彩の軌跡   作:sumeragi

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第3章 鉄路を越えて
少女の戸惑い


6月15日

 

朝から降り始めた雨は止むことなくしとしとと降り続いていた。

日が長くなってきたというのに、空はどんよりとした灰色の雲が空を多っているせいで少し暗い。

雨の日のじめじめとした湿気、靴どころか靴下にまで滲んでくる水、鮮やかさを見せない灰色の空・・・雨の日と言うものは、どこか人を鬱々たる気分にさせる。

しかし、何事にも例外は存在するもので。

 

 

「(・・・ティアか?)」

 

 

雨音に混じって静かに響く声が鼓膜を震わす。

花壇の側、白い制服を着た貴族生徒とティアが、雨の憂鬱さも感じさせずに話していた。

少し逡巡するも、邪魔をする必要もないかと寮へ帰る為歩き出すと、パシャリ、と水たまりが跳ねた。

 

その音に気付きティア達が振り返る。

ラウラを見ると、ティアは貴族生徒に何か声をかけ、そのままラウラの元に歩いてくる。

麦わら帽子を被った貴族生徒が軽く手を振るので、小さく会釈をして、再び寮に向かい始める。

 

 

「彼女は園芸部の部長だったか・・・会話中みたいだが良かったのか?」

 

「そろそろ帰らないとって話をしていたので大丈夫ですよ」

 

 

先程ギムナジウムから出てきたラウラ同様、校舎に残っていた生徒がちらほら帰り始めているこの時間に、ティアと貴族生徒――エーデルが残っていた理由は、《釣皇倶楽部》の部長ケネスが大量のザンショを釣りあげているのを見ていたためだったりするが、ラウラには知る由も無い。

 

 

「ラウラさんは今までギムナジウムで勉強を?」

 

「うん、先に帰ったがアリサも一緒だったよ。・・・そなたはエマ達と勉強していると思っていたのだが」

 

「今まで学生会館でしていましたよ。今はちょっと寄り道です」

 

 

学生会館から寮に戻ろうと思うと、中庭は逆方向だ。

雨の中わざわざ遠回りをしたのかと尋ねると、ティアがくすりと笑った。

 

 

「ラウラさんは、雨は嫌いですか?」

 

 

少し考えるようにして、ラウラが傘に阻まれていつもよりも狭い空を見上げながら言った。

 

 

「・・・私は霧雨が好きかもしれない。雨で白い幕が掛かったように見えて、故郷を思い出す」

 

「年中霧に包まれているみたいですものね・・・確か、天候は精霊の気分次第だとか」

 

「ふふ、そうだな。この天気なら、精霊はあまり機嫌が良くないのだろう」

 

 

懐かしむように、目を細めて笑った。

ラウラが視線をティアに戻すと、また口を開く。

 

 

「園芸部で育てている野菜は、調理部でも頂いているんです。知ってましたか?」

 

「それは初耳だな。では、先日の妙に苦いがクセになるトマトも、園芸部で育てられたものか?」

 

「そうです。私も実物を見たのはあれが初めてだったんですが、あれは苦かったですよね」

 

 

ティアにしては珍しく、失敗ではないかと思うような味の料理が出来たのはつい最近の出来事。

リベール王国原産の、ひどくにがいトマトだが、なぜかにがトマト料理のリピーターは多いと噂だ。

最近では魔獣化もしているとか。

 

 

「テストが終われば、園芸部の花壇に、新しく花が植えられるそうです。・・・フィーちゃんの花が」

 

 

強調するように出された名前は、ラウラがなるべく避けたい人物で、何が言いたいのだと視線を送る。

ティアは一度ラウラの名を呼ぶと、一呼吸置いてまた口を開く。

 

 

「猟兵は嫌いですか?」

 

 

二度目の特別実習を終えて約2週間。

Ⅶ組メンバーは再び実技や座学に追われる日々に戻っていた。

その目の回るほどの忙しさにやっと慣れてきた頃に待ち受けていたのは、かねてより告知されていたイベント《中間試験》だ。

勉強の苦手な者にとっては逃げ出したくもなる学生ならではのイベントで、この士官学院では個人別の総合順位やクラスごとの平均点が掲示板に貼り出される。

とは言え、Ⅶ組には入学試験首席合格者と次席にそれに続くトップクラスの学生も多く、勉強を特に苦手としているフィーもエマに教わって頑張っているらしい。

試験についてはそれほど不安は無く、むしろ心配になる事と言えば、他にあった。

 

 

「・・・気付いていたのか」

 

「皆さん違和感を持っているみたいですが・・・そうですね、猟兵だから・・・というところまで気付いているのはマキアス君だけではないでしょうか。報告会の時ラウラさんを見ていましたから」

 

 

A班B班が実習の成果を報告しあうその場で、マキアスが捕らえられた出来事も当然話された。

そして、牢を開けた方法も、フィーが猟兵団に居たと言うことも。

それを聞いた瞬間、ラウラの顔が少し強張ったことに気付いたのはマキアスとティアだけだったが、最近の行動から、クラスメイト全員が様子がおかしいということには気付き始めていた。

 

 

「私は猟兵という存在に・・・正直、あまり良い感情を持っていない。騎士を"正道"とするならば、猟兵は言わば"邪道"・・・。どうしても、私の心が認めようとしないのだ」

 

 

ミラさえ払えば人殺しも請け負い、罪のない者も平気で巻き込み、昨日の敵が今日の味方となる事もある。

そして、その逆もまた然り。

 

猟兵の送金でどうにか糊口をしのいでいるノーザンブリアの民のように、猟兵が必要とされる事が、そうならざるを得ない場合がある事は理解している。

 

しかし、身分や立場に関係なく、どんな人間も誇り高くあれる。

そう信じているラウラにとって、猟兵という存在が受け入れがたいものだ。

 

 

「いいんじゃないですか、それで」

 

 

次に言われる言葉を予想し、奥底には失望の気持ちすら湧き始めていたラウラにとって、意外すぎる言葉に目を見張る。

溜め込んできたものを少しずつ吐き出しながら、クラスメイト達のようにフィーを許せない自身の狭量さを再確認していたのだから。

 

 

「私だって、猟兵と言う存在はあまり褒められたものだと思えませんし、フィーちゃんが過去に猟兵として犯した罪が消えるとも、許せるとも思っていません。ただ・・・」

 

 

――ただ、それを受け入れることは出来るのではないか。

 

2ヶ月という長いようで短い時間を同じ教室、同じ寮で過ごし、知らない事はまだまだ多いが知っている事だって少なくない。

フィーが死神だとも、金の為ならなんでもするような人とも思えない。

そう感じたからこそ、一部を除き、Ⅶ組の面々はフィーを受け入れたのだから。

 

雨は花や作物に与えられる天の恵みだと。

空の女神に感謝しなくては、と考える者もいれば、ご機嫌斜めな精霊ののせいだという考え方もある。

誰もが同じ考え方を出来るはずが無いのだが、逆に言えば同じ考えばかりに縛られることもない。

 

 

「てっきり仲良くしろとでも言うつもりだと思っていたよ」

 

「それに越したことはありませんが、合わない人と仲良くなれ、だなんて言うつもりも、自分がそう出来るとも思っていません。・・・・・・ただ、フィーちゃんのことを、もっと見てあげてください」

 

 

"死神"とレッテルを貼り、その全てを同列に扱い、内面は見ようとしない。

それは確かに楽なことだが、勝手に貼られたレッテルのせいで虐げられる者を見てきたティアにとって、それは目を瞑れない事だ。

 

ラウラが今までの考えを変えてフィーを受け入れることは難しいだろうし、自分を曲げて受け入れようともしてほしくない。

ただ、無理だと思い込んで遠ざけてしまうこともさせたくなかった。

 

 

「・・・・・・すまない」

 

「私に謝ることなんて、何もありませんよ」

 

 

そう言うと、ティアは傘を軽く振って水滴を落とし、傘を畳む。

違う、とラウラの心の中だけで呟いた声が届くはずも無く。

 

 

「私が謝りたかっただけだ、気にするな」

 

「・・・ふふ、変なラウラさん」

 

 

然程驚いた様子も無く、傘を片手に寮の中へ入っていくティアに続き、ラウラも中へ入っていく。

 

ティアは謝ることなんてないと言ったが、ラウラには謝ることがちゃんとあった。

早合点して、心の中で勝手に失望させられた気分になったのだ。

だが、それを知っているのは自分だけでいい。

 

勝手に負の念を抱き、勝手に解消しただけなのだ。

すぐに今までの考え、思いを改めることはきっと出来ないが、明日からのテストは、雑念無く受けられそうだとラウラは笑った。

 

 

 




ようやく3章スタートです。

フィーの問題って、いざ文章にしようとすると私自身考えがまとまらないし、なかなか難しいです。

ラウラは少し頭が固い・・・と言うか、正義感が強すぎるだけで、すごく良い子ですよね。
最後までⅦ組最強キャラでいられるとは正直思ってなかったので、そこにも驚かされました。
アルゼイド子爵といる時のギャップも可愛くて・・・。


買うつもりは無かったはずなのに、いつの間にか碧エボを買っていて、先日クリアしました。
フルボイスだと更に入り込みやすくなって良いんですが、やはり時間がかかりますね。
碧とのクリア時間を見比べて思いました。

そして、閃Ⅱも買いました!
まだ序章の途中ですが、結末までネタバレを見てしまいまして、傷心中です・・・。
ただ、筆頭はあの人らしく、喜んで良いやら悲しめばいいのやら・・・という気持ちですが、どちらかと言えば喜んでいます。
早くⅡもクリアして、この作品も完結まで辿りつきたいです。

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