彩の軌跡   作:sumeragi

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5月30日

 

 

昨夜男子部屋では、なかなか寝付けないリィンとユーシスがぽつりぽつりと話をしていた。

ユーシスの出自、リィンの傲慢とも呼べる自己犠牲精神に、その歪さ。

腹を割った話をした彼らはいくらか打ち解けられたが、その話に心を揺さぶられた者がもう1人居た。

 

 

「ARCUSの戦術リンク機能・・・この実習中に、何としても成功させるぞ」

 

 

それは、他でもないマキアス。

余談ではあるが、盗み聞きをしていたことをユーシスに指摘され、否定しようと口を開いたが逆に墓穴を掘ってしまった・・・といういかにも彼らしい出来事もあった。

 

 

「今日の実習は上手く行きそうですね」

 

 

先月に続き問題だらけで始まった実習が、ようやく良い方向に動き出したことにエマが嬉しそうに呟く。

全員が同じことを思い、2日目の実習を始めようとしたところに、来訪者が現れた。

ユーシスの実家、アルバレア公爵家の執事アルノーである。

 

 

「ち、父上が俺を・・・?」

 

 

昨日の実習の終わり、ホテルに戻ったリィン達の前に止まった高級そうな導力リムジンに乗って現れたユーシスの父でもあるアルバレア公爵。

挨拶をするユーシスの言葉を遮り、アルバレア公爵が伝えたのはその一言だけ。

 

『アルバレア家の名前には泥を塗らぬよう弁えておけ』

 

そう言い残すと公爵は車で走り去っていった。

それを見つめるユーシスの背中はどこか寂しげに写り、彼が振り返るまで誰も声をかけられなかった。

そのような対応をした公爵が今日になってユーシスを呼び出したのは、多少は省みるところがあったからなのだろう。

ユーシスは迷っていたが、せっかくの機会だからと背中を押され、呼び出しに応じることにした。

 

午後から合流するユーシスに楽をさせる為にも、依頼をこなそうと言うリィン。

同意したエマがマキアスに視線を向け、他の3人も同じようにマキアスを見た。

 

 

「・・・そ、その何か言いたそうな顔は何なんだ」

 

 

集められた生暖かい視線にマキアスはたじろぎ、子ども扱いするなと強い口調で止めるように告げるが、どう見ても照れ隠しな大声に怯む者も居らず。

フィーに至っては、顔一個分以上は高い位置にあるマキアスの頭を、えらいえらいと言いながら背伸びをしてふわりと撫でていた。

顔が紅潮したマキアスは次々と噛み付き出す。

 

 

「リィン、君とのわだかまりだってまだ無くなったわけじゃないぞ!?」

 

「え、そうなのか?」

 

 

知らなかったとばかりに意外そうな表情を浮かべるリィン。

 

 

「エマ君!来月の中間試験では絶対に君に後れは取らないつもりだ!せいぜい全力を尽くしたまえ!」

 

「が、頑張ります」

 

 

口調とは裏腹に内容が負けないという意思表明に激励で、エマは勢いに圧されながらも少々面映い気持ちで答えた。

 

 

「ティア君!君は少し迂闊すぎる!」

 

「えーっと・・・気をつけますね」

 

 

マキアスが言えた義理ではないだろうが・・・と誰とはなしに思ったが、言葉を返すのが精一杯で口を挟む暇すらないような剣幕だ。

フィーがマキアスの頭を撫でる合間に数回ぺちぺちと叩いた。

 

 

「そしてフィー!この際だから言わせてもらうが、授業中に寝るんじゃない!あといい加減に撫でるのを止めないか!」

 

「むう・・・マキアスの髪、思ったよりふわふわなのに」

 

 

口ではそう言いながらも振り払うことはしないマキアスに、フィーは渋々といった様子で、しかし無表情の中に少し満足そうな色を浮かべながら手を離した。

一同は昨日とは正反対の穏やかな雰囲気に包まれていて、1人ぷんぷんしているマキアス以外の表情も柔らかい。

 

 

「(なんだろう・・・胸がザワザワする)」

 

 

ただ、ティアだけが扉をちらりと振り返り、胸に手を当てていた。

 

 

特別実習・2日目

実習内容は以下の通り――

 

・北クロイツェン街道の手配魔獣

・懐かしのメニュー

 

 

 

 

          ・・・

 

 

 

 

手配魔獣を片付ける前に、昨日のお世話になったレストラン《ソルシエラ》のオーナーからの依頼を片付けようとレストランへ向かう。

テラス席には今日も2人の貴族が座っていて、通り過ぎざまに愉快そうな、蔑むような声が聞こえてきた。

 

 

「ユーシス様がアルバレアの当主様に呼ばれているらしいな。やれやれ、今さら何の用があるというんだろうな」

 

 

昨日バスソルトの調達を依頼したハサンが言い捨て、向かいに座っているウディロが相槌を打つ。

 

 

「ハハ、違いない。平民の血が入っている以上、あの方についていく者もおるまい。次の当主はルーファス様だしな。あの方はせいぜい、いざという時のスペアだろう」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、リィン達の顔が強張る。

エマとフィーはユーシスが庶子であることを知らず、どういう事かと少し戸惑ったが、スペアという言い方には嫌悪感を覚えざるを得ない。

立ち止まってしまった彼らに気付いていないのか、貴族達は尚も話し続ける。

 

 

「・・・早く依頼の話を聞きに行こう」

 

 

そんな彼らに動くよう促したのは、意外にもマキアスだった。

歩み寄ろうとしたことからも、彼もユーシスに思うところがあるのは間違い無さそうだ。

すぐ近くにまで来ていたレストランの入り口へ向かっていくリィン達を見て、ティアも歩き出そうとするとフィーが袖を掴んでいた。

 

 

「フィーちゃん・・・?どうし――」

 

「手」

 

 

たの、と言い切る前にフィーが指差す先を見ると、ティアの握りしめた手があった。

無意識のうちに、爪が食い込むくらい強く手を握っていたのだ。

指摘されて手を解くと指先は白く、手のひらには爪の痕がくっきりと残っていて、意識するとじくじくと痛みを持ち始める。

 

 

「あ・・・・・・。私、思ったよりも正義感が強かったみたいですね」

 

「ふーん・・・」

 

 

リィン達の姿は既に無く、レストランの中に入っているようだ。

早く、とフィーを促しティア達もレストランの扉を開いた。

 

 

 

 

          ・・・

 

 

 

 

ハモンドオーナーからの依頼はとあるメニューの材料調達だった。

材料調達に向かったオーロックス峡谷道でリベールからの旅行者が迷子になっており、戻るついでにバリアハートまで送り届けたりしながらも、無事に材料を揃えたリィン達は、客足がまだ少ない時間にスープをご馳走になっていた。

今回集めてきた材料で作られた料理は『特製ハーブチャウダー』。

体の芯から温まり、弱っている時に飲みたくなるような、貴族が好みそうな豪華な食事とは程遠い優しい味がした。

全員が美味しかったと率直な感想を述べると、オーナーは顔をほころばせる。

 

 

「このスープは懐かしのメニューということですが・・・ユーシスもよく飲んでいたんですか?」

 

 

リィンが尋ねると、オーナーは深く頷いて答えた。

このスープはユーシスの大好物であり、レシピを考え出したのはオーナーの妹――ユーシスの母親なのだと。

 

 

「そうだったんですか・・・」

 

「ふむ・・・なるほどな」

 

 

リィン、マキアスが感嘆の声を上げる中、ハモンドオーナーがユーシスの伯父だと気付いたエマとフィーが驚きを口にした。

 

 

「ああ、そういえばまだ3人には話していなかったな」

 

 

貴族間でも噂になったことだが、使用人にもそういったゴシップが好きな者は大勢居る。

その一部の者の噂話からすでにティアは聞き及んでいたのだが、わざわざ訂正する必要もないかとそのままにした。

リィンが申し訳無さそうにティア達を見る。

マキアスは既に知っている様子なので、昨夜の男子の話の内容はユーシスのことだったのだろうと推測した。

 

 

「こんなに美味しいスープを考え出すなんて、ユーシス君のお母様はとても料理が得意だったんですね」

 

「そうですね・・・たまにこの店を手伝ってくれていた程ですし」

 

 

特製ハーブチャウダーは、昔に体調を崩したユーシスのために考えたものらしい。

今回のリィン達のように、教会で体に良い薬草――キュアハーブを融通してもらい、ユーシスが食べやすいように、美味しくなるように何度も試行錯誤して作ったという。

そこにあるのは、ユーシスを思う母の愛だった。

 

オーナーが話し出すと同時に閉じられていた瞼を開く。

彼の瞳は、懐かしむような色を帯びていた。

 

 

「皆様とこういったお話が出来て嬉しく思います」

 

 

愛おしむような、この場にユーシスが居ないことを残念がるような顔でオーナーは告げ、最後にスープの原型となった『クリーミーチャウダー』のレシピをリィン達に教えた。

 

 

 

 

 

「レシピの原本・・・はユーシス君に渡すべきですよね」

 

 

最後にレシピを写していたティアが書き終えると顔を上げた。

 

 

「そうだな。じゃあ俺から渡しておこうか?」

 

 

男子同士であり、特別実習期間中に渡せなくても寮では部屋の階が同じですぐに渡せるリィンがそう提案したことに疑問を持ちようも無い。

マキアスも条件は同じだが、ユーシスと話している時のマキアスは沸点が極端に低くなる。

今朝や先程の出来事で歩み寄ろうと努力していることは分かったが、やはり少々頼りない。

リィンに他意はなく、ティアもそう思っていた。

だから、ティアはリィンに任せるためレシピを渡そうとしたが、その前に思わぬ方向から制止がかかった。

 

 

「それ、ティアから渡しなよ」

 

「ふふ、そうですね。私もティアさんにお任せした方がいいと思います」

 

 

フィーの表情は普段どおり感情が読みづらい。

その後同意したエマは対照的に、にこにこと声を弾ませていた。

 

 

「えっ、ふ、2人共?」

 

 

驚いて言葉に詰まるティアの目に映るエマは、いつもよりも強い存在感があった。

ほがらかに笑っているのにどこか恐ろしく感じてしまう。

マキアスがどうしたのかと尋ねても、うふふと笑みを深めるだけで。

ちらりとリィンを見ると、勢いに圧されたのか気まずそうに頬をかくと手を引っ込めた。

 

 

「・・・まあ、誰が渡しても同じですよね」

 

 

午後に合流したらレシピを渡そうとティアはオーナーから貰ったレシピを丁寧に折って学生手帳に挟んだ。

 

 




バリアハートのモブ会話がおいしすぎて寄り道ばかりでなかなか話が進みません(笑)
が、次でマキアスが捕まってしまうと思います・・・!

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