彩の軌跡   作:sumeragi

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骨休め程度に。


はじめてのおりょうり

 

 

A班B班共に革新派と貴族派の対立に巻き込まれた二度目の特別実習の報告会。

どちらも協力して事なきを得たが、目の当たりにした現実は過酷なものだ。

 

A班が向かったバリアハート同様、B班の実習先セントアークも《四大名門》の本拠地の1つ。

領邦軍に対抗するため、鉄血宰相が掌握している20もの機甲師団を中心に、正規軍も軍備を拡張している。

この2つの対立が行き着くところまで行ってしまえばどうなるのか、それが分からないほど子供ではない。

正規軍、領邦軍のどちらかに進む士官学院の卒業生も少なくない現状、士官学院生はどう振舞えばよいのかという懸念を抱くのも当然のことだろう。

 

 

「不安もあるでしょうけど、君たちはまだ学ぶ立場にある。厄介で面倒な"現実"を知りながら、"今"しか得られない"何か"を掴んでいってちょうだい」

 

 

そう言ってまとめられた講評に、B班のアリサ達が珍しいものを見るような、感心したように声を漏らす。

そんな中、A班のリィン達は互いに目を配らせた。

 

 

「ああ。掛け替えのない仲間と一緒にな」

 

「・・・・・・ユーシス、何か悪いものでも食べちゃったの?」

 

 

そのエリオットの疑問に答えるのでもなく、マキアスがユーシスに止めたまえと笑いながら声をかける。

実習の2日間で何があったのかは、先程報告で聞いたばかりだ。

2人の関係も少しは改善しただろうと思ってはいたものの、予想以上で驚きを隠せない。

 

 

「だあぁ、もう!だからこの話するの嫌だったのよ!」

 

 

帰りの列車で既にA班のメンバーには告げていたサラの担任としての言葉。

言ってることは尤もなのだが、普段とのギャップのせいでクサいセリフにしか聞こえず、その時は爆笑され、一筋縄ではいかないとある意味感心したものだ。

B班にも伝えておくべきだろうと再度口にしたが、やはりA班のいるこの場で告げたのは失敗だったと決まりが悪そうな顔になる。

 

真面目な話から一転、Ⅶ組の教室は驚きと笑いと、僅かな怒声に包まれていた。

 

 

 

 

          ・・・

 

 

 

「ユーシス君、これをどうぞ」

 

 

報告会が終わって各々が自由に解散していく中、他と同じく教室を出て行こうとしたユーシスをティアが呼び止めた。

振り返ったユーシスに差し出されたのは一枚の紙切れ。

2つの折り目のついたそれは、ティアが今まで学生手帳に挟んでいたものだ。

 

 

「何だこれは」

 

「ハモンドオーナーから戴いたクリーミーチャウダーのレシピです。私たちはもうメモをとったので、これはユーシス君にと思って」

 

「ああ・・・例の実習課題の報酬か」

 

 

興味なさげに相槌を打つユーシスだが、その口元はいつもよりも少し緩んでいる。

実習2日目はごたごたしていて、トリスタへ帰る前にも大した時間は取れず、彼がオーナーとまともに話すことが出来たのは1日目くらいなものだろう。

それもティア達の前だったのであまり長話ともいかず、挨拶と軽い会話程度だったのだ。

叔父からの贈り物に、内心では喜んでいるのではないだろうか。

 

 

「何をじろじろ見ている」

 

「嬉しそうだな、と思って」

 

「・・・別に。俺がレシピを見ただけで喜ぶ料理好きとでも思っているのか」

 

 

何かが吹っ切れたように、リィンだけでなくユーシスともリンクを結べるようになったマキアス同様、どこか変わったように見えたユーシスだが、実習前とは変わらぬ素っ気無さだ。

人間そう直ぐには変わらないということだろうか。

 

 

「だが、これを俺が持っていても仕方あるまい」

 

「そんなことありませんよ。ユーシス君以外には適任者は居ません」

 

「・・・・・・そんなに拘ることでもないだろう」

 

 

ぺらりと音を立て空中で折れ曲がった紙切れを、そのまま元の折り目通りに畳み、胸元にしまう。

 

 

「んー・・・・・・そうですね。でしたら、一度作ってみてはどうでしょう」

 

「何故俺が――」

 

 

そういえば、とユーシスの声は遮られる。

ティアの浮かべる、この笑みをユーシスは知っていた。

 

 

「マキアス君が確か風邪気味だったと思います。寒い牢に居たから」

 

 

何かを企んだような、自分をからかって楽しむ兄と同種の顔だ、と。

 

 

 

 

 

「チェックメ・・・ヘクシッ!」

 

「マキアス君、風邪かい?」

 

「そんなことはないと思うんですが・・・」

 

 

 

 

          ・・・

 

 

 

 

「――全く、何故こんなことに」

 

 

Ⅶ組でもごく一部の者しか使ってはいないであろう寮の台所。

机に並ぶ多すぎるミルクと、それに合わせて仕方なく多めに買った他の材料に思わずため息をつく。

これだけあれば一体何人分のスープが出来るのだろうか。

1人や2人分ではないことは確かだが。

 

 

「まさかこいつを消費させるために俺を煽ったんじゃないだろうな・・・」

 

 

教会で分けて貰ったハーブを鍋でコトコト煮る横で、蒸し煮にして口を開いた殻から身を外しながらぼやくユーシス。

手を止めることなく、数刻前のやり取りを思い返していた。

 

 

『いやー助かったよ。実は発注ミスでミルクが大量に届いちゃってね』

 

『申し訳ないわぁん・・・』

 

『大丈夫ですよマルガリータさん』

 

 

全く頭の痛くなる話だ。

どこかピザを連想させる女子はともかく、残りの調理部員が大して困った顔をしていないからなのか。

深い意味は無いのだが、強いて言うなら名前の響きのせいだろうか、肉付きが良いと言えなくも無い女子の熱を帯びたような視線を思い出すと急に背筋がそそけ立つ感覚に襲われ、回想を中断する。

 

 

「何のことですか?」

 

 

ひょこりと横に現れた元凶が、次はきょとんとした表情で訊いてくる。

毒気を抜かれる、とはこういう事なのだろうか。

一度乗ってしまった以上、撤回するのも憚られるし、愚痴を言い続けるのも間抜けな話だ。

 

帝国貴族は優雅かつ果敢であるべし。

どこぞの民草ならばいつまでもぶつくさと文句を言う姿も実に似合うのだろうが、俺のあるべき姿ではない。

 

 

「大したことじゃない。気にしないでくれ」

 

 

鍋にバターを溶かすと、角切りにしておいたベーコンを炒め、じゃがいも、にんじん、玉ねぎを加えていく。

初めて火を扱う子供を見るようなその目を止めろ、と眉を吊り上げると、気付いたのか眉をへにゃりと下げた。

まるで耳の垂れた犬だ。

いつだったか、女子がフィーは猫のようだと話していたが、わざわざ動物に例える気持ちが少し分かった。

 

柔らかくなるまで煮込んだ後に牛乳、チーズを加えると、沸騰直前まで温め、最後に塩胡椒を加える。

スープ皿に移して飾りのハーブを散らして完成だが、その前にやることが一つ。

 

 

「味見を頼む」

 

「はい」

 

 

味見用の底の浅い小皿に入れて渡すと、息を吹いて少し冷ましてからそれを口にした。

こくり、と白い喉が嚥下する。

 

 

「美味しい・・・ユーシス君は料理も上手ですね」

 

「フン、レシピ通り作ったんだから当然だろう」

 

「その"レシピ通りに作る"ことが難しいんですよ」

 

 

書いてある分量と手順に従って作るだけなのに、何が難しいというのか。

このレシピの写したのなら知っているだろう。

叔父が注意やコツを事細かに書いていることくらいは。

 

 

「それに、よく言うじゃないですか。"料理は愛情"だって」

 

「愛なんかで料理が美味くなるものか」

 

「技術は勿論必要でしょうが、味や材料に拘って、手間隙かけて作ることは愛情だと思いませんか?」

 

 

目を細めて笑う姿が、誰かに似ているような気がした。

 

 

「大事なのは誰の為に、どうして作るかです。・・・・・・ユーシス君のお母様は、どうしてこの料理を作ったんでしょうね」

 

「・・・・・・」

 

 

母のことに触れられて、不思議と驚きは無かった。

このレシピを叔父から渡されたと聞いて、なんとなくそんな予感はしていたから。

嬉しそう、なんて叔父と・・・・・・母のことを知らなかったなら出てこない言葉だろう。

 

 

「叔父も随分と口が軽い・・・」

 

 

そう言う俺は天邪鬼だ。

進んで話したい話題ではないが、知られても困りはせん。

だが、お前に知られるのなら・・・・・・いや、何でもない。

まあまあ、と宥めるように体の前で手を振るが、別に俺は怒っているわけではないぞ。

その時、視界に入った手のひらに残るかさぶたに気付いた。

 

 

「ひっ!?」

 

 

咄嗟に手首を掴んでしまうと、驚いたように後ずさる。

驚いた人の顔を見れば冷静になる、というのはあながち間違いではないのかもしれない。

強く握ったつもりではなかったが、それでも折れてしまうんじゃないかと細い手首を握る手の力を緩めた。

 

 

「この傷はどうした」

 

「き、傷ですか・・・?」

 

 

惚けているのか、それとも心当たりが無いのか。

目線を右上に動かした後、あっ、と小さな声を漏らした。

 

 

「これなら自分で付けてしまっただけで・・・痛みもないし、忘れてました」

 

 

これ、を表すように2回手を握って開いてという仕草をする。

何があったら爪を手のひらに食い込ませて、かさぶたが出来るほどきつく握り締めるというのだ。

そんなに古い傷でもないだろうし、時期的に考えられるとするなら――

 

 

「まさか、父に会いに行ったときか・・・?」

 

「それは違います。ただ、これはその、何と言うか・・・」

 

「・・・?おい、顔が赤いぞ。まさかお前、熱があるんじゃ・・・」

 

 

しっかりと否定した後言いよどむのはどういう訳か。

微かに赤くなった頬に、風邪気味なのはお前ではないかと言いたくなることだけは確かだ。

 

 

「だ、大丈夫です!・・・とにかく、公爵は関係ありませんから!離し――」

 

 

 

 

 

「不純異性交遊はバレない様にしなさいよね~」

 

 

突然混ざった第三者の声に、咄嗟に手を離し振り向いた。

いつの間に入ってきたんだ。

鬼の首でも取ったかのように、にやにやと下品な笑みを浮かべているが、それもいつもの三割増くらいの酷さだ。

まさか根に持っていたのか。

元はいいくせに、そんな表情をしているから彼氏も出来ないんだ、なんて言おうものなら俺の肩に回された手は即座に首に回されるのだろう。

 

 

「もう、サラ教官ったら・・・」

 

「そのくらい聞き流せないとオトナの女になれないわよ?・・・それにしてもイイ匂いねぇ、自炊なんて立派な心がけじゃない」

 

「自炊に目覚めたわけではない。ただの気まぐれだ」

 

 

阿呆な事を言い出したかと思えば目ざとく・・・いや、この場合は鼻ざとく、か?

奥の鍋に気付いたバレスタイン教官が、鍋に近寄っていく。

 

 

「あ~あ、ウチにも毎食用意してくれるメイドさんが欲しいわぁ」

 

「少しは自分でやろうという気は無いのか。だから教頭にも小言ばかり言われるんだろう」

 

「あらあん・・・ユーシス君はきびしーーい授業がお好みかしら?」

 

「フン、職権乱用もいい所だな」

 

 

自分がオトナの女だと言うのならこの程度は聞き流して、もっと生活態度を改めれば良いものを。

くだらない言い争いを続けていると、不意に横から小さな笑い声がした。

 

 

「何を笑っている」

 

「すみませ・・・ふふ、・・・なんだか、楽しそうで」

 

「お前は・・・・・・」

 

 

何が面白いというのか、全く。

楽しくないのか、なんて馬鹿なことを聞こうとしたが、クスクスと笑っている姿を見るとやはり馬鹿な質問だ。

見ろ、バレスタイン教官なんて勝手に注ぎだしているぞ・・・おい、最後の飾り用のハーブを忘れるんじゃない。

 

 

「・・・お前も食べろ。中間試験も迫っているのに体調を崩してはつまらん」

 

「・・・はい。ありがたくいただきますね」

 

 

その後続々と帰ってくるⅦ組連中の協力も得て消費に努めさせる。

レーグニッツが風邪なんかひいてない、というから、は?と声が漏れてしまったが仕方ない。

周りに宥められてスープを口にするレーグニッツも、他と同様美味しいと言った後、言葉とは真逆の表情を浮かべながら感謝を告げるが、別にお前の為に作ったわけではない。

 

いつの間にかテーブルには誰が持ってきたのか分からない程のパンや、有り合わせで作ったにしては上等なサラダに、ジュース、フルーツまでが並んでいた。

スープだけでは腹を満たすには到底足りないだろうが、十分な夕食と言えるだろう。

おかわりまで強制した覚えはなかったが・・・まあ、食材を無駄にせずに済むのは良い事だ、是非食べてくれ。

 

・・・・・・1人じゃない食卓など一体いつ以来だろうか、兄上と最後に食事をしたのも随分と前のことのようだ。

アルバレア家で出る食事に比べれば、質素と言っても過言ではない夕食だし、騒がしくて落ち着いて食べてもいられない。

しかし、こんな時間も悪くないと感じる。

 

ありがとう、ティア

 

 

 

 

 

 

「・・・フン、風邪に良く効く。覚えておくがいい」

 

「ふむ、このスープのレシピか・・・。そなたに感謝を」

「お母さんのレシピか・・・いいわね、こういうの。ありがとう」

「あはは、ありがとう。すごく美味しかったよ」

「お礼に今度ノルドティーの淹れ方でも教えさせてもらおう」

 

 




※最後のは遺言ではないです。
 この小説は愛されユーシス様を応援しています。


料理?ヘッ、ちょろいぜ!なことを仰っているユーシス様ですが、モイスチャーな粥を作ったり何を思ったのかにがトマトを大量投入したりプリンに失敗して茶碗蒸しを作るなんて、ばんなそかな。

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