麗しの都の足元、薄暗い地下水道をリィン達は進んでいた。
魔獣が徘徊しているものの、さすが翡翠の都というべきか、整備が行き届いているように綺麗な空間が広がっている。
中世の遺跡風のギミックを解き、マキアスが捕らえられている領邦軍詰め所を目指していると、一際広い空間へと出た。
「――こんな場所までわざわざ入り込んでくるとはな」
「ユーシス・・・・・・!」
前方から聞こえた声に立ち止まる。
声の主はユーシスで、案の定屋敷で拘束されていたらしい。
アルバレア公の考えは、革新派を牽制するために帝都知事の息子に濡れ衣を着せ拘束するというもので、ほぼリィンの考えた通りだった。
「――結局、俺と話すつもりなど父には最初から無かったわけだ」
ユーシスはまるで諦めたように呟き、自虐的な笑みを浮かべる。
黙り込んでしまったリィン達の空気を振り払うように、合流した当初からの疑問を投げかけた。
「・・・ところで、何故お前達3人しか居ないんだ?」
この場に居るのはリィン、エマ、フィーに、今合流したユーシスの4人だけ。
マキアスを助けに行こうとしていたユーシスが、何故マキアスが居ない、などと聞くわけも無く、聞きたいのは残りの1人ティアのことだ。
「ティアは別行動中」
「何・・・・・・?」
「えっと・・・ティアさんは当てがあるそうで、万が一の時のために、打てる手を全て打っておきたいそうです」
簡潔すぎるフィーの説明にエマが補足するが、詳しいことは誰も知らされていなかった。
『私のことを信じてほしいんです』
そう言ったティアを信じ、エマ達は3人だけでマキアスを助けに向かったのだ。
「・・・・・・そうか」
目を伏せてユーシスが独りごちると、先導するから付いてこいと言い歩き出す。
リィン達もそれに続くが、ユーシスは1人でマキアスを助けに行こうとしていたのだと分かり、そう聞いてみるとユーシスはむすっとした顔だけを一度後ろに向け、また前を向きながら答えた。
「どうせ奴は心細くてベソをかいているに違いないからな、それを目撃できるだけでも助けてやる価値はある」
素直じゃない、とマキアス同様歩み寄る意思を見せるユーシスを見ながら、リィン達は足を速めユーシスに追いついた。
この場に全員が揃っていないことが惜しかった。
・・・
「これはこれは・・・ようこそお越しくださいました、皇女殿下」
外観と比例するように豪華な内装に、高級な調度品が並ぶ室内。
使用人に案内され辿りついた部屋の扉を開けると、アルバレア公爵が感情の読めない視線をティアに向け挨拶をした。
「突然押しかけてしまってすみません」
「なかなか殿下にお会いする機会はありませんし、大歓迎ですよ」
促されるままに豪華なソファに座り、運ばれてきた紅茶を一口飲む。
ティアが公爵と会ったことは数える程しかなく、このような私的な場で会うのは当然初めてだ。
公爵の探るような視線を感じる。
マキアスを助けに向かったリィン達のことを考えると、急いだ方がいいだろうとティアはカップを置き、口を開いた。
「早速ですみませんが、息子さんはいらっしゃいますか?」
「愚息ならば今は部屋に居るはずですが・・・殿下がアレと面識があるとは驚きですな」
そう言った公爵がチラリと視線を向けた先は、ティアの着ている士官学院の制服。
本当に驚いているのは、ティアとユーシスが知り合いであることではなく、ティアが士官学院に通っていたことだろう。
「ふふ、クラスメイトですから」
言葉ほどは驚いている様子の見えない公爵に向け、ティアは悪びれた様子も無く綺麗に笑ってみせた。
「しかし申し訳ありません、アレは今忙しくしておりまして」
「そうですか・・・午後から実習に合流するという話だったのですが、それでは無理そうですね」
相変わらずの無表情で、口調だけは申し訳なさそうに公爵が告げる。
「余計な手間をかけさせてしまいましたな。・・・して、殿下のご用件とはそのことだけでしょうか?」
「もう一つだけ。昨日、領邦軍基地に侵入者があったと聞いたもので」
「お恥ずかしい限りです。しかしご安心ください。賊はすでに捕らえております」
「――マキアス・レーグニッツ」
その名を口にすると、公爵の厚い顔がわずかに強張る。
しかしそれも一瞬のことで、すぐに取り繕い、無表情のまま傲然と座っていた。
「犯人はレーグニッツ帝都知事の息子さんだそうですね」
「その通りです。まさか知事閣下が子供を使ってこのような事を仕出かすとは思いませんでしたよ」
平然と言ってのけた公爵の言葉を聞き、スカートにくしゃりと皺が寄る。
そうですかと微笑んだティアがまた一口、紅茶を飲む。
ユーシスが好むハーブティーではなく、出されたのはダージリン。
味も香りも良く、最初は飲みやすいと感心したが、今は苦味しか感じなかった。
「何故、彼が犯人だと?」
「証拠があったから、とだけ申しておきましょう」
「・・・それは、ずっと私や他の学生達と一緒に居たマキアス君が犯人だと言えるものなのですか」
声音や視線に強い意志を秘め、公爵を睨むティア。
公爵はその視線に怯むことなくティアを見据えると、溜め息をついて言った。
「殿下が何を仰っても、容疑が晴れるまではマキアス・レーグニッツを解放するわけにはまいりませぬ。今頃、士官学院にも連絡がいっているでしょう」
「――そうみたいですね」
ティアの視線の先で客間の扉がガチャリと音を立てて開かれ、公爵が振り返った。
「・・・・・・ルーファス。帝都に行ったはずのお前が何故ここに居る?」
「殿下から連絡をいただいて駆けつけた次第です。こちらはユーシスの所属しているクラスの担任で、元A級遊撃士のサラ・バレスタイン教官」
「お初にお目にかかります、公爵閣下。どうもうちの生徒がご迷惑をお掛けしたみたいですみませんね」
公爵の咎めるような鋭い視線を受けながら、ルーファスは質問に答え、口元は笑っているが目は全くと言っていいほど笑っていないサラを紹介する。
ルーファスに今回の件を知らせたのはティアから連絡を受けたオリビエだが、サラは士官学院に連絡が入ってから動いたにしては早すぎることが少し気になる。
そんな疑問を解消する間もなく、次に部屋へやってきたのは息を切らしたメイドだった。
「だ、旦那様!お話中に申し訳ありません!先程ユーシス様のお部屋を訪れてみると、どこにもいらっしゃらなくて・・・!!」
慌てたように扉を開けたメイドが告げたのは、ユーシスの脱走。
更に、マキアスを閉じ込めていた牢は開けられ、領邦軍兵士が倒れていたらしい。
ユーシスはマキアスを助けに向かったと見て間違いは無いだろう。
おそらく、リィン達とも合流している。
「ユーシス君は貴方の息子でしょう・・・その友人を革新派との争いに巻き込むなんて、なんとも思わないんですか・・・?」
最後の望みとばかりに問いかける。
しかし公爵の答えは望んでいたものではなかったが、不思議と驚きも無かった。
公爵は、本当にユーシスには興味がないのだろう。
父を信じたがっているユーシスに悪いと思いつつ、ティアは諦めの気持ちで満たされていた。
「愚息は関係ないでしょう」
「っ・・・・・・!!」
「父上、さすがに今回の件は私も納得しかねます」
「黙るがいい」
公爵は頑として譲ろうとせず、痺れを切らしたようにサラ教官が話し出す。
「革新派有力者、レーグニッツ帝都知事の息子を冤罪で逮捕し、知事を脅した・・・なんてことが世間にバレれば、貴族派への反感は強まるばかりですよ」
「なにより、彼は我が士官学院の生徒・・・理事として、生徒への不当な拘束を認めるわけにはいきません」
サラの言ったことくらいは分かっているのだろうが、それでも公爵がマキアス逮捕を決行したのは、士官学院の生徒と領邦軍以外に事実を知るものは無く、リィン達を侮っていたからだろう。
しかし、今回は分が悪かった。
大した影響力も持たないと思っていた士官学院生の中の1人は皇女で、教官であるサラは元A級遊撃士。
侮っていた士官学院生徒には領邦軍兵士が倒されている。
仕舞いには、帝都へと遠ざけたはずの息子までもが戻ってきてしまったのだ。
「・・・・・・好きにするがいい」
公爵はそう呟くと部屋を出て行った。
「急ぎましょう。おそらくユーシス達は地下水路だ」
・・・
「あんたもねえ、理事長のお兄様に連絡するのは分かるけど、担任のあたしにも連絡するべきじゃないかしら?」
「うぅ・・・すみません、そこまで気が回らなくて」
ジットリした目で睨んでくるサラに、ティアは苦笑いを返すしかなかった。
ルーファスに案内されるまま、ティア達は地下水路を進んでいる。
思いのほか魔獣が少ないのは、リィン達が倒してしまっているからなのか、地下水路に入った瞬間聞こえた魔獣の咆哮に逃げ出したのかは定かではないが。
「フフ、教官殿もお人が悪い。今回は殿下が頑張ってくださった成果も大きいでしょうし、そのくらいでいいでしょう」
「私なんて、全然・・・お2人が居なかったら、きっと領邦軍を止めさせることなんて出来なかったと思います」
「そんなことはありませんよ、殿下。・・・少なくとも私は、殿下がユーシスの為に必死になってくださり、嬉しかった」
そう言って笑いかけるルーファスの顔は、およそユーシスが浮かべることはないであろう類の笑みを浮かべていた。
色彩も、すれ違う人を振り返らせるような整った容姿も彼らは良く似ているのに、普段纏っている雰囲気は全然似ていないのが不思議でたまらない。
「(あぁ、でも、一回だけ見たな・・・ユーシス君の優しく笑う顔)」
ルーファスの顔に浮かんでいるのは、純粋な弟への愛情。
ユーシスが公都の子供達と接するときに浮かべる笑みも、似ていた。
先日のやり取りでもうっすらと感じたが、ルーファスはユーシスから信頼されているのだ。
「・・・・・・そうですね。・・・でも、もう少しあたしや・・・リィン達のことも頼りなさい?一人で何とかしようなんて考えすぎないことよ」
「別に、そんなことは――」
「いいわね?」
「・・・・・・はい」
そのまま進んでいくと、少し先に開けた場所が見えてきた。
そこには倒れている2体の大型の犬のような魔獣と、領邦軍に囲まれているリィン達が居て、最初に聞こえた咆哮はあの魔獣なのだろうと推測する。
「ギリギリってところかしら・・・?」
様子を伺うようにサラが声を潜めて言った。
そのまま出て行ったほうがいいかとも思われたが、領邦軍が攻撃する様子はなく、言い争う声に足を止める。
「――いい加減にしろ」
怒りを湛えたユーシスの声が地下に響いた。
「そりが合わないとはいえ、同じクラスで学ぶ仲間――その者があらぬ容疑を掛けられ、政争の道具に使われるなど・・・このユーシス・アルバレア、見過ごせるとでも思ったか!?」
「・・・すごく良いタイミングだったみたいですね」
領邦軍がユーシスに気圧されているが、隊長だけは食い下がっていた。
武装解除をさせようとする隊長をルーファスが遮り、止めさせる。
リィン達の驚いた顔を横目に、領邦軍を撤退させると、まだ驚きを隠せないでいる彼らの疑問に答えるべく説明する。
サラ教官がバリアハートへ来るのがやけに早いと思ったら、彼女も別口で連絡を受けていたようだ。
続けて教官は話し出すが、ある言葉を聞き逃すことが出来なかったようで、ユーシスが口を挟んだ。
「理事長の飛行艇に乗せてもらったって・・・まさか、兄上が・・・!?」
話の流れと、この場に居る人物を考えれば、理事に当たる者が誰かなどは簡単に察しが付くだろうし、ユーシスが既にその答えを出しているようなものなのだが、ルーファスは改めて名乗った。
「士官学院の常任理事を務めるルーファス・アルバレアだ。今後ともよろしく願おうか」
穏やかな笑みを浮かべ、口調も優しいものだが、内容が内容だ。
驚きを口々に述べていたが、弟の驚く顔見たさに黙っていたというルーファスの言葉に、注目の対象はユーシスへと移された。
「おい、何故俺を見るんだ」
「い、いえ・・・別に深い意味は・・・」
「フフ・・・あのユーシス・アルバレアも兄の前では形無しだな」
「良いお兄さんじゃないか」
エマ、マキアス、リィンをギロリと睨むユーシスだが、普段のような迫力はなく、
「ねえ、ティアがルーファスさんに連絡したってことは、もしかしてティアは最初から知ってたの?」
「厳密に言えば連絡したのは私じゃないんですが・・・まあ、常任理事なのは知ってましたよ」
段々語尾を小さくしながら答えるティアに、フィーが詰め寄り、ユーシス達も気づいた。
ティアを除く5人はおそらく魔獣や領邦軍との戦闘で疲れ切っているだろうに、一度始まった流れは中々止まらず、サラが強制することでようやく終わりを見せた。
日も暮れているため、ホテルで一晩体を休めてから翌朝トリスタへ戻ることにして、リィン達はホテルへ向かった。
詳しいことは全て後日、だ。
・・・
翌日、ルーファスに見送られながらリィン達はバリアハートを後にしようとしていた。
全員と言葉を交わしながら、少しずつ近付く列車の到着時刻を待つ。
「ユーシス」
「なんですか、兄上?」
「・・・いい仲間に巡りあえた様だな」
ホームへと入ってきた列車の起こした風にユーシスの髪が靡く。
領邦軍には仲間と言ったものの、ユーシスは今改めてリィン達を――特にマキアスを仲間と呼ぶことに抵抗があった。
その心情を知ってか知らずか、ルーファスはそう声をかけた。
ユーシスは脳内でどう答えるべきか逡巡し、列車の発車時刻が迫る。
ふうと息を吐くと顔を上げた。
「俺も、そう思います」
そう告げるユーシスの穏やかな表情は、ルーファスとよく似ていた。
そして、列車は発車し、ユーシスはリィン達が座っているであろう席に向かう。
すでに乗り込んだ彼らがそのやり取りを見ていたことを知るまで、あと3秒。
公爵とユーシスの好みの味が違っていたら美味しいな、という話。
アルバレア公はダボス老人の言葉を信じ、自分にとって価値があるかないかで物事を判断する悪い方になりました。
これでⅡで実はツンデレだったり、ルーファスさんの操り人形だった日には謝る他ありませんね。
そして長らく放置してしまいすみませんでした!
8月からはどんどんストーリーを進めていけたらな、と思っています。
ⅡのOPも何やら不吉でとてもかっこよくて・・・発売日が待ち遠しいですね。
いつも楽しみに読ませていただいているたくさんの作品も、なかなか読めていなくて・・・じっくり読んでから、また感想を書かせてもらいます!