物を部屋に置き、全員が集まったところで実習内容を確認する。

 

 

 

特別実習・1日目

実習内容は以下の通り――

 

・オーロックス峡谷道の手配魔獣

・穢れなき半貴石

・バスソルトの調達

 

 

 

必須課題は上2つ。

貴族から職人まで、バランスよく用意されているらしい。

オーロックス砦まで報告に行かなくてはならない魔獣退治の前に、他の課題を片付けたほうがいい、と言うのがユーシスの談。

ティア達はまず、話を聞こうと宝飾店に向かうことにした。

 

 

ホテルを出て広がるのは、《翡翠の公都》の名に相応しい街並み。

白塗りの壁に、深緑色の屋根。

殆どの建物は洋風建築で統一されており、中央広場にある噴水には、像――聖女ヴェロニカのものらしい――がある。

リムジンで走り抜けている間はあまりゆっくりと見られなかったが、そのどれもがつい見入ってしまう美しさだった。

 

道中でマキアスが、規模は帝都のほうが上だと言ったりもしたが、彼自身が街並みの美しさに心を奪われていたために出た対抗心にも見える。

景観を否定していないあたり、間違ってはいないようだが。

 

 

 

 

          ・・・

 

 

 

 

件の宝飾店があったのは、様々な店が軒を連ねている職人通りに入ってすぐのところだった。

依頼主は《ターナー宝飾店》の店主の息子、ブルック。

依頼内容は、近々結婚する旅行者ベントの為に、結婚指輪に使う石を調達してほしいというもの。

目的の石は、七耀石や宝石ではなく、価値は一段劣るものの、美しさでは決して引けを取らない半貴石の内の1つ、《樹精の涙(ドリアード・ティア)》らしい。

その正体は、外気に触れて時間が経つと石のように固まる樹液という、いわゆる琥珀だった。

 

幸い、北クロイツェン街道には、ドリアード・ティアが採れる木が沢山生えているが、珍しい物には違いない。

探すのはなかなか骨が折れそうだとリィンが呟いた。

 

 

「いや――そんなことはない」

 

 

直後、後ろから否定する声がかかる。

振り返ると、所々に髪と同じ青色の飾りや模様を施している、白を基調とした衣装を着た男が立っていた。

男は髪をかきあげながら、先ほどドリアード・ティアを見たと言う。

 

 

「(・・・ユーシス君のお知り合いですか?)」

 

「(いや・・・覚えはないな)」

 

「フフ、私としたことが少々順番が狂ってしまったか。改めて、お初にお目にかかる――私の名はブルブラン男爵。」

 

 

ブルブランという名前に、ティアはどこか聞き覚えがあった。

男爵は妙に芝居がかった口調で話を続ける。

確かにドリアード・ティアを見つけたが、土地勘がなく、細かい場所までは説明できないそうだ。

 

 

「だがまあ、それはそれか。光というものは、自らの手で見つけ出してこそ輝きを放つものだろうからね」

 

「は、はあ・・・」

 

 

マキアスは若干引き気味――というより、完全に引いていた。

フィーはうざいと言ってのけ、ユーシスも同意し、エマが宥めている。

 

 

「情報を頂けるのはありがたいですが、どうしてそれをわざわざ俺達に?」

 

「ふむ、では君達に問おう。――美とは何ぞや?」

 

 

なんだその返事は、と言わんばかりにリィンは口を開き、ぽかんとした顔をしている。

マキアスは豆鉄砲を食らったような顔で、エマは苦笑。

ユーシスとフィーは酷く冷めた目をしていた。

 

 

「・・・・・・愛、でしょうか」

 

 

顎に手を当てたティアが、真面目に考えた答えを告げる。

男爵は、嬉しさを隠しきれないかのような、満足そうな表情をしていた。

 

『――美をめぐる好敵手に巡り合えてね』

 

楽しそうだが、好戦的にも感じる、そんな遠い声が聞こえてきた。

 

 

「フフ、やはり君は我が好敵手に似ているらしい」

 

「!」

 

 

向けられた視線に、背筋を冷や汗が伝う。

自身が書いた手紙を思い出し、確信する。

 

――目の前にいる彼が、リベールで事件を起こした結社の執行者、怪盗紳士ブルブランだ。

 

 

「単なるミラでは買えない価値を求める心意気・・・。この度の話にはこのブルブラン、多大なる感銘を受けた。――というわけで、ただの親切心だが・・・それ以上の理由が必要かね?」

 

「い、いえ・・・」

 

 

ティアから視線を外し、男爵は先ほどのリィンの問いに答えた。

必要な情報も得られたし、時間も勿体ない。

早く探索に向かおうということになり、男爵の笑顔に見送られながら、リィン達は宝飾店を後にする。

扉を潜る直前、男爵を振り返ったティアの顔は強張っていた。

 

 

「――顔色が悪いぞ」

 

 

ティアを引き止めたのは、最後尾に居たユーシスの声。

そんなに分かりやすかっただろうかと気を引き締め、なんでもないと告げると背を向けて店を出て行く。

刺さるような視線を背中に感じるのは、気のせいだと思いたい。

 

 

 

 

「・・・ティア、あの変な人と知り合いなの?」

 

「いえ、私じゃなくて、多分兄の知り合いです」

 

「き、君のお兄さんは随分と変わった交友関係を持っているんだな・・・」

 

 

風変わりな男爵について、好き勝手言っている彼らに苦笑しつつ、自問自答する。

 

彼らに結社のことを伝えるべきなのだろうか。

だがそうなると、自分の知っている全てを話す必要も出てくる。

更に、これは士官学院生の彼らが背負うことではないのではないか。

・・・こんなものはただのエゴだ。

いくら考えようと答えが出るはずもない。

 

 

「(考えても仕方ないなあ)」

 

 

彼らだけでなく、自分だって現状出来ることは少ない。

せいぜい、兄に伝えるか、実習中も周りを気にするかくらいだ。

話に聞いた通りなら、力ずくで話させるというのも不可能だろう。

 

 

「(もしかしたら、怪盗Bとしているだけかもしれないし・・・)」

 

 

それはそれで問題なのだが、リベールの異変のようなことを起こされるよりは解決しようがある。

そんな希望的観測をしながら、実習に集中しようと気持ちを切り替え、街道へと出て行った。

 

 

 

 

ポーカーフェイスになりきれていない、微かな百面相を見ながら、ユーシスは考える。

ティアが抱える最大の秘密は、身分だろう。

だが、それを知っている自分から見ても、彼女には秘密が多い。

何かを抱え込んでいるのは明らかだ。

 

 

よく見ていないと気付かないくらいに、ユーシス達には悟らせないように、ティアはそれを隠していた。

そこまでユーシスは気付けているけれど、その秘密は分からないままだ。

 

 

無駄に突っかかってくるマキアスに対し、時々感じるものとは違う、解けないパズルに抱くような、胃がむかむかするようなこの苛立ちは何なのだろうか。

 




当初の予定ではルーファスとティアがにこにこしながらうさんくさい会話をするシーンがあったはずなのに、どうしてこうなった・・・。
ルーファスは最初見たときにすごく怪しいなと思ったのですが、2章で良い人だ・・・!と思いました。
段々黒い面も見え、opに常任理事の中で1人だけ正面向いていたりと、嫌な予感を掻き立てられますが、私は良い人だと信じてますよ!騙されたい!←
本編でも正面向いたらユーシス様がお可哀想で・・・(ショックで放心するユーシスを頭に描きながら)

少し短かったので、ブルブランにも今回登場してもらいました。
2章初めに、ティアがさり気無く建てていたフラグの回収です(笑)
ギャグにするかシリアスにするかで最後まで迷いましたが、あんな事件を起こした連中が目の前に来たら普通は怖いかなあと思い、シリアスになりました。
士官学院に通ってたり、旧校舎や実習で巨大な魔獣や魔物と戦ってても、やっぱり実戦経験が圧倒的に足りていない女の子なので。
いつかこっそりと変わっているかもしれません。

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